表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界の忘れ谷で壊れた古家を直したら、職人娘と精霊モグラの修繕工房になりました  作者: カイト


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
10/42

【第10話】木と鉄をつなぐ鍬

 レントは、道の脇で立ち止まったまま、差し出された農具を見ていた。


 古びた鍬だった。


 木の柄には大きなひびが入り、握る部分は長年の使用で丸く削れている。刃を固定する金属部分にも、わずかな歪みが見えた。


 けれど、すぐに「直せます」とは言わなかった。


「少し見せてもらってもいいですか」


 住民が頷き、鍬を渡す。


 レントは柄を握り、重さを確かめた。


「いつ頃から、この状態に?」


「少し前からだね。最初は柄が少し揺れるくらいだったんだが……最近は土に入れると手まで響くようになってきて」


「使う時は、どの辺りを持っていますか?」


 住民が普段握る位置を示す。


 レントはその場所を確認し、次に鍬全体を見る。


 綻び視を使った。


 木の中へ伸びる細かな線。


 金属部分へかかる力の偏り。


 見えてくる情報を、一つずつ整理していく。


 柄のひびだけではない。


 刃と柄をつなぐ部分へ、長い間同じ方向から負担がかかっていた。


「このまま柄だけを交換しても、また同じ場所が傷むかもしれません」


「柄だけじゃ駄目なのかい?」


「はい。たぶん、使い方と道具の形が少し合っていないです」


 レントは鍬を返さず、持ち手の位置を確認する。


「今の柄だと、少し短いようです。土へ入れる時に、前へ力をかけるために身体を深く倒していませんか?」


 住民は驚いたように目を丸くした。


「よく分かるね。その通りだよ。力を入れようとすると、どうしても前のめりになる」


「その姿勢が続くと、柄だけではなく、刃を支える部分にも負担が集中します」


 レントは鍬を見ながら続けた。


「木の部分はミレナさんに相談できます。金属の部分は、ガルドさんに見てもらった方がいいと思います」


「二人に?」


「はい。一つの道具でも、木と鉄では見る場所が違いますから」


 住民は鍬を見下ろし、ゆっくり頷いた。


「そこまで見てもらえるなら、お願いしたい」


「分かりました。まず状態を確認して、直し方を決めます」


 レントは鍬を受け取った。


 灰樫の家へ戻ると、ミレナは作業台の前で木材を選んでいた。


「ミレナさん、少し相談があります」


「何?」


 レントは鍬を置き、見た状態を説明した。


 どこが傷んでいたか。


 使っている人がどこを握るか。


 どんな姿勢で使っていたか。


 ミレナは黙って鍬を持ち上げた。


「……確かに、柄が少し短い」


 握る位置を変え、何度か動きを確かめる。


「これだと、力を入れようとした時に手首へ負担が来るね」


「交換するなら、長さも変えた方がいいでしょうか」


「そうだね」


 ミレナは木材の束を見る。


「ただ丈夫な木に替えればいいわけじゃない」


 短く言って、柄になる部分を選んだ。


「持つ人が長く使える形にしないと」


 彼女は寸法を測り、握る部分を確認する。


「太すぎると手が疲れる。細すぎると力が逃げる」


 木を削る音が灰樫の家に響いた。


 少しずつ形が変わっていく。


 握った時に角が当たらないように。


 滑りにくいように。


 長時間使っても手のひらへ負担が集中しないように。


 レントはその作業を見ながら、記録を書き留めた。


 見える傷だけではなく、使う人の動きまで考える。


 それも修繕に必要なことだった。


 新しい柄の加工を終えた頃、レントは鋸と鑿を包んだ布も持って外へ出た。


 向かう先はガルドの鍛冶場だった。


 その途中で、足元から小さな音がした。


「……ポル?」


 振り返る。


 いつの間にか、丸い体が少し離れた場所についてきていた。


 ポルは得意そうに鼻先を動かしている。


「一緒に来たんですか」


 呼びかけても、ポルは首を傾げるだけだった。


 やがて鍛冶場から音が響いた。


 金属を叩く音。


 火の爆ぜる音。


 強い振動。


 ポルの体が止まる。


 毛が少し膨らみ、前脚が地面を探るように動いた。


 レントはすぐに気づいた。


「怖いですか」


 ポルは返事の代わりに、小さく鳴いた。


 レントは鍛冶場を見る。


 中へ連れて行けば、作業の邪魔になるだけではない。


 ポル自身が落ち着けない。


「ここで待っていてください」


 そう言っても、言葉の意味を完全に理解しているわけではない。


 それでも、レントは無理に連れて行かなかった。


 鍛冶場から少し離れ、振動の少ない場所へ移動させる。


 ポルが隠れられる場所を確認すると、丸い体がゆっくり落ち着いた。


「終わったら戻ります」


 レントはそう言い残し、鍛冶場へ向かった。


 中では、ガルドが作業台の前にいた。


「ガルドさん」


「レントか」


 ガルドは包みと鍬を見る。


「刃物の相談だと聞いていたが、鍬もあるのか」


「途中で修繕を頼まれました」


「見せてみろ」


 ガルドは鋸と鑿を確認した後、鍬を手に取った。


 刃を見る。


 取付部を見る。


 しばらく黙ってから口を開いた。


「ここだな」


 金属部分を指で示す。


「歪みがある」


「綻び視でも、そこは見えました」


 ガルドの目が少し細くなる。


「見えたから直せる、とは思っていないだろうな」


「はい」


 レントは頷いた。


「状態を判断する助けになるだけです」


「ならいい」


 ガルドは鍬を置いた。


「鉄は削ればいい、熱を加えればいい、というものじゃない。薄くなった部分を無理に直せば、別の場所が弱くなる」


「はい」


「木と組み合わせるなら、取付部の具合も見ないといけない」


 ガルドは淡々と説明する。


「道具は一つの部品じゃない。全部が合って初めて使える」


 レントはその言葉を記録した。


「刃の歪みは必要な範囲で戻せますか」


「やってみる。ただし、無理はしない」


「お願いします」


 ガルドは作業へ取りかかった。


 金属を確かめ、必要な部分だけを調整する。


 レントは横で見ながら、工程を整理した。


 刃と取付部はガルド。


 柄はミレナ。


 最後の確認は自分が行う。


 一人で全部を直そうとしない。


 それぞれができることを合わせる。


 しばらくして、調整された金属部分と新しい柄が組み合わされた。


 灰樫の家へ戻り、最後の組み立てを行う。


 レントは鍬を持ち、力のかかる場所を確認した。


 緩みはない。


 偏りも少ない。


「これなら大丈夫そうです」


 完成した鍬を、住民のもとへ届ける。


 翌日。


 畑で試した住民は、何度か鍬を振った。


「……前より楽だ」


 土へ刃を入れる。


 以前のように深く身体を倒す必要がない。


「手も痛くなりにくい」


 レントは頷いた。


「使い続けて、もし違和感が出たら教えてください」


「分かった」


 住民が笑う。


「道具を直しただけじゃなくて、使いやすくしてくれたんだな」


 レントは鍬を見る。


 壊れた部分を元に戻しただけではない。


 これから使う時間まで考える。


 それが大切なのだと思った。


 灰樫の家へ戻る道では、別の住民から声をかけられた。


「レントさん、今度うちの道具も見てもらえないかい」


「俺のところも頼めるか?」


 次々に相談が増えていく。


 レントは一つずつ頷いた。


「状態を見てから決めます」


 そう答えながら、頭の中で予定を並べる。


 ガルドへ相談している鋸と鑿。


 灰樫の家で進める作業。


 新しく届いた修繕依頼。


 忘れないように。


 きちんと対応できるように。


 気づけば、空いている時間まで作業の予定で埋め始めていた。


 灰樫の家へ戻ると、工具棚の下からポルが顔を出した。


 いつものように、鼻先を動かしている。


 レントは小さく息を吐いた。


「まずは、今日の分を整理しましょう」


 増えていく仕事も。


 増えていく道具も。


 全部、丁寧に向き合う必要がある。


 そう思いながら、レントは作業台へ向かった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ