第27話 企業特級戦力
胸糞注意。読み飛ばしても問題ないです。
「三階でイレギュラー発生。現場部隊では対処不能です」
一瞬の沈黙。
「――『虚ろの両親』を起こす。準備を進めろ」
*
ミイハは医療ポッドからゆっくりと身を起こした。
「検査は終了しました。着床を確認しています」
一拍、理解が追いつかない。
「……本当、ですか?」
声が震える。
次の瞬間、こらえきれず笑顔が崩れ、涙がこぼれた。
「これで……やっと……」
「ええ。旦那様にも、早く伝えてあげてください」
*
意識が、急激に引き上げられる。
――俺は、会社のダンジョンに潜っていたはずだ。
死んだのか。
また借金が増えるな、と思った、その瞬間。
「あなた!」
ミイハが駆け寄ってくる。
「できたの!赤ちゃん!」
「……は?」
「妊娠よ。ついに!」
一気に血の巡りが戻る。
最悪だった気分が、嘘みたいに吹き飛んだ。
「……本当か?」
「ええ、本当。ねえ、名前考えなくちゃ」
その声に被せるように、背後から足音。
「お祝い中のところ悪いが、二人に仕事だ」
上司だった。
「三階にイレギュラーが出た。対処を頼む」
「イレギュラー?妻は妊娠中ですよ」
「我が社の強化子宮なら、その程度の運動は問題ない」
淡々と続く。
「それに、不妊治療の代金。だいぶ溜まっているんだろう」
一瞬、言葉に詰まる。
「……大丈夫よ」
ミイハが腹部に手を当て、微笑んだ。
「この子のためにも、早く返さなきゃ」
その笑顔は、未来を疑っていなかった。
「準備が整い次第、出発してくれ。サポート部隊はつける」
上司はそう言い残し、背を向けた。
*
標準型のクリーチャーを排除しながら、三階へ進む。
通路の奥にそれは立っていた。
全高およそ三メートル。
人の形をしているが、どこか輪郭が曖昧だ。
半透明の身体の内側を、光りの筋が血管のよう走っている。
全身は、濡れた膜に覆われているように見えた。
サポート隊員が、無言で距離を取る。
「俺が行く。ミイハは後方支援だ」
妻が短く頷くのを確認し、前に出る。
「……まずは様子見だ」
俺は、小銃を構え、イレギュラーの腹めがけ三点バースト。
引き金を引いた瞬間——
空間そのものに静かな波紋が広がった。
弾丸は、着弾する前に消えていた。
「くそ、厄介だ——」
言い切る前に、背後で何かが崩れる音。
嫌な予感がして、振り返る。
妻が倒れている。
腹に銃創。
「……ミイハ?」
妻に駆け寄る。
抱き起こす。
「ごめんなさい」
その声が、やけに遠い。
「赤ちゃんが……」
妻が崩れ落ちる。
「……嘘だろ」
——頭が、真っ白だ。
バックアップどころか、まだ名前さえ。
俺の撃った、弾で——
「……ぁ……」
声にならない音が、喉から漏れる。
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉ……!」
慟哭が堰を切る。
あんまりだ。
こんな世界、間違っている。
——そんなもの
消えてしまえ。
思った、ではない。
そう断じた。
最初に、イレギュラーが消えた。
次に、壁が。床が。
構造も。概念も。意味も。
すべてが、虚無に落ちていく。
——そして、俺自身も。
*
「報告します。妊娠を疑う様子も無く、能力を発動」
「イレギュラーの消失を確認」
「損失は三階の一部区画と、隊員二名」
「……よくやった」
「『虚ろの両親』はクローンのプリント完了後、コールドスリープしろ」
間を置かず、次の指示が飛ぶ。
「それから、サポート要員の退避距離を見直せ」
「運用マニュアルに反映しろ」




