第24話 企業案件
「アークライト義体工業……ここか」
巨大なコンクリートの壁が、街の喧騒を遮断している。
「物々しいな」
ゲート前の義体が、バイザー越しにこちらを測る。
バイオメトリックススキャナーが走り、無機質な電子音がゲートの解錠を告げる。
「この後時間がかかるから、さっさと行くわよ」
リリィは慣れた足取りで進む。
「時間?依頼通りイレギュラー探して倒すだけだろ?」
後を追いながら、首を傾げる。
「更なるイレギュラーを呼ばないように、予防措置を施されるから」
「予防措置?」
コンクリートの建屋の扉を潜る。
天井の高い大ホール。
中央に巨大な円環状の観測機器がそびえ立っている。
規則正しく床を這う、無数のケーブル。
円環の中心にはダンジョンゲートが静かに口を開けていた。
「へー。正規の入口ってこうなってるのか」
ゲートを見上げながら歩いていると、警備員に止められる。
「まずはスクリーニングだ」
脇に並ぶ白い椅子を指す。
「行きましょ」
リリィはため息を付きながら座った。
リリィの隣の椅子に座る。
肘掛けに置いた両手がカチリと拘束される。
「ちょっと、何だよこれ」
「言ったでしょ、予防措置があるって。じっとしてて」
リリィはもう諦めたように目を閉じている。
背もたれの後ろからヘルメットが降りてきて、頭を覆った。
ヘッドホンから無機質な音声が流れる。
《今から言う言葉を思い浮かべなさい》
《敵》
《ダンジョン》
《扉》
《クリーチャー》
《壁》
《廊下》
次々と投げ込まれる単語を連想する。
《標準思考との乖離率。基準値オーバー》
《補正します》
視界の裏側に、無機質な廊下、均一な壁、テンプレートなクリーチャーが押し寄せる。
脳に直接、イメージが叩きつけられる。
《補正します》
《補正します》
《補正します》
やがて拘束が外れた。
《お疲れ様でした》
ヘルメットが上がり、視界が戻る。
先に終わっていたリリィが、腕を組んで待っていた。
「気持ち悪りい。頭の中を消毒された気分」
「三日ぐらいで治るから。我慢しなさい」
そう言って、リリィはダンジョンゲートに向かう。
*
ゲートを潜った先は、先程叩きつけられたイメージ通りの空間だった。
等間隔に並ぶ蛍光灯。
規則正しくん並ぶコンクリートの柱。
脳に刻まれたとおりの正しい世界。
テンプレ通りのクリーチャーを倒して先にむ。
「気を引き締めて。もうすぐ目標がいるはず」
階段を上がると、リリィが静かに警告を発する。
通路の先で正しい世界が、唐突に途切れている。
半透明な肉の塊。
肉に浮かぶ無数の眼球と、歯の生えた口。
表面には、青白い赤子の様な幾多の腕が、何かを掴もうとするように必死に蠢いていた。
企業の『標準化』を嘲笑う存在に、脳がフリーズする。
異様な存在だとは感じるが、敵だとは思えない。
「ケイ!」
リリィの声が響く。
反射的に身体が横へ跳ねた。
さっきまで自分がいた空間を、肉塊の腕が薙ぎ払う。
「……っぶねえ!」
回避が遅れる。
身体は動いているのに、脳が「危険」と認識しない。
補正された正しい世界が、判断を鈍らせる。
肉塊に浮かぶ無数の眼球がこちらを見る。
途端に肉塊の距離が曖昧になる。
電撃を放つ。
肉塊の手前で、紫電が弾ける。
リリィも銃を撃つが、当たらない。
「駄目、距離感が狂う」
自我の境界を緩める。
肉塊のいる可能性があちこちに点在している。
リリィが撃つ。
肉塊が射線にいた可能性が消える。
「自分の存在確率を操っている!?」
「なら!」
リリィが息を吸った。
空気が、軋む。
次の瞬間——
通路全体が“静寂”に沈んだ。
音が消える。
空気が重くなる。
白い霧が足元に広がる。
分子の振動が止まり、
空間そのものが冷えた箱みたいに固まっていく。
「……空間ごと、止めたのか」
肉塊の揺れが鈍る。
存在確率のブレが、ゆっくりと収束していく。
点滅していた可能性が、
まとまり始める。
「今よ!」
境界を緩める。
世界が柔らかくなる。
肉塊の揺れの中心に手を伸向ける。
電撃が走る。
枝分かれした電撃が確率の分岐に沿って走る。
存在する全ての可能性を同時に貫いた。
*
ゲートを出ると、外の空気が一気に押し寄せてきた。
冷えた空間の静寂が剥がれ落ち、現実のざらついた音が耳に戻る。
「イレギュラーの結晶を」
リリィが無言で差し出す。
義体は光学スキャナーを通し、淡々と頷いた。
「確かに。報酬は追って振り込まれます」
それだけ言うと、俺たちを処理済みの荷物みたいに横へ流す。
「……雑だな、扱い」
「企業なんてそんなものよ」
「私たちが死んでも、次の探索者を呼ぶだけ」
リリィは淡々と言う。
だが、その横顔は少しだけ疲れていた。
「しっかし企業の依頼って、毎回こんな洗脳紛いの事されんのか?」
「そうとも限らない」
「人道的な企業もあるって事か」
「ライバル企業のダンジョンに、イレギュラー湧かす依頼もあるから」
「……闇が深けえ」




