第十一話 開始
本当は、面接の次の日――土曜日からバイトに入ってもよかった。
だけど土日は、おそらく『よろず』の知名度……少し前にやったドラマの舞台として使われ、ドラマの聖地となった影響で、ものすごく忙しくなるだろう。
当たり前だろうけど……入ったばかりの新人にはきついほどに。
だからこそ私と琴音は、土日をはさんで月曜日から『よろず』で働く事にした。
「今日から一緒に働く事になった尾上琴音ちゃんと後藤葵ちゃん。みんな、可愛い女の子が入ったからって気ぃ抜くなよ? それから、どこぞの情報サービスとかに二人の事を書いたりするんじゃないぞ? せっかくの戦力がよそから来たヤツらに引っこ抜かれたらたまったもんじゃないからな」
面接官の一人で、料理係である中村さんが冗談……いや冗談も混ざっているかもしれないけど、冗談では済まされない……そんな感じで私と琴音を紹介する。
「いやだなぁ中村さん」
「女子の割合が増えて華やかになったのに、そんな事するワケないでしょ」
「ちょっと、私達や愛華ちゃん舞華ちゃんの事は無視?」
「二人がここにいたら絶対怒るゾ」
直後、そんな会話が、紹介の場である休憩室で休憩している他の従業員の中から起こったけど、中村さんは無視した。
「はいそれじゃ、自己紹介してね」
そしてそう言うけど、自己紹介していいのか一瞬わからず、言葉に詰まる。
私達が今までに出会った、親以外の人間が放つそれとは異なる、独特の雰囲気がここにはあるから。
嫌な雰囲気、ではない。
むしろ私達を一人の人間としてそれぞれ見てくれてる……そんな好ましい雰囲気ですらある。
だけど、元々この場で完成していた空気……仕事場が仕事場で機能するためには必要なそれである感じがするから、私達という異分子が入ったら、それが壊れるのではないか…………そんな不安が頭をよぎる。
いや……もしかして、これが働くという事なのか。
さらにいえば、琴音に嫌な視線を向けたり言い寄ったりしてくる連中とは違う、まじめに生きる人達だからこそ出せる雰囲気なのか。
「…………後藤葵です。飲食店どころかバイト自体初めてですが、どうかよろしくお願いします」
「あ、えっと……尾上琴音、です。よ、よろしくお願いします」
ならば、どんな反応が返ってくるかは分からないけど。
それでも、琴音の身の安全のためにもお世話に……とはいっても私は琴音の付き添いではあるけれど、とにかくお世話になるし、琴音にとっても居心地が良い職場だろうから、どうにか、即座にクビにならないためにも自己紹介をした。
琴音も、遅れて自己紹介した。
もしかすると、私と同じく……本当に自己紹介をしていい状況だったのか分からなかったのかもしれない。
とにかく、自己紹介は終わり。
直後に、休憩室にいた従業員のみんなから「よろしくね」などの声が上がった。
「そんじゃ、二人の分担だけど……確か、尾上ちゃんが料理係、後藤ちゃんが接客係を希望してたっけ」
履歴書の予備欄で、そして面接の中で、私と琴音はそう希望を出していた。
私は、簡単な物なら作れるけれど……人目から避けるために、インドアな生活をしていた琴音の、家での料理の腕にはまったく敵わない。
だから私は……ものすごく忙しい時は、料理係として駆り出されるかもしれないけど、基本的には接客係の方が無難かもしれないと思い、接客係を希望したのだ。
「なら、井上さん、後藤ちゃんを鍛えてあげて。そんで尾上ちゃんは俺と北里……いや、同性の方がいいかな?」
琴音の事情については。
面接の時、琴音の事を思い話してはいないけど……面接での台詞から、どうやら愛華ちゃんが察してくれたようで。もしかすると面接の後、中村さんにそれとなく言ってくれたかもしれない。
「は、はい……ありがとうございます」
「あぁでも、このエプロンや店内の監視カメラの説明が先かな。北里くん、発案者として説明してあげて」
「「…………ん?」」
次の瞬間、私と琴音は中村さんが何を言ったのか理解できなかった。
店内の監視カメラについては分かる。飲食店なのだからそういうのをつける事もあるだろう。
だけど、エプロンの事に……発案者が北里くん?
「はい」
今の今まで、休憩室のイスに座るだけで、一言も何も言わなかった北里くんが、ようやく口を開き……告げる。
「後藤、尾上、実はなぁ……この『よろず』は確かに、尾上をナンパ野郎とかから守るにはうってつけの店かもしれないが、だからといってDQNなヤツが来ないというワケじゃないんだ」
私と琴音、井上さん、中村さんがいる中で。
私と琴音にとっては、青天の霹靂ともいえる事を。
「といっても、尾上とは無関係なDQNだ。知名度が上がるという事は、そういう連中をも招き寄せるデメリットがあるという事なんだ。悲しい事に……どこの職場だろうとも、これは仕方がない事だ」
だけど、聴いていて納得した。
この世にDQNがいる限り逃れられない事なんだと。
「でもだからって、俺達は泣き寝入りしない。
俺の知り合いや、そのまた知り合いと相談をして……俺はこの店の監視カメラを増やしたり、エプロンに隠しカメラ……アメリカの警察もつけてるボディカメラを軽量化したのをつけたりなどをして、営業妨害などの証拠をとれるようにする案を店長に出し……それを実現したのが、いま二人が着ているエプロンだ」
だけどそんな、嫌な宿命を前にした嫌な感情は……次の北里くんの話によって、驚愕に変わった!!
「え、ちょっと待って!? カメラついてるのこのエプロン!?」
「え、カメラ!? ぜ、全然わからない」
「ちなみに、トイレや更衣室に監視カメラとかを置いてはいない。代わりに廊下側の出入口前の天井についている……って言われても、安心できないかもしれんが、我慢はしてくれ。俺がいない時だったんだが、当時アルバイトに入っていたヤツが更衣室に入って、いろいろ盗んだ事件があったからな」
さらに告げられた事に、私は、さらに琴音も衝撃を受けた。
そういえば……ここじゃなかった気がするけれど、そういう事件がどこかの店であったって、ニュースでやってた気がして。
それと同じ事件が、ここでもかつて起きた……そう言われて、事件が思ったよりも身近に感じられたから。
「ちなみにそいつは捕まったし出禁にしたが、また同じ事件が起こるかもしれないから……監視社会のようで悪いが、我慢してくれ。それからこれ」
次に北里くんは、私達の目の前のテーブルの上に、いろんな物を置いた。
四角い、チップみたいな物、ペン、腕時計などなど……とにかくいろんな物を。
「ボイスレコーダーだ」
そして北里くんは、眉間のしわを少し深くしながら……そう告げた。
※
北里くんによる説明が終わると、私達の研修が始まった。
私は井上さん、琴音は女性の料理係の一人……神崎さんの補助という形で。
補助して、そして技術を『盗む』事で『よろず』でのやり方をまず学び。
覚えたら一人でやらせてみる……それがここ『よろず』のやり方らしい。
他の飲食店でバイトをした事がないから、他の飲食店ではどんな研修をするのか分からないけど……こんな研修もまたアリなのだろうか。どっちかというと職人と弟子の関係のような、そんな印象を受ける。
ちなみに、文句はない。
教えてくれる井上さんが丁寧で優しいから……怒ったらどれだけ怖いのか、などは今は分からないけど、とにかく優しいから、めげる事はない。
一方で、琴音は大丈夫だろうか。
愛華ちゃんに、面接の時に、琴音がどんな人生を送ってきたのかを……だいたい察せられて、そんな愛華ちゃんの指示で、中村さんが琴音を気づかい、同性のアルバイターさんである神崎さんをつけてくれたけど……私から見た神崎さんは、ヤンママのような印象を受けた。
目つきが悪くて、金髪で。
それでいて、あまり喋らなさそうな。
北里くんとはまた違う、威圧感というか。
わざわざ人を寄せつけないようなオーラを出していた。
ちなみに、ヤンママだと思ったのは。
彼女の薬指に指輪がはまっていたからである。
子供がいるかどうかは、分からないけど……とにかくそんな印象を受けた。
いや、もしかすると、彼女もまた、琴音のように見た目で苦労してきたような、とにかくそんな過去を持っているかもしれないから、決めつけはよくないけれど。
それでも、そんな人の補助に入って。
果たして、琴音の心は持つのだろうか。
暇さえあれば、琴音の様子を見にいった方がいいんじゃないだろうか?
「安心しろ、後藤」
そして、そんな私の心配が顔に出ていたのか。
北里くんが作った料理を、別の接客係の人が受け取ったのを、私がたまたま見た時、北里くんが私にそう、ボソッと声をかけてきた。
「神崎さんは……なんというか、俺のような感じだが、優しいから。というか自分の子供と旦那さんには激甘だから」
「えっ!?」
予想していたパターンの一つの、斜め上を行ったから、ちょっと驚いた。
さらにいえば、北里くんが自分を例えとして出したのを、不意打ちのような形で聞いて……なんだか申し訳なくなった。
「な、なに言ってるの? あ、アルバイターに選ばれた一人でしょ? だ、だからそんな怖いとか思ってなんかッ」
動揺して、余計な事を含めた返答になった。
事実だと言っているようなものじゃないかと言い聞かせるけど……今さら言った事は取り消せない。
「…………気にするな。怖がられ慣れてる。俺も、神崎さんも」
「あっ」
北里くんは、少し眉間のしわを浅くし……その顔のまま調理スペースに戻った。
けれど、あまり顔色は変わっていなかったけれど……少し暗い顔色になったのがなんとなく、分かった。
とたんに、私の中でモヤモヤが……おそらく後悔の念だろうそれが生まれた。
続いて、やる事がそれなりにあったため、その忙しさの中ですっかり忘れてた、北里くんへの疑惑を思い出し。
あんな顔ができる人が、本当に人身売買組織の構成員だったりするのか、疑問に思って…………でも、琴音の家の近くでそれっぽい台詞を言っていたのもあって。北里くんは、何者なのか、改めて気になって。
慌てて話しかけようとした……でも、
「後藤ちゃん、テーブル拭くの手伝って~」
「あ、はい!」
井上さんの指示を受け。
初めてのアルバイトの、忙しさの中で……私の頭の中から、その疑問はしばらく消える事になった。
※
その疑問の存在を、再び思い出したのは電車の中でだった。
初めてのアルバイトだから、慣れない事が多くて……一応帰る前に休憩室で休憩させてくれたけど、親を心配させるワケにはいけないし、他のアルバイターのみなさんに申し訳ないから、十五分だけ休憩して。
だけどそれで疲れがとりきれるワケではなく。
そのせいで、電車に乗るまでの記憶がすっぽ抜け……電車の中で、北里くんへの疑問を思い出したのだ。
でも、今は深く考えたくなかった。
ようやく、琴音にとって必要な場所を見つけて。
そしてそこを、早い段階でクビにされないためにも。
今日教わった事を可能な限り……復習したいから。
ついでにいえば、琴音の方の研修はどうだったのか、の疑問はあるけれど。
それについても、今は琴音に確認しない……私の肩に頭を乗せて、スヤスヤと、気持ち良さそうに眠っているから。
「…………お疲れさま、琴音」
聞こえていないだろうけど、それでも私は琴音に言った。
ついでにいえば、電車の席で眠っている琴音の寝顔を見て嫌な視線を飛ばす男共にガンを飛ばしながら。
※
「おはよう」
「「…………お、おはよう」」
そして、またしても朝が来た。
北里くんと一緒に登校をする朝が。
だけど、今はまだ質問をしない。
できれば、北里くんと二人きり……琴音も本当の事を知りたい気持ちはあるかもしれないけど、その琴音が危険な目にあう可能性を考えると、怖いから、私と二人きりになれる状況で、質問をしたいから。
だけど今日、残念ながら。
それどころではない事態が起きてしまった。
北里くんも昨日、危惧した……私と琴音の中学時代にもあったイジメが。
調べると、おととしからボディカメラが導入されてるらしい?




