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狂神が嗤う  作者: 限破
狂神転生編 第三章 極剣闘争
43/47

043.時空を越えしモノ

 それはナタティッシュ村を容赦なく滅ぼし、隠された『極剣』のコピー品も全て回収することに成功した翌日のことであった。


 ――ゾワァン! (ケ・イ・ショ・ウ(500m地点に異常!)


 ふと眷属のフォースが何かを感じ取ったのか、村の中でも一際立派な建物であるジジイの家で一晩を明かしていた俺の傍で震えだす。

 久々に屋根のある所での休息だったこともあって気を抜いており、心行くまで存分に微睡んでいようとしていた俺だったが、流石に急な警戒を促されるほどの状況下で惰眠は貪れなかった。

 即座にパチッと目を覚ましながらその場から跳ね起き、辺りを見回してみる……が、特に何もない。


(何だ? フォースは何を警戒している?)


 不思議に思って異能の[虚偽の仮面]による存在偽装(弱体化)を少しだけ解除し、人類の限界程度まで抑えていた自らの知覚力を大幅に引き上げる。

 フォース曰く、距離にして凡そ五百メートル地点にて何らかの異常が発生したらしいので、とりあえず半径五百メートル内にある空間を全方位で探ってみた。


「……ん? 空間が歪んで……いや、これは亀裂、か?」


 すると、丁度ここから北東方面へと五百メートル進んだ地点にて、フォースの警告通り空間そのものに異常が発生していることに気づく。

 というより五百メートルなんて距離は、今の俺にとっては空間把握力による知覚よりも目で見た方が早い距離である。

 手っ取り早く事態を把握するためにも異常が発生している地点へと目を凝らし、そこで俺は確かに空間そのものが歪み、更には亀裂のようなものまで走っていることを確認した。


(だが……妙だな)


 どうもフォースの慌てようを見ると、フォースがこの異常事態に気づけたのはつい先ほどのことらしい。

 けれど空間に亀裂まで走るという異常事態が発生したのは、どうやらフォースが気づくより更に前の話のように思える。

 つまり、この異常事態は普段の俺より優れた知覚力を持つはずのフォースの知覚をもすり抜けて発生したということになるのだ。

 距離にして五百メートル……通常の俺でも、あると分かった上で(今回は気づけなかったが)頑張れば目視できてしまえる距離である。

 そんな、言わば近距離(・・・)で発生したことを俺のフォースが知覚できないはずがない。


(――有り得るのか? そんなこと……)


 フォースの持つ力が如何ほどかを知っているが故に、その力を誰よりも信頼しているが故に、俺は現実を疑わざるを得なかった。

 しかし――事実が示す結果こそ全てであることも、俺は知っている。

 この異常事態は何故かフォースの知覚をすり抜けて発生し、俺たちの前に現れたのだ。

 偶然か、或いは何者かによって仕組まれたのか……何れにせよ、俺の警戒心を引き上げるには十分すぎる出来事であることに違いはなかった。


「……フォース。――結界を」


 傍らに浮かぶ眷属へ語り掛けながら、俺は自らに施していた弱体化の異能を……[虚偽の仮面]による存在偽装を解除する。

 ――雪解けのように、全身から色が落ちていくのが分かった。

 次の瞬間には黒髪黒目だったジャック=キリサキの姿は消え、代わりに幽鬼のような白髪と充血した白眼を持った青白い男が現れる。

 その全身の青白い肌には至る所に血で描かれた紋様のようなものが走っており、ただ佇むだけでも周囲を圧迫するようなナニカを持った存在であった。


「――ふぅー……」


 コキリ、コキリ……と、この世の者とは思えない幽鬼のような男――つまり俺、真の姿と能力を解放したジャック=キリサキが深い息を吐くと共に、軽く準備運動をするように首を鳴らす。

 不測の事態だ。

 それも俺たちにギリギリまで存在を知覚させなかった代物である。

 或いは、くそ女神ことシェルミールが送り込んできた刺客かもしれない。……警戒を怠るべきではないだろう。

 だからこそ――


(――これで、全開だ)


 意図的に制限していた能力を完全解放し、更にはどんな事態にも対応できるよう、最強の能力強化系の異能たる[鬼神の力]も数か月ぶりに使用した。

 全身をバチバチと膨大な未知のエネルギーが駆け巡り、そこで俺はかつて神界でシェルミールを追い詰めた時以上の力が己自身に備わっていることを実感する。

 ……心当たりはあった。迷宮、デクスオーロの『千の凶悪』での度重なるパワーアップによるものだろう。

 少しくらいは強くなれてると思いきや、まさかここまで強くなれているとは驚きである。……慢心してしまいそうなほどの力の奔流に、思わずニヤリとした笑みが溢れてしまったほどだ。

 この力ならば、例えシェルミールがどんな刺客や狡猾な罠を仕掛けようと喰い破ってやれる!


 そうして俺が自らの力と成長具合に満足感を抱いていた一方で、フォースも大気中にその身を溶かし、依頼通りに周囲一帯を包み込む強力な結界となっていた。

 フォース――その正体は、《十六夜兵装》の『第二兵装:我喰』の能力である【超吸収】から生じた膨大なエネルギーである。

 生まれの経緯からかフォースには『我喰』と同じく【吸収】の能力があり、触れるものを己自身を構成するエネルギー体の一部として吸収することで、今に至るまで成長し続けていた。

 ……結界を破るには、その結界を構成するエネルギー以上の力をぶつけなくてはならない。

 つまり――控えめに言っても、今のフォースの結界は無敵だった。

 仮に相手が神であろうと、全力を尽くさなければ破れない強度となっている。


「……もはや憂うものなし」


 万全の準備を整え、かくして俺は両眼で捉え続けている異常地点へと進み出した。




 視界に映る空間の亀裂は、少しずつ広がり出している。

 実際には知覚してから1分も経っていないが、普通の感覚からしてみても異常に早い進行速度だろう。

 恐らくは、もう数十秒もすれば何かが起こるとみて違いない。


 ――チッ、バヂッ


 果たして、その予想は正しかった。

 異常地点へと進み出してから4秒後、亀裂から突如として何やら弾ける音が響き渡る。


「――『我喰』『偽翼』『ネオ=メシア』……ッ!」


 咄嗟に顕現できる《十六夜兵装》を略称で呼び出し、一瞬で虚空より現れたそれぞれの剣先を亀裂に向ける。

 腰にはデクスオーロの迷宮『千の凶悪』を踏破したことで得られた長剣――神剣サウザンドが吊り下げられたままだが、性能で《十六夜兵装》に著しく劣っているため、こうした緊急時に使う気はない。

 武器として悲しい運命を辿っている神剣サウザンドだったが、元々見栄えのためだけに所持していたのだ。破棄されてないだけマシだろう。


 ――バヂッ、バチバチバヂィッ


 ともあれ、そうこうしている内に鋭敏化された俺の知覚が亀裂の先から何者かの気配を捉える。

 同時に亀裂から響く破裂音も激しくなり――、


(……来る……!)


 一際大きな破裂音と共に亀裂から放電現象が確認され、その放電による鋭い光刺激に流石の俺も眩しさを抑えきれず、僅かだがピクリと目を少しだけ細めてしまった。

 と、そんな誰とも知れない相手と刹那の攻防を繰り広げていた次の瞬間。


「……きゃっ……」


 バヂィッ、と鳴り響いた破裂音の陰で、か細い少女の声が紛れた。

 僅かに細められていただけで閉ざされていなかった俺の視界はその時、確かに亀裂から小さな人影のようなものを捉え、瞬時にそれが亀裂の先で捉えていた気配の持ち主であると判断する。

 やがて現れた人影は物理法則に従い、ドスンと亀裂のある空中から大地へと放り出されると、一拍遅れて「あ痛っ」と緊張感のない声を上げた。


(……。幼女……いや、少女か?)


 ぱっと見た限り、当たり前だが現れた少女に脅威は感じない。

 強いて言うなら白髪(・・)赤目(・・)と、ここ最近は金髪碧眼しか見てこなかったせいでかなり注意を惹かれかけた。が、しかしよく見てみても少女は本当に何の力も持っていない、正真正銘ただの少女のようだ。

 気になるが脅威は未だに去っていないので、とりあえず謎の少女から目を逸らして亀裂に対して構え続ける。

 けれど、そんな俺の心配は杞憂であったらしい。


「――何も、ない?」


 空間に走った亀裂は女神からの刺客や何らかの脅威を吐き出すこともなく、徐々にその姿を小さくしていく。

 全感覚と異能を用いて警戒するものの、敵意や脅威といったものが知覚されることは一切なかった。つまり――この異常事態は、別に敵意や悪意ある襲撃ではなかったということだ。


「……」


 眉を顰め、腑に落ちないものを抱えながらも、目の前から消えつつある亀裂に向けて構えていた神剣サウザンドの切っ先をそっと下げる。

 ……まぁ、あれだ。予想とは違った結果だが、これも結果オーライ、か?


 ともあれ、ついに問題の亀裂が消え去る時が来ると、俺も顕現していた十六夜兵装と己に掛かった全ての強化状態を解除する。

 本来の姿を解放するのは別として、こうも久々に全力を出すと、中々に心地よい脱力感が味わえるものだ。


「とはいえ、だ」


 す……っと、下げていた神剣サウザンドの切っ先を上げ、今まで目を逸らしていた少女に突きつける。


「――お前、何者?」


 視線の先には、恐怖に震えて口をパクパクとさせる少女の姿があった。

 ルビーのように輝く紅の眼には涙が滲み、我ながら威圧的すぎて悪魔そのものにしか見えない姿が反射して映り込んでいる。

 それを見て、ふと思う。

 どうやら剣先を突きつけられているからではなく、本来の俺の姿という常人には刺激的すぎる存在を目にしてしまっているが故に、喋れないほど恐怖してしまっているらしい。

 勿論、剣先を突きつけられたために震えているという要因もあるにはあるのだろうが、凡そ目の前で過呼吸気味になるほど恐怖している少女の視線が剣先ではなく俺の顔を真っ直ぐに見ていることから考えると、間違いなく恐怖している最大の原因は本来の俺の姿ということに帰結する。


「……ちッ……」


 このまま呼吸もできないほど怯えられ続けては埒が明かない。

 仕方ないので小さく舌打ちを吐くと同時に情報操作系の異能である[虚偽の仮面]を発動し、せっかく解放していた本来の姿と能力だったが話を進めるためにも再封印する。

 サァーッと波が引いていくように俺の全身を彩っていた血の紋様は消えていき、真っ赤に充血した悪魔の如き不気味な白眼と真っ白な髪も、かつての日本人らしい黒髪黒目に変化していった。


(強化解除から時間も置かずに急速な弱体化か……ククッ。別に被虐体質でもないんだが、まさか自分から進んで虚脱感と無力感を味わう羽目になるとはなぁ)


 瞳を閉じ、暫し己の行動を鑑みれば、何だか滑稽にも思えて笑えてくる。

 だが少なくとも、これで最低限は同じ人間としてのステージに立てたはずだ。

 この俺にここまでさせたのだから、今度こそ話すべきことを話してもらおうか。

 そうして今一度少女を見やってみれば怯えていた鳴りもすっかり潜め、代わりに頬を赤く染めてこちらをじぃーっと見つめてきていた。


「……」

「ほわぁ……――ぴッ!?」


 恍惚とした溜息まで吐くとは現金な奴め。

 まぁ、これでも俺は美形だからな。気持ちは理解できんでもないが……空気は読んでもらおうか。

 軽く殺気をぶつけ、改めて剣先を突きつけることで質問に答えるよう促す。


「ぁ、あの、その……る、ルーナ……です」

「……」

「……」

「……」イラッ


 誰が名乗れと言った。

 そしてもっと他に言うことがあるだろ(とぼ)けたことを抜かしてんじゃねぇし黙ってんじゃねェよ!

 直前の異常事態でピリピリしていたところに、これだ。

 衝動的に沸き起こった苛立ちを堪えきれず、再び少女に殺気をぶつけてしまうのも仕方ないだろう。


「ひッ……ぁ、ぅ……」


 結果としてぶつけた殺気が思いの外に大きかったせいで、少女の怯えは限界に達して元の硬直状態へと逆戻りした。

 殺気はすぐに消したが、暫く待ってみても少女の涙目と恐怖による震えは止まらない。

 勿論、その間に少女が何かを話すことはなかった。


(はぁ……全く話が進まねぇな……)


 後悔はしていないが、これは明確な失敗だ。

 おまけに冷静になってみると、俺も抽象的でハッキリしない聞き方をしていたので、少女がまともに答えられるはずもない。


「……」


 突きつけていた剣先を無言で下ろし、そのまま静かに神剣サウザンドを腰元へと挿し戻す。

 よく考えてみれば、この少女が脅威であるという可能性は低い。

 その脅威度はさっきまで本気状態だった俺によって見抜かれているし、むしろ同年代における一般的な少女と比べてか弱いと評しても良いのではないだろうか。

 これで脅威だとしたら神懸かり的な隠蔽力の持ち主と言えるが、そもそも本気状態の俺は神をも超えているので欺けるわけがないのだ。

 つまり少女自身の実力的に、元から俺の脅威となれるはずがなかった。

 加えて何より――


(――白髪(・・)赤目(・・)、か)


 改めて、少女の容姿が俺の興味を惹きつける。

 異世界に拉致されてから初めて見る金髪碧眼以外の原住民の姿だ。

 突如、空間の亀裂から現れたあたり、もしかしたらシェルミールの信者ではないのかもしれない。信者でさえなければ敵である可能性も益々低くなる。

 というか敵であるかどうかは、その点を突けば簡単に判明してくれるだろう。

 ……確かめてみるか。


「――お前は……」


 突きつけていた剣を(抜き身のままだが)腰元のベルトに納刀したお陰か、はたまた目線を鋭くさせている以外は殺気も感じさせない普通の空気を纏うように心がけているお陰か。

 怯えて硬直していた少女もすっかり落ち着きを取り戻し、涙目ではあるものの今では会話ができそうな雰囲気を醸し出している。

 そんな少女へと向けて、俺は粛々と審判の言葉を投げかけた。


「お前は、俺の――黒の神敵(・・・・)の敵か?」


 何を語るのか、その答えと態度で見極めてやる。

 無論、その際に少女が敵意を隠して誤魔化してくる可能性も否めない。

 故に――


「ぇ……っと、あなたは……その……」


 ――俺は[悪意把握]の異能を発動した。

 例え表面上でどんなに取り繕おうと、これで敵意の誤魔化しは不可能となる。

 敵か否かも、すぐにハッキリするだろう。

 これで少女が敵でなければともかく、もしも敵であれば即座に『偽翼』の無数の銀刃で内部から貫き、トドメに『我喰』で存在ごと消し去ってくれよう。

 たどたどしい口調で答えようとする少女に続きの言葉を無言で促し、かくして俺は万が一のことも考えて内心で殺意の牙を研ぎ澄ます。

 果たして、その少女の答えは――、



「――クロの、しん……何とかという名前なのでしょうか? えっと……すみません、覚えきれなくて……」



 なのでもう一度お名前を教えて頂けると嬉しいです、と少女は言った。

 その顔は決して謀ろうとするものではなく、むしろ本当に己の不手際を恥じたかのようにションボリとしている。

 何より、[悪意把握]による反応は――白だった。


「……」


 ……なるほど。

 俺は内心で研ぎ澄ましていた殺意を霧散させる。

 どうやら本当に単なる普通の少女であったらしい。

 登場の仕方が仕方だっただけに、何とも紛らわしすぎる奴だ。が、同時に俺の心配も杞憂だったことが証明された。

 であるなら、これ以上少女に時間を割く理由もないだろう。


「ふぅ……フォース、もう良いぞ」


 万が一に備えて結界と化してくれていたフォースに声をかけ、俺は少女に背を向ける。

 一瞥すらされず無視される形となった少女が、それでショックを受けたような顔をしていたが……どうでもいい。

 そんなことより――いつもは即座に反応を返してくれるはずのフォースが、今回は無反応であることに違和感を覚える。


「――? フォース……?」


 直感に従い、警戒レベルを引き上げる。

 何かがおかしいと感じ、辺り一面に感じるフォースの気配へと視線を巡らしながら再び呼びかける。と、そこで俺はフォースが反応しなかった理由に気づいた。


 ――見られている。


 直感的に悟る、何者かの視線。

 普通ならば気づくこともなかっただろう。

 敵意もなければ、殺意もない。

 本当にチラ見する程度の弱い視線だったが、他ならぬフォースが反応しなかったことで僅かな違和感も大きく増幅し、こうして気づくに至った。


(こいつは……?)


 よく注意して視線を分析し返してみれば、弱い視線ながらもどこか俺たちを観察している節がある。

 おまけに視線を辿って正体を探ろうとしてみるが、何故だか途中までしか辿れず視線の主の正体を明かすには至らなかった。

 恐らく、現段階における俺の最大の弱点である空間操作系の術でも使われているのだろう。

 だんだんと不気味に感じ始めてきたこの視線だが、残念ながら今の俺にできることは何もない。


 ――ゾワァァン……(テ・キ(空に反応あり!)


 フォースが異常を感知したのは、そんな時のことであった。


「むっ……!」

「え、え? 今、景色が凄く揺れたような……」


 観察してくる視線から即座に意識を切り替え、俺はフォースの警告に従って顔を上げる。

 すると、態々探す手間をかけるまでもなく、地上10メートルから20メートルほどの空中にて無数の空間の歪みが見つかった。

 歪みは見渡す限りの一面に広がっており、見てる間にも歪みは亀裂へと変化してそのヤバさを加速度的に増していく。


「ちッ……こっちが本命だったか」

「な、何ですか? 上に何か……――ぁ、あわわわわ! そ、空が大変なことに!」


 舌打ちしながら斧槍(ハルバード)の形状にした『ネオ=メシア』を呼び出す。

 亀裂越しに、殺意剥き出しで獰猛な気配をいくつも感じる。

 そして幸か不幸か、俺はその気配の正体をよく知っていた。


「……(ドラゴン)……」

「ぇっ」


 やがて亀裂より現れた姿に、つい懐かしさのあまり呟きが漏れてしまう。

 狩った竜の数は、膨大すぎて数知れず。

 その気配を感じるだけで、迷宮での日々が昨日のことのように浮かび上がる。

 あぁ……辛い日々だったなぁ。

 だから、もう、竜は――お腹いっぱいだ。


「そ、そんな……ドラゴンが、それも古代級(エンシェント)ドラゴンの大群だなんて」


 ふと観察してくる視線に意識を向けると、何やら面白そうに観察してきていることに気づいた。

 それはまるで、ガラス越しにいる実験観察者が被験者に向ける視線のようで――。

 ……なるほど、この俺を試しているつもりだな。


「ぁ、ぁぁあ……逃げないと。そうです! 早く逃げましょう、クロさま!」

「…………」

「クロ、さま?」


 うるせェ、誰がクロ様だ。

 おっと。そんなことより、これまでの流れから考えると、どうやらこの視線の主が一連の異常事態を引き起こしてくれたらしい。

 巫山戯た話だ。

 全く、本当に――ナメ腐りやがって。


「く、くくく……クハハハハッ」

「クロさまぁ! そんな、死んじゃう。早く、本当に早く逃げないと!」


 笑えてくる。

 俺が空間操作系の力を使えないから、己が絶対的な安全圏にいるとでも勘違いしてやがるな。

 ……いいだろう。

 その驕り――今すぐ叩き潰してやる。


「“顕現せよ、《十六夜兵装》”」


 唱えた言霊に従って顕現するのは、既に現出していた『第十三兵装:ネオ=メシア』と『第十五兵装:最終究極紳士服(ファイナルアルティメットスーツ)』以外の所持兵装。

 右手側に『第一兵装:バタフライナイフ』。

 左手側に『第二兵装:我喰』。

 背後に『第三兵装:偽翼』。

 そして、未だ謎に包まれ名前すら判明されていない『第十六兵装:???』が胸の前に現れる。


「“集束し、解放せよ”」


 再現するのは、かつてシェルミールに放とうと《十六夜兵装》を束ねることで練り上げたトドメの一撃。

 手に持った『ネオ=メシア』を放し、胸の前に浮かぶ黒い靄状の球体――『第十六兵装:???』に手をかざしながら、俺は詠唱を続ける。

 すると、『第十六兵装:???』を中心にその他の《十六夜兵装》の力が集まり、あっという間にとんでもないエネルギーの塊が出来上がった。


「く、クロさま、それは……」


 バチバチと放電現象を引き起こす一方で、不思議と音は一切しないエネルギーの塊を、今も続々と竜を放出し続けている空間の亀裂へと向ける。

 ……確かに、今の俺に視線の主へ直接刃を当てることはできない。

 だが今、運の良いことに空間には亀裂が生じているのだ。

 この亀裂を通してなら、相手が誰だろうと間接的にダメージくらいは与えられる!

 故に――、


「――――“極・護武躙砲(ゴブリンほう)”――――」


 神滅の一撃が、解き放たれた。

 エネルギーの塊は一度大きく脈動して一つの波動を生み出すと、そのままゆっくりと空へ向けて上昇していく。

 脈動によって生まれた波動は一瞬で遥か彼方まで広がり、それに触れた竜たちを抵抗する間も無く消失させる。

 一秒前までは竜の大群で覆い尽くされていた空も、こうしてたった一発の波動によって消し飛ばされてしまったのだ。

 だが、神滅の一撃は止まらない。

 竜の大群を排除したことで、亀裂までの障害がなくなったエネルギーの塊は、それなりの高さまで上昇したところで一気に膨張を始める。

 そうして一拍を置いて――世界の蹂躙が始まった。


「す、すごい」


 エネルギーの塊は次々と空間の亀裂を呑み込んでいき、神滅の一撃から逃れていた位置にあったはずの亀裂もどういったわけか連鎖的に崩壊していく。

 音は――不思議と何も聞こえない。

 けれど、その無音こそが物も言えぬ世界の悲鳴のようで、俺はどこか爽快感を覚えていた。

 観察する視線は当然、今の一撃で消え去っている。

 願わくば今回の覗き見と嫌がらせの代償として、視線の主に大きな傷跡ぐらいは残ってほしいものだ。

 亀裂もなければ、竜も歪みもない。

 スッキリした空の下で、かくして俺はしみじみと思うのだった。




「――すごいです! 本当に凄すぎますっ、クロさま!」


 あぁ、そういえば居たな。すっかり忘れてた。

 キラキラと目を輝かせ、称賛の声を上げる少女に目を向ける。

 こいつは何故ずっと俺の近くにいるのだろう。

 つい先程まではあれほど怯えていたというのに、本当に訳がわからない。

 敵でもないようだし、どうしたものか……。


「…………。戻れ、フォース」


 とりあえず、脅威は去ったのでフォースを呼び戻す。

 目下のところ、俺のすべきことはジジイことナタテッシュ村の村長、その弟であるアレルド何某とやらを探し出すことだ。

 そこで『第十兵装:極剣(アルティメットソード)』に繋がる有力な手掛かりを掴み、もしくは奪還できる状況ならそのまま奪還しなければならない。

 幸いにしてアレルド何某とやらの居場所はナタテッシュ村のとある親切な若者から教えてもらっていたので、次の行動に迷う必要もなかった。

 後は出発を決断し、その通りに実行するのみであったが……そこで何気なく、俺はふよふよと戻ってきたフォースの透明なからだ越しに空を見る。


(もうすぐ、夜に切り替わる時間か)


 それなりに長い期間を過ごしてきて分かったことだが、この世界の夜は13の太陽が順に月へと切り替わっていくことで、日中と夜中が決定づけられている。

 その法則に照らし合わせて現在の星の進行度を見てみると、既に11の太陽が月へと切り替わっており、後2つの星で真っ暗な夜の時間が訪れるだろう。


(夜目もあるし、『偽翼』を使って空から強行することも可能だが……久々の屋内で休息というのも捨てがたい)


 ちらりと、全体的に凄惨な光景と化している村の中で唯一無傷で残しておいた、ひと際立派な建築物であるジジイの村長宅に目をやる。

 辺境都市ヴィーランを出てから、これまで数多の村や町を滅ぼしてきたが、今回のナタティッシュ村はその中でも特に栄えているように見えた。

 今回、ジジイの村長宅に目を付けた理由も、言うなれば当て所のない野宿生活の中で偶然に無料で泊まれる5つ星のホテルを見つけたようなものなのだ。

 これでもう少しだけ日中に近い時間帯であれば迷うことなく出発できたのだが、星2つで夜の時間だからなぁ……。

 内心で迷いが生じ、どうするべきか逡巡する。が、そう時間を置かずして結論はすぐに出た。


(……そうだな。せっかくの機会だ。今日はもう休むとしよう)


 やはり文明人たるもの、久々の屋内での睡眠という誘惑には抗えない。

 俺は出発の時刻を翌日に回し、そうして身体にフォースを纏わりつかせながら遠目に見える村長宅へと足を進めるのだった。


「あ、あの!」


 ……まぁ、流石に無理があったな。

 声をかけてきた少女に、内心で苦々しい思いを抱きながら立ち止まる。

 脅威もなく、敵でもない少女を相手に今更どういった態度で臨めというのか。

 辺境都市ヴィーランでの一件以降、感情の赴くままに殺戮することを是としてきたため、今さら普通の人間のように振る舞うのも面倒極まりない。

 できれば関わりたくはないと強引に無視をし続けていたが、少女がこちらを涙目で見上げている以上、意図的に傷つけるつもりがない限りは少女の心を傷つける行為も控えるべきだと思い直す。


「…………何か用か?」


 とはいえ、好き好んで関わるつもりもなかった。

 長い間を置いてから、俺は顔だけ横に振り向かせて小さくポツリと用件を聞き出す。


「……ぁっ……」


 横目とはいえ目が合ったためか、嬉しそうに声を漏らす少女。

 そのままコシコシと目元に浮かんでいた涙を拭うと、ぱぁッと一転して喜色満面の笑みを浮かべた少女は僅かな興奮から頬を真っ赤にして、けれど真剣な眼差しでこちらを見つめながら言うのだった。


「その、実は、クロさまにお願いしたいことがございまして……」


 もじもじと、どこか遠慮がちに上目遣いで幼気な少女は俺を見る。

 図々しいとは自分でも少しくらい思っているのだろう。

 だったら言わなければいいのにと内心で思うが、勿論そんな態度はおくびにも出さず、俺は少女の言葉を吟味しながらゆっくりと身体を横に向けた。


(ふーん……願い、ね。まぁいいだろう)


 叶えてやる。それで「はい、サヨナラ」だ。

 実に簡単そうなミッションで、俺は全面的に少女の願い事を聞く気になれた。

 一応、ないとは思うが代理殺人とかなら断ればいいし、何かやって欲しいこととかなら今の俺の能力であれば大抵のことは応えられるつもりだ。

 所詮は幼気な少女なので、成就不可能な願いとかはしてこないだろう。

 腕を組みながら、俺は無言で少女に続きを促す。

 とりあえず言ってみろ。


 だが、次の瞬間、俺は少女に度肝を抜かれることになる。

 大抵の願いは叶えてやるつもりだった。そして叶えた後は、後腐れなくサヨナラする予定だった。

 だからこそ、俺には予想することもできなかったのだ。


「クロさま! わたくしを、クロさまに付いていくことをお許しいただけないでしょうかっ!」


 ――まさか少女が自ら追随することを望むとは。

 数分前までは俺に怯えていただろ。何故そうなる。追随される可能性なんて考えてすらいなかった。

 疑問が、ぐるぐると脳裏に渦巻く。


「自分の身は、自分で守ります! 魔法(・・)も、少しは使えるんです! だから……だから、お願いします。もう、独りは嫌なんです……」


 ほう。魔法、だと?

 にわかにテンションが上がっていくことを自覚する。

 かつて異世界に来た俺が初めて訪れた村――ルッジ村にて、その村人の一人が使っていたことを思い出す。

 残念ながら当時の村人は敵だったため殺すしかなかったが、目の前の少女は決して敵ではない。

 更には敵となる可能性も今のところ低く、これなら俺の夢であった自分で魔法を使うということも可能となれるかもしれないのだ。

 少女の宣言を聞き、俺はその内容に強い興味と関心を抱いた。

 ついでに自分の身は自分で守るとまで言い放った少女の覚悟のほどを知る。

 後半も何やら気になることを言っていたが、ともあれ――だ。


「――クロ、ではない」


 気が付けば、そんな台詞が口から漏れていた。

 少女の目が大きく見開かれていくのを気配で察する。


「ジャック……俺の名は――ジャック=キリサキだ」


 少女に背を向け、そうして俺はフォースを伴って村長宅へと歩き始めた。

 これは――言ってみれば、ただの気まぐれだ。

 よく考えれば俺に拒絶するような理由なんて何もないし、いざとなれば自分の身は自分で守れると言うくらいなのだから問題ないだろう。

 だから、付いてきたいのであれば好きにするといい。



「はいっ――――ジャックさま!」



 かくして、この日を境にフォースと俺の旅路には一人の少女――ルーナが加わることになったのであった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 久しぶりに更新されててめちゃくちゃ嬉しいです! [一言] ストーリーも文章も大好きなので本当に嬉しいです!これからも頑張ってください、よろしくお願いします!
[良い点] 久しぶりの更新めちゃ嬉しいっす!!待ってました!! [一言] これからも更新待ってます!!
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