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異世界の忘れ谷で壊れた古家を直したら、職人娘と精霊モグラの修繕工房になりました  作者: カイト


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【第11話】増えた依頼と工房の形

 灰樫の家の朝は、いつもより少し早く始まった。


 レントがかまどへ火を入れる前に、扉を叩く音が響いた。


「レントさん、これを見てもらえないかい」


 開けると、住民が木の棚を抱えて立っていた。


 棚の脚が一本、少し浮いている。


「分かりました。まず状態を見ます」


 レントは棚を受け取り、傷んだ場所を確認した。


 すると、すぐ後ろから別の声が飛んできた。


「レントさん、桶の縁が割れてしまって」


 今度は木桶だった。


 さらに昼前には、外れた柵の部材と、蓋が閉まりきらなくなった木箱まで運び込まれた。


「……分かりました。順番に確認します」


 そう答えながら、レントは一つずつ作業台の近くへ置いていく。


 棚。


 桶。


 柵の部材。


 木箱。


 どれも放っておけば不便になる物だった。


 使う人の困った顔を見れば、後回しにはしたくない。


 レントは測定具を手に取り、持ち込まれた物を確認していった。


 綻び視を使えば、傷んだ場所は見える。


 どこに力がかかっているのかも分かる。


 だからこそ、見つけた以上は直したいと思った。


 けれど、気づけば灰樫の家の中は、持ち込まれた品で狭くなっていた。


 作業台の横には確認前の物。


 壁際には確認途中の物。


 修理方法を考えている物が、その間に混ざっている。


 歩くたびに、避ける場所を探さなければならない。


「……少し整理した方がいいかもしれませんね」


 そう呟きながらも、レントは次の品へ手を伸ばした。


 夜になっても、作業は終わらなかった。


 棚の傷みを確認し、木箱の蓋の歪みを調べる。


 柵の部材を見て、桶の割れ方を記録する。


 さらに、ガルドへ預けている鋸と鑿のことも頭に残っていた。


 まだ確認は終わっていない。


 返ってきた時にどう扱うかも考えておきたい。


 気づけば、外はすっかり暗くなっていた。


 レントは目元へ手を当てた。


 少し痛みがある。


 綻び視を使い続けた時に出る疲労だった。


「……少し休まないと」


 そう思った直後、目の前の木箱を見る。


 蓋の歪み。


 棚の脚の緩み。


 どちらも同じように記録へ書きかけて、手を止めた。


 急ぐ理由は違う。


 直す順番まで同じではない。


 分かっているはずなのに、頭の中がうまく整理できていなかった。


 その翌朝。


 灰樫の家の扉が開く音で、レントは顔を上げた。


「レント」


 入ってきたのはミレナだった。


 彼女は室内を見渡した瞬間、表情を変えた。


「……何これ」


「依頼品です」


「それは見れば分かる」


 ミレナは作業台の周囲を見る。


 通路には木材。


 壁際には柵の部材。


 棚の上には確認途中の道具。


「確認した物と、まだ見てない物が混ざってる」


「順番に終わらせるつもりで……」


「終わらせる?」


 ミレナは棚の横に置かれた箱を指した。


「置いた場所も分からないなら、始めたことにもならないよ」


 レントは言葉を返せなかった。


 言われてみれば、その通りだった。


 どこまで確認したのか。


 何を先に直すべきなのか。


 自分でも曖昧になり始めている。


 ミレナはため息をつき、木材を動かした。


「これは私が見られる」


 棚を指す。


「木の状態と組み方なら判断できる」


 次に木箱を見る。


「これも加工で対応できそう」


 反対に桶と柵の部材へ目を向けた。


「でも、こっちは材料や状態を確認してから。今すぐ触る物じゃない」


「分ける、ということですね」


「そう」


 ミレナは作業台の周囲を見ながら続けた。


「作業する場所。材料を置く場所。まだ直してない物を置く場所」


 一つずつ指で示す。


「混ぜたら、探す時間ばかり増える」


 レントは頷いた。


「ありがとうございます」


「礼を言う前に動いて」


 短い言葉だったが、指摘は正しかった。


 レントが木箱を移動させようとした時だった。


 床下から、小さな音が聞こえた。


 ぽふっ。


「ポル?」


 工具棚の下から、丸い体が出てくる。


 ポルはいつものように鼻先を動かし、積まれた荷物の隙間へ入り込んでいった。


「小さい隙間が好きですね……」


 レントが近づく。


 すると、奥から土の匂いと一緒にポルが顔を出した。


 体には細かな土がついている。


 しかし、その場所は柵の部材と木箱の間だった。


 ポルが出ようとした瞬間、立てかけていた木材が傾いた。


「危ない」


 レントが手を伸ばす。


 ミレナも反対側から支えた。


 大きな音を立てる前に、二人で押さえることができた。


 ポルは驚いたように毛を膨らませ、少し離れた場所へ逃げる。


「……置き方が悪かった」


 レントは倒れかけた部材を見る。


 ポルが悪いわけではない。


 狭い場所へ入り込む習性がある小さな存在を、危険な状態のまま置いていた。


「人が怪我してもおかしくなかった」


 ミレナは静かに言った。


「直す物を集めて、壊れる場所を増やしたら意味がない」


 レントは深く頷いた。


 その日の昼。


 レントはオルドのところへ相談へ向かった。


「依頼が増えましたか」


 オルドは話を聞くと、すぐには答えなかった。


「増えたこと自体は悪いことではない」


 共同倉庫の前で、オルドは続ける。


「問題は、全部を同じ重さで扱おうとしていることだ」


「同じ重さ……」


「放置すれば怪我につながる物。生活への影響が大きい物。不便だが待てる物」


 オルドは指を折りながら分けていく。


「順番は、持ち主の声の大きさだけで決めるものではない」


 レントはその言葉を記録した。


「住民への説明は私がする」


 オルドは言った。


「ただし、レント殿には状態と必要な時間を出してもらう」


「分かりました」


 灰樫の家へ戻ると、ミレナはすでに準備を始めていた。


 壁際へ材料棚を寄せる。


 作業台の周囲を空ける。


 未修繕品を置く場所を決める。


 レントは板を一枚用意した。


 依頼内容。


 持ち主。


 危険度。


 必要な材料。


 予定。


 一つずつ書いていく。


 簡単な札を作り、板へ並べた。


「これなら、今どこまで進んでいるか分かりますね」


 レントが言う。


「分かるだけじゃなくて、説明できる」


 ミレナは札を確認した。


「いつ直るか分からないまま待つ方が困るから」


 夕方。


 オルドが住民へ順番を説明して回った。


 すぐに全部を直せるわけではない。


 それでも、理由が分かれば納得して待てる人もいた。


 灰樫の家へ戻ると、通路には空間ができていた。


 作業台の周囲も歩ける。


 材料と依頼品も分かれている。


 レントは並んだ依頼札を見る。


 その中に、一つ気になる記録があった。


 柵。


 持ち主の言葉。


『直しても何度も外れる』


 レントは札を手に取る。


 ただ部材を替えるだけでは、同じことが起きるかもしれない。


「まず、状態を見る必要がありますね」


 そう呟くと、足元でポルが小さく鳴いた。


 レントは振り返る。


 丸い体は、いつものように工房の隅からこちらを見ていた。


 増えた依頼。


 整えた作業場所。


 まだ残っている問題。


 全部を一人で抱えるのではなく、確認しながら進める。


 レントは新しく作った板へ視線を戻した。


 灰樫の家は、少しずつ形を変え始めていた。

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