009.Another episode シラ 「始まりの悪夢」
少女は耳に入ってくる誰かの声と眩しい光によって、目を覚ました。
くすんだ金髪にそばかすが少しだけ目立つが、十分以上に可愛らしい顔つきをした少女。
美少女と言っても過言ではない彼女の名は、シラと言う。身分はただの村人なので姓はない。
「……う~ん……ふぁ~ぁ……、もう朝ぁ?」
シラ本人としては、目蓋の裏から感じる眩しさと僅かに聞こえる音から朝がきたのだと思って起きたようだが、実際はまだ深夜である。
時間的にはもうすぐ夜明けがくるであろうが、それでも今はまだ寝ていてもいい時間だ。
「朝なら……早く朝ご飯の準備もしないといけないね~。今日はお客さんもいるんだから、頑張らないとッ」
けれど、シラは一度自分の両頬を手で叩くとすぐに簡素なベッドから起き上がってしまう。
全ては彼女をゴブリンの集団から救ってくれた恩人、ジャックのためであった。
急ぎ足のままシラは狭いリビングを通り過ぎ、調理場へ向かおうとするが、何かに気がついて足を止める。
「? あれ? ジャックさんがいない……どこへ行ったんだろう?」
シラが目を向けていたのは、昨晩――ついさっき――ジャックが寝るために使っていたリビングの床に敷かれた毛布だった。
無造作に放られたままの毛布を見ると、シラはなぜか寂しく思う。
何だか心に穴が開いたような気持ちになるのだ。
同じルッジ村に住んでいる他の村人たちは、思いっきりシラを避けている。
シラも何となくそのことに気づいており、常に孤独で、疎外感の中を生きてきた。
彼女は本質的に寂しがり屋である。
だからこそ、シラは自分の心を埋めてくれるような存在を欲し、客であるジャックに対して自分の行動で喜んでほしいという純粋な気持ちを無意識的に持っていた。
そうすることで彼女は心を埋めてくれる存在と一緒にいられることを願っていたのだろう。
「う~ん……先に朝ご飯を作ってからにしよう」
そうして暫く、シラは家の中ならいなくなったジャックを探すか、それとも先に朝食の用意だけしとくかと悩んでいたが、すぐに結論がつき今度こそ調理場へと急ぐのであった。
数分後、シラは家の唯一の出入り口である玄関を眺めながら、食卓の上で暇そうに頬杖をついていた。
「遅いな~……どこへ行ったんだろう? ジャックさん……」
朝食の準備もとっくに出来上がっており、後は客人であるジャックを待つだけのシラであったが、時間が経つと次第にうずうずしだしてしまい、自分から家の外まで探しに行こうと考え始めていた。
「……うん、そうだよね。もしかしたら迷子になってるかもしれないし……私が迎えに行ってあげないとッ」
余程の方向音痴でない限り、このルッジ村のような小規模な村の中でも目立つ位置にあるシラの家を見失って迷子になることなどありえないし、ジャックも別に方向音痴ではない。
シラもそのことを分かった上で発言したのだろう。若干目を泳がせている様子を見るに、それを口実にジャックを探しに外へ行きたいのだと分かる。
そうして誰ともなしに言い訳のような言葉を残したシラの行動は早かった。
誰もが驚くほど一瞬の早さで、着替えも自身の外見も整えたシラは嬉々として玄関の扉を開き、外へと飛び出すのであった。
「行ってきま~すッ……ふふふ、自分の家に連れ戻すために私が誰かを探しに行くなんて……。何だか新婚の妻が夫を探しに行くみたいで、少しだけ楽しいな~……ふふッ」
……見方を変えれば、彼女の孤独が重傷すぎたが故の言葉であった。
「え……、何……これ……」
呆然自失。理解不能。
煌々と目の前に広がる赤き炎を見て、シラは混乱していた。
そこは彼女が普段から目にするルッジ村の中心。
村で一番立派な村長宅があるはずの場所であった。
常に村人たちが集まり、楽しそうに日々を過ごしているという、シラにとってはまさに憧れの象徴とも言うべき建物が村長宅なのだ。
けれど今、シラの目の前に広がる光景に、かつて見た憧れはどこにもなかった。
現実を目の当たりにして、シラはとうとう決定的な一言を紡ぎだす。
「何で……全部、燃えているの……?」
シラの憧れの象徴は、村長宅は、その原型を留めることができないほど、燃え盛る炎によって焼き尽くされていた。
そして、何より炎で燃やされているのは村長宅だけに限る話ではない。
実はこの村長宅まで来る途中において、シラは既にその目でルッジ村が、自分の家以外の全てが炎に包まれているのを確認している。
けれどその時、彼女は現実を認めようとはせず、幻だと切って捨てたのだ。
起床時に目蓋の裏を差す朝日がまさかの故郷を焼き尽くす火炎であると、僅かに耳に入った喧噪がまさかの死に瀕する村人たちが上げた悲鳴であると、シラは決して認めたくなかったのだ。
だからこそ無意識の中に現実であるこの光景を幻であると認識し、そのまま当初の目的通り村の中心までジャックを探しに来たのだが、自身の憧れの象徴である村長宅を目視した途端に彼女は目を覚ましてしまったのだ。
「あぁ……ぅ、ぁぁッ……ぁ、ぅぁッ……」
止めどなく頬を伝う涙を拭うこともせず、シラは覚めたその目で現実を直視し続ける。
いつか自分もこの場所で他の村人たちと笑い合いたかった。
そんな自分のささやかな夢と日常はたった今、崩壊した。
そのことを彼女の混乱していた思考は理解したのだ。
『…………ァ゛ア゛ア゛ァァァァッッ! ………………神敵ィッ…… 顕在ィィッ! ………… 』
その、この世の全てを憎悪するそうな声によって、呆然としていたシラの意識は現実に戻った。
半ば無意識的に、ゆらゆらと揺れる体に力を入れ、声が聞こえてきた方向に向かって足を進める。
心のどこかで、まだ生存者がいることに安堵する一方、そんな現実に期待を持てないほどシラの心は歪んでいた。
そうしてとうとうシラは現場に辿り着く。
果たして、そこには死体が一つだけ存在していた。
「…………ディルス……さん……」
体に大きな何かで貫かれた痕と頭部を粉砕されている他、完全に干からびているために誰なのか判別もできないのだが、シラはすぐ傍に魔法を使うための魔道具が転がっているのを見て、即座に最近この村の住人としてともに暮らし始めた魔術師であることを見抜いた。
何をするわけでもなく、シラはその死体を眺め始める。
過酷な現実の連続により、彼女の思考は既に止まっていた。
「あれ……? 足跡……、……それに新しい……」
ふとその時、シラは死体の近くに真新しい足跡が残っていることに気がついた。
シラに足跡から相手の状態を推理するような才能はない。
けれど、この時彼女は確かに感じた。
この足跡の主はまだ生きているし、何かこの事件に深く関わっている、……気がする。と感じたのだ。
シラはその足跡を辿るように再び、移動を始めた。
やがてシラは足跡の主へと追いつく。
「……ぁ……あ……ッ」
一人の男が背を向けて森の方向へと歩いて行くのを、彼女はその視界で捉えた。
足を一歩踏み出すごとに左右の方を静かに揺らすその様は、まるで幻を見ているような気分にさせる。
その後ろ姿を観察した結果、特徴的なのは真っ白な方まで伸びた髪であると分かったが、シラの知る限りそんな髪色をした人物はこれまでの人生においても見たことがない。
だが、もう一つの特徴である黒い上下の服を見た時、彼女は思わずハッと何かに気づいてしまう。
一瞬。そう、一瞬だけであるが、彼女は自身の恩人であり、さっきまで自分が探していたはずだった黒髪黒目に全身を黒い服で包んだ客人――ジャックの姿をその白い男の背に重ねるように幻視してしまったのだ。
「ジャック、さん……?」
だからこそ、衝動的にその言葉が零れてしまった。
冷静に考えて、自分が知る客人の姿と全く違うと思考の中で否定する一方、彼女の直感は目の前の存在こそが自分を救ってくれた恩人だと感じていた。
正解か、不正解か。
時間にして一瞬。けれどシラにはその時間が数時間もの長さに感じられる。
「……」
白い男の足は――止まった。
目の前の男はジャックだ。
シラの冷静な思考もそう判断することができた。
「ジャックさん……ですよねッ!?」
この状況下において、ようやく見つけられた自身が縋ることのできる相手を前にして、必要もないのに彼女は再度白い男――ジャックの素性を問いかけた。
「……」
当然、それに対する応えはなかったものの、シラは元より返事になど期待していない。
彼女はただ、今自分が抱えていた緊張感を解放するためだけに、無駄に話しかけていたのだ。
それは興奮する子供が親にいろいろと話しかけている姿に似ていた。
「ここで一体、何があったんですかッ!?」
「……」
「それにどうしてジャックさんはそんな姿にッ!?」
「……」
「私が寝ている間に――――」
「……」
シラは一方的に話をしだす。
それに対して、ジャックは一切反応を見せることはなかったが、それでも彼女は話しかける相手が存在していることに心から安堵を感じながら、口から言葉を紡ぎ続ける。
だが、そんな時間もジャックが無言で歩みを開始させることで終わりを迎える。
「…………」
「……ジャックさん? え? どこへ行くんですかッ!?」
必死で追い縋ろうとするシラであったが、ジャックの背に漂う拒絶の空気を察すると中途半端に片手を伸ばしたまま、それ以上前へと動くことができなくなった。
彼女の人生は、これまで拒絶されてばかりの人生であった。
同じ村の中でも彼女は仲間として扱われておらず、シラは常に遠くから村人たちを眺めているしかなかった。
そんな時に現れたジャックは、シラにとって希望に見えたのだろう。
窮地を救われただけでなく、一から関係を築くことのできる立場に互いがいたこともよかった。
シラはこれでやっと自分にも仲間ができるのだと想像し、そのための努力を精一杯やっていこうと心に誓っていたのだ。
だからこそ、現在シラは拒絶の空気を纏っているジャックを見て、咄嗟に動き出すことができずにへたり込んでしまっている。
その場で項垂れたまま、彼女の心はゆっくりとトラウマに蝕まれていく。
よく思い出すと、自分が暮らしているこのルッジ村も炎によって焼き尽くされそうになっている。
もう少しだけ時間が過ぎれば、立派な廃墟が出来上がるだろう。
完全に居場所がなくなってしまった未来を、シラは即座に想像することができてしまう。
「…………ぁ」
既にどうしようもない現実に、最後にジャックの姿を見てみようと、思い切って顔を上げた時だった。
いつの間にかジャックが近くにある紫色に咲く花を素手で引き千切ろうと、手を伸ばしている光景が目に入る。
その毒々しいまでに紫色の花は、この辺りでは特に危険なために知られているトリカブトの花であった。
咄嗟にシラは思考を巡らせる。
触れるだけで危険なその花について、どうやらジャックは知らないようだ。
ならば、それを優しく自分が教えてあげたらどうなのか?
恐らく感謝してくれるだろう。
そうすれば少しはなんとか役に立てる仲間として見てくれるかもしれない。
そこまで考えてシラは決意とともに、再び力強く立ち上がった。
あまりにも残念で哀れな思考だが、半分くらいは環境のせいではなく、彼女の素である。
「あれ? ちょっとッ! ジャックさんッ!? 何をするのかと思えば、それって猛毒があって危険だから触っちゃダメなやつですよッ!?」
わざとらしく心配そうに声をかけるシラ。
しかしジャックはちらりと視線を向ける――こともなく、そのままシラを無視するようにトリカブトの花を素手で引き千切った。
「いやぁぁぁッ! どうしようッ! 死んじゃうッ!」
それを見て、ようやくジャックの様子を心配しだしたシラは喚きだす。
結局、それでもジャックはシラを気にすることなく手元で何かの作業を始めてしまうのであった。
暫くすると、ジャックが無事でいることにシラは気づく。
そうしてすぐに喚くことを止め、彼女がやっと大人しくなった時だった。
「さぁ、“狂え”」
ジャックの、その鋭い声が辺りに響き渡る。
一体何が起きたのかシラが首を傾げていると、ジャックがゆっくりとその手に持つものを彼女に見せる。
「わぁッ! なんか凄い綺麗な髪飾りができましたねッ!」
その言葉通り、ジャックは素手で採取したトリカブトを使って時間もかけずに、妖しい光を放つ非常に美しい髪飾りを作りだしたのだ。
束の間にシラも現実を忘れながら、そのままトリカブトの髪飾りに見入ってしまい、完全に呆けた顔を晒す。
ジャックは、そんな彼女の表情を一瞬だけ視界に収めるも特に何か反応を返すことなく、無表情のままその髪飾りをシラの髪に取り付けようとした。
「…………」
「……え? ぁ、あの……ジャックさん……?」
これまでずっと無反応を通されており、更に目の前の美しい髪飾りのせいで油断しきっていたところだった。
そんな時、唐突にジャックがシラに接触してきたのだ。
例えジャックが未だに無表情のままでも、シラはその行為自体に嬉しさやら幸福感やらで心が満たされていくのを感じ、自然と頬が緩んでいく。
丁寧に髪に飾り付けてくれるジャックに対し、シラが若干熱に浮かされたような目を向け続けていたが、安定のスルーで気づいてさえもらえなかった。
「……よし」
そんなシラが正気に戻ったのは、丁度ジャックが彼女に髪飾りを取り付け終え、一歩だけ離れながら初めて口を開いた時であった。
そこでようやく、シラはジャックから貰った髪飾りがトリカブトによってできていることを思い出し、今更ながらに不安感を抱き始める。
「あの……ジャックさん。これってトリカブトですよね? 今更ですけど、毒は大丈夫なんでしょうか?」
「あぁ、こっちでもトリカブトって言うんだな……。問題ない、大丈夫なようにしてある」
「そうですか……」
返事はこれまでの経緯もあって期待をもてず、それでもついジャックに聞いてしまった質問だったのだが、なんと普通に返事をもらえたことにシラは驚きのあまり気が抜けてしまった。
ジャックも呆けたままの彼女にすぐに気がつき、改めてシラに注意を促してから続ける。
「シラ、よく聞けよ」
「え? 何でしょう?」
「トリカブトには花言葉がいくつかあってな……」
正直、彼女が聞きたかったトリカブトの安全性についての話は、つい先ほどジャックがあっさりと教えてくれたため、これ以上彼女がトリカブトに関して聞きたい話はないのだ。
けれど、せっかくジャックがこうして自分と会話をしてくれているため、とりあえず最後まで聞こうとシラは耳を傾ける。
「花言葉……?」
ジャックが語り、シラが無難に言葉を返す。
「そうだ……。騎士道、栄光、人嫌い、厭世家」
けれど、ジャックのその言葉をきっかけに、シラは彼女を取り巻く空気が重いものに変じたことに気づく。
はっきり言うと、シラにはジャックの話が半分も理解できていない。
「そして――――――復讐」
だからこそ、ジャックがわざわざ重苦しい空気を放ち、言葉を溜めてから言うその言葉にも、当然のようにシラは首を傾げるしかなかった。
むしろ、その時初めてジャックと目を合わせ、その変わり果てた姿に彼女の印象は全て持って行かれていた。
白髪と青白く変異した肌はもとより、充血した白眼に血が流れた痕のような赤い筋。
更にジャックの無表情を加えると妙な威圧感も感じて、思わずシラは飛び上がってしまうほどに驚いてしまった。
彼女の目には、黒い姿のクールだったイケメンが一晩の中に、白い姿のどこか妖しい空気と色気を醸し出すイケメンに変異してしまっているというように映っている。
どちらにせよ、既にどうしようもない話であったのだが、次のジャックの言葉でシラは過酷な現実と向き合わされることになるのだった。
「つまり……このルッジ村の村人を皆殺しにし、更に焼き払ったのが――俺だ」
思考が、止まる。
今度こそ完全にシラは硬直する。
花言葉の段階で、理解した振りをして会話を中断させておけば良かった。
もう今更後悔しても遅い。
彼女は知ってしまった。
ジャックの口から言わせてしまったのだ。
そうしてシラは全てを理解した。
事前にジャックが話し、半分ほど聞き流していたものの、彼女は頭の中で全ての話を繋げて理解する。
つまり、ジャックはルッジ村の――シラの仇なのだ、と。
「――ぅ、ぅぅッ、ぅああああぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!!」
いつの間にか、目の前からジャックの姿は消え、たった一人生き残ったシラはその場で悲しみの声を上げ続けたのだった。
◆ ◆ ◆ ◆
「…………」
あのジャックによる虐殺事件から数日が過ぎた。
シラは、未だに炎が燃え続けるルッジ村で唯一無事の彼女の小さな家の中で引きこもっていた。
「…………」
思考は、ジャックから真実を聞かされて以来、停止したままだ。
彼女本人も自発的に何かしようという意思も気力もない。
故に、彼女は呆然としたままとりあえず自分の家に帰り、それ以降はずっと虚空を見つめて微動だにせず、飲まず食わずで過ごしてきたのだ。
……。
…………。
「ふむ、神敵の報告を受けてきたのはいいが……君はそこで何をしているんだい?」
「…………」
ふと、静寂な空間に一人の男の声が響き渡った。
彼女が反応する様子は、ない。
こつこつと足音を立てながら、一人の騎士の格好をした若そうな男が家の中に入ってきた。
「この村で無事だったのは……君一人だけのようだね」
「……ッ……」
家の中を無遠慮に見回す騎士の言葉に、シラはぴくりと、少しだけ反応してしまう。
「話を……聞かせてもらえないかい?」
「…………」
シラの僅かな反応も横目でしっかりと観察していたのか、騎士は即座にそう言う。
「…………」
けれど、結局反応したのは先ほどだけで、今はずっと無反応を貫いている。
「ふぅ……困ったな、どうしようか?」
「…………」
「うーん……では、ここで一つ昔話をしよう」
「…………」
暫く、困ったように首を傾げていた騎士は何を思ったのか、名案とばかりに昔話を始めようとしていた。
「昔――えっと、確か……十五年前のことだったかな?」
「…………」
「とある神敵が暮らす村に、国が討伐部隊を送りました」
「…………」
「神敵は、神の祝福を得た討伐部隊を前に、為す術もなく敗れ去っていきます」
「…………」
「勢いをそのままに、討伐部隊は全ての神敵を滅ぼそうと動きだし、そうして――一人の赤子を見つけ出します」
「……」
「当然、神敵の村から見つけ出した赤子を、周囲は神敵と判断して殺そうとしました」
「……」
「ですがその時、とある奇跡が起こったのです」
「……」
「生まれて間もない赤子が、なんと女神シェルミール様の名を口にしたのです」
「……」
「それにより、討伐部隊の人たちはすぐに気がつくことができたのです」
「……」
「自分たちの本当の目的は、神敵を滅ぼすことだけではなく、その魔の手に捕らわれた奇跡の神子を救い出すことにあるのだということをッ」
「……」
「そうして、その奇跡の神子は討伐部隊を護衛とした上で、それ以降はその村の中で成人するまで育てられていくのでした。おしまい」
「……」
そこまで話し、騎士は未だに無反応を貫くシラを困った目で見つめる。
「参ったね……、僕はつまりこう言いたかったのさ」
「……」
「またこうして村が全滅しても、あの時と同じように奇跡の神子が生きているだけでとても嬉しい。そう、あの時も騎士として君を見ていた僕は思うよ」
「……ぇ」
その言葉に、シラは初めて口と目を開き、驚きの様子を見せた。
騎士はそれに嬉しそうに口端を上げて笑顔を浮かべる。
「十五年前の赤子、奇跡の神子。君の名前をこの僕に教えてくれないかい?」
「……ぃ、し、シラ……です……」
「そうか、そうかッ。シラかぁ……、いい名前だね」
「……ぁ、りがと……ござぃ、ま……」
喉が引き攣り、それでもシラは騎士の顔を見て言葉を交わそうとする。
彼女の心が再び希望を掴もうと開いた瞬間であった。
「僕の名前はメルクリオ。聖騎士メルクリオ=サンタパーニアさ」
黄金の騎士鎧を装備した男、メルクリオはそう言って同じく黄金のヘルメットを外し、爽やかで整った顔と金色の髪を晒した。
「さぁ、シラ? もしも君がこれから行く場所がないのだとしたら――――」
「……?」
メルクリオは片手をシラに伸ばす。
シラはその手を見つめる。
「――――僕の所に来ないかい?」
現れた希望のそんな提案に、シラは――小さく頷き、その手を取るのだった。




