第一話 少女二人
高校生活。
それは義務教育を乗り越えた先にある生活だ。
なので、家庭の事情によっては無理に進学してそれを送る必要性はない。
ていうか事実として、高校には行かずに働きに出る人はそれなりにいるので高校受験をしなくとも……一部の、学歴主義ないけ好かない連中はともかく、基本的に誰かにとやかく言われないし言われる筋合いはない。
だけど私は、高校に進学する道を選んだ。
それは、私のワガママで。
さらにいえば幼なじみのためだ。
私の家の、近所にある洋館。
今は誰も住んでないそこの西側には、高い塀に挟まれた狭い小路があり……その先に私の幼なじみの家はある。
庭を抜け、チャイムを鳴らす。
けれど返事っぽい音声は私の耳に届かない。
幼なじみのお母さん――おば様はもうパートに出ているだろう。
という事は幼なじみ……下手に外に出られない彼女だけが家の中にいる状態だと思うんだけど。
「しょうがないなあ」
居留守とは生意気な。
だけど私は本人のいる所でそれは言わない。
なぜなら私は、彼女がこれまでに受けた物事をすべて知っているのだから。
けれど、彼女はこのままじゃいけないと思う。
なぜならば……確かに今の世の中には、リモートで授業を受けられるサービスを始めとする、数多くのサービスが存在しているものの、それでも人と一切関わらず生きていけるワケじゃないから。
今の内に、他人に、社会に慣れておくためにも。
高校という新たな舞台に彼女を連れ出さなければいけないと思うから。
たった一回だけでもいいから。
あなたが「行く」と、私と話し合った末に決めたその道を歩いてほしい。
あなたに何かを言う人がいたら、私が守るから。
これまでのように、これからもずっとあなたを守るから。
「琴音、入るからね?」
だから私は、幼なじみ――尾上琴音の家に合鍵を使って入る。
彼女とおば様には、なんというかうっかりしているところがあって、時々は家の戸締まりを確認しておかなければいけないから、合鍵を持っているのだ。
琴音とおば様の信頼を勝ち取っているがゆえの、よそじゃあまり例がない事だよなぁ、と自分でも思う。
家の中を、スタスタ歩く。
彼女の部屋まで最速で最短でまっすぐに一直線に。
「琴音、入るからね?」
ドアの前に着くと、再び同じ台詞を言う、
そして、返事を待たずにドアを開けると……そこには、
絶世の美女としか表現できない女の子がいた。
「…………葵、ちゃん……」
琴音は私の顔を見るなり申し訳なさそうな顔をした。
正直にいうと、長年の親友である私であろうと守ってあげたくなるような気持ちにさせられる……そんな顔だけど、私はそうだから彼女を守ろうと決めたワケじゃない。というかその顔はもう見慣れちゃってる。
「…………もぅ、起きてるなら起きてるって早めに言ってよ。また変な事件に巻き込まれたんじゃないかと思ったでしょうが」
「う、ご、ごめん」
琴音は私から目を逸らし、
「でも私……やっぱり、学校いきたくない」
衝撃の一言。
でも私はここで引かない。
なぜなら琴音は、人並みの学校生活をしたいと思っているから。
だけど今までできなくて、そのせいで今度もそうじゃないかと、まだそうだとは決まっていないのに決めつけているだけだから。
勘違いとかじゃない。
実際に琴音からそう聞いたのだから。
うざいおせっかい焼きだと、人は私に言うだろう。
だけど私は、本心を無視して無理やりネガティブな事をしようとする琴音を無視できないし、それに、
「あーもうっ! 中学の連中のほとんどが狙ってない隣駅の高校に一緒に合格した上に、せっかく前もって高校の先生に中学での事情を話しに行ったりしたのにこれじゃ意味ないじゃん!!」
琴音とおば様と私の三人でそこまでしといて、今さら後には引けないから。
無理やり行かせるのは違うとは思うけど……でもだからって高校の先生に迷惑をかけるのもまた違うと思うから。
私は琴音の身支度を整える。
朝食はもう食べ終わっているのは、部屋の中のニオイでなんとなく分かるから、制服に着替えさせ髪を地味な感じに結い上げメガネをかけて…………うぅむ、中学の時も何度か試したけれど、やっぱり琴音の魅力を完全には隠しきれない。
でもしないよりはマシだ。
これでもいろいろあるだろうけど。
そういう時は私が守ってあげたらいい。
「よし、じゃあ行こっか!」
今までのように。
これからも、ずっと。
※
視線が痛い。
誰もがこっちを向く。
向こうには向こうの用事とかあるだろうに。
学生だろうとサラリーマンだろうと関係なく……ほとんどの、通学もしくは通勤中の男がこちらを、正確にいえば琴音へと視線を向ける。
すべては、琴音が絶世の美女と呼ぶべき容姿をしているから。
地味な感じに見えるように私が琴音を変えても、隠しきれないほどの魅力を彼女は持っているのだから。
そしてそのせいで琴音は、中学時代はほぼ毎日嫌な経験をして男嫌いになり……そんな琴音を見ていて、私も男が嫌いになった。
そのせいで琴音は現在、居心地が悪そうな顔をしていた。
こんな事になるなら、家に引きこもっていた方がマシだった、と思っているかもしれない……正直私は後悔していた。
でもだからって、すぐに引きこもる選択をするのは、立ち向かってもいないのに逃げる選択をするのは琴音のためにならないから。
それに、琴音の事情を聞いてくれた先生の一人――自分が受け持つクラスで、私達をまとめて預かると言ってくれた人が「任せといて」となぜか自信満々に言っていたから。琴音の魅力にあてられないタイプだったその人の、その言葉を信じたいから。
「もう琴音……まだ電車に乗る前じゃん。ていうかこの程度、いつもの事じゃん。ナンパしてくる人がいないだけマシなんだから、ほら早く早く!」
私は、目の前に見えた駅へと琴音を引っ張る。
こんな場所で二の足を踏んで遅刻でもしたらたまらない……のもあるけど、ただでさえ地味に見えるようにしたのに生来の魅力を隠しきれない、そんな状況で遅刻とかしたら、マジでシャレにならないから。
それはまるで……トーストこそ食べてはいないけど、一部の少女漫画の主人公のようじゃないかと思うから。
※
電車に揺られ、数分。
たった数分と思う人もいるかもしれないど、琴音にとっては悪夢の数分に等しいそれをなんとか耐え抜き……改札口を抜けて、通学路を進む。
道行く人……私達が合格し通学している高校の周辺地域を歩く、いろんな高校の制服を着た男子や、駅へと向かうサラリーマンが、琴音の方へと視線を向ける。
だけど誰もナンパしてこない。
今のところは琴音の魅力にあてられて話しかける余裕はないみたい。
いやそれ以前に、登下校中の女生徒にナンパするような常識知らずな野郎がいるとは思えない……なんて人によっては思うだろうけど、ナメてはいけない。
この世界には、そういうDQNは一定数存在するのだから。
「お姉さん可愛いね」
なんて、噂をすればどころか思っただけでなんとやら。
背後からそれを聞いた瞬間、私の背筋に怖気が走り、私が握っている琴音の手が緊張したのが分かった。
「その制服、もしかして公立道南台高校かな? 学校終わったら一緒に遊びに行かない? 隣のボーイッシュなお姉さんも」
続いて、最初の声とは違う声。
相手は二人か、と思いつつ振り返り…………出たよ、遠巻きに琴音に見惚れてる『様子見派』とは違う『積極行動派』に多いタイプのチャラ男が。それも二人。
「わ、私達…………遊んでる暇、ないんで」
「そうです。なのでいい加減学校に行かせてください」
緊張で声が震える琴音だけじゃなく、私も不快感を覚えてしょうがない。
でも私達はもう高校生……大人に近づいたからこそ、中学の時より少しは理性的に行動しなければいけない。
それに男女の対格差もある。
それなりに護身術を習っているならともかく、そうじゃないのに物理的にむやみに抵抗すると、相手を怒らせてより状況を悪化させる可能性があるから……ここは慎重に行動しなければいけない。
「いいじゃん遊びに行くくらい」
「え、なに? 照れちゃってるの?」
「ならさ、連絡先を交換するくらいならいいんじゃない?」
「あ、それなら赤外線通信でどうにかなるな」
聞いているだけでイラッとする。
ていうかこっちの話を聞かずに勝手に話を進めるな。
いやそれ以前に、常識知らずにもほどがありませんかね?
琴音の様子から、私の塩対応から嫌がっている事に気づかないのか……こいつらもまた『女性はグイグイいけば落とせる』と勘違いしている上に、下心が丸見えな女性軽視野郎か。そうとしか思えない。
「本当に迷惑なんで、もう私達に構わないでください」
一秒でもこの場にいたくない。
そう、誰にでも察せられるほど冷たい声を私は出した。
同時に、嫌いな男が近くにいるせいで、緊張のあまり、蛇に睨まれた蛙のように動けなくなっている琴音の手を引っ張って、さっさとこの場から去ろうとする。
「つれないなあ」
「ちょっとくらい話をしてもいいじゃん?」
「なんなら学校さぼってさ、一緒に楽しい所に行こうよ」
だけど、一人が私達のゆく手に立ちふさがった。
しつこい……本当にしつこい。
小学校に上がる前も、こういうガキンチョと会ったけど、対格差があると嫌悪感だけじゃなく恐怖も芽生える。
シャレにならなくなってきた。
もうこうなったら、奥の手の防犯ブザーを使うしかないか……いやでも、それで素直に引き下がらなかったら?
いや、怯むな後藤葵。
琴音を、その容姿のせいでいろんな男に注目されるという、女難ならぬ男難の相がある幼なじみをこれからも守ると誓ったじゃないか。
今までみたいに、もっと強い言葉を使うとかすれば――。
「おい」
――次の瞬間、世界は変わった。
いや、別にこの世界の法則が、ファンタジー系の世界観に変わったとかそんなんじゃなくて。まるで、巨人が出すような低く太い声……それが私達のいるこの場を変えたのだ。
私達――ナンパ野郎共も含めた、その場にいる全員に戦慄が走る。
いったい誰が、私達のやりとりに介入してきたのか……私は、琴音の身の安全のためにも、すぐに状況を把握しようとして。
それで、首を……ナンパ野郎共に抱いてたそれとは明らかに違う恐怖のあまり、うまく動かせなくなった首をどうにか、声が聞こえた方へと向けて。
「もしもしシマさん? 通学路でナンパされてる女子が…………それやったら俺が捕まる。…………それ、あんたが言っちゃダメだろ」
マイフォンでどこか……聞く限りじゃ、不穏な感じしかしない台詞を吐いている巨人がいた。
いや、実際の身長は百九十センチ近くはあるだろうか。
どっちにしろ、女である私と琴音からすればでかいけど……そしてそんな巨人は頭にヤがつくご職業の人みたいな強面で、一方で私達がこれから通う高校の制服を改造とかせずにしっかり着ていて……そのあまりにもギャップがある容姿で不穏な台詞を、低く、太い声で言うと、どことなく不気味で。
「ひ、ひええッ!!?」
「お、おたすけぇッ!!」
なんとナンパ野郎共の方が先に音を上げ、どこかへと走り去っていった。
思ったよりナンパ野郎共がダサくて助かった。
でもその代わり、私達に新たな危機――巨人が迫っていた。
のちに私と琴音の運命を、これでもかと変えた(としか表現できない)キッカケの一つにして……私が勝手に危機だと判定していたと後で知る事になるそれが。




