第十三話 逮捕
私と琴音はうつむき、赤面していた。
自分達がどれだけ、相手に対して失礼で、人として恥ずかしい勘違いをしていたのかを……サシャさんが北里くんに声をかけた後に交わされた、二人の会話により知ってしまったから。
そしてそんな今の顔を、相手……特に、北里くんには見られたくなかったから。
ちなみに私達――私と琴音と、北里くんは、サシャさんと会った後、琴音の家の隣にある……今まで空き家だと、いや、最近空き家じゃなくなったのか。
とにかくその元空き家にして、サシャさんともう一人、サシャさんと同じく北里くんの海外の友人だという人の引っ越し先たる洋館の客間へと、サシャさんに招待されてやってきていた。
洋館の外観は、相変わらず。
人が住んでるとはとうてい思えないほど古びているのに、内装……一階の、必要な部屋だけ、当時の様子を再現したかのようにピカピカだ。というか、この洋館、天井にシャンデリアがあったんだ。さすがは洋館。
いや、それはそれとして。
古い家をリフォームしたというには、あまりに中途半端なリフォームだ。
もしかして予算があまりなかったのか、なんて最初に思ったりしたけど、むやみにそんな質問する事は、今の私達にはできない。
なぜならそんな中途半端なリフォームこそが、私達が北里くんに対して、とても恥ずかしい勘違いをした原因なんだから。
ここでまた変に質問をして、恥の上塗りなんて事になったら……もう、北里くんどころかサシャさんにも顔向けできない。
「…………やっぱり、自宅の方が落ち着くか二人共?」
そんな私達へと、私達が勘違いをしていた対象である北里くんは、低く、太い声で優しく話しかけてくれた。その優しさが、地味に心にしみる……と同時に、自分達が惨めに思えてくる。
「あ、ううん、違う違う! こっちの問題だか、ら……」
「ご、ごめんなさい……ちょ、ちょっとすれば…………お、落ち着く、から……」
だから、目を逸らしつつ…………そうとしか、返せない。
きっと北里くんは頭上に疑問符を浮かべているかも知れないけど、今はさすがにこれだけしか言えない…………あまりに恥ずかしいから。ごめんなさい。
ちなみに、彼には勘違いの事はまだ言っていない。
あまりに恥ずかしくて、その事を告げる勇気が今はない。
「ていうか、あの時も言ったが、こんな中途半端なリフォームでいいのか? 一応業者が来る前に、全室掃除しといたが……外観が悪くてシャルルが惨めになったりしないか?」
「心配は無用よ。そもそもあまり目立ちたくないのがシャルルの要望だから」
「逆に、古びていて目立ってる気がしないでもないんだが」
会った後に交わされた会話の続きが始まる。
この元空き家たる洋館のリフォーム……外側はそのままで内側の一部だけした、それについての話を。
そう。面接の帰りで見かけた北里くんが言っていた『ガワ』とは、この洋館――サシャさんとシャルル、さん? だったっけ? とにかく二人が引っ越しをした、ここの外装の事で。
サシャさんが、北里くんに紹介され依頼をした、この辺に拠点を置いている修繕業者に、内装の修繕だけしてくれるよう依頼した事を、北里くんに事後報告をしていた……まさにその場面を、私達は目撃していた。
これが、あの時の会話の全貌だったのだ。
もっと早い段階から聞いてれば、もしかすると勘違いをしなかったかもしれないような内容だったのだ。
いや、断片的な情報しか得られない状況だったから、勘違いしてもしょうがない部分ではあるけれど…………よりにもよって、私と琴音の恩人である北里くんに、なんて失礼……いや、超絶失礼としかいえないほどの勘違いをッ!!
ていうか勘違いした当時も思ったけどさ、人身売買組織の構成員な高校生とか、どこのフィクションのキャラだよッ!!? ありえないでしょ私!!?
「それはそうと、呼んでしまってごめんなさいね。二人とも顔色が悪かったから、すぐに休ませなきゃいけないかと思って」
「あ、い、いえ……助かりました」
「む、むしろ……ありがとうございます」
サシャさんもまた、優しく声をかけてくれる。
北里くんの思いやりと同じく、心にしみるし自分が惨めに思える。
「そうだ、落ち着いたらお茶とお菓子はどう? この国でいう引っ越しそば? 的な感じで」
さらには、そんな心づかいまで!?
とても嬉しいけれど、ここまで気にかけてくれるとむしろ罪悪感も――。
「すまん、サシャ。俺はちょっとこれから高校に戻らなきゃいけない。二人のこれからのためにも」
――罪悪感どころか、イジメうんぬんな事情を思い出して、そのせいで嫌な感じが私、そして琴音の中でぶり返した。
いや、北里くんには、北里くんがやらんとするものがあって、さらに彼は私達の事を考えて、言葉をにごすなどの事をしてくれて……とても嬉しいけど。
でも、だからって嫌な思い出と、それに対する嫌な感情をぬぐえるワケじゃないから……さっき、二人に覚えたのとは違う罪悪感を、私は覚えてしまう。
琴音も、そうだろうか。
チラッと、横目で確認するけど分からない。
でも、どっちにしろ。
ちゃんと謝罪と、お礼をしなきゃいけない……改めて、そう思った。
「あらそう? 何があったか分からないけど、頑張ってね。それから、時間がある時にまた寄ってね。シャルルが会いたがってるから」
「ああ。また時間が空いたら夜だろうが来るよ」
「いや夜はやめなさい。たとえ一人暮らしだろうとも」
私と、おそらく琴音もいろいろ考える中。
北里くんとサシャさんのそんな会話が聞こえてきて。
そして、足音が遠ざかったり近づいてくるのを聞いていると。
再びサシャさんが、メイドの格好であるのに、まるで洋館の主人のように、私達から見て対面のイスに座った。水出し紅茶? のように見える飲み物が入った透明な急須とカップ、そしてお菓子がのったトレイをテーブルに載せてから。
隣に、もう北里くんはいない。
私と琴音、そしてサシャさんの三人だけになった。
「何があったかは知らないし訊かないけど、これでも飲んで。私の故郷に伝わる、カモミールを始めとする特殊ブレンドのハーブティーよ」
カップにそそがれたそれを、サシャさんはそっと、私達の前に置く。
メイドさんだからか、所作の一つ一つに私達への気づかいが感じられる……本当にメイドさんならの話だけど。ていうか本当にメイドさんなんだろうか。この洋館の主人のように私達の対面のイスに座っているけど。
いや、それよりも……気づかいには応えないと失礼だ。
私は恐るおそる、サシャさんが入れてくれた水出しハーブティーが入ったカップに手を伸ばす。琴音も私にならい、ハーブティーの入ったコップを掴む。
そして二人同時に飲むと…………サシャさんの気づかい、そしてハーブティーの香りのおかげもあるだろうけど、ほんの少しだけど、気持ちが落ち着いた。
「お、おいしい」
「おいしい、です」
「それは良かった」
サシャさんは笑顔を作った。
「そういえばさっき北里くんから聞いたけど、二人ともこの辺の人だったわよね」
かと思えば、話題を私達の事に変えた。
話のネタがないから……じゃなくて純粋に、引っ越してきたこの国の、この地域に対する興味から、だろうか。
ちなみに、琴音の実家がこの洋館の隣だと、まだ言ってない。
イジメがまた始まった事への悪感情のせいで、言う機会を逃していたから。
「ある程度は把握したけど、まだ知らない所もあるから……よかったらまたウチにいらっしゃい。同居人のシャルルをいつか紹介したいし、個人的にこの地域の事、それと二人の事をもっと知りたいから」
サシャさんは遠回しに、またこの洋館に来る許可をくれた。
聞いているだけで、私達の心を、優しく包み込むかのような声色で。
すると、その時だった。
私の……いや私だけじゃない。琴音の中にあった、今まで我慢してた感情までも決壊したのだろうか。
隣から、泣くのを必死に我慢しようとする声が聞こえて。
それにつられたのか、私も……声を出す事はなかったけど、その代わりに、両目がにじんで前が見えなくなって…………私達はそのまま泣いた。
※
『すまん、後藤。結局犯人は分からなかった』
洋館で泣きまくって、それで一度帰宅して……それでお母さんに事情を話して、それで、おそらくお父さんが帰ってきてから始まるだろう家族会議まで、私室で横になっていると、北里くんが私のマイフォンに連絡をした。私の履歴書から番号を知ったのか、それとも荒木先生が彼に、緊急事態だからこそ教えたのか。
『学校に監視カメラをつけれればいいんだが、それはさすがに生徒のプライバシーが侵害されるという理由で今んところはダメだ。だが俺の知り合いの警察……シマさんというんだが、その人が――』
泣いて、少し疲れたんだろうか。
北里くんが言った事の三割近くが耳を素通りして、私はただ、時々「うん、うん」と相づちを打つ事しかできなかった。
『――それでだな、後藤と尾上、明日は休め。あとは俺がなんとかする』
「…………分かった。ありがとう」
とても、頼もしい言葉だった。
サシャさんのそれと同じく、私の心までも温かくなるような……だけど、一方で北里くんに、とんでもない勘違いをしてしまった事への罪悪感が増した。
いつか、謝らなきゃないけない……その気持ちが、また湧き上がる。
仕方がない状況だったと、思うけど。
でもよりにもよって、私がお願いをして……北里くんのお願いである、彼の行きつけの飲食店『よろず』で働くという対価と、引き換えにだけど……それでも琴音を守ってくれている北里くんに、超絶失礼な勘違いをしてしまうなんて。
恩を仇で返すとは、まさにこの事じゃないか。
もう、生半可な謝罪じゃ……たとえ北里くんが納得しても、私が納得できない。
でもいったい何をすれば、北里くんも、そして私も納得ができるのか……分からない……いや、分かろうとしていないだけなのか。
結果を知るのが、怖いから。
『じゃあ、尾上の方にも電話しておく。バイトの方も……イジメがなくなるまで、休んでもいい。こっちもなんとかする』
「…………うん。本当に…………ありがとう…………」
『ああ。じゃあまたな』
でも、だからって感謝しないのは失礼だから。
私は素直に……ちょっと涙ぐんでいたかもしれないけど、お礼を言って…………そのまま電話は切れた。
※
次の日。
よく休めないまま朝になった。
私と琴音へのイジメが、また始まった事をお母さんから聞き、早めに帰ってきてくれたお父さんも交え、家族会議をして。私と琴音へのイジメの事を改めて聞いたお父さんがガチギレしたのを、どうにかなだめた上で、私の友人……でいいんだよね? とにかくその北里くんや学校の先生や警察が、犯人捜しに躍起になっている事を伝えて。最終的に、今はまだ様子見で、という結論に至って。
それで、ゆっくりとお風呂に入って、温かい内にパジャマを着てそのまま部屋で寝たけど……まだいろんな感情が頭の中をグルグルしてて、休んだ気がしなくて。
でもどっちにしろ、今日は休む予定だから。
このまま二度寝をしようと思った……まさにその瞬間だった。
また、北里くんから連絡が入ったのは。
『後藤、犯人が捕まったぞ』
そしてその連絡は、私が待っていたもので……おかげで眠気が吹き飛んだ。
「えっ!? そ、そうなの!? ちょ、ちょっと待って!? い、いいいいいい今ちゃんと起きるから!」
だけど、起きたてだからテンパって。
変な事を口走って…………また顔に熱が集中したけど、どうにか姿勢を整えて。
「そ、それで…………犯人は?」
大した事はしていないのに。
それっぽい事をしたかのように言ってごまかした……つもりだけど、北里くんはどう感じただろう。やっぱり、電話の向こうで呆れたりしているんだろうか。だとしたら…………もう顔向けできない。
『俺も知らない、二年の先輩。ちなみに女生徒』
しかし北里くんは、何事もなかったかのように淡々と事実を告げた。
『後藤と尾上が、今日も登校すると嘘の情報を流して、それで今日の朝早くから、シマさんが道南台高校を張っていたおかげで、校内に不法侵入して、後藤と尾上のロッカーに生ゴミを詰めようとしてたのを現行犯逮捕だ。たとえ、彼女の親がどう出てこようとも、彼女には前科がつく。学校側が被害届を出してたしな。ただ、』
それは、とても衝撃的で。
だけど、また琴音と楽しい学校生活を送れる事を意味する報告だった……けど、最後に北里くんは言葉を濁した。
その瞬間、また……嫌な気持ちになった。
いったい、北里くんが何を言いづらそうにしているのか。
とても、気になって。
でも知ったは知ったで……後悔するんじゃないかという気持ちもあって、聴く事にためらいが生まれた。
でも、それじゃあ……二度と琴音が、学校生活を楽しめないかもしれない、とも思えて。だから私は「ただ……何?」と、おずおずと訊ねた。
『彼女は、机の落書きは自分じゃないと言ってる』
すると、北里くんは……また淡々と事実を告げた。
『もしかすると、彼女以外にもイジメをしている生徒がいるのかもしれない』




