第25話 遊園地
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ワンダーリンク・アミューズメント占有ダンジョン
6,350 クレジット
Tier:5
生還率: 23.2%
ユーザーのおすすめ:★★★☆☆
レビュー:
「童心に帰りたければここ!」
— forever18 ↑45 ↓12
「遊園地型。ピエロの顔は見るな」
— KAGE01 ↑38
「Tier5初挑戦におすすめ」
— urbanX ↑55
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「依頼があったのは、ここか」
端末で裏口を確認する。
「ええ、子供が迷い込んで出てこないそうよ」
「バックアップはそのままだから、まだ中にいるはずだって」
境界を跨ぐと、空気が一変する。
軽快で、どこか古びた音楽。
色とりどりのライトに照らされた観覧車。
誰も乗っていないジェットコースターが頭上を走り抜け、レールに残った絶叫だけが遅れて響く。
「……人気のない遊園地って、妙に来るな」
そう言って隣を見る。
リリィの様子がおかしい。
「……ふふふ」
うつむいたまま、肩を震わせている。
「おい、どうしたんだよ、リリィ」
「……なんか、楽しくて」
次の瞬間、堰が切れた。
「……っ、はは……あははっ」
「すっごく楽しい」
そう言って、リリィは俺の手を取る。
「行こう」
引きずられるように、走り出した。
誰もいない遊園地。
気がつけば、あちこちから楽しげな笑い声が聞こえる。
思わず周囲を見回す。
観覧車の影。
屋台の裏。
色の剥げた入口ゲートの下。
その中で、ひとつだけ人影があった。
派手な色の衣装。
だぶついた袖。
白い手袋。
——顔には、歪んだ笑顔が張り付いている。
ぞわり、と背中を何かが這い上がった。
「……っ」
怖い。
胸の奥で、恐怖が膨らんでいく。
いつもなら無視できる程度の不安が、はっきりとした輪郭を持ち始める。
理由のない、過剰な恐怖。
「感情が増幅されてる?」
ピエロに手を向ける。
震える手を無理やり抑え、電撃を放つ。
ピエロがスッと消える。
「リリィ」
「何?」
振り返る。
まだ、笑みが残っている。
「お前、よっぽど楽しみにしてたんだな」
「……っ!」
リリィの表情が、ぴたりと固まる。
「何言って——」
「違うわよ!」
「これはダンジョンの——」
「分かってる分かってる」
肩をすくめる。
「それより子供探そうぜ」
「絶対誤解してる!」
「はいはい」
*
「おい、あれ」
暗闇の奥で、ぼんやりと明かりが回っている。
メリーゴーランドだ。
流れているメロディーは、どこかおかしい。
音が合っていない。
まるで逆再生されたみたいな、不協和音。
木馬が、後ろ向きに進んでいる。
その背中に、男の子がひとり。
「……クリーチャー、じゃないよな」
「ええ。恐らく、依頼の子供ね」
俺は近づいて、声をかけた。
「ケニーくんかい?」
男の子がこちらを見る。
「だれ?友達になりたいの?」
「君のママに言われて、迎えに来たんだ」
「ママ?」
少し考えるように首を傾げてから、にこっと笑う。
「じゃあ、あと一周したらね」
「……分かった」
俺を乗せたまま、メリーゴーランドは回り続ける。
一周。
音が、少し高くなる。
木馬が止まり、ケニーが降りてきた。
地面に足がつく。
違和感。
——目線が、低い。
ケニーと、同じ高さ。
「……へ?」
自分の手を見る。
小さい。やけに。
そのとき、背後から淡々とした声。
「ケイ」
振り返る。
「……子供になってるわよ」
俺は自分の手を見下ろしたまま、固まっていた。
「……なに、これ」
声も高い。
リリィが一歩近づいて、屈む。
俺と、目線を合わせるために。
「ふふ」
「笑うな」
「笑うわよ。だって——」
リリィはわざとらしく首を傾げる。
「さっきあんなに、からかったくせに」
「自分は身体まで子供に帰ってるんだもの」
「これはダンジョンのせいだろ」
「ええ、もちろん」
即答。
それから、少しだけ間を置いて。
「でも安心して」
「何が」
「連れ帰る対象が一人増えただけだから」
「保護対象に入れるな」
リリィは口元を押さえて、くすくす笑う。
「大丈夫よ。手、離さなければ迷子にはならないでしょ?」
俺の手を、そっと握る。
「……からかってるだろ」
「少しだけ」
視線を逸らして、ぼそっと。
「こういうの……嫌いじゃないし」
聞こえた気がした。
「あれ?ケニーは?」
さっきまで、隣にいたケニーがいない。
辺りを見回す。
「あそこ!」
鏡張りの建物。
ミラーハウスだ。
「おーい、ケニー!どこ行くんだー!!」
「これ、まだ遊んでないから!」
そう叫んで、ケニーは駆けていった。
「ったく……」
慌てて後を追う。
中に入った瞬間視界が割れる。
「わーすごいよ!僕が一杯!」
鏡の向こうでケニーがはしゃぐ。
「いいから戻って来い」
「夕飯、きっとハンバーグだぞ」
「ほんと!」
目を輝かせる。
「じゃあ帰る」
そう言って、ケニーは素直に帰ってきた。
「よし、じゃあ——」
言いかけて、固まる。
ケニーが——5人いる。
「……は?」
思わず数える。
1、2、3、4、5。
どれも、同じ顔。
同じ服。
「増えてるんだけど……どうする?」
「6人とも連れて帰るしかないわね」
リリィの冷静な声。
「俺を入れるな」
「はいはい」
リリィは何事も無かった様に、ケニーを整列させる。
「じゃみんな帰るわよ」
リリィが先頭に立つ。
子供たちが素直に一列に並び、俺もその後ろについた。
観覧車乗り場の向こう。
暗闇の中に、出口の光が見えてくる。
「さ、行くわよ」
全員で、境界をくぐった。
「あれ……?」「……消え、る」
「ママに、会えないの?」
「ハンバーグ……食べたかった」
「イヤだ……」
声が、薄くなる。
ケニーたちの輪郭が、夜に溶けていく。
「え?」
思わず、手を伸ばす。
「——落ち着いて」
リリィの声は、もう普段通りだった。
「認識で改変されるのは、ダンジョンの中だけよ」
俺を見る。
「ケイも、戻ってるでしょ?」
言われて、気づく。
視界の高さ。
手の大きさ。
元に戻っていた。
その場に残ったのは、俺とリリィ。
それから——中年の男が一人。
「……誰?」
次の瞬間。
「ケニー!」
老婆が駆け寄ってくる。
「ママ!」
男の表情が、崩れた。
「今日はハンバーグ?」
「ええ。ケニーが食べたいなら、そうしましょう」
二人は、手を繋いで歩き出す。
ネオンの中へ。
ごく普通の、夜の街へ。
やがて、その背中も見えなくなった。
いまさら戻ってこいと言われてももう遅い。




