第十六話 黒幕
暗くなったかと思いきや、浮遊感を覚えた直後。
今度は視界を暗くしてる物越しに、猿ぐつわをはめられて……そんな中で、私は暴れた。今まで何度か、琴音を狙った相手にそうしたように。暗くて状況こそ全然わからないけど、でもこんな……拉致する相手に容赦なんてしてる場合じゃない。
拉致犯の正体や数は分からないけれど、ここで抵抗しなければ、想像したくないほど最悪な結末に、確実になるから。
北里くんの究極最終手段もあるから、大丈夫かもしれないけれど……でもそれを踏まえた上で、拉致犯は拉致を実行した可能性もある。
私と琴音を辱めるために。
だからこそ、暴れる。
出せない声の分も力を出して暴れる。
鈍い感触を何度か感じた。
拉致犯を一撃でノックアウトできたらよかったけれど、でも目隠しをされている今の私に、そんな達人じみた芸当はさすがに無理で。
おかげで拉致犯はすぐ復活した……いやそもそもダメージにすらなっていないのか。今度は細い物――おそらくロープだろうそれで縛られた。
でも負けない。
少し前にTVで、居直り強盗に対し抵抗したけど結局縛られた際、幸運にも縄を解くための隙間ができていて、それで自力で脱出できた、被害者の事が紹介されていたから。脱出のチャンスを作るためにも、私は暴れ続け――。
「「――ッ!?」」
縛られ、何度か体の向きを変えられた後……劇臭が私と琴音を襲った。
まるで小学校の通学路に何ヶ所かあった、ドブのような嫌な臭い……いやまさか本当にドブを……いいやそれよりも臭い。まさかマンホールの中の下水道の中でも通ってるの? とにかくそんな劇臭が私を、そして琴音を襲う。
何度か吐きそうになった。
だけどこのまま吐いたら大変な事になる。
そう思うと、なかなか吐けず、
「ケハッ」
でも、琴音は吐いてしまったらしい。
恐怖による緊張や、何度も体の向きを変えられたせいもあるだろう。
おそらく、より運びやすい担ぎ方を、拉致犯は何度も試したんだろな……なんて感じで気を逸らしたけれど、琴音が吐いた事で緊張が少しゆるんだんだろう。私も吐き気を覚え、
吐いた。
猿ぐつわのおかげで、そこまで被害は広がらなかった。
だけどそれはそれで、口内にゲロがそれなりにとどまるワケで…………その臭いがさらなる吐き気を誘発した。
※
いったい、どれだけ移動したのだろう。
気持ち悪さのせいで、抵抗する気力が、だんだんなくなってきた中……ようやく目的地に着いたのか、拉致犯は立ち止まった。
水が、サラサラと流れる音がした。
もしかして川の近くか、と思ったけど、琴音の家から一番近い川は幅がある上にとても深い川だ。ザーザーと水が流れる川だ。だからそこじゃない。
なら、私達はどこに連れてこられたんだろう。
「拘束を解いて、川の中に入れろ。ゲロ臭い」
声がした。
男の声だ。
ついでにいえば、なんか引っかかる声だ。
知り合いの声じゃない。なんというか……一度だけ、聞い
次の瞬間。
私と琴音は拘束を解かれ、そのまま川の中に落とされた。
私と琴音は、全身ずぶぬれになった。
川の水位は、くるぶしとひざの中間あたりだから、おぼれないだろうけど、でもどっちにしろ、横向きで落とされたからずぶぬれだ。おかげでカビ臭い。ていうか川の底に敷かれてる石が、落とされた時に体にぶつかったから痛い。
ゲロ臭い、というセリフからして、私達からゲロを落としたかったんだろうなと思うけど、だからって川の中に落とすのは鬼畜という他ない。いや、それはそれとしてその事実は、私に一つの疑問を抱かせた。
なぜ琴音まで川に落とされるのかと。
今までの経験からして、こんな事をしてくるのは、女のイジメグループくらいのハズ……いや証拠が残るからか、中学時代はこんなイジメはなかったけど。いや、まさか加虐趣味のある男なのか、声の主は。
「初めまして、かな? 直接話すのは」
再び、声がする。
ゲホゲホと、気道に入った川の水を吐き出して、ついでにゲホゲホ出す中で涙も出てきたから、それを川の水と一緒にぬぐい、改めて声のした方へ顔を向ける。
暗闇の中。光が灯った、草むらに刺さった電柱を背景に一人の男……いや、それどころか、そいつの周り……いやこの表現も違う。私と琴音を中心にし、円を描くように、複数人が並んで立っていた。
逆光になってるから、声の主の男の顔はよく見えない。
逆光になってない人は……顔が分かる。知らない男女ばかり見える。
「だ、誰……ッ!?」
琴音が訊ねる。
悲鳴のような声で。
琴音の悲鳴が私の恐怖を刺激して、それが強くなる。
でも、琴音を……今までのように守るためにも、すかさず琴音の前に出て。声の主である、私と琴音の拉致の黒幕だろうヤツを睨みつけた。
あまりにも多勢に無勢な状況だから、これに意味なんかあまりないかもしれないけど……でも時間をかせぐ事くらいはできるから、やめない。
「あー、やっぱ忘れてるんだ。まあしょうがないよね。その経歴からして、君らは無害な男女しか覚えない女だから」
黒幕は肩をすくめた。
なんかそういうパフォーマンスのような、わざと演じているかのような……心があまりこもってない感じがする動きだった。
ていうか……経歴?
「私達の事を、知ってる……?」
改めて口にすると、血の気が引くセリフだ。
いつからかは分からないけど、私達の事を調べていただなんて。
犯罪者に対する恐怖を、また覚える。
だんだんと、心臓の鼓動が緊張で速まるのを感じる。
「覚えてないならないでいいさ。俺はそんなに気にしない。ていうか、気にしてもしょうがないんだよね。君らは俺の遥か格下なんだから、覚えが悪いのも当たり前なんだし」
「…………は?」
唐突に怒りが湧いた。
そっちはどういうワケかこっちを知っててもこっちはオマエの事なんてまったく知らないってのに一方的にディスられるなんてワケが分かんないんだけど?
「あ、気分害した? でも謝らないよ。だって俺は君らのうん十倍うん百倍も勉強も運動も頑張って常にトップの成績を維持しているんだから。まあ、それはそれとしてだよ」
黒幕の正確な正体は、分からない。
気に食わないけど、黒幕にさっき言われた通り、今んところは無害な人しか名前を覚えてないから。でもさっきの言葉で、ある程度は予想できる。
相手は高校生だ。どこの高校かは知らない。
しかも学内の成績が上位のヤツ……だからってそいつらを知らないから絞り込むのは無理なんだけど。
「それくらいスペックが上がると、世界がつまらなく見えるんだよね」
「「…………ん?」」
いきなり話が変わった気がして、私と琴音は困惑した。
「親は時に、周囲に自慢したいがために子供をより優秀にしようとするよね。それが人の夢や業だと言われちゃそれまでだけど、それはそれとしてその前に親は思考実験をやるべきだと思うんだよね。だって、やっている事はかのゴシック小説の某スイス人科学者と同じなんだから。完璧な超人を生み出そうとしてんでしょ。でもその超人から見た世界がどんな感じなのか考えようとしないよね。なんでもできるって事は、人生を楽に生きれるって事じゃん。なんの苦労もせずに。それ、面白いのかな? 少なくとも、その領域に至っちゃった俺にはまったく面白くなくてさ。どうせなら、この世界をより面白くするために生きようと、いろいろと試しているんだけど、さすがに一人じゃ無理な事もあってね。でもだからって俺のこの気持ちは大多数の人間には理解できない。だから俺は、俺の持つすべてを使って、今までいろんなヤツを利用してきたんだ。相手のスペックを問わず。もしかするとそいつはいつか、俺の想像を超える化け方をするかもしれないから」
私と琴音は、目が点になった。
まったくワケが分からない話だったから。
いや、私達がバカだから分からないだけか。
それとも相手は人類には理解できないほど狂っているのか。
「だから別に、常人以上の何かを持っているとかの理由で君らを拉致ったワケじゃありません。ちなみに髪が長い方の子は常人よりキレイだとか言われていますが、俺にはそんなの関係ありません。だって俺には君ら、それどころかほとんどの若者の顔が同じに見えるんだから。まるで、キャラの描き分けが苦手な漫画家の漫画の世界の住民のように」
「「ッ!?」」
まさか相手は、琴音の魅力にあてられてないの!?
なのにこんな犯罪をするだなんて、本気で頭がぶっ飛んでいるとしか思えない。
いや、まさか他にも、黒幕みたいな人間がいるんだろうか。
私達が知らないだけで、世界中を探せば、それこそ何人も。
「君らを選んだ理由は一つ。俺に利用されてる女共……残念な事に警察に捕まったけど、それはそれとして。彼女らが君らに過剰に反応してたから。ただそれだけ。俺の寵愛が奪われるとか、そんな事を考えてたっぽいんだよねぇ、彼女ら。俺からしたら彼女らも君らも特に愛してないのにさッ」
「ま、まさか……ッ!?」
私は思わず声を出していた。
私達の机に落書きしたりロッカーに生ゴミを詰めようとしてた、イジメの実行犯達を、利用していた……?
拉致犯だけじゃなく、イジメっ子達をも操ってた……本当の意味での黒幕だっていうの、この男は!?
「笑っちゃうよねぇ。俺に好かれるような化け方をするならまだしも、今んところ全然愛していないのに、それに全然気づいてないんだから。でも、いつかはそんな化け方をするかもしれないし、そうでなくても、世界を大いに変えんとする俺の、愛すべき手足になるかもしれないので…………君らもまた、調教してあげる♪」
次の瞬間。
周りにいる人達が動き出す。
一人は何かを手に持ち。
他の人は私達に近づいてくる。
「来ないで!! 来たら本気で殴るわよ!!?」
この状況なら、ぶん殴っても正当防衛になるだろう。
でもあまりに多勢に無勢。しかも四面楚歌な状況……さらには包囲網は少しずつ狭まっている。琴音の前に出ているけど、背後からの敵に琴音が危害を加えられるかもしれない。どうあがいても琴音を守れない。防犯ブザーを鳴らそうにも、見たところここは公園っぽい。どれだけの規模かは分からないけど、私達が落とされた人工の川があるくらいだからそれだけの規模だろう。そして本当にそうなら、人がいる場所まで防犯ブザーの音が届くとはとうてい思えない。もはや、詰んでいた。でもだからって諦めるワケにはいかない。少なくとも北里くん達が来るまではッ。
「はい、今から君らは撮影されまーす」
狭まる包囲網の中で、黒幕は淡々と告げる。
あえて状況を分かりやすく説明して、私達に逃げ道がない事を理解させて、絶望させようとしているのか。
「どうすれば君らの心が折れるのか、その加減を見極めるためにも、まずはここで彼らに服を脱がされる様子を撮影されてもらいまーす。そんで、それでも心が折れないようなら……もっとえぐい目にあってもらう事になりまーす」
心が込められていない、そう感じる声色で淡々と説明する。
だんだんと、光源からこっちに近づいてくるから、少しばかり顔が分かるようになってきた黒幕が。
その顔に、やっぱり覚えはない。
無害な男しか、私達は覚えようとしてないから。
そしてその黒幕の表情に、ほとんど変化はない。
たとえ変えても、わざとらしい。どんな顔をすればこっちをより怖がらせる事ができるのかを知ってて、その上で演出してるかのような表情だ。
北里くんもそんな感じだけど、でも彼の場合は時々、その表情筋にわずかな変化がある。眉間のしわの深さも変わる。北里くんの方がよほど分かりやすい。
相手のいう、勉強の成果なのか。
分からないけど、だからって黒幕の思惑通り怖がってる場合じゃない。
震える手で、琴音の手を握る。
私と同じくらい、震えていた。
そしてそんな琴音の存在を、再確認すると……中学時代、北里くんと出会う前のように、私がどうにかしなきゃいけない気持ちがふつふつと湧いてきて。
「琴音、一緒に動いて」
琴音にだけ聞こえる声で、そう言うと。
バシャバシャと、いよいよ川に足を踏み入れてきた、黒幕の手下の一人の右脚と左脚の間に全力の蹴りを入れたッ!!
思わずかがむ相手。
でもそれだけで済まさない。
かがんだその瞬間、今度は顔を蹴り上げる!!
息をのむ音が周囲から聞こえた。
すぐに私はその隙に、琴音を引っ張り包囲網をバシャバシャと駆け抜けた。琴音の体がまだこわばっている。いや、私の体もそうだ。なので速く走れない。だけどそれでも走り続け、川から上がる。
「イイね。やっぱり魚も人も活きが良いのが一番だ」
黒幕の声が、背後から聞こえる。
同時にバシャバシャと、ヤツの手下が動く音もした。
ていうか、私達は魚と同列だと見なされたの?
聞いているだけで、怒りが湧いてくる。だけどそんな事よりも逃げきる事を考えなきゃいけない。そうでなくても、防犯ブザーや悲鳴が誰かに聞こえる所まで逃げないと、想像すらしたくない最悪の結末が待っている。
「それに比べて、もう一人はただ守られるだけなのカナ?」
黒幕の声がまた聞こえる。
だけどどこから聞こえてくるのか分からない。
逃げる事に夢中になっている上に、疲れているせいか、それとも本当に、黒幕がわざと回り込んだりしているのか。
「まあ男に迫られすぎたらそんな性格になるのも分かるけどさ、だからってすべてを親友に任せるのはどうかと思うよ? それとも、親友にすべてを任せなきゃいけないほど無力なのかな、尾上サン?」
「ッ!!」
琴音の手の震えが強くなった。
あいつ、わざと琴音に精神攻撃をッ!!
「聞かないで、琴音!!」
水にぬれてるせいで、体力が、体温が消えていく。
だけど、琴音を悲しませたくないから、無理やり声を出す。
でも、私は……琴音をフォローできない。
頭がうまく、回らない。聞く事を止めようとする事しかできない。
私は、悔しかった。
望んで今の容姿になったワケじゃない琴音が、男に迫られているを見て、自分が逆の立場だったらを考えて、助けたいと思って、今まで琴音を助けてきた。多くのいやらしい男や嫉妬に駆られた女を遠ざけようとしてきた。でもこんな多勢に無勢な状況じゃ……せめて、琴音の心は守りたかったけれど、そのための言葉を、今の私じゃ、考えられない。私は…………どこまでも無力だ。
「男が嫌いならさあ、せめて自分の力で払いのけられるくらい強くならなきゃダメじゃないか。親友も、無敵じゃないんだから。最後は自分の力だけが頼りだぞ? それとも親友に守られる事に慣れちゃって、自分が騎士に守られるオヒメサマだという事に甘えてこのままでいいとか思っちゃってんの? 愚かしいなぁ。愚かしいなぁ。でもだからこそ、まず後藤サンを辱めれば心が折れてくれるかな!!!?」
次の瞬間。
琴音の手が私から離れた。
琴音の方を見ると、彼女は黒幕にドロップキックをされて飛ばされていた。
あまりに予想外な場面を見た瞬間、すぐに状況を理解できず、ただただ眺める事しかできなかった。おかげで、自分がどうなったのかも……一瞬わからなかった。
琴音の、飛ばされる勢いに引っ張られ。
私の体も、前に飛んだ……かと思いきや、私の体が、私の前にひかえていた黒幕の手下に、宙を舞っていた瞬間につかまれて、一瞬で私は羽交い締めにされ、そうなってから私は、最悪な現状をようやく認識できた。
「はーい、じゃあ捕まえたところで、今からストリップショー……えーと、一般的には自分から服を脱ぐ感じで認識されていますが、実は剥がすという意味もあるので、あえて言わせてもらいます。ストリップショー、はっじまーりまーす♪」
「あ、葵ちゃ……ッ!!」
私を呼ぶ琴音の声が、途中で途切れた。
反射的に見ると、そこには猿ぐつわをはめられた上で、上から押さえつけられて動けなくなっている、うつぶせの琴音がいた。
私の服が脱がされて。さらにはその様子を撮影される様子を見せて。これから何を、自分もまたされるのかを思い知らせて。さらには撮影されて、もう折れるしかなくなって、逆らえなくなった私を見せる事で、琴音の心も折るために。そのためだけに押さえつけられている。
「あ、そうそう。ついでに言っておくけど、後藤サン達は、公園で北里に発信機をもらったみたいだけど、まったく意味ないから。この場には俺が買った電波妨害機があるから、俺達の発見までにすごく時間がかかるよ」
「「ッッッッ!!!!!!!?」」
次の瞬間。
私達の心が折れた。
服を脱がされる前だけど。
今まで、必ず北里くんが助けてくれると……信じていたから。だからこそ、琴音を守ってこられた。でも助けが来ない、その現状を教えられ……私達には希望が、最初からないと、すぐに理解させられたから。
同時に、これから始まる事を想像してしまって。
血の気が引いて、思わず大声を上げようとしたけれど。それも、黒幕の別の手下に口を押さえられて、封じられて。もう、どうしようもなくなって。思わず、涙が出そうになって。その間に、上着を無理やり脱がされて、
「後藤、尾上、こればかりは本当にすまん」
最悪の結末へと、向かわんとしたその時だった。
最初は、幻聴じゃないかと思った……でも、私を押さえていた黒幕の手下まで、その声に反応して、声がした方を向いて…………そこに、いた。
「電波が途切れ途切れで、場所の特定が遅れた」
私達が、今までずっと信じて……待っていた人。
黒幕達へと、怒りでこれでもかとゆがんだ顔を向ける北里くんが!!
あまりに怖い顔だから、私も恐怖を覚えるけど……それ以上に、安心感を与えてくれる彼が!!
「は? 北里、オマエなんでここにいるの?」
黒幕も、顔をゆがめた。
想定外の事が起きて不快なんだろう。
「途中から電波が途切れがちになったからな。手下にも一応、小型の電波妨害機を持たせていただろう。おかげで追跡が困難になったが、最後に電波が消えた地点の半径数キロ圏内の、電波妨害機を作動させてもあまり問題ないほどの大きさの施設とかを全部調べて、人海戦術で捜索してここだと特定した。俺が最初に到着したのはただの偶然だ。人がいる場所までは距離があるから、電波妨害機を使ってもすぐ気づかれる心配はない、相南台自然公園までわざわざ来たのに、無駄になったな。電波法第四条違反で一年以下の拘禁刑、または百万円以下の罰金だよオマ――」
怒る北里くんの顔に、ドロップキックが命中した。
黒幕の攻撃だった。
だけど北里くんは倒れない。
鼻血が出たけどそれでも黒幕を睨みつけている。
でもなんらかのアクションを起こす前に黒幕がまた攻撃するッ!
「き、北里、くん…………北里くんッッッッ!!!!」
見ていられなくて。
だけど戦意を削りたくないから、ただただ名前を大声で呼ぶ。北里くんの助けになるかどうかは分からない。だけど叫ばずにはいられなかった。北里くんにも無事でいてほしいから。傷つく彼を見たくないから。
「ッ!?」
しかし、そんなワンサイドゲームは長く続かなかった。
思わず黒幕が拳を引っ込める。苦痛を感じているのか、怒りとはまた違う感じで顔をゆがませる。右手を左手で押さえる。そのままなぜか攻撃を……やめた。
いったい何が起こったのか。
何がこんなにあっけなく戦いを終わらせたのか。
少なくとも私には分からなかった。
琴音も、ワケが分からなそうな顔をしている。
「もう終わりだ」
怒りをにじませた声で、北里くんは淡々と告げる。
「警察には通報した。もうすぐ駆けつける」
「あぁ~あ。撮影中に言いたかったけど、もういいや」
しかし、黒幕は動じていなかった。
本当に、ほとんどの若者が同じ顔に見えるからなのか。
「俺の家のパソコンには、俺が脅すために集めた個人情報や映像が保存されてて。俺が一定時間更新しないと、それらが流出するプログラムをかけてあるんだよね」
「「「ッ!?」」」
衝撃の事実だった。
おかげで私と琴音だけじゃなく、さっきまで顔をゆがませていた北里くんでさえも、目を丸くした。
「あと何分で流出するかな? いやあ楽しみ――」
「動くな!!」
するとその時だった。
周囲から強い光が照射されて。
そんな怒号が夜の公園に響き渡ったのは。
「暴行に強要に犯罪教唆に強制わいせつに電波法違反に、ああもう罪状が多いな。とにかく加害者は全員まとめて現行犯逮捕だ!!」
セリフからして、警察の人の声だ。
でもなんか途中からいい加減な感じだった。
まさかとは思うけど、この状況からして。
今まで何度か名前が出た、北里くんの知り合いのシマさんだろうか。
とにかく、その声と同時に。
多くの警察官が公園内になだれ込んできて。
私と琴音を拘束してた黒幕の手下も、まさかな展開のせいで隙ができて、そこをつかれて逮捕されて、私と琴音は保護されて。
私と琴音の拉致から始まったこの事件はあっけなく…………いや、まだ終わってない。黒幕の家にあるパソコン――おそらく私と琴音の個人情報も入っているそれから、情報が流出するのを止めないと!!
また、黒幕に視線を向ける。
黒幕は苦々しい顔をしながら捕まっていた。
いや、黒幕にパスワードを聞いたところで意味はない。絶対口を割らないから。
警察にこの事を話して、それでハッカーとかに情報の流出を止めてもらわないとこの事件は、
「すまん、後藤、尾上」
その時だった。
こわばった顔のままの北里くんが、覇気がこもってない声を、私と琴音にかけたのは。なんだか嫌な予感を感じさせる、声を出したのは。
「黒幕の家を調べて……先行してもらってた、サシャからの連絡だ。情報の流出を止めようとした。でも、間に合わなかった。後藤と尾上の情報を含めた、いろんなヤツの個人情報と、顔写真だけだが……世界に向けて発信された」




