13 ミーティング!
修行を開始した翌日の午後、勇気はクロードと共に買い出しに出ていた。
大通りには多くの店が構えており、店と店の間には所々露店が出ている。それらの店で買い物をしようと、または冷やかしのために、それなりの人が通りを行き交っている。
勇気は、そんな人達に時々目を向けつつ、クロードから色々な話を聞いていた。
アラステア王国。それが勇気が召喚された国だった。内陸にあり、農業や金属が産出される鉱山が主な産業となっている。
そして、国の中心である王都アラステアから凡そ10日の距離に位置するブルーノの街は、王都に繋がる主要な街道の通り道にあるため、それなりの賑わいを見せる。
と、そこまで説明を受けた所で、街の中央にある広場へと辿り着いた。そこは市場も兼ねており、一際活気に溢れていた。勇気が街に着いた時には通らなかった場所である。それというのも、『春の草花亭』が大通りから道を2本外れた、やや奥まった場所にあるからだ。
その広場の一角が、やたらと人でごった返しているのに気が付く。隣のクロードに何があるのかを聞こうとして目を向けると、眉根を寄せて難しい顔をしていた。
何となく聞きにくい感じがしたため、とりあえず視線を元へと戻す。
(あれは…飯屋、いや、宿屋か?)
その建物の窓にはガラスが使われており、建物自体も綺麗なことから、それなりの宿屋だということがわかる。出入り口は広く開け放たれ、そこに人が入って行ってるようだ。窓ガラスから見える一階の殆どは食堂となっており、人はその食堂に殺到しているようだった。また、人の列は食堂とは別のカウンター付近でもできている様で、何事かのやり取りの後、客と思しき人物が従業員に2階に連れられていく姿が見かけられた。
「なあ、クロード。あれって宿屋だよな?」
「…ああ、そうだ。つい3ヶ月ほど前にオープンしたばかりのホテルだ」
「随分繁盛してるな」
「何やら、王都で腕利きの料理人が腕を振るっているそうだ。庶民でも豪華な食事が安く食べられるってことで人気らしい」
「ほほぅ」
『春の草花亭』の昨日の客は、ミーシャが結局1人だけ。今日にしても、昨日と同様になることが何となく予想がつく。
宿屋と言えば、旅の商人や冒険者達には必須の施設である。そんな客達の足が『春の草花亭』ではなく、どこに行っていたのか疑問ではあったが、それもつい今しがた理解した。
(良い料理人が作る美味い料理か。しかも大通りの広場という好立地)
今まで『春の草花亭』や他の宿屋に来ていた客は、ここに持って行かれたのだろうと考える。立地、規模、設備、こちらの宿屋には勝てる見込みは殆どない。客が流れて行ってしまうのも仕方のないことかもしれない。
それにしても、3ヶ月前から今の状況が続いているとすると、『春の草花亭』には勇気を雇う余裕はないはずだ。エミリアを助けた義理なのだろうか、そんな状況でさえ雇ってくれるのはかなり嬉しい話ではあるのだが、宿屋が潰れてしまっては元も子もない。
(雇う前に言ってくれればいいのに)
経営が上手くいってませんとは、恥があって中々言い出せなかったのかもしれないという思いもある。
何にせよ、このままでは宿屋の存亡の危機である。このことについて、勇気はマリーに話を持ちかけることにした。
隣に改めて視線を送ると、クロードは相変わらず渋面である。それもそのはず。いくら好立地とはいえ、食堂にあそこまでの客が集まるのは、単に料理人の腕が良いに違いないからだ。飯が良ければ、それなりの数の客は今も『春の草花亭』を訪れていたであろう。客が来ないということはとどのつまり、わざわざ食べに行く程の味ではない、そう言われているに他ならない。
『春の草花亭』の料理人としては悔しくもあるだろう。
そんな心情を察してはいるが、いつまでもここに突っ立ってはいられない。本来の用事を済ますべく、彼に声を掛けた。
「クロード、さっさと買い出し終わらせようぜ」
「…ああ」
未練たらしく最後に一瞥をくれてから、クロードはやっと歩き出した。
市場には実に様々な食材があった。勇気のいた世界にあった野菜や果物に酷似しているものも多数存在しており、試しにと買ってみたリンゴに似た果物は、日本で食した物と比べると多少味は落ちるものの、それは正しくリンゴの味であった。
見れば、大豆の様な豆まである。もしかしたら味噌や醤油まであるのかもしれないなと考えながら、クロードの買い物に付き従う。
買い物中に貨幣価値のチェックも忘れない。
クロードと商人のやり取りを見て確認したところ、銅貨や大銅貨、銀貨の価値は次の通りだった。
銅貨10枚が大銅貨1枚、大銅貨10枚が銀貨1枚に換算される。これ以上の額での取引はなかったため、銀貨以降の取り扱いはわからなかった。
後でエミリアにでも確認しておくことにした。
リンゴのように目ぼしい物は自費で購入し、こうして、初の市場体験は終わった。
「ただいまー」
「あ、お帰りなさい」
クロードと宿屋のドアをくぐると、エミリアが出迎えてくれた。動きはまだぎこちないが、どうやら動けるようになったらしい。
動けるようになった、と言うのは、昨日行った魔法の特訓の後の事から説明をしないといけない。
エミリアの魔力を使い、勇気の魔力を充填しつつ魔法を乱射する特訓の甲斐あって、一般の魔法使いが有する魔力量になんと1日で到達することができた。試しにとファイアーボールを唱えてみると、無事に放つこともできた。
精神的な疲労のためか、晩ご飯もそこそこに早めに寝た、その翌日。急激な魔力量の増加が影響したのか、エミリアの身体は動かせなくなっていた。
運動不足の人間が急激な運動に耐えられず、翌日は筋肉痛で動けなくなるのと一緒で、魔力にも同じ事が言えることが判明した。
「良かった、動けるようになったんだな」
「お騒がせしました…」
「いや、俺もまさかああなるとは思わなくて…ごめん」
「いえ、私の魔力が増えたのはユーキさんのお陰ですから、気にしないでください」
お互いに謝るも、どう考えても今回の件の非は自分にある。エミリアのフォローが純粋に心に沁みる。今後は気をつけようと、朝に引き続きそう考えた。
「そう言ってもらえて助かるよ。ところでマリーさんは居る?」
「ええ、裏庭で洗濯物を取り込んでますけど」
「そっか。悪いけど、終わったら食堂に来てもらうように言ってもらえない?エミリアも一緒に」
「? ええ、わかりました」
言外に急ぎの用件があることを含ませ、エミリアへと言伝を頼んだ。
一従業員である人間が、女将であるマリーを呼びつける所を見て、やや咎める様にクロードは言った。
「女将さんに何か用事でもあるなら、直接行くべきじゃないか?」
「ああ、マリーさんとエミリアだけじゃなくてクロードもだよ」
「僕もか?」
「ああ、大事な話だ。ほら、先に行って茶の用意でもしよう」
「あ、ああ」
クロードを食堂へと促し、買い出しで購入した荷物を下ろす。厨房で茶の用意が終わり、食堂のイスに腰を落ち着けたところでマリー達がやってきた。
「ユーキさん、何か用事かしら?」
「ええ、大事な話がしたくて。とりあえず座りましょう」
大事な話?と、エミリアもマリーも首を傾げるが、何のことか予想がついてないらしい。マリーには予想がついても可笑しくはないのだが。
席に着いたのを確認し、4人分のお茶を注ぐ。全員が一息着いたのを見て、勇気は話を切り出した。
「それでは、第1回春の草花亭運営会議を開催します!」
一瞬、勇気を除く3人はキョトンとするも、すぐに何について話そうとしているのかを、マリーとクロードは理解した。
「まずは女将であるマリーさんから、現在の当宿屋の経営状況について説明をよろしく」
「……」
まさか、雇われたばかりの勇気が、こんなにも早く経営状況が良くないことに気付くとは思っていなかったのだろう、口を噤んでしまった。勇気にしてみれば、気が付かない方がおかしいと思っていたが。
広場のホテルと食堂や、それに併せて昨日今日となかった客の入りを考えてみたら、ちょっと危ないんじゃないのかという予想はつく。
加えて、ついさっき千里眼を利用して風の魔法で宿帳をチラ見してみた結果、3ヶ月程前から客の入りがどんどん減っていっているということが判明した。新設されたホテルに客が奪われていることは明白だ。
「…まあ、言い辛いよね。じゃあ聞くけど、3ヶ月前から客減ってるよね? 今って結構、経営危ういんじゃないかな」
「…そうなの? お母さん」
マリーは俯く。クロードも同様だったが、やがては意を決して話し始めた。
「…3ヶ月前からね、中央広場に新しい、綺麗な宿ができたのよ」
マリーは訥々と語っていく。宿ができたばかりの頃は、まだ客は来ていたが、徐々にその数を減らしていき、今では週に1組の客が来れば良い方だと。エミリアはそんな話に静かに耳を傾けていた。
「僕の腕が未熟なせいで…!このままでは旦那様に面目がない…」
「旦那様?」
「私の夫よ。今は亡くなっていないの。夫の料理食べたさに宿に来てくれていた人が結構いたんだけれど…」
「僕に料理を教えてくれた恩人なんだ…」
よっぽど腕の良い料理人だったのだろう。マリーの夫がいれば、ここまでの経営難には陥っていなかったかもしれない。しかし、今しなければならないのは、亡くなった人のことを嘆くことでも己の未熟さを改めて痛感することでもない。
「未熟だなんだって、今更それを後悔してももう遅いんだ。この状況をどう打開するか、それを考えよう。というか、俺に案があるんだけど聞いてくれる?」
「ええ、教えてください」
今まで黙っていたエミリアは、力強く頷く。それを見た勇気は、まずは問うてみた。
「その前に、みんなはどうすれば、この宿屋を救えると思う?」
「それは…。それが分かれば苦労はしない」
「まあね。じゃあ何が原因で、経営が苦しくなったのかな」
「料理…ですか?」
「その通りだ。料理の味が、件の宿に劣っていたからだな」
「でもさっき、今更それを嘆いても仕方ないって言ってたわよね?」
「そうだ、言っていることが矛盾しているぞ」
一体何が言いたいんだと、3人はやや不満気な顔を見せるが、勇気はなおも遠回しに続ける。
「まあね。何も真っ向から料理の味だけで競わなくてもいいんだ。料理の味だけで全ては決まらない。もちろん、それなりの味は必要だけど。要は、差別化を図ればいいんだ」
「差別化…。『春の草花亭』だけでしか食べられない珍しい料理、とかですか?」
「そのとおり!」
そんな遠回しな言葉に対しても、エミリアはちゃんと考え、勇気が欲する回答を導き出す。そんな姿勢に、少なくない好感を彼は覚えた。他人に何かを与えられるだけでは、いずれ人は駄目になってしまう。そう考えているから。
過去、勇気に頼り切りになった国からの経験談だ。魔物退治に魔族との戦争、果ては農業まで頼ってきた国があった。国は軍事費を抑え、魔法で勇気が食べ物を創るからと働かなくなった国民。
勇気が魔族との戦争でちょっといなくなっただけで、国は滅亡の危機に瀕した。魔物や野盗から民を守る兵はおらず、だらけた国民は飢えに喘いだ。もちろん、働く人間はそれなりの数はいた。元々の食料自給率が特別高くなかったのも原因ではあった。
勇気も良かれと思ってやっていたことを後悔した。人は与えられるだけでは駄目なんだと。極端な例ではあるが、これを機にそう考えるようになった。
クロードはなるほど、とも思ったが、解決するには難しい問題もある。
「しかし、簡単には言えるが、実際にやるのは困難だと思うぞ」
1から料理を考えるのはそう容易いことではないことは、簡単に想像がついていた。3人とも同じ考えだったのだろう、難しい顔をしている。
そんな中、勇気は1人でニヤリと笑う。
「俺は異世界人だ。しかも色んな世界を渡り歩いて来た。この世界にはない料理、たっぷりと知ってるんだけどね」
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