006.狂宴は終わらない
『それでは一週間ほど城の中で英気を養っていてください。その間にいろいろと準備もしておきましょう』
俺自身の決意を宣言した後、宰相様が口にした言葉だ。
気分的には今すぐにでも神をぶっ殺しに異世界へ行くつもりだったのだが、続く宰相様の武器も情報もない状態で行くつもりなのかという問いによって、俺はすぐに落ち着いて頭を下げた。
このアンリミット超神帝国の帝王城にある異世界へ行くための装置はいつでも起動して使えるのだ。
その機能も利用者の好きな時空へと行ける素晴らしい仕様となっている。
だからこそこの一週間、俺は与えられた客室でエーデルとプリムラとともに異世界へと行くための準備をしてこれたのだった。
武器も貰い、情報も手に入り、その他の準備も完了させた。
そうしてついに今日、俺が神を殺しに行く日がやってくる。
「じゃあ、この一週間ありがとうな。エーデル、プリムラ」
時空移動装置の前までやってきて、俺は振り返りながら言う。
俺とのお別れに涙目になってしまっているエーデルとそれを呆れた目で見ているプリムラを見た。
この一週間の間に何度も見たメイドたちの関係である。
エーデルがドジをやりプリムラが呆れながら怒る。
この二人とはかなり仲良くさせてもらっているのもあり、エーデル同様に俺も別れることを結構寂しく感じる。
それとあれから宰相様とも会っていないが、プリムラが俺との取次ぎをしてくれている。
今俺がもっている武器や兵器の類も全て、プリムラを経由させることで宰相様が贈ってきてくれたものだ。
そんな俺の物となった武器や兵器の名は《十六夜兵装》という。
なんでもアンリミット超神帝国の帝王様の弟妹たちが戯れのつもりで創りだしたものだそうだ。
だが予想に反して強力で変な兵器になってしまい、帝王様たち以外の誰にも使いこなせない代物になってしまったため封印指定をされていたそうだ。
流石は帝王様の弟妹達であると思ったものだ。
なぜ俺がそんなものを貰えたのかと言うと、帝王様が俺を消滅寸前から救いだした時に削られた魂を補うために偶々近くに置いてあった《十六夜兵装》を融合させてしまったのだ。
封印指定なのになぜ偶々近くに置いてあったのかなどと疑問は尽きないものの、それを言うと帝王様に対する悪口と捉えられてしまう可能性もあったため口にはしない。
俺の周りは帝王様に対する忠誠心という名の狂信と狂愛がインフレーションしているからだ。
因みに俺もいろいろあって帝王様に対する尊敬と忠誠心を人並み以上に持ち合わせているのだが、未だに会ったこともないし名前も知らない。
今の俺程度の力では宰相様の時以上に耐えられないなどといった理由があるのだが、それは今どうでもいい話だ。
とりあえず魂との融合によって俺ならば何とか使いこなせるし、そもそも今更分離させることはできないと判断されたため貰えたのだ。
普段は魂と融合されているため、必要な時は実体化を意識することで顕現させることができるようになった。
因みに俺の今の外見であるが、十六ある武器の一つのとある能力によって昔の黒髪黒目だった頃の姿に変化している。
ただしこの状態は俺の持つ様々な能力を制限してしまうため、事実上本気や全力を出すことは不可能になっている。
もちろん神を殺すためにはあの気持ち悪い姿に戻ることは厭わないのだが、流石に普段からあの姿は嫌だったのだ。
他にもエーデルからはステータスを見るための方法を教えてもらった。
この力は特に決まった名称はなく天格者だけが持てるものだそうで、己の状態を確認するために使われる。
つまり使えるのは天格者同士だけであって、ゲームのように天格者以外が鑑定して見たり見られたりすることはできないのだ。
天格者は上位世界に存在する超人であり下位世界の神レベルでは比較にもならないため俺にとっては相手のステータスが見れなくても問題はなく、むしろ相手がこちらのものを見られないだけメリットがある。
けれどステータスが見えると言っても、決して能力の詳細な数値が分かるわけではない。
あくまでも己の状態が分かるだけで、大体の強さの目安にしかならないのだ。
例えば現在の俺のステータスはこうなっている。
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名前:霧崎 邪悪 (ジャック=キリサキ)
天能:【狂天】
位階:狂天師 11
称号:神敵,狂天,アンリミット超神帝国民
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位階にある狂天師とは今の俺の天能の強さを表しているものだ。
いつか宰相様にも説明された通り、上から『天』『天司』『天子』『天使』『天師』となっている。
そのため今の俺の【狂天】は一番下の『天師』レベルの力しか発揮できないのだ。
この一週間で使いこなせるように特訓をしていたのだが、そう簡単に次の『天使』になることはできなかった。
そもそも天能を上げるためには位階を上げる必要もあり、そのための経験値らしきものも俺はまだ手に入れていないので仕方がないことなのだ。
そして次にその位階というのが天格者の中での序列代わりになっているものであり、現在の自身の強さを示している。
それは自身の天能やその他の能力全てを含んでの強さである。
だがこれも天能と同じく非常に上げにくいもので、エーデルに聞いてみると彼女は位階が俺と同じく『天師』で52のまま百年ほど変化がなかったそうだ。
また何もしなければ位階はどんどん下がっていく仕組みとなっており、必然的に自身も弱くなっていくのである。
そんなシビアな現実と地味に俺よりかなりの年上であったエーデルに驚きつつ、俺はとにかく位階を上げていこうという新たなる目標を定めたのだった。
そして現在、低いままの天能と位階ではあるが俺は再び異世界へと旅立とうとしている。
とうとう泣き出してしまったエーデルを見ると初日の出会いを思い出してしまう。
あの時もこうして泣き出したエーデルを俺は必死になって宥めていたものだ。
今と違う点は、そのエーデルにメイドとしての心構えを説教しているプリムラの有無くらいだろう。
「そんなに泣くな、エーデル。俺はほら、この強力な兵器も持っているし問題はない。それに油断するつもりも微塵もないからな」
「……ぅぅ……ぐすッ……、それも心配ですが私はお別れすることの方が寂しいですよ……」
「あぁー、それは俺もそうだけどな。でも、それでも俺にはやらなくてはいけないことがあるんだ。……それにここでの思い出を忘れたりしない。その内また戻ってくるかもしれないし、その時にまた会えるだろう?」
「その通りですね。……ほら、エーデル。ここはご主人様のメイドとして最後まできっちり仕事をしなくてはなりませんよ?」
「先輩……、分かりました……。ジャック様、この一週間本当にありがとうございました。自分でもダメなメイドだったと思いますが、それでもジャック様は許していただいて本当に嬉しかったです」
「エーデル…………」
自分でもダメなメイドだったと自覚していたのか……。
「だからこれから行く世界でも頑張ってきてくださいッ! ジャック様が最後までご自分を貫けることを信じておりますッ」
「私からも邪悪様のこれからにご幸運を祈っております」
泣きながらも笑顔で言い切るエーデルに、普段はあまり俺とは絡まないプリムラが目の端に涙を浮かべながら口にした言葉に俺の感情も揺らされる。
別に深く振り返らずとも、この楽しかった一週間はすぐに脳裏を駆け巡った。
俺の長い苦痛の果てにあった、幸せな日々だった。
本当に、悪くない時間を過ごしたものだ。
最後に俺も笑顔を浮かべて再び感謝と祝福を口にする。
「本当にありがとうな、二人とも。次会う時は俺ももっと強くなっているから、二人ともここで頑張っていけよッ!」
「はいッ!」
「はい」
こうして、俺は束の間に得た人生の休息期間を終える。
未来の、これからのことはまだ分からない。
けれど力を手にした今となっては、もはや失敗は許されないのだ。
俺にできることはただ前を見て進むのみ。
今度こそ屈しない、負けない。
俺の目的はただ一つ――――。
「さぁて、と。では行こうか――彼の異世界の地へ」
――――神を殺しに行くために。
時空移動装置を起動し、俺の存在はゆっくりと消えていく。
それは決して消滅するのではない。
俺の望む時空へと移動するのである。
行先とその時間も始めから決まっている。
それは――――――――
思考は一瞬、俺の存在は完全にその場から消え去るのだった。
邪魔するものは神であろうと殺す。
そんな男が再び異世界へと足を踏み入り、そして生まれ変わった瞬間であった。
◆ ◆ ◆ ◆
~シェルミール~
「……呆気ない終わりだったわねぇ……」
目の前で消滅していった異世界人――霧崎 邪悪――がいた場所から視線を逸らしながら呟く。
ここ最近、久しぶりの趣味に思わず全力で没頭してしまった。
けれど、それもつい先ほどの異世界人が消滅したことにより終わった。
その影響なのか、これから新しく他の異世界人を召喚して使徒にする作業があるというのに、今の私にはやる気が全くない。
そうするともう他にできることも全くなくなるため暇になる。
「はぁ……退屈だわ……」
これまで自分自身の趣味で消してきた中でも、あの異世界人は一番長い時間を生き延びていたことを思い出す。
最初の千年間ほど闇の中に忘れてしまったことから始まり、その後の私からの拷問にも耐えきったのだ。
いくら自身の享楽の加護を付加していたからといっても、それはただ狂わないだけで実は密かに魂を消耗していく仕組みだったのだ。
つまり気がつくといきなり自分が消えていた、ということになるのだ。
そう考えると結局最期まで名前を聞かなかったあの異世界人は物凄い魂を秘めていたのだろう。
何か今更惜しいような気もするが、召喚した時点で私の使徒化という名の支配を受け付けなかったのだ。
そのため私以外の神の手に渡られてもそれは気に食わないし、どちらにせよ生かしても邪魔にしかならないので趣味の拷問で使い潰すことにした。
結果的に非常に満たされた今になっては、その判断に間違いはなかったと思う。
所詮、どれだけ魂が優れていようと序列三位の神である私にとってそこ等の生命体なんて有象無象に過ぎないのだ。
「う~ん……、もう少しだけ休憩したら召喚用魔法陣の改良を始めようかしらねぇ」
このまま満足感に浸り、やる気がないからといってだらだらとした時間を過ごすのもいい。
けれどそれとは別に、やはり当初の目的通り私よりも序列が上位にいる二神を早く超越したいという想いもあった。
珍しく自身の司る享楽と栄光が対立してしまったが、享楽はあの異世界人で既に満たされたため、暫くしたら栄光のために本格的に動き始めようと思った。
一先ずはあの異世界人のように私の使徒化に対する抵抗を消させるためにも、今ある召喚用魔法陣の改良を進めなくてはならない。
魔法陣を作成した時のように序列最下位の魔法神に全部やらせてもいいのだが、これ以上は他の神の反発を招く恐れもある。
序列三位の享楽と美と栄光の神としては不本意であるが、あまり扱き使いすぎたせいで団結されても面倒でしかない。
これは後々に繋がる自分自身のためなのだ、だから仕方がないと自分自身に言い聞かせる。
幸いにして、魔法神ほどではないにしろ私にも術式の改造や改良はできる。
実際に何も問題はないのだ。
「さて……と、もう十分休憩は取れたことだし……来なさい、私の奴隷」
暫く享楽による満足感に浸っていられたお陰で、ようやくやる気を少しだけ取り戻すことができた。
早速、予め決めていた召喚用魔法陣の改良という作業に入るために私の奴隷である天使たちを呼び出す。
そうして光とともに、人界では神の使いと呼ばれている天使たちが頭を垂れ、跪いた状態で現れた。
数は……全部で八体。
記憶にある私の所持する天使よりも圧倒的に少なくなっているのだが、すぐにこの間の拷問の時に何体かを序でに巻き込んで殺してしまったことを思い出した。
それならば仕方がない。
普段ならば集まりが少ないと二、三体ほど気分の発散のために殺してしまうのだが、これからこの少ない数を精一杯使っての作業が待っているのだ。
無駄に数を減らすわけにはいかないと考え、思わず溜息をついてしまう。
「後でまた天使の数を補充しないといけないわね……」
……そうしたらその後すぐに、ここにいる八体の天使を殺そう。
私が殺ったとはいえ、結果的に少数しか集まらなかった天使が悪いのだ。
そんな完全な八つ当たりを考えながら、私は目の前で指示を待ち続けている奴隷天使たちを冷たい眼差しで見つめる。
けれども、結局このまま黙って見ていても仕方がないため、私は再び溜息を吐きながら指示をすることにした。
「ハァ……、これからここにある召喚用魔法陣の―――」
しかしその言葉は続かなかった。
私が話をしている最中に一体の天使が私の許しを得ることもなく、その顔を上げたことに気がついたからだ。
当然の如く、このことで私は先ほどの集まりが少なかった天使たちのせいで燻っていた苛立ちを殺意に変える。
人の話を途中で遮るようなモノは大嫌いだ。
だからこそ当初のあの異世界人にした以上に壊してやろうと、許可なく顔を上げた天使に殺意を抱いた。
「…………んん~?」
だがそこで違和感に気づき、殺意が困惑に変わる。
最初の天使に続き、他の七体全ての天使が次々と勝手に顔を上げだしたのだ。
これまた普段の私なら問答無用で皆殺しをしているところだったのだが、今回は全員の視線が私の背後を凝視していたため殺意が困惑に変わったのだ。
流石にこうなると私も気になってくる。
体を半歩だけ横に動かしながら、顔を振り向かせた。
「―――ッッ……!?」
そこは、あの異世界人が消滅した場所だった。
先ほどまでは完全に全てが消え去り、何もなかった所。
けれども今ではそこに溢れんばかりの光が生みだされているのが私の目に入った。
振り返るまでは何も気がつかなかった。
慌てて周囲を見渡せば、薄暗いまま。
ではあの夥しい光は一体何なのか?
「おかしい……、ここは私の神域の中……。異物なんかはもちろん、他の神でさえ容易に入り込めない……。まして私が最初に気がつかなかったことこそが一番ありえないことだわ」
即座にその場を飛び退き、光の様子を探る。
神がそれぞれ創りだして住み着いている神域とは、文字通りその神が全てを支配している領域である。
つまりそこでは全てが創造主である神の掌の上であり、問答無用で全知全能の存在へと成れる世界なのだ。
それなのに、その神域の主である私が何も気がつけなかった。
最早十分すぎるほどの異常事態であった。
そうして推移を見守ること数秒。
唐突に光が弾けるように輝きだし、次いで霧散した。
「うッ! もう、今度は何な――「“喰い尽せ、『第二兵装:我喰』”」――ッ、カフッ……」
あまりの眩しさに思わず目を閉ざしてしまい、結果的にそれが大きな隙になってしまう。
何かの衝撃で体ごと押し出され、前のめりに踏鞴を踏む。
口元からも逆流してくる何かを吹き出すほどの衝撃だった。
気がついたら腹部に一本の巨剣が縦に突き刺さっていた。
もしも横に突き刺さっていたら体を両断されていただろうというほどの幅をもった巨剣である。
更に言うと、少しずつ私の力を吸い取っている感じもする。
少しずつと言っても、私は序列三位の神だ。
つまりその私にとっての少しとは、それ以下の存在にとってはかなりの量を示すものであり、この巨剣が神を滅ぼすことができるほどのものだという証拠でもあったのだ。
戦慄する。
私にも気づかれない間に神域に侵入し、私に傷を与えるほどの力を有している存在がここにいるのだ。
喉元にまで突き刺さっており、声も満足に出せなかったため急いで巨剣を抜き捨ててすぐさま戦闘態勢を整える。
「――くッ!! これは私が序列三位の女神シェルミールだと知っての狼藉かしらッ!?」
だんだんとはっきりとしてくる視界と、いつの間にか封じられていたその他の感覚で捉えた存在に向けて言い放つ。
私のその声に反応したのか、その手に掴んでいた何かを離し、どさりと鈍い音を響かせながらこちらを見た。
まだ少しだけ霞む視界の中で、それが私を見て口端を大きく吊り上らせて嗤ったのが見える。
「……序列、三位……女神、シェルミール? ……く、くくく……、クハハハハハハハハッッッ!!!」
狂気を感じる笑い声が響き渡る。
これまで数多くの生命体を趣味で拷問してきた私だからこそ、その笑い声に濃密な狂気と殺意が宿っていることにすぐに気がついた。
そのあまりの悍ましさに、女神である私でさえも思わず一歩引いてしまうほどであった。
唖然、呆然として私はただその光景を見ていることしかできない。
「ハハハハッ、クハハッ――――」
ふと、狂笑が止む。
そこで私自身の視界もようやく完全に戻る。
そうして初めて私は目の前にいる存在を認識し、恐怖することになる。
「――――見ィつけたァ――――」
それは黒髪に黒目をもつ、どこかで見た人間の男だった。
けれど時折その姿がぶれて、真っ白になった姿も見える。
私はその両方の姿をもつ存在を知っていた。
しかし自分の中にあるあまりにも大きな違和感によって、全く気づくことができない。
私はこんな目をもった存在を知らないからだ。
見つめられるだけでこちらも狂わされそうになる目を。
ただただその目に宿る狂気に圧倒されていたのだ。
「その目……、あなたは一体……何……?」
「あぁ? ……もしかして俺が誰だか分かっていない? …………くく、クハハッ、クハハハハッッ!!」
「何ッ!? 今度は何なのよッ!」
「かつて ―――いや、お前にとってはつい先ほどのことか? ……まぁいいか。――お前自身の手で消滅させた存在が目の前に現れた。どんな反応をするのか楽しみにしていたのだが……、まさかそこまで怯えてくれるとは思わなかったなァ?」
「この私が、怯える? ……ッ……!?」
そうしてハッと気がついて足元を見てみると、無意識の中に最初の位置から三歩も後ろに下がってしまっていた。
それに自分の心の中にある一つの感情にも気づく。
まさかこれは……恐怖?
序列三位の享楽と美と、何より栄光を司る女神たる私が恐怖で押された?
思わず愕然としてしまう事実だったが、それ以上に気になることがあった。
それは今、目の前の存在が他に口にしていた言葉の一つ。
「……ついさっき、消滅させた……って――まさかッ!?」
答えは簡単に閃いた。
一目見た時から狂気を孕んだ目という違和感を除くと、ほぼ確信できていたから当然である。
そうして答えの確認の意味も込めて驚愕の眼差しを向けると、案の定肯定するように口端を吊り上げて嗤った。
つまり私の目の前にいる存在は――――。
「――――随分と偉そうになったじゃない……たかが異世界人の分際で」
――――少し前に私自身の手で、その存在ごと消し去った異世界人だった。
「今の俺は実際に偉くなったんだよ。……お前よりもなッ!」
周囲は素早く見回して状況の把握を急ぐ。
先ほどまでの視界とその他の感覚が全て機能しなかった時に殺られていたのだろう。
八体もいた天使はどれも無残な亡骸となって、異世界人の足元に転がっている。
……いや、正確にはまだ一体だけ生き残っていた。
その天使は片腕と両足がもがれた状態で、それでも最期の抵抗のためか異世界人に残った片腕を伸ばしていた。
そのまま黙って固まっていれば死ぬこともなくなるのに、なぜあの天使は瀕死になっても動こうとしているのだろう?
…………。
まぁ主である私を守るために抵抗を続けているのでしょうね。
それは、誰もが感動するほど立派な忠義心が伝わってくる光景だった。
そして、だからこそ私は思う。
「……この役立たず……ッ」
――――グシャッ
死ぬのなら最後まで私の役に立ってから死ね。
私に必要なのが忠義心は当然として、それ以上に結果なのよ。
それさえも出せない奴隷は要らないわ。
むしろ早く死ね、この役立たずッ!
私のそんな呟きと同時にその最後の天使は、一瞥もされないまま異世界人に頭部を踏みつぶされ、鈍い音とともにその命を散らしたのだった。
「……ちッ……」
思わず侮蔑の意味を込めて舌打ちしてしまう。
今の私に先ほどまであった恐怖はもう、ない。
あるのは無様すぎる奴隷天使への怒りと殺意、そして目の前の元・異世界人に対する恐怖させられた屈辱からの激しい憎悪だけだ。
「――ふぅん……。相変わらずのくそ女神っぷりだなぁ、お前」
「……何ですってッ!?」
「まぁ落ち着けよ。俺が言いたいのはさぁ、お前のために命を張った部下に対して苛立ち紛れに舌打ちするとか正直……なぁ?」
「……使い捨ての奴隷が不良品だったと分かっただけよ。今まで生かしてきただけでも感謝してほしいくらいね」
本当に使えない存在だと分かっていても、殺意を堪えて生かしてきてあげたのだ。
だからこそ、そんな私の慈悲深さに魂の底から感謝し命を懸けることで報いるのは当たり前。
そんなことは考えることもなく常識なのだ。
だからこそ、目の前で黙り込んでしまった異世界人に向けて私はそんな常識を語り聞かせる。
私の慈悲深さ。
私の女神としての格。
私以外全ての生命体の愚かしさ。
そして、そんな私に怒りと殺意を抱かせた本人である元・異世界人の罪についてを。
「…………」
「……ふぅ――――これで理解できたわよねぇ? あなたは生きていることそのものが罪なのよ。そもそもどうやって生き返ってきたのかは知らないけれど、私の目の前に現れたということはまた嬲り殺してほしいと言っているようなものよねぇ。フフ、フフフ……いいわよぉ、今度こそ本当に、完全に魂が消滅するように殺してあげるわぁ」
「いや、俺はまだ何も話していないし、否定も肯定もないのだが……まぁいいか。――――それよりも、安心したよ」
「フフフフフッ、一体何に安心したのかしらぁ? 今回はサービスとしてちゃんとあなたの遺言を聞いてあげるわよぉ?」
話している間に私は、全ての準備を整え終えていた。
私という存在自体に巡る神気を放出することなく強めていく。
それにつられるようにして相手も、その目に宿る狂気と殺気が強くなっていた。
「遺言、ねぇ……。それは本当に俺のものになるのかねぇ?」
「当然でしょう? なぜなら私は序列三位の女神であり、対するあなたは所詮元・異世界人でしかない。誰が正しくて、誰が間違っているのかだなんて……そんなものは既に決まっているのよ?」
「く、くくくくくッ……そうか。そうかッ、そうかァッ! クハハハハハハッ!! お前のくそ女神っぷりが揺らぎないものだと、今改めて確信できたことに安心したぜェッ!」
「口調が変わったわね。もしかして、それがあなたの本性?」
「あぁ……そうだな。少なくとも過去の俺も、今の俺も同じ俺という存在に変わりはない。だがお前のせいで多少は歪んでしまった結果かもしれないなぁ?」
そうして互いに戦意を高まらせ、鋭い視線を交わしながら嗤い合う。
場が完全に殺気と狂気に包まれていく。
油断していたとはいえ、相手は私に傷をつけることができたのを思い出す。
かつては玩具以下だった存在が、今では私の前に立つほどの存在に成ったのだ。
そこまで考え、ようやく私は油断を捨て去ることができた。
序列三位の女神たる私、シェルミールが認めよう。
私の目の前に立つ存在は間違いなく、強敵である。
しかしだからこそ女神の誇りにかけて、今度こそ本気で私の敵と成ったモノを完全に消滅させよう。
……例え分体であろうと、私に敗北は絶対にありえないのだから。
「……さて、最早遠慮などは一切必要ないことも理解した。これより俺は、俺の復讐を始める」
――――キィィィインッ
それを合図に、殺し合いは始まった。
異世界人は虚空に手をかざして、私が油断していた時に貫いてきた巨剣をもう一度顕現させると、一瞬で距離を縮めてくる。
速い。がしかし、光の速度で動ける私にとってはまだ遅い。
超音速で背後に回り込み、薙ぎ払うように振りかぶられた巨剣を、私は冷静に全身から放出する神力で壁を作ることで防御した。
甲高い音を響かせた、その神力によって形成される無色透明な半球状の壁を見ても、異世界人は一切表情を変えずに再び巨剣を振るう。
――――キンッギギギィィィインッ
縦、横、突き、斜め上から下までの全ての攻撃を連続して何度も行う。
一撃が必殺の域にある巨剣の連撃だが、私の神力壁の前ではまだまだ無力だった。
「――ッ……!」
私の前後左右と、時には上からも超音速で攻撃を加えてきた異世界人が、突然そのままの速度を維持して私から大きく距離を取った。
そうして無造作に片手で頬を拭う動作をする。
無表情のまま手にベッタリと大量に付着した、自分自身の血液を見る異世界人。
その様子を見やりながら、私は神力壁から大きく突き出している棘の先端に垂れていた異世界人の血を舐めとった。
そう、私が神力を再び操作して無数に突き出る棘を壁の外側に形成したのだ。
私だけが自由自在に動かせる、攻防一体可能な盾誕生の瞬間であった。
「おやおやぁ~? 血が出てるということは、本当に肉体ごと生き返られていたのねぇ。今まで半信半疑だったけど、これでようやくすっきりしたわぁ。……それで、どう? 復讐するために牙を立てようとして、逆に傷つけられた今の気持ちはどんなものなのぉ? 天使を瞬殺できても女神である私に傷一つつけられないあなたは今、何を考えているのかしらぁ? アハハハハハハッ、因みに私は一度も私からは攻撃をしないなんて言っていないわよぉ」
「……ちッ……相変わらずよく回る口だな、心底イラつく。それと、反撃くらい始めから予想できている。……どうやら今の俺ではお前相手に余裕で圧倒できるほどではないことも理解できた。今はそれだけで十分だ。だからというわけではないが――――これから本気を出してお前を殺すことにする」
自分との格の差を教えてあげようと思って出た言葉だったのだが、どうやら失敗したようだ。
むしろ異世界人の放つ殺気と目に宿る狂気が強まる。
流石の私もその迫力に押されそうになるが、何度も心の中で序列三位の女神としての誇りを思い出すことで、今の戦闘意欲を保たせることができた。
攻防一体の神力壁の強化をしつつ、異世界人の様子を観察する。
言葉通り、今まで本気ではなかったのだろう。
これまで女神として感じていた格の差は完全に消え去っている。
つまり相手は少なくとも、神格をもつ私と同じかそれ以上の格をもっていることが分かる。
ありえないほどの異常を目の当たりにし、されど今の私にそこまで考える余裕はなかった。
強烈な力の波動。
それが私の余裕をなくしたものだった。
正確には、異世界人を中心に顕現した数々の、いや……十六の武器に、である。
そこには私を貫いていた謎の巨剣も含まれていた。
「《十六夜兵装》……お前を殺す武器だ」
そんな落ち着いた声音に導かれるようにして、私はゆっくりと顔を異世界人へと向け、止めを刺された気分に陥る。
いつの間にか黒かった髪と目が、拷問によって消滅する前の真っ白な姿へと変わっていた。
けれど、それに伴い酷かった口調と雰囲気は安定したが、これまでとは比べ物にならないほど威圧感と格が増した。
――“死んだ”
それを見て、初めてそう思ってしまう。
これまで最悪でも負けたと思うことが精々だったというのに、数段飛ばして死を感じさせられたのだ。
なぜ神格を所持してもいないのに、そこまで急に格が上がったのかといった些細な疑問すら浮かばない。
そもそも消滅した直後に再び完全復活して現れること自体がありえなかったのだ。
自らの知る最高位の神でさえも不可能なことをあっさりとやってのけた異世界人を、もっと疑問に思うべきだったのだ。
されど全ては今更の話で、遅すぎた。
今ではもう、まともに思考することもできない。
ただ、震えもせずに固まることしかできなかった。
「…………」
「何を言いたいのか、全く分からない。ただ、そうだな……俺から言えることは一つだけだ。この狂宴はお前が俺を日常から闇へと堕とした時に始まった。参加者は俺とお前の二人。どちらかが死ぬまで終わらない、ということだ」
狂宴。
まさしくその通りだろう。
前半を私からの出し物で埋められたとすると、これから行われる後半は逆の立場になったものだ。
そして、“どちらかが死ぬまで終わらない”という言葉通り、私のチャンスは全て前半にあったのだろう。
けれどその前半で完全に消滅させられたと思い込んでしまい、結果的に失敗してしまった。
私は唯一の勝機と生きる道を失ってしまったのだ。
異世界人の赤く染まった白眼を見る。
今見ると、その全体的に異様な姿と雰囲気が魂を揺るがすほど恐ろしく感じられた。
少し前まであった、その気持ち悪い姿を嘲笑う楽しさを一切感じられないし、肯定できなくなった。
もう、何もかもが、無理だ。
後半戦はまだ、始まったばかりである。
……
…………
………………
……………………
切る、斬る、突く、裂く、削る、潰す。
かつての私が楽しんできた行為が全て返ってくる。
果てしない苦痛。
それでも私はまだ生きている。
光速で動ける私は、しかし光速を超えた速度には反応できない。
従って抵抗らしい抵抗もできず、というより一切反応することができないまま嬲られ続けた。
やがて暫くしてから、ようやく異世界人による攻撃が止まる。
「理性を抑え、いろいろな力を封じている状態の自分ならまだしも、今の俺に拷問といった趣味はない。これはただの復讐だ。だからこそ、次の一撃に俺の全てを懸けてお前を消滅させる」
「…………」
返事は当然――できなかった。
そもそも相手も別に返事など期待していないだろう。
その証拠に私を無視して、さっさと手元にある十六の武器を全て掲げ出しながら謎の力を引き出し続けている。
朧気ながらも、それが私を消滅させることができる力だということを理解する。
終局はもう、すぐそこまでだ。
……
…………
………………
……………………
「――――“狂え”――――」
……………………
………………
…………
……
眩い光が辺りに溢れだす。
しかしこれは決して優しいものではない。
純然とした破壊と狂気を齎す光であった。
光の中心にあるのは、一つにまとまった元・十六の武器。
その担い手は彼の異世界人。
私の意識はもう、そこまで保たなかった。
光が全てを埋め尽くす。
狂宴の後半がこれで終わる。
私の死をもって終了となる。
何も思うことも考えることもなく、私は異世界人の破壊と狂気の光の前に完全敗北した。
やがて、私は消滅の光に飲み込まれ、そして――――
……
…………
………………
「――――ちッ…………逃がしたか…………ッ」
――――全てが消え去った神域の中、けれどたった一人だけ残った異世界人の舌打ち紛れの悔しそうな声が辺りに響き渡るのだった。




