19 いざ、開店
明けて翌朝、春の草花亭の朝の食堂は、久方振りに賑わいを見せていた。
前日、試食会の依頼を受けた冒険者達が、出された料理を痛く気に入り、その料理食べたさに宿に宿泊したからだ。
今回の朝食は和食とし、ご飯、味噌汁、卵焼き、南瓜もどきの煮付け、柑橘系の果物を出した。
見たこともない料理の数々が出されるのを見て、「おお」などと感嘆の声を上げる始末である。試食会、夕食にと出された料理の美味しさから、これらも絶対に美味いはず、と信じて疑わない様子だ。
「いただきます!」
冒険者達は各々合掌し、食前の祈りを捧げる。これは、昨夜の夕食の際に勇気が彼らに教えたもので、この行為にどういった意図があるのかを説明してやると、これもお気に召したようである。
なんでも、自分達は魔物や動物を屠ることでその肉を喰らい、または剥いだ素材を利用することで今日まで生き永らえて来た。命を貰い受けたそれらに感謝を表するのは当然であり、これまでしてこなかったことが恥ずかしいとのこと。
「ミソシルとかいったか、このスープは。何だか安心する味だな」
「こっちの卵はほんのりとしょっぱさがあって、今までにない新鮮な味だ」
などと、前日の試食会と比べると些か落ち着いた評価となったが、概ね好評となった朝食だった。やはり、個人個人で味の好みは異なるのだ。
冒険者達は身体が資本となる。そういった者達には、アッサリとした和食にはそこまで魅力を感じてはいなかったようだが、これが女性の冒険者や商人が相手だったら、また話は変わったかもしれない。今後も要調査だと、勇気は考えた。
そして、次への営業も忘れない。
「さて、朝食を食べ終わったらチェックアウトなわけだけど、春の草花亭では宿泊客には朝と夕方の食事は出すが、昼は出してなかったんだ」
周囲の冒険者達の喉がゴクリとなる。何となく、勇気が言わんとしていることが分かっているが故の無意識での行動であった。朝食を食べている最中だというのに早くも次の食事のことを考えるあたり、仕事柄故に健啖家なのであろう。次からは冒険者用のメニューなどを考えるべきか、とも思い至った。
「んで、実は今日から宿泊客か否か問わずランチの営業を開始することになって」
「俺は食べに来るぞ!」
「俺もだ!」
勇気が全て言い終わる前に、ランチも来るぞ宣言が出たことに些か驚きが隠せない。そんなにハマったのか、ちゃんと仕事はしろよと内心思うも顔には出さない。
「サンキューお前ら。だけど昨日と違って、次からはちゃんと金はとるからね。…正午の鐘がなったら開店だ。それまでは悪いけど、宿屋の前で並んで待っててくれ」
「ああ、わかった。因みに昼の料理は何を出すんだ?」
昼には何が食べられるのか気になって仕方がないのだろう、そんな質問が飛び出る。
「今から昼の心配か。こっちとしては嬉しい限りだけどね。…昼は『カツ丼』だ」
「カツドン? それは一体どんな料理なんだ!?」
「そうだな、豚肉に衣を付けて油でからりと揚げたものに卵をとじて…」
説明するも、見たことのない料理を想像するのは難しいのだろう。だから、端的に、且つ簡潔に述べることにした。
「いや、難しい説明は無しだ。言うなれば…そう。サクッ、フワッ、トロッ、だな」
「サクッ、フワッ、トロッ、だと!」
固さと柔らかさととろみ、それら全てが一つの料理に内包し得るのかと、冒険者達は疑問を抱く。
しかし、この宿屋は良い意味で彼らの期待を裏切ってきた。この宿屋ならやってやれないことはないのだろう、そんな信頼にも似た何かを胸に宿し、朝食後、彼らは宿屋を辞した。必ずまた訪れるという約束とともに。
「ところで、何でわざわざ宿屋の入り口で待ってもらうことにしたんですか? 中に入っててもらっても問題はないはずなんですが」
「外に並んで待っててもらった方が、ウチで何かやってるってことを通りがかった人に気付いてもらえるからね。気になった人は並んでる人になんの行列か聞くわけだ。それをあの冒険者達に聞いてもらえたら、今回は大成功だ」
「そっか…。ウチで珍しくて美味しい料理が食べられると、あの人達なら言ってくれそうですね」
「その通り。もしかしたら、それなりに忙しくなるかもしれない。今のうちに他の仕事を片しちゃうか」
「はい!」
何と言っても初日である。あの冒険者達とプラス数人位が来てくれれば良い方だと考えていた。それから口コミで徐々に増えていけばいいと。
忙しくなる、そんな勇気の予想は当たることになるのだった。予想の遥か上の方向で。
「なんじゃこりゃ…」
正午になろうかという頃、春の草花亭の前には30名を超す行列が出来上がっていた。しかも、この行列を見た人がちらほらと加わっている姿も見られる。
この行列はなんだと、見たこともない料理が出される店らしいと。
何事かと、行列の前の方に陣取っているミーシャへと尋ねてみることになった。
「あ、あの、ミーシャさん。これは一体…」
「あー、ちょっと気合を入れて宣伝したらこうなって…」
「どんな宣伝したんだ?」
「いや、知り合いの冒険者やギルド職員に片っ端から声を掛けていったらこうなったんだけど」
「意外と顔、広いんだな」
「そんなでもないさ」
本人から、何度もこの街で冒険者の仕事をしていたと聞いていたことを、すっかり失念していた。
この様子だったら、何も心配はいらなかったのかもしれない。そう思い、口にする。
「これならギルドに依頼を出さなくても良かったのかもなぁ」
「いや、それは違う。これはあの若手連中のお陰でもあるんだ。私だけが美味い店があると言っても、半信半疑で終わったところさ。潰すには惜しい店があるって、先輩後輩問わずに顔見知りには声を掛けてたよ。あいつらがいたから、互いの話に信憑性が出て来て、その結果がこれだよ」
「そうだったんですね」
「ああ。…言ったら悪いが、広場にホテルができて以来、料理といえばそこだったからな。ココの料理の評判はそこまで良くはなかったからな」
娯楽の少ないこの世界では、美味い料理を食べることは重大な要素なのである。
若手とミーシャ、合わせて10名もの人間が口を揃えて言うものだから、皆興味を持ったのだろう。
他にも、鬼気迫る勢いで仕事を午前中に終わらせた若手に疑問を覚えたベテラン冒険者が問い詰めたりといった話も聞けた。誰か一人だけの功績ではない、様々な要因が絡んでの結果が、この行列となったのだ。
「あの人達にはサービスしましょう! アイスキャンディなんかどうでしょう?」
「そうだな。それくらいやっても罰は当たらないか」
少しでも客を連れて来てくれれば良い方だと考えていたが、彼らはそれ以上のものを齎してくれた。その働きには応えてやらなければならない。といってもアイスキャンディを提供するだけであるが、彼らはそれでも十分だと言うだろう。
「わ、私にはないのか?」
「え〜、どうしよっかな〜? いつもタダで修行つけてやってるからな〜」
「そんな!?」
「ユーキさん、意地悪はダメですよ」
「冗談だよ」
ミーシャの絶望した表情から一変、嬉しさに切り替わる様子があまりに可笑しく、窘められている側ではあるのだが、つい笑ってしまう。
そんな時、正午を告げる鐘が鳴り響いた。勇気とエミリアは頷き合う。
「皆さん、大変お待たせしました。春の草花亭ランチ、今から始まります」
開店を告げ、食堂への案内を開始するエミリア。
店に入って行く者達の顔は、期待を浮かべる顔、あまり期待はしていないのか無表情な顔、実に様々だ。
彼らの知らない地球の味で、驚きに満ちた顔にしてやりたい。勇気はそう考えるのだった。




