第八話 面接
「日にち、しぼれたぞ」
バイトの申請用紙を学校にすぐ提出して。
帰りに、食堂『よろず』のある商店街の文房具屋に三人で寄って、履歴書を用意しようなどと、教室で琴音と話している中。
さらにいえば、申し訳ない気持ちはそれなりにあるけれど、琴音の事を考えればありがたくもある、誰もが話しかけてこない……どころか、誰一人として無駄話をしない中。
ありがたい事にそんな状況を、そのコワモテな巨人とでも表現すべき容姿により作ってくれている、私達の大恩人こと北里くんが、食堂『よろず』の関係者に話をマイフォンのメールで通して……ついに、私と琴音が面接する日が決まりそうだ。
ちなみに、この高校におけるマイフォンの使用については、自他の勉学の妨げにならない限りは、休憩時間でのみ使っていいそうだ。
「二人の準備、二人の面接の担当者達の来れる時間帯、それから客が途切れて暇になると、これまでの経験から予想できる時間帯を考慮して、明後日金曜の放課後、もしくは明々後日土曜の四時がいいそうだが……どうする?」
自分の席のイスから立ち上がって、琴音が座り私がそのそばに立つ席へ近づいてから、北里くんは告げる。コワモテな巨人と表現すべき容姿だから、一歩一歩、足を踏み出してくるだけで、徐々に強くなる圧力を感じる。
失礼だと自覚しているけど。
それでも感じてしょうがない。
ちなみに、チラっと琴音を見ると。
彼女も彼女で、圧力のせいで硬直していた。
まだまだ、私も琴音も……北里くんの容姿どころか存在感にも慣れないようだ。
いや、まだ出会って二日目だからしょうがない部分もあるけれど…………できるだけ、早く慣れたいと思う。もしかすると、これから一緒に働くかもしれない相手なんだし。大恩人なんだし。
「あとすまんが、俺はどっちの日も、別件で休みだ」
「「…………えっ?」」
次の台詞を聞いた瞬間。
私と琴音はさっきとは違う意味で硬直した。
「…………どゆこと?」
同級生だから、私情が入ったりしないように面接に付き合ってくれるとは思わなかったけど……それでも、当日は働いているかと思っていたのに。
いや、北里くんに頼りっきりなのもアレだけど。
それでも……とてもありがたい事にここまで協力してくれているんだから、最後まで見届けてくれるんじゃないかと、思っていたんだけど……予想と違ったから、思わず訊ねていた。
話してくれるかどうかは分からない。
それどころか北里くんにとっての地雷かもしれないのに、思わず訊ね……直後にそれを後悔した。
「知り合いがな、近々この地域に引っ越してくるらしい」
しかし北里くんは、普通に答えてくれた。
私は思わず安堵して……同時にその知り合いとやらが気になった。まだ出会ったばかりであるため、北里くんの事を何も知らないから。
「だから、いろいろと調整しなきゃいけないんだ。そういうワケだから……当日は一緒に行けない。すまんな」
「あ、ううん気にしないで! むしろありがとう! ここまでしてくれて」
「……う、うん! 本当に……本当に、ありがとう、ございます」
表情こそ変わっていないけど、それでも彼の声色から……なんとなく申し訳なさが伝わってきて。というか私達のワガママに付き合わせている罪悪感もあって……私は反射的に感謝の言葉を告げた。
琴音も、少し遅れて感謝の言葉を口にした。
さっきも思ったけど、私と同じく、まだまだ北里くんの容姿や存在感に、慣れていないだろうに……その目に涙を浮かべながら。
それは、北里くんへの恐怖からくる涙か。
それとも、自身の死活問題の解決に協力してくれた事への感謝からくる涙かは、分からない。けど…………私には、感謝の涙のような気がした。
「…………そうか。じゃあさっそく、どっちにするか決めるか」
北里くんは、一度目を閉じてから、話題を変えた。
同時に私は、そして顔からして琴音も……気持ちを切り替えた。
琴音のためにも、絶対に面接に受かる……そのためにも。
※
それから二日後。
つまり金曜の放課後。
二日前に決めた面接の日。
途中まで、北里くんに送ってもらった後。
私と琴音は、またナンパされないよう、できるだけ足早に……食堂『よろず』に向かった。
履歴書は、昨日の内に三人で商店会に寄って手に入れて、記入してある。
そして面接の練習は、学校では休み時間に北里くんの監督のもと、帰宅してからは一人で……ときどき琴音と北里くんに、電話で訊いたりしつつ行い……ある程度はシミュレートできるようになったけど、練習期間が少ないから、高校受験の時と同じくらい緊張して仕方がない。
でも、琴音の身の安全を考えると……そんなに時間をかけられないから。
さらにいえば。
今までいろんな男が寄ってきたせいで、内気な性格になってしまってる琴音が、勇気を振り絞って隣にいるんだから…………ここで引くワケにはいかないッ。
「行こう、琴音」
「……う、うんっ」
私達は一緒に、商店街へと足を踏み入れ……進む。
商店会の、まだシャッターが下りていないさまざまな店……三人で寄った時に目にしたそれらが、再び目に飛び込んでくる。
八百屋、肉屋、魚屋、服屋、文房具屋、カフェにペットショップ…………もしかすると、これから先、私達が関わっていくかもしれない店が。
まだ合格するかは分からない。
でももし、合格できたら……そう思うと、この、まだ何も知らない世界を知るというかけがえのない体験が、ある程度想像できて。
緊張しているものの。
なんだかワクワクしてきて。
だからこそ、私は……そして琴音も『よろず』までやってこれた。
※
「まぁ、やっぱりあの時の二人ね」
店内に入ると、私服にエプロン姿の一人の女性が私達を出迎えた。
先日入店した時、舞華ちゃんが井上さんと呼んでいたアルバイターさんだ。
「三日前に来店した時、北里くんがわざわざ話しかけに行ったし、北里くんが電話で言っていた通りの二人組だし、約束の時間の十分前に来てくれたし……とにかくこちらにいらっしゃい。二人一緒に面接するから」
井上さんは手招きすると、そのまま従業員用スペースに入っていった。
見たところ、店内に客はいないみたいだけど……客が来てしまうとさすがに邪魔になるから、従業員用スペースで面接するんだろう。
たぶん。
初めてのバイトの面接だから分からないけど。
とにかく私と琴音は、一度顔を見合わせてから従業員用スペースに、井上さんを追う形で入った。
すると、従業員用スペースにもう一人……井上さんと同じく、私服にエプロン姿の一人の男が、面接担当者用に用意されてると思われる、三脚あるイスの内の一脚に座って待っているのが見えた。
「おや、君達か」
男が座っているイスの、隣のそのまた隣のイスには、もう井上さんが座ってて、彼は井上さんから短い話を聞いてから、私達に顔を向けた。
「…………あぁ~、確かに北里くんの言ってた通りの子達だわ」
「「……えっ?」」
思わず、そんな声が出た。
いやここで働くかもしれないから、北里くんは私達の情報をある程度、井上さん達に話すのは、理解できるけど…………いったい何を話したのか、気になって。
「でしょ? まぁとにかく面接を……始めたいけどごめんね? まだ一人きてないのよね」
「まぁとりあえず座っててよ。お茶を用意するからよ」
井上さんが謝罪し、男は席を立った。
それを見て、私はお言葉に甘え、面接者用に用意されてると思われる二脚のイスに座って、
「ごめんごめん! 野球チームの話が長引いちゃって!」
その直後だった。
先日聞いた声とまったく同じ……だけど放たれた台詞からして、先日聞いた声の主とは別の者であると思われる声が聞こえたのは。
反射的に、後ろ――従業員用スペースの出入口の方に顔を向ける。
するとそこには、店長の娘である舞華ちゃん……と同じ顔、すなわち双子の姉の方の愛華ちゃんがいた。
まさか、彼女も面接担当者?
いやでも、ここは彼女のお父さんの店……ここには来れないお父さんに代わって私達を見極めたいと思うのは当然かもしれない。
「?? ああ、舞華がサッカーチームに入ってるのは聞いてた上に覚えてたんだ。そっちのお姉さんは」
「「ッ!?」」
次の瞬間。
愛華ちゃんに見られた私は戦慄した。
同時に、視線から逃れたいのもあり、反射的に琴音を見る。
琴音は私と同じ、いやそれ以上に……言われた内容が図星だったために驚いたのか、顔を強張らせていた。
だが無理もない。
愛華ちゃんが私達の様子から、すぐに状況を把握したのだから。とても小学生とは思えない……いや、最近の小学生ってこんな感じなのか。とにかく私達が思っていたよりも頭の回転が速かったのだから。
「それはそれとして。面接始めよ?」
しかし一方で、愛華ちゃんは私達の様子を気にしない。
まるで散歩をするかのような足取りで、彼女は井上さんと、お茶をとりに行った男の人の間のイスまで歩き……そのまま体の向きを変えて座った。
※
それから、お茶をとりに行った男――戻ってきた後にされた自己紹介で、名前が中村と判明した、料理担当者の一人の彼を交えた面接が始まった。
面接自体は、スムーズに進んだ。
質疑応答が、ほぼ私達がシミュレートしていた通りだったから、答えに詰まる事はなかったんだ……けど、懸念点は存在する。
最初から今まで、一度も愛華ちゃんが質問をしてこない事だ。
彼女はただ、井上さんと中村さんが質問をする中で、私と琴音の履歴書をジッと見ている。履歴書の誤字脱字や文法のミスを見つけ出さんとするかのように。ただの暇つぶしじゃなければ。
「それじゃこれで、俺達の質問は終わり、でいいのかな?」
中村さんが、チラッと愛華ちゃんを見ながら言った。
彼は彼で、わざわざ来たのに質問をしない愛華ちゃんが気になっていたようだ。
「ん~、じゃあ一つだけ」
すると愛華ちゃんは、ようやく履歴書から私達へと視線を……履歴書を見てた時とは打って変わり、笑顔になりつつ向けると、これまた楽しそうな声色で訊ねた。
「二人共、隆文くんをどう思ってるの?」
「「ッッッッ!?!?!?!?」」
まさかの爆弾発言だった。
ていうかさすがは姉妹というべきか。
先日されたのと同じ内容の質問だった。
中村さんが持ってきてくれていたお茶を飲んでる最中だったら即アウトだった。
「ちょっと、愛華ちゃん、ここでそれ訊いちゃう~?」
けど爆弾発言だと思ったのは私だけなのか。
個人的には、琴音にも同じ印象を持っててほしいけど……少なくとも井上さんは恋バナ好きなのか、すぐそう反応した。
「うん。だってもしも隆文くんが苦手だったりする人だったら、絶対働いている時になんらかのヘマをするから」
直後、その場の空気が一気に沈んだ。
井上さんがした質問に対する愛華ちゃんの回答が、あまりにも……笑えない、というか、よそ事じゃないというか、とにかく…………採用する側としては無視する事はできない内容だったから。
なので、ここで働いてて、愛華ちゃんと舞華ちゃんの事をそれなりに知ってて、さらに北里くんへの理解がある井上さんと中村さんは…………反論できなかった。
「この商店街を中心とする地域の一部の人はさ、早い段階から隆文くんの顔を見ているから見慣れてて、さらには人柄も知ってるから大丈夫だけど、二人はよそから来てるよね? 履歴書によると。そういえばさ、ほとんどのよその人は、隆文くんに声かけられないんだよ? 顔が怖くて。例外は好みの顔だった場合くらいかな。二人もそうなのかな? 舞華から聞いた二人の様子からして、そうは思えないんだけど? それと志望動機はお金のためってさっき言ってたけど、それだけじゃないよね? 他にもわりのいいバイトはあるんだから。隆文くんに紹介されて面接している、という事は、隆文くんがいないとすごく困るような事情があるんだよね? それはいったいなぁに? もしかして男よけかな? 見た感じ、モテそうだもん。でもその程度の心構えと動機じゃ……いつか隆文くんの顔に動揺してヘマするよ」




