第十七話 来訪
――私と琴音の個人情報と顔写真が、世界に発信された。
北里くんから告げられた、その言葉を耳にしたのと同時。
私は、あまりにもあんまりな結末なのもあって……耳を疑った。
おそらく琴音も、そうだろう。
一気に問題が国際規模に広がるなんて現実離れしすぎだ。
しかし北里くんの手には、よく見ればマイフォンが握られていて。
そこからかすかに、サシャさん……ただのメイドであるハズなのに、私達のために個人情報と顔写真の流出を止めるため協力してくれたという、これまた現実離れした謎の人物の声がする。
さらには、北里くんの顔。
そのコワモテな顔からは血の気が引いていて、とてもこんな、タチの悪い冗談を言うようには見えなくて。
それが事実なんだと、改めて認識して。
あまりに衝撃的な事実を前にして、目に見える世界がグニャリとねじれるような感覚と、全身から力が抜けるような感覚がして。
その時だった。
バタッと、倒れる音がしたのは。
見ると、そこにはついに力尽きた北里くんの姿があった。
琴音が絶叫した。
私は何度も名前を大声で呼んだ。
そして、警察官が集まってきても。
北里くんが起き上がる事はなかった。
※
その翌日……といいたいけど、五日後。
あれから北里くんは、あの黒幕のせいで負った全身のケガのせいで入院となり、そして私と琴音もまた、あの後タオルで拭いたり温まったり着替えたりしたけど、結局は川に落とされたせいで風邪をひいて、一週間は自宅療養する羽目になった。
だけど、その間は全然退屈じゃなかった。
というかむしろ、退屈でいられたらどれだけ良かったか。
私の家に、多くの人の出入りがあった。
もしかすると、琴音の方もそうなんだろうか。
訪ねてくるのはおば様に、荒木先生、石杜先生、愛華ちゃん、舞華ちゃん、二人のお母さん、時間がとれた道南台商店街の店の人達に、バイトを初めてまだ一週間なのに、私と琴音のファン(!?)になってくれたお客さん達、そして、北里くんの知り合いである、謎のメイドのサシャさんに、警察官のシマさん。
逆に、私の両親は琴音の家、さらにはおば様と一緒に、北里くんが入院している病院へと、時間が許す限りお見舞いに行ってくれている。
私と琴音の分まで。
私と琴音を命がけで守ろうとしてくれた事へのお礼をするために、そしてどんな人物なのかを知るために。
北里くんへの最初のお見舞いから帰宅した、お父さんとお母さんとおば様の顔が引きつっていたのは、ちょっと笑った。
ちなみにシマさんは、私や琴音とほぼ同じくらいの背丈の警察官だった。
だけどその眼光は、なんというか、北里くんよりも鋭くて、そして……なんだか知っているような顔つきで、ピリッとした空気をまとっていた。
「どうだい、調子は?」
「はい、もう体のだるさもなくなりました」
そんなシマさんは、あれから私と琴音を気にかけてくれて。
私と琴音の家に……事件の説明責任のために、だけじゃなく、なんと、何気ない会話のためにも寄ってくれるようになった。なぜか親公認で。
「そりゃよかった。それと、あれからさらにいろいろ分かったんだが……知りたいなら、話すけど、どうする?」
そして、その理由を、私はなんとなく察していた。
なので私は……ちょっとトラウマだけど、だけど北里くんが、早い段階で命がけで助けに来てくれたから、そして被害者として、事件の全貌を知りたいから、そこまで抵抗を覚えず、シマさんの話を聞けている。
「…………また伝奇小説みたいな事実ですか?」
冗談で言ったんじゃない。
今までシマさんから聞かされた事実がそうだったから、今回もまたそんな、冗談としか思えないような事実だと思ったのだ。
ちなみにこれまで判明したのは。
黒幕が道南台高校に通う三年生の先輩だった事。いわゆる完璧超人なスペックを持っていた事。黒幕がさまざまな人の弱みを握ったり買収したりして手下にして、そいつらを使っていろんな業界……政界にまで、その影響を及ぼしていた事。私と琴音を狙ったのもその手下集めのためだった事。黒幕には両親がいたが、その遺体が黒幕の家の地下階で見つかった事。そんな黒幕の手下の内、脅されて犯罪に加担していた人達については、黒幕がかけた脅しを使った洗脳をどうにか解かんとしている段階にある事。一方で黒幕に買収されていた手下は、あの場にいなかったヤツを除けば、全員逮捕できた事。逮捕できなかった、洗脳されてる者も含めた手下については、捕まえるための罠を入院してる北里くんと協力して仕掛けて、捕まえる予定である事くらいだ。
「そうだ」
シマさんは苦々しい顔をした。
判明した事実の内容が警察の常識から逸脱していて、そのせいで、捜査チームの士気が下がりかけているのもあって。
「あの黒幕野郎の家の地下階で、ヤツの両親の遺体が見つかったのは、前に話した通りだが……その死亡推定時刻とかがおかしいんだ」
「おかしい? どこがおかしいんですか?」
「ヤツにとって祖父母に当たる人物から聞いたところによると、ヤツの両親が失踪したのは二十年前。ヤツが生まれる前。そしてヤツが祖父母の前に姿を現したのが十五年前。ヤツの祖父母によれば、当時ヤツは幼稚園児ほどの背丈だったそうだ」
「…………は?」
あまりにもぶっ飛んだ話だった。
じゃあ何? あの黒幕は二十歳以上だったっていうの? そんなヤツが、道南台高校の三年生だった? あまりにもありえない話だからめまいがした。
「それから、ヤツの両親の遺体があった地下階にはなんらかの研究設備があった。俺には分からん機械や本ばかりだったんで、専門科に調べてもらったら、それらは遺伝子をいじるための設備で、さらに……日本一脱出不可能な独房……場所は教えられんが、そこに収監したヤツの体をいろいろと調べたら、なんとヤツが三重螺旋構造のDNAを持ってたのが分かった。専門家によれば、無病息災で過ごせれば、現在最高齢の老人よりも遥かに長く生きられる、より進化したDNAの形だとよ」
「…………………………はぁ?」
これまた伝奇小説のような話だった。
「そんで、まだ取り調べの最中なんだが、ヤツはどうも、両親から虐待とも言える教育をされてたらしい。そしてその過程で頭に何度かケガを負ったとも。あまりに常識からぶっ飛んでるけどよ、俺には……ヤツが遺伝子をいじられ、常人を超える存在として生まれ、さらに虐待と言うべき教育を受けたせいで、繋いじゃいけない頭の回路が繋がり、ヤツが今のような……完璧超人ならぬ完璧狂人になったように思えてならねぇ」
だけど、さらにそんな事を聞いて。
私は、黒幕から聞いた事……かのゴシック小説の某スイス人科学者についての話とかから、それが事実ではないかと。どれだけ荒唐無稽だろうとも、どうあがいても事実なんじゃないかと思えてならなかった。
※
「まさか、北里くんと後藤ちゃんと尾上ちゃんが働いてる『よろず』っていう店の店主の万さんが、私の知り合いに似てるなんて思わなかったわ」
事件から六日後、つまり明日か明後日くらいに風邪が治る頃。
シャリシャリと、リンゴの皮をむいてくれながらサシャさんは語る。
「店主さんに会ったんですか?」
私はまだ会った事がないのにどうやって会ったんだろう。
「どうやら北里くんが入院したのと、同時に完治したらしくてね。私とシャルルが北里くんのお見舞いに行っている時に偶然会ったのよ。思わず動揺してシャルルと同時に言っちゃったわ。『ぶ、ブルースっ』って」
「……そんなに、そのブルースって人にそっくりなんですか?」
「ええ、双子と言われたら信じちゃうくらい。それでね、そのブル……じゃなくて万さんの娘さん達もその場にいたんだけど、二人がその後なんて言ったと思う? 『お父さんのあだ名はこれからブルースね』ですって」
「い、言いそう」
私は思わず苦笑した。
店主さんがどんな顔してるのか知らないけど、愛華ちゃんと舞華ちゃんの事だ。絶対そう言うだろう。
「それでね、そのブル……じゃなくて万さんもいたから、北里くんの引っ越し作戦は大成功。残党の第一波を一網打尽よ♪」
引っ越し作戦。
それについては事件から二日目にサシャさんから聞いていた。
黒幕の残党が、北里くんに報復――北里くんが住んでいるアパートの部屋を荒らしたりするだろうから、その前に替えのきかない家具などをサシャさんとシャルルさんの今の家である、琴音の家の隣の洋館に運び込み、そして残りの家具をあえて残党に破壊させる。それもたくさんの隠しカメラに見られた上で。さらには警察が包囲網を狭める中で、という内容の作戦だ。
そしてその引っ越し作戦は見事に成功し、北里くんの部屋を荒らした残党は全員捕まえられ、住居不法侵入や器物破損で、北里くんと大家さん、さらに管理会社に訴えられてるというワケだ。
すぐに自首すれば罪は軽かっただろうに。
なんて思うけど、黒幕に脅されたり買収されたりして従った連中なんだよね……因果応報とはまさにこの事だと思う。
「だけど、まだ政界とかにも黒幕の協力者がいる感じなのよね。私の故郷のようになかなか大変な状況よねこの国も」
「そういえば、サシャさんとシャルルさんはどこの国の出身なんですか?」
「あら、言ってなかったかしら? トートレイドよ」
「…………あの?」
脳裏に、以前見たニュースの内容が甦った。
評議会の最大派閥の代表だった人が亡くなったせいで、いろいろと荒れているという、ヨーロッパの小国の。
「私とシャルルは、その混乱から逃げて日本に移住したのよ」
「そ、そうなんですか。というか、私……今さらでなんですが、シャルルさんって人にまだお会いできていないんですけど」
「あら。そういえばそうね。でもごめんなさい。いま学校に行ってるから、会わせられないのよ」
「学校?」
「あ、そういえばこれも言ってなかったわね。シャルルはブル……じゃなくて、万さんの娘さん達のいるクラスで勉強してるの」
「しょ、小学生だったのッ?」
さんづけしなくてもよかったかもしれない。
なんてふと思ったけど、次からくんづけすればいいかと考え直して……くん、でいいんだよね? なんか女の子でも通用しそうな名前だけど。でも、そんな名前のフランス人男性のキャラが漫画にいた気もする。
とにかく私は、次からさんづけをやめる事にした。
※
さらに次の日。
私と琴音がひいた風邪はすっかり治り、私達は改めて……世界中に私達の顔写真と個人情報が広まっちゃったから、シマさんの運転する覆面パトカーに乗った上でだけど、とにかく北里くんの入院している病院に向かった。
もちろん、琴音だけじゃなく私も化粧と変装をして。
ちなみに琴音の化粧は、今までとは違う感じのにした。当たり前だけど、顔写真に写っているのとは違う感じに。じゃないと、世界中の特定班とかにすぐバレる。
ていうか、琴音の化粧や変装を何度も手伝っているから、それらがだんだん得意になってきた気がする。将来そういう仕事に就ければ幸運だけど、それはともかくいよいよ覆面パトカーが病院の駐車場に駐車した。
「そんじゃ、お見舞いに行くか」
シマさんにそう言われ、私達は覆面パトカーから降りた。
そしてそのまま、シマさんの付き添いで北里くんのいる病室へと向かう。
北里くんのお見舞いのため。
そして私と琴音を守ろうとしてくれた事へのお礼と、巻き込んだ事への謝罪と、そして…………北里くんに対しずっと、失礼な勘違いをしていた事への謝罪をするために。
※
「き、北里くんッ! ま、巻き込んで……ほ、本当にごめんなさい!」
私の声じゃない。
さらにいえばこれは、病室のドアを開けた直後に響いた声で……はっきりいってフライングな声だ。
出したのは、なんと琴音だった。
事が事だから、一緒に謝罪しようと、四日前に約束していたのに……なぜか彼女はフライングした。
いや、別にいいんだけど。
その後に私も「わ、私からも……巻き込んでごめんなさい、北里くんッ!」と、謝罪できたからいいんだけど。怒ってないんだけど。
だけどどうして、約束を破ってフライングしたのかは気になる。
あまりにも責任を感じ、私との約束を忘れてやってしまったのか。それとも……事件を通して、琴音の中で何か変化があったのか。
「…………いや、ケガの事なら気にするな。確かにヤツの喧嘩殺法の中には殺人拳じみたのも確かにあったが、俺の体は頑丈だし。それに俺の骨は頑丈らしいから、あいつの拳骨に逆にヒビが入ったしな」
「「…………ん?」」
だがそれ以上に気になる事を、病室のベッドで横になってる彼は返してきた。
殺人拳な喧嘩殺法? それに北里くんの骨が頑丈で黒幕の拳骨に逆にヒビ?? またしても知らない、ぶっ飛んだ情報だった。
「俺も検査して知ったんだがな」
北里くんは、少しだけ眉間のしわを深くした。
「俺としては、拳骨よりも頭蓋骨の方が硬いから、あいつが頭を……打ったら確実に記憶障害を起こす部位を狙って殴ってきた時に、カウンターで頭突きをしただけなんだが。検査したら、どうやら俺の骨は常人よりも硬いらしい。もしかすると、この背の高さにも関わっているかもしれないと先生は言っていたな。昔、成長痛の痛みが尋常じゃなかったワケだ」
…………つ、つまり、あの黒幕が攻撃をやめたのは、北里くんの機転で、自分の拳にヒビを入れられて、どう攻めるべきか迷ってたからなのか。
っていやいや、そんな話のためにここに来たワケじゃない。
ちゃんと北里くんに、改めてのお礼と、大変失礼な勘違いをしていた事への謝罪もしなければいけない。
「き、北里くん、その……改めて、助けてくれてありがとう」
「ッ! 本当に、ありがとう。北里くんが来てくれなきゃ、私達……本当に、どうなっていたか」
またしても、琴音が先に言葉を放った。
怒ってたりは、しないけど……なんだかさびしさを覚える。
「ああ。どういたしまして」
北里くんは、素直に感謝の言葉を受け取ってくれた。
「俺としても、二人が無事で本当に良かったよ」
北里くんの表情筋が、わずかにだがゆるんだのが分かった。
ほとんどの男――琴音にいやらしい視線を向けたり、自分を良く見せたいと思うがゆえに一方的な行動をしてくる、荒木先生いわく、現状に不満を抱いてる人とは違い、私と琴音の幸せを本気で考えていたからこその顔かもしれない。
そう思うと、改めて申し訳なくなった。
こちらの都合で一方的に巻き込んで。結果的に、北里くんの……私への好意的な感情につけ込んだ形になって。
ここまできたら、もう……私の正直な気持ちを伝えて、北里くんにもまた幸せになってもらわなきゃ、わりに合わないんじゃないかとさえ思える。
でも、今はそれはできない。
ここには琴音も、気をつかってドアの外で待ってくれているシマさんもいるし、それにまだ、勘違いしていた事への謝罪をしていない。
「あ、あの、北さ」
「それはそれとして……二人にはそろそろ、俺についていろいろ話した方がいいと思ってる」
しかし、その言葉は伝えんとした本人に遮られた。
私がもっと早く、話す決断をしてればと悔しく思ったけれど、一方でその、北里くんが話さんとしている事は、私と琴音も気になっていた内容で。
でも、だからってがっついている印象は与えたくないから「どういう、事?」と一応訊いてみると、
「二人の個人情報と顔写真が世界に向けて流出した以上、これまで以上に気合いを入れて二人を守らなきゃいけない。そしてその過程で、もしかすると俺の誤情報に踊らされて、その隙にさらわれる、なんて事態も起こるかもしれない。だからその前に、俺の事を……いい加減二人に話すべきだと思ったんだ」
至極真っ当な答えが返ってきた。
※
俺は生まれた時からこんな顔だった。
だからといって、親に疎まれる事はまったくなかったんだが、周囲の一部の大人どころか、ほとんどの同年代のヤツには怖がられたし、さらにごく一部の同年代のヤツは、俺が泣かしたと嘘をついたり、俺を騙して、万引きとかの犯罪の協力者に仕立てたり、なんてしてきた。何度もな。
ちなみに犯罪の方は、ミスディレクションってヤツに利用された。
手品とかで使われるアレだ……さすがに知ってる顔だな。まあどこぞのスポーツ漫画でも出た用語だし当たり前か。
それはともかくだ。
その頃から俺は、自分が無実であると証明するためのあらゆる手段を使いそんな悪意に立ち向かっていった。ボイスレコーダーとかを持ってたのは、そういう理由だ。ちなみに中には、シマさん……俺が万引きに利用された時に駆けつけ、最初に信じてくれた、当時はまだ下の方の階級だったシマさんが貸してくれたのもある。確か新兵器のお試しだとか、そんな感じで貸してくれたんだったか。本人のいる場で言うのもなんだが、当時は助かった。
おかげで、俺に濡れ衣を着せようとした連中をだいたい虚偽告訴罪か名誉棄損罪で訴える事ができたし慰謝料も支払わせた。本人達が反省してるかどうかは分からないが、ちょっとしたイタズラの中にも犯罪に該当するものがあると、思い知って反省してくれたと思いたい。
それからしばらくして、俺の周囲から犯罪は格段に減った。
俺の事を知った道南台市の市長が、道南台市じゅうに、フェイクのを含めた多くの監視カメラを設置してくれたからでもある、が、そのせいで道南台市じゅうに、俺の事が知れ渡ってしまって……小学校中学校では腫れもの扱いされたな。下手にいじめると訴えられるから、当然と言えば当然か。
ちなみに、道南台商店街のみんなとは小学生の時に知り合った。
実は俺には、俺を生んでくれた母親がいなくてな。俺が小さい時に亡くなった。
だから俺は当時、外食する事が多くて……それで、俺の事を怖がったりしないでよく食事をさせてくれたのが、万店長だったんだ。
だけど、まあ、いつも外食だと金がもったいないし、当時の俺は気にしなかったが、父さんは俺の体調を心配してくれてな。それでどうしたものかと考えたところで……父さんは『よろず』で働いてた、ある料理上手な女性と出会った。
そしてその数年後、父さんはその女性と再婚して、その人は俺の新しい母さんになってくれたんだが……母さんは、俺の事を愛してくれては、いるんだが……俺が覆面をかぶらないと本気で怖がる、そんな人なんだ。
ああ、怒ったりしないでくれるか。ありがとう。
再婚相手とはいえ、母さんが友人に怒られたりするのは……心苦しいからな。
それでな……もうすぐ、弟か妹が生まれるんだが、いつか、俺がうっかり覆面をし忘れる事があるかもしれない。すると二人にどんな影響が出るか分からんから、ときどき父さんが様子を見に来る事を条件に、俺は一人暮らしをしている。
それから……そうだな。
俺が外国語を話せたりする理由を教えた方がいいかな。
図書室で話を持ちかけられた時、後藤は海外小説の方も見ていた気がするし……気のせいだったらすまんが。
学校では腫れもの扱いだったから、当時の俺には友達が一人もいなかった。
まあ今は、愛華と舞華のような友人がいるんだが……ペアで授業を受けてくれるようなヤツは一人もいなかったな。そんなワケで、俺は暇な時、一人でも楽しめる事に没頭するしかなかった。
そんな中で一番没入できたのが、外国語の習得だ。
おかげで今や五か国語は話せるし、海外小説も原語で楽しめる。
そして外国語を習得する過程で、海外の事をいろいろ知って……直接、海外の人と話したいと思って、そういうネットのコミュニティを中学の時に見つけて、その時だったな。サシャとシャルル、そしてケイトリン先生に出会ったのは。
ついでにいえば、その時だったな。
海外にもまた、俺の顔をそこまで怖がらない人がいる事を。
というか、俺よりも怖い顔のヤツは、世界を探せばそれなりにいる事を。
そしてそれを知ってから、俺はますます海外の事に興味を持った。
そんで、さらに言わせてもらうと。
サシャはともかくシャルルは当時、日本語が大の苦手でな。それで俺が五か国語を話せる事に目をつけたサシャが、俺をシャルル専属の日本語の先生に任命して、今ではシャルルはちゃんと日本語をマスターして……今でも俺はシャルルに先生と呼ばれている。
これくらいかな、俺の話は。
※
帰りの覆面パトカーの中で。
私は、北里くんが話してくれた、北里くんの事を頭の中で繰り返し……北里くんがどれだけ誠実なのかを思い知り、反対に自分と琴音がどれだけ恥ずかしい勘違いをしたのかを思い知った。
だから、あの後……謝罪はしていない。
自分の過去話の、後半を話す北里くん……ようやく手に入れた幸せに感謝をしている彼の、あのかすかな微笑みを目にして、それをまた崩す事を、私と琴音は躊躇したのだ。
だったら、いつちゃんと謝罪するのかって話になるけれど……今はまだ、琴音とそういう話はできない。シマさんが運転しているし。いやそれ以前に、恥ずかしい勘違いをしていた事実を話さない選択肢もあるだろうけど…………あそこまで正直にいろいろ話してくれた北里くんに、そんな不誠実な事はできないから、帰宅してから改めてマイフォンで話し合おうかと思い、
「あ、あのね、葵ちゃん」
けどその話の前に、するべき話が琴音にはあったようだ。
いったい何の話か、私は気になったので「なぁに?」と素直に訊いた。
すると琴音は、私へと。
決意を込めた目を向けながら言った。
「私……次から一人で、よろずに行ってみたい」
《黒幕くんDATA①》
両親はそれぞれ、天才ばかりを生み出してきた一族の出身。
そんな一族のプレッシャーに耐えかね、二人は自分達よりも優れた存在を創ろうと遺伝学などの学問に手を出す。自分達の遺伝子および、自分達の一族の中の特に優れてる人物の遺伝子をかけ合わせたデザイナーベイビーである黒幕くんがこの世に生まれる。
遺伝子をいじられた影響なのか、生まれながらにして、三重螺旋構造のDNAを持っている。
しかし当時はその事の意味を学界は理解していなかったため、両親はそのまま黒幕くんに、虐待ともいえる教育を施す。そのため黒幕くんは、顔なども含めていわゆる完璧超人なスペックを持っている。
しかし両親が虐待ともいえる教育を施し続けた末に、変なところを打ったのか、物事の見え方が激変。ほとんどの若者の顔が、一部の漫画のキャラのように同じ顔に見えるようになる。同時に『この二人より優れているスペックの俺が、どうして二人に従わなくちゃいけないのか』という疑問を抱き、そのまま両親を殺害する。
その後は両親が教えなかった、人心掌握術などの技術もすさまじい速度で吸収。
両親の血縁者すべてに『自分の後見人になった上で、自分を遺産の相続先にするように』洗脳する。
一人で生活し、さらにこの世の知識を吸収する中で、自分がどれだけ常人の常識から逸脱した存在なのかを理解し、生きづらく感じる。
ついには自分が生きやすいように世界を変えればいいという考えに至り、血縁者以外の人間の手下化も開始。ちなみに今まで女性に対して劣情を抱いていない上にレ〇プしてもいない。なぜなら自分がどれほど常人の常識から逸脱した存在なのか理解しているがゆえに、その常人が家畜のようにしか思えないから。常人をレ〇プする事はイコール獣姦であるという認識があるから。EDというワケではない。
自分以外は家畜同然と認識しているがゆえに、それをおいしくする、つまり都合の良い駒にするための手段は問わない。そのためには自分のキャラさえも変える。なので、作中でのあの喋り方が彼の素というワケではない。ただ単に、葵と琴音を怖がらせるためにあのキャラを演じただけ。
つまり彼は善悪で判断できる存在ではない。
彼が悪だとすれば、ウルトラマンガイアにおける敵である、根源的破滅招来体によって無理やり地球に連れてこられたほとんどの宇宙怪獣、などのキャラまでも悪である。彼はただ彼の基準で普通に生きるために行動しているだけである。常人にとっては害悪であるが彼自身の性質は善悪で判断できない。
フランケンシュタインの怪物と同じく、同族の理解者がいればもしかすると良い方向に成長していたかもしれないが、彼の誕生そのものが奇跡であるため、二度と彼のような存在は生まれない。
なお、現実世界においてコペンハーゲン大学のある研究チームが、実際に三重螺旋構造のDNAを生み出している。すなわち本作はSFではなく現実の常識を取り入れた物語であるため、ちゃんと現実恋愛である。
ちなみに余談だが、隆史のように骨折しない骨を持つ人は百万人に一人の割合で生まれるらしい。




