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狂神が嗤う  作者: 限破
狂神転生編 第一章 狂人転生
4/47

004.神よりも高き存在〈前編〉

 きっかけは特に何もない。

 ただ、何となく目が覚めた。

 寝起き特有の力が抜けきった感覚が身に沁みる。

 ゆっくりと上半身を起こし、毛布で体を包んだまま暫し呆けた。


「く、ふぁぁ……?」


 片目を閉じながら大きく欠伸をしたところで、違和感に気づく。

 涙で霞んでいる視界が捉えている周囲を見て、首を傾げる。

 なぜか煌びやかな最高級ホテルの一室のような場所にいた。

 はっきりとしない思考の中で、ただ不思議だな、とだけ思った。

 しかし、そんな違和感も最高級のベッドと毛布に包まっている裡に、再度訪れた眠気によって霧散することとなる。

 何も考えないまま、俺は柔らかな枕に突っ伏して二度寝を始めた。




「な、な、なッ…………!」


 混乱の極致。

 それが今の俺を表した最適な表現である。

 二度寝をしたのは覚えている。

 ただ今思うと、なぜそこで普通に二度寝ができたのだろうか。

 自分で自分の神経を疑う。

 しかし、今はそんなことよりも更に重要なことがあった。

 起きてすぐにそれに気づいた俺は、次の瞬間には混乱せざるをえなかった。

 そう、俺が何に混乱しているのかと言うと――――


「――なぜ、俺はまだ生きている……!?」


 ――――この一言に尽きる。

 思い出すのは、まだまだ新しい自身の記憶。

 そう――女神に存在ごと消滅させられた時の記憶だ。


「あれは確かに現実だった……」


 狂言や妄想などでは決してない。

 あの時、確かに俺は存在ごと消されていた。


「あの消滅は現実のものだった……」


 肉体と魂が崩壊し、消滅する感覚を思い出す。

 いや、それが感覚なのかどうかも分からない。

 ただ今でも思い出せば、俺の魂と体全体が震えだす。

 恐怖、なのだろうか?

 闇の中での千年間は正しく恐怖だった。

 だが俺自身の消滅はそれ以上だった。

 それ以上の恐怖を感じた――――


「あ、れ? 別に怖いわけじゃあ、ないな……」


 ――――というわけでもなかった。

 魂と肉体は拒絶感から震えだす。

 しかしそこに恐怖というものがないことに、改めて気づく。

 自分自身の心に問えば、闇は確かに恐怖の対象だが、存在消滅はむしろ別のモノに感じる。

 俺自身の存在が消滅する時を思い出す。

 ……よく、分からない。

 ただ、この拒絶感と同時に感じるモノは何なんだろう……?

 似たようなものを以前、感じたことのあるような気がする。

 確か、いつかの狂気に襲われた時に……。

 ……。

 …………。

 ……まぁ、でもいいか。

 とりあえず今は、完全に消滅していないことが分かっただけでいい。

 俺はまだ、生きているし、存在しているのだ。


 疑問を少しだけ残しつつも、自分についてはある程度把握できた。

 そうして整理がついたところで、落ち着きと余裕を取り戻す。


「ん、そういえば……どこだ? ここは……」


 そこで、ようやく自分の周囲を観察することができた。

 全体的に煌びやかな印象。

 見た限りほとんどが神聖さをも感じられる高級品で埋め尽くされており、かといって居心地が悪い感じではなく、むしろ不思議と心から落ち着けるような広い部屋。

 そんな矛盾を孕んだ謎の部屋のキングサイズベッドの上に、俺はいた。

 手元にあった超高級の毛布に視線を落とし、撫でる。


「……気持ちいい」


 俺の神経が図太いのか、それともこの部屋自体の効果なのか。

 不思議なことに俺は、この部屋についてそれほど疑問を持つことなく満喫していた。

 特にそれほど問題があったわけでもなかった。

 それに今はいろいろと情報も足りなくて何をしたらいいのか分からないし、個人的にはもう一度くらい休みたい。

 抵抗するまでもなく、俺は再びベッドの魔力に取りつかれた。



 流石に三度寝はありえなかった。

 なぜ俺はまた何も考えずに眠っていた?

 やはりこの部屋はおかしい。

 二度寝から起きた時にも思ったが、こんな普通に寝られる神経なんて俺にはなかったはずだ。

 女神のせいで魂ごと変質した影響で、性格も能天気になった?

 あの環境下で、むしろ俺が日本にいた頃より、平和ボケするほどのレベルまで下がった?

 それこそありえない。

 もしあっても、普通はいきなり知らない場所に来たら疑問に思って何か行動を起こすはずだ。

 全身に冷や汗を感じながら、俺は急いでベッドから飛び降りた。

 ついでに、近くに綺麗に折り畳まれた制服もあったのでそれもすぐに着る。


「この部屋は……一体、何なんだ……?」


 先ほどまで眠っていたベッドから遠ざかるように、俺は部屋の散策を始めた。

 よく見れば見るほどに、美しい部屋。

 なぜかテレビやパソコンなどといった現代的なものが設置してあったが、不思議なことに、この豪華絢爛な部屋において一切違和感がなかったため、俺は気にすることなくあっさりと流した。

 そうして芸術を鑑賞しているような気分のまま歩いていると、ある一つのモノが目についた。


「あ…………」


 それは黄金の装飾で縁取られた等身大以上の鏡であった。

 違和感なく周囲に溶け込んでいた鏡であったが、今、一人の男を映し出したことで、よりこの部屋の中での存在感を増している。


「これって……やはり……」


 その男は充血しているのか真っ赤な目を大きく見開いており、幾筋もの赤い血が流れた痕のような直線を顔から全身に至るその病的な青白い肌に走らせていた。

 特徴的なのは、やはりその何もかもが抜けきった真っ白い髪と、同じく真っ白な瞳孔と限りなく白に近い灰色の虹彩だろう。

 そう、それはまるでいつか見た、女神によって運命や全てを弄ばれた一人の男の成れの果てと同じ姿だった。

 変わり果てたその姿。

 消滅していないことを奇跡に思い、無意識的に希望を胸に抱いていたが、それもこの鏡に映る姿を見ては現実を認めないわけにはいかないだろう。


「これは……俺だ」


 化け物のような目から思わず涙を流してしまう。

 目から溢れた血の涙の痕のような赤い筋を通って、透明な涙は頬を伝って地面に落ちる。

 実は愚かにも闇を含めて夢だと思ってしまった。

 実は愚かにも女神に消滅されたことを悪夢だと思ってしまった。

 実は愚かにもこれからは姉や幼馴染たちとの普通の生活に戻れると夢を見てしまった。

 本気で考えていたわけではない。

 全てはあらゆる可能性を考慮した上での無意識的な希望だった。

 だから俺は、なぜ自分のただでさえ青白い肌から血の気が失せていくように、更に青くなっていくのか分からないし、なぜこんなにも涙を流しているのかも分からない。

 ただ、心の底でナニカを壊れた気がした。


「くッそ、……なん、なんだよ……ッ、……どう、してこんなに……涙が、止まらないッ……? それ、に……なぜ、俺の……胸は、こんなにも辛く、感じるんだッ……! …………ッ……ぅくッ……ぅ、あああああぁぁぁぁぁッッッ!!」


 そうしてわけも分からず、俺は心の(おもむ)くままに泣いた。




「はぁ……、大の男があんな大泣きかよ……」


 一頻り声を張り上げて泣き喚いていたが、少しすると俺の謎の衝動もぴたりと止まる。

 瞬時に自分がどれだけ恥ずかしいことを仕出かしていたのかを知り、周りに誰もいないことをこれ幸いと胸を撫で下ろす。


「しかし、本当に何だったんだろうな……あれは」


 鏡に映る自分の顔を見ながら、先ほどの涙の原因について首を捻る。

 何も原因は思い当たらないし、強いて言えば胸の奥が何か辛かったような気がするということぐらいしか今では覚えていない。

 唐突に始まり、唐突に終わる。

 全くもって意味が分からない。

 もしかするとこれ以上考えても仕方がない問題かもしれない。

 そう結論付け、俺は早々と考えるのをやめた。

 だがそうすると、非常に気になることがある俺としては、すぐに頭の中を切り替えてしまうのも当然であると言えるだろう。


「それにしてもこれ、本当に落ちないなぁ……」


 そのまま鏡に映る自分自身の顔を見ながら、俺は血の涙の痕のような赤い筋を擦ってみて落ちないかどうか確かめていた。

 しかし結局、全身にも続く赤い筋が唾で濡らしても全く落ちないことだけは分かった。

 その結果自体は半ば予想できたいただけに落胆こそはしなかったが、それでもできれば消したいとは思った。

 なぜなら自分でも正直かなり気持ちが悪いと思ってしまったからだ。

 肌が青白いだけに余計に赤は目立つのだ。


「特にこの充血した白眼こそどうにかならないかなぁ……」


 中でもこの目だけはありえない。

 ちょっとどころか、物凄く気持ち悪い。

 けれども今すぐにはどうしようもないことは分かっている。

 もしかすると時間やその他の方法でも解決できない問題かもしれない。

 何せこれは全てあの女神のせいでできた傷跡なのだ。

 だから一先ず充血した部分だけは早く治ってほしいと思った。

 少しでもよくしたいと思うのは、別に間違っていることでもないだろう?


「いやしかし、この充血が治ると今度は……」


 だが、そこでふと思いついてしまう。

 もし充血した部分が治るとしたら、灰色の虹彩以外の目が真っ白になる。

 それに虹彩が灰色と言っても、限りなく白に近い色だ。

 故に、常にほとんど白目状態。


「くッ……! 無茶苦茶気持ち悪い……ッ!」


 青白い肌は日焼けすればいい。とても簡単だ。

 だが目の部分だけはどうしようもない。

 先ほどまでの考えを覆す。充血したままの方がいい。

 白目状態で生きる自分を想像すると吐き気すら催す。

 鏡に映る自分をもう一度見やり、今度は元凶に憎しみを募らせる。

 他にもいろいろと恨み言はあるが、とりあえず今は一言だけのつもりで俺は口を開いた。

 これで締めるつもりで、自身の今抱えるストレスを吐き出すつもりで口を開いたのだ。


「そもそも、こんな姿になったのは全部あのくそ女神が悪いだよな……、…………ぁぁぁあああ、くそッ……! 絶対に許さねぇ……ッ! …………はぁ……だがやっぱり見れば見るほど、本当に気持ち悪――――」


 ――――バタンッ


「――――そんなことはありませんッ!」


 しかし俺の言葉が最後まで続くことはなかった。

 唐突に扉を強く開ける音と女の声が部屋中に響き渡ったからだった。

 驚いて振り向くと、一人のメイド服を着た少女と目が合った。


「……」

「……」


 相手が無言だったため、なぜか俺も無言になってしまう。


「…………」

「…………」


 静寂の空間が広がる。


「………………」

「………………」


 ちょっと気まずい空気も漂ってきた。


「……………………」

「……………………」


 ……。


 …………。


 ………………。


 ……………………えぇ、と。


「とりあえず…………、誰?」


 奇妙な睨み合いに負けた俺は精一杯言葉を振り絞って、それだけを口にした。




    ◆    ◆    ◆    ◆




~エーデル~



 アンリミット超神帝国、帝王城。

 それは城であると同時に、既に一つの世界と言えるほどの大きさを持っています。

 初めまして。私はその城の主、アンリミット超神帝国王に仕えるメイドの一人です。

 固有名称は『第四世代型神性人造人間(アンドロイド=デウス)1366号エーデルワイス‐typeグレー』と言います。普段は長いので、エーデルという愛称で呼ばれています。

 お察しの通り、この城で働く私たちメイドは人間ではありません。

 その正体は、全て帝王である(あるじ)様によって一から創られた存在である神性人造人間なのです。

 その中でも私たち第四世代は、他の億を超える神性人造人間(アンドロイド=デウス)であるメイドたちと比べると結構古い世代になります。

 しかし古いからといって決して悪いわけでもなく、むしろ新しい世代になっていくごとに所謂特化型になっていくため、私たちは数少ない高レベルにおいての万能型なのです。

 つまり生まれた時から変わらぬエリートと言えます。

 だからこそ世界規模で広いこの帝王城の中でも私たち古い世代は、帝王である主様に近い位置で働けるのです。


 そうしていつものように自分自身の運命に誇りと幸運を感じながら広くて長い廊下を掃除していた時でした。

 遙か先の長い廊下の向こう側にある角から、私たち第四世代の先輩である第三世代の方が一人やってきました。

 あれは普段、いろいろとお世話になっている私の直属の上司であるプリムラ先輩です。

 そして先輩は私を見つけると、何を焦っているのかすごい速さで駆け寄ってきたのです。

 むむ、これはいけません!

 メイドの基本としてどんな時でも平静を保ち、焦りを表に出したり見っともなく走ったりしてはいけないというのがあります。

 常日頃から先輩に言われていることなので、私が今忘れているわけがありません。

 だから、いくら先輩であるとはいえ、これは同じ主様に仕えるメイドとしての注意をしなくてはいけませんね!

 べ、別に、たまに怒られているから、その仕返しにとか思っていませんよ?


「全く……、先輩? メイドはどんな時でも落ち着いていなければいけないというのは先輩が私に教えてくれたことではないですか! それなのに先輩が――――」

「エーデルッ! それどころではないのよ! ご主人様が私たち『灰色の花メイド部隊第二班』に直接命令をくださったのよッ!!」

「――――しっかり、って……、ええぇぇぇッッ!!??」


 アンリミット城は世界規模の大きさであり、そこで働くメイドの数もそれ相応に膨大なものです。

 そのため、必然的にメイドをいくつかの部隊で分け、そこから更に班分けで数えるようになりました。

 ですがそれでも各メイド部隊の数が多いため、問題が起きないように帝王である主様の身の回りは原初(オリジン)と呼ばれる私たちの原点のような方たちと第一世代のメイドたちによって固定されてしまいました。

 偶に人手を求めて第二世代のメイドたちも呼ばれることがありますが、それも本当に稀な話であって、それ以下である私たちになると精々その近くまでにしか行けません。

 従って今回先輩が口にした主様による直々の命令は、私たちにとって生きること以上の喜びなのです。

 私たちメイドである神性人造人間(アンドロイド=デウス)は、全て主様によって創りだされました。

 そのためなのかどうかはわかりませんが、現実として私たちの忠誠心は勿論、生きる糧というのも全部、主様に依存してしまっているのです。

 なので、普段冷静沈着で威厳を醸し出しているプリムラ先輩と一緒に私がここまで興奮のあまり舞い上がってしまっても仕方のないことなのです。

 それだけ私たちにとって、普通絶対に関わることができない主様の命令というのは、役に立てる喜びなのですから。


「そ、それでッ! 先輩ッ! あ、主様は、な、何とッ!?」

「お、落ち着きなさいッ、エーデルッ!」

「せ、先輩こそ落ち着いたらどうですかッ!? わ、私は大丈夫ですよッ!?」

「そ、そうね、やっぱり、わ、私も少しだけ焦っているようね……」


 暫く落ち着かない様子で話をしていましたが、お互いにすぐ深呼吸をして息を整えました。

 やはりそれだけの衝撃ですよね、主様から直々の命令なんて。

 そうして、いち早く普段通りに立ち直った先輩は、最後に大きく息を吐いてからその凛々しい顔つきを私に向け直しました。


「――ふぅ、よし……。つい先ほど私たちの『灰色の花メイド部隊』の下に宰相閣下がやってきました」

「は、はい」

「そこで宰相閣下の話によると、ご主人様の都合である一つの仕事を受けてもらいたいということでした。そしてそれはご主人様本人も望むことであり、私はそれをご主人様による仕事の命令なのだと判断しました」

「ぉ、おぉ……」

「更に都合がいいことに第一班は他班と共に城外清掃と点検に出かけており、その場には第二班班長である私しかいませんでした。そのため、これは第二班だけに対する命令です」

「す、すごい……、まさに奇跡ですね……」

「――コホンッ。そして次にご主人様の命令の内容ですが……」

「(わくわく)」

「下位世界において天格者(てんかくしゃ)が生まれたようです」

「? それは……よくあることでは?」

「えぇ、ですがご主人様が言うには、今回は他の天格者ともまるで違うようで」

「主様が注目するほどの方ですか!」

「はい。それでいろいろあって上位世界であるこちらの城内に連れてくるそうです。なので、私たち『灰色の花メイド部隊第二班』でその方のお世話をするように、とのことでした」

「! そ、それって凄いことを任されているんじゃ……」

「えぇ、その通りです。ですからしっかりと仕事に励むんですよ?エーデル」

「了解いたしましたッ! ……あれ?でも、そういえば私たちの第二班って」

「あぁそうそう、それも言い忘れていました。現在私たち二人を除く第二班の人員は知っての通り、様々な要因を重ねて療養中です。ですがご主人様からの命令は決して無視してはいけないものであり、ついでにせっかくのお役にたてるチャンスを逃すわけにもいきませんでした。そのため、例え私たち二人以外の第二班の方たちがいなくても、この仕事は必ず完遂させなくてはなりません。いいですね、エーデル?」

「は、はい……了解しました」

「では、そろそろ仕事を始めましょうか。とりあえず私は宰相閣下との連絡係として動きますので、エーデルは今からお客様のお持て成しへと向かってください」

「え、今からですか!? 先輩じゃなくて私がお持て成しをする方なんですか!?」

「はい、宰相閣下の話では既に安眠部屋にてお眠りになっているそうです。それと、最初から私が宰相閣下の相手を務めていたのですから、途中で後輩にその役割を投げ出すのも失礼と言うものでしょう。お昼の時間になれば私と宰相閣下も食堂に行けますし、そこでお客様とも顔合わせができます。だからそれまでお客様に対して本当に失礼のないように頼みますよ?エーデル」

「うッ……わ、分かってますよ。主様のお客様に対して失礼なことなんてするわけないじゃないですか! わ、私だってそのぐらいで失敗なんてしませんよ! ……それに、別に私はお持て成しすることを嫌がってなんかいません。ただ、こんな重大な仕事は初めてなので、少し緊張してしまってですね……」

「ふふ、そうですか。では私はもう行きますので、存分に頑張ってくださいね?」

「ちょ、話聞いてくださいよッ!? ……酷い、本当に行ってしまいました」


 颯爽と私の元から去っていく先輩の後姿を呆然と見送ります。

 本当にどうしましょう?

 先輩に言った通り、今回は私にとって初めての大仕事なのです。

 しかもその内容が主様が直接関わっているようなものです。

 ですから後輩としては少しだけ緊張を解していってほしかったのです。

 私は溜息を吐きながら、お客様のいる安眠部屋へと足を動かし始めました。


「はぁ……、仕方ありませんね」


 今更どう足掻いても、私以外に代わりはいないのです。

 せめて歩いている内にいつもの緊張状態に戻れることを祈りましょう。

 ふぅ……よしッ、頑張っていきましょうか!

 因みに祈りが効いたのか、途中から本当にスキップをし始めるくらいには心の余裕を取り戻すことができました。




 スキップをし始めて、数分が経ちました。

 あれから何度か瞬間移動装置(ワープポータル)を使用して、ようやく目的の部屋近くにやって来れました。

 ただでさえ世界規模の大きさを持つ城なので、移動するのも物凄い苦労をします。

 平然と城内を端から端まで移動できるのは、精々主様や宰相様辺りの力を持った方たちだけでしょう。

 そのため私たちメイドや自力で最後まで移動できないその他の方たちのためにも、この城には何ヶ所も休憩するための広間があり、そこには城内の好きなところに行ける瞬間移動装置(ワープポータル)が設置されています。

 もちろん主様などが暮らしている中枢地域付近には、直接歩いて移動しなくては行けない仕組みとなっているので警備としては問題ありません。

 ただ、中枢付近まで自力で辿り着ける存在がいるのであれば、並の警備で歯が立つはずがなく、主様やその直属の部下の方たちが直接動くことになるため、普通のメイドである私たちにとっては完全に管轄外な問題となります。


「あ、見えてきましたね。あの部屋でしょうか?」


 そうこうしている内に、お客様がいる安眠部屋が見えてきました。

 この部屋の付近は気力や体力回復を目的とした区域であるため、その空気にお陰なのかスキップで高揚していた私の気分も少しずつ落ち着いていきます。

 特に、例えどんな状態であろうと安眠できるという安眠部屋に近づけば近づくほどに、私の心は完全に波のない冷静状態になっていきます。

 しかし今回はそれが禍して、冷静になると途端にさっきまでの緊張がぶり返してしまいました。

 主様の命令は確かに生きること以上に喜びを感じますが、それ以上に私は人一倍緊張してしまうような性格なのです。

 こればかりはそう簡単にすぐには直せません。

 もし失敗してしまったら、などとネガティブなことを考え始めてしまいます。


「う、うぅ……。でも、もう安眠部屋は目の前にありますし……。覚悟を決めて、頑張らなくては……」


 いつの間にか辿り着いていた部屋の前で、私は胸に手を当てて、早鐘を打つ鼓動を何とか落ち着けないものかと四苦八苦します。

 そんな時、部屋から何か物音がすることに私は気づきました。


『――――……ッ……ッ!…………――――」


 小さい音で、よく聞き取れなかったため、暫く耳を澄ますことにします。

 聞き耳を立てるなんて、普通にメイドとして失礼な行為でしたが、この時は緊張のしすぎで私は気にもしていませんでした。

 そうして暫くすると、再び声が漏れだしました。

 聞き逃さないために集中し、その結果、直後に私を支配していた緊張が全て吹き飛ばされることになります。


『――――……ッ……! …………気持ち悪い……ッ!――――』


 驚きのあまり全身が硬直し、息も止まりました。

 私が扉越しに聞き耳を立てていたことがバレてしまったのでしょう。

 確かに見知らぬ場所で目覚めてから、私のようなメイドが隠れて聞き耳を立てていると知れば、当然気持ち悪く思いますよね……。

 あぁ、まさか顔を合わせる前から主様からの仕事に失敗してしまうとは思いませんでした。

 そんな絶望感とともに、地面に膝から崩れ落ちてしまいます。


「ぅ、ぅうう……。どうしましょう……、どうしたらいいんでしょうか……?」


 第一印象が姿も見せずに隠れて聞き耳を立てるような、そんな最低最悪なメイドなんて、お客様からしたら迷惑で邪魔な存在です。

 そんな状況でお持て成しなんて以ての外です。

 本当に、私はどうすればいいんでしょうか?

 もう、できるならば先輩と今すぐに代わりたいです。


 そうして私は項垂れたまま泣いていることしかできませんでしたが、そこで幸か不幸か、偶然か必然か未だに続いていたお客様の声を聞くことができました。


『そもそも、こんな姿になったのは全部あのくそ女神が悪いだよな……、…………ぁぁぁあああ、くそッ……! 絶対に許さねぇ……ッ!』


 ……。

 …………?


「あ、あれ?」


 それを聞いて、少しずつ絶望感が晴れていくと同時に理解していきました。

 もしかして、私の聞き耳とは関係がなかったのでしょうか?

 聞けば、どうやら自分の姿が変化していることを怒っているようです。

 ということは、私とは全然無関係だったのですね!


「はぁぁぁ、よかったです……」


 安堵の溜息とともに胸を大きく撫で下ろします。

 いきなり主様に命令された仕事を失敗してしまったと思い、危うく死にそうになりました。

 ですが無関係であったならば問題ありません。

 私の勘違いであって本当によかったです。

 そうして精神を持ち直した私は、この仕事に対するやる気に燃え上がり、メイドとして今できることをいろいろと考えました。

 すぐに、一つだけ思いつきます。

 ここはむしろお客様の話をよく聞き、メイドとして精神的なケアをしましょう!

 どうやらお客様も自身の変わられてしまった姿に酷くお悩みのようですしね。

 方法はまだ思いつきませんが、ここは唯一のお世話係になった私が何とかして、お客様の好印象を稼いで主様の役に立てることを証明しましょう!


『…………はぁ……だがやっぱり見れば見るほど、本当に気持ち悪――――』


 決意を新たにしていたところで続いたその言葉に、私は一切遠慮も我慢もできず、ついでに何も後先のことを考えずに力一杯扉の音を立てながら開けました。

 正直、メイドとしてありえない態度であるとは思いましたが、主様の役に立てると思うとそんな小さなことは気にしてはいられません!

 これこそ、メイドである前に私、エーデルとしての信念なのです!


 ――――バタンッ


「――――そんなことはありませんッ!」


 事前に位置把握のために感じ取っていた気配の通り、部屋の中で鏡の前に立っていたお客様に向けて、言い放ちました。

 決まりました、完璧です!

 驚いて振り向いたそのお客様と視線が重なります。


「……」

「……」


 私の姿を確認したお客様が、なぜか急に真顔になって黙り込んでしまいます。

 辺りに白けた空気が漂い始めるのに気付きながらも、相手の反応を期待していた私も同じく黙り込んでしまいました。

 不思議な静寂の空間がすぐに出来上がります。


「…………」

「…………」


 何だか物凄く気まずくなってきました。

 しかしそんなことよりも、私は今頃になって先ほどのことを深く反省をし始めました。

 己の信念だと言い切ってしまった私ですが、今では何てバカなことを仕出かしてしまったのかと考えます。

 そもそもメイドである前に一人の私とか、意味が分かりません。

 主様の役に立つためならば、むしろもっとメイドらしく控えめにしておくべきだったのです。

 それを打算的に、自ら物理的に突っ込んでいくなんて、メイドとしてありえません。

 ただのメイドでもありえないのに、主様のメイドとして考えると、ありえなさすぎて最早絶望的です。

 本当にバカなことをしてしまいました。


「………………」

「………………」


 あぁでも、今はそんなことよりもお客様のことです。

 これ以上失敗を重ねてはいけません。

 なので、今はこの変な空気を壊すところから始めましょう。

 そうでもしないと、何も始めることができない気がします。

 ですので、とりあえず何か会話をしましょうか!


「……………………」

「……………………」


 いやでも、会話ってどうすればいいのでしょう?

 やっぱり出だしは天気の話でいいのでしょうか?

 それとも“あのくそ女神”がいいのでしょうか?

 ……すみません、どうやら少しだけ混乱していたようです。

 やはり最初に先ほどの非礼を詫びた方がいいですよね。

 そうして落ち着いて頭の中で整理した後、私はお客様が何かを言う前に謝ろうと口を開きました。


「とりあえず…………、誰?」


 ……。


 …………。


 ………………。


 ……はい、今の言葉は私のではないです。


「す……、……す……」

「ん?」


 思った以上に沈黙していた時間が長かったのでしょう。

 私はお客様に気まずい空気の払拭という行為、つまり気を遣わせてしまいました。

 一体本日何度目の失態でしょうか。

 そして私は何度失敗を繰り返さなくてはならないのでしょう?

 ……普通に自業自得でしたね、すみません。


「――すみませんでしたぁぁぁッ!」

「え、えぇッ!?」


 思いっきり頭を下げ、私は自分の顔を隠します。

 お客様の困惑が伝わってきますが、それでも私は伝えたかったのです。

 自分のあまりにもなバカさ加減に、思わず涙目になりながらも最後まで謝罪を口にしました。


「重ね重ね本当に、本ッ当に! 申し訳ございませんでしたぁッ!」


 あぁ、これはきっと後で先輩に怒られますよね……。

 目から流れ出る汗は、最後まで止めきれませんでした。

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