042.ヴァリエーレ西部の終焉
「ちッ……最悪の目覚めだ」
木漏れ日が注ぎ、爽やかな風が吹き抜ける木の下で、俺は全身を汗でびっしょりと濡らしながら目を覚ます。
気温も環境も丁度良く、せっかく普段から着用し続けている『第十五兵装:最終究極紳士服』無しでも快適に眠れると思ったのだが……失敗だったな。
まさかシェルミールから精神攻撃を受けるとは思わなかった。お陰で全身が汗だらけで気持ち悪いったらありゃしない。
「……」
久々に掻いた大量の汗とその感触に眉を顰めつつ、とりあえず俺はシート代わりに地面に敷いていた『最終究極紳士服』を拾い上げた。
今は何よりも汗による不快感を拭い去りたい、と服の効果である常時清潔化を期待して、さっさと袖に腕を通すことで再着用する。
果たして効果はすぐに現れ、全身を覆っていたべたつく汗も不快感と共にスーッと消えていく。
改めて、《十六夜兵装》の効果は凄まじい。
手持ちに空間を超越して引き篭もったままのシェルミールを攻撃したりすることができる兵装があれば良かったのだが……生憎と、それができそうな兵装も今は行方不明中だ。
(これは、いざという時のためにも早急に残りの《十六夜兵装》を回収する必要があるな)
さて、と。
本格的に起き上がった俺だが、その傍にすぐさま高密度なエネルギー体が近寄ってくる。
俺の眷属、兼仲間のフォースだ。
――ゾワァァァン……(ダ・イ・ジョ・ブ)
近づくなり俺の全身に纏わりつき、心配そうに聞いてくるフォース。
どういうことか詳しく聞いてみれば、どうも俺は寝ていた間、相当に魘されていたらしい。
エネルギー体であるが故に、逆に言えばエネルギー体でしかないフォースは異変にはすぐに気づけたもののどうすることもできず、結局は最後まで近くでおろおろと心配することしかできなかったようだ。
健気な眷属に、つい笑みを浮かべる。
「ふっ……問題ない、もう大丈夫だ。心配かけて悪かったな」
安心させるようにそう言い聞かせてやれば、やがてフォースも安心できたのか纏わりつくのを止めて俺から離れた。
けれど今度は少し離れたところで俺の周りをくるくると回り出すと、何やら俺の睡眠中に狩ってきた獲物についてアピールをし始める。
……そういえば寝る前、第三者によって睡眠を邪魔されないようフォースには適当に周辺の外敵を狩ってくるようにと頼んでたな。
「よし、じゃあ何を狩ってきたかを見せてくれ」
せっかくだし、フォースが何を狩ってきたか見ておこう。
すると、張り切ったフォースが吸収した獲物を次々と放出し出す。
狼、鹿、モンスター、モンスター、兎、よく分からない液状の物、岩石、人、人、人、そして人……。
「……人が多いな。それに、よく分からん物も混じってるし――――っと、これは……?」
フォースの特性によるものなのか狩ってきた獲物は人を含め、全てが超高圧力によってバキバキに粉砕されていた。
死ぬ間際は、それこそ地獄の苦痛を味わったことだろう。
獣やモンスターを含め、全ての人の顔が恐怖と絶望によって盛大に歪められていた。ま、あれだ……恨むなら危険地帯(俺の睡眠場所)へと不用意に近づいた己自身を恨んでくれ。
と、まぁそんな死体の状態はともかくとして、俺はフォースの放出して出来た獲物の山の中で、ふとあるモノが存在していることに気づく。
「――『第十兵装:極剣』……?」
恐らくフォースの狩ってきた獲物(人)のどれかが所持していたのだろう。一本の剣を手に取った俺は、どこか魂に訴える波動を感じて首を傾げる。
感じる波動は、確かに《十六夜兵装》のもの。
けれど、それにしては手に持った剣に見覚えはないし、何より『第十兵装:極剣』にしてみてもよく考えてみたら感じる波動も剣の性能も何もかもが弱すぎた。
例えて言うなら、まるで下手な模造品といったコピーのような感じがする。
(ん……? コピー?)
ふと思いつき、『極剣』の能力について考えを巡らせる。
――『第十兵装:極剣』。
その能力は確か[剣界]と言い、同格かそれ以上である他の《十六夜兵装》を除き、剣であれば無制限に幾らでも生み出すことのできるというものだったはずだ。
ということは、つまり――――。
(――なるほど。コピー品、ね。言い得て妙だ)
恐らくどこかの誰かが『極剣』を拾い、そして使ってしまったのだろう。
かつて、デクスオーロの試練迷宮『千の凶悪』の最下層にて『第三兵装:偽翼』を使用していた彼のラスボス――今は亡き巨竜人のように。
「確か……村人とか商人、なんだよな?」
『極剣』の能力によって生み出されたと確信した俺は、改めてその剣を鍔から刃先まで嘗め回すように眺めながら、フォースに狩ってきた人間たちの特徴を尋ねる。
――ゾワァァァン……(イ・エ・ス)
すると、すかさずフォースから肯定の意思が返ってきた。
おまけに、更に詳しく聞いてみると剣を持っていたのが商人ではなく、それに付き従っていた村人の方であることも判明する。
ここでポイントなのは、剣を持っていたのが戦士ではなく、ただの村人らしき者であったという点だろう。
(ふむ、『極剣』を拾ったのは村人か……? それとも……いや、まぁ、少なくとも国家などという公的な組織には所属していない者たちで決まりのようだな)
考えを整理し、少しずつ『極剣』を捜索していく上でのヒントを探っていく。
仮に村人となると、所属している村からも長期間に亘って離れたりはしないだろう。
順当に考えれば『極剣』の手掛かりについても、近場の村から探っていけばどこかのタイミングで見つかるはずだ。
(そうだな。まずは近くにある村から順に、虱潰しに当たってみるか)
方針は決まった。
すぐさま捜索を始めるべく、俺は傍にいるフォースにも自分の考えを伝えながら、即座に[悪意把握]の異能を発動して周辺にいる生物の情報から近場の村を探し出す。
――この世界の人間は、基本的に俺に対しては悪意しか抱いていない。
二週間ほど前、辺境都市ヴィーランで身をもってその事を知った俺は、だからこそ当時の反省を生かして今では人々の悪意を逆手にとって行動している。
悪意を持っている人間が多数、集まっている場所。
即ち、その場所こそが『極剣』に繋がる手掛かりがあるかもしれないコミュニティの位置なのだ、と。
(よし、早速ヒットしたな)
いくつかの村が[悪意把握]の知覚によって引っかかったが、中でも最も人数が多くて近い候補を算出し、目標として定める。
この中だと――北か。
コキッと首を鳴らし、俺は無言で『第三兵装:偽翼』を背中に展開させる。
透明な銀刃で模らせるのは、『偽翼』という名前通りの――翼。
そんな俺の様子を見て、フォースもこれからする行動に気づいたのか、ふわりと再び俺の全身に纏わりついてきた。
『偽翼』の能力である力の操作を用いた、音速をも超える超高速移動。
流石のフォースでも、この状態の俺に着いてくるほどの速度は出せない。けれど密着し、一体化してしまえば話は別だ。
どんな速度だろうと、もうフォースをうっかり振り切ってしまう心配もない。
ともあれ、全ての準備を終えた後は目的地に向かって軽く飛ぶのみとなる。
『偽翼』の能力を発動させ、ゆっくりと宙に浮かび上がった俺は、そうしていざ北にある村へと飛び立とうとして――――
「――っと、忘れてた。その前に……」
北に向けていた身体をくるりと反転させ、そこで俺は改めて宙に漂う紫色の塊――悪夢の源であったシェルミールの力の残滓を視界に入れた。
――残滓。そう、既にシェルミールの制御下から離れた廃棄物である。
実は[悪意把握]の異能によってかなり前から気づいていたのだが、以上の理由から今さら俺がどうこうする意味もなかったため、今に至るまでずっと無視し続けていたのだ。
けれど、――気が変わった。
唐突だが、それでも立ち去る直前になって、ふと俺は思ってしまったのである。
(……。わざわざ潰す意味もないが、かと言って残しておく必要もないよな)
残滓となり、もはや消滅する時を待つだけとなった紫色の塊。
無視しておけばよかったのだが、生憎と俺は既にその残滓からシェルミールの存在を幻視してしまっている。
今さら快く無視するなんてことは、できるはずもなかったのだ。
そんなわけで――――グシャッ、と。
俺はシェルミールの力の残滓である紫色の塊へとスーッと近づき、間髪を入れずにそれを握り潰してやった。
耐久力も抵抗力も一切ない紫色の塊は俺の拳の中で呆気なく潰れ、目に見えないほど細かい粒子となって空中へと霧散する。
その行為に、特に意味はない。
むしろ完全に無駄な行為と言えるだろう。
が、しかし。
「――うん。スッキリした」
シェルミールの力の残滓を握り潰したその瞬間、確かに俺はある種の解放感を得ることができていた。
その点だけ取って見れば、或いは全くの無駄とも言えないのかもしれない。
かくして、一切の心残りとなりそうなものを絶った俺は、今度こそフォースを伴って北にある村へと飛んでいくのであった。
◆ ◆ ◆ ◆
――それから一ヶ月後。
ヴァリエーレ聖王国西部、その北西にあるファルリード地方の中でも最北端に位置するナタティッシュ村にて。
「おはよー!」
「そんちょーおつかれー!」
「おしごとがんばってねー!」
キャッキャキャッキャと騒がしくも笑顔で目の前を通り過ぎていく幼い少年少女たちの様子に、村長と呼ばれた男――ヴィラルデは行っていた農作業を一旦中止し、照れ臭そうに笑みを小さく浮かべつつ「おう」と短く応える。
子供たちの後ろ姿にひらひらと手を振っていたヴィラルデだったが、やがて子供たちの姿が遠く離れていったのを見ると、そっと手を下ろして農作業を再開すべく片手に持っていた鍬を両手で持ち直した。
(――思えば……時代も変わったものだな)
すっかり皴が目立ち始めてしまった額に浮かんだ汗を手で拭いながら、先ほどの無邪気な子供たちの様子を思い出したヴィラルデは一人静かに思う。
彼がまだあの子供たちと同じような年齢だった頃は、このナタティッシュ村もド田舎中のド田舎とも言うべきレベルだったし、ヴィラルデを始めとした村に暮らす人々はいつだって貧困に喘いでいた。
当然、明日を生きるのも困難なほどド田舎で貧しい村では子供たちを遊ばせておく余裕もなく、それは村長の息子であったヴィラルデも例外ではない。
むしろどんなに小さな幼子でも自力で行動できない赤子でさえなければ、子供たちは立派な労働力として働かされていたくらいだ。
毎年のように体の弱いものから倒れていき、そして大人と違って身体が丈夫ではなかったがために、病やケガが原因で子供たちが死んでいった。
(だが……それが今はどうだ)
村はかつての面影も見ないほどに発展し、子供たちも死に物狂いで働かされることがなくなった。
それどころか、西部ではよっぽど裕福な家か貴族の子供たちしか受けられなかったような勉学まで、今のナタティッシュ村では先ほどの子供たちのように専用の教育施設で当然のように無償で受けられるようになっている。
また、病やケガに関しても、昔はそれこそ奇跡でも起きない限りは死に直結するような大問題であったが、今では多少の治療費で病やケガを負ってもすぐに治療してもらえるようになった治療院があるため、死亡率も大幅に減少した村の健康関係はほぼ完璧と言ってよい。
(まったく……人生って奴は、分からねぇもんだよな)
御年67歳になるナタティッシュ村の村長、ヴィラルデ=ナタティッシュ。
もしも昔の彼に自分はこれだけ長生きできるのだと言っても、きっと自分は絶対に信じなかっただろう。
なんせ、かつての村では老人どころか、三十代後半ぐらいが人の寿命だと思われていたくらいなのだ。
身体の弱い子供たちだけでなく、これまでの過労が祟って当たり前のようにバタバタと死んでいく中年世代。
どれほど過酷な時代であったかは、想像するに難くない。
けれど、だからこそ――――
(弟には……アレルドには参ったものだ。ただの阿呆だと思っていたら、いつの間にか村を救った英雄になっちまってるんだからよ)
生意気そうな顔をした弟の姿を思い出し、ヴィラルデは思わず苦笑する。
弟のアレルドは、過酷なこの村の中でも珍しいことに決して諦観せず、いつも何が楽しいのか明るく笑顔を振り撒いて生きていた。
とはいえ村の仕事を手伝わず、毎日のように仕事をサボって遊び呆けていたのには思わず殺意を抱いてしまうほど困ったものだったが……まぁ、それも今となっては英雄の功罪というもので、軽く流せる問題だ。
むしろ、そうした性格というか気質であったからこそ、結果としてアレルドはこの村を救うことができたのだろう。
……本人が始めから村を救う気で旅立ったのかどうかは別として。
(いやぁ、でもあの時は正直「ついに村から逃げ出しやがった!」ってあいつを知ってる誰もが思ってたが……割とひょっこり帰ってきた時なんかは、みんなして腰を抜かすほどビックリしたっけな)
それは弟が十歳を過ぎたある日。
唐突に「旅に出る」と宣言したアレルドが、翌日には本当にその姿を村の中から消して旅立ったことが全ての始まりであった。
その時代……というか今の時代も基本的にはそうなんだが、村人がちゃんとした準備もなしに村から出るのは、ハッキリ言って壮健な大人であったとしてもただの自殺行為でしかない。
ない、のだが――残念ながら、アレルドはその非常識なことを平然と行ってしまうような人物だった。そして驚いたことに弟が実際に村を飛び出した時も、村人の誰もがアレルドがタダで死ぬとは思えず、その行く先を心配する者は兄であるヴィラルデを含めて誰もいなかったのである。
余程その人柄が信頼されているのか、はたまた日ごろの行いが悪かったからか……。
ともかく、そうして悲しいことに誰にも心配されることなく村を飛び出すこと五、六年。
それは何の変哲もない、ある普通の日の事。
いつも通り農作業へと明け暮れていたヴィラルデの前に、その日はいつもと違って一人の青年が立ち止まった。
始めは気にもせず農作業へと傾倒していたヴィラルデだったが、ふと視界に映り込んだその小綺麗な服装から相手がここの村人ではないことに気づき、訝し気に顔を上げる。
すると、ようやく顔を上げたことに喜んだのか、にこやかに笑う青年。
しかし尚も訝し気に見てくるヴィラルデを見ると、ついにはぷふっ……と噴き出して笑いながら、小綺麗な青年は「僕だよ、兄さん。ただいま」と一言だけ告げてきた。
それに対し、“兄さん……? 俺の弟はアレルド一人のはずだが……”と思わず首を傾げるヴィラルデだったが、暫くしてようやく目の前にいる小綺麗な青年と五、六年ほど前に村を出た弟のアレルドの姿がつながったのか、つい大きな叫び声を上げて驚愕してしまう。
だが無理もない。
何せ村を出て行った時と同様に、弟のアレルドが何の前触れもなく村にひょっこりと帰ってきたのだ。
――しかも、だ。よくよく見てみれば弟は恰好が小綺麗になっただけでなく、傍にこれまたアレルド以上に小綺麗で気品にも満ちた一人の若い女性を連れていたことに気づく。
聞けば、その若い女性は最近弟の嫁になった者で、ヴァリエーレ聖王国の北部を股にかける大商会の商会長、その一人娘であるらしい。
“つまり玉の輿か”
ヴィラルデは自身で思う最大限のキメ顔を弟夫婦に披露しながら、「ようこそナタティッシュ村へ、美しいお嬢さん。……あぁ、それとお帰り。我が弟よ」と、これも自身が思う最高に格好いい動きで、大らかそうに一つ頷きをして見せた。
この時、“自分も金持ちで美人な嫁が欲しい、アレルドの奴、上手くやりやがって”と、心の中でヴィラルデが密かに悔し涙を流しながら思ったのは、ここだけの秘密だ。
ともあれ、どうやったのか玉の輿で村人から成り上がってくれた弟のアレルド(羨ましい)のお陰で、ナタティッシュ村は北部の大商会とつながりを持つことができるようになった。
それ故に、その後の村の発展も必然的な結果といえよう。
凡そ半世紀という長い期間は、時代を変えるには十分すぎるほどの時間で、ナタティッシュ村を実質的には街とも呼べるレベルまで変化させた。
(――もう、子供たちが飢えて死ぬこともない)
ナタティッシュ村が生きることすら過酷だった時代を生きてきただけに、ヴィラルデは心の底からその事実を噛み締める。
平和とは……平穏とは、他の何よりも代え難き尊いものなのだ。
誰に教わるのでもなく、ヴィラルデはその事を知っていた。
「願わくば……この平和が、いつまでも続いてほしいものだ」
回想を終え、もはや仕事ではなく趣味と化した日課の農作業も終えたヴィラルデは、そうして手に持った鍬を適当な地面の上に置き、近くの切り株に腰かけて一息を吐くと、そっと空を仰ぎながら胸に秘めた願いを小声で呟く。
――それは果たして、特に何の意図も持たずに発した一言であったはずだ。
だがしかし、状況から鑑みて間違いなくその一言がキッカケで、かつて弟のアレルドが突然この村に幸運を運んできたのと同じように――――ソレは始まってしまったのだった。
即ち――――
「……ん? なん、だ――――ッ!?」
ザワッ……と感覚的にだが、空気が一変したのを肌に感じ、ヴィラルデは思わず切り株から飛び上がって空を凝視する。
ぱっと見では、周囲に変化はない。
しかし、間違いなく空気が変わっているのをヴィラルデは気づいていた。
どことなく不穏な……そして、どこか纏わりつくような妖しい雰囲気が村一帯を覆うようにして広がっている。
(――ヤバい。よく分からんが、これはマズイ気がする)
辺りにいる村人たちは、未だこの異常事態らしきものに感づいてはおらず、緊迫した雰囲気のヴィラルデと違って完全にのほほんとしている。
だが、それでも自らの直観を信じるヴィラルデは、根拠もなくそう思うと同時に急いで自宅へと駆け出した。
(くそッ、単なる杞憂で終わってくれればいいが……)
家に着き、バンッと荒々しく扉を開く。
数年前に妻に先立たれたため、既に誰もいなくなった寂しい家の中を見渡せば、中央の食卓に立てかけられていた目的のモノ――傍目に見ても強い力と存在感を放っている魔剣が目に映り込んだ。
少し前にアレルドから護身用にと数本ほど贈られた代物で、その時はまさか魔剣なんて強力な武器を使う機会があるはずもないだろうと思っていたものだが……幸か不幸か、その冗談だと思っていた機会が本当に来てしまったらしい。
いや、もしかしたら未だ自分の勘違いで済むかもしれないが、用心しておくに越したことはないだろう。
何にしても持っていて良かったと安堵したヴィラルデは、刻一刻と嫌な予感が高まっていく中で一目散に立て掛けてあった魔剣を引っ掴むと、返す足でそのまま扉も閉めずに野外へと飛び出していった。
「うわっ――て、村長っ!? どうしたんすか急に? しかも魔剣まで持ち出して……」
道中、自警団の一人である若者とすれ違う。
急速な発展と拡大に伴い、村は一時期かなり治安がよろしくなかった時代がある。彼はその時に、治安維持のため弟に手配してもらった実力者の一人であった。
それ故にこそ、実力的にも申し分のない彼の腰には弟から贈られてきた数本の魔剣の中の一本が吊るされており……ちらりとその若者と魔剣を見たヴィラルデはふと何かに気がついたかのように立ち止まると、年甲斐もなく走ったことで荒くなった息を整えつつ、改めて冷静に思考を始める。
(状況的に、まだ何かが起こると決まったわけではないが……念のため、こいつらも総動員して働かせるか?
最悪を想像すると……――そうだな。むしろ確実を期すためにも総動員してもらうべき、か)
――結論は出た。
顔を上げ、ヴィラルデは不思議そうにこちらを見ている自警団の若者を真顔で見つめ返す。
「……丁度いい。すぐさま動員できる団員を全員、村の周辺の警邏に当たらせろ。それで何か異常があればすぐ俺に知らせるんだ。俺は今から村を一望できる丘の上に行くから、あとは頼んだぞ」
「えっ、ちょ――――!?」
言いたいことを立て続けに言い切ると、ヴィラルデは慌てる若者を背にさっさとその場を走り去る。呑気に返事を聞いている暇はないのである。
一方で、軽く声を掛けたつもりだった若者は急に返された意味不明な命令に何の意味がと混乱する……が、結局どんな命令だろうとそれが雇い主の希望なのだ。
最後まで命令内容の意味不明さに首を傾げつつ、それでも雇い主の命令を実行するべく若者はすぐさま仲間の自警団の下へと向かうのだった。
(――さて、見たところ村に変化はないようだが……)
年甲斐もなく村の中を全力疾走で突っ切り、村人たちに驚愕や諸々の感情が込められた眼差しで見送られること暫く。
目的の丘の上まで辿り着いたヴィラルデは、肩で息をしつつも目を鋭く細めては村全体を嘗め回すようにして見た。
あれから嫌な予感は収まるどころか、爆発しそうなギリギリの限界一歩手前まで膨れ上がってきている。
証拠こそ未だにないが、もはや確実に何かが起こるという雰囲気がそこにはあった。
(これ、このままだとヤバイことになりそうだな……っていうか、絶対にヤベェだろ。おいおい、頼むから勘違いで終わってくんねぇかなぁ)
祈るように、村を見つめるヴィラルデ。
何が出てくるかは分からない。
けれど、万が一のモンスター対策として村の外延部には既に自警団を配置してあるし、自身はこうして村を一望できる場所にいる。
災害だろうが何だろうが、自分が一番最初に発見できる位置にはいるのだ。
何かあっても、すぐに村人を避難させて対処すればいい。それだけの準備はしてあるし、何が来ても問題なく対応できるようにしてある。
備えは正しく完璧――――その、はずだった。
……
…………
「――その剣は、どこで手に入れたんだ?」
…………
……
背後から突然、その声が届くまでは。
「――――ッ……!?」
『誰だ!?』とか『気配もなくいつの間に!?』などと考えるよりも先に、バッ……! と勢いよく背後を振り返るヴィラルデ。
そして背後に佇む人影を目にした瞬間、何故だかそれが敵だと瞬時に悟ったヴィラルデは躊躇なく、身体の動くまま反射的に魔剣で斬りかかった!
が、しかし――。
「聞かれたことに答えろよ」
――空を切る。
その時、何が起こったのかヴィラルデには分からなかった。
けれど、まるで走馬灯のように急に時が止まったかのごとくゆっくりと進みだした世界で、ヴィラルデは確かに攻撃するため振るったはずの己の腕が宙に舞っているのを見た。
(え……、何だこれ。何で俺の腕が浮いてるんだ?)
呆然と、ヴィラルデは宙を舞う己の腕を見やる。
ゆっくりと上昇し、やがて重力という物理法則に従って落下し始める己の腕。
そして、その途中で彼はあるモノを目にしたことで、ようやく自分の身に何が起こったのかを悟った。
(――あ。俺の魔剣……)
ゆっくりと落下していく己の腕の向こう側で、謎の敵が見覚えのある……というかヴィラルデの持っていた魔剣を振り上げた状態のまま残身を取っている。
そこまで見れば、流石のヴィラルデにも何が起きたのかを推測することができた。
どうやら謎の敵はヴィラルデの知覚にも残らないほどの速さで魔剣を奪い、そのまま返す手でヴィラルデの腕を断ち切ったらしい。
(は、はは……バケモノめ)
思わず内心で諦観の笑い声を上げるヴィラルデだったが、腕の断面から大量の血が噴き出したことですぐにそれどころではなくなった。
猛烈な痛みが、断ち切られた腕を蝕む。
走馬灯の如く遅々として進んでいたはずの時間が、ついに元通りに戻ってしまったのだ。
「ぁ、ぐッ……ぁぁぁあああッ!!」
鈍かった感覚も元通りの鋭敏なものへと戻ってしまったことで、文字通り地獄の苦痛を味わうヴィラルデ。
だが、謎の敵――もとい黒の神敵ジャック=キリサキに、そんなことは関係ない。
地に伏して大出血中の腕を抑えながら悲鳴を上げるヴィラルデに近づくと、ジャックは容赦なく横腹を蹴って仰向けにさせ、再び問いかけるのだった。
「――さて、もう一度だけ聞こう。この剣はどこで手に入れた?」
腕に加えて横腹の痛みに呻くヴィラルデだったが、しかし魔剣の剣先で顎を無理やり上げさせられたことで否応なく意識をジャックに向けさせられる。
――死。
ヴィラルデの脳裏に、その一言が浮かび上がった。
喉元に食い込んだ剣先と切られた皮膚から流れ出る血の感覚が、より一層ヴィラルデに本物の死の恐怖を与え、知らず知らずの内に痛みを忘れさせていく。
――早く答えないと。
死の恐怖によって限界を迎えかけたヴィラルデの思考は、もはや一も二もなく聞かれたことに答えようと考え始める。
けれど――――。
(――あ、れ……?)
幸か不幸か精神が完全に限界を迎える前に、ヴィラルデは奇跡的に思考の一部にて僅かながらも冷静さを取り戻してしまった。
そして、一部とはいえ冷静な思考を手にしてしまった彼は、今度は逆に何も答えられないという衝撃的な事実に気づいてしまったのだ。
(無理だ……できない。――アレルドを売るなんてことは絶対にできない!)
魔剣について話せば、必然的にアレルドの商会経由で貰ったことも話さねばならなくなるだろう。
同様に、そんなことを目の前にいる謎の敵に話してしまえば、弟が死よりも酷な目にあってしまうだろうことは想像するに難くない。
村を救ってくれた弟を誇りに、何より血を分けた家族として大事に思っているヴィラルデにとって、もはや何があっても口を割ることは出来なくなってしまった瞬間であった。
だが――――。
「――ふぅん……」
そんな黙りこくってしまったヴィラルデとは裏腹に、ジャックは僅かに目を細めて何やら納得したように頷くと、魔剣を持った手とは逆の手で掴んでいたナニカをヴィラルデに向けて放り投げてきた。
ベシャッと鈍い音を立てて、ヴィラルデのすぐ横を転がるナニカ。
てっきり真面に答えないヴィラルデにイラつき、そのまま突きつけた魔剣でブッ刺してくるのかと思いきや、予想外な反応に思わずジャックへと怪訝な眼差しを向けてしまう。
それに対してジャックは無言でヴィラルデの横に転がったナニカへと顎をしゃくり、そちらを見ろと言わんばかりにヴィラルデを促してきた。
(……何だ? いったい何が狙いなんだ……?)
いきなり腕を切り飛ばしてきた点から鑑みるに、どう考えても目の前の敵は自分の想定通りに事が運ばないと、容易く殺すことで切り捨ててしまうタイプの存在だ。
現在の展開は、謎の敵にとっても明らかに望まない展開のはず……。
ともすればあっさりと殺されてもおかしくはないというのに、どうして自分は未だに生かされているのだろう?
結局、いくら考えても目の前にいる謎の敵の考えが読めず、ヴィラルデは仕方なくジャックの指示通り自分の横に転がったナニカを見ることにする。
「? ……ッ、こいつはっ!?」
始めは、真っ赤に染まったその球状のモノが何なのかヴィラルデには全く分からなかった。
けれどよく観察していくうちに、ハッと彼は気づいてしまう。
(じ、自警団の若者……!)
生憎と団員が増えている関係で新入りであった彼の名前こそ憶えていないものの、その自警団の若者の顔はつい先ほど見たばかりだったこともあって早々に忘れるはずもない。
問題は何故この若者が死体となってヴィラルデの前に現れたのか。
というか、このタイミングで既に死んでいるということは、もしかしなくとも村の自警団は現在の危機的状況を未だに気づけていないのではないか。
いや、それどころか最悪は――と、あらゆる可能性が思い浮かぶ端からヴィラルデは目に見えて焦燥していき、残されていた僅かな余裕さえも失っていく。
「――ま、別に答えてもらわなくても構わなかったんだが」
ニヤリ、と。
不意にジャックが嗤いながら、そう呟いた。
答えなくても構わない。その言葉が意味するのは、つまり――――。
(あぁ……そういうことか)
パズルのピースが繋がるように、瞬時にヴィラルデは全てを悟ってしまった。
要するにヴィラルデが答えるまでもなく、ジャックは既に答えを知っていたのだ。
そして、その答えを齎した者こそ――今は死体となってヴィラルデの横に転がっている自警団の若者、ということなのであろう。
(……。精一杯の抵抗も無駄、だったのか……)
名も知らぬ自警団の若者の口の軽さに、ヴィラルデは思わず目を覆いたくなってしまうほどの絶望感すら覚える。
これで彼の抵抗は全くの無意味であったということが判明してしまった。
同時に、ヴィラルデは目の前の敵が嗤った意味も理解する。
上げて落とすことで、実に効果的な絶望感を味あわせた後に――殺害する。短い間だったので詳しく知っているわけではないが、それでもまぁ目の前の敵が取るにはこれ以上なく“らしい”手口であろう。
(すまない、アレルド。どうすることもできない兄を赦してくれ)
かくして、ヴィラルデ=ナタティッシュは無情にも突き出された魔剣に貫かれ、最後まで女神に祈ることも許されず、その命を落としたのだった。
◆ ◆ ◆ ◆
最期まで頑固だったジジイの喉から突き刺した剣を引き抜き、ついでに噛んでいたガムもジジイの死体にペッと吐きつける。
答えねェんだったらさっさと死んどけよ。んっとに時間の無駄。
事前に変な若者から情報を入手しておいてよかった。
ジジイと同じように『第十兵装:極剣』から生み出された剣を持っていたので、何かしらの情報はもっているだろうと思っていたら大当たりだったな。
お陰でジジイの口からは何の情報も得られなかったが、その態度を揺さぶることで若者の語っていた『極剣』の手掛かりに繋がる情報が今度こそ正しいものだと確信できたのだから。
「……苦節ひと月と十四日。ようやく真面な手掛かりを得られたか」
得られた情報は、主に二つ。
極剣から生み出されたコピーを流していた大元――アドルファーティ商会と、その商会の長であるアレルド=アドルファーティの現住所の二つである。
(アレルド=アドルファーティ、旧姓アレルド=ナタティッシュ……ジジイの弟、ね)
家族を庇いたい気持ちは分かるが、だからこそ些細なことでも動揺してその気持ちが伝わってしまうのだ。
特に若者からジジイとアレルド=アドルファーティーが血の繋がった兄弟であることを聞いていた俺からすれば、もはや僅かな動揺を見せただけでバレバレだった。
隠したいならせめて老人らしくボケて会話もできない状態であったら良かったのにな。半端に元気でいるからダメなんだよ、くそジジイ。
「さて――次だ」
ともあれ、確認することも確認し終わったことだし、ちゃっちゃと残りのコピーも回収してしまうか。
こんな雑魚どもに使われてちゃあ、いくら『極剣』のコピーとはいえ可哀想だしな。
フォンっ、と軽く血振りをして、そのまま剣先から虚空へと溶かすようにして俺は剣を消し去った。
元々、これらコピーされた剣は俺の魂の一部である『極剣』から生まれた剣なのだ。
当然、生み出せるのが自由なら消すのも自由である。むしろ俺にできない道理がない。
「うーん。害虫だらけだな」
ジジイを殺した場所は、丁度村全体を一望できる丘となっており、そこから軽く見渡してみれば大勢の村人が鍬やら包丁やらを手にワラワラと動き回っていた。……ふむ。
「…………殺すか」
この世界に降り立ってそれなりの年月を過ごし、お陰で大分この世界の人間たちのことも理解してきた。
奴らはどうも何らかの脳内ネットワークか何かを有しており、それで見知らぬ俺の存在も嗅ぎ分けているらしい。
未だに姿も見られていないし面倒なので、このまま放置してジジイの弟の所まで行ってしまうのも手なのだが――――ふと一人の少女の姿を思い出し、俺からその選択肢を取り上げる。
(……リオネリア……)
無言で瞑目し、[悪意把握]の異能を発動した。
途端に身を焦がすような悪意が知覚され、俺の怒りと殺意を呼び覚ます。
……害悪は、害悪であるからこそ取り除かなければならない。
俺に敵意をぶつける存在は害悪であり、全て等しく排除すべき存在である。
だからこそ――――。
「行くぞ、フォース。――皆殺しだ」
この日、ヴァリエーレ聖王国が西部、最後の村であるナタティッシュ村は滅びた。
これによりヴァリエーレ聖王国の食物庫と呼ばれていた西部は事実上の滅びを迎え、数日を絶たずにモンスターの跋扈する無人地帯と化すこととなる。
女神の加護によって不変の栄華を極めていたはずのヴァリエーレ聖王国は、今日この日を以って無条件で約束された平和から遠ざけられ、国民及び国家の存亡全てを賭けたジャック=キリサキとの生存闘争を余儀なくされたのであった。




