15 広報活動案と決意表明
試食会の後、勇気達は今後の方針を話し合う。ひとまず様子見として、しばらくの間はランチのみの客の受け入れが決定した。
「さて、料理については見通しが立ったけど、ただ待ってるだけじゃ客は来てくれない」
「そうですね。どんなに良い料理が作れても、知らなければお客さんは来てくれませんからね…」
「やっぱり呼び込みかしら?」
「地味だけど、それしかないんじゃないかい?」
「けど、呼び込みならこれまでもやってきているからな」
呼び込みも大事な事ではあるのだが、大通りの広場にはもっと良い店があるのだ。わざわざ通りを外れて、こちらの店に客が来ることは少ない。
思案に耽る中で、勇気は一人挙手をした。
「これについても考えがあるんだけど、いいかな?」
皆に確認するように視線を向けて、異論がないことを確認する。今回は迂遠に発言して、考えを促すこともないようだ。
「まずは客が宿に来てくれるようにしたいと思う。そのために、冒険者ギルドに依頼するという形をとる」
「冒険者ギルドに何を依頼するんだ?」
「ああ、料理の試食と評価、で依頼しようと考えてる。あくまで試食だから、費用は取らない。タダ飯が食えると分かれば、それなりの人数が集まるんじゃないか?」
「なるほど。タダでご飯を食べさせた後は、冒険者の口コミで集客を図るわけね」
「そういうこと。飯代が広報のために掛かる費用だ。ただ、それもどれだけ美味しいものが出せるかに掛かってるんだけどね」
勇気に掛かるプレッシャーも大きいが、このままでは宿屋そのものが潰れかねない。やらずにいるよりやって駄目だった方が、まだ諦めもつくだろう。
他の皆も同様の考えだが。
「まあ、さっき食べた料理が出てくれば、何も問題はいらないと思うけどね」
「うんうん、最後に食べたアイスキャンディー、美味しかったですし」
試食会の最後に、駄目押しとばかりにデザートで出されたアイスキャンディーを思い出し、女性陣は惚けた様な顔をした。クロードもそれに同意し、頷く。
「ああ、料理の味は問題ないはずだ。以前、あのホテルの食堂で食べた料理に匹敵するか、それ以上のものだった。…悔しいがな」
料理人であるクロードからお墨付きをもらえたのは、勇気にとってこれ以上とない自信となった。しかも、仮想敵であるホテルの料理の味と比較してのことであるから、尚更だった。
ホテルの料理の味を知っているのも敵情視察か、あるいは料理人としての興味が湧いたからなのかも知れない。味を知っているからこそ、自分の腕では敵わないと分かり、広場で悔しがっていたのだ。
そして、今も勇気の料理の知識に対して、同じものを抱えている。
「クロードにそう言ってもらえると自信が出るよ。少なくとも、この街でトップのホテルと同等の味だってことがわかったしな」
心からの言葉であったが、クロードはそれに返事をしなかった。春の草花亭の料理人を数年勤めた自分が宿を救えなかった。それに対する悔しさがそれをさせなかったのだろう。
勇気も伊達に27年生きていない。クロードが発する違和感に気がついた。そしてその理由も、何となく想像がつく。だから、一つ提案をすることにした。
「クロード。冒険者に出す料理は君が作らないか?」
「…僕がか?」
勇気は当初、自分が料理を作るつもりでいたし、皆もその認識でいた。しかし、彼はそこに拘る必要性は感じていない。
クロードはこの宿屋とマリーと、そして今は亡き旦那に恩を感じているようだ。恩を返すために、これまでも多大な努力を続けて来たはずだ。ホテルの敵情視察が良い例だろう。しかし、それも報われず、ついには宿屋の存亡の危機となってしまった。そんな宿屋の危機を、ポッと出の勇気に救われてしまっては彼の立つ瀬がない。
勇気が料理を作ることで、この宿屋は恐らく救われるだろう。頭では理解ができても、納得はできないはず。心とは、感情とは難しいものだ。
ならば、クロードが納得できて、尚且つこの宿屋が救われる様な方向で努力してみるのも良いのではないか、そういう考えがあった。
「ああ。この宿屋の料理人はクロードだ。俺みたいなポッと出の、何処から来たんだかわからないような奴に、こんな大役を任せるなんてのはそもそも間違ってるしさ。俺としても重たい責任は回避したいし」
こういう時に限って、何故だか言い訳がすらすらと出て来てしまう自分につい苦笑してしまう。わざとらしく聞こえてしまうくらいに。
周りも薄っすらとだがクロードの感情を理解しているみたいで、特に口を挟むことはない。むしろ、クロードが作ることに異論はなさそうに窺える。
とにかく、後はクロード次第となった。
「どうかな? 俺が知ってるレシピは教える。そもそも俺は料理に関しては素人だし、やっぱりプロに作ってもらった方が」
「わかった。…僕がやろう。だから、ユーキが知るレシピ、僕に教えてはもらえないだろうか」
勇気の発言を遮り、承諾の意を表した。本人も、やらずに後悔するよりはやって後悔した方がいいと判断したようだ。最も、最高の結果を出すように努力はするつもりである。勇気も協力を惜しむことはしない。
何より、彼は役に立てない悔しい思いをこれ以上、味わいたくはないのだろう。
「女将さん。一週間、準備の為の時間をもらえませんか? お客さんに出す料理をモノにするための、練習の時間を」
クロードがマリーへと頭を下げ、願いを申し付ける。この宿屋の経営状況から言って、あまり悠長に事を構えては居られない。本来であれば、明日にでも冒険者ギルドに依頼に行き、即日冒険者に来てもらうのが最善ではある。
しかし、マリーの答えは随分前に出ていたようで、幾らかの逡巡の時間もとらずに、すぐに答を出した。
「ウチをこれまで守ってきてくれた人のお願いを、無下には断れないわ。その代わり、一週間後は最高の料理をお出しできるようになってて頂戴ね」
その言葉にクロードは顔を上げる。その顔は、やる気と決意に満ち溢れていた。




