第十五話 暗転
「よっしゃー!! いくぜいくぜいくぜぇ!!」
道南台海浜公園。
遊具広場にサイクリング場、野球場にサッカー場、それどころか市民プールまで併設されているほど大規模なそこの、サッカー場で声が上がる。
以前会った時よりもハイテンションな、舞華ちゃんの声だ。
どうやら相手チームのゴール近くに、チームメイトが天高く蹴り上げたサッカーボールが落ちてきたらしく、それをそのままシュートしようとしているらしい。
「うおおお!! 夢の舞台にキックオフ!!」
「いやなんかそれまざってないかな!?」
これは、彼女の双子のお姉さんである愛華ちゃんの台詞だ。
ちなみに彼女は、なんと助っ人として、舞華ちゃんのいる少年サッカーチームのゴールキーパーをしている。
時に、キャッチしたそのボールを、自身が所属している少年野球チームで、ピッチャーとして鍛えた剛腕で、そのまま相手ゴールへとストライクしてしまうから、相手チームからはメチャ警戒されている子だ。
まあ相手ゴールにストライクは、キャッチできたらのハナシだけどね。
そしてそんな光景を、私は……琴音と北里くん、道南台商店街の、時間がとれた人達、そして愛華ちゃん舞華ちゃん以外のチームメイトの関係者のみなさんと一緒に眺めていた。もちろん、安全性を考えて観客席で。
ちなみに反対側の観客席には、相手チームの関係者の内、時間がとれた方が観客として勢ぞろいしている。
どっちも、それなりに人数が多い。
もし大会の試合だったらどれだけの人数になるんだろうか――。
――なんて、思ってみたけれど。
だからって私の中から昨日の事が消え去るワケじゃない。
アレばかりは、どれだけ別の事に熱中しても忘れる事はできない。
北里くんが、私に対して『可愛い』と思っていたと判明した……アレは。
「ッ! オフサイ……えっ!?」
審判の困惑した声がする。
目を向けるとなんと、舞華ちゃんは、相手ディフェンスの最終ラインより後方にいる味方へと、ボールをパスするなんて事をしようとした、と見せかけて、なんとボールをかかとで蹴り、斜め後ろにいる味方にパスをしたのだ。
これはさすがに審判も相手チームも想定外だったようで、すぐ動けず、その味方によるロングシュートによって点が入った。
こちらの観客のほぼ全員が歓声を上げる。
琴音でさえも、初めてのサッカーの練習試合だというのに、いつもより少しだけテンションが上がっていた。
私は……テンションは確かに上がっていたけれど、みんなほど上がらなかった。
どうしても、視線が……琴音をはさんだ向こう側で「よしっ」と言いつつガッツポーズをしている北里くんの方を向いてしまい……顔に熱が集中するのを感じ目を逸らす、そしてしばらくして視線を向けるを繰り返して……それどころじゃない。
いや、琴音……席についてはゴメン。
その方が琴音を守れるからと言い訳までして、まだ、そのコワモテな巨人な見た目ゆえに抵抗感を抱いてる、北里くんの隣に座らせる事になってしまって。
でも、今……私は琴音の緩衝材になってあげられない。
だって、ただでさえ、どうしても意識しちゃう今の時点で隣に座ったら……私の心臓がもたないかもしれないから。
※
琴音をこれからも守りたい――その願いを叶え続けるためには、北里くんの存在は必要不可欠で。そのために彼に、琴音の護衛の手伝いを頼んだ際、私は……自分はどうなってもいい、なんて、自分を顧みない考えを持っていて。それを、叱ってくれて。その後に彼は私の頼みを、対価付きとはいえ、引き受けてくれて。
契約通り、彼がいたおかげで、中学時代と比べると……これでもかと平和な学校生活を送れるようになって。
さらにはその対価――北里くんの行きつけで、彼自身もバイトをしている飲食店『よろず』の初めてのアルバイトの日に、私と琴音の身の安全を考えて、どういうワケだか持っていたボイスレコーダーをくれて。そして、アルバイトのおかげで、家が貧乏な琴音の家計の危機を少しは緩和できて。
しかも、そんな北里くんの存在があっても起こってしまったイジメに対しては、判断材料は声色しかないけど、本気で、怒ってくれて。私では想像できなかった、警察の介入をすぐに実行してくれて。おかげで、犯人の一人は、捕まって。
なにからなにまで、お世話になった。
飲食店『よろず』でのアルバイトだけで、本当に恩を返しきれるのか……そんな事を考えちゃうほど、お世話になった。
だけど、そのすべては…………私のため、かもしれなくて。
今までいろんな男に会ってきたけれど、誰もが琴音に目を向けていて。私よりも容姿がすぐれている琴音のために、そいつらは動いてて。私にもついでとばかりに「可愛い」なんて言った男もいた気がするけれど、そいつは私をほとんど見ていなかった覚えがある。
結局、琴音にとっては大変迷惑な事に、琴音の容姿にあてられた男――荒木先生いわく、現状に不満を持っているタイプのそいつは、基本的に容姿がすぐれた琴音のために動く。
いつしかそう思っていたけれど。
北里くんは、私がいない中ではっきりと、しかも『琴音と同じくらい可愛い』という意味にとれる事を、昨日言ってて。
私が、本当に琴音と同じくらい可愛いかどうかはともかく。
琴音の容姿にあてられた男が、琴音のために動くのなら。
もしも北里くんが、私を可愛いと思うほど、私にひかれているのなら……今まで北里くんは、私のためにいろいろ動いてくれたんだろうか。
もしそうなら……そう思うと同時に、顔に熱が集中する。
もう、北里くんの顔を見なくても熱い。おかげでもう、前を向けない。
そうしたら、この場にいる全員に私の気持ちが知られる自信がある。
まだ……いや、前に比べると、北里くんが私と琴音の事を思って行動してくれた事から、コワモテな巨人と表現すべき容姿への恐怖は薄れつつある……そんな気がするけど、まだ完全に恐怖はなくなってなくて。
だけど、それを上回るくらい。
私はもう、北里くんへの感謝の気持ちでいっぱいで。
そのせいで北里くんを強く、意識しちゃってて…………シンプルにいうと、もうこれでもかというくらい、
好きになってる。
でも…………同時に、北里くんへの罪悪感が増している。
私と琴音は大変お世話になったのに、そんな北里くんに対して私達は、そういう状況だったとはいえ、人としてとても恥ずかしい勘違いをしてしまった。
そしてそのせいで、北里くんへと長い間、疑惑の目を向けていた。
もしかしたら、その日からのお互いの行動次第では、余計に誤解とかして、決別していた可能性だってあった。
今まで黙っていた自分と琴音には感謝しかない。
だけどその一方で、まずはそれを謝らなきゃ。
これから私達がどうなるかは、琴音の身の安全の事もあるから、まだ分からないけど……私としては、いろいろ解決して、琴音と私の生活の安全が保障されたら。
男女として、付き合う……そんな未来も、良いかもしれないとも、思ってる。
今まで、琴音を守る事ばかりに必死になってたから、男女の付き合いとか、全然意識した事ないけど…………いや、その前に。
まずは、北里くんに、琴音と一緒に謝罪しなきゃ。
それをしないと、私はきっと……前に進めないから。
※
「よ~~し! このまま逆転するわよ!」
愛華ちゃんの声と、チームのみんなが「オーッ!」と応える声がする。
チームのキャプテンは別の子だったような気がするけれど、現在のチームメイトの中では一番しっかりしているからとか、そんな理由で一時的にキャプテンをしているのか。
ていうか、こっちが……確か『道南台ウーメンズ』だったか、チーム名。
とにかく、こっちが押され気味だったんだ。北里くんの事ばかり考えてたから、気づかなかった。ていうか、愛華ちゃんと舞華ちゃんという異名持ちの子がいても敵わないチームもいるんだ。
「ここで言うのもなんだけど」
そう思っていると、横から声がした。
その北里くんの声だった。私は驚いて、反射的に体をこわばらせた。
もしかすると、北里くんは頭上に疑問符を浮かべたかもしれない。でも彼はすぐに「あれから、さらに五人捕まってな」と話題を出した。
「どうやら尾上と後藤の住所を、イジメの実行犯共……学年がバラバラの女生徒共だが、そいつらは突き止めたらしい。シマさんを始めとする警察が、一応、後藤と尾上が住んでいる地域が管轄の警察署と連携して、捕まえた。どうやら連中、石を部屋に投げ込んだり生ゴミを玄関先に置こうとしてたらしい。救いようがないな」
次の瞬間、私の中からさっきまでの感謝の気持ちや好意、さらには罪悪感が一瞬で消えて。琴音と同時に、その体をビクリと震わせ、あまりにも不可解で、悪意にまみれた現実を改めて思い知って、血の気が引いて…………えっ?
「警察? どういう事?」
私と琴音が生活している地域が管轄の、警察……私達が積極的に通報しなかったのもあるだろうけど、あまり活躍してないような気が。
「警察にもな、いろんなヤツがいるんだよ」
そもそもどうして警察との関わりがあるのか。
そこから気になるけど……私と琴音は黙って聞いた。
「まあ、尾上の容姿にあてられたヤツも確かにいた。だけどそれだけじゃなくて、ちゃんと市民の生活の安全のために働いている者や、その……なんだ……気を悪くしないでほしいんだが……俺の知り合いの警察の、シマさんのような、花より団子ならぬ、花より点数もしくは評判なヤツも、またいるんだ。それでな、シマさんは後藤と尾上のいる地域が管轄の警察官の内の、自分の同類……どうやら、陰ながら尾上の重要性に、尾上が誘拐されかけた事件? をキッカケに気づいてて、それでそれ以降尾上を時々…………交通違反者を見つけるためにスタンバってるパトカーみたいに、徹底的にマークしてたらしい連中と手を組んで、捕まえたらしい」
「「…………………………えっ……!?」
まさかの事実の判明に、私と琴音は目を丸くした。
あまりにも、ぶっ飛んでて……いや事実だったらありがたくもあるけど、理由は個人的に理解できないけど、でもそのおかげもあって……私と琴音は今まで、自宅まで安全に帰れたりした、もしいなかったらより危ない事件に巻き込まれていた、とでもいうのか、と言いたいくらいあまりに衝撃的な事実のオンパレードだった。
「…………それで、ここからが本題なんだが」
私達の衝撃を知ってか知らずか、北里くんは間を空けてから言う。
「自宅を知られた以上、短期決戦で黒幕を見つけないと、これから先、俺でも守りきれないような事件が起こるかもしれない。黒幕の目的とかまだ分からんけどな。それで、だ」
そう言いつつ、北里くんはポケットから、厚手で、小さめのチャック袋……それも、これまた小さい何かが入った、二個あるそれらを私達に差し出した。
※
もう、いろいろと衝撃的だった。
現実離れしてるんじゃないかと思うくらいに。
ていうか正直、サッカーの練習試合……なんとか一点差で、道南台ウーメンズが勝利したそれよりも、心が衝撃を受ける土曜日だった。
良い事も、悪い事も、次々と告げられて。
私の北里くんへの気持ちとか、考えてる暇なんてまったくないと……改めて思い知らされて……でも琴音の身の安全が、私にとっての最重要事項だから、これまた無視なんかできなくて。
それで、結局…………北里くんの提案を、私は受けた。
正直、怖くはあるけれど。
生まれて初めて……ここまで好きになった相手による、私と琴音の事を思うからこその、究極最終手段な提案だから……私は、それに乗った。琴音にも乗らせた。
ちょっと怖いくらい、私が勧めたから、琴音は私に違和感を覚えたかもしれないけれど……でも、私は琴音を失いたくないから後悔はない。たとえ近い内に、琴音に嫌われたとしても。
「本当にここまででいいのか?」
ほとんど日が落ちた、夕方。
自動車の中から、北里くんが声をかけてくる。
もちろん、北里くんが所有してる自動車じゃなくて、同じ町内会の人が所有する自動車だし、助手席からの声かけだ。
「うん、もう家がすぐそこだから。大丈夫、ありがとう」
「あ、その……きょ、今日は、あ、ありがとうございましたッ」
今日は大所帯だからと、その町内会の人の自動車で公園に行き。
そして帰りもまた、それに乗って私と琴音は自宅の近くまで帰ってきたのだ。
「…………なら、いいんだが」
北里くんは、心配そうに眉間にしわを寄せた。
それを見たとたん、私の心臓がはねそうになった。
でも、今はまだ知られるワケにはいかないから。
まずは謝罪が先だからと、全力でもってそれを抑えつけた。
そして……確かに、危険かもしれないけど。
さすがに自宅の近くで、さらにいえば、北里くんを始めとする人がいる場所で事に及ぼうとか、相手も考えないだろうし。北里くんの、究極最終手段もあるし。
警察官も、いるかもだし。
「…………分かった。じゃあまた明日」
だから、北里くんがそう言うなり。
私と琴音は、北里くんに背を向けてそのまま……まずは琴音の自宅を目指し。
そして、曲がり角を曲がった時だった。
私達の視界が、突然真っ暗になり、浮遊感を感じたのは。




