#70 驟雨 序「篠突く雨」
時は2031年。
第22代江戸幕府将軍の治める太陽の国、日本。
此処はその天領、甲斐国・甲府藩。
甲府藩を守る「甲府御庭番衆」に入隊し、御家人研修を経て、正式に侍として認められた竜の少年・硯桜華。
悲劇の傷が癒える暇さえ許さぬかの如く、次なる試練が桜華に襲い来る。
中部地方の藩校同士が激突する、全国最大規模の合同強化訓練……「中部藩校合同林間合宿」である。
舞台は信濃。
いざ、混沌極まる激戦の渦中へ!
序 ~篠突く雨~
─2031年4月24日 10:35頃─
〔上田藩 上田市 菅平高原 菅平湖周辺〕
〈蜜柑・目白・ハッチ・ソウカ・タテハ・隆輝・政佳 VS 鬼火〉
「鬼火だと……嘘だろ、死んだ所を確かにこの目で見た……!」
「で、でも目白くん、私たちの目の前に居るのは、確かに鬼火です……!」
煉獄の魔神・鬼火の生存。
目前に在る疑いようの無い事実が、御庭番達を震撼させる。
「空亡が不死身なことは実際に俺がこの目で見てよく知ってる……だが鬼火までもが不死身だとは……」
「でも少なくとも、空亡と違って与えたダメージが即座に回復する様子はありませんでしたよ!」
「だから何かしらカラクリはある、それを解きたいところだが……」
「『禍犀瀏』!」
炎を纏った黒い小石のような礫が、ショットガンのように飛散。
目白たちが即座に飛び退くと、床に無数の風穴が空いた。
「今それを考えてる暇は無ぇ!鬼火は聖剣の攻撃すらまともに通用しない特種怪魔だ!とにかく今は逃げるぞ!」
目白の号令に一同は頷くと、割れたガラス窓から地上目がけて飛び出した。
「ジーナ!」
ジーナが飛来し、目白たちを軟着陸させる。
目白たちはさらに森の中へ駆け込み、全速力で走り続ける。
目指すは運営本部に繋がる電話ボックス。
「目白君、電話ボックスまでの距離はあと200mくらいだ。」
そう告げる政佳は、予めエリア上全域の配置を記憶している。
「ありがとうございます。ただ電話ボックスに辿り着けたとして、今度は連絡に時間を使います……このままだとその間に鬼火に追い付かれて、全員焼き払われるのがオチです。」
リスクを口にする目白に対し、政佳は目尻を釣り上げ再び口を開く。
「ならば……私が殿になろう。」
「殿……?何言ってるんですか、死にますよ。」
目白は目を少し見張り、言い返す。
「抑も殿とはそういうものだろう、味方への増援要請に時間を要するなら、この内の誰かが殿を務め時間を稼がねばならないのは自明……しかし私には未来ある後輩たちを盾にする選択など無い、ここは年長者の私が出る。隆輝、目白君たちのフォローを頼む。」
政佳が話しているうちにも、背後の木々は次々に炎上し、赤白い煙が猛スピードで追い縋ってくる。
目白たちの視界には既に、木々の隙間から電話ボックスが覗いている。
「そのまま走れ!あと少しだ!」
すると突然、木々の中から恭輔が現れ、鬼火の行手を阻む形で仁王立ちする。
「「天貝先生!?」」
振り返る目白と蜜柑に、恭輔は結界を展開しつつ鬼火の方を向いたまま電話ボックスを指差す。
「『鬼術・三十番』!『要害玄武』!振り返るな!お前らがボックスに着くまでは俺が守る!」
「『鐵血載掌・鐵閘』!」
ドガァン!
政佳が両腕を勢いよく振り上げると、真っ黒な鉄の塊が幾重も折り重なり、炎と熱風を阻む。
一方目白たちは電話ボックスに辿り着く。
「急げ!怪魔発生の旨を運営本部に伝えろ!」
「わかってます、急かさないで!」
恭輔に捲し立てられるままに、目白は受話器を取りダイヤルを回す。
ツー……
「……繋がらない、まさか……調べろジーナ!」
「ど、どうしたんですか目白君?」
不安がる蜜柑たちに、目白は渋い顔で返答する。
「今ジーナに電話線を辿らせたが……切れてる、切断されてる……!」
「マジかよ!じゃあどうやって助けを呼べば……って、天貝先生、先生なら外に連絡できたりしないのかよ!」
ハッチがそう言って恭輔の方へ振り返ると……
ドサッ
恭輔は隆輝の背中に拳を突き刺し、隆輝は目を白黒させながらその場に崩れ落ちた。
「え……天貝……先生……?」
ハッチの見上げる恭輔は、明らかに顔から生気が抜けている。
「お、お前……おかしいぞ、天貝先生じゃない!誰だお前!」
「ハッチ君!?どういうことですか!?」
蜜柑が尋ねた次の瞬間、恭輔から牛が唸るような重く低い声が発せられる。
「正解だ……尤も、ここまで来れば隠す必要など無かったわけだが。」
ドロッ……
恭輔の全身から溶けた脂のように粘液が吹き出し、身体がどんどん融解していく。
中から現れたのは一人の少年。
肩までかかる黒髪、長い睫毛、光のない眼、人形のように整った顔。
そして桜華と同じ、紫色の瞳。
黒紫のマフラーに黒いジャケットを着込み、下はジーンズパンツに黒いブーツ。
ジャケットの裾の裏から、膝上にかけて鎖が垂れている。
「お前達は優秀だ……最も急くべき目的のため、加勢者の言動が不自然なことを追求しなかった……」
「名乗れ、お前……何者だ。」
そう言って剣を構える目白に、少年は眉一つ動かさず淡々と答える。
「石見幽幻……以上、それより他に語ることは無い。」
~石見宗家 特務兵~
【石見 幽幻】
「石見……ウワサには聞いてたけど、ホンモノに遭遇するのは初めてだな……」
気を失った隆輝を尻尾で巻き取りつつ、興味津々な様子で幽幻を見つめるタテハ。
「石見……幽幻……?石見家の捜査情報にそんな名前は載っていなかったと思います。」
首を傾げる蜜柑。
「当主の息子娘の兄弟の末子……にしては若過ぎるな、さらにその子供か?」
剣をゆっくり抜いていく目白。
「二人とも!俺とソウカが別の電話ボックスを探してくる!それまで持ち堪えられ……」
すると幽幻がハッチの提案を遮る。
「無駄だ、結界内の電話線は全て切断している。さらに結界の外郭を、電波を遮断する結界で包んでいる……無線通信も不可能だ。」
「語る事は無いと言った割には、随分親切に教えてくれるんだな……(言ってることが本当なら結界内外の連絡手段は完全に遮断された!外からいつ助けが来るかわからない以上、結界内の藩校生だけで対応することを考えねぇと……)」
目白は皮肉っぽく返す。
「お前達には為す術が無いと教えてやっただけだ。」
幽幻は能面のように全く表情を変えない。
「そうかよ。(この場を本多先輩だけに任せるのは危険だ……蜜柑たちには横山先輩を連れて逃げてもらって、俺が本多先輩に加勢するか……いや、魔神込みの2対2じゃ時間稼ぎにもならねぇ。)」
幽幻は続けて口を開く。
「硯桜華は何処に居る。」
「今日はあいつが大人気みたいだな……答えるわけねぇだろ。」
「だろうな、まあいい……後からゆっくり探せばいいのだからな。」
「ゆっくりだと?お前らには息を吐く間もやるつもりは無ぇぞ。」
「威勢が良いな、よく吠える……だが……」
目白との応酬の末に、幽幻はジャケットの裾を上げる。
垂れる鎖に繋がれていたのは、両腰に差さった双刀。
その刀身は40cm程ある、包丁のような形の二刀である。
剣の姿が顕になると同時に、目白と蜜柑の聖剣が小刻みに震え出す。
「目白君、あの剣って……」
「まさか、聖剣……」
幽幻は左腕に巻き付いた磊盤のような機械に、「百々目鬼奇譚」と書かれた青黒い術巻を嵌め込み、両腕を交差させて二刀の柄を握る。
「『忍風』」
粘液でできた大量の小さなムカデが何処からともなく湧き出し、幽幻の全身をびっしりと埋めていく。
そして幽幻は勢いよく二刀を抜く。
「『雨霖鈴曲・這い寄れ“雨乱”』」
大量の青黒い粘液が辺りに飛び散り、雨のように降り注ぐ。
滑った杢目の紋様の刃が、不気味に黒く照り輝く。
~霪潦剣~
【雨乱】
〈雨乱執刀!怪奇の双刃!這い寄る凶刃!〉
桜華たちのものによく似た、青黒い聖鎧。
疑いようは無い……幽幻は聖剣の使い手。
「あ、雨の聖剣!?石見家にまだ聖剣使いが居たなんて……し、しかも未確認の聖剣です!」
慌てふためく蜜柑、唖然とする目白。
「お前達に勝機は無い、投降しろ……さもなくば……」
「大義の為の、犠牲となれ。」
燃え盛る炎の轟音を背に、雨乱の鋒からポトリと液が滴る音が響く。
混沌と騒擾は、これより絶頂へと向かい始める。
──────
─2031年4月24日 10:35頃─
〔上田藩 上田市 菅平高原 菅平湖周辺〕
〈恋雪・琳寧・根子・狛虎 VS 怪魔・妖魔軍団〉
辺り一帯から真っ黒なドロドロとした魔力が立ち昇り、天まで広がる。
カーテンのような闇の中から、次々に異形の怪物たちが顔を出し、溢れ出すように解き放たれる。
「わわーっ!?い、いきなり何スかぁ!?よ、妖魔が、あと怪魔っぽいのも溢れて……」
目を白黒させて騒ぐ恋雪に、狛虎は冷や汗を流しつつ問い掛ける。
「サプライズにしちゃアブな過ぎるぜ……恋雪ちゃんよ、怪魔ってのは聖剣でしか祓えねぇんだったよな?」
「そ、そうッスけど……」
軽く見渡しただけでも、100はくだらない妖魔や怪魔が目に入る。
「3分の1くらいは怪魔ッス!そんな数ボク一人じゃ捌けないッスよ〜!」
狛虎は一つ大きくため息を吐くと、栄渼と福殷の両手を縛る縄を切断する。
「……よし、琳寧ちゃん、根子ちゃん、こいつらと一緒に寝てる奴らを片っ端から起こしてくれ!そしたらダンゴになって結界で守ってほしい!下手に逸れると危険だ!妖魔どもは俺がなんとかする!怪魔も俺がフォローする、恋雪ちゃんは順次トドメを刺してくれ!」
「了解ッス!『疾風怒濤・風巻けよ“神威”』!」
琳寧たちも狛虎の提案に頷き、すぐに眠っている藩校生たちの下へ駆け出す。
そして狛虎が飛び立とうと構えた、その次の瞬間。
ゾワッ……!!
木々の奥から異様な気配と魔力、そして威圧感が狛虎と恋雪を襲う。
「な、なんだ……これ……体が……」
「な、成瀬先輩……あれ……」
恋雪はガチガチと歯を鳴らしながら言葉を紡ぐ。
丈の高い草を分け、ゆっくりと這い寄る覇気の正体、それは……
「ま、魔神……虹牙……」
虹牙は抜き身の太刀を横斜めに構え、ただ一直線に歩み寄る。
漆黒の剣士、無情の凶刃が迫り来る。
──────
─2031年4月24日 10:20頃─
〔上田藩 上田市 菅平高原 菅平湖周辺〕
〈硯桜華 VS 前田利雅〉
魔神たちによる襲撃開始より、時はちょっとだけ遡る。
僕は何故か、僕を誘拐しに来た人を相手に、必死にスパーリングを続けていた。
ドガッ!ドゴッ!
「そうだッ!いいぞッ!その調子だマイハニーッ!」
「はあぁ……とあっ!」
ドスッ!
「ふゥンッ!ベリーナイスだッ!やはり俺が……見込んだだけのことはあるッ!」
胸板にめり込んだ拳が、ミチミチと音を立てながら徐々に押し返されていく。
前田利雅……この人、本当にただの人間なの?
竜化させた腕での全力の打撃なのに、吹き飛ぶどころか倒れすらしてくれない。
「だが……甘いぜ、まだまだゲロ甘だマイハニー。」
「甘いって……何が甘いんですか?パンチの打ち方ですか?それとも……やっぱり魔力操作?」
「that's right !! ときにハニー、魔力の生まれと流れはどうなっているか……知っているかな?」
「魔力の、生まれと流れ……?」
「やはり知らねぇか……ビギナーらしくてカワイイぜっ♡」
頬をツンと突っつかれる。
エンカウントしてからしばらく経つけど、妙に距離感が測りづらい人だなぁ……
前田先輩は、僕の胸の真ん中やや左寄りにトンと指を置く。
「まず魔力の生まれる所……それは心臓だ。」
「心臓……」
次に前田先輩は、僕のへそから数cm下にトンと指を置く。
「心臓で生まれた魔力は、次にここ……丹田に集う。」
「丹田……」
そういえば剣道部に居た時、丹田は生命力の源だとかなんとか教えられた覚えがある。
全身の力が集まり、体の姿勢を支えてくれる部位も丹田……内丹術上重要な部位であることも、ゲッコー師匠から教わっていたけど……
丹田に集まる生命力って、魔力のことだったんだ。
「そして経絡を通じ、全身の各所へ広がり、再び丹田へと戻る……この一連の魔力の流れを意識するんだ……」
「体内を巡る魔力の流れ……ですか……」
「ここまでのお前の魔力操作はハッキリ言って三流だ……魔力の流れを意識していないから、全身の魔力を力尽くで拳や脚に集中させ、しかも収束性が低く解けやすい。」
「うっ……」
物凄く関心を寄せてくる一方で、ダメなところは容赦なく指摘してくる……まるでコーチみたいだ。
「魔力による強化を行う時は、強化したい部分に魔力そのものを集中させるんじゃなく、その部分の魔力の流れを瞬間的に強めるんだ。」
「部分的に流量を増やす、ということでしょうか……?」
「その通り!澱みない魔力操作を行う上では絶対に外せない、基本中の基本だ……常に全身を巡る魔力を絶やさなければ、次撃や防御をスムーズに展開できる。」
「澱みない魔力操作……」
「瞬間的に魔力を込めることは、魔力の浪費や敵に攻撃を読まれるのを防げるってメリットもある……何にせよ、特種に通用するような一流の御家人になるためには、マイハニー、お前は高精度な魔力操作を身に付けなきゃならねぇ。」
強くなりたい理由は明白、強くなるための方法もここにある、前田先輩が何を考えてるのかはよくわからないけど……僕の心は決まった。
ただ理屈はある程度わかったけど……
「ダメです先輩……全身を流れる自分の魔力、そのイメージが捉えられません。」
「まあそんな簡単じゃねぇよマイハニー、手前が技術を身に付けるには最終的に“感覚”が頼りになる……俺はそこに至る道筋を理屈で固めてるだけだ。」
前田先輩はずいと顔を寄せてくる。
「時にマイハニー、お前は星辰潜行を経験しているらしいな?」
「え、なんでそのことを……」
「お前は魔力の核心を既に知っている……だから感覚的にも、魔力の流れと経絡を理解できる筈だ、わかるか?」
「わ、わかりません……」
「あまり難しく考えんな、一通り学んだら後は……感じろ……」
「感じる……ですか……」
「そうだ……瞳を閉じ、全身全霊で、感じるんだ……俺達は今何処に居る?」
「僕たちがどこにいるって、それは……」
「海だよ……」
「海?」
「そうだハニー、俺たちは今……友情という精神の大海原の上に、共に立っている……」
精神の大海原……星辰潜行、個の深層たるグラマー界のさらに下層、衆の深層……アストラル界……
僕は知っている……魂の千尋に触れる、その感覚を。
しばらく目を開けたままぼーっと突っ立つ僕を、前田先輩はにんまりとした顔で見つめていた。
──────
「Na na na na na na na na na〜♫」
突然、大音量のポップソングが流れ始め、無心の集中が途切れる。
な、何事……!?と音のする方向へ振り返ると、前田先輩がスマホを取り出していた。
「な、何ですか……!?」
僕が尋ねると、前田先輩はきょとんとする。
「何って……AKBのフラゲだぞ、知らねぇのか?」
「いや、知らないわけじゃないですけど……ずいぶん昔の曲ですね……」
「……時代だな。」
四つしか違いませんよね?……って、僕が訊きたいのはそういうことじゃない!
前田先輩は通話口に耳を当てると、すぐに顔を顰める。
「……何?予想より早ぇな、もう動き出したか。」
それとほぼ同時に、辺りに急激に立ち込め出す「危険のにおい」……何かの緊急事態?
「ハニー、よく聞け、状況が変わった……」
「状況……?」
「本来ならお前を捕らえようとした真の理由、その背景にあるモノ……それを拐った後でじっくり説明するつもりだったが、その真の理由の方が来やがった。」
「し、真の理由って……」
「正確な数は不明だが、現在会場内に数十体はくだらねぇ怪魔や妖魔が湧いてるらしい……中には特種らしき個体も数体確認できるとのことだ。」
「す、数十体……!?すぐに応援を呼ばなきゃ……」
「そうしてぇところだが、通話は圏外、無線もダメ、おそらく俺たちは囲い網漁をされてる。」
「そ、そんな……じゃあどうすれば……」
「落ち着け、できねぇことだらけになったお陰で、逆に今やるべきことはかなりシンプルになった。」
「シンプルに……?」
「おう、とにかく俺たちは迫り来る妖魔や怪魔を食い止める、ただそれだけ!運営部からの応援はいずれ必ず来る!それまでどうにかして藩校生たちを守り、時間を稼げるかってことだ。」
特種が何体も居るような状況下で、僕ら藩校生だけでどこまで食い止められるだろう。
それでも今は……前田先輩の言う通り、少しでも太刀打ちできる藩校生が前に出て、他の藩校生の安全を確保することが先決だ。
「悪いがハニー、お前にすべき説明は全て後だ……今はただ、共に闘おうぜ!!こっちだハニー!!」
「はい!」
風を切って駆け出す前田先輩の後を、僕も全速力で追う。
今度は必ず……守り抜く!
──────
─2031年4月24日 10:40頃─
〔上田藩 上田市 菅平高原 菅平湖周辺〕
〈蜜柑・目白・ハッチ・ソウカ・タテハ・隆輝・政佳 VS 鬼火・幽幻〉
ガン!ガキイィン!
粘液を繰る双刃に向かうのは、聖鎧に武装した姫と従者。
「天貝先生に化けて出てくる直前まで、こいつは少しも気配を流さなかった……皆、こいつから目を離すな!次に消えられたらどこから強襲されるかわからねぇ!」
目白は周囲に呼び掛けながら、高速で三段突きを繰り出すが、幽幻は片手の剣で叩き落としてしまう。
「クソッ……(全部見切りやがった!)」
「戦いにおいて最も重要なものは“驕り”と“愚かさ”だ……人間は自らの経験則や願望から、無意識に油断をしたがる、だがお前にはそれが少し足りない。」
「褒めてるのか?そりゃ光栄だな……生憎お前を見てると、とても油断しようだなんて気にはなれねぇからな。」
「はぁっ!」
火麟に炎を纏わせ、後方から斜めに斬り掛かる蜜柑。
幽幻は目白の方を向いたまま、もう片方の剣で蜜柑の剣を受け止める。
「甲府の誇る御庭番……叔父上を2人も牢に送り、一度は鬼火を退けたというが……末端だけならこんなものか。」
ヌルッ
幽幻は双剣の側面に二人の剣を滑らせながら、姿勢を屈め、剣を横に構えたままくるりと一回転する。
蜜柑と目白は咄嗟に半歩下がるが……
ニュインッ……ガッ!
突然、幽幻の双剣が膨らむようにして伸び、二人の胸を掠めた。
蜜柑と目白はすぐさま飛び退く。
「聖剣が……伸びた……!?」
胸を摩りながら驚愕する蜜柑に、幽幻は目を細めたまま剣を下ろす。
「すんでのところで躱したか……大抵の奴なら今ので胸はパックリ裂けている……腐っても御庭番、反射神経は侮れないようだな。」
「お、お褒めに預かり光栄です!」
ヒュッ
すかさず無言で刺突を繰り出す目白。
幽幻はすぐに目白に目を向けると、霆喘の鋒に向けて雨乱を押し出す。
そして……
ニュルルルンッ
雨乱はいきなりグニョグニョとスライムのように姿を歪め、螺旋状に霆喘の刀身を包み込みながら、剣を持つ目白の手へと一気に達した。
「うっ……!?」
ヌルヌルの触手のように変化した雨乱を、幽幻は振って撓ませると、雨乱は波打ちながら目白の腕を包んで締め上げる。
「め、目白くん!……って、あ、足が……!」
その様子を見た蜜柑はすぐに跳び上がろうとするが、足がネバネバとした物体に絡め取られて上がらない。
「俺には近付かない事だ……忠告が遅れて悪いな。」
ゆっくり口を開きそう漏らす幽幻の周囲の地面からは、トロトロとした粘液が汗のように滲み出している。
「何の能力だ、こいつ……ぐぁっ!」
幽幻は睨み付けてくる目白に巻き付いた触手を掴むと、そのまま片手で大きく目白を振り回し、蜜柑に打ち付けた。
ガンッ!
「うっぐ……悪い、蜜柑……」
「いたた……こっちは大丈夫です!目白くん!」
倒れ込む二人に、さらに大量の液体が纏わり付く。
手から流れ落ちる餡掛けのような液体に目をやりながら、目白は蜜柑に話す。
「おそらくあいつのソウル能力は“粘液”だ……」
「ね、粘液……?」
「それもただドロドロした液体を出すだけじゃない、粘り気の強さを自在に操作できるんだろう……ソウル能力の効果が聖剣にも及ぶのは俺たちと同じだ。」
「悠長に解説している場合か?お前達は既に……退くも進むも叶わぬ身。」
二人に向かって歩み寄る幽幻。
「くそっ……動けねぇ……!」
倒れ込み身動きが取れない目白。
蜜柑はすぐさま掌印を組むが……
ベチャッ
「むぐっ!」
「させると思うのか。」
幽幻はすかさず粘液の玉を投げ付け、蜜柑の口を塞ぐ。
目白は隙を見て脚に纏わり付いた粘液に電流を通すが、電熱を受けた粘液は硬く固まってしまう。
「何……!?」
「俺に狙いを付けられた、その時点で……お前達は俎板の上だ。」
「硯桜華の居所を吐かないというなら……仕方ない、ここで殺すか、拷問か……」
そう言いながら、幽幻は双剣の鋒を二人の鼻先まで近付ける。
すると次の瞬間……
「『鏡花水月・流れよ“水桜”』!」
ザフッ!
慈水を纏った斬撃が、木々を掻き分け上空から降り注ぐ。
ガキィンッ!
ぶつかり合う刃、飛び散る飛沫。
「桜華……!」
「も、ごが、ご……(桜華くん!)」
幽幻は鋭い目をギロリと桜華に向ける。
「噂をすれば……来たか、お前の方から……」
〔つづく〕
─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─
〈tips:聖剣〉
聖剣No.7
【霪潦剣・『雨乱』】
世界の楔となる20本の聖剣の一振で、雨の聖剣。
現在の所持者は石見幽幻。
始令は「雨霖鈴曲・這い寄れ〜」。
刃渡40cm程の2本の大包丁の外観で、刀身の紋様は杢目調。
神威と並んで珍しい二振の聖剣であり、2本を以って1本の聖剣とする。
2本を繋ぐ鎖は聖剣ではなく、幽幻が自前で取り付けたもの。
詳細な記録が少ない聖剣の一つで、甲府御庭番衆もその詳細を把握していなかった。
─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─
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