第二話 再会
「あ、シマさん。逃げられたからもういいや」
私達の目の前には、巨人がいる。
いや、実際は私達と同じ……普通の人間なんだろうけど。
私達の目の前に立ちはだかり、右手でマイフォンを切り、そしてこちらへと左手を伸ばす相手の身長は、百九十センチ前後はあるだろうか。
なんにせよ、私達の周りにいる、どの大人の男よりも高く……私としては、同じ人間なのか疑問に思ってしまう。
相手に失礼だろうけどねッ。
「あ、あわわ……ッ」
「こ、琴音……ッ」
しかし、失礼だと思いながらも。
私は相手に、嫌悪感どころか恐怖まで覚えてしょうがない。
なぜなら相手は、はっきりいってコワモテな顔をしているから。
どこかの、頭にヤのつくご職業の人だと言われても納得な顔なんだから。
しかも巨人と見まがう体格。
これで恐怖を覚えない人がいるなら名乗り出てほしいッ。
ていうか、まさかの存在の介入のせいで、声を震わせる事しかできない琴音の手を強く……恐怖をごまかすためにも握りながら周囲を確認してみたら、私達の事に気づいて、足を止めた人の、一番外側にいる人からそそくさと逃げてってるし!?
いや、気持ちは分かる。
分かるけど……助けてくれてもいいんじゃない!?
「…………あー。やっぱり……捕まえてなきゃ、ダメだよなぁ」
なんて、思ったその時だった。
巨人が、マイフォンをしまい、左手を下ろし、落胆した様子でそう言ったのは。
「「…………は?」」
私と琴音は、思わずそろって間抜けな声を上げた。
さっきのナンパ野郎共から巨人に、私達にナンパしようとする存在が変わったんだと思って、警戒レヴェルを天元突破させようとしていたのに……この巨人は今、何を言った????
「無事か?」
混乱する私達に、巨人はさらにそう言ってきた。
いったい何の事か分からず、私達は言葉を返せなかった。
だけど、数秒だけ考えて……私達を案じているのを理解して。
私は慌てて「あ、だ、だだっ大丈夫でしゅッ」それどころか、コワモテな巨人が相手であるため思わず慌ててしまい、かんでしまった。途端に顔に熱が集まる。
すると、そんな私の反応を見て。
少しは現状に思考が追いついたのか。
「え、あ……あ、ありがとうございますッ!?」
琴音はちゃんとお礼を言った。
しかも私と違ってかんでない。
私だけバカやらかして、とても恥ずかしい。
でも、私達はちゃんとお礼を……まさかなタイプの男が相手ではあるけど、それでも言えたから。
琴音にナンパし、そして私もついでとばかりにナンパしてくる野郎共とは違い、礼儀知らずな事をしなくて済んだから。
結果オーライかもしれない、とも思う。
「そうか。ならいいんだ」
巨人はため息をついた。
言葉からして、安堵のため息なのか。
そのコワモテな顔の表情筋が……少なくとも私には、ほとんど動いていないように見えるから、巨人が何を考えているのかまったく分からない。
「それじゃ、お先に」
しかもコワモテな巨人は、そう言ってすぐに前へ――私達も向かう先へと歩いていった。
その背中を見送った私と琴音は、思わず呆然とした。
あまりにも、今まで私と琴音が経験してきたあらゆる事態のそれとは異なる事態であったため、次の反応に困った。
でも、このままじゃ遅刻だ。
いろんな意味でシャレにならなくなる。
「…………親切な男も、いるんだね」
なので、また歩き出すためにも。
私がまず、琴音に話題を振った。
「……う、うん。そうだ、ね」
琴音はまだ、頭の中の情報の整理を終えてないのか。
なんというか、まだ呆然としているような感じがしたけど。
「そ、そろそろ行こっか。入学早々遅刻しちゃう」
そう言うと、すぐに一緒に歩いてくれた。
制服からして、あのコワモテな巨人も通うであろう高校――公立道南台高等学校へ向けて。
※
私達が所属するクラス。
琴音が校内でもナンパされる可能性……いや、もはや可能性以前に確定事項だと思うけれど、とにかくそれについてを考えつつ。
事前に先生に無理を言って一緒にしてもらったそのクラスへと、玄関口の近くの校内の壁に貼ってあったクラス分け表を改めて確認してから近づくにつれて、私達は違和感を、そして既視感を覚えた。
琴音に対して、視線を向ける男は確かにたくさんいる。
女子の中にも、琴音に視線を向ける人はいる。
そっちに関しては、地味な感じにしても隠しきれない魅力がある琴音に対する興味もあるだろうけど、それ以上に、男の注目を浴びている事への嫉妬などの視線も含まれてる。
でも、そんないろんな視線をみんな向けるけれど……誰もが口をつぐんでいた。
おかげで、向かっているクラスの周辺だけ異様に静かで。
こっちまで極力静かにしなきゃいけない空気を形成していて……むしろ息苦しくさえある。
ナンパとか、イジメの類を仕掛けられるよりはマシだけど、いったい私達が現在向かっているクラスの周辺で何が起きたのか。
「…………ねえ葵ちゃん、これってもしかして」
ボソボソと、小声で琴音が訊いてくる。
「あの人が、近くにいるんじゃ?」
それを聞いた私は、すぐに既視感の正体――琴音が先に気づいたそれに、すぐに察しがついた。
「え、まさか」
脳内に、私と琴音をナンパから助けてくれたあのコワモテな巨人がよぎる。
恩人ではあるけれど、コワモテで巨人で、しかも私と琴音が嫌いな男であるからちょっと近寄りがたいあの人が。
だけど、この状況……まさに、その人が現れた状況と似ている。
誰もが口をつぐみ、そして逃げようとすらしている人がいるあの状況と。
「と、とりあえず……教室に入ろっか」
「う、うん」
でもだからって、ここで止まるワケにはいかない。
実際は、通わなくてもいいんだろうけれど、それでも通っていた方が、将来いろいろと有利になるし、なにより琴音が人に、そして社会に慣れる一助になるから。そしてそうなるのを私は見守りたいから――。
――教室を見た途端、またしても私……さらに琴音も戦慄した。
教室に並べられた席――事前に私達が注文していた物の内、比較的軽い物を中心とした、簡単に持って帰られる物が載せられたそれの一つ。窓際の、一番後ろの席にコワモテな巨人がいた。
私と琴音を、ナンパから助けてくれた彼が。
この世界が、恋愛系の少女漫画のそれであれば、運命的な出会いだとかで読者がはしゃぐ場面かもしれないが……とてもそんな雰囲気にはならない空気を、自分の周囲に形成していて…………それゆえに孤立している彼が。
これからさき必要になる物は、あとから回収すればいい。
というかそれらよりも、自分の命……たった一つしないそれを優先しよう。
みんなそう思っているとしか思えない、そんな状況のせいで、コワモテな巨人が孤立している……そんな光景が目の前にあった。
すると、その瞬間だった。
私の中で、小さい火花が散ったのは。
またしても、既視感を覚えたのは。
同じような瞬間に出会った覚えは、どう記憶をほじくり返してもない……なのになぜか心に引っかかる、そんな謎の既視感だった。
ワケが分からない。
でも、このままずっと謎の既視感という違和感を覚え続けて生活するのはなんか嫌だとも思えて。
そうしたから、どうなるとか関係なしに。
助け舟を求めるような感じで、思わず琴音へと視線を向けて…………私と同じく言葉が出ない彼女を見たその直後、すぐに理解した。
ベクトルこそ違うけれど。
身にまとう空気のせいで苦労している……そんな幼なじみを、ずっとそばで見てきたから。
コワモテな巨人もまた。
琴音と同じような存在かもしれないと。
ただただ、怖い見た目をしているだけで。
ただただ、常人よりもキレイな見た目をしているだけで。
実際は、人格者だったりする……かもしれないと。
そして、そんな結論に至ると。
ここで怖がっているのは彼に対して失礼だと思えて。
彼自身は、何を思っているかは分からないけど。
好きで一人でいる可能性も、もちろんあるけれど、もしそうだったとしたら本当に申し訳ないけれど……でも彼は、私達に普通に話しかけてくれたし、それ以前に相手に挨拶をしないのは人としてどうかと思うから。
「行こう、琴音」
「えっ? えっ、ちょっと葵ちゃんッ?」
琴音には本当に申し訳ないけれど。
私と同じように、同じだと気づけば少しは違うかもしれないけれど、私と違って遅いから……彼女の手を引っ張って教室に入る。
同時に、周囲はざわついた。
私達へと、いつも向けられる視線とは違う視線が集中するけど……関係ない。
みんなに合わせるのは、社会で生きていくためには必要な事だと思うけど。
だけどそんなみんなの選択のせいで、誰かが嫌な気持ちを抱いているとしたら。
琴音とはまた違う種類だろうけど。
それでも嫌な気持ちをコワモテな巨人も抱いていたら。
みんなに合わせたせいで。
普通に生きてきた誰かが報われないとしたら。
私は、そんな光景を見逃せない。
「おはよっ。さっきはありがとね」
けど、どうしても怖いから。
二メートル近くは離れた上でコワモテな巨人に声をかけた。
たとえ彼が怒りを覚えて、殴りかかってくるとしても。
いや、私達を助けた彼がそんな事をするとは思えないけど……それでも念のため逃げきれるだけの距離はかせぐ。
声をかけたコワモテな巨人は、その体に合わせたイスに座り、同じく合わせた机に小説をのせて読んでいた。
タイトルはあえて見ない。
本人に似合った怖い本だった場合を考えたくないから。
繋いだ琴音の手が私を強めに引っ張る。
どうやら彼女は、気づいていないのかもしれない。
彼もまた、琴音と同じような存在かもしれないと。
だけど私は……ひどいと思うけど、琴音の手を離さない。
というかこれこそ琴音に必要な、人に慣れるための状況じゃないかと思うから。
「…………おう。おはよう」
とその時だった。
小説から私達に視線を向けたコワモテな巨人が……あまり表情が動いてないから判断できないけど、なんとなく鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしようとしたように見える……そんな動きを表情筋にさせて、そう口にしたのを私は見て聞いた。
「無事に着いたのか」
「うん。本当にありがと。じゃあまた」
そして、話をすぐに打ち切る。
手の勢いからして、琴音はもう限界だし、というか嫌われたくないから、すぐに彼と距離をとり……クラス分け表で指定されていた席へと琴音と向かった。
ちょっとだけ、コワモテな巨人が私達に向けた顔に…………面白みを覚えつつ。
名前、出したかったな。
なお入学の流れは『そして僕らは恋をする』というブログを参考にしています。
間違ってたら申し訳ないですが間違っててもこのまま進めさせていただきます。




