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異世界の忘れ谷で壊れた古家を直したら、職人娘と精霊モグラの修繕工房になりました  作者: カイト


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【第12話】風を逃がす柵

 灰樫の家の壁に掛けられた依頼札は、少しずつ増えた文字で埋まっていた。


 棚の修繕、桶の補修、木箱の調整。


 以前なら、目についた物から手を伸ばしていたかもしれない。


 けれど今のレントは、板の前に立って一つずつ内容を確認する。


 持ち主。


 危険度。


 必要な材料。


 直すまでにかかる時間。


 その中で、しばらく残っていた札へ目が止まった。


『柵。何度直しても外れる』


 短い言葉だった。


 だが、そこには他の依頼とは違う重さがあるように感じた。


「……同じ場所を何度も直しているなら、原因を見ないといけませんね」


 レントは札を手に取った。


 壊れた部分だけを取り替えても、また同じことが起きるかもしれない。


 それでは修繕したとは言えない。


「ミレナさん、少し見てもらえますか」


 作業台で木材を確認していたミレナが顔を上げる。


「柵?」


「はい。何度も外れるそうです」


 ミレナは札を受け取り、内容を読む。


「柱を替えたのに直らない、ってことは……」


「設置した場所か、使い方に原因がある可能性があります」


「そうだね。行ってみないと分からない」


 ミレナは立ち上がり、必要な道具を選び始めた。


 レントも工具を確認する。


 鋸と鑿はまだガルドへ預けたままだ。


 使える道具だけを持っていく。


「ポルは……」


 床を見ると、工房の隅から丸い体が少しだけ覗いていた。


 レントが視線を向けると、ポルは鼻先を動かしてから、小さく鳴く。


「一緒に来ますか?」


 呼びかけに対して返事を理解したわけではない。


 ただ、外へ向かう気配に反応したように見えた。


 ポルは少し迷うように床下へ戻り、それからゆっくり後を追ってきた。


 畑へ向かう道は、灰樫の家から少し離れている。


 谷の風が通る場所で、周囲には低い草地と畑が広がっていた。


 柵の前には、一人の女性が立っていた。


「ミレナ、来てくれたんだね」


「うん。こちらがレントさん」


 ミレナが紹介すると、女性はレントを見る。


「初めまして。私はセラ・ハーヴェン。ここの畑と、交換所の管理をしているよ」


「レント・アサギです。柵の状態を確認させてもらいます」


 セラは頷いた。


「何度も直してもらっているんだけどね。風が強い日に、いつも同じ側だけ倒れるんだ」


 レントは柵へ視線を向ける。


「倒れるのは、こちら側ですか?」


「そう。家畜を畑の脇へ通す道があるから、場所を変えるのも難しくて」


 セラは倒れた跡の残る柱を指した。


「前は柱だけ交換したんだ。でも、しばらくするとまた緩んでしまって」


「分かりました。まず状態を見ます」


 レントはしゃがみ込み、柱の根元へ手を近づけた。


 綻び視を使う。


 木材の傷みが線となって浮かぶ。


 柱の表面だけではない。


 根元。


 土との境目。


 力が集中している部分。


 見えてきたものに、レントは眉を寄せた。


「柱そのものだけが原因ではなさそうです」


「土?」


 ミレナが横から覗き込む。


「はい」


 レントは別の柱へ移る。


「この辺りは根元に水分が集まっています。木が腐りやすくなっているだけではなく、土も少し緩んでいます」


 さらに柵全体を見る。


 板が連なった部分へ風が当たり、その力が一部の柱へ集まっている。


「風も関係しています」


「風?」


 セラが聞き返した。


「柵が風を受け止めすぎています。同じ形のまま立て直すと、また同じ場所に負担がかかると思います」


 セラは倒れた柵を見つめた。


「ずっと柱が弱いんだと思っていたよ」


「柱も傷んでいます。ただ、それだけを替えても原因が残ります」


 その時だった。


 足元で、ポルが鼻先を地面へ近づけた。


 しばらく周囲を嗅いだ後、柔らかい土の場所を前脚で掘り始める。


「ポル、待ってください」


 レントが声をかける。


 ポルは動きを止め、こちらを見る。


 しばらくしてから、ゆっくり前脚を下ろした。


 レントはその場所へ視線を落とす。


 土は少し湿っていた。


「……ここも確認してみましょう」


 ポルの行動が何を意味するのか、まだ分からない。


 だが、普段とは違う場所へ反応したことは確かだった。


 レントとミレナは道具を使い、浅い範囲の土を確かめる。


「やっぱり湿りが残ってる」


 ミレナが土を指先で確認した。


「この位置なら、柱を少しずらした方がいいね」


 彼女は畑と柵の位置を見る。


「風は完全に止められない。なら、受け流す形にする」


 ミレナは柵の残った部分を見た。


「隙間を作る。風を抜かせる」


「柱の間隔も変えますか」


「うん。今の間隔だと一枚の壁みたいになってる」


 レントは頷いた。


「湿りの強い場所を避けて、柱の位置を調整する」


「それなら、家畜の通り道は残せる」


 セラも畑を確認する。


「ここを塞がないなら助かるよ」


 方針が決まると、三人は作業を始めた。


 古い柵を外し、使える木材と交換が必要な部分を分ける。


 腐りの少ない木を選び、新しい柱を立てる。


 レントは位置と傾きを確認した。


「もう少し右です」


「ここ?」


 ミレナが柱を調整する。


「はい。そこなら水が集まりにくいです」


 横木はミレナが組み直す。


 隙間の幅を調整し、風が抜ける形へ変えていく。


 セラも柱の周囲へ土を戻し、しっかりと踏み固めた。


「こうでいい?」


「はい。ただ、完成後も確認できるようにしておきましょう」


 レントは柱の根元を指した。


「水が溜まっていないか。押した時に揺れが増えていないか。それを見るだけでも違います」


「難しいことじゃないね」


「小さな変化に早く気づくことが大切です」


 作業が終わる頃には、夕方の風が畑を抜けていた。


 新しく組んだ柵は、以前のように風を正面から受け止めていない。


 三人で柱を押して確認する。


 揺れは少ない。


 家畜の通り道も問題なく使える。


「前より自然に風が抜けてる」


 セラは柵の向こうを見ながら言った。


「同じ場所を直すだけじゃなくて、考え直す必要があったんだね」


「壊れた場所を見るだけでは足りないこともあります」


 レントは完成した柵を見る。


「使われ方や周りの環境も、一緒に見ないといけません」


 灰樫の家へ戻る前に、セラは二人を家へ招いた。


「今日はありがとう。簡単なものだけど、食べていって」


 食卓には温かな料理が並んだ。


 作業の後の食事は、疲れた体に染みた。


 食事が終わる頃、セラは木箱を取り出した。


「これは今回の分の報酬」


 中には材料費と作業に見合った品が入っていた。


「そんなに受け取るつもりは……」


 レントが言うと、セラは首を振る。


「直してもらった物を、また長く使うためのお金だよ」


 そして少し笑った。


「これからも頼むことになるだろうしね」


 レントは少し迷った後、受け取った。


「ありがとうございます」


 食事の片付けをしている時だった。


「あの、もう一つ相談してもいいかい」


 セラが言う。


「最近、共同井戸の水汲みに時間がかかるようになってね」


 レントは顔を上げた。


「水汲みですか」


「前より水が出るまで待つことが増えたんだ」


 まだ詳しい状態は分からない。


 けれど、困っている暮らしがあるなら確認する必要がある。


 レントは小さく頷いた。


「まず、状態を見てみます」


 灰樫の家へ戻る道の途中。


 ポルが足元で小さく鳴いた。


 風の中に、畑の匂いと土の匂いが残っている。


 レントは新しく増えた相談を思いながら、暗くなり始めた谷の道を歩いた。

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