【第20話】橋を使い続けるために
細い木橋の手前で、穀物袋を抱えた住民たちが一列になっていた。
荷を下ろした荷車は岸の土道へ戻され、車輪へ木片が噛ませてある。橋の上には何も載っていない。それでも中央付近の板は、先ほど荷車が乗った跡を残すように、わずかに沈んで見えた。
「もう一度、誰も乗らない状態で見ます」
レントは橋の入口でしゃがみ、板と板の隙間へ視線を落とした。
ミレナは反対側へ回り、橋板を留める木栓を一本ずつ確かめる。オルドは住民を橋から離し、ガルドは荷車の修繕に使った道具袋を岸へ置いた。
「荷車の音ではなかったんだな」
ガルドが橋の下へ目を細めた。
「はい。車輪も車軸も安定していました。軋みは、橋板が沈んだ後に下から返ってきました」
「上だけ見て終わりにはできないね」
ミレナが橋板を手で押す。
乾いた短い音の後、少し遅れて、ぎ、と低い音が橋脚の方から響いた。
レントは呼吸を整え、綻び視を使った。
橋板の表面に、細い光の筋がいくつも浮かぶ。擦れや小さな割れの多くは浅く、すぐに折れる状態ではない。だが中央寄りの数枚では、光が板の裏へ回り込み、その下の梁へつながっていた。
梁の端には、繰り返し沈み込んだ跡が集まっている。さらに下へ視線を移すと、橋脚と梁の接する部分に暗い筋が重なっていた。
表面から見える傷みより、下部の方が深い。
「中央の板が三枚、それを支える梁の端も傷んでいます」
レントは目を細めたまま、橋の横へ移動した。
「橋脚との接点にも力が偏っています。ただ、木が傷んだことだけが原因ではなさそうです」
「見える範囲を先に外そう」
ミレナは橋の入口へ戻り、板の縁を槌の柄で軽く叩いた。音を聞き分けながら、使える板と外すべき板へ印を付けていく。
「この二枚は駄目だね。表は残ってるけど、裏が柔らかくなってる。隣の一枚も、そのまま人を通すには怖い」
「再利用できますか」
「橋には戻せない。乾いた部分を切り分ければ、柵の短い部材には使えるかもしれないけど、荷重を受ける場所には使わない」
ミレナの判断に、レントは頷いた。
ガルドは橋の側面へ身をかがめ、梁を押さえる金具を確かめた。泥の付いた留め具を布で拭い、細い棒を差し込んで緩みを見る。
「錆びは出ているが、すぐ抜けるほどじゃない。だが一本、曲がっている」
金具の端が、橋脚側へわずかに持ち上がっていた。
「木が沈んだ分だけ引かれたか、先に金具が緩んで木を動かしたか。今の状態じゃ決めきれん」
「交換は必要ですか」
「本直しならな。今ここで新しい金具へ替えても、下が動くならまた曲がる。締め直すだけにして、重い荷は載せるな」
レントは綻び視を解き、目頭を押さえた。
傷みの位置は分かった。だが、橋脚の下まで視線は届かない。水際の土が濡れ、橋の影に隠れているため、地面がどのように変わったかまでは判断できなかった。
「全部止めるしかないか」
オルドが橋の向こう側を見た。
先には畑へ続く道があり、共同倉庫から運ばれる薪や穀物も、この橋を使う家がある。遠回りできる道はあるが、坂が長く、毎日の往来には負担が大きい。
「今のところ、橋全体がすぐ落ちる状態ではありません」
レントは橋板と梁の位置を見比べた。
「傷んだ中央へ近づかず、一人ずつ徒歩で渡るなら、使える範囲は残せます。荷物は片手で持てる程度まで。荷車、薪束、穀物袋のような重い物は通さない方がいいです」
「全面通行止めではなく、使い方を絞るということか」
「はい。ただし、通れる幅をはっきり決める必要があります。知らずに中央へ寄れば意味がありません」
オルドはしばらく黙り、橋を使う家々の位置を頭の中で並べているようだった。
「遠回りは荷運びに使わせる。こちらは人だけ。一度に渡るのは一人、立ち止まらない。子どもだけでは通らせん」
「それなら、危険な板を外して塞ぐ」
ミレナが言った。
「端へ寄りすぎても危ないから、通路は片側だけに絞るよ。仮の手すりも付ける」
橋の上での作業が始まる前に、レントは灰樫の家へ戻り、ポルを連れてきた。
水辺へ近づくにつれ、ポルの足取りは遅くなった。岸の湿った土へ鼻を寄せていたが、橋板が風でかすかに鳴ると、耳を伏せてレントの靴の後ろへ回る。
「無理に橋へ乗らなくていい」
レントが岸を指し、待つ合図を出す。
ポルは橋脚に近い地面を遠巻きに嗅いだ。二歩進み、前脚で土を一度叩く。さらに水際へ寄ろうとしたところで、橋が小さく揺れた。
「ぷるっ」
ポルは毛を膨らませ、すぐに後ろへ下がった。
ミレナが作業の手を止める。
「揺れる場所は嫌みたいだね」
「水の音も近いです。ここから分かる範囲だけで十分です」
レントはポルを抱き上げず、乾いた岸側へ手で誘導した。ポルは安全な土の上へ戻ると、今度は橋脚から少し離れた場所へ鼻を押し当てた。
とん、とん、と前脚が二か所を叩く。
片方は固い音だった。もう片方は、わずかに鈍い。
「地面の中に違いはありそうです」
レントはその位置へ小枝を立てた。
「ただ、空洞なのか、土が緩んでいるのかまでは分かりません。ポルの反応だけで掘る場所を決めない方がいいです」
「橋脚の近くへ入らせる必要もない」
ミレナはそう言って、ポルの逃げ道を塞がない位置へ木材を置き直した。
傷んだ橋板が外されると、下の梁が露出した。表面の汚れを削るだけで、木の色が変わっている部分が現れる。ミレナは刃先を浅く当て、抵抗の弱い範囲を確かめた。
「ここまでは使えない。残ったところへ人の重さが集中しないよう、渡る位置をずらす」
新しい板を全面へ張り直すのではなく、通行できる片側だけへ仮板を渡した。梁へ余計な負担をかけないよう、支えの位置を選び、左右から木栓で留める。
橋の中央には、傷んだ側へ寄れないよう低い柵を設けた。反対側には腰の高さほどの仮手すりを付け、足元ばかり見ずに渡れる幅を残す。
ガルドは曲がった金具を外し、使える形へ戻してから締め直した。
「これで荷車が通れると思うなよ」
「通しません」
レントが答えると、ガルドは低く鼻を鳴らした。
「ならいい。鉄は留まっていても、下の土までは支えられん」
作業が終わる頃には、橋の入口に人一人分の通路ができていた。広さは以前より狭いが、危険な中央へ足を置くことはない。
最初の確認は、何も持たないレントが行った。
一歩ずつ板の沈みを確かめる。仮手すりへ強く体重を預けず、橋の揺れと梁の音を聞く。中央を過ぎたところで短い軋みがしたが、先ほどのような深い沈みはなかった。
続いてミレナが渡り、反対側から木栓と板のずれを見た。
「徒歩なら保つ。ただし二人で並ばないこと」
「軽い荷物でも、立ち止まって持ち替えるのは岸でお願いします」
オルドは住民たちを集め、橋の入口に立った。
「今日から、この橋は一人ずつだ。持ってよいのは片手で安定して運べる物まで。薪束、穀物袋、荷車は北側の道へ回す。遠回りの順番は共同倉庫で決める」
「畑へ肥料を運ぶ日はどうする」
住民の一人が尋ねた。
「同じ日に重ねない。上手の畑から順に日を分ける。坂で持ち替える人手はこちらで組む」
「雨の日も通れるのか」
「濡れた日は使わせん。仮板が滑る。迷ったら遠回りしろ」
不満の声は出たが、橋板の外された部分を見れば、無理に通すべきだと言う者はいなかった。住民たちは荷物の予定を伝え、オルドが記録板へ順番を書き込んでいく。
「不便がなくなったわけではない」
オルドは最後に橋を振り返った。
「だが、事故を起こして完全に道を失うよりはいい。使える範囲を守るぞ」
人の流れが落ち着いた後、レントは橋脚の岸側へ下りた。
水面近くの土には、細い溝がいくつも走っている。上流側には小枝と枯れ葉が引っかかり、その下の地面だけが深くえぐれていた。
ミレナも岸から覗き込む。
「雪解けの水がここへ当たったのかもしれない」
「橋脚の周りだけ、土の高さが違います」
レントは綻び視を使わず、目で見える範囲を確かめた。
木部を交換し、金具を締めても、橋脚を支える地面が削れ続ければ同じ場所へ負担が戻る。今の仮補修は、人が安全に通るための時間を作っただけだった。
岸の上では、ポルが立てた小枝のそばを忙しなく嗅いでいる。橋へ近づこうとはせず、乾いた場所から鈍い音のした地面を見ていた。
「次は下を調べないといけませんね」
「木だけ直して終わりにはできないね」
ミレナの返事に、レントは頷いた。
狭くなった橋を、空の籠を持った住民が一人で渡っていく。仮手すりへ軽く触れ、柵の内側をまっすぐ歩き、向こう岸へ着いてから次の人へ合図した。
橋は元どおりではない。
それでも、危険な場所を避け、使う重さと人数を決めれば、暮らしを完全に止めずに済む。
レントは橋脚の下で削れた土を見つめた。直すべきものは、目の前の割れた板だけではない。水の流れも、地面の支えも、そこを毎日使う人の動きも、同じ橋の一部だった。




