21 店の行く末
ランチが終わると、今度は宿泊客の夕食の準備をしなければならない。若手冒険者数名が引き続き宿泊をすることになり、ランチで訪れた旅人が、やはり春の草花亭の料理を気に入り、そのまま宿泊客へとあいなったからだ。
他にも幾つかの旅人や商人、冒険者が宿泊を希望してきたが、広場のホテルほど大きくはない宿屋である。すぐに満室となってしまった。
その旨を伝えると非常に残念そうにしていたが、またランチを食べに来ることを約束して帰って行った。
宿泊客への夕食の提供も終わり、夜半になる頃には食堂に客の姿は見えなくなっていた。そんな食堂の一角に、勇気とエミリア、マリー、クロードの面々の姿があった。
その顔には疲れが浮かんでいるものの、まだまだ気は緩められていない。
今日はかつて無いほどの客が宿を訪れた。それにより浮き彫りとなった問題点を解決するため、ここに集まっている。翌日に回すことなく、すぐ様解決へと向かおうとする辺り、折角掴んだチャンスをちょっとした問題でフイにはしたくないといったところだろう。
問題点は既に幾つか挙がっている。その中でも特筆すべきものは、これだった。
「人手が足りないわ」
通常の宿業もあるため、ランチタイムに割ける人手は勇気、エミリア、クロードの3人となる。
対して、一度に食堂に入れる人数は20人。案内に調理に配膳に会計に洗い物にと、本来であればとても3人だけで捌ける人数ではない。
勇気の分身があるにはあるが、それを当てにするのは良くないと全員で話し合い、共通認識とすることができた。不足の事態があった際、勇気がいないと対応出来ないのでは、お話にならないからだ。
試食会に参加した冒険者プラス興味を持った人が10人ほどで、合計20人前後。これが当初予想していた人数だった。これ位の人数であれば、何とか3人でも回せるだろうとタカをくくっていたのが災いした。立て続けに来る人、人、人。勇気の分身による流れ作業が軌道に乗るまでは大変な思いをした。
これにメニューの確認を追加していたら、どうなっていたか分からない。様子見ということで、メニューを初日はカツ丼のみとしたことが幸いであった。
「今日の様子からして、明日はお客さんが来ないってことはなさそうだから、雇うのはアリですね」
「孤児院のサラちゃんにお願いしますか?」
クロードの頬がランチタイムに引き続き、またしても引き攣った。何か問題でもあるのかと思ったが、クロード以外は何ともなさそうなので、そこには触れないでおいて確認の為の質問を投げた。
「サラ? 以前雇ってたっていう、お手伝いさんのこと?」
「そうよ。最近はお客さんが来なくてお給金を支払うのも大変だったから、お手伝いは断ってたんどけど」
「なるほど」
「ひとまずはサラちゃんを雇い直すことにしましょう。その他の人員の追加についても、私が手配しておくわ」
孤児院とは言え、そんなに簡単に雇い直すことができるのだろうか。他の商店などに丁稚か手伝いとして行っているならば、今からの変更を聞き入れてもらうのは難しいのでは。
勇気がそんな疑問を新たに抱いていると、疑問が顔に出ていたのか、エミリアがその意を汲み取って答えを教えてくれた。
「サラちゃんはね、クロードさんのことが大好きなんですよ。だから、何があっても雇い直しのお願いをしたら、飛んで来てくれますよ、きっと」
「あぁ…」
クロードが苦い顔をしながら、ため息混じりに声を洩らした。
普通に好意を寄せてくれているだけなら、ここまでの表情は見せないはずだが、そのサラはよっぽどなのだろうと解釈をする勇気だった。そのよっぽどが、見た目か、性格か、判断は付かないが。
(まぁ、マリーさんが好きなクロードからしてみれば、その他の異性から好意を寄せられることそのものが迷惑って線もあるからなぁ)
「クロードとサラちゃんなら、お似合いのカップルになれるわよね」
クロードから好意を寄せられていることをマリーは知ってか知らずか、エミリアとニコニコ笑い合いながら、そんなことを宣うのだった。
(前途は多難そうだな、ご愁傷様)
勇気は心の中で手を合わせてやるのみだ。クロードはまたしてもため息を吐いた。
すっかり脱線してしまった話を元に戻すべく、新たに話を振る。
「えっと、じゃあサラって子のことはマリーさんにお願いをするとして、次の問題は…」
「食い逃げ、だな」
「これも人手を増やせば何とかなる問題だとは思いますけど、それまでどうするか、ですよね」
人の少ない状況だと、店内の全てに目が届かない。食後に会計をすることにしていたが、食堂にエミリアと勇気が居なくなったところを見計らい、代金を支払わずに出て行った不届き者が何名かいたことが発覚した。売上と販売数が一致しなかったのだ。
「とりあえずはキャッシュオンで対応するので良いんじゃない?」
日本で何度か利用したことのある立ち飲み屋を参考に、そんな意見を述べる。
「キャッシュオン、ですか?」
「ああ。えーと、酒や食べ物を受け取る際に、代金を支払う方法だな」
「なるほど。それなら食い逃げは防げそうだな」
「そうね、明日からはそうしましょう」
「じゃあ、貨幣を入れるためのポケット付きエプロンでも創るか」
すると、テーブルに真っ白いエプロンが五つ現れる。勇気、エミリア、マリー、クロード、それと、これから来るであろうサラの分だ。
ヘソに当たる部分に、お釣りや支払われた貨幣を入れるためのポケットが付いており、裾の辺りには春の草花亭の看板に描かれた絵が刺繍されていた。女性用のエプロンにはフリルまで付いている。
「わあ、可愛いですね!」
「本当ね! 私がこれを着るのは、少し恥ずかしいけれど」
概ね好評のようで、勇気は密かに胸を撫で下ろした。こういった服飾関係のセンスはないものと自覚しているものの、やはり面と向かって「微妙です」と言われるのは傷が付く。因みに、勇気が物を創り出すことに疑問を呈するものは、春の草花亭の従業員の中にはもういない。
「きっと、女将さんに似合います!」
「ふふ、ありがとう」
そんな安堵していた勇気はさておき、クロードはクロードで意を決してマリーへとアプローチしていた。マリーはただの誉め言葉として受け取っているのか、表情を和らげるだけだ。
何はともあれ、話し合いはまだ続けなければならない。
その後、各自が感じた些細なことまで、打ち合わせが行われる。それが済むと、お開きの雰囲気がでてきた。
「今日はこんなところかしら」
「そうですね」
「あ、最後に一点だけ」
真面目な顔をして勇気が小さく右手を挙手すると、そんな彼の様子を見て全員が居住まいを正し、視線を向ける。
今や、彼も春の草花亭の立派な従業員だ。今回成功したランチタイムの発案者であるため、彼の言葉を聞き入れてもらえるだけの実績と信用がある。もっとも、春の草花亭の面々は、そんなことがなくとも彼の話には耳を傾けたであろう。
真面目な顔をした彼の様子を見て、大事な話なのだろうと全員が理解しているのだ。
「ランチタイムはいつ辞める?」
「辞めるだって?」
クロードが心底驚いたような顔をする。
「折角成功しているのに、何で辞めなければならないんだ?」
「そうですよ、お客さんがいっぱい来てくれてるのに、わざわざ辞めなければいけないなんて…」
2人は信じられないといった面向きだ。しかし、マリーだけは違った。
ブラウンの双眸が、その真意を見定めようと勇気を捉える。
「ユーキさん、何か理由があるの?」
勇気は一つ頷くと、その理由を話し始めた。
「正直なところ、今日はここまで人が来るとは思わなかったんだよね。精々が20人かそこらかなって。それはみんなも同じだと思うけど」
全員がそれに同意したかのように頷く。今日の営業前にも、その位の人数が来ればいいね、と話題に上がったくらいだからだ。
「今日であれだけの人数が集まったんだから、明日はそれ以上かもしれない。更には、明後日にはそれを超える人数が来るかもしれない」
「……」
三人とも、勇気から視線を外すことなく話に耳を傾ける。
「いずれは、中央広場のホテルと同じ位の客がウチにも来るかもしれない。まぁ、これはちょっと言い過ぎかもしれないけど」
3人はあながち的外れな話ではないと思いながらも、話の腰を折らないように静かにしている。
「その客は何処から来るのかって話。基本的には他の料理屋に行くはずだった客が流れてくるわけだ。すると、客が来なくなった料理屋はどうなる?」
「あ…」
3人共、思い至る。つい先日までの、春の草花亭と同じ状況になることに。
「当然のことだけど、お客さんが来なければ立ち行かなくなるわね」
「ああ。まあ今日だけならまだ良しとして。これが半月、ひと月と、増えて行けば行くほど、そのお店にとってはマズイ状況になる」
「…いや、既にマズイ状況なんじゃないのか? ホテルのレストランはかなりの客を抱えてる」
「うん。ただでさえお客さんが少ない状態で、更にお客さんが減っちゃったら、すぐにお店が潰れちゃいます…」
そんな他人事ではない状況を想像し、エミリアは俯いてしまう。
「そう。そんなことして恨みは買いたくないし、周りの店とは上手く付き合うに越したことはないよね。だから期間は短くなっちゃうけど、後は3日か4日程ランチタイムをやってから終了して、本来の宿屋の仕事に戻れば良いんじゃないのかなって思ったんだ」
勇気には、自分達だけが助かりさえすれば周りはどうでもいい、という考えに至れない。だからと言って、積極的に何か助け舟を出すでもないが。また、今回のランチタイム中止も、料理屋にとって根本的な解決にはなっていない。
「……そうね。今日だけでも、ウチの料理は美味しいって相当な話題になったと思うし、後3日もやれば十分かもしれないわね」
「でも、そうすると街に住む人達にはあまり料理が振る舞えなくなりますね…」
料理人の性か、自分が作った料理を美味しいと言って食べてもらうのは、やはり嬉しかったのだろう。そんなことを、残念そうな顔で呟いた。
「…まぁ、4日間だけしかやらないって言うのもなあ。こう言うのって継続的に宣伝しないと忘れられそうだし、週に一度位ならいいんじゃないかね。んで、段階踏んで期間を延ばすとか…」
この判断が合っているかは分からない。週に一度ランチタイムを行なうだけで潰れてしまう店があるかもしれない。
この言葉を聞いてクロードが少年の様に顔を綻ばせ、それを見て笑うマリーとエミリアの様子を見ると、言って正解だったかもなぁと、勇気はそう考えてしまう。
(というか、雇用の話の前にすべき話だったなぁ)
今更ながらにその事に気付くのだった。因みにランチタイム終了にともなって、サラ以外の雇用については、ひとまず見送りとなった。




