008.epilogue 「狂人転生」
時刻は深夜の三時半を過ぎた頃だろうか。
村長宅の宴席で酔っていた大人たちも、ふと外から聞こえてくるはずの子供たちの声が聞こえないことに気づく。
真っ先にその異常について気がついたのは、気配察知がもっとも鋭いダンテという名の古参の男だった。
「おい、隊長……」
「ダンテ? どうした? 」
「外の様子がおかしい……少し見てくる」
「何ッ? ……確かに音が何もしていないな。頼めるか?」
「あぁ……念のため戦闘態勢だけは整えてくれ」
そうして酒に酔っていた他の隊員たちも警戒しだしたのを見計らって、ダンテは村長の家から外へと様子を窺いに行った。
十三の月によって照らされたルッジ村。
ゆっくりと周辺を見回してから、村長の家を中心に歩きはじめる。
「……何もいないな」
数分ほど探索を行うが、結果として何も見つからなかった。
分かったことは精々、子供たちの足跡から森の方へと行ったことくらいだ。
その程度ならば、日常的になることなので心配はいらない。
「……警戒のしすぎ、だったのか?」
自分の勘が鈍ったのかと首を傾げながら、ダンテは村長宅に戻っていく。
けれどもそこで、唐突に子供たちがいる森の方角から風が吹いた。
異常事態がなかったと思い、安心したことで再び酔いが回ってきた体には、丁度いい涼しさをもった風で――――
「――――ッ!? これは……血の匂いッ!?」
だが瞬時にダンテの鋭敏な嗅覚が、その中に僅かな血の匂いが混じっていることを知覚する。
勢いよく体ごと振り向かせ、その場から飛び退きながら短剣を構えることで戦闘態勢を整えた。
視線の先には森と村をつなぐ唯一の入り口が設置されており―――そこにはいつの間にか長机とその上に置かれた五つの塊のようなものがあった。
「……? あれは……ッ……!?」
目を凝らしながらその正体を見ようとして少しずつ近づいた結果、ダンテは思わず引き攣った声を上げてしまう。
なぜなら、そこにあったモノとは――――森へ行っていたはずである、五人の子供たちの血塗られた生首であったからだ。
「なッ……どういう、ことだッ!?」
流石のダンテでもこれには思考が停止してしまい、混乱する。
それほど強烈な、油断しきったところを唐突に与えられた衝撃だったのだ。
……。
…………。
だが、そんな光景は見ている方からしたら大変つまらない。
ここで俺の我慢にも、ついに限界が訪れた。
(……ふぅ……)
ゆっくりと溜息を吐きながら、俺はダンテの背後から姿を現す。
そうして、心の底から思った。
(全くさぁ……本当に――――)
「――――気づくの遅すぎだろ」
……なお、そんな疲れと呆れを多分に含んだ俺の言葉へと、何の反応も返せずに唖然とするダンテの表情は、本日初めて俺に面白いと感じさせるものであった。
「――ぅ、ァ、ガァァァァァアアアアアアアアッッ!!」
ダンテの絶叫が夜闇に響き渡る。
一瞬のうちに全身を切り刻まれ、四肢も切り飛ばされたダンテは無様にも地面へ這いつくばっていた。
刀の形状にしたネオ・メシアを片手に、俺はそれをつまらなさそうに眺めている。
「おいおい、全身と四肢を切られたくらいで何を喚きだしてんだよ……。それでも本当に元傭兵で隠密部隊のエースなのか?」
自分でも意味のない質問だと思った。
喚くだけで何も話そうとしないダンテを見ていてもつまらなかったため、俺はすぐにその頭部に刀を突き刺すことで黙らせた。
俺の目的はこの村を対象に皆殺しを行うことだ。
そして、できればさっさと殺してこの村を出たい。
だからこそ効率的に復讐をするために、俺はダンテに村中の注意を集めることを求めた。
つまり俺は、敵から俺の方へと来てくれることを望んだのだ。
わざわざ自分から殺しに行くより、殺しに来てもらった方が気分がいい。
そうしてダンテが己の役割を早々に果たし俺の思惑通りに敵を引き寄せてくれたため、これ以上生かす理由もなくあっさりと殺したのだ。
俺にとっては人質にするほどの価値もないし、特に復讐対象である敵はさっさと殺すに限る。
当然の帰結と言えよう。
「さて……ようやく来たな」
そうこうしていると、瞬く間にルッジ村の村人で隠密部隊員でもある者たちが俺を中心に包囲した。
まず誰もが俺の背後にある机に気づき、その上に子供たちの生首が置いてあるのを見て顔を盛大に顰めながら、邪魔とばかりにダンテの死体を蹴とばした俺を睨む。
その視線に対して、俺も無言で周囲の面々を見渡した。
そうして暫く、じっとお互いを見つめ合っていると村長や隊長と呼ばれる体格のいい壮年、ヤーグが一歩前に足を踏み出してくる。
その目は俺の足元を転がるダンテの死体に向けられていた。
俺はその様子を興味なさげに見つめる。
「……よくもダンテを殺ってくれたな」
静寂な空間を破ったのは、そんな怒気を滲ませた声だった。
これまでいくつもの修羅場を共にしたダンテという男は、ヤーグの人生においても心の底から信頼していた存在であったのだろう。
だからこそ、そんなダンテを殺し、挙句の果てには目の前でその死体を足蹴にした俺に対して警戒も忘れるほど激しい憎悪に燃えていた。
周りの隊員たちもそんな冷静さを失ったヤーグを見たのは初めてのようで、その目に戸惑いの色を浮かべながらも俺に厳しい視線を浴びせ続けている。
「そこまで怒るなよ、所詮ちっぽけなこの村の村人が一人死んだ程度のことだろう? それよりこの五人の子供たちについては無視なのか? 流石にそれは酷すぎるんじゃないかなぁ……。なぁ? 村長兼ヴァリエーレ聖王国聖王直属隠密部隊隊長のヤーグさん?」
「! ……貴様、なぜ儂の名をッ!?」
ここまで煽ってあげると、どうやらやっと気づいてくれたようだ。
目の前にいる俺がただの人間ではなく、計りし得ない驚異的な存在であるということを。
同時にくそ女神をも狂乱させて縛り付けたという自身の目で周囲を見渡せば、いっそ面白いほどに等しく硬直しだす。
俺は硬直したままの彼らを暫く観察することにした。
隠密と名がついているからには、絶対に秘密であるはずの自分たちの情報がなぜか知られている。
更にはまだ子供とはいえ、立派な暗殺者としても働けるような五人の子供たちを人知れずに首を狩る。
とどめに自分たちの部隊の中でもトップレベルの実力をもったダンテが、恐らく一方的に殺されたのだ。
冷静さを取り戻したヤーグはそれらを自覚すると、途端に焦りを感じ始める。
ダンテの絶叫を聞き、村長宅にて戦闘態勢を整え終えていた隠密部隊員たちはダンテを助けようと急いで駆け付けたのだ。
隊長であるヤーグとその右腕的存在のダンテは隊の中でも特に慕われており、そのお陰で全員が即座に行動できたのである。
けれど今回はそんなダンテの絶叫を利用される形で、家で呑気に寝ているシラ以外の村人が引きずり出されたのであろう。
つまるところ隠密部隊は全員が罠にかけられたのだ。
ヤーグは考える。
罠にかけた目的とは何か?
子供たちとダンテは殺されている。
相手は一人。
わざわざ大人数を自分の前までおびき寄せる。
普通ならば数の差で不利になるはずだが、相手はその狂気に満たされた目で見るだけで、そのような数の差さえ軽く超越してしまう存在。
……。
…………ッ!?
瞬時に、理解する……というよりも、既に出ていた結論をより深く確信する。
「――――まさか……」
目の前に立つ、白い髪に充血した白眼をもち青白い肌に特徴的な赤い線を走らせた男は――――。
「クハハッ、気づいたようだな? 自分から殺されに来てくれるなんて嬉しい限りだな、本当に」
やはり、面倒がないようにまとめて来たところを狙っていたようだ。
数人だけならまだしも、隠密部隊全員を連れてきてしまったことが悔やまれる。
今では全員が硬直させられているため、物理的にも動けない。
希望を言えば何とか数人だけでもこの場から逃し、聖王陛下へこのことについて報告をさせたいのだが……。
絶望的な状況下で苦悩するヤーグ。
しかし、それを見て俺は容赦なく退路を断つことにした。
「ついでに言うと、だ。――この俺が復讐対象であるお前らの情報を忘れるわけがないし、まして逃すなんてことは……絶対にありえないことだよな?」
言外に告げた、逃げようと考えていることくらいお見通しだという言葉に、ヤーグと一部の修羅場経験のない新人を除いた隊員たちに更なる絶望感を与えられた。
にやり、と口端を吊り上げる白い男に対して、周囲は顔から血の気を引いていくのを感じる。
けれどそこで、ヤーグはこれまでいくつもの修羅場を潜り抜けてきた経験により、誰よりも早く思考を働かせることで即座に希望という名の活路を見出すことができた。
ヤーグが見出した活路、それは即ち――――
「……ま……待てッ! 復讐だと? それは何かの間違いではないかッ!?」
――単純に人違いではないかという線であった。
周囲もヤーグの言葉に顔色を取り戻し、何度も頷くことで同調する。
確かに彼らの記憶では、最近というかここ数年は誰かを暗殺したりという行動をとっていない。
それ故の反論であったのだろう。
…………。
だが俺は失望感を禁じ得なかった。
全く……人の話を聞いていたのか?
冷静そうに見えて実はそうではなかったのか?
この程度の考えしか思いつかない時点でヤーグたちの底が知れたというものだ。
俺は嘆息しながら、再び彼らに告げる。
「はぁぁぁ……、あのなァ? 俺は復讐対象の情報は全て覚えているといった。つまりお前ら全員について知っているわけだ。それで、何? 人違い? ……んなわけねぇだろッ! ったく……お前ら本当に正規の隠密部隊なのか? いくら元傭兵集団だったからと言っても、そこまで酷い有様でよく国に登用してもらえたものだな……。あぁ、と……それ以上余計なことは聞くなよ? 大体分かってるから、お前らが次に何を聞こうとしているのか。始めに言った通り、俺は復讐対象の情報は事前に調べてある。だからお前らについて知っている。これでオーケー? 足りない頭で理解したか?」
「「「「「…………」」」」」
……しまった。つい殺気が漏れ出てしまっていた。
久々にキレてしまったからか、ヤーグたちが痛いほど沈黙してしまっている。
まぁ、相手の都合なんてどうでもいいことだ。
早速、処刑を開始しようと右手に使い勝手のいい『ネオ=メシア』を顕現させようとし――ふと、全員が未だに困惑した感情を俺へ向けていることに気づく。
「とにかくそういうわけだから――……? 何だ? ……もしかして、まだ俺のことが分からないのか?」
全員が等しく俺に向けるその感情の正体を一瞬で見抜き、次いでイラッとした。
おいおい、これはちょっと鈍感すぎるんじゃないか?
俺の復讐は決して八つ当たりではない。
……確かに最近は【狂天】の影響からか衝動的に抑えきれない時もあるが、それは例外の話だ。
俺が言いたいことはただ一つ。
俺のルッジ村とヴァリエーレ聖王国、そして言わずとも知れたくそ女神に対する復讐心は正当なものなのだ。
だからこそ、こうして目の前で本気で理解できないという顔をされると俺の我慢もつい耐えきれず、衝動のあまり一人か二人ほど殺してしまうのも仕方がないことなのだろう。
「なのでこうしてあっさりと二人分も遺体が増えていたとしても、悪いのは決して俺ではないのだ」
「な、何を……この、狂人め……ッ」
思考の続きをうっかり口から洩らし、ナレーション風になりながらも俺は彼らの目の前で生きた仲間二人の首を瞬時に刈り取ることで殺害した。
ヤーグたちからしたら、その唐突すぎる行動はまさに狂人の所業に見えたのだろう。
実際に俺もイラッとしたから殺したとしか言えないし、狂っていると言われればそれはそれで正解だと納得できるほどだ。
そんな俺を見て、ヤーグが正直な感想をぼそりと吐くが無視する。
「さて、話を戻そうか。お前らはあくまでも俺のことを知らないと言うが……問おうか。さっきまで村長の家で開かれていた宴会は、一体誰のお陰で開けたと思っているんだ?」
「宴会だと? それはもちろん女神シェルミール様と聖王陛下のお蔭だろう」
何を当たり前な、という顔を全員が向けてきた。
とりあえず、またイラッときたため一番近くにいた中年女の首を刎ねる。
一人だけ嘲りの表情を浮かべていたのだ、当然の報いである。
一拍遅れて首に赤い線が走り、ゆっくりとずれ落ちていった。
「ヒィッ!」
「そうじゃない、そうじゃないだろう? 俺が聞いたのはお前らが誰をどうしたから、宴会まで開いたのかということだけだ」
ここでまた五、六人が俺に恐怖して逃げ出そうとしたため、見せしめに殺していった。
それを見て仲間を救おうとしたのか、俺に向かってくる奴を更に八人も瞬殺した。
動かなかったほとんどは頭のいい奴らのようで、俺の凶行を唇を噛み締めながら黙って見つめている。
その中でも特に苦い顔をしていたヤーグが口を開いた。
「宴会を開いた理由……。それは女神様の神託と陛下の勅命を同時に達成することができた……から……で…………」
そこまで言って、ヤーグが驚愕の視線を俺に送り始めた。
他の連中も察したようで、俺の顔を見ては驚いている。
「ありえない……仮にそうだとしても、姿が全然違う」
呆然としながらも、そう呟いた。
ようやく理解してくれたことに満足しながら、俺は首肯する。
「信じる、信じないは別として、この姿になる前の俺は確かに黒髪に黒目で今と同じ服を着ていたな」
「な……ッ! ……まさか……、本当にッ!?」
そうしてヤーグたちは口をそろえて言う。
あの“黒の神敵”なのか、と。
「くくく、クハハハハハハハハハッ!! そうだッ! “黒の神敵”かどうかは知らんがお前たちからすると、つい先ほど聖王城に運び込んだはずの黒髪黒目の男こそが……この俺だッ!」
目の前が赤く染まっていく。
ヤーグたちが背を向けて逃げ出しているのも分かる。
けれど、俺はそれを追わない。
追う必要があったとは思えなかったのだ。
「俺がお前らに復讐したり、殺そうとしたりする理由も理解したよなァッ!? 忘れたとは言わせねェッ! というか、口にする前に殺し尽くしてやるッ!! クハッ、クハハハハハハハハハハハハハハッッ!!」
彼らの信じる神は救いの手を伸ばさない。
その神もまた俺の復讐対象であるのだから、むしろ伸ばせない状況にあると言った方が正しい。
世界もまた彼らの生存を許さない。
例え彼らが生き残るように運命が俺の邪魔をしようと、必ず俺の【狂天】という名の元に全てを破滅へと狂わせてやる。
全力を出し尽くしているせいで殺気や狂気、覇気といった様々な力を辺りに撒き散らしながら、俺は逃げ惑う村人兼隠密部隊員を次々と狩っていく。
そうして改めて[鬼神の力]の使い勝手の良さに感動する。
神域で天使を殺した時にも思ったが、身体能力を大幅に向上させただけで戦闘がかなり楽になるのだ。
あのくそ女神と戦闘をした時のように、[鬼神の力]を【狂天】によって限定的な狂化をすれば、今の俺にとっては亜光速レベルの速度を出すことすら容易いことである。
そして今回は最初から全力を出すと決めていたため、始めから【狂天】の限定狂化を使用して、身体能力を亜光速レベルまで引き上げて戦っていた。
当然、それに伴い他の身体能力も同様のレベルに上昇しているのだが、俺だけがまるで停止した世界の中で動き回り、そして村人兼隠密部隊員を軽く触れると破裂するという結果になる。
仕方なく、何の抵抗も感じないことをいいことに、適当に体ごとすり抜かせながら殺していく。
そんな戦闘とも虐殺とも言えないような作業を繰り返し、とうとう残りが三人ほどになった時に俺は、[鬼神の力]にかけていた【狂天】の限定的な狂化も解除して、体感速度もようやく元に戻すのだった。
そして全ての時間が正常に戻る……
つまり俺の行った全ての攻撃がこれにより、この世界に認識される瞬間が訪れた。
――――シュバッ……
やけに高く、軽い謎の音がルッジ村全体に響く。
そしてすぐに思考する時間も許されないほど短い、一瞬の隙に周囲の全てが静かに、しかし激しく燃え始める。
ルッジ村の家も地面も何もかもが火の海に包まれた瞬間であった。
原因も分かっている。
もちろん俺である。
実は[鬼神の力]の制御が未だに分からず、その結果として想像以上の身体能力をもつに至ってしまったのだ。
それを抵抗すら感じないレベルの全力で以って駆け抜けてしまえば、物理法則の一環として後から遅れてやってくる空気による強烈な摩擦が出ることも当然の話である。
故に、それによって大きな音が出て、そして間髪入れずに周囲が大炎上したのだろう。
……無茶苦茶な話である。
「クハハハハハハハハハハハハハハハッッ!!」
けれど、それでも俺は火の海の中で狂笑を上げ続けた。
この程度の炎では[鬼神の力]は愚か、《十六夜兵装》の中でも最強の防具である『第十五兵装:最終究極紳士服』は絶対に破れない。
ゆっくりと炎を掻き分けながら、生き残った三人へと近づいていく。
あまりの熱さに悶え苦しんでいる様子も見えてくる。
生き残ったのは村長兼隠密部隊隊長であるヤーグと、回想で怒られていた新人のディルス、そしてそこらにいそうな中年の三人であった。
「くくく、調子はどうだ?」
その無様な姿を見ると、笑いが止まらなくなる。
ヤバイな、これ……すごく愉しい。
しかしそんな俺に反応する余裕もないようで、ヤーグたちは必死に自分たちに襲い掛かる炎を払おうとしており、俺の皮肉は無視される形になってしまった。
……どうせすぐに殺すことになるんだし、こちらに気づくまで待ってみよう。
「ぐ、ぅぅ……くそ、いつの間にこんな大規模な魔術を……、ディルスッ!」
「うくぅッ! あっつッ! ……何でしょうかッ!? 隊長ッ!」
「風だッ! 早く魔術結界を作れッ!」
「……ッ……そうかッ! 了解ですッ!」
……ん? 魔法だと?
そういえば……ディルスっていう新人は確か、隊の中でも魔法の腕がトップクラスに位置するんだっけ?
俺の疑問を余所に、ディルスはぶつぶつと何かの呪文を呟き始めた。
今まで全然気にもしなかったのだが、この異世界ではなぜか全員が日本語を喋っている。
あまりにも自然すぎていたため初めて、呪文ではあるが別の言語を聞いたことで俺はその事実に気がついた。
これもまたご都合主義というものなのかと思うが、違和感しかないため気味の悪さしか残らない。
「――“暴風結界”……ッ!」
そうこうしている間に呪文の詠唱が完了し、ディルスは彼ら三人を中心に炎を弾く風の結界を作りだす。
その間の俺はというと初めてみる魔法に軽く感動を覚えており、一切動かずに見守っていた。
くそ女神も神力を操作することで今の魔法のように結界を作りだしていたが、あれは魔法というより超能力というものだ。
俺は天格者になったことで超能力に似た力である天能や異能を扱えるようになったが、魔法だけは使えない。
だからこそ唯一俺に使えないファンタジーの定番である魔法に、こうして見入ってしまっていたのだった。
「ほぅ、すごいな……魔法」
昔見た魔法使いの映画を思い出す。
姉や幼馴染たちと一緒に一時期はハマっていたものだ。
そうして自分たちも魔法を使ってみたいと子供ながらにも憧れたもので、将来はいずれ魔法使いになるとバカみたいにはしゃいでいた。
しんみりとした雰囲気を醸し出し菩薩のような穏やかな顔をしながら遠い目をしていると、結界内から余裕を取り戻した三人が怪訝な目を向けてくるのが分かった。
…………。
そうだな。今の俺は復讐者だ。
過去は過去で大切な思い出だ。
だからこそ、その思い出まで踏み躙られないためにも俺は自分自身の敵を殺し続けるのだ。
それでは再開しようか。
遊びはもう、終わりだ。
「休憩は終わりか? ならば続きを始めようか……“顕現せよ、『第二兵装:我喰』”」
そう宣言してから俺は片手を掲げ、そこに一本の巨剣である『第二兵装:我喰』を虚空より取り出す。
即座に『我喰』の固有能力である【吸収】を発動させ、俺と三人を中心とした一定範囲にある炎を全て喰らい去った。
正直炎という超高温によって視界を揺らされ続けるのは、地味に鬱陶しかったのだ。
「あ、あれだけの炎を一瞬で……」
そんな『我喰』を片手に佇む俺を、三人は呆然と見つめる。
……クハハッ、いい顔してるなァ!
三人の様子に満足感を覚えた俺は、続けて『我喰』を頭上まで持ち上げ、大きく構えた。
「それじゃ……恨むなら世界を恨め、憎むならくそ女神や聖王を憎め。そして後悔しろ、この俺を敵に回したことをなッ!」
そうしていざ『我喰』を振り下ろそうとして……気づく。
「呪文を詠唱した様子もなかった……ということは、まさかッ! 無詠唱……!?」
「ですが隊長……俺には特に魔力を感じられませんでした」
「それは本当か、ディルスッ!? ……儂ら以外が認識する間もなく瞬殺され直後に出現した炎といい、それが魔術でなければ一体何だというのだ……!」
「…………」
……こいつら。
どうやら俺の話は全く聞いていないようだな……
うーん……仕方がない。
放心した状態で殺してもつまらないし、だったら――――
「――えい」
気の抜けた声とともに、俺は軽く『我喰』を振って魔法で作られた結界を切る。
その結果、全く抵抗を感じることなく切れてしまった。
魔法って意外とすごく脆いものだな……
ファンタジーの代名詞とも言えるはずの魔法に少しだけ幻滅した。
それはともかく、俺は結界を切った勢いをそのままに、未だ呆然としている三人へと巨剣『我喰』を叩き付けるようにして振り下ろす。
無論、その攻撃に多大な殺意を含ませることも忘れずに……
「――ッ!? ヤーグッ! ディルスッ! 避けろォッ!」
「なッ!? ――ミルコォォォッ!!」
反応、というより俺の殺意が宿った攻撃に気づけたのは一人だけ。
ヤーグにミルコと呼ばれた、どこにでもいそうな中年の男であった。
『我喰』が三人に当たる寸前に、ミルコはヤーグとディルスを突き飛ばす。
それによってヤーグは初めて俺の攻撃に気づき、そして自分以外に唯一生き残った古参であるミルコがその巨剣に呑みこまれていく姿を目の前で見せつけられた。
俺も今まで一切目立つことのなかったミルコという中年が、まさか物語のクライマックスで繰り広げられる感動シーンのような最期を迎えるとは思わなかった。
だからこそ、俺はたった今抱いた正直な感想を口にする。
「まぁ……でも。見事なほどにかませ犬っぽかったなぁ、あいつ」
「――――ッ!? ……何、だとォ?」
仲間の死に様に放心していたヤーグの目に憎悪の炎が宿った。
そしてその憎悪の目に映るのは、嘲笑を浮かべた俺の表情。
「き、キサマァァァッッ!!」
「ちょッ、隊長ッ! 落ち着いてッ!」
――――ガッ……バキィィンッ
余程俺の挑発が効いたのか、とうとう我慢も限界を超えたようで、俺への恐怖心などもかなぐり捨てたヤーグがディルスの制止を無視して突っ込んできた。
そうして腰に下げた長剣を素早く抜き放ち、俺に鋭く切りつけてくる。
けれど当然のように俺が反応できない速さでもなく、俺は冷静に巨剣である『我喰』を斜めに倒しながら半身に添えた。
それだけで俺の狙い通りにヤーグの鋭い剣筋は『我喰』の刀身に自らぶつかっていき、結果として俺の巨剣よりも全てにおいて劣っているヤーグの長剣が砕け散る。
「ほら、次はどうするんだ? お前の武器はもう――――」
「死ねェッ! この化け物めェッ!」
「――――粉々に……って、またかよ。いい加減人の話を聞けよ、おい」
武器を失ってもヤーグは諦めずに素手で殴りかかってくる。
その場から動かなくなったディルスはそんなヤーグを困惑した表情で見つめ、ついでに話を遮られた俺も大いに機嫌を損ねた。
そもそも俺の殺意に影響されずに攻撃できる人間なんて、正気を失っている存在に他ならない。
つまりヤーグは俺の狂気に中てられた結果、今の状態になったと簡単に分かる。
なので俺の話を聞かずに遮ったりするのも完全に俺の自業自得と言い切れるのだが、そんなことはどうでもいい。
なぜならどちらにしても、最後に俺は必ずヤーグを殺すのだ。
正気でいようが狂っていようが関係がない。
「話が通じなくなっていることが物凄く残念……いや、そうでもないか? 無様な姿が見れたことはいいが、復讐としては物足りない感じが……。……うーん……」
くだらないことで俺は深い思考にはまりかける。
しかし狂ったヤーグが滅茶苦茶に殴り続けてきてくれたため、すぐに意識が戻った。
ふとディルスと目が合うとびくっとした反応を返される。
心なしか、先ほどより離れているようにも見え――――。
「あ、うッ……別に、逃げようとか考えていたわけでは……」
……ほぅ。
なんかディルスが俺の隙をついて逃げようとしていたため、とりあえず『ネオ=メシア』を鎖鎌の状態で顕現させながら鎌を足に突き刺し鎖を巻きつかせることで移動手段を封じる。
悲鳴を上げながら倒れるディルスを後目に、俺は狂乱したままのヤーグに再び向き直る。
「……はぁ、もうどうでもいい。どうせ殺すことに変わりはないと結論も出ている。これ以上余計なことを考えるのも止めだ。なぜか知らんが、思考が逸れ易くなっているしな……。だから――もうお前も死ね」
今度こそ、俺は『我喰』を勢いよくヤーグに叩き付ける。
意味不明な雄叫びを上げるヤーグは、次の瞬間文字通りの肉塊にその姿を変える。
いや、空気と地面をも切り裂いた巨剣は肉塊を更に肉片以下のものに変えていたため、その表現は多少不適切であった。
それはともかく、村長兼隊長だからといって無駄に生き延びたヤーグもこれで死んだ。
残る俺の敵はディルスただ一人、なのだが……
「くそッ! ばれたッ!」
なんと、今まさに全身を半透明にさせながら、この場から物理的に消えようとしていた。
十中八九、俺の理解の及んでいない魔法が原因だろう。
逃げようとする気配を、俺に一切気づかせなかったところが一番恐ろしく感じられた。
今回は運よく事前に気がつくことができたとはいえ、またあのくそ女神の時のようにあっさりと逃げられる可能性もあったわけだ。
やはりここは早急に魔法について理解を深めていかなくてはいけない。
だが今は逃げようとする敵の分析ではなく、処分を優先するべきだ。
そうして俺に気づかれたことに気づいたディルスは、焦りと恐怖で顔を歪ませながら更に何かの呪文を小声で詠唱し、目の見える形でその体の透明度を加速度的に増やしていった。
「ふぅん……これは透明になったり気配を消したりする魔法か? それとも転移魔法というやつなのか?」
――――ブチィィィッ、ドシュッ、グチャッ
「ギャァァァアアアアッッ!!」
とりあえず鎖と鎌で巻きつかせた片足ごと引き千切り、これまで使用しなかった分銅を[鬼神の力]で強化された膂力でディルスの腹部を狙って投げた。
結果的にそれは容易くディルスを貫通し、そのまま大地に縫い付けることに成功したのだった。
補足すると、どうやらディルスは『ネオ=メシア』に捕えられていたせいで転移が不可能な状態であったようだ。
そのために鎖鎌が巻き付いている片足ごと無理矢理魔法で凍らせることで痛覚を遮断し、すぐに切断して転移する腹積もりだったのだろう。
そこまでしてディルスが転移しようとするのは恐らく俺から逃げるためだけではなく、隠密部隊の上司である聖王にこのことを報告するためだと考えられる。
新人でもその忠誠心だけは本物だ。
だけど俺はそんなことで容赦はしない。
さっきも逃げられそうになったのだ。
ここできっちりと処分する。
自分自身の血溜まりに沈み、呼吸困難に陥りながらもがき苦しんでいるディルスを見据える。
トップクラスに位置する魔術師としての実力を持った男、ディルス。
ついでだ。今はディルスのもつ魔力を貰っていくとしよう。
そうすれば俺にとって不明が多い魔法を使われることもなくなるし、俺も後から魔法について理解を深めていくことができるのだ。
俺は再び『我喰』を片手に顕現させる。
その固有能力は【吸収】。
文字通り、エネルギー体などを強制的に吸収できる能力である。
もう分かっているだろうが、俺はこれでディルスの魔力を根こそぎ奪い尽くすつもりだ。
「“喰い尽せ、『第二兵装:我喰』”」
口下に血の泡を作り、パクパクと無言で開閉させているディルスの心臓に向けて容赦なく『我喰』を突き立てる。
そして、すぐに始まる魔力の吸収。
いや、魔力以外にも生命力など様々な力も吸収しているようだが、結局は俺の糧となるのだから問題ない。
ただディルスが直視するに堪えない姿に変化していってるだけである。
「……ァ゛ア゛ア゛ァァァァッッ!! ――ゥグッ……し、神敵ィッ! 顕在ィィッッ!! ――「いいから早く死ね」――ゴハァッ!」
木乃伊のように干からびたディルスは最期に意味不明なことを叫びだしたが、即座に頭を踏みつぶすことで強制的に黙らせる。
そうして粗方吸収し尽したのを確認すると、俺はゆっくりと三メートルを超える巨剣を引き抜き、虚空へと消す感覚で『我喰』を自身の魂に戻した。
「…………」
ディルスの死体から数歩だけ離れて、辺りを見渡す。
当然のように周囲に広がる炎の海は未だに煌々と燃え上がっていた。
「……終わったな……」
復讐は終わった。
けれど燃え盛る炎と違って、なぜか俺の心は沈んでいた。
神域での天使から始まり、ここでの虐殺でも心が一切満たされなかった。
ただ当然のように復讐対象を殺していき、そこに忌避感や達成感も全く感じられない。
その理由も何となく理解している。
思えば、いろいろと簡単すぎたのだ。
特に[鬼神の力]による強化がいけなかった。
限界以上の力を引き出せるが、俺にはまだそれが自分自身の力だと思えないのだ。
だからこそ、借り物の力で復讐を果たしたようにも感じるのかもしれない。
……。
あぁ、でも……
「これがくそ女神を殺し終わった後じゃなくて良かったなぁ……」
ルッジ村は言わば復讐の練習であったのだ。
借り物の力と感じるのがダメならば、次は自分自身の力と感じるもので殺していけばいい。
そう思えば、まだくそ女神を殺していないことは非常に運が良かった。
俺は、俺のために復讐をし続ける。
「クハハハッ、ルッジ村に居座っていたくそ女神の走狗ども。いい糧となったことをここに感謝しよう」
血に塗れ、炎に照らされ続けた長い夜が終わる。
十三の月の光が、少しずつ太陽の光へと変化していく。
俺は、静かに森の方へと足を進め、ルッジ村を去った。
◆ ◆ ◆ ◆
「ジャック、さん……?」
その声に、俺の足は自然と止まる。
燃え盛るルッジ村を背後に、俺は目の前に広がる広い森を見ていた。
「ジャックさん……ですよねッ!?」
その必死さが窺える問いに、しかし俺は無言を返す。
相手は既に分かっている。
皆殺しにしたはずの村で唯一の生存者、シラ。
奇しくも過去に起こった出来事と似通ってしまったが、彼女本人はそんなことは知らないだろう。
多分、一生知ることもない。
「ここで一体、何があったんですかッ!? それにどうしてジャックさんはそんな姿にッ!? 私が寝ている間に――――…………」
ひたすら無言を貫く俺に、シラもひたすら問いかけ続ける。
シラ本人も大きすぎる状況の変化に焦りすぎているのだろう。
俺が返事もしないことに疑問をもっていないことがいい証拠だ。
そうして俺は暫く聞き流し、やがてこれ以上の時間は無意味であると判断する。
「…………」
「……ジャックさん? え? どこへ行くんですかッ!?」
俺は再び森の方へと足を進める。
本当ならシラと遭遇する予定なんてなかった。
シラは何も知らないが、彼女は被害者なのだ。
それも生まれてから今に至るまで、全ての。
恐らくこのままシラを生かしていれば、遠からず隠密部隊の一人が処分のために動き出すだろう。
シラを庇ったという騎士は今でも生きているが、聖王国内で最も嫌われている有名人である。
隠密部隊に配属された新人の中でも数人はその騎士に訓練を施されたこともあるとかで、そのせいかシラのことも知っており、当然のように毛嫌いしていたのだ。
その騎士が現在では聖王のお気に入りであることもあり、全ての不満の矛先がシラへと向くのも仕方がないことなのかもしれない。
もちろん、シラを知る一部の人々に限る話であるが。
それはともかく、俺は彼女をそんな運命から解放したという勝手な自負がある一方で、何も知らない少女の居場所を奪ってしまったということも理解しているのだ。
……。
…………。
「……? …………あッ」
ふとそこまで考えた時、このままフォローも何もしないでいたらまずいのではないかと思った。
なんせ、彼女の居場所はたった今俺が破壊したところだ。
これから先、ただの少女が一人でどのようにして生きていくのだろうか。
俺としては異世界で最初に出会った善人ということもあり、見捨てるのも忍びない。
かと言って、俺の復讐兼とりあえず探し物のための旅に連れて行くわけにもいかない。
さて、どうしようか。
何かシラがこの世界に絶望してしまわないような方法は……――――
「――……ん……?」
その時、視界の端に偶然ある花が映る。
かつて俺が存在していた地球の日本という国において、三大有毒植物の一つに数えられる、トリカブトの花であった。
紫色の特徴的な花を見て、咄嗟に俺はある考えを思いつく。
ある意味効果的なその方法に自嘲の笑みを浮かべるが、これしかないと早速行動を開始する。
「あれ? ちょっとッ! ジャックさんッ!? 何をするのかと思えば、それって猛毒があって危険だから触っちゃダメなやつですよッ!?」
トリカブトの花へと手を伸ばした俺に、心配しているのか、さっきとは違う意味で焦りだしたシラが喚きだす。
思えば、初めて会った時もこんな感じで喚いていたなぁ。……実にうるさい。
まぁ、それはそれとして。
今の俺には[鬼神の力]もあるため、トリカブトごときの毒は平気だ。
速度を亜光速に引き上げたように、今度は俺の毒に対する抵抗力を大幅に上げておく。
具体的には、完全に毒を無効にできるレベルまで。
そうしてトリカブトを片手にもぎ取った俺は、キャーキャー喚いているシラを後目に手元の花を弄り始める。
地面に落ちている溶けかけた鉄屑なども使い、やがて俺が望む形へとできていく。
ここで、最後の仕上げのために【狂天】を使用する。
「さぁ……、“狂え”」
対象は手元のトリカブトの花をそのままにした髪飾り。
狂わせるのは……所有者を害さない限り、適当でいいか。
俺も何故だか頭が朦朧としてきたため、少しだけいい加減になってしまっている。
けれど、間を置かずに目的の物はすぐに完成した。
「わぁッ! なんか凄い綺麗な髪飾りができましたねッ!」
紫色のトリカブトの花は妖しく輝き、その台座にされている元鉄屑も、今ではよく分からない紫色の材質に変化して同じように輝いている。
それを見たシラも普通ならば一般的な反応であるのだが、自分の故郷が傍で燃えている中で目を輝かせてまで言う台詞ではないと思う。
「…………」
「……え? ぁ、あの……ジャックさん……?」
とりあえず、俺はすぐに当初の目的通りその髪飾りをシラの髪につけてあげた。
困惑しつつも僅かに頬を赤く染めるシラが視界に入るが、俺は炎の反射によるものだとして無視する。
この贈り物は決して、シラに優しいモノではないのだ。
「――――よし」
一歩引いて、それが違和感なくシラに溶け込んでいるのを確認する。
自分自身の腕の良さに満足しながらも、俺は無表情でシラに話しかけた。
今から俺は、シラに本物の枷を付けるのだ。
「あの……ジャックさん。これってトリカブトですよね? 今更ですけど、毒は大丈夫なんでしょうか?」
「あぁ、こっちでもトリカブトって言うんだな……。問題ない、大丈夫なようにしてある」
「そうですか……」
「シラ、よく聞けよ」
「え? 何でしょう?」
「トリカブトには花言葉がいくつかあってな……」
「花言葉……?」
「そうだ……。騎士道、栄光、人嫌い、厭世家」
そこで今まで逸らしていた目を真剣なものに変え、正面からシラを見つめた。
初めて白い姿の俺を直視したのであろう、シラは思いっきり体をびくりと跳ねさせていたが、無視する。
程よい緊張感に軽く息を吐き整えてから、俺はゆっくりと続きを口にした。
「そして――――復讐」
シラは――まだ理解していないのか、首を傾げている。
仕方がない、もう少しだけ詳しく説明してやろう。
「つまり……このルッジ村の村人を皆殺しにし、更に焼き払ったのが――俺だ」
驚愕と困惑に目を大きく見開くシラ。
彼女を見て、思う。
これで彼女も俺に対する復讐を支えに、これからも絶望で命を絶とうとはしなくなるだろう。
後はもう、シラの選択で全てが決まる。
だが俺だけは彼女のために、彼女の復讐対象であり続けようと思う。
なぜ、わざわざ敵を作るような真似をしたのか。
そしてどうして俺はさっさと殺さないで、むしろこれから先も敵なのに生かそうとしているのか。
それは、この孤独な世界で一人くらい、俺のことを心に刻んでくれる存在が欲しかったから故の行動だったのかもしれない。
……。
…………。
そうして俺はルッジ村から、シラの下から去った。
俺は、再びこの世界に降り立ったときから既に生まれ変わっているのだ。
大切な思い出以外は、復讐の道には邪魔だ。
全てを振り払い、俺は森へと進んで行く。
『――ぅ、ぅぅッ、ぅああああぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!!』
悲痛に満ちたその声を自らの背で受け止めながら……
狂神転生編 第一章 狂人転生 終了
次々回 狂神転生編 第二章 神敵顕在




