【第21話】橋脚を支える石
朝の川は浅く見えたが、橋脚の上流側では水が細く渦を巻いていた。
流れに削られた土は、前日に見たときより輪郭がはっきりしている。橋脚の片側だけ根元が露出し、残った土へ重さが寄っていた。
レントは岸へ下り、濡れた石の間へ細い棒を差し込んだ。表面は固くても、その下で棒が急に深く入る場所がある。
「やはり、こちら側だけ支えが薄くなっています」
橋の上では、ミレナが仮板のずれを確認していた。ガルドは橋脚を留める金具へ手を当て、オルドは岸から全体を見渡している。
「木を替える前に、下を止めないと駄目だね」
ミレナが橋から下りてきた。
「このまま梁だけ強くしたら、残った土へもっと重さが集まる」
「金具も同じだ」
ガルドは露出した橋脚の側面を指で叩いた。
「締めれば留まる。だが、土が逃げ続けるなら、鉄ごと引かれる」
レントは川辺へ視線を移した。
以前は橋脚の周りにも石があったのだろう。岸には丸みのある小石が残っているが、支えになりそうな大きさのものは少ない。雪解け水に押され、下流へ運ばれたようだった。
「橋脚の周囲へ石を戻して、土が流れにくい形にする必要があります」
「新しい石を町から運ぶ余裕はないぞ」
オルドの声はいつも通り低かった。
「荷車は直ったが、橋は重い物を通せん。遠回りで大石を運べば、それだけで一日仕事になる」
「周囲に残っている石を見ます。使えるものが足りるか、まず状態を確認しましょう」
川沿いには、古い石積みから外れた廃石が点々と残っていた。角の欠けたもの、半分土へ埋まったもの、割れて薄くなったものが混じっている。
レントは呼吸を整え、綻び視を使った。
石の表面へ淡い筋が浮かぶ。浅い欠けだけで済んでいる石もあれば、内部まで細い割れが走り、持ち上げた途端に崩れそうなものもあった。
使える石へ小枝を置き、避ける石には土で印を付けていく。
「これは外側に使えます。こちらは割れが深いので、重さを受ける場所には置けません」
ガルドが印を付けた石を足先で確かめた。
「見た目より残っているな」
「ただ、積めばいいわけではありません」
レントは橋脚の上流側を見た。
「水を全部止めるように並べると、流れが別の場所へ集中します。岸か、反対側の橋脚が削られるかもしれません」
「水を逃がす隙間が要るね」
ミレナは拾った枝で地面へ線を引いた。
「橋脚へ石を押しつけるんじゃなく、その少し外側で流れを分ける。内側には小さい石を詰めるけど、上流から下流へ抜ける筋は残す」
「木枠で石の位置を押さえられますか」
「橋脚そのものへ留めなければね。岸側から枠を組んで、足場と分けるよ」
二人が話している間に、オルドは岸へ集まった住民たちを見回した。
「石は大きさで分ける。両手で持てるものは二人一組。それより小さいものは籠へ入れろ。水際へ下りるのは足場ができてからだ」
「下流の廃石も使うのか」
住民の一人が尋ねた。
「レントが印を付けたものだけだ。勝手に運べば、割れた石を戻すことになる」
オルドは人数を数え、運ぶ者、石を洗う者、岸で受け渡す者へ分けた。重い石を同じ者ばかりが持たないよう、順番もその場で決めていく。
「急いで腰を痛めても勘定には入らん。持てない石は置け」
ミレナは橋のそばへ木材を並べ、低い作業足場を組み始めた。
太い材を川底へ打ち込むのではなく、岸側の固い地面へ支点を置き、板を斜めに渡す。橋脚へ直接力がかからない位置で木枠を組み、石が流れへ転がり出ないよう横木を入れた。
「レント、そっちの幅を見て」
「もう少し下流側を開けた方がよさそうです。増水したとき、ここへ水が集まります」
「分かった。横木を一本短くする」
ミレナはすぐに材を引き戻し、鋸で端を落とした。切った木片も捨てず、足場の揺れ止めへ回す。
ポルは乾いた岸の上で、忙しなく鼻を動かしていた。
水際へ向かおうとすると、流れに石がぶつかる音がして足を止める。レントが岸側を指すと、ポルはそちらへ向きを変えた。
「ポル、近くまででいい。戻れる場所から探してくれ」
ポルは地面へ鼻を押し当て、前脚で軽く叩いた。
とん、と乾いた音がする。
少し横へ移り、もう一度叩く。今度は鈍く、土の下へ吸われるような音だった。
「ぷる」
ポルはそこから一歩退き、毛をわずかに膨らませた。
レントが棒を差すと、浅いところで土が崩れた。表面の下に小さな空洞ができている。
「ここには重い石を置かない方がいいです」
「先に土を詰めても駄目かい」
ミレナが尋ねる。
「周囲が緩んでいます。先に細かい石と土で埋めて、踏み固めてからです。それでも外側の大石は避けましょう」
ポルは別の場所でも前脚を二度動かした。そこは固い音が返り、棒も浅いところで止まる。
レントは二か所へ印を付けた。
「こちらは支えに使えそうです。ただ、ポルの反応だけでは決めません。足場を載せる前に、もう一度人の手でも確かめます」
ポルは胸を前脚で二度叩き、乾いた場所へ戻った。
「十分だよ、ポル」
ミレナが声をかけると、ポルは作業台代わりの板の下へ潜り込み、そこから鼻先だけを出した。
昼前、ガルドが鍛冶小屋から短い金具を運んできた。
先端が曲がった平たい金具と、木枠へ打ち込むための太い留め具だった。
「石を縛るものじゃない。枠が開くのを止めるだけだ」
ガルドは木枠の角へ金具を当てた。
「水が来たとき、石の力を全部ここで受けるな。横木と地面へ分けろ」
「その配置なら、外せますか」
「木部を直すときに邪魔なら抜ける。橋脚へ打ち込んでいないからな」
金具が留まると、木枠は足場と切り離されたまま、流れに向かって安定した。
住民たちは廃石を大きさごとに運び、岸で泥を落とした。大きな石は固い地面へ置き、小さな石は隙間へ詰める。割れやすい石は無理に使わず、脇へ避けた。
レントは綻び視で一つずつ確認しながら、置いた後の力の流れを見る。
橋脚へ寄せすぎれば暗い筋が集中し、離しすぎれば土を守れない。ミレナが石の向きを変え、ガルドが枠の留まりを直し、住民が小石と土を詰めて踏み固める。
「そこは一段低くして」
ミレナが流れの筋を見ながら言った。
「水が増えたとき、上を越える前に横へ抜けるようにする」
「こちらの石を少し立てます」
レントが答えた。
「正面から受けず、流れを二つに分けた方が負担が少ないです」
最後の石が収まると、水は完全には塞がれず、石の間を細く抜けて下流へ流れた。橋脚の根元へ直接当たっていた流れは弱まり、削れた土の前には段差のある石組みができている。
レントはもう一度、綻び視を広げた。
石、木枠、橋脚、梁。離れた傷みを同時に追うと、視界の端で光の筋が重なった。目の奥が熱を持ち、川面が一瞬だけ白く滲む。
「レント」
ミレナの声が近くで止まった。
「見すぎてる」
「あと、橋脚との接点だけ確認します」
「今見えているものまで間違えたら意味がないよ」
言い方は厳しかったが、ミレナはレントの前へ立たず、視線を外せるよう少し横へ位置を取った。
レントは息を吐き、綻び視を解いた。
通常の景色へ戻ると、こめかみに鈍い痛みが残った。
「……休みます」
「そうして。木部は今日替えないんだから」
オルドも石組みを見下ろし、杖の先で固めた土を確かめた。
「橋脚の周りは、これで水に持っていかれにくくなった。雨の後にもう一度見るぞ」
「はい。上の木部へ進める状態にはなりましたが、増水後の確認は必要です」
「期待は、その確認が済んでからだ」
岸の上から、煮込みの匂いが流れてきた。
セラが大鍋と椀を運び、作業を終えた住民たちへ声をかけている。豆と白芋の煮込みから湯気が上がり、冷えた手へ椀の熱が移った。
「石を運んだ人から座って。まだ鍋はあるから、急がなくていいよ」
住民たちは橋から離れた乾いた場所へ集まり、順に食事を受け取った。
ポルは人の輪へ入りすぎず、レントの作業靴のそばで鼻を動かしている。セラが少し離れた場所へ甘い根菜を置くと、ポルは周囲を確かめてから近づいた。
レントは温かい椀を両手で持ち、石組みの向こうを流れる水を見た。
橋はまだ仮板のままだ。重い荷を通せる状態でもない。
それでも、木を支える地面は整った。
傷んだ板だけを見るのではなく、その下の梁、橋脚、土、水の流れまで確かめなければ、直したことにはならない。
目の奥の痛みを感じながら、レントは石の間を抜ける細い流れを見つめた。
次に木部へ手を入れるための支えは、ようやく作ることができた。




