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13.異世界で芣婭、はじめての魔法を解禁しました。その名も愛の力で!後編

ギルベルトの寝室にい訪れる少し前ー


甘野芣婭 (17歳)


ギルベルト君の家の前に到着すると、コンラットと執事のおじが言い合いをしていた。


「コンラット、旦那様の命令に逆らう気じゃないだろうな!?」


「すぐに、オルタニア様の名前を出すのはやめてくれないか。ギルベルト様の気持ちも、少しは考えてくれないか」


「若君の気持ちも旦那様も分かっている。だが、今回ばかりは旦那様の命令に従ってくれ。ギルベルト様の命に係わる事なんだ」


2人の話がよく聞こえていたのか、エリっちの表情が曇っていく。


芣婭はエリっちの手を掴んだまま、コンラットと執事おじの元に駈け寄り声をかける。


「コンラット!執事おじ!来たよ!」


「エリア、姿が見えないと思ったら芣婭の所に行っていたのか」


「…っ、も、申し訳ありません」


コンラットの顔を見ないまま、エリっちは視線を下に向けて謝る姿は痛々しい。


エリっちの手が小刻みに震えていて、顔には出していないがコンラットが怒ってるのはオーラで分かる。


「芣婭、来てくれた事は嬉しいよ、それが遊びに来ただけならね?芣婭はエリアからギルベルト様の事を聞いて、ここに来たんだよな?」


「うん、芣婭が自分で決めて来たの!エリっちの事、怒らないで?コンラット。ギルベルト君にも話した事あったの、芣婭の血を使って?って言った事があったの。その時は、ギルベルト君に断られたんだけどね」


「…、ケルベロスの2人は了承したのか?」


コンラットはそう言って、ケロちゃんとベロちゃんの2人に視線を向けた。


「芣婭がやりたいんだから仕方がないだろ?俺達と芣婭の間では話がついてる」


「彼女の血が魔性の女(エンチャトレス)だと言う事を、2人は気付いていたんだろう?発動条件も知っている筈だ。君達なら、芣婭の事をどうにかして納得させると思ってた。芣婭に痛い思いをさせる事になるんだぞ」


ベロちゃんの言葉に返答したコンラットの心情は、2つの感情が渦巻いていた。


自分が仕えているギルベルトの命を救いたい気持ちと芣婭の身が危険に遭わないかと言う心配な気持ちがコンラットの中にあった。


「アンタ、異世界人なのに随分と芣婭の事を気にするな?お宅の家のボスは、芣婭の身を案じていないだろ?自分の息子の命しか考えていないだろ?」


「心配したらダメなのか?」


本当に芣婭の事が心配そうにコンラットが見てくるから、さっき言った事が本心な事が分かる。


ベロちゃんもコンラットの表情を見て、どこか安心そうにしていた。


「コンラット、心配してくれてありがと!心配してくれるのはすごく嬉しいから!心配してくれると助かる!」


「本当に芣婭は甘え上手だな、昔から変わってない」


そう言ってコンラットは芣婭に優しい眼差しを向けて、口の端を軽く上げる。


コンラットのその表情に見覚えがあって、懐かしい感じがしたけど…、昔からってどういう意味だろ?


「昔から?」


「あ、いや、何でもない、気にしないでくれ」


「?」


「芣婭様、なんのおもてなしも出来ませんが…。ギルベルト様の寝室に御案内します」


芣婭とコンラットの間に執事おじが入ってきて、強制的に話が終わらせられてしまった。


執事おじに屋敷の中に案内されると、40代くらいの女性のメイドさんが芣婭に深く頭を下げ、隣に立っているシーちゃんに視線を向けている。


「芣婭様、先に行っていてもらえますか?私も後から行きます」


「う、うん、分かった」


「すみません」


シーちゃんは芣婭に謝ると、女性のメイドさんの元に駈け寄って行く。


執事おじを先頭に階段を上がり、長い廊下を歩いているとギルベルト君とイケおじの言い合いが聞こえてきた。


「団長!!!助けてくださーい!!!」


バンッと勢いよく扉を開けて現れたのはヒューズで、しかも泣いてる。


「おい、ヒューズ」


「2人の言い合いを止めて下さいよ!俺の言葉に耳も傾けないんですからって…、芣婭ちゃん!?来てくれたの!?」


コンラットに泣きついていたヒューズだったが、芣婭の顔を見て明るくなり、涙も引っ込んでいた。


ギルベルト君とイケおじが喧嘩してるって事かな?


「ギルベルト様!?」


ミー君の大声を聞いて、芣婭の足が勝手に動いていた。


「「芣婭!?」」


「「芣婭様!!?」」


背後からケロちゃんとベロちゃん、ニックとレヴァさんの声が聞こえたけど、芣婭は返事をせずに走っていた。


開かれた扉の先で広がっていた光景は、血を吐いてるギルベルト君の姿で、ミー君が心配そうに顔を覗き込んでいる。


「ははっ、俺の体にもガタが来たって所か。父上、俺は芣婭の体を傷付けてまで生きたくない。そうするぐらいなら…」


「それはダメだよ、ギルベルト君!!!」


「は?ふ、芣婭!?」


ギルベルト君の言葉を遮り、芣婭はギルベルト君の顔を両手で掴んで顔を上げさせる。


突然の行動に、ミー君もイケおじもサングラスさんも驚いていて、目が点になっていた。


「芣婭が許さない、ギルベルト君が死ぬ事は許さないから!」


鼻の奥がツンッとして痛い、同時に芣婭の中で怒りが沸き上がった。


ギルベルト君が生きる事を諦めてるように聞こえて、芣婭の前から消えて行こうとするのが許せなかったから。


一瞬だけ大きく目を見開いたが、眩しい物を見るように目を細めさせ、優しく芣婭の髪を撫でる。


「芣婭を泣かせてばかりだな、俺は」


「ギルベルト君が死ぬみたいな事を言うから!まだ泣いてないから!」


「そうか、それは俺が悪いな」


「…、本当に悪いと思ってる?」


ギルベルト君が嬉しそうな顔して言うから、本当にそう思ってるのか分からない。


半分思ってて、半分思ってないなこれ。


「なんか、芣婭が泣くと嬉しそうじゃない?ギルベルト君」


わざと頬を膨らませながらギルベルト君を睨み付けると、ギルベルト君は慌てて弁解を始めた。


「ち、違うんだっ。芣婭が俺の為に泣いてくれるのが嬉しかったんだ。悪かった、芣婭っ」


「どうしようかなぁー」


「芣婭が許してくれるまで何でもする、何でも言ってくれ」


芣婭とギルベルト君のやり取りを見ていたコンラット達は、口を大きく開けて固まっている。


それはイケおじも同じで、芣婭とギルベルト君の顔を交互に見ては目を丸く見開いた。


芣婭達のやり取りが相当珍しいものらしい。


ピチャッ。


太ももに何か液体のようなものが付着し、視線を向けて見るとギルベルト君と鼻と口から血が垂れ落ち、芣婭の胸の中に倒れ込む。


「ギルベルト君!?ギルベルト君、しっかりして

っ!!!」


目を閉じているギルベルト君に声を掛けるが、反応してくれない。


隣にいたミー君の顔から血の気が引いて行き、コンラット達の方に視線を向けて口を開く。


「ギルベルト様をベットに運ぶのを手伝ってくれ!意識がない!」


「分かった!すまない、芣婭」


ミー君の指示を聞いたコンラットは芣婭の背後から手を伸ばし、ヒューズはギルベルト君の両脇に手を入れ、2人がかりでギルベルト君を持ち上げる。


太ももに落ちたギルベルト君の血と意識のないギルベルト君の事を見つめる事しか出来ない。


「あれはもうじき死ぬな」


ベロちゃんの何げない一言が頭の中を支配する。


このままじゃ、本当にギルベルト君が死んじゃう。


だけど、芣婭は魔法を使った事がないからやり方が分からない。


「頼む、ギルベルトを助けてくれ!」


イケおじに手を掴まれながら懇願されるも、どうやったら良いのか分からないのだ。


部屋の中が混乱し、重苦しい空気が流れ、ミー君達の声が遠のいて行く。


甘い砂糖菓子の匂いがし、背後から誰かに声をかけられた。


***


甘野芣婭の様子がおかしい事を察したケルベロスの2人が甘野芣婭に近付いた時、バイオレットピンク色の小さな花が降り注ぐ。


ギルベルトの部屋から景色が一遍し、薄いピンク色の空間に運ばれ、空中には可愛らしいテディベア、恋人と飲みそうなペアのティーカップ、メイク道具に華やかなドレス達が宙に浮いている。


「なぁ、この空間。どこかで見覚えがないか?」


「同感ですね」


「ふふ、2人が私の幻城にくるのはいつぶり?」


そう言って現れたのは芣婭と瓜二つの顔を持つ女性だった。


薄ピンク色の腰までの長さのふわふわの髪はハッシュカットされ、ピンクレットの大きな瞳に長い睫毛、彼女の肌の白さを強調する黒色のレースのタイトドレス、胸元が空いていて上品な色気を漂わせている。


2人が女性の姿を見た瞬間、即座に女性の足元に跪く。


甘野芣婭以外の女性に、ケルベロスの2人が自ら足元に跪く事はとても珍しい事である。


「2人共、私にそんな事しなくていいのよ?私、可愛い妹に会いに来ただけなの」


「貴方が魔界から降りて来たのは数百年ぶりですよね?力を使っても体は平気なんですか?」


女性の言葉を聞いたケロちゃんは、女性の手の甲に口付けをしながら言葉を吐く。


「うん、大丈夫」


「あの男がよく許したな、自分のお姫様を1人で行かせる事に」


「うーん、かなり嫌そうにしてたんだけどね?あの人も、私の妹の事は心配してるの。少しの時間だけ、1人で来る事を許してくれたの」


「芣婭に使い方を教えに来たって事か」


「妹が心配なのね?ケルベロス」


ベロちゃんの髪を優しく撫でながら女性は呟き、ケロちゃんにも視線を向ける。


「貴方達、妹と出会って変わったのね。優しくなった、旦那様が見たら驚いちゃうね。魔性の女(エンチャトレス)にはみんなが知らない力があるの」


「力?なんですか、それは」


「内緒、妹には教えてあげれるけど…、人に教えちゃ駄目なの」


「そうですか」


ケロちゃんが予想外の反応をしたので、女性は思わず驚いてしまう。


「深く聞かないの?」


「言ってはダメな事なんでしょう?貴方に嫌な思いをさせてまで聞くつもりはありませんね。それに、芣婭と約束しましたから。俺達で芣婭の事を守るって」


女性は何も言わずにケルベロスの2人に微笑み、2人を取り囲んでいた幻城が消えた。


***


甘野芣婭 (17歳)

 

「困ってる?妹ちゃん」


「妹ちゃん?それって芣婭の事?」


そう言いながら後ろを振り向くと、芣婭と同じ顔をしたエロいお姉さんが立っていた。


エロいお姉さんの姿は芣婭にしか見えていないようで、コンラット達は慌ただしく動いていて、イケおじは何故か固まっている。


「目の前のおじさんの動きは止めてるの、妹が困ってそうだったから」


「困ってたのは、魔法の使い方が分からなかったからで…」


「お姉ちゃんはね?芣婭ちゃんに魔法の使い方を教えにきたの」


「え!?エロおねが教えてくれるの!?」


エロおねの言葉を聞いて思わず、大声を出しながらエロおねに近付いてしまう。


近付いた芣婭の頭をエロおねは、優しく撫でながら説明をしてくれる。


「お姉ちゃんに任せて?私と芣婭ちゃんの体には同じ魔性の女(エンチャトレス)の血が流れているんだもの。血を出して、魔性の女(エンチャトレス)って詠唱すればいいの。ちょっと、痛い思いをしちゃうかも」


「そうしたら、ギルベルト君は死なない?」


「ギルベルト君って、あの人?」


エロおねはそう言って、ベットで寝ているギルベルト君に一瞬だけ視線を向け、芣婭の方に視線が戻される。


「好きなんだね?あの人の事が」


他人から面と向かって好きかどうか聞かれた事がなかったから、自分の顔がどんどん真っ赤になって行くのが分かった。


好きかどうか聞かれれば好き、それもめっちゃ好き。


ギルベルト君と芣婭は住んでいる世界は違くて、親切心で優しくしてくれてるだけ…の筈で。


芣婭の事を好きなのは間違いない、どの好きなのか分からないだけ。


可愛いだけの好き?

特別な血を持つ芣婭が好き?

彼女にして大事にしたいの好き?

それ以外の好き?


分からないし、分からなくなるから聞いてた事だもん。


エロおねの問い掛けに答える代わりに、芣婭は黙って頷く。


今はギルベルト君の事を助ける事が優先!芣婭の気持ちなんて後で好きなだけ考えたらいいじゃん!


「え、ガチでさっき言ったやり方で大丈夫そなの?」


「うん、不安なら芣婭ちゃんの体の中に入って、やってもいいよ?」


「え!?そんな事が出来るの!?マジ!?」


「説明するより、実際にやった方が良いね」


そう言ってからエロおねが芣婭に抱きつくと、芣婭の体からピンク色の光が放ち、芣婭自身の意識が遠のいて行った。


***

 

甘野芣婭と女性のやり取りは数分間のやり取りで、オルタニアは自分の呼び掛けに反応しない甘野芣婭を怪訝な眼差しを向けていた。


「芣婭さん?」


「手を放してもらえる?」


「え?あ、すまない」


「あと、彼のシャツを脱がしてくれるかな。治す部分が隠れていると、魔性の女(エンチャトレス)を使えないから」


話し方が変わった甘野芣婭にコンラット含む黒騎士団(ブラックナイト)達は視線を向けるが、ケルベロスの2人は甘野芣婭の中に例の女性が入っていると察する。


オルタニアは甘野芣婭に言われた通りに、ミラにギルベルトが着ていたシャツを脱がせ上半身を露わにさせた。


ミラの医療道具の入っている鞄から細いナイフを取り出し、甘野芣婭はギルベルトの体の上に跨ると、容赦なく自身の腕にナイフを突き立てる。


「ふ、芣婭ちゃん!?何してるの!?」


甘野芣婭の突然の行動を見たヒューズが止めに入ろうとするが、ローレンツに腕を掴まれてと動きを止められた。


「おい、ローレンツ何すんだ!」


「黙って見てろ、あの子は本物だ」


「は?本物?」


ローレンツの言葉を聞きながら、甘野芣婭に視線を向けると傷口から赤色のアゲハ蝶が飛び出し、甘野芣婭の周りを気持ちよさそうに飛んでいる。


戻って来たシエサは甘野芣婭と飛んでいるアゲハ蝶の姿を見て、美しい物を見るような眼差しを向け、ギルベルトの体に跨ってる姿でさせも物語に出てくる姫のよう。


魔性の女(エンチャトレス)


甘野芣婭が詠唱すると、アゲハ蝶達がギルベルトの体に浮き出ている蝕むモノ(アンダーマイン)の証である黒い棘の中に入り込み、心臓付近にはアゲハ蝶達が群がり、レッドピンク色の粉が噴いた。


黒い棘の先端部分に進行を幅ぶように蕾が浮き上がり、噴きらんだ蕾はゆっくりと開き、レッドピンクの色に染まった大輪の薔薇が咲き誇る。


その光景はただの治療とは違くて、美しく、可憐で、とても儚いものに見え、オルタニアでさえも何も発言出来ない。


自身で傷つけた傷は跡形もなく消えていた。


太かった黒い棘も細くなり始め、甘野芣婭達の目の前にギルベルトの前に現れていた顔が見えない背の高い真っ黒な存在が現れ、シエサは素早く腰に下げてた剣を抜き走り出す。


ケロちゃんとベロちゃんも一瞬で真っ黒な存在の左右に移動し、甘野芣婭に危害を加えさせないようにコンラット達も取り囲む。 


「ア、アァ、ふ、芣婭、どうシて?どうシ…」


真っ黒な存在はシエサやケルベロスの2人にも、コンラット達にも目を向けずに、甘野芣婭に長くて細く大きな手を伸ばしてくる。


しかし甘野芣婭の顔の前で、真っ黒な存在の腕がシエサが剣を振るった事によって斬り落とされ、シエサは語尾を強めて言葉を放つ。


「芣婭様に近付くな、化け物。誰の許可を得て、芣婭様の現れた」


「ふふ、貴方は芣婭ちゃんの騎士様なのね?でも、大丈夫よ」


「え?芣婭様?」


ジャキンッ!!!


シエサの問いに答えるように血液の色の鎖が現れ、真っ黒な存在の体に巻き付き身動きが取れない状態になる。


「鎖!?芣婭が魔法で出したのか?」


魔性の女(エンチャトレス)に特性があってね?好きな人には蝶の姿になって治癒能力が発動し、興味ない人には鎖の姿になって動きを封じ、こう言ったら消えるよ?見てて」


コンラットの答えを証明するように真っ黒な存在に向かって、「気えて」と言葉を吐くと真っ黒な存在の体が弾け飛ぶ。


ボンッ!!!


「貴方、芣婭じゃないですよね?誰だ」


「芣婭ちゃんのお姉ちゃんかな?ふふ、妹ちゃんが周りから愛されてて良かった。これからも愛してあげてね?」


「あ、あの、ギルベルト様の呪いの進行が止まったって事であってますか?」


コンラットの甘野芣婭の会話に、ミラが割って入ってくる。


「さっき消した化け物はね、この人の体を蝕んでいる呪いをかけた人物の幻影だったの。私が幻影を消したから、呪いの進行はもうしないよ」


「術者がギルベルト様に干渉してきていたと言う事ですか?お姫様」


「うん、お兄さんの言ってる事であってるよ。呪いをかけた術者に呪いを解かせない事には、呪いは解けないかなぁ」


「ギルベルト様は助かったって事?よ、良かったぁ…」


ローレンツと甘野芣婭の話を聞いたエリアは、その場で力なく座り込む。


「あ、そろそろ帰らないと旦那さんに怒られちゃう。妹ちゃんの体から出て行かないと」


「魔界の奴等に宜しくな」


「うん、今度は妹ちゃんも連れて魔界に遊びに来て。旦那さんも貴方達に会いたがってたよ?」


「アイツの好きそうな酒を持って遊びに行くさ」


楽しそうに話すベロちゃんの事を見つめた後、甘野芣婭も体が大きく揺れ、ケロちゃんが優しく抱き留めた。


「ケルベロス、芣婭様は大丈夫なのか?」


「慣れない魔法を使って疲れて寝てるだけです。貴方、オルタニアって名前でしたっけ?大事な息子の呪いを止めたんですから今後一切、芣婭の力を利用する事は考えないで下さい」


ケロちゃんは芣婭を抱き上げばがら、ガルシアに冷たく言い放ち、ガルシアは言葉で答えずに頭を深く下げ、甘野芣婭に敬意の意志を示す。


「あの人、結構喋っちまったよなぁ。アイツ、怒るんじゃねーか?」


「貴方、アイツがあの人に弱いのは知っているでしょ?怒る事はしないと思いますよ」


「あー、べた惚れだもんなぁ。シエサ、用は済んだ事だし、さっさと帰るぞ」


ケロちゃんと話していたベロちゃんは、顔だけシエサの方に向けて声をかける。


「馬車の手配は既に済ませている。旦那様、すみませんが失礼させて頂きます」


「ニックス、レヴァリオ、お前達はここに残れ」


「「え?」」


シエサはそう言って、ガルシアに向かって頭を下げたので、ニックスとレヴァリオの2人も同じように頭を下げ、歩き出そうとした時にオルタニアに呼び止められる。


「コンラット今現在、屋敷にいる黒騎士団(ブラックナイト)の団員達を集めろ」


「旦那様、もしや…」


「定例会議を含め、これからの方針についての会議を行う」


コンラットの問いかけに答えるように、オルタニアは部屋にいる黒騎士団(ブラックナイト)の団員達に向かって力強い言葉を放った。


***


魔界ー


バイオレットレッドに染まった空の下、コウモリの群れが空を走り、全体が黒に装飾された城の一室で男は不機嫌そうに煙草を吸う。


透き通るような白い肌、切れ長の赤い瞳、色っぽい唇の端で光るピアス、アッシュベージュ色の髪は襟足が鎖骨下まで長く、ハーフアップにアレンジされている。


首と両手首にダイヤ型の鎖のタトゥーが巻かれ、上半身裸の状態でジャケットを羽織っている姿は王者そのもの。


男の周りで機嫌を伺うようにコウモリ達が飛び回っていると、男は重い腰を急に持ち上げた。


「ダ、ダンタリオン様?急に立ち上がられまして、どうしたのですか?」


一匹のコウモリが男の顔を見て、男の名前を呼ぶ。


彼こそがソロモン72柱を総称する悪魔の1体、地獄の36軍団を率いる強壮なる大公爵ダンタリオン本人である。


ダンタリオンは乱暴にカーテンを開け、空に現れたレッドピンク色の巨大なクリスタルのハートを睨み付けながら口を開く。


「チッ、他の悪魔達にもバレちまったな。数百年ぶりに魔性の女(エンチャトレス)の血を引く女が現れたのが」


魔性の女(エンチャトレス)を持つ女性は無条件で魔族達に愛され、自分達の姫のように蝶や花よと大切に扱われるのだが、一部の魔族は自分だけのモノにしようと悪知恵を働く悪魔もいる。


「ダンタリオン様!奥様が戻られました!!!」


「帰って来たなら、すぐ俺に報告しろって言っただろ!?使えないコウモリだ!」


「ダンタリオン様!お待ちください!!!」


報告に来たコウモリ達を蹴散らし、ダンタリオンは部屋を飛び出した。



のちに、ダンタリオンが考えていた通りの事が甘野芣婭の身に怒る事は、まだ誰も知らない。 

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