第五話 食堂
入学式がある今日は、基本的に午前中で学校が終わる。
そして学校が終わると、今日の場合、道南台高校の新入生は……どの部活に入るか決めるため、今日活動してる部活の見学に行ったり、明日に備えて帰宅したり、帰らずに友人と遊びに行ったりと、いろんな事をする。
私達が校門を出るまでの間に、学校に残ってる人を何人か見かけたけれど……逆に琴音をジロジロと、いやらしい目で見られたりもしたけれど……少なくとも私が見かけた限りでは、そんなだった。
ちなみに私達――私と琴音、そして北里くんの場合、そのまま帰宅しなかった。
なぜなら私と琴音は、北里くんと……まだ口先だけだけど、仮契約をしたから。
といっても、さっきまで床に座り込んでいた琴音が想像していたような、相応の犠牲を対価に願いを(幸せになれるかどうかは別として)叶える悪魔の契約とか、私達に夢を見させた後に損をさせる詐欺師の仕掛ける契約じゃない。
普通の人間として、どこまでも真っ当な契約だった。
ついでにいえば、琴音の身の安全を、もしかすると確保できるかもしれない契約でもあった。
「着いたぞ。ここだ」
そして今、私達は……それぞれが親に『遅くなる』と電話した上で、私と琴音が降りた駅のすぐ近くにある商店街の中心にいた。
変色やヒビ割れなどの老朽化が、それなりに進行している上に、時代の影響なのだろうか、半分以上の、そんな店のシャッターが閉じてる、アーケード商店街だ。
なんというか、この商店街ができた時代を知らないけど……それでも、ノスタルジックな気持ちになる、そんな場所で。
シャッター商店街ではあるんだろうけれど、それも含めて、私としては学校帰りに寄りたいと思う……ちょっと気になる場所だった。
そんな商店街の中心――私達の目の前には、食堂がある。
『よろず』という名前の店で、他の店と同じく昭和の雰囲気が漂う店……そして、私達の目的地だ。
「とりあえず入って、適当に席に座ってくれ。昼飯を作るから、今はとりあえず、店の雰囲気とかを覚えてくれると嬉しい」
そう言って、北里くんは先に店に入った。
私と琴音は、一度顔を見合わせて……すぐそばを歩いていた男の通行人が、琴音をジロジロ見ているのに気づき、急いで入店した。
ちなみに、男はそのまま入店してくるような、気持ち悪い事はしてこなかった。
もしかして、これもまた先生が言っていた北里くん効果とやらなのか……分からないけど、とにかく私は北里くんに心の中で感謝した。
※
北里くんによると、この食堂は彼の知り合いの店だそうな。
だけどその知り合いである店主は、どうも数日前に、持病が悪化して入院する事になったらしく。それに伴い、今まで一人で経営してたらしいこの店を、一時的に閉めなければいけなくなった……らしいのだが。
ひと昔前にこの店が、あるドラマの舞台になったおかげで新規の客がそれなりに来るようになり、そのおかげで商店街が活気を取り戻し。
そしてそんな新規の客……だけでなく、常連客の事も心配して、店主はどうにか店を閉めたくなくて。常連客の中の、北里くんを含めた、料理が得意なメンツに、臨時のアルバイトとして働いてくれないか、と相談したんだそうだ。
そんなこんなで、北里くんは恩返しのためにここでバイトをしているらしいが、まだまだ従業員は……日によってはまったく足りていないそうで。
だからこそ、北里くんは渡りに船とばかりに、私達にここのアルバイターにならないかと……図書室で誘って、そのための下見として私達はやってきたのだ。
本当に、バイトとして入るのかまだ決めていない……仮契約の段階だけど。
「そ、それにしても……意外だよね」
まだ北里くんが怖いのだろう……いや、私もまだ怖いんだけど。
とにかく、私と同じく北里くんに恐怖を感じている琴音が、それなりに入ってる客が食事をしている……そんな光景を見ながら席に着き、言った。
「読書家なのかなって、最初は思ったのに。料理もできるなんて」
「ほ、ホントだよね。料理系の本には見えなかったけど……もしかして北里くん、私達の想像以上にすごい人だったり?」
私も、机をはさんだ、琴音の正面の席に着いて。
従業員用スペースだろう場所――北里くんが入っていったドアの先に視線を向けながら言った。
北里くんは、教室でも、図書室でも、本を読んでいた。
同じ本かどうかは分からないけど、少なくとも彼は図書室では、外国の作家の本を読んでいた。
なのに今は、食堂の従業員スペースに入っている。
他の料理人――彼以外の、料理が得意な常連客の助けがある中で、商店街の食堂で料理を作る準備をしている。
読書と重なる要素など、私には料理本くらいしか連想できない。
なのに読んでいた本は、とてもそれだとは思えなくて……謎すぎる。
「と、ところで葵ちゃん。もしかして、この店……ドラマ『OLグルメ探訪記』で撮影された店の一つじゃないかな?」
「…………んんッ!?」
北里くんへの恐怖、そして初めて入った店だからこその緊張のせいか。
琴音は急に話題を変えた、んだけど……その内容は、私にも聞き覚えがあるモノだった。
「えっ? まさか……アレの?」
「そうだよ、アレだよッ。飲食店巡りが趣味の東京のOLが、旅先のいろんな飲食店でただただ食べるだけのッ」
琴音は基本的にインドア派だ。
絶世の美女としか表現できない女の子であるため、下手に外に出ると多くの男が近寄ってくるから、外にあまり出なくなり……そのままインドア派になったのだ。
そしてインドア派であったため、テレビを見る時間が増え。
そのおかげで、ここが出る話を見る事ができたんだろう……それなりに続いてるドラマのシリーズだから、正直私もリアルタイムで見たかった。
「確か……えっと……最初は、食堂として建てたけど……メニューとかを考えずに建てたから、お客さんのニーズとか分からなくて。それで最初は、お客さんからのリクエストで適当にメニューを決めていって……それで今じゃ、たいていの料理を出せる…………そんな店、だったかな?」
「その通りだ」
「「ッッッッ!!!?」」
琴音が、もう何年も前の記憶を思い出しながらこの店の事を説明していると。
ようやく従業員用スペースで着替え……といっても学校帰りだから、ブレザーを脱いでエプロンをつけただけなんだけど、とにかく着替え終えた北里くんが、水が入ったコップと注文用紙を手に、私達の座る席にやってきた。
いきなり声をかけられたから、ビックリして心臓が飛び出るかと思った。
「そんなワケで、店の壁に貼りつけてる紙に書かれてる料理でもいいんだが、リクエストがあれば……材料さえあれば作るぞ」
というか北里くん、接客もするのその顔で!?
失礼だと自分でも思うけど……その顔での真顔と声じゃ客が逃げない!?
いやまさか、私と琴音が相手だからわざわざ来てくれたのかな!?
「…………………………チェンジならチェンジと言ってくれても」
「……えっ!? ち、違うのこれは!」
いや何が『違う』なの私!?
むしろ怖がってると言ってんじゃんこれじゃ!?
というかチェンジって!?
飲食店ってそういうシステムだったっけ!?
「こ、琴音もなに黙ってるの!? 早く注文しよ!」
残念な事に、一度言った言葉を取り消す事はできない。
でもだからって、嫌な雰囲気が続くのはもっと嫌だから……私は思わず、琴音を巻き込んだ。彼女は驚いた顔を私に向けた。話を振られるとは全然思わなかったんだろうな。
「えっ!? あ、うん……そうだなぁ」
なので琴音は、私をうらめしそうな目で見つつ考え始めた。
あとで埋め合わせをしなきゃと思いつつ、私も何を食べたいかを考えた。
もう昼時だから、おなかは減ってる。
だけど食べる場所は……バリエーションが豊かな食堂。
なんでもいい、なんて選択肢……料理を作る側がされたら一番困る、そんな返答がまかり通るほどに。
そしてそんな返答は、当然だけど私だってされたら困るので。
さっき北里くんが言ってた、壁に貼りつけてある、料理名が書かれてる紙の方へ視線を向けて、
「…………………………カレーライスで」
目にとまった中で、一番無難な料理がそれだった。
「……ッ!? じゃ、じゃあ私もッ」
一方で、琴音は思いつかなかったのだろう。
彼女もまたカレーライスを、北里くんに注文した。
「カレーライス二つですね。了解です」
そして北里くんは、店員として返事をして水を置くと。
私達に一礼をしてから、厨房の方へと向かったのだった。
※
琴音と一緒に料理を待つ間……なんだか気まずかった。
いつもだったら、他愛のない話を二人でしていたんだろうけど……どうしても頭に北里くんの事が浮かぶ。浮かんでしまう。そしてそれは……おそらく琴音も同じだろう。沈黙がその証拠だ。
ここまでの彼の行動を考えると……少なくとも彼は、荒木先生と同じく、琴音にナンパするような男じゃないんじゃないかと思えた。
顔が怖いのは、今でもまだ慣れないけど。
自分で思っておいて失礼だと思うけど、そんな顔とは裏腹に……信用できる誠実な人のように思えた。
いやそれ以前に、北里くんという、コワモテな巨人としか表現できないような人がこの場にいるのに、他の客は私達ほど動揺していない。
まさかとは思うけど……もしや動揺しないのは、常連客だからで。
そして常連客だからこそ、北里くんの事をよく知っていて…………だからこそ、彼を怖がらないんじゃないか。
なんて、ふと思ったけど。
それは現段階じゃ証明しようにもできない。
もし間違っていたらとても失礼だから、北里くんの知り合いに訊くとすればそれとなく訊かなくちゃいけない…………そんな推理だ。
北里くんが、もしも演技をしていたら。
この推理の大前提が崩れる事になるとは思うけど……私はあえて、その可能性を除外した。
自分の周囲の人を騙すほどの演技を今も続けるなんて、疲れるだけだと思うし。
それに北里くんは……なんというか、私の事も考えているかのような事を言ってくれた。
自分を安っぽく見せるような事を言うな、と。
それもまた、演技じゃないとは証明できないけど。
私としては、あれは心からの言葉じゃないかって思う。
いや、違う。
そうだったら嬉しい……の方が正しいかもしれない。
大人以外に、そう言ってもらえたのは…………初めてだから。
「ねえ、もしかして」
するとその時だった。
私と違い、沈黙に耐えられなかったのか……琴音が小声で話しかけてきた。
「北里くんって、本当に良い人なのかな?」
「…………私は、そうじゃないかなと思う」
どうやら私達は、同じような事を思ってたらしい。
そしてその事実を知って、私はとても嬉しくなった。
これならば、琴音の身の安全の確保のための次の段階――この食堂『よろず』で募集しているアルバイトへの応募の話ができるかもしれないとッ。
というか絶対にしなきゃッ!
琴音の家庭事情のためにもッ!
「だからさ、琴音。北里くんの話を本格的に考えても――」
そしてついに、それを告げようとした時だった。
「いらっしゃいま……あら、舞華ちゃんじゃない」
「また来たよ、井上さん!」
新たな客が、ドアを開けて。
そして手が空いた接客担当のアルバイター……おそらく北里くんと同じく常連客だっただろう女性が、近所の人に接するような対応に切り替えたのは。
たったそれだけなら、私は気にとめなかった。
北里くんから見た、私達――知り合いがバイト先に来る事なんて、珍しくもなんともないのだから。
だけど、その名前を呼ばれた相手の……足音が、大人のものとは思えなくて。
さらにいえば、足跡が一人分しか聞こえなかったから……まさか、子供が一人で来たのかと思って、反射的に視線を出入口に向け、
目が合った。
相手は、小学校の高学年くらいの女の子だった。
「ッ!? え、ちょ、待って待ってまさか……隆文くんが同級生の女の子を連れてきたのッ!?」
そして彼女は、私達を見るなり……なぜかその場で驚愕した。
まったく訳が分からなかった。
だけど、接客係の女性との会話からして、そして北里くんの名前を出した事からして……北里くんの事をもっと知れるかもしれない、そんな予感がした。




