11 ミーシャの修行、始めました
早速、修行のための空き時間の利用についてマリーに相談に行ったところ、仕事にすぐ戻れるようにしていれば問題はないとのことだった。
「今日も今のところお客さんが来てないから、早速してきたらどうかしら?」
なんてことを言われたため、宿の裏庭を借りて修行をすることにした。「今日も」という単語に、この宿の経営状態が少し心配になった勇気だったが、今はまず修行だと気持ちを切り替える。
「さて、弟子にするとは言ってはみたものの、何をすればいいんだ」
「剣技を教えてくれればいいんだけど」
「うーん、俺のは魔物との戦いで身に付けた我流だからな…。変な癖とか付いたらマズいと思うんだ」
「なら模擬試合で経験を積ませてくれ」
「…なるほど。それは良いかもしれない」
ミーシャとはひたすらに試合を行う方針に決まった。が、勇気は一つ試して見ることにした。
「俺と試合をやるのもいいんだが、まずは自分の駄目なところ、苦手とする所の解明をするところから直していかないか?」
「駄目なところか…。それが分かれば、苦労はしないと思うんだが」
盗賊団との戦いで、自分の未熟さを嫌という程思い知った為に今回の弟子入りを志願した。自分の悪い所が分かり、少しでも自分の力を磨けるのであれば、ミーシャにとって願っても無いことだ。
「ああ、多分、分かると思うぞ。なにせ自分自身と戦うんだからな」
そう言って不敵に勇気は笑う。ミーシャはわけが分からないと言いたげではあるが、勇気の規格外さはつい先ほど思い知ったばかりだ。何か一計があるのだろうと考えた。
「よし、じゃあ試しにやってみるか。いいよな?」
「もちろんだ」
首肯し答えると、勇気はミーシャをジッと見てきたため、少しドギマギしてしまう。
勇気はそんなことは気にもせず、一つ納得したように頷くと魔力を練り、魔力を光の線へと変換する。光の線で描かれるは幾何学模様の魔法の陣。
そしてあっという間に一つの魔法陣が完成すると、一際強い光が放たれた。
エミリアとミーシャがとっさに腕で目を庇う。光が収まったのを確認して恐る恐る目を開けると、そこには人型の何かが立っていた。
「ゴーレム?」
「当たり」
「こんな事までできるのか…」
呆れを含んだ言葉をつい呟いてしまうミーシャ。もう大抵のことでは驚かないつもりでいた2人だが、まだまだ甘かったことを痛感した。そんな2人を尻目に、勇気は自慢気な顔をして魔法陣から現れたゴーレムへと近づいて行く。
「そのゴーレム、何だかミーシャさんに似てませんか?」
「わかる?」
「…薄々そうなんじゃないかと思ったけど、やっぱりそうなのか」
何故わざわざ自分と似たゴーレムを作り出すのか、ミーシャには理解し難かった。が、ゴーレムを作り出した勇気の意図する所は何となく把握した。
「それで、私はそのゴーレムと戦えばいいのかい?」
つまり、勇気が作ったゴーレムと戦うだろうことは、容易に予想がついた。しかし、その行為が自分の駄目な所の理解とどう繋がるのかが分からなかった。
「その通りなんだけど、このゴーレムはまだ未完成なんだよね」
そう言うや否や、勇気はゴーレムの胸を目掛けて手を伸ばす。その手がゴーレムに触れたかと思うと、そのままズブリと手首の辺りまでのめり込んでしまった。
そのような光景は、ゴーレムとはいえ自分に似た存在であるからか、まるで自分自身の体の中に手を突っ込まれているのを見ている気がして、ミーシャ本人は決して気持ちのいいものではなかった。
手がゴーレムから引き抜かれるまで、そんなに時間はかからなかったのが幸いだろう。
勇気の手には、卵ほどの大きさで無色透明の結晶が握られていた。
「これはゴーレムの核でね。このゴーレムを動かす知識の源なんだ。今、この結晶、知識は空っぽの状態で、このままだとゴーレムは動かない」
ゴーレムを動かす基になるのは、結晶に封される知識である。結晶が空っぽであればゴーレムはもちろん動かないし、結晶が壊されても動けなくなる。核は人間で言う所の脳や心臓の役割を担っているとも言える。
勇気は、ゴーレムの核をミーシャへと手渡した。一方で、この結晶をどのように扱ったら良いのかわからず、ミーシャは戸惑うばかりだった。
「で、この核ってやつは、一体何をどうすればいいんだ?」
「ああ、簡単さ。ミーシャの知識や記憶、技術を複写するんだ。それをゴーレムに付けてやると…」
「…なるほど、私の知識や技術を持つゴーレムが生まれる。それで私自身と戦わせて、駄目な所を見つけるって言ってたわけか」
「そういうこと。複写するには本人に持っていてもらったほうが都合がいいからなんだ」
ようやく、ミーシャの中で今回の話が一つに繋がった。要は、このゴーレムに自身の知識や記憶を与えて自分と同等の技術を持たせることで、自分自身と戦うという状況を作り出すわけだ。そして、その戦いにおいて自分の弱点等を探せと。
感心はしたものの、自分にそっくりのゴーレムと殴り合わせるなんて、趣味が悪いと思ってしまう。自分自身を殴りつけたいと思ってしまうことは往々にしてあるが、自分にそっくりな人間が本当に目の前に出てきたら、果たして躊躇わずに殴れるのか。そういうことなのだ。なので、はっきりと言ってしまった。
「私に似たゴーレムと戦わせるなんて、趣味が悪いよ」
「そうか?正しく自分自身を見つめ直すって感じしない?」
「そこに何か意味はあるのかい?」
「…ないね」
早々に負けを認める勇気であった。
「…んじゃ始めようか。全身に魔力を巡らすように、核も身体の一部だと思って魔力を通すんだ。できるか?」
恨みがましい目から逃れるべく、強引に話を断ち切った。ミーシャもこれ以上のやり取りは不毛だとわかっているので、否はなく応じる。
「…こんな感じか?」
全身に魔力を巡らすのは、普段から身体強化という形で行っているので、問題なく行える。
「そうそう、そんな感じ。やめていいぞって言うまで続けてな。それじゃいくぞ」
勇気がミーシャの額へと手を翳した瞬間、頭の中から何かがスルリと抜け出たかのような不快な感覚がミーシャを襲う。それに顔を顰めるも、まだ魔力の循環を解かない。勇気がわざわざ口に出してまで言ったのだから、指示を守らないと何かが起こるということなのだろう。
やがて、それも終わりを告げた。
「よし、止めて大丈夫」
「ふぅ…」
魔力の循環を止めると、身体の緊張も同時にとれ、ため息を吐いてしまう。その手に持つ結晶を見てみると、仄かに赤い色味を帯び、輝きを発していた。
「綺麗ですね」
「ああ…」
ミーシャも女性の1人である。宝石か、またはそれ以上のもののように赤く輝く核に、惹きつけられた。仕事柄、貴金属や宝石の類を身につけることは滅多にないが、決して興味がないわけではない。ただ、高級品なため、中々手が出ないのもあるが。
エミリアとミーシャは結晶の輝きにしばし見惚れた後、惜しむように勇気へと結晶を渡した。勇気も軽く結晶を見やる。
「うん、多分問題ない」
結晶の具合を見て満足した勇気は、ゴーレムの胸に結晶を戻すべく、再び胸の中へと手を入れる。
「起動」
ゴーレムを動かすキーワードを発すると、立ち尽くしていたゴーレムの身体が俄かに震えだし、全身に魔力の供給が行われる。暫くして全身に魔力が行き渡ると、ゴーレムはそれを告げる。
「起動完了シマシタ、マスター」
「うん、上手く行ったな」
不具合がないことを確認すると、勇気は木刀を2本創り、ミーシャとゴーレムに持たせた。ミーシャは木刀を構え、気を引き締める。対するゴーレムも木刀を構える。
「ゴーレム、これから目の前のミーシャと戦ってもらう。全力で戦っていいが、相手に致命傷は与えないように気をつけろ」
ゴーレムに命令を与えると、今度はミーシャとゴーレムそれぞれに目配せし、模擬戦のルールを伝える。
「有効打となる一撃を与えるまでは、試合は止めずに継続。有効打の場合は一旦中断とする。いいな?」
ミーシャは首肯で、ゴーレムは「ハイ、マスター」と返したのを確認すると、勇気は右手を振り上げた。
「それでは…始め!」
合図の手は振り下ろされ、ミーシャの修行が開始された。




