第六話 友人
「紹介するよ」
「これが『よろず』のカレーライスだ」
北里くんは、私と琴音が着いた席に置いたカレーライスにまず手を向けた。
北里くんが厨房で作り、そして接客係に任せず彼がじきじきに持ってきてくれたモノだ。
ふっくらと炊き上がったご飯に、ドロリとかけられた黒っぽい色合いのルー。
いつだったか家で食べたカレーライスと、あまり変わらない色合いと匂い、ではあるけど……だからこそ懐かしさを感じる。
あえて違うところを挙げるとすれば。
それは具がないタイプのカレーライスである事か。
それは、煮込んでいる内に具が溶けたのか。
それとも、具なしカレーとして意図的に作ったのモノなのか……それは、私には分からないけど。
なんにせよ昼時で空腹なのもあって、今すぐに食べたい気持ちになる。
「それでこっちが、俺の友人で、店長の双子の娘の内の妹の方である万舞華。ウチの地元の少年サッカーチームの、エースストライカーでもある小学生だ」
「いやなんで私の方がついでみたいな紹介!?」
続いて、北里くんは私達と同じ席になぜか着いた……さっき入ってきた小学生に手を向けて紹介した、けど……確かにそれはツッコミどころだわッ!
彼女がこの店の店長の娘で、地元の少年サッカーチームのエースストライカーであるという事実も確かに気にはなるけどさ! 普通は彼女が先じゃない!?
「カレーライスが先客だ」
「いやそれどういう理由!?」
舞華ちゃんどころか私にも分からない。
「ちなみに彼女の姉は愛華というんだが……帰りが一緒じゃなかったという事は、野球チームのメンバーと一緒に寄り道してるのか?」
「???? 野球チーム?」
私と同じく、カレーライスに手をつけずに話を聞いていた琴音が頭上に疑問符を浮かべた。
「ああ。姉妹で違う球技のチームに入っててな」
「私は足が速いだけじゃなく、足さばきもすごいの!」
得意げな顔で両腕を組み、舞華ちゃんは言う。
「少年サッカー業界じゃ『道南台の疾風』なんて呼ばれてるよ!」
まさかの二つ名!?
初めて会ったわ実際に二つ名がついてる人に!
「…………ちなみに姉の愛華の方は腕力がすごくてな。男のピッチャーもビックリするような球を投げる。確か二つ名は……『道南台の烈風』だったか」
姉の方もまさかの二つ名!?
ていうか姉妹そろって似たような意味合いじゃないかな!?
「それはさておき。愛華の方も来るんだろ? 二人分のいつものを用意しておけばいいか? それと席は……相席希望か?」
「さておかないでよ!? いやまあここに座るけど!」
いつもの!?
実際に言う人初めて見たわ!
常連もしくは店の関係者だからこその注文だよねこれ。
ていうか、ここに座る?
見ると、他にも席が空いてるのに……まさかこの子、私と琴音に何か用が?
「了解。じゃあごゆっくり…………そうそう、余計な事は言うなよ?」
そして北里くんは、再び店員としての言葉を告げ……舞華ちゃんへと鋭い視線を向けつつ忠告した。いや、相手が知り合いなら、そう忠告するのも分かる。自分の過去のエピソードを、他者に話される可能性があるんだから。
気にはなるけどね。
でも小学生にその視線を向ける!?
ただでさえコワモテな巨人って感じの見た目でそれをされちゃ、たいていの子は泣くんじゃない!?
「いやいや、さすがに隆文くんのあ~んな事やこ~んな事は話さないって!」
だが私の予想に反して、舞華ちゃんは泣くどころか動じてすらいなかった。
まさか、北里くんが常時私達へと向けてくる鋭い視線とかって……何度も見れば見慣れるものなのかな!?
いやそれ以前にあ~んな事やこ~んな事!?
気にしちゃいけないと思うけど、そうやって言われるとむしろメチャクチャ気になるんだけど!?
「…………絶対に言うなよ?」
「それは言えっていうフリかな?」
「違う。とにかくごゆっくり」
最後にそう言い合うと、北里くんは厨房に戻っていった。
そしてそれを見送った舞華ちゃんは、次に私達に視線を向けて「いやぁまさか、あの隆文くんが同じ学校の人を連れてくるなんて思わなかったから、ついつい興奮しちゃいました。不快に思ったならごめんなさい」と素直に謝ってきた。
あの小生意気な……私も覚えがある態度だったから最初わからなかったけど。
もしかすると舞華ちゃん……いやそれだけじゃなくまだ見ぬ愛華ちゃんも、根は良い子なんじゃないかとふと思った。
「あっ、い、いえ……気にしないで?」
「そ、そうそう。まあでも、なんというか……普通だったらビックリするよね」
なので、琴音と私はそう返した。
コワモテな巨人としか表現しようのないクラスメイトにホイホイついてくような人は、普通はいないと……私達もさすがに自覚してるから。
「アハハッ。あ、そうそう。それよりも隆文くんが作ったお父さん直伝のカレー、冷めない内にどうぞ! 冷めてもおいしいですけどね!」
舞華ちゃんは笑ってごまかした……気がする。
厨房にいる北里くんに配慮してのごまかしかもしれない。
一応、私は私で配慮をしたつもりだけど……私も笑ってごまかした方がよかっただろうか?
いやそれはともかく。
彼女が言う通りカレーを食べなきゃ。
舞華ちゃんと愛華ちゃんのお父さんである、この店の店主から作り方を習ったという北里くんが、せっかく作ってくれたカレーを。
私は冷めてるカレーもおいしいと思うけど。
せっかく作ってくれた料理は、その時の温度のまま食べる方が失礼じゃないと、個人的に思うから、
「「いただきます」」
琴音と一緒に、両手を合わせて食事を始めた。
琴音はまず、ルーが右側になるよう皿を動かした。
彼女はそういう派閥なのだ。ちなみに私はルーとライスをそのまま混ぜて食べる派であり、それは飲食店でも変わらない。
それぞれ違う派閥ではあるけど、お互いに文句とかは言わない。
そんな事をすれば仲が悪くなるだろうし、違う派閥だからといって、それぞれに不利益な事が起きるワケじゃないから。
私がスプーンでルーとライスを混ぜる中で。
琴音は皿の向きを変えると、そのままスプーンでルーとライスを両方すくい……それを口に運んだ。
私も数瞬遅れて、混ぜたルーとライスをスプーンで口に運んで…………私が思う中辛より少し辛かったものの、それを上回るうまさが口内に広がったッ!
家で食べるカレーライスも確かにうまい。
だけど外食におけるカレーライス特有のうまさもまた存在するのだと……かつて別の飲食店でカレーライスを食べた事はあるけれど、その事実を今回、改めて思い知らされた。
「気に入っていただけて良かったです」
舞華ちゃんは、そんな私と琴音を見ながらただただニコニコしていた。
私達を微笑ましいと思っての笑顔ではなく、父親である店主の店のカレーライスを私達に食べてもらったのが嬉しい、と言いたげな笑顔だった。
「隆文くんは今、一人暮らしをしてますからね。期間が長ければ、自然と料理の腕がそれなりに上がるってもんですよ」
さらに舞華ちゃんは、まるで自分の事のように自慢した。
何気に、北里くんの家庭の事情の一部まで……ポロッと、というか、なんか意図的に感じるタイミングで添えて。
「えっ? そうなの?」
琴音が反応する。
口の中にまだカレーライスが残ってる私と違い、すでにひとくちめを飲み込み、次のを食べようとした瞬間だからこそ、先に。
「詳しくは隆文くんに訊いてほしいですけど」
舞華ちゃんは両腕を組み、思案顔になりつつ告げる。
どこまで話すべきなのかを、北里くんの友人として考えているんだろう。
「まぁいろいろありまして。今は両し……家族と離れて暮らしてるんですよね」
なぜか、両親ではなく家族と言い直した舞華ちゃん。
私はなぜ、と思ったけれど、そこまで親しいワケじゃない現段階じゃ、深く踏み込むべきじゃないと思い……今はただただカレーライスを食べながら話を聞いた。
「ところで二人って、隆文くんのただのクラスメイト? それともどっちかが彼女だったりするんですか?」
だがしかし。
食べ続けたのがアダとなる。
まさかの、いや相手が北里くんの知り合いである以上、そして私達が北里くんの通う高校の制服を着ていたならば、いつかはされて当然の質問かもしれないけど。とにかく舞華ちゃんは私達に遠慮なくそんな質問をした。
おかげで、食べている途中だった私と琴音はむせたッ。
誤嚥性肺炎になったらどうしてくれると思いながら私は舞華ちゃんを睨む。
するとさすがに彼女は反省したのか「ご、ごめんなさい」と謝ってくれた。
「まだこの質問、早すぎました。すみませんッ」
早すぎた!?
やっぱり何か狙ってたの!?
「えっと……ここで言うのもアレなんですけどね、隆文くんは怖い顔してるから、彼を見慣れてる人……主にこの道南台商店街の関係者ですけど、その人たち以外の知り合いが今までできなかったので、親友としてずっと心配してたんですよ」
そして舞華ちゃんは、北里くんに聞こえないよう配慮しつつ話をしてくれた。
さっきみたいな、返答に困る質問をするのも納得の……これまたどう返答すればいいのか分からん理由だった。
小学生にまで心配されてるって……どんだけなんだ、としか思えない。
「彼女じゃないにしても、隆文くんとは一生の友人でいてほしいなと、親友の一人としては思うんですけど……?」
いや、ちょっと待って。さすがに待って。
もしかしてだけど舞華ちゃん……外堀を埋めようとしてる?
そう言われては『そもそも友達じゃない』なんて返答を、しかも北里くんの関係者もいると思われるこの食堂ですれば、答える方が『鬼畜』であると、北里くんの関係者全員に認識されるじゃん!?
いや確かに、友達なのかっていうと微妙だけど。
でも少なくとも北里くんは、私達の恩人ではあるワケで。
だけどそれで納得するだろうか。
少なくとも『友人』認定しないと嫌な雰囲気になりかねないッ。
ていうか、前を見ると琴音があわあわしている。
家族と私以外の知り合いが、その絶世の美女としか表現できない美しさのせいでほとんどいないからこその反応だ。
ここは私が、早く答えないと。
「…………そうだね。彼とはずっと友人でいたいかな? 琴音もそうだよね?」
「えっ!? …………………………う、うん……そうだ、ね……」
すぐには返事ができなかった。
というか琴音を困らせる結果に……いや、これについては仕方がないけど、とにかく友人というか、契約で結ばれてる関係だから、すぐには返事ができなかった。
でも、舞華ちゃんは納得してくれたのか。
ただただニコニコと、私と琴音に笑みを向けつつ「そっか。とにかく隆文くんをよろしくお願いします」と言って頭を下げた。
※
その後。
舞華ちゃんと、姉である愛華ちゃんにとってのいつものが届いたりしたけど……結局、私達が食堂にいる間に愛華ちゃんは現れず。
愛華ちゃんも紹介したかっただろう北里くんと舞華ちゃんに見送られて、会計を済ませて、私と琴音は帰路についた。
本当は、北里くんに駅まで送ってほしかったけど。
駅までは五分とかからない距離にあるし、それに時間帯的に北里くんは仕事を、一時的にも休めないと思うから……残念に思いつつも諦めた。
「葵ちゃん」
そして、電車に乗って私達の家の最寄り駅に向かう中で。
私の後ろに隠れている琴音が、私にだけ聞こえる声で話しかけてきた。
「私ね…………北里くんのいる店で、働こうと思う」
「ッ! そう、なら私も一緒に働くね」
それは、私としても嬉しい決断だった。
なぜなら琴音の家は……どっちかというと貧乏で。
さらにいえば、家族はおば様しかおらず、そのおば様は働いてて……それでなんとか日々生活できているって状況だから。
さらにいえば。
琴音はインドア派であるがゆえに……北里くんと同じく料理がそれなりにできるので、彼女はきっと厨房の方に回されるだろう。それに厨房であれば、ナンパ野郎の目につきにくいから、これまで以上に確実に守れるハズだ。
「ありがとね、葵ちゃん。私を見て騒ぐようなお客さんが、全然いなかったし、葵ちゃんもいるから……私、頑張るね?」
「…………えっ?」
琴音が告げた言葉を、私はすぐに理解できなかった。
でもよくよく思い返して……あの店の客の中に、男が数人はいた事に気づいて、さらには何もなかったからこそ気づきにくかった事に気づき……改めて混乱した。
私と琴音の住んでる地域で琴音は、私がいなければいけないほど、いろんな男に言い寄られたりしたのに、あの店ではそれがないだなんて。良い事ではあるけど、今までの経験からすれば絶対ありえなくて…………いったい、なぜなのかと。
ちなみに私は混ぜる派です。




