第七話 仮説
「北里くん、私と琴音を……『よろず』で働かせてくださいッ!」
「お、お願いしますッ!」
入学式、さらにはコワモテな巨人と表現すべき存在――私達の恩人の北里くんのバイト先への訪問という、まさかのイベントを終えて、次の日。
絶世の美女と表現すべき存在であるため、多くの男に言い寄られる私の幼なじみこと琴音の身の安全のためにも、その北里くんのバイト先でバイトする事を決めた私と琴音は、道南台高校の最寄り駅の外で待っててくれた北里くんへとすぐ、頭を下げてそうお願いした。
ちなみに最寄り駅で北里くんが待っていてくれたのは、昨日『よろず』に行く前に、とりあえず今日は待ってる、と約束してくれたからだ。
私達が、対価として『よろず』でバイトをするかどうかまだ分からないのに。
別の対価に変えてほしいと言う可能性もあるのに……だからといって見過ごせる事態じゃないからという事で、護衛を買って出てくれたのだ。
「…………いや、アルバイターの俺にそこまでの権限はないんだが」
だが私達は誤解していた。
高校生なのに、あまりにも北里くんに、店長もしくはそれに近い地位の者特有の貫禄があるから……彼にそういう権限があるんじゃないかと。
おかげで私達は恥ずかしさを覚えた。
昨日ぶりに私……どころか、今度は琴音の顔にも熱が集まる。
「でも、店長や他のみんなとも話し合って近い内に決めるよ。その前に学校側に、バイトの申請用紙を出したり、履歴書と面接の準備をしなければいけないけどな」
だけど北里くんは気にしないでくれた。
正確には、声からそんな調子を感じられなかっただけだから……実際は気にしている可能性もあるけど。
それはそれとして、それを聞いて、私は、そして琴音もハッとした。
バイトをするかどうか以前に、やるべき事がそれなりにあるじゃないかと。
「ちなみに、バイトの申請用紙は職員室前の台の上だ。登校したらそのまま職員室まで行くとするか」
※
北里くんの後ろを、私と琴音は歩き……登校する。
もしも位置が逆だった場合、自分が職質を受けるかもしれないという北里くんの意見を聞いたからだ。
確かに、ハタから見ると……その構図は誤解を生みそうだ。
それはそうと、そのおかげで、誰も私と琴音に声をかけない。
いや、私の場合は……琴音にビジュアルで負けているので、今まで私にもナンパしてきた野郎からすれば、私はついで、ではあるんだろうけれど、とにかくそんな私達に誰も声をかけてこない。
誰もが主に、前方の北里くんを気にしていて。
その内の何人かは、私と琴音に羨望や嫉妬など、さまざまな感情がこもった視線を向けるけど、誰も近づいてこようとはしない。
私の狙い通りに。
ついでにいえば荒木先生の狙い通りに。
高校生にもなって、たった数人としか話さないのは、ちょっと問題があると思うけど。琴音の将来のためにも、いずれ、もっと多くの人と普通に話せる方がいいと思うけど。
私以外の友達作りは……今は考えない。
いきなり数人の友達ができたところで、その人達が信用できる相手なのかどうかまったく分からないから…………信用できる人が見つかり次第、それは考えたい。
まあ、それはそれとして。
私達がずっと前から望んでいた状況が、北里くんのおかげでこうして実現できているけれど……本当に、お世話になった人の店のバイトが対価でいいんだろうかとふと思う。
というかそれは、私達……特に琴音にとってはメリットしかない。
誰かのために、は素晴らしい考えだと思うけど。
北里くん自身は、欲しい物とかはないんだろうか。
ていうか、もしそうだとしたら。
彼は私の想像以上に優しすぎやしないだろうか。
いろいろと、気になってしょうがない。
でもその一方で、いま訊くべきなのか分からない。
舞華ちゃんには、私達は北里くんの友人であると言ったけど。
実際にそんな関係だと、北里くんの前で言えるほど私達は北里くんと親しい段階なのか……と訊かれると、悩む。
いや、距離感については……いまだにそのコワモテな顔に、私も琴音も慣れてはいないけど。私と琴音を助けてくれた恩人なんだから、無下にせず、むしろいつかは詰めたいとすら思うけど……今はまだ、私に勇気が足りない。
「……ぉぃちゃ……葵ちゃん、もう着いてるよッ?」
なんて、思っていた時だった。
途中から目をつぶって考えたりしてたせいで、いきなり、今まで無言だった琴音の声が聞こえてきたからビックリして、そしてそのおかげで私は、ようやく視線を前に向けたけど…………遅かった。
「ぅぶっ!?」
直後に感じたのは、制服特有の、あのボワボワした感触。
どうやら、前を歩いていた北里くんの背中にぶつかったらしい。
「おい、大丈夫か?」
頭上から北里くんの声がする。
ぶつかった反動で数歩後退してから、ようやく復活し、前を、さらには上を向くと……そこには、体の向きを変えて、心配そうに私を、相も変わらず無表情のままだけど見ている北里くんがいて。
何度自分が、恥をかくような事をしたかを思わず自覚して。
再び顔に熱が集まって…………あまりに恥ずかしくなって、私は思わずそっぽを向いたまま「あ、ありがと」小声でそう言いつつ上靴にはき替えた。
何言ってんだ私、と思ったけど。
今さら訂正するだけの勇気は……今の私にはなかった。
※
「まぁなんだ。良い感じで事が進んでなによりだな」
私と琴音は職員室で荒木先生に会っていた。
さっそく書いた、バイトの申請用紙を渡すためである。
ちなみに、北里くんには職員室の外で待ってもらっていた。
北里くんがそう申し出たから、だけど……なぜそんな事を申し出たのかは分からない。もしかして、職員室に余計な緊張を走らせないため、とかそんな理由かな?
「ていうか『よろず』かぁ。俺も久しぶりに食べに行こうかなぁ」
なんて思っていると、先生はそんな事を言った。
「先生も行くんですか、あの店?」
この辺に住んでいるなら、行く人もいるだろうけど、一応気になったので訊いてみる。
「そりゃな。なにせあの店は…………隠れた穴場だしな」
「いや隠れてはいないんじゃないですか? 例のドラマで、あの店の事はいろんな人に知られてるじゃないですか」
「まぁそうだが、ドラマを見ていたとしても内容を忘れてる人は多いだろうし……穴場だろ?」
「いや、まあ……確かにそうですが」
「あの、荒木先生」
するとその時だった。
琴音が話に割り込んできた。
彼女をふと見ると、その顔は真剣そのものだった。
琴音がこんな顔をするのを、私は……初めて見た気がした。
いや、もしかすると昔もしてたかもしれないけど。
だとすると相当昔の事……周囲の視線を気にするようになる前の事だろう。
「いい加減、仮説の段階でもいいので……教えてください。荒木先生や、あの商店街の人は…………なんで私に、変な視線を向けたりナンパしたりしないのか」
そして琴音は……質問の内容が内容なので、途中から小声でそう訊ねた。
それは、私としてもずっと気になってた疑問。
少なくとも、琴音の友達作りの役に立ちそうなものだった。
「…………言っちゃっていいの?」
しかし先生は、すぐには答えない。
おかげですんごくやきもきするけど……逆にいえば、何か問題がある仮説なんだろうか。女性に聞かせられない内容とかで。
「言ってください」
だけど、琴音は即答した。
「もう、何も分からずに…………誰かに嫌な視線を向けられたりしたくないです」
「…………分かった。言うよ」
先生は根負けしたのか、頭をかきながら了承すると、改めて私達と向き合い……小声で告げた。
「尾上にいやらしい視線を向けたり、ナンパしてくる連中はさ…………現状に不満を抱いてる人間じゃないかと思うんだ」
「…………え、それって?」
琴音は困惑した。
あまりに普通、という意味で予想外の返答……そして同時に、少なくとも私にはすぐに納得できる仮説だった。
「という事は、少なくとも荒木先生は……?」
「俺には最愛の妻がいるからな。現状に不満はないよ」
試しに訊いてみると、案の定だった。
だとすると、あの駅前の商店街にいる人の多くもそうなのか。
「ちなみに商店街の場合は……あそこは人情ものみたいな場所だからな。スケベなヤツはそれなりにいるとは思うけど、今でいうDQNみたいなヤツはいないなぁ。ちゃんと相手の気持ちを考えて生きてる人の割合が多い」
「…………先生って、もしかしてあの商店街の出身なんですか?」
あまりにも商店街の事を知ってるから、思わず訊ねてしまった。
していい質問なのかは分からないけど、少なくとも先生の地雷を踏むような質問じゃないハズだ、うん。
「……まあね」
しかし予想に反して、間があった。
もしかして、先生の地雷ふんじゃったのかと思った……けど先生は、あまり気にしていないのか、すぐに笑顔になり、
「とにかくこれが俺の仮説。ビッグデータをとれればより明確な理由が分かるかもしれんが、先生は忙しいからな。でも少なくとも、あの商店街のみんなは信用していいぞ。じゃあ先生、時々は『よろず』に行くから、その時はよろしくな」
※
現在この世界には、変な人が増えているという。
そしてそれは……今まで琴音に近づいたDQNの数からして、とても納得できる意見だった。どっかの動画サイトで紹介されてた意見だけど。
そしてその原因の一つは、少なくとも動画サイトでは、自分の意見を簡単に世界に発信できるようになったせいとか紹介されていたけど……実際の原因はそれだけじゃないだろう。
まあそれはともかく。
荒木先生の言う事が本当ならば、あの商店街にそんなDQNはいないようで……琴音にとっては、ありがたい場所じゃないかと私には思えた。
琴音はどう思っているかは分からないけど。
ついでにいえば、あの商店街にやってくる外来DQNは例外だけど。
場合によっては、あの商店街の近くに琴音が引っ越しするのもアリなんじゃないかと……いや、引っ越しについては琴音の事情もあるから強く勧めないけど。そう思うほど、良い場所だと私は思った。
「良かったね、琴音」
だから私は……職員室の出入口に向かいつつ、琴音に笑顔で話しかけた。
「とりあえず、普通の学生らしい生活はできそうだし。お金かせげそうだし。北里くんには頭が上がらないよね」
「うん、そうだね」
琴音も、笑顔を返してきた。
これまで……DQNのせいでほとんど見られなかった笑顔。
私が、ずっとずっと見たかったものだ。
途端に、私の中で……感動と、達成感が湧き上がった。
これからもDQNが……北里くんがいない時に琴音に近づく危険性は残っているけど、それでもこの笑顔のために頑張ってきたかと思うと……ちょっと泣きそう。
「じゃああとは、履歴書と面接の用意だね!」
素直に泣きたいとは思うけど、まだ泣くには早いと思うから。
私は今後の事へと話題を変えつつ、職員室の出入口のドアに手をかけて――。
――入学式の時に紹介された、英語圏出身の英語教師である……ケイトリン先生だったか。彼女と話している北里くんがそこにいた。
しかも、英語だ。
私には……というか琴音にも、何を言っているのかまったく分からないだろう。無言なのがその証拠だ。
「――じゃあ、あとは先生が友達に訊いてみるよ」
「よろしくお願いします」
ケイトリン先生は、なんと北里くんの顔に動じず……というかむしろ笑顔で職員室へと入っていく。
私は衝撃を受けた。
いや、先生なんだから生徒にビビってちゃいけないとは思うけど……なんで北里くんの、コワモテな圧力を感じる中で笑顔になれるのかと。
「?? どうした?」
だがその一方で、北里くんは……頭の上に疑問符を浮かべているような、そんな雰囲気をなんとなく感じる、そんな顔でそう訊ねてきた。
「あ、いや」
私は言葉に詰まった。
私……そして琴音にもワケが分からない事が、目の前で展開されていたから……返答に困る。
「……何、話してたの?」
そんな中、琴音が……私も気になってた事を訊いてくれた。
「ああ。知り合いに外国出身のヤツがいてな。そいつのための相談だ」
だが返ってきた答えは……私達にもワケが分からないモノだった。
いや、内容こそ理解できるんだけど……あまりに、男子高校生がするものとしては予想外がすぎていて。
私は……北里くんが何者なのか、さらに分からなくなった。




