第十話 疑惑
『――……フランスとスペインにはさまれた小国「トートレイド公国」の動乱に、新たな動きです』
面接から三日後――月曜日の朝。
起きて、着替え、顔を洗い……それで朝食を食べるために居間に来た時、テレビが国際ニュースを伝えているのが目に入った。
『トートレイド評議会の議員の一人にして、評議会の最大派閥「カルロ派」の代表であるカルロ・ラミレス氏が、会議の最中に突然の心臓発作により死亡した事件をキッカケに、ラミレス氏の長男にして同じ派閥の議員でもあるガルシア・ラミレス氏、ラミレス氏の次男で同じく「カルロ派」に所属しているフアン・ラミレス氏、そして「カルロ派」のナンバー2にして、ラミレス氏の次期後継者候補と言われているカタリナ・リーブル氏の三名による――』
政治の事は分からない。
聞いているだけで頭が痛くなる。
いや、あと二年もすれば、私もひと事ではいられないけど……それよりも朝食をさっさと済ませなくちゃいけない。昨夜はいろいろと考えて……でも答えが出ないから、とても不安で、同じ不安を覚えているであろう琴音と……可能な限り、早く会って話したい。
たとえ、嫌な想起をさせるような議題であろうとも。
ついでにいえば、そのすぐ後に、その議題でもある人物と会う事になろうとも。
「おはよう、お母さん、お父さん」
「おはよう、葵」
「おはよ……って、大丈夫か? 顔色悪いぞ?」
お父さんに顔を指摘された。
寝不足だって気づかれたという事なのか……分からないけど、私は「大丈夫」とだけ伝えて、同じテーブルに着き、みんなで朝食を食べた。
やっぱり食事は偉大だ。
たとえ寝不足だろうとも……少しは気力が湧いてくる。
※
「…………北里くん、この辺で何をしてたんだろう」
琴音の家に行き、そしてまた琴音の身支度を……どこまで通用するかはともかく地味に見える感じに整える中。琴音が不安そうにポツリと……私も思っている事を呟いた。
「…………私達のために……協力、してくれるん……だよね……?」
声と、体が震えているのが伝わってくる。
ていうか私も、ひと事じゃない。少しでも油断すると、手元が狂って大変な事になりそうだ。
「…………私は、信じたいな」
どうにか、平静を装いながら……琴音を心配させないためにも告げる。
いや、正確には……私の動揺をどうにかしたくて、自分自身に言い聞かせるためにも告げる。
「少なくとも、北里くんが良い人であると保証してる……みんなを」
私と同じく……いやそれ以上に動揺している琴音を見ているからか。
しっかりしなきゃ、って気持ちが湧いてきて……さらに自分にそう言い聞かせたおかげで、少しは気持ちが落ち着いてきた。
三日前の夜、北里くんは……琴音の価値を分かっているような事を電話で、誰かに話していた。相手の声は、残念ながら聞こえなかったけれど……いやそもそも、北里くんの言う通り、北里くんの知り合いかどうかすら分からないけど、とにかくそんな事を話していて。
聞きようによっては……大変失礼だと自覚しているけど、北里くんのコワモテな巨人と表現すべき外見もあって、北里くんが、琴音をどこかの誰かに売りつけようとしている、人身売買業者のようにも見える……そんな状況だった。
いや、人身売買組織の構成員な高校生とかどこのフィクションのキャラだと思うけど……そもそも北里くんは、外見のせいで高校生には見えない。
それに北里くんは、どういうワケだか英語が得意で……読書の際、海外の本を、なんと原語版で読んでいて。彼の外国語スキルが人身売買のために身につけたモノだとすると……どうしても北里くんが、人身売買組織の構成員に思えてならない。
何度も言うように大変失礼だと思うけど。
だけどその一方で、彼は道南台商店街のみんなに親しまれていて。
さらには、そこと縁があると思われる荒木先生にも、北里くんは良い人であると認識されている。
琴音に対して、普通に接してくれる人が……北里くんを信頼しているんだ。
いったいどういう事か、少なくとも私には分からなくて。
琴音に、これだって意見を言えないけど……でも、琴音を助けてくれるみんなを信じたい気持ちが、あるから。
「それに、さ……会話をすべて聞いたワケじゃないんだから……まずは、北里くんに訊いてみようよ。どこまで話してくれるかは、分からないけど」
正直言うと、私は怖い。
もしも悪い方の予想……北里くんが、今まで私達が出会ったどのヘンタイ野郎やナンパ野郎もかわいく思える巨悪だった場合、が当たってしまったらと思うと。
でも、勘違いだったら嫌だから。
北里くんもまた、琴音と同じように……自分の外見のせいで、苦労してきた人であった場合、私達が勝手な思い込みで避けたりしたら……さらに傷つけるから。
「…………そう、だよね……」
琴音は了承してくれた。
私は、ホッと安堵すると同時に……彼女の身支度を終えた。
※
「おはよう」
「「お、おはよう」」
今日もどうにか、二人で嫌な視線を乗り越えて。
さらには、ナンパしてきそうだった男共を視線で制して。
北里くんと落ち合えた。
昨日の事もあり、より強い恐怖や圧力を感じてしょうがない……コワモテの巨人たる男の子と。
おかげで、誰も琴音に近づこうとしない。
それは、とてもありがたいけれど……でもそれは、私達が質問を躊躇わせるほどの恐怖や圧力でもあって。
「それから、合格おめでとう。これからよろしくな」
北里くんとしては、面接合格をお祝いしてくれてるんだろうけど。
私は……いや琴音も、正直にその言葉を受け取れなくて「あ、ありが……とう」としか返せなかった。
「?? じゃあ、行くか」
北里くんは、一瞬だけ眉間のしわを深くした。
しかしすぐに、いつも通りのしわの深さにすると、今まで通りに私達の前を歩き始めた。
※
教室に着いたら、またいつもの日常が始まった。
北里くんのおかげで、とりあえず……嫌な視線を向けたり、ナンパしてきたり、陰口をたたく、そんな人達のせいで、たくさんの人と話すのが苦手になった琴音にはありがたいくらい、教室が静かになって。
そんな中で、私と琴音は他愛のない会話を、安心してできたりして。
女子高生の青春にしては、なんかちょっとさびしげな感じだけど、ああ、なんて過ごしやすい青春なんだろうとか、ふと思ったりして。
残念ながら、というか当たり前だけど……北里くんが一緒の空間にいられない、トイレや体育の時間もあったけれど、でもみんな、北里くんと関わっている私達もまた怖いのか、必要最低限の会話しか、してこなくて……今のところ、中学時代と比べると平和な方だった。
だけど一方で……結局、私達には勇気と、タイミングがなくて。
北里くんに直接質問できなくて、覚えた不安を解消できなくて……北里くんが何者なのか、とても気になってしょうがなかった。それこそ、一瞬でも気を抜くと、授業に身が入らないくらいに。
でも、近々ある小テストで赤点をとりたくないから。
私は、そして琴音も必死に授業に食らいついた。
どうしても分からないところは先生に訊こうと思いつつ。
※
「そういえば今度の土曜日、舞華のいるチームの練習試合があるんだが」
そんな風に過ごしていると……いつの間にか放課後になっていた。
あまり目立った変化がない、でも波乱の中学時代と比べるととても過ごしやすい日常であるせいか、それとも私が……北里くんにいつ、どう質問をすべきかを考え続けたせいか、時間の進みが早く感じた。
そして、みんな教室を……北里くんが怖いせいか、可能な限り自然な流れで出ていく中で、北里くんは私達に言った。
「二人も、応援に行かないか?」
「…………え? 舞華ちゃん?」
「…………えっと……サッカーチームの方の?」
いきなりそう言われても、すぐに返事できなかった。
というか、北里くんにいつどう質問しようかと考えていたのに、先に質問されて出鼻をくじかれて……さらには北里くんへの恐怖もあって、質問の内容を、すぐに理解できなかった。
どうにか、不意打ち同然に告げられた『舞華』――私達が今日からアルバイターとして勤める事になる飲食店の、入院してる店主の、双子の娘さんの片方の名前は聞き取れた。だけど、不意打ちだったから、どっちがどっちだったかをど忘れしてしまい……深く考えずに、北里くんに訊いた。
だけど、訊いてから後悔した。
もし間違ったら、とてもマヌケではないかと!!
「ああ、サッカーチームの方の子だ。でも、時々は愛華……野球チームの子の方がキーパーとして、そして舞華は舞華で、愛華のいる野球チームに、時々、盗塁要員として参戦するから、二人とも両方のチームに入団しているとも言えるが」
だけど、どうやら杞憂だったらしい。
ていうか二人とも入団してるも同然なら……もしこれがクイズだったら、クイズとして成立してなくない!?
「……………………えっと…………行って、いいの?」
琴音が質問した。
私と違って、後悔する質問をしていないから……私と同じで、北里くんへの恐怖はあるだろうけど…………それでも、私よりも先に。
「まだ、よろずで働いていないのに?」
「二人とも、歓迎してるよ。一応」
眉間のしわを、少し浅くしながら、北里くんは言う。
「でも、ショートメールで愛華と舞華の二人とやりとりする限りじゃ、愛華が後藤と尾上に……なんというか、歓迎する一方で、後ろめたい気持ちがあるような気がしてな。俺としては、ギクシャクする三人を見たくないんだ」
三日前の面接での事が、ふと脳裏をよぎる。
北里くんをどう思ってるのか……愛華ちゃんに、そんな質問を投げかけられた、あの場面が。
まさか、あれからずっと……自分の気持ちをそれぞれ告げてから、愛華ちゃんは私達に後ろめたい気持ちになっていたんだろうか。
いや、そんな気持ちになってもおかしくないような空気になっていたけど。でも愛華ちゃんはあの後、ちゃんと謝ってくれたじゃない。
だから私としては、もう終わった話だと思っていたけど。
愛華ちゃんはまだ、後ろめたさを感じていたんだ……イジメをしていた事実を、たいていは忘れるか、そもそもイジメをした自覚がない、イジメっ子とは違って。
「……………………もしかして、交流の機会を作ろう……と?」
私が考えている間に、また琴音が質問した。
それを聞いて、私はようやく北里くんの意図を理解した。
「それもある。あと……後藤と尾上が、あの商店街のみんなと早く打ち解けられるようにしたいからな。大会の時は、商店街のみんなで応援に行くし、それにバイトに誘ったのは俺なんだから」
だけど実際には、それ以外にも意図があった。
そして、それが分かると……改めて私は、さらにいえば琴音もそうかもしれないけど、改めて北里くんが何者なのか分からなくなった。
三日前の、まるで人身売買組織の構成員のような会話をしてた北里くん。
そして現在の、私達や道南台商店街のみんなの事を考えて行動してる北里くん。
両者の間には、私達にはスルーできないほどの差異があって。
もしかして、それぞれ別人……双子か、ただのそっくりさんかはともかく、とにかく別人じゃないかと思えてならない。
「…………な、なら…………行ってみようかな?」
だけど、そんな北里くんの誘いを……私は断れなかった。
隣で、琴音が驚いた顔をしたけれど、私はさらに続けた。
「今のところ予定ないし。それに……北里くんのせっかくの気づかいなんだから、断るのはなんか悪いし」
同時に、琴音に目配せした。
私に任せてほしいという意味を込めて。
これで琴音に、私の意図が伝わるかどうかは分からないけど。
でもこれは、北里くんの事を知るチャンスの一つかもしれないから。
琴音が同行するかどうかはともかく。
最悪、私一人でも行きたいから……反対だけはしないでほしいッ。
「…………じゃ、じゃあ……私も、行こうか……な……?」
私の意図は、どうやら伝わったらしい。
琴音はおずおずと、私を時々チラ見しながらそう告げた。
「ありがとう。じゃあ、集合場所なんだが――」
そして北里くんは、淡々と説明をしてくれて。
それが終わると、すぐに三人一緒に下校した。
道南台商店街――私達のバイト先を目指して。




