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甲州御庭番劇帖  作者: 蕃石榴
壱ノ巻-第四章『中部藩校合同林間合宿』
69/70

#69 侵淫 急「凶星再来」

時は2031年。

第22代江戸幕府将軍の治める太陽の国、日本。

此処はその天領、甲斐国・甲府藩。


甲府藩を守る「甲府御庭番衆」に入隊し、御家人研修を経て、正式に侍として認められた竜の少年・硯桜華。


悲劇の傷が癒える暇さえ許さぬかの如く、次なる試練が桜華に襲い来る。

中部地方の藩校同士が激突する、全国最大規模の合同強化訓練……「中部藩校合同林間合宿」である。


舞台は信濃。

いざ、混沌極まる激戦の渦中へ!

 急 ~凶星再来~


 ─2031年4月24日 10:15頃─


 〔上田藩 上田市 菅平高原 菅平湖周辺〕

 〈膳リュシル VS 長連翹〉


 ドン!ドン!ドン!ドン!


 重い銃声とともに、木々に次々と拳大の風穴が開いていく。

 横に駆け抜け、躱していくリュシル。


 防戦一方。

 今のリュシルの状況を端的に言い表すなら、その言葉が相応しい。


「ふぅ……危なっかしい姫君ですこと、少々お転婆が過ぎますわよ。」

 木陰に身を寄せ呟くリュシルに、連翹は舌を出したまませせら笑う。

「へっへへ〜、さっきまではコソコソすんなって言ってたくせに、だいぶ弱気になったねぇ……」


「(最初逃げ回っていたのは私を油断させるためだったのでしょうか……?おそらく長連翹の能力は、身体を武器に変化させるもの……ここまでに見た武器は、口の銃と腕の鎌……武器種はさらにあると考えた方が自然ですわね……)」

 リュシルは息を切らし始める。

 最初の追走劇と接近戦からの逃避に、そこそこ体力を消耗してしまっているのである。


「立場逆転だね、膳家のお嬢様♫……さぁて、どこにいないいないしてるのかな?」

 連翹はそう言いながら両腕を機銃に変化させ、口の銃とともに、辺りの木々へ体を回しながら掃射を始める。


 ドドドドドドドドドドドドドドドド!!


 硝煙が立ち昇り、木片や葉が舞い上がる。

 リュシルはさらに横へ横へと木陰を移動するように逃げていく。


「そんな重そうな得物でよくビュンビュン動き回るよね……だけど逃げるばっかじゃいつまで経っても勝てないよ?」

 リュシルは息を切らしながら、横へ、横へ、さらに横へと逃げ続ける。

 連翹も追うように、横へ、横へ、さらに横へと銃身を振り回す。


 横へ、横へ、横へ……そして、突然正面から一直線に、リュシルは連翹目がけて突進する。

「え、ちょっ!?いきなり何っ!?」

 連続した“線”の動きからの、唐突な“点”の動き……“線”を追撃し続けていた連翹には、即座に対応できない。


 ガキィンッ!


 熊鰐を勢いよく振り上げるリュシル。

 振り上がった鉞の刃は、連翹の鼻頭をすんでのところで掠め、バイザーを引っ掛けて弾き飛ばした。

「む、無茶苦茶だ……マジで殺す気?」

 冷や汗を拭う連翹に、リュシルは氷のように冷たい表情で返す。

「そちらもバカスカと撃ちまくってきやがったくせによく仰るものです……桜華様を害そうというのであれば、然様な処断も吝かではございませんわ。」


「……はぁ、はぁ……」

 しかし今のリュシルには余裕が無い。

 リュシルのソウル能力「ブレイク・フリー」は、単発あたりの魔力消耗が極端に激しい。

 加えて熊鰐の維持にかかる魔力量も決して少なくはない……もとよりリュシルは短期決戦向きの魔術士なのである。


 ブォンッ!ガンッ!ギイィン!


 息を切らしながら熊鰐をさらに振り回すリュシル、時折腕を剣に変えて受け流したり躱したりする連翹。

 リュシルはこれ以上状況を膠着させないため、詰めた距離を離すまいと攻め続ける。

「もう余裕無い感じ?無駄口叩いて煽ってもこなくなったし……」

 連翹は再び口から銃口を伸ばし、殺気立つリュシルの脇腹に狙いを定める。

 魔力不足でふらつくリュシルの、ブレた重心が集まるところ。

「方向、角度、ともに良し……体感ブレブレ、急所バレバレ♫」


 ドォン!


 連翹が深く息を吸い、口内の銃を点火した、次の瞬間。


 ボォン!


 爆発音とともに連翹の口から黒煙が上がり、連翹は目を回して仰向けに倒れ込んだ。


「へふっ……ぼ……ど、どういう……」

 何が起きたのかわからないという様子で、目を白黒させながら呆然とする連翹。

 そこにリュシルが歩み寄ると、連翹を見下ろしながらゆっくり喋り出した。

「私の能力『ブレイク・フリー』は、自身の魔力を爆弾とする能力……確かに間違ってはいないけれど、貴方はその本質を見誤られていると思いましたのよ。」


 リュシルのソウル能力「ブレイク・フリー」は、自身の魔力を“爆弾”に変える。

 “爆弾”は起爆条件により3種類に分類される。

①リュシル自身の魔力に接触すると起爆

②リュシルの指定した他者の魔力に接触すると起爆

③熱や衝撃といった物理的外力により起爆

 “爆弾”となった魔力は、上記のいずれかの起爆条件を満たすまで爆発待機状態となる。

 そして一度設定された条件以外では、絶対に起爆することはない。


「貴方は私の能力を単に爆弾を作るだけと勘違いしていた……だから起爆条件を変えた爆弾を傍に起き続けていても、貴方はそれを『爆弾の能力を使ってこない』と勘違いした。」

「げほっ、起爆条件を変えた爆弾……?ぐふっ、そんなものどこに……」

「ずっとありましたわよ、貴方の傍に……」

 リュシルは口元に手を当て、見せびらかすようにフゥッと息を吐く。


 連翹はしばらくぼーっと見つめた後、ハッと目を見開く。

「えふっ、そ、そういう……!?」

「爆弾にできるのは私の魔力……私の身体やそこから出たものにも、私の魔力は大量に含まれていますわ。私がただ疲れたというだけで、あんなにハァハァと息を切らしていたと思っていましたの?貴方の口から出る砲撃には、大きく息を吸い込む予備動作がある……予め私の魔力がたっぷり篭った吐息をかけ続け、吸引させてファイヤーさせれば、後は熱源との接触が起爆条件に設定された魔力がドカンですわ。」

「がふっ、要するに爆発性のガスを引っ掛けられたってワケだ……吐息でやられるなんて想像もしてなかったよ。」

「貴方が私のことを『近接戦闘で決着をつけようとしている』と思い込んでくださったからできた所業でしてよ、多少の粗相は許してくださいな。」

 リュシルは熊鰐を地面に立てると、ニコッと明るく笑って見せた。


「月並みなことを言うけど……」

「何かしら?」

「ま、まいった……げほっ……」

 顔が黒焦げになった連翹は、ひしゃげた眼鏡を外すと、目を閉じて力無く顔を横にした。


「さて……他の皆様はどうしていらっしゃるのかしら。とっとと加勢に向かった方が良さそうですわね。」

 リュシルは足を運びかけ、少し止まって連翹へ振り返る。

「あ、そうですわ、伝え忘れていたことが……」

「な、なに……?」


 怪訝な顔をする連翹に、リュシルはフッと微笑むと、投げキッスをする。

「貴方との闘い、実に血が沸きスリリングでしたわ!また相手してくださいな♡」

 リュシルが頬を染め目を細めてそう言うと、連翹は眉を下げげんなりした様子で応えた。

「勘弁してよ……」


 【膳リュシル VS 長連翹】

 勝者:膳リュシル


 リュシルが再び駆け出そうとした、次の瞬間。


 ズドッ……


 突如天から、一筋の赤黒い影が、墜ちる。


 黒く艶めき、手足の所々に赤や白の縞模様が描かれた、骸骨のような人型の怪物。

「ふぁ〜あ……ったく、どいつもこいつも朝からベラベラ難しいことばっか言いやがってよぉ……お陰で欠伸が止まんねぇよ……」

 魔神・空亡である。


「っ……!」

 リュシルは瞬時に、魔神から発せられる異様な魔力と浄化瘴気を察知。

 横たわる連翹を引っ張って飛び退き、空亡から10m程距離を取る。


「魔剣の匂いしかしねぇな……御庭番はどこだぁ?居るってのは聞いてんだが……」

 魔剣を肩に乗せ、気怠げに呟く空亡。

 リュシルは空亡を睨み付け、熊鰐の柄を握りしめる。

 リュシルの手の甲に冷や汗が滲む。


「……あ?俺が遊びてぇのは聖剣持った御庭番どもなんだが、代わりにお前が相手でもしてくれんのか?」

「あらまあ、たじろぐ乙女の手の取り方としては、この上なく不躾な言動ですこと……踊り方もマナーも知らない坊やを、野放しにするのは癪ですわ。」

「へぇ、そりゃ親切だねぇ……」


 ガキィンッ!


 突然空亡が斬りかかり、リュシルは即座に熊鰐を横に持って受け止める。


「じゃあブチ上げてくれよ……能弁ばっかじゃ眠てぇからよぉ!」


 ──────


 ─2031年4月24日 10:30頃─


 〔上田藩 上田市 菅平高原 菅平湖周辺〕

 〈飯石蜜柑&ハッチ&ソウカ VS 村井タテハ&横山隆輝〉


 〜〜〜〜〜〜


「あーうっ!」


 ボンッ!


「うおぉ!驚いたわ蜜柑!まったくお前というやつは……ふふ、悪戯好きのお転婆娘なことだ。」


 親が誰なのかもわからない。

 残されていたのは、焼け焦げた額縁に入った命名書だけ。


 大火を生き延び、自らもまた炎を吹く怪物。

 そんな赤ん坊の私を娘として受け入れ、人一倍愛情を注いでくれたのが父上だ。


 父上はすごい人だ。

 民から慕われ、家臣から慕われ、甲府の父の異名を持つ。

 真面目で思慮深く、仁義に厚く、困っている人を決して放っておけない、度が過ぎる程のお人好し。

 あまりにお人好しすぎて、風弥さんや目黒さんから怒られることもよくあったらしいけれど……皆あまり強くは咎められない。

 この甲府に居る誰もが、父上のお節介に救われてきたからだ。


 そんな父上を、私は誰よりも誇りに思っている。

 炎の聖剣に選ばれた時、御庭番として戦うことを自ら望んだのも、甲府を守る強い父上への誇りと憧れがあったからだ。


 誇りは私の心を燃やす炎そのもの。

 誇りがあるから私は希望を持ち生きていける。

 

 ──────


 2年前のこと。

 それまで顔を一つも曇らせることもほとんど無かった父上が、わずかに弱音を漏らしたことがあった。

 それは目黒さんの失踪からちょうど7年が経った日。


 新閃家に置かれた仏壇の前で、焼香を上げながら呟いていた。

「これで四人目だ……残されたものに目は向け続けねばならぬ、だが……」


「儂はこれからどう生きていけばいい。」


 父上にとって、風弥さんと目黒さんは、息子も同然の存在だった。

 2人のことが何よりの誇りで、心の支えだった……それを立て続けに失ってしまったのだ。


 誇りは単なる心の拠り所ではない。

 誇りは単なるやる気の源でもない。


 誇りとは、人にとっての“生きる目的”そのものなんだ。


 父上のように人を守り助ける存在になりたかった。

 だから、たくさん鍛え、たくさん学んだ。

 それでも見つからなかった自分の「戦う理由」が、その時初めてわかった気がした。


 私は人の“誇り”を守る。

 命だけじゃない、人の生きる意味を、理由を、尊厳を、その人がその人であることを守り抜く。


 藩の皆の心を包んで守る。

 甲府の姫としての務めを。


 〜〜〜〜〜〜


 ──────


「喚き散らすだけ虚しいよ、誇りなんてさ……人間はくだんないプライドのために要らない損をするし、時には命だって賭けるんだけどさ。残念だけど、私にはあんまわかんないんだよね〜……なんでそんなに拘るの?」

 タテハはヘラヘラと語り出し、徐々に口調を落ち着けていくと、やがて冷ややかな目で蜜柑を見下ろした。


「ウチらさ、仲良しだよね?蜜柑姫?」

 徐に問い掛けるタテハに、蜜柑は傷だらけの顔で一瞬きょとんとした後、黙ってゆっくり頷く。

「じゃあさ、こんなことでいちいち揉めたくなくない?さっさと桜華くん寄越してさ、仲直りしたくない?そんな誇りとやらに拘って、わざわざ嫌な思いする意味ってある?」

 続くタテハの言葉に、蜜柑は慌てて首を横に振る。

「なんでよ。」

 タテハは再び鋭い視線を蜜柑に向ける。


「あー、桜華くん拐っちゃうくらいなら、ウチとの仲は切り捨ててもいいって感じ?それならわかるよ。」

 捲し立てるタテハに、蜜柑は身を乗り出して言い返す。

「ち、違います!決してそういうことでは……」

「ワガママだよ、蜜柑姫。」

「っ……」

 しかしタテハにピシャリと言い放たれ、ぐっと口を噤んでしまう。


「甲府の誇りに賭けて、桜華くんのことは取り戻すんでしょ〜?だったらウチらのことはスッパリ切り捨ててくれなきゃ困っちゃうよ。」

 尻尾を振りながら冷たく言い放つタテハ。

「なんかヤな奴……蜜柑が一藩の姫として誇り高いってだけのことが、そんなに羨ましいのかよ。」

「(ㆀ˘・з・˘)」

 ハッチは口を尖らせ、ソウカも首を縦に振る。

 そんな二人に、タテハは目を細めて答える。

「そうだよ、羨ましくて羨ましくてたまらない……だからこれはね、ウチのささやかな嫌がらせなんだよ。」


「タテハ先輩、どうか事情を説明してください。何をどう言おうとも、あなた方のやっていることは不当な拘束行為に当たります。でも差し迫った事情があるなら、説明さえしてくれれば我々は……」

 剣を右手に控え、どうにか説得を試みる蜜柑。

 それでもタテハは、頑なに首を横に振る。

「事情を説明?だからできないって言ってんじゃん……何度言えばわかるのさ?キミらには黙って桜華くんを明け渡す以外に選択肢は……ないんだよっ!」

 タテハが語気を強めた途端、上空から隆輝が降りかかり、拳を勢いよく地面にぶつける。


 ドガァン!ドドドドドドドド……ッ!


 すると地面がミシミシと音を立ててヒビ割れが広がり、そこから地面の一部がいくつも矢印型になって飛び出してくる。

「展開術式……!」

 蜜柑は足元から生えてくる矢印を適宜斬り倒しつつ、隙間を縫うように移動していく。


 さらに、残った矢印たちは伸びに伸びた後、鞭のように撓って蜜柑の方へ突っ込んでくる。

「『砕 け ろ』!……うっ、ケホケホッ……」

 すかさずソウカが割り込み、面をずらして言霊を発し、矢印をいくつか砕く……が、その直後、息を詰めるように咽せ返り出す。

「あっ、ソウカ!あんま無理すんなって言ってんだろ!」

 慌ててソウカに駆け寄り、背を摩るハッチ。

 蜜柑はゴクリと息を呑む。

「(ソウカさんの言霊は強力、だけど格上相手になればなる程、発した言葉はソウカさんに返ってきやすくなる……使用回数が嵩めば、ダメージはどんどんソウカさんに蓄積していく。ソウカさんの傷がこれ以上増える前に、どうにかこの状況を打開しないと……!)」


 ドンドンと地鳴りが続き、地面からは竹のように次々と矢印が生えていく。

「(攻撃が止まらない……避けるだけならなんとか対応していられるけれど、タテハ先輩や横山先輩の位置がわからない!あぁ……こんな時に桜華くんや目白くんみたいな嗅覚があれば……なんて言ってる場合じゃない!今この時も桜華くんは逃げ続けられているのか、捕まってしまっているのか、それすらもわからない……1秒でも早く合流しに行って状況を確かめないと……そのためには、この二人に勝たないと!)」

 蜜柑が思索を巡らせているうちにも、矢印は林中の開けた場所をどんどん埋めていく。


「どうする蜜柑!森まで追い込まれたら避け切れなくなる!早くなんとかしなきゃ……」

 叫ぶハッチに、剣を握り締め額に冷や汗を流す蜜柑。

 するとタテハがどこからか高らかに声を上げ、さらに蜜柑たちを大きく取り囲むように、地面からいくつも矢印が立ち上がる。


 ドドドドドドッ!


「そんな心配しなくても、森になんか逃す前にカタはつけさせてもらうよ〜!横山センパイ、引き続きよろしくっ!」

「おうよ、任せな!」

 隆輝は威勢よく答えると、さらに地面を打ち鳴らし、さらに無数の矢印が四方八方から伸び、大蛇のようにうねりながら突っ込んでいく。


「ヤバい……ヤバいヤバい!ヤバいって!蜜柑〜!どーすんだー!」

 ハッチの叫びも虚しく、矢印は蜜柑たちの居た場所を一瞬で埋め尽くした。


 ドズウゥン……


「オーケーオーケー、これでよしっ……今回はケガで済ましてあげるけど、これに懲りたら今後は軽率に誇りなんて口にして戦わないことだよ。」

 彼女たちの注意と確認は“地上”に留まっていた。

 それ故に……

「『気炎・飛天若火(ひてんじゃっか)』!」

 気取れなかった、“上空”からの奇襲。


「タテハちゃん!危ないっ!」

「『止 ま れ』」

 隆輝はタテハを庇うため前に出ようとするも、真横からの一声により体が固まる。


「(ウソだ……押し潰されるのは確かにこの目で見てる!なのにどうやって上から……!?)」

 タテハは蜜柑を見上げて目を丸く見開くも、すぐに蜜柑を睨み付け、尻尾を何本にも枝分かれさせ、自身を包み込むように球状に組み上げる。

「このっ……『ダウンワード・スパイラル』!ウチの能力を忘れたとは言わせないよ!バカ正直に突っ込んだところで、方向変えられちゃ世話ないでしょ!」


 ドガッ!ガ、ガガガガ……


 タテハは威勢よく怒鳴り上げながら、尻尾の束で蜜柑の剣を受け止める。

 ところが次の瞬間、束ねられていた尻尾がグニャグニャと溶け出した。

「えっ、なんで……」


「『ピーキングO』……射程圏内到達だ!」

 タテハが振り返ると、木偶人形の式神……ハッチの「ピーキングO」が、タテハの尻尾の付け根をしっかり掴んでいた。


 炎を纏った刃が、尻尾の束を広げるように解いていく。

「あぁ……やらかしたなぁ……」

 タテハはそう呟くと尻尾の束を一気に解いた。


 ──────


 〜〜〜〜〜〜


 村井家は代々男が当主を務めてきた。

 そんな中、当代当主は女しか子供ができなかった。

 何の偶然だったのか、親類縁者に亘っても女しか子供がおらず、結果的に村井家は次代にして初の女性当主を迎えることになる。


 それが村井家の長女である私だ。


「たてはちゃんはえらくなるのです!むらいけをまもるとのさまになるのです!」

 初の女性当主に冷たい反応をする者も少なくなかったけれど、幼い頃から次期当主になると言い聞かされてきた私は、村井家の世嗣であることが何よりも誇らしかった。

 皆が私に期待してくれる。

 皆が私を頼りにしてくれる。

 

 小さな胸の中で、大きな夢を膨らませていた。

 生まれつき病弱で周りの助けを必要としてきた私だけれど、これはマイナスからのスタートなのだから、努力すればあとは階段を昇っていくだけ。

 そう信じてやまなかった。


 でも現実は……もっともっと下に続く矢印があった。

 悪化の一途を辿る病状、それに伴う次期当主としての資質への強まる懐疑。

 がむしゃらに踠けば踠く程、現実は容赦なく手足に絡まってきた。


「お願いです……まだできます……父上、どうか……」

 何度頭を下げ、何度許しを乞うてきただろう。

 いつまで経っても生活には介助が必要なままで、背丈もちっとも伸びやしない。

 戦闘でもせいぜいできるのはサポートくらいで、孤立すれば簡単に伸される。

 

 それでも私は必死に次期当主の座にしがみついてきた。

 これまで築いてきた誇りを切り崩しながら。


 いつからか、堂々と胸を張って誇りを口にできる人間のことが憎くなった。

 ただの僻みだけれど、もう二度と戻らないそれを持って希望に満ちる人間を見ると、落魄れに落魄れた自分の位置がよく理解できて絶望した。


 蜜柑姫、君は本当に良い子だよ。

 私と違う、まるで真逆で眩しいよ。


 〜〜〜〜〜〜


 ──────


 隆輝は体をドロドロに溶かされ、タテハは首元に剣を突きつけられ、それぞれ身柄を拘束される。

 

「タテハ先輩、あなたの負けです。」

「はぁ……やられちゃったかぁ……で、何したの?」

 タテハが溜息混じりに問うと、蜜柑はタテハの目をじっと見つめたまま答える。

「一か八か、周囲の空気を一気に加熱しました。加熱された空気を通ると、光は下に弧を描いて目に届く……先輩たちに見えていたのは、私たちの居た場所よりも上の景色です。」

 蜜柑が説明をすると、タテハは途中で割り込むようにまた大きく溜息を吐いた。

「逃げ水……蜃気楼と同じ原理を利用したわけか〜……で、それに紛れて上空へジャンプしたと……相変わらずキレるねぇ。」

 

「タテハ先輩……」

 蜜柑が剣を鞘に納めると、タテハはキッと蜜柑を睨み付けた。

「甘いよ、何のつもりかな?」


 タテハの言葉に怯むことなく、蜜柑はタテハをまっすぐ見つめたまま、ハキハキと喋り出す。

「私、タテハ先輩のこと、すごく頑張ってらっしゃると思ってますし、すごく尊敬してます。」

「……だから?だったら何?」

「だからタテハ先輩には胸を張ってほしいんです……自分には誇りが無いなんて、そんなこと言わないで……」

「無いものは無いよ。ウチは他人に何かを乞わなきゃ生けてけないの……形振りなんて構ってられない。キミとは違うんだよ……ただ毎日を過ごすだけでも、最低限のプライドすら切り崩さなきゃウチは生きていけない。」

「タテハ先輩……でも、それでも……っ」

「蜜柑姫……?」

「タテハ先輩が自分に誇りを持てなくても、タテハ先輩を誇りに思う者ならここに居ます……!」


 胸に手を当て、強く声を押し出す蜜柑。

 タテハは少しきょとんとした後、目を閉じてフッと柔らかい笑みを溢した。

「誇りを誰かに託すなんてねぇ……まったく敵わないなぁ、姫様は……ウチは本気で怒ってたってのに、そんな気持ちもバカらしくなってくる。」

「タテハ先輩……!」

「ま、それでもウチらの目的は引き続きヒミツなんだけど……」

 タテハがそう言いかけた次の瞬間、突然上空から空振とともに熱風が吹き出す。


「まさか……もう来やがったのかい……!?上だ!みんな上を見ろ!」

 隆輝の叫びに応じて一同が顔を上げると……

 

 ゴゴゴゴゴゴゴゴ……


 昼時にもかかわらず空は橙色に焼け、一点の赤黒い火球が真っ直ぐに落下してきていた。


「あ、あれって……」


 ──────


 ─2031年4月24日 10:30頃─


 〔上田藩 上田市 菅平高原 菅平湖周辺〕

 〈新閃目白 VS 本多政佳〉


 〜〜〜〜〜〜


 母から引き剥がされたのは五つの頃。


「何故母は、当家から追い出されねばならぬのですか?」

「それはお前の母が当主の妾であったからだ。」


 慕うべき兄達と会ったのも五つの頃。


「何故私は、兄上達と違い当主の継承権を持たぬのですか?」

「それはお前の母が当主の妾であったからだ。」


 兄達を次々に喪ったのが十の頃。


「何故私は、今になって当主の継承権を与えられたのですか?」

「それは最早お前以外に本多家に当主を継ぐことのできる男子が居らぬからだ。」


 奪われ続けた挙げ句の果てに、都合良く与えられる。

 だが私はこの機を逃したりはしない。


「ならば上等、その御役目……進んで背負ってみせるまで!」


 当主の座は必ず手にする。

 これまで舐めた辛苦の数々を、誰にも否定させないために。

 奪われた時間を取り戻すために。


 〜〜〜〜〜〜


 ──────


 ドパンッ!


 木造の床が波打ち、膨らみ破裂し、木片が弾け飛ぶ。

「くっ……」

 目白は剣で飛んできた木片を叩き落としていくが、次々に廊下のあちこちで床が膨張と破裂を繰り返し、徐々に追い付かなくなっていく。


 堪らず目白は階段の踊り場へ出て、曲がり角の壁に身を隠す。

「(参ったな……自身の血中鉄分を利用する能力、持久戦は不得手かと思ってたが……能力運用を体内で完結しているうちは、短期的なロスもほぼ無いと見ていいだろう。魔力消耗の多いこっちの方が不利だ。)」


「どうした目白君、さっきまでの勝気な姿勢はどこへ消えたのかな?」

 政佳はゆっくり足を進め、目白へ近付いていく。


「はぁ……はぁ……うっ……」

 壁にもたれ、ズルズルとずり落ちる目白。

「(頭が痛ぇ……目も霞むし、足腰も立たねぇ……これは、貧血か……?)」

 

「逃げも隠れもいくらでもするといいが、そう遅くないうちに限界は来るだろう……目白君、君は死に瀕した血はどんな色に染まるか、知っているかい?」

 不敵な笑みを浮かべる政佳に、目白は少し呆れ気味に答える。

「黄色でしょ……勿体振る必要ありますか。」

「即答か、流石よく知っているね。」

「(成程……今の発言がハッタリでもなければ、本多先輩は俺の血液からも鉄分を奪って利用していることになる。展開術式なら可能そうにも思える……ここで宣誓したのは、能力効果を高めて本格的に決着をつけようとしてるってことか……)」


 少しずつ歩みを速め、目白に近付いていく政佳。

 すると次の瞬間、霆喘の鋒が、曲がり角の壁を斜めに貫いて飛び出してきた。


 ドズゥッ!


 政佳は上体を反らし、すんでのところで刺突を躱す。

「おっと……窮鼠猫を噛むとは当にこの事、闘気はまだ十分にあるようだな。」

「俺は狐だ、鼠じゃねぇ。」

「慣用句だよ、わからないのか?」

「わかってねぇのはあんたの方だよ。」


 バチッ!


 突然霆喘の鋒がスパークし、青白い火花が政佳に直撃する。

「何っ……!?」

「狩る側は変わらず俺の方だって意味ですよ。」


 よろめく政佳に、目白は角から飛び出し一気に距離を詰める。

「(電流は直撃した……しばらくは動けない、得意の中国拳法も好きに打てないだろ……!)」

 目白はすかさず政佳の右肩目がけて刺突を放つが、政佳は右手で霆喘の刀身を強く握り込み、剣を止めた。

「なっ……(こいつ、刀ごと掴んで止めやがった!……なんて執念だよ!)」

「私は……私はッ!こんなところで負けるわけにはいかんのだぁッ!」


 強引に体を引き摺り、掌底を繰り出そうとする政佳。

 抜き身の剣と拳では、攻撃の発生からヒットまでの間隔が言うまでもなく大きく違う。


「(考えてる暇はもう無い……本多先輩は根性で能力運用を続けている!ここまでの根性には根性以外で返せない、単純なステゴロでしか対応でき……)」


 ガシャアァンッ!!


 衝撃、地震、轟音、熱風。

 窓ガラスは一斉に割れ、薄暗かった屋内は一気に真っ赤に明るくなる。


「何?」

「は?」


 途端、ソウカ、ハッチ、タテハ、蜜柑、隆輝が、次々に屋内へ飛び込んでくる。

「目白くん、逃げてえぇ〜〜〜!!!」

「蜜柑!?……って、何連れてきてんだお前ら!」


 燃え盛る業火の中から、真っ黒な鬼のような人影が浮かび上がる。


 目白は思わず目を見張る。

「おい、どういうことだ……」


「フハハハハ……再び相見えることになろうとは、幸甚極まるぞ御庭番ッッ!!」


「再宴だッッ!!満を持してッッ!!」


 目白は牙を剥き、呟く。

「何故ここに居る……いや、何故生きてる……!?」


「鬼火……!!」


 獄炎の魔神、堂々回帰す。


 〔つづく〕


 ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─

〈tips:ソウル〉

【soul name】ダウンワード・スパイラル

【soul body】村井 タテハ

 パワー-D

  魔力-C

スピード-C

 防御力-E

  射程-B

 持久力-D

 精密性-A

 成長性-B

【soul profile】

 村井家の長女・村井タテハのソウル能力。

 自身または式神に直接接触したものに「矢印」を貼り付け、物体運動の方向を固定する。

 貼り付けられる矢印の数に制限は無く、一度に何個も重ねて貼り付けると、物体運動のエネルギーを増加させることも可能。

 矢印は紙と同様の性質を持っているため、そのままでは炎や水に弱い。

 単体では殺傷能力に劣るが、展開術式や十合技などの併用により、タテハ自身の尻尾による刺突の威力を底上げする・分岐した矢印に味方の攻撃を乗せて広域を攻撃するなどといった汎用性の高さを見せる。

 ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─

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