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異世界の忘れ谷で壊れた古家を直したら、職人娘と精霊モグラの修繕工房になりました  作者: カイト


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【第16話】見えない詰まり

 古い取水路の入口では、昨日開いた石枠から細い水が滲み続けていた。


 途切れてはいない。だが、指一本ほどの幅にもならず、石の表面を濡らして泥へ消えている。レントは木枠の外から流れを見つめ、昨日の記録紙へ時刻と水の広がりを書き加えた。


「夜の間も流れてはいたようです。ただ、量はほとんど増えていません」


「奥で止められてるね」


 ミレナは仮設木枠の縄を確かめ、入口の暗がりを覗き込んだ。中へ入れる幅はない。横向きになれば肩までは届きそうだが、その先の石組みは泥と根に覆われ、上部の状態も見えなかった。


 足元を歩いていたポルが、石枠の脇へ鼻先を寄せた。


 ぽふっ。


 少し離れた地面でもう一度叩き、耳を伏せる。昨日示した空洞の縁よりも奥側を気にしているらしい。


「ポル、待て」


 レントが手のひらを下へ向けると、ポルは動きを止めた。


 レントは綻び視を使った。


 入口の石組みに走る傷みの線は昨日と大きく変わっていない。細い水は石の隙間を均等に抜けているのではなく、左側の下部へ偏っていた。その先には、重なった石へ力が集中している線が見える。上から落ちた石が途中で引っかかり、周囲の根と一緒に流れを塞いでいる可能性があった。


 目の奥に鈍い痛みが差す前に視線を外す。


「水は左下から回り込んでいます。奥に崩れた石があって、完全には塞がず隙間だけ残しているようです」


「石だけなら動かせるかもしれないけど、根が絡んでるなら順番を間違えられないね」


 ミレナは地面へ膝をつき、入口の外側から細い棒を差し入れた。先端が何かへ触れ、乾いた音が一度だけ返る。


「近い石はある。でも、その向こうは届かない」


 そこへ、紙束を布で包んだオルドが斜面を上がってきた。後ろには道具を運ぶ住民が数人続いているが、昨日より人数は少ない。


「倉庫の奥に残っていた記録だ」


 オルドは足場の手前で紙束を開いた。古い紙には薄れた線と、修繕に使った木材や人数が書き込まれている。


「この入口から二つ目の石枠まで、以前にも根詰まりを起こしている。大きな根を切って水を通したが、その後に上の石が沈んだとある」


「沈んだ場所は分かりますか」


「正確には分からん。だが、入口の左側を掘り広げた記録はない。触らなかった理由があると考えた方がいい」


 レントは記録に残された簡単な断面図と、今見えている石の並びを見比べた。線の間隔は粗いが、石枠の上には土を受ける平たい石が置かれていたらしい。


「左側へ人を乗せないようにしましょう。入口の正面も、作業する二人以外は離してください」


「そのつもりで人数を減らした」


 オルドは住民たちへ振り返った。


「縄の外へ入るのは、レント殿とミレナだけだ。石を運ぶ者は斜面の下で待て。道具は呼ばれてから渡せ。見物する暇があるなら共同井戸の水位を見てこい」


 住民たちは入口の周囲へ縄を張り、不安定な左側を広く空けた。セラは共同井戸との間を行き来する者を決め、濁りや水位の変化を書き留める板を渡した。


「水が増えても、すぐに汲む量は変えないよ。底の泥が動くかもしれないからね」


「お願いします、セラさん」


 人が内部へ入れない以上、上から閉塞の位置を確かめる必要がある。


 レントはポルが叩いた場所と、水の偏りを示す線を地面へ記した。そこから石枠へ向けて細い範囲を取り、地表の土だけを浅く除く。


「大きく開けません。石組みの上へ届く前に止めます。確認用の穴です」


「穴の縁は板で押さえるよ」


 ミレナが短い板を四枚選び、四角い枠へ組んだ。土を薄く削るたびに枠を下げ、周囲が崩れないよう縄で固定する。


 ポルは枠の横で忙しなく鼻を動かしていた。やがて入口とは反対側へ回り込み、土の隙間へ前脚を差し込む。


「ポル、探して」


 レントが地面を二度指すと、ポルは鼻先を押し当て、短く土を掻いた。浅い隙間へ体を滑り込ませ、姿が半分ほど見えなくなる。


 ぽふっ、ぽふっ。


 地面の下から音が響く。位置は確認用の穴の少し先だった。


 さらに奥で土が小さく崩れる音がした。ポルの後脚が消えかける。


「戻れ」


 レントはすぐに声を強めた。


 一瞬、動きが止まる。


「ポル、戻れ」


 土の中から低い声がして、丸い尻が後ろへ下がった。ポルは穴から這い出すと、毛についた土を振り落とし、レントの靴の横へ座った。


「そこから先は行かなくていい」


 レントが背を撫でずに手を近くへ置くと、ポルは鼻先で指を押した。それから確認用の枠へ向き直り、地上から一度だけ床を叩いた。


「位置はこれで十分です」


 土を除いた先から、平たい石の端が現れた。その下には細い根が何本も入り込み、さらに奥で太い根へ集まっている。崩れた石は根に抱え込まれ、水路の幅を斜めに塞いでいた。


 ミレナは石を直接持ち上げようとはしなかった。


 長い板を二本立て、上部を横木でつないだ。脚元を別の板で広く受け、縄を横木へ回す。中央に短い棒を通し、回せば縄が少しずつ巻き取られる形に整えた。


「一気には上げられない。石の重さを受けるだけにするよ」


「先に右側の小さい石です。その次に中央の石を少し浮かせます。左の平たい石は動かしません」


 綻び視で見えた力の線を、レントは棒で示した。


「根も全部は切らないでください。水を塞いでいる部分だけ外して、上を支えているものは残します」


「分かった。切る場所はその都度言って」


 縄が張られ、石の重さが巻き上げ枠へ移る。ミレナが細い根を一本ずつ切り、住民が外れた泥と小石を籠で受け取った。


 右側の石が抜けると、奥から水が一筋走った。


「止めるよ」


 ミレナが棒を押さえる。


 レントは流れ方と石組みを確認した。新しい亀裂は見えない。残った根も張ったままだ。


「続けられます。中央を指二本分だけ」


 巻き上げ枠が低く軋む。石がわずかに浮き、その下から黒い根の塊が見えた。


 ミレナは根の中央へ刃を入れず、端から小さく削った。水を吸った木の皮が剥がれ、絡んでいた細枝と泥がほどけていく。


 最初は滴るだけだった音が、石の奥で連続した響きへ変わった。


「水音が強くなったぞ」


 斜面の下にいた住民が声を上げる。


「まだ近づくな」


 オルドが低く制した。


 最後の根の塊が外れた瞬間、中央の石の下から濁った水が押し出された。流れは昨日の細い筋を広げ、石枠の底を洗いながら入口へ出てくる。


 ポルが驚いて一歩下がり、すぐに毛を膨らませた。


 レントは水へ手を入れず、石と木枠を見続けた。巻き上げた石を完全には抜かず、支えた位置で止める。流れが強くなっても、上部の石は沈んでいない。


「このまま固定してください。外した根と小石だけ回収します。奥には触れません」


「全部開けたわけじゃないからね」


 ミレナは縄の結びを増やし、巻き戻らないよう横木へ留めた。


 しばらくして、共同井戸から走ってきた住民が息を整えながら告げた。


「水面が上がってる。ほんの少しだが、印をつけた場所を越えた」


 どよめきが起きたが、オルドは入口から目を離さなかった。


「汲む順番は変えん。今日一日見てからだ」


「はい。取水路の中も、完全に安定したとは言えません」


 レントは記録紙へ、外した石の位置と残した根、巻き上げ枠の固定状態を書き込んだ。


 午後になると、共同井戸の水位はゆっくりと戻り続けた。


 同時に、井戸の縁からあふれた水が足元のくぼみへ溜まり始めた。これまで乾いていた土が黒く湿り、汲み場の脇へ細い水筋が伸びている。


 セラが濡れた地面を見下ろし、裾を持ち上げた。


「水が戻るのはありがたいけど、このままだと足場が泥になるね」


 レントは井戸の周囲を一周し、低い側へ集まる水を見た。古い溝らしい浅い窪みは途中で土に埋まり、水を外へ逃がしていない。


「取水路の流れは戻りました。でも、ここへ集まった水の逃げ道が足りません」


 ミレナも地面を靴先で押し、柔らかくなった土を確かめた。


「井戸を使いやすくするなら、次はこっちを見ないと駄目だね」


 オルドは水位の印と、広がり始めた泥を交互に見た。


「一つ戻せば、止まっていた別の不具合も動き出すか」


「まず状態を見ます。今日は溝を掘りません」


「それでいい。期待は、足元まで乾いてからにしよう」


 井戸の水面には、汲み上げられる前の静かな波が広がっていた。


 取水路の奥から届く水音は、もう途切れそうな細さではない。けれど、その水を暮らしの中で使い続けるには、まだ整えなければならない場所が残っている。


 レントは濡れた土の範囲を記録し、井戸の縁へ新しい水位の印をつけた。

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