表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
寝たきりのはずではありませんでしたか  作者: 九葉(くずは)


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
8/10

第8話 お二人の問題に、私を巻き込まないでください

「エマ様と結婚するつもりなら、私は何だったの?」


リリア様の問いに、セドリック様は答えられなかった。


重い沈黙が、東屋を満たす。


「リリア。君は大切な幼馴染だ」


ようやく出てきた答えは、先ほどと同じものだった。


「身体が弱く、放っておけない妹のような存在だ。それ以上でも、それ以下でもない」


「妹のために、婚約者との結婚を二度も延期したの?」


「君の命が危ないと思ったからだ」


「でも、危ないなんて誰も言っていなかったでしょう!」


リリア様が声を荒らげる。


「私は、苦しい、怖い、そばにいてほしいと書いただけよ。勝手に私が死ぬと思い込んだのは、あなたではないの」


「訂正しなかっただろう!」


「あなたが来てくださったからよ!」


「俺がエマとの約束を破ったと知っていただろう!」


「それでも私を選んでくれたことが、嬉しかったの!」


リリア様は胸元を押さえ、大きく息を吸った。


「初めは本当に、ただ怖かっただけなの。熱が出て、息が苦しくて、このまま一人でいたくないと思った」


その言葉に、嘘はないのだろう。


病気のつらさは、他人が決められるものではない。


「セドリックが来て、ずっと手を握ってくれた。大丈夫だ、俺が守ると言ってくれた。それからも、私が苦しいと手紙を書けば、何を置いても来てくださったわ」


「幼馴染として当然のことをしただけだ」


「私は、当然だとは思わなかった!」


リリア様の頬を、涙が伝う。


「エマ様との約束より、私のほうが大事だから来てくれるのだと思った。婚礼まで延期したのよ。私を愛していない人が、そこまでするなんて思わないでしょう?」


セドリック様は何も言えない。


彼は、リリア様へ結婚を申し込んだことはない。


愛しているとも言っていないのかもしれない。


それでも、彼女が求めるたびに駆けつけ、婚約者より優先し続けた。


その行動が何を期待させるか、一度も考えなかったのだ。


「だから、わざと俺を呼び出したのか?」


セドリック様の声が低くなる。


「エマとの予定があると知っていながら」


リリア様の視線が揺れた。


「……最初からではないわ」


「最初からではない?」


「あなたがエマ様と結婚したら、私のところへ来なくなると思ったの」


彼女は手袋を握りしめた。


「お二人の婚礼が近づくほど、不安になった。具合が悪いときに一人になるのが怖かった。だから、少し熱が下がっても、すぐには知らせなかったこともあるわ」


「やはり俺を騙していたのか」


「病気だったことは嘘ではない!」


「だが、命が危ないと思わせた!」


「あなたが勝手に思ったのよ!」


「分かっていて利用しただろう!」


「あなたこそ、私に期待させたでしょう!」


二人の声が、互いを責めるように重なる。


リリア様は、病気ではなかったふりをしたわけではない。


けれど、セドリック様が最悪の事態を想像していると気づきながら、それを訂正しなかった。


セドリック様も、彼女の言葉を確かめなかった。


必要とされれば駆けつけ、守っている自分に満足していた。


「夜会の日も、そうだったのか?」


セドリック様が尋ねる。


リリア様の顔がこわばる。


「あの日、夕方には熱が下がっていたのか?」


「……ええ」


「なら、なぜ俺に知らせなかった?」


「知らせれば、あなたはエマ様のところへ戻ってしまうでしょう?」


セドリック様が息を呑んだ。


「婚礼衣装の確認があることも、知っていたのか」


「あなたが話していたから」


「そのうえで、夜会へ行きたいと言ったのか?」


「私が元気になったと分かれば、安心すると思ったのよ」


「三度も踊る必要があったのか!」


「だって、嬉しかったの!」


リリア様の涙が、次々に落ちる。


「皆の前であなたに選ばれたような気がして、嬉しかった。あなたが私を見てくださるなら、少しくらい無理をしてもかまわないと思ったの」


「そのせいで、俺はエマを失ったんだぞ!」


その言葉を聞いた瞬間、胸の中に残っていた最後の痛みが消えた。


セドリック様は今も、自分が選んだとは考えていない。


リリア様に呼ばれたから。


彼女が訂正しなかったから。


彼女が夜会へ行きたいと言ったから。


私を失ったのは、誰かのせいだと思っている。


「違います」


私は静かに口を挟んだ。


二人が同時に私を見る。


「私は、リリア様のせいであなたと別れたのではありません」


「だが、彼女が俺を騙さなければ――」


「危篤だと誤解した最初の一度だけなら、私は責めませんでした」


大切な幼馴染が死ぬかもしれないと思えば、駆けつけるのは当然だ。


「けれど、同じことが何度も起きました。そのたびに、あなたは事実を確かめず、私との約束なら破ってもよいと判断した」


「命に関わると思ったからだ」


「婚約を解消したあとも、目眩がしたリリア様のそばにいるため、伯爵家のお仕事を欠席なさったそうですね」


セドリック様の顔が強張る。


「それは……」


「もう、命の危険がないと知っていたはずです」


それでも彼は、父親との約束よりリリア様を選んだ。


誰かに強制されたわけではない。


「リリア様の言葉を利用して、ご自分の選択から目をそらさないでください」


次に、リリア様を見る。


「リリア様も、病気になったことは悪くありません。不安になり、誰かにそばにいてほしいと願うことも」


「それなら、どうして私を責めるの?」


「誤解していると知りながら、訂正しなかったからです」


彼女の唇が震えた。


「セドリック様が私との約束を破れば、自分が選ばれたと思えた。だから都合がよかったのでしょう?」


「私は、ただ……一人になるのが怖くて」


「その怖さを、私の人生を使って埋めないでください」


リリア様が目を伏せた。


六年間、私は彼女を責めることを避けてきた。


病人に厳しい言葉を向けてはいけない。


健康な私が我慢すればよい。


そう思い続けた。


けれど体調が悪いことと、他人の時間や将来を奪ってよいことは別だ。


「リリア」


セドリック様が、もう一度彼女へ向き直った。


「君を妻にすることはできない」


「なぜ?」


「俺が愛しているのはエマだからだ」


「エマ様は、あなたを選ばないと言っているでしょう!」


「だからといって、君と結婚する理由にはならない」


「では、これから私はどうすればいいの?」


リリア様の視線が、私へ向く。


「エマ様。私、どうすればよいのでしょう」


その問いを聞いた瞬間、六年間と同じことが始まろうとしていると分かった。


二人の間で問題が起きる。


セドリック様は、私に解決を求める。


リリア様も、私なら答えを用意してくれると思う。


「お二人でお考えください」


「そんな……」


「これは、お二人の問題です」


私は卓上の指輪を取り、セドリック様の手のひらへ戻した。


今度は彼の指を閉じさせ、二度と置いていけないようにする。


「私はもう、婚約者でも、付き添いでも、仲裁役でもございません」


「エマ、待ってくれ」


「お話は終わりました」


「俺は、君に戻ってきてほしくて――」


「戻りません」


「リリアをどうすればよいのか、俺には……」


「それを決めるのが、あなたの責任です」


彼が欲しかったのは、やはり私ではなかった。


自分の選択が招いた問題を、きれいに片づけてくれる人だった。


「今後、療養のことで分からないことがあれば、施療院の決まりに従ってご相談ください。私個人への依頼はお受けしません」


言うべきことは、すべて言った。


私は二人へ背を向ける。


「エマ様!」


リリア様に呼び止められても、振り返らなかった。


彼女の病気は、医師が診る。


セドリック様との関係は、二人で決める。


もう私が、自分の人生を差し出して支える必要はない。


施療院へ戻ると、受付の近くにジュリアン様がいた。


私を待っていたのだろう。


それでも、何があったのかとは尋ねなかった。


「お話は終わりましたか?」


「はい。今度こそ、すべて終わりました」


「そうですか」


「リリア様が、少し息苦しそうです。診察を希望されたら、お願いいたします」


「もちろんです」


それだけ答えると、ジュリアン様は私の顔を見つめた。


「大丈夫です、とおっしゃいますか?」


「いいえ」


私は正直に首を横に振った。


「少し、疲れました」


「では、今日はお帰りになりますか?」


「その前に、甘いものが欲しいです」


ジュリアン様が笑った。


「ちょうどよかった」


彼は受付の机に置いてあった箱を持ち上げた。


中には、林檎の焼き菓子が二つ並んでいる。


「新しい契約のお祝いに。お好きだと伺いましたから」


「覚えていてくださったのですか?」


「覚えてほしいと、あなたが話していたでしょう」


東屋での会話を、すべて聞いていたわけではない。


けれど戻ってきた彼へ、赤い薔薇と林檎の焼き菓子が好きだと、私は自分から話したのだ。


ジュリアン様は、その一度の会話を覚えていた。


「ありがとうございます」


二人で小さな休憩室へ入り、向かい合って焼き菓子を食べた。


林檎の甘酸っぱさが、疲れた身体へ染み込んでいく。


「エマ様」


食べ終えたころ、ジュリアン様が少し緊張した様子で口を開いた。


「一つ、お願いがあります」


「仕事のことでしょうか」


「いいえ。仕事とは関係のないことです」


彼は私の反応を確かめるように、言葉を選んだ。


「次のお休みに、私と出かけていただけませんか?」


命令でも、当然の予定でもない。


私が断ることもできる、問いかけだった。


「どちらへ?」


「あなたの好きな場所を、これから相談したいと思っています」


最初から行き先を決めず、私の望みを尋ねてくれる。


そのことが嬉しかった。


「では、赤い薔薇が咲いている場所へ行きたいです」


「探しておきます」


「いいえ。一緒に探しましょう」


ジュリアン様が、柔らかく笑う。


私も笑い返した。


「はい。喜んでご一緒します」


それは、誰かに決められた約束ではない。


私が自分で選んだ、初めての約束だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ