第22話 二人の距離
ここからは、『第6話 日記 / Diary』の時系列のエピソードを、オムニバス形式でお届けします。
「俺たちだいぶ噛み合ってきたと思わないか?」
そう言いながら、俺は歩き続けたまま端末をスワイプする。
無意識にリリィの歩調に合わせている自分が、少しだけ可笑しくなる。
「まあ、足を引っ張らなくは、なったわね」
リリィは素っ気なく答え、視線を逸らす。
「今日はここにしようぜ」
俺は立ち止まり、彼女に端末の画面を見せた。
——
ミネルヴァ・バイオソリューションズ占有ダンジョン
2,250 クレジット
Tier:4
生還率: 36%
ユーザーのおすすめ:★★☆☆☆
レビュー:
「専属探索者多め。部屋は多いので隠れる場所はある」
— Hana_Byte ↑132
「ロケーションは病院っぽい」
— Riku404 ↑26
「実験体として捨てられた患者の霊が出るらしい」
— Kaze_Net ↓297
「↑唐突なオカルトやめろ」
— Ryo ↑52
——
「趣味、悪くない?」
リリィは端末の表示を一瞥し、肩をすくめて言った。
「まあ今回は、あんたに乗る」
*
「口コミ通り、病院だな」
白い壁には腰の高さの手すり。
リノリウム張りの廊下が、規則正しく並んだ蛍光灯の光を鈍く反射している。
ずらりと並ぶ病室の間を長く伸びる廊下を進む。
消毒薬の名残のような匂いが、かすかに鼻を刺した。
ずらりと並ぶ病室の扉の間を縫うように、一本の廊下が奥へと長く伸びている。
足音がやけに大きく響く。
――その奥から、かすかな金属音がした。
ガラガラ、と。
トレイを転がすような、規則正しい音。
廊下の向こう、蛍光灯の下に人影が現れる。
看護師の制服。前屈みの姿勢。
だが、顔がない。
あるはずの場所は、のっぺりとした白で塞がれていた。
「クリーチャー、1。後続なし」
リリィが瞬時に情報を伝えてくる。
すかさず、俺は電撃を放つ。
バチッと乾いた音とともに、影が光に引き裂かれ、結晶と転がったトレイだけを残して消えた。
「……余裕だな」
「油断するな」
リリィの声は短く、けれど確実に緊張を帯びている。
曲がり角の先をそっと伺う。
揃いの装備を身につけた集団と目が合う。
「専属探索者……」
俺の呟きに、リリィの声が重なる。
「まずい、戻れ」
二人で反射的に廊下を駆け戻り、手近な病室へ飛び込む。
アイボリーの壁と天井。
カーテン付きのベッドが規則正しく並び、窓はない。
天井の蛍光灯が、不規則にチカチカと点滅している。
部屋の隅には、金属製のロッカーが一つだけ置かれていた。
廊下の方から、複数の足音が近づく。
リリィと二人、ロッカーに身体を押し込めた。
——近い。
身を寄せるリリィの、髪の甘い香りが漂う。
リリィの鼓動が伝わる。
思考を押し戻すように、スリットへ視線を逃がした。
カーテンの隙間からベッドが見える。
ふと、口コミが頭をよぎる。
——実験体として捨てられた患者の霊が出るらしい。
視界の隅で何かが動いた。
カーテンが、わずかに揺れている。
ヤバい。
視線が吸われる。
ベッドの上に何かが座っていた。
見るな。
ソレがゆっくりと振り返る。
見るな。
必死に視線を引き剥がす。
心臓の音が、やけにうるさい。
気配が、すぐそこまで来ている。
——見られている?
ダメだ。見るな。
「侵入者め!そこにいるな!」
怒声と同時にドアが弾け飛び、
専属探索者たちが雪崩れ込んできた。
「——イレギュラー!」
専属の誰かが叫ぶ。
首が飛ぶ。
人が壁のシミになる。
最適化された装備。
組織的な陣形。
訓練された動き。
それらが全部が無意味に見えた。
血が壁を這う。
天井まで届く。
蛍光灯が、赤く染まる。
クリーチャーが、ゆっくりとこちらを向いた。
慌てて目を逸らす。
が、もう遅かった。
「……くそ」
観測してしまった。
目が合った瞬間、ソレの輪郭が固まっていく。
白衣。
だが中身が空洞で。
いや、違う――内側から無数の手が這い出している。
患者の手だ。
細く、青白く、点滴の針が刺さったまま。
「あ、ああ……」
声が出ない。
足が、震える。
クリーチャーが一歩。
また一歩。
ロッカーの扉に手がかかる。
金属が軋む。
――クソが。
境界を緩める。
雨上がりの匂いが立ち込める。
あり得た可能性が、重なって見える。
クリーチャーのいない可能性を選ぶ。
口の中に広がる冷たい鉄の味。
自我が世界に溶ける。
「ケイ!」
相棒の呼び戻す声が、俺を繋ぎ止める。
「はぁはぁ……」
ロッカーを出て、膝をつく。
「専属って、見掛け倒しか?」
あたりに、散らばる探索者を見渡す。
「専属は標準型に特化している」
「思考を揃えて、出てくる相手を固定しているから——イレギュラーには弱い」
「……それより、帰ったら反省会」
リリィは横目で睨むと、肩をすくめて俺を見下ろした。
口コミが正しかったのか。
口コミの内容を想像してしまったのが原因か。




