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残機ゼロの探索者〜究極の異能【可能性の選択】の代償は自我消失。世界に溶ける俺を、相棒の声だけが繋ぎ止める〜  作者: aramakid
第三章 追憶編:断片

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第28話 バックアップ

 屋台の鉄板から立ち上る煙が、夜の湿った空気に溶けていく。


 通路を行き交う人々の足音、遠くで笑う声、バイクのエンジン音。雑踏のざわめきが、意外と心地よい。


「なあ」


 油の弾く音。

 鉄板の上で、合成肉がひっくり返される。


「バックアップってさ。どういう仕組みなんだ?」


「何?突然」


 リリィは、串に刺されたそれを受け取る。


 湯気。

 安物のスパイス。

 少し焦げた匂い。


「俺のエラーの原因——は思い当たるけど」

「何がずれたのか、気になってさ」


 リリィは一口かじってから、少し考えるように視線を泳がせた。


「……熱い」


「猫舌かよ」


「うるさい」


 一度水を飲んで、ようやく口を開く。


「バックアップはね」

「記憶を全部コピーしてるのは事実よ」


「だよな?じゃあ、なんで——」


「問題は読み方」


 ケイが首を傾げる。


「読み方?」


「脳は人格そのものじゃない」

「記憶とアンテナ」


「アンテナ?」


 肉串をかじる。

 合成肉は、思ったより脂っこい。


「人にはそれぞれ、固有の意識場がある」

「脳は、その意識場と共鳴するための構造体」


「意識場……魂みたいなもん?」


 リリィは苦笑して、胡椒を振り足した。


「ずいぶんスピリチュアルな例えだけど」

「間違いじゃない」


「バックアップには記憶も感情も全部のデータが入ってる」

「でも——」


 屋台の鉄板がジュッと音を立てる。周りで子供の声が弾む。


「それをどう感じるかは、意識場による」


「感じる?」


「そう」

「ケイが見てる赤と私が見てる赤は違う」


「赤は赤だろ」


「名前が同じだけ」


 もぐもぐと咀嚼してから。


「私が赤と呼んでる感覚を」

「ケイが同じ形で受け取るとは限らない」


「青かもしれないし」

「酸っぱいかもしれないし」

「ただのノイズかもしれない」


「人それぞれ」


 屋台のざわめきの中で、遠くに誰かが笑う声がかすかに響く。


「今ケイのが共鳴している意識場じゃ」

「前のデータとは上手くかみ合わない」

「だから続きを上手く繋げられない」


「……それってさ」


 口に出す前に、一瞬だけ迷った。

 遠くのエンジン音がやけに大きく聞こえる。


「俺の魂、変わったってことか?」


 リリィは、すぐには答えなかった。


「完全に同じとは言えない」


「だよな」


「でも」


 視線を逸らさずに言う。


「どんな意識場でも」

「どんな色で世界を見てても」

「その記憶を『自分の人生だ』って感じてるなら」

「ケイは、ケイ」


 小さく息を吐く。

 通りの雑踏が少し大きくなる


「都合のいい理屈だ」


「生きるための理屈よ」


「……誤魔化してない?」


「してるわよ」


「即答かよ」


 肩をすくめて、最後の一口。


「ま、多少読み味が変っただけだろ」


 リリィが苦笑する。


「ほんと、楽観的ね」


「まあ、多少モヤモヤするけど」

「それが生きてるって証拠だろ」


 串を置くと、屋台の鉄板がじっと鳴った。

 油の匂いと、誰かの笑い声が混じる。

 見上げれば、頭上のネオンが滲んで揺れている。

 この色が前と同じかなんて、もう分からない。


 それでも、熱くて、味がして、少し胸に残る。

 それだけで、今は十分だった。


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