表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
狂神が嗤う  作者: 限破
狂神転生編 第一章 狂人転生
3/47

003.絶望の果てに死を願う

 ――――ピチョンッ


 頬に何やら冷たいものを感じる。

 それをきっかけに意識が表に浮上してくるが、同時に全身に肌を刺すような寒さも感じた。

 当然のように寒さから逃れるために体を丸める。


「あぐッ…………」


 しかし僅かに体を動かした瞬間、突如全身に痛みが走る。

 思わず苦悶の声が口から漏れ出てしまう。

 徐々に意識が明瞭となっていく中、俺はついに目を開く。


「うッ……、……ここは……?」


 そこは酷く薄暗い場所だった。

 照らす光などはないが、不思議と完全な暗闇ではない。

 それでも、その薄暗さの中で何も見えないことに恐怖を感じた。

 またまた意味不明な状況である。

 闇、異世界と続いて今度は何なんだろう。

 そして俺は一体どうなるのだろう。

 恐怖や不安を一先ず置いて、俺は冷静に現在の状況について考え始めた。


 今の俺は壁に大の字になって張り付けられているようだ。

 手足には金属のようなもの、音で判断すると鎖だろうか。

 明らかに人為的なものだ。

 確か俺はルッジ村の、シラの家で眠っていたはずだ。

 そこからどういった経緯で今の状況に繋がるのか。

 …………。

 どれだけ考えようと不明なものは変わらない。

 そもそも闇や異世界などといったものに巻き込まれている俺が、現時点で何も知らないのに更に何かを考えようとすること自体無駄な気がする。

 そんなことよりも俺はこの場所の寒さをどうにかしたかった。

 ただでさえ、全身に何故か鈍い痛みが走るのだ。

 その上で肌を刺すような寒さには我慢したくない。

 しかし大の字になっている俺には体を動かすこともできない。

 どうしようか。

 だが、思考は突然打ち切られることになる。

 なぜなら――――


「あらぁ? ようやく目覚めたようね」


 ――――自分以外の声が初めて聞こえたからだ。


「……だ、れだ?」


 口を開くと冷気が体内に入り込む。

 話すことも苦痛だ。

 それでも、この意味不明な場所の情報を少しでも得るために俺は意識を声の主に向けていた。


「フフフ、初めまして。私があなたをこちらに呼んだモノよ」


 俺の問いに面白そうに答える女の声。

 暗闇の奥の方から、小さな火が現れる始めた。

 明かりはだんだんとこちらに連鎖していくように灯っていく。


「どう、いう……?」

「フフ、そして私はこの世界の神。十三柱が一、『享楽』と『美』と『栄光』を司る神」


 俺を無視し、独り言のように続いていく女の、女神の声。

 俺の視界には鉄の牢のようなものがぼんやりと映る。

 光によって闇は払われ、俺はこの場所について少しずつ理解することができた。


「名はシェルミール」


 灯りは俺の所まで到達し、やがて全ての闇を払い去った。

 光に照らされてなお輝くことのない黒き壁に鉄の牢。

 俺の四肢には同じく黒い鎖が絡まり、縛られていた。

 そこはある種の神秘的な空間であった。


「そして異世界からようこそ、私の実験体(サンプル)。フフ、アハハハハッ」


 光は女神をも映し出す。

 これまで見たこともない美しさを、しかし残酷に嗤う何よりも悍ましいその姿を俺は見た。

 いつの間にか冷気が薄れているのに気が付く。

 口を開いても問題ないと判断し、俺も目の前にいる女神に聞く。

 

「……つまり、お前が俺を……」


 女神の独り言には俺のことを何が目的なのか知らないが実験体(サンプル)と、そして異世界へと連れてきたと言う。

 もう既に嫌な予感がするが、それ以上に怒りが湧いていた。


「お前が俺を異世界に拉致した、ということか」


 俺の怒りに震えた声に女神は口角を大きく上げた。

 そして嗤いながら俺に答える。


「フフフ、そう。そうよ! 私があなたを異世界に召喚――いいえ、ここはあなたの言葉を使いましょうか? ――拉致したモノになるわッ! フフ、フフフ、アハハハハハハッ!!」


 衝撃で頭の中が空になる。

 怒りで目の前が赤く染まる。

 女神は嗤う。

 俺は吼える。

 怒り、悲しみ、恨み、などの全ての感情を曝け出し、吼えることしかできない。

 それしかできなかったのだった。




 そうして暫く時間が過ぎた頃、声も枯れ果てた俺を見て女神が首を傾げていた。


「そういえば、ねぇ? 実験体(サンプル)の分際でなぜ私の力に抵抗できるの?」

「……言っている意味が分からん」

「そう……まぁ別に、もうどうでもいいわ」


 唐突に女神が俺に問いかけるが、俺の方こそ何が聞きたいのかが分からなかった。

 しかし女神にとっては俺が何を言おうと関係がなかったようだ。

 心底どうでもよさそうな顔をしながら、唐突に腕を俺の目の前で軽く振った。

 すると、同時に俺の視界が反転し、強烈な浮遊感を感じる。

 一瞬、何が起きたか分からなかったが、視界の端に映ったものを見た途端に理解した。

 縛り付けられた制服を着た俺の姿が見えたのだ。

 ただし――――首から上はなかったが。

 目を見開き、縛られた体から血が噴き出るのと同時に俺は地面の上で再び吼えた。


「――ぅガアアアアアアァァァァアアアアアッッッ!!」


 ――どこから声を出しているのだろう?

 首を飛ばされているのに、俺は心のどこかで冷静に思っていた。


「ハァ、うるさいわねぇ~」


 ――――パキョッ


 やけに軽い音をたてながら、女神はあっさりと俺の転がった頭部を踏みつぶした。

 視界が一瞬で暗転する――が、しかしすぐに戻った。

 それも最初の縛られていた時の目線の高さにだ。


「? ……!? な、何が……!? 一体!?」


 自分は死んだはずだと混乱の極致に達する一方、俺の心の一部は冷静に状況を俯瞰していた。

 この感覚には覚えがあった。

 そう、これはまさに――――


「――――これは闇の中であなたが経験したものと同じ。狂うことも死ぬことも許されない」


 俺の考えを見抜いてなのか、女神がその美しい顔を歪ませ、嗤いながら言う。


「……なぜ、それを」

「フフフ、なぜって? なぜ知っているのかって? そう聞いたのかしらぁ? アハハハハハハハッ! 簡単よ! それが私の司る享楽の力なんだから! 狂ってしまったらつまらないじゃない! 死んでしまったらもっとつまらないじゃない!! だからあなたは狂うことも死ぬことも許されない。フフフフフ、感謝してもいいのよぉ? 私が完全な不死にしてあげたんだからァ!! アハハハハハハハハハハハハッッッ!!!」


 嗤いながら女神は腕を上から下まで振り下ろす。

 脳天から割られたのだろうか。

 今度は俺の視界が保たれたまま左右に割れる。

 女神が腕を横に振る。

 再びの浮遊感、首が飛ぶ。

 しかし左右に分かたれた状態だ。

 空中で半分になった自分自身の顔を左右の目で同時に捉えた。

 死んだ魚の目をしていた。

 我ながら酷い状態だな、ははは。

 半分になった口で左右の俺が笑う。

 全く笑えていない、というか笑えない。

 下では左右に分かれた首なしの俺の体に向けて、女神が腕を何度も振り回していた。

 ぐちゃぐちゃのミンチになっていく俺の体。

 視界が暗転する。

 そうして戻った頃に再び女神の暴虐にあう。

 何度も何度も繰り返される。

 俺は狂うことも声を出すこともなく、始終冷静に状況を俯瞰していた。

 この俯瞰する感覚が俺の正常を保たせているものの正体であろう。

 分かったところでどうしようもない。

 精神は無事でも肉体はそうではないのだから。

 痛いものは痛い。


 女神による拷問初日目は終わる。

 だが、こうして俺の本物の地獄への日々が幕開けたのだった。




    ◆    ◆    ◆    ◆




~二日目~



 快適な目覚めだった。

 惜しくは俺が牢の中に縛り付けられたままだということだろう。

 それでもこれまでにないくらいの快適な目覚めであったのだ。

 ある種の幸福感もあり、昨日の拷問もどうでもよくなるほどであった。

 実際に精神が死んでいるのは分かるが、一部は完全に狂うこともないため正常だ。

 痛い記憶などはもちろん残っているし、女神に対する憎悪もある。

 しかし痛みさえ我慢すれば快適な、それこそ生きていることを心から享受できるような目覚めをすることができるのだ。

 痛いのは嫌いだ。

 女神も殺したいほど憎い。

 だがこの幸福感は最高だ。


 女神が再び目の前に現れるまで、俺はそんなことを正常な思考の中で考えていた。

 どうやら二日目にして俺は狂うことはなくとも、どこかが壊れてしまっているのかもしれない。


「あら? 案外元気そうねぇ~」

「ぅくッ……、そうで、もない……さ」


 縛られ、憔悴しきった俺を見て女神が意外そうに言う。

 もちろん俺は心の一部と体が正常だとしてもそれ以外は死に体である。

 このストッパーとしての俺の正常な思考がなくなれば瞬時に狂うこと間違いなしである。

 そんな二日目にして憎悪に満ち溢れ、濁りきった俺の目を見ながら女神は首を傾げる。


「ふ~ん? まぁいいわ。今日のお遊びを始める前に少しだけお話をしましょう♪」

「……ぉ、話だ、と?」

「えぇ、昨日は途中から興奮しちゃって何も話せなかったじゃない? だからあなたがここにいる理由を教えてあげようかと思って」

「……ッ!?」


 女神の言葉に俺は項垂れていた顔を勢いよく上げた。

 闇にいた理由、異世界に来た理由、全ての理由と原因を俺は何よりも知りたかった。

 そんな俺の必死な眼差しに気をよくしたのか、女神が満足そうに頷き、次いで鼻唄交じりに真実を告げた。


「フフフフフッ。まず最初にも言っていたと思うけど、あなたは私のとある実験のために連れてきたの」

「…………」

「この世界にはあなたの世界と違って十三の太陽がある。何でかと言うと、それぞれが十三の神を象徴しているからなの。ほら、太陽って日頃から無意識的に身近で感じられるものでしょ? だからそれで信仰とか普通に集められるわけ。因みに私の象徴は紫の太陽よ」

「? それ、が? どう――」


 途中、口を挟もうとしたら女神に顎を殴られる。

 俺は一切反応する暇もなく顎を砕かれた。

 

「黙って聞いてなさい。――それで神々は平等に信仰を集め、力を蓄えていくのだけれど……。神の中にも序列ってものが存在していてねぇ」

「……」

「それで今の私の序列が上から三番目なの」

「……」

「そうすると当然のように、私の上には二柱ほど存在していてねぇ。……現状では私が彼らを超えることなんて絶対に不可能なのよ」

「……」

「でも私は、『享楽』と『栄光』を司るものとしてそれは面白くない。どうにかしてその二柱を超える方法を考えたの。――で、そこで一つ閃いちゃったのよ♪」

「……?」

「序列最下位に『魔法』を司る神っていうのが存在しているんだけど……。序列っていうのは酷いものでねぇ、数段離れた序列者からの要求に対して拒否権がなくなるの。――それで、そのシステムをわざわざ利用して異世界から私の手足として使える使徒を召喚しようと思いついたのよ」

「……」

「でもいくら私の力を使っても、初めての異世界への干渉だし、一度に大量の使徒召喚は無理って『魔法』の神がうるさくてねぇ……。仕方ないから一人だけでも実験として召喚することにしたわけ♪」

「……!?」

「フフフフ、そうよ、どうやら気が付いたようね。そして何度も失敗する中、ついに、見事に召喚することに成功したわ! あの魔法の神でさえ成功確率が非常に低いと言っていたのにね! ……でも不思議なことにあなたは直接私の目の前に出てくるはずが、人間界のほうに現れたのよねぇ。それってつまり召喚術式に刻まれていた私に対する隷属が効いていない証拠……――使徒としては失敗作ってことよねぇ?」

「…………」

「だからもう仕方がないから、あなたから異世界の情報を読み取って次の召喚の座標代わりにすることにしたの。――つまり次に召喚される私の使徒たちは……あなたの知り合いたちになるわね♪」

「!?」

「フフフ、大丈夫よ。あなたと違って本物の使徒となるのだもの、傷つけたりなんてしないわ。……あなたと同じく私の隷属を弾いた場合はどうなるか分からないけど……」

「……ッ」

「んー? 悔しい? 悔しいのね?もしかしたらあなたの大切な人が傷つけられるかもと考えているの? ……そうよね、私は昨日のように人を傷つけることが実は大好きだからね。心配するのも当然よね……。でも私は楽しいわ!だから好きなことを好きなようにするの! アハハハハハッ!」


 女神の長い話はようやく終わる。

 最低な女神の最悪な真実を聞かされ、俺は顎と全身の痛みも忘れて怒り狂っていた。

 昨日と同じように腕を振り上げはじめる女神を睨み付けながら思う。

 姉や幼馴染たちがこの女神に無理矢理支配される可能性がある。

 それは絶対に阻止しなくてはならない。

 だが俺には力がない。

 どうすればいい。

 どうしようもない、が、やるしかないのだ。

 何とかする方法を考え続けるしかない。

 それまで俺は、決して女神(こいつ)には屈しない。


 そして痛覚を何万倍も引き上げられた状態での拷問が始まった。

 もちろん女神の権能により不死にされ、狂うこともない。

 初日の倍以上の時間、何度も全身をミンチにされていた。

 二日目が終わる。




    ◆    ◆    ◆    ◆




~三日目~



 最悪な目覚めだ。

 例えるならば眠くて仕方がないのに二度寝ができないような辛さだ。

 恐らく昨日、心の奥底で密かに快適な目覚めを享受していたことに気づかれていたのだろう。

 あのクソ女神め……。

 最後に残った俺の正常な心にまで僅かな苦痛を与えていきやがった。

 だが昨日ならともかく、俺はもう女神の召喚の真実を聞いている。

 ここで屈するわけにはいかない。

 俺はまだ女神に報復することを諦めてはいないのだ。


 二日目の昨日とは違って、今日は沈んだ心とは裏腹に体には傷一つついていない。

 寝ている最中に女神に完全な健康体にされたのだろう、ちっとも嬉しくない。

 おまけに未だに牢の壁に鎖で縛りつけられたままである。

 そうして昨日よりも殺意の籠った目で、目の前にある通路の奥からゆっくりと歩いてくる女神を睨み付けた。

 にこにことしながら近づいてくる女神に、傍には初めて見る仮面をつけた二人の男がいた。

 そして両方とも背中に白色の翼が生えている。

 俺の怪訝な顔に女神は目敏く気づいた。


「あぁ、これ? この二体は私の奴隷よ。人間界では天使と呼ばれる存在ね」

「…………使徒とはどう違うんだ?」

「使徒は私たち神の住む神界以外の生物がなれるものよ。でも、かと言って誰でも簡単に使徒になれるってわけでもないの。なんせ半端な存在だと寧ろ私の神格が揺らいじゃうからね……まぁ、だから手っ取り早く強くなれる異世界人を使おうと思ったんだけど」

「…………」


 不思議なことに女神が説明くさい存在になっている。

 正直、昨日のように喋ったら顎を砕かれるのかと思った。

 何考えてるんだ、こいつ?


「んで? 質問はもう終わり? 始めはお話しする時間だと決めているから聞きたいことは早めにね♪」


 なるほど。

 確かに昨日も始めだけは色々と話していたな。

 途中からは拷問に熱中して喋れる状態じゃなかったみたいだし。

 さて、質問可能な時間か。


「……最初に」

「ん~?」

「一番最初に俺は闇の中に気が付いたら、いた」

「あぁ、召喚途中のこと?」

「俺には途轍もなく永い時間、闇の中にいたように感じた」

「ふむふむ。……あぁ、あれかぁ」

「狂うことも死ぬこともなく、永い時間だ」

「あれは確かにこっちに不手際があったわねぇ。……あれ、そう考えると……。……もしかするとあれのせいで私の使徒化が失敗したのかもしれないわね」

「……というと?」

「いやぁ、結果としてあなたを運良く闇に捕えたのはいいけど、私はそのかなり前から実験に集中していたのよ。だから、まぁ、あれよ。――捕まえた時にはもう、途中で眠っちゃってた♪」

「…………」

「起きた頃にあなたがいることに気が付いて慌てて召喚したのよ。いやぁ~悪かったわね、千年間放置してて」

「――――は? ……せん、ねん……?」

「えぇ、もし召喚術式に私の司る力――『享楽』による加護がなかったら今頃……あなたは死ぬことはなくても完全に狂っているわね。だから狂わずに済んだことを私に感謝してもいいのよ?」


 衝撃の事実に女神が後半何を言っているのか全く聞こえなかった。

 千年間。

 あのような闇の中で千年間、俺は生きてきた。

 改めて思うとなぜ俺は今も生きているのだろうか。

 たとえそこに女神の力があったとしても、そう思わずにはいられなかった。

 そんな俺の様子につまらなさそうに女神は鼻を鳴らしていた。


「……ま、いいわ。過程がどうあれ、あなたはただの失敗作に変わりはないのだし。私はただ自分の趣味を楽しみに来ているだけだしねぇ」


 そんな俺の思考を現実に戻したのが、再び聞こえてきた若干不機嫌そうになった女神の声だった。

 俺の視線が自分に向いたのを確認すると、女神はすぐに傍にいる二体の天使に何やら合図を送る。

 こくりと天使たちは頷くと、そのまま一歩下がった。

 何をする気なのか注視していると、天使たちの前に突然何かが現れた。


「!? な、これは……?」


 これまでもっとありえないような現象に巻き込まれてきたが、それでもこうして実際に初めて目の当りにすると俺は驚きを隠せないでいた。

 だがそれも出てきた物を見て瞬時に女神の意図を悟り、頬を思いっきり引き攣らせることとなる。

 目の前には各種様々な拷問器具が揃って並べられていたからだ。


「フフフフ、別に前回までのように素手でバラバラに引き千切ったりするのもいいんだけどねぇ? 流石に私も飽きてきちゃうもの。だ・か・ら、ここにある拷問具で! 地味なものから派手なものまで! これら全てを使ってあなたで楽しみたいと思います♪」

「……ッッッ!!!」

「アハハハハハハッ! でもそれも仕方ないわよねぇ? 失敗作のあなたにはそれくらいしかできることはないのだもの! アハッ、アハハハハハハハッ!!」

「や、め……ッ!」


 にじり寄る女神に俺はどうすることもできない。

 圧倒的な暴力でミンチにされるのも当然嫌だが、それ以上に既知の拷問で痛めつけられることの方に恐怖心を持った。

 心なしかニヤついている二体の天使から女神は拷問器具を受け取った。


「――さぁ、今日も始めましょうねぇ♪」


 もうこいつら全員死ねよ。

 心の中での考えとは反対に、すぐに俺の口からは絶叫が絶えず漏れ出てくることになる。

 俺は、思う。

 人は狂うことで、ある意味救われる。

 しかしそれも許されない俺に、果たして救いはあるのだろうか。

 屈しないと決意したが、これでは本当にどうしようもないのではないだろうか。

 いや、今はただ耐えながら考えるだけだ。

 俺のできることを、この女神の邪魔をすることを。


 そうして三日目が終わる。

 この日から、ありとあらゆる拷問具を使用した地獄が始まったのだった。




    ◆    ◆    ◆    ◆




~数週間後~



 ――――ギギ゛ィ゛ィ゛ィ゛


 錆びついた鉄の鈍い音が頭の中に鳴り響く。

 これは果たして幻聴か、現実か。

 最近ずっと聞いていたため、正常だったはずの自我も曖昧なものになってきている気がする。

 あの三日目の拷問器具を導入されてから毎日、俺の狂うことのないはずだった精神はなぜか削られ続けてきた。

 きっとこれも女神の地味な嫌がらせのつもりなのだろう。

 睡眠の不快感に加え、実に効果的に俺を追いつめてきやがる。

 お陰で女神の行動に対して邪魔する方法を考える余裕すらない。

 ただ本当に屈することのないよう、必死で正常な思考や心を強く持とうと耐えることしかできなかった。

 だが、そうしてあらゆる拷問の限りを尽くされた頃。

 時間も自我も何もかも薄れてきた頃に。

 そんな日々の終わりも唐突に告げられる。



 ここ最近、不快な目覚めとともに、狂うことはないが消耗しきった精神と拷問によって鉄が突き刺さった状態の全身を見ないことがなかった。

 しかし今日は不思議なことにとてつもなく気分がいい。

 いつかの快適な目覚めに匹敵するほどだ。

 コツン、という音が響いた。

 消耗しきった意識の中でも、この音だけは忘れない。

 僅かな休息の終わり、そして拷問が始まる音。

 つまり、いつものように女神が来たということだ。

 だが今暫くはこの快楽に浸っていたい。

 久しぶりの休息なのだ。

 これぐらいは許してほしい。


「えぇ、もちろんよ。そのためにあなたを直したのよ」


 どうやら女神も意図的に俺を回復させたようだ。

 その狙いが不明なことが不気味だが、今の俺にはそこまで考えることができなかった。

 全ての拷問、無限にも感じられる苦痛、そして狂うことのないはずだったのに消耗していく精神。

 そこから急にこの快楽だ。

 もう何も考えたくないと思っても悪くはないだろう?

 俺はこの時ばかりは女神のことも忘れてしまっていた。


「…………やっぱり目の前で休まれると気に食わないわねぇ」

 

 結果的に精神的な回復が見込めたので良かったのだが、それでも後から考えると女神に屈しないために耐えてきたのにそれをあっさりと忘れてしまった自分を恥ずかしく思う。

 束の間の快楽はやはり突然終わる。

 また女神が気まぐれを起こしたのだろう。

 いや、考えてみればこれまでの全ての行動が、既に女神の気まぐれだった気がする。

 それも自分が楽しむためだけに俺を苦しめる方法を唐突に変えたように。

 ならば今回も大方俺が心底リラックスしているのが気に食わなかったのだろう。

 大分女神に慣れてきてしまったようだ。

 だが俺の精神も回復しているし、自分の意思も改めて固くすることができた。

 今から何が起こるのかは分からないが、また乗り越えてやろう。

 そして必ず女神の野望を打ち砕いてやる。


 俯いていた顔を上げ、ゆっくりと目を開けていく。

 ここに来た当初は薄暗いと感じた牢の中も、今の俺にとっては久しぶりに見る光でとても眩しい。

 けれどもボンヤリとした視界の中でも俺はすぐに女神の姿を見つけ出すことができた。

 それも、これまでの経験によって目を開けずとも、音や気配などで感じ取れるという空間察知能力が意図せずに鍛えられてしまっているためだ。


「それで……なぜ俺を回復させた?」


 両目の焦点がなかなか合わなかったため、片目だけ閉じて薄らと笑みを浮かべる女神の顔を見つめた。

 拷問が毎回始まる前に浮かべていたその顔を見て、俺は今回も女神が何かを企んでいると確信に至る。

 そして女神は俺の質問に答えることなく、代わりにいつか見た腕を振り上げるという行動で応えた。

 ……これは再び初日のスクラップか。

 どうせ今できることは何もない。

 精神も回復したし、拷問にもある程度耐性がついて余裕ができた分マシだろう。

 俺は静かに目を瞑ることで覚悟を決めた。

 ……。


「…………?」


 しかし、予想していた衝撃はいつまで経ってもやってこない。

 不思議に思いながら目を開くと、にやにやと嗤う女神がいた。


「……何のつもりだ?」

「別にぃ? 勝手に勘違いして身構えている実験体(サンプル)を見ていただけですけどぉ?」


 心底イラつく煽り口調だが、初めて女神の丁寧語を聞いた気がする。

 それは別に心底どうでもいいとして、ならば女神は俺に何をしたのだろうか?

 本当にただ俺をビビらせて楽しんでいるだけか?

 いや、今更この女神がその程度で満足するはずがない。

 顔はにやけているが、目が全く笑っていない女神を真っ直ぐに見つめる。


「それで……」

「ん~?」

「それで次は何をするつもりだ?」

「あぁ、それかぁ~……」

「……」

「それが実はねぇ……」

「……」

「……飽きちゃったのよ」

「……は?」

「だからもう飽きちゃったのよ、私は」


 俺から視線を外し、どこか遠くを見ながら女神はそう言った。

 要は女神は飽きたから、いろいろとやる気が失せたのだろう。

 つまり、どういうことだ?


「それに……ほら、あれを見れば分かるでしょう?」

「? ……あれは? ……まさか!?」


 女神の要領を得ない話に首を傾げていると、今度は俺の背後を見るようにと指をさしてきた。

 そうして振り向いた先で見たモノに俺は大きく驚くこととなった。


「よく考えるとあんな風になっちゃえば、反応が鈍くなってつまらなくなるのも当然よねぇ。ちょっとやりすぎちゃったわぁ~、失敗失敗」


 そこには一人の男が壁に鎖で縛りつけられていた。

 肩まで伸びた真っ白の髪に青白い肌。

 そして血の涙を流した痕のような赤い筋が全身にあった。

 女神によって不死にされ、加えてなぜか痩せ細ってはいないその男を俺は知っている。

 当然だ。

 なぜならそれは明らかに――――



「――――俺、か?」



 ――――自分自身(霧崎邪悪)、であったからだ。


 例え元からいろいろと違っていたとしても、その面影から俺はすぐに分かってしまった。

 途中から目にかかる髪の色で俺も気がついてはいたが、まさかここまで酷いとは思わなかった。

 恐らく拷問などにより、完全に変質してしまったのだろう。

 女神がどれだけ直そうとしても、俺にとってはこれが正常だということだ。

 だが問題はなぜ俺がもう一人いるのか、ということだ。

 再び驚いていた俺に爆笑している女神を睨み付ける。


「どういうことだ……ッ! なぜ俺がもう一人いる!?」

「アハハハハハハッ! アーハッハッハッハッハ!!」

「ッ……! 答えろォォォッ!!」


 ダメだ。

 どうしようもなくイライラする。

 今の俺にとっては冷静な状態でも、女神に対して殺意が簡単に溢れ出てしまうようだ。

 これまでの恨みや怒りを考えればそれも仕方がないかもしれない。

 しかし今は殺意を出している場合ではない。

 必要なのは冷静になって、女神からいろいろと話を聞き出すことだけだ。

 即座に反省をして、頭の中を冷静にするために大きく深呼吸をした。

 そうして再び女神に問いかける。


「――フゥゥゥーッ……。……それで? なぜ俺がもう一人いるんだ?」

「アハハハハッ! ――ハァ、……もしかして気づいていないの?」


 落ち着いたところで女神も笑いを止め、俺を不思議そうに見ながらそう返してきた。

 やはり冷静になっても、この女神を見ているだけで憎しみが止まらない。

 いや、それよりも“気づいていない”だと?


「一体何に気づい――ッ!?」


 思わず女神に詰め寄ろうとした時、ふと自分が自由に動けていることに気がついた。

 驚いて立ち止まり、改めて自分自身を見下ろすと、なぜか全身に着たスーツごと霞んで見える。

 更に今までずっと宙に浮かんでいることにも気づき、俺の混乱を加速させた。


「い、ぃぃい、一体、いつから!?」

「いつから? それはどのことを聞いているのかしらぁ?」


 焦りまくる俺を嘲笑う女神。

 しかし今の俺にそこを気にする余裕も何もない。

 ただただ心の底から焦ってしまっていた。

 即ち、いつから俺は死んでいたのか、と。


 後から冷静に考えてみれば、俺は女神の力のせいで不死だったはずだ。

 だからこそ死ぬこともありえないし、これまでの経験では死ぬこと以上に恐ろしい目に遭ってきたはずだ。

 それなのになぜ俺はあそこまで勘違いして、死んだことを焦ってしまっていたんだろうか。

 これも女神の力による誘導だったのだろうか。

 それとも女神に何もできないまま死ぬことに対する焦りだったのだろうか。




「今日、あなたが私の動作を勘違いして身構えた時よ♪」


 あれから暫くして、落ち着いてきた頃。

 笑いを堪えた女神がようやく俺の質問に答えた。


「あなたは勝手に目を閉ざしていたから全く知らないわよねぇ。あの時、私は普通にあなたの体から魂を抜いただけだったのよ♪」

「……つまり今の俺は霊体のようなもので、あそこにあるのは正真正銘俺の体ってことか」

「そうよぉ~、今のあなたは正に魂そのものといった状態なのよぉ。……それにしたって、本当にあなたは一人で勝手に勘違いしちゃって……フフッ、フフフフ」

「……そうか」


 今の俺が自由自在に動けるのも解放感があるのも、全てが魂そのものが自由になったお陰のようだ。

 正直、他の部分は変質してしまった肉体と対して変化がなく、精々体が透けて見えるぐらいで、本当に魂だけなのかどうかよく分からない。

 現状では女神の言う通りなのだと信じるしかなく、俺はそれ以上深く考えることをやめた。


「それで魂だけを解放した理由とは、何だ?」

「あら残念、もう落ち着いちゃったのぉ?」

「……」

「ふぅ、……あらゆる殺害方法、あらゆる拷問方法。それら全てをあなたで満喫し尽したわ」


 お陰で俺の女神に対する殺意は際限なく上がり、おまけに自分の魂と肉体でさえ変質してしまうほどだ。


「でも、もう私は飽きたの」

「……」

「そもそもが異世界から私の使徒を大量に召喚するための実験だったのよねぇ」

「……」

「やりたことはやっちゃったしぃ~、そろそろ本来の目的に戻ろうと思ってねぇ~♪」

「……ッ!」

「だからもう、あなたを処分して次の段階へと行くことにしたわ」


 真顔で女神はそう、ほざいた。

 俺はそれを、理解した。してしまった。

 女神によって、かつての俺の大切な人たちが被害に遭う。

 それがとうとう始まってしまう。

 いけない。

 止めなければいけない。

 俺が邪魔しなければいけない!


「……くッ!」

「今更どう足掻いたって無駄よ。魂だけのあなたは私には絶対に触れられないし、近づけないようにしたのだもの」


 今の今まで、それこそ拷問される前から何とかしようと考えた。

 だが俺には力がない。

 本当にどうしようもない……!


「でも新しく召喚術式を創るためだけに『魔法』を司る神(最下位)を呼ぶのも面倒よねぇ。……そうね、だったら再利用するしかないわよねぇ~♪」


 気がつけば、女神が魂のない俺の肉体に近づいていた。

 その顔に盛大な、非常に不愉快な嗜虐的な笑みを浮かべながら……。


「……何を、する気だ……」

「今の召喚術式だとあなたの存在で固定されてしまってねぇ、異世界から別の新しい使徒を召喚できないのよぉ~」

「……?」

「つまり今の召喚術式を再利用するためにはあなたの存在は邪魔なの、分かるぅ~?」

「……!?」

「気づいたみたいねぇ、でも逃げても無駄よぉ~。私はいつでもあなたの魂を肉体に戻すことができるんだもの。例え、どれだけ魂が肉体から離れようともね♪――――そんなわけだからあなたの肉体と魂の消滅作業を始めるわよぉ」


 女神にとっての気まぐれ、俺にとっての死刑宣言がいとも容易く下った。

 事態は刻々と過ぎていく。

 何が何だか分からない。

 いつの間にか俺の完全なる死が決定されていた。

 本当に、意味が分からない。


「まずは肉体の分解作業から始めるわねぇ~。魂を戻した時に止めていた痛覚を全て逆流させるようにして、と。……よし、これで後は徹底的に痛めつけて消すだけね」


 女神が目の前で俺の肉体を蹴ったり殴ったり切ったり千切ったり潰したり刺したり溶かしたりと、ありとあらゆる暴虐の限りを尽くしていく様を、俺は見ていた。

 思考は未だに停止している。

 その一方で俺は冷静にこの現実を受け止めていた。

 恐らく、いや間違いなく俺はこの後すぐに存在ごと消される。


「えい♪ えい♪ えい♪」


 宙に舞う肉片。

 あれは全部、俺だ。

 現実味がなさすぎて実感がわかない。

 あぁ、本当に、どうしようもない。

 姉や幼馴染たちの顔が浮かんでくる。

 ごめん、本当にごめん。

 俺にはどうしようもなかった。

 女神に抗う力さえもなかった。

 魂だけのはずなのに涙が流れているのが分かる。


「やぁ♪ とぅ♪ おりゃ♪」


 肉片だったものも既に粉末状になっている。

 いや、あれは俺だったな。

 所詮生物だろうが無生物だろうが粉末状にしてしまえば皆一緒だと、そう思った。

 闇の中で千年間、だっけか。

 あれが一番辛かったな……。

 そういえばあの時は姉に何かを言いたくて追っていたんだよな。

 何がしたかったんだっけ?

 何も覚えてないや……。


「はぁ♪ ――ふぅ、やっと終わったわねぇ~」

「……」


 満足がいったのだろう、女神が掻いてもいない額の汗を拭う仕草をしている。

 俺の女神に対する殺意は不思議ともう――湧いてこなかった。


「じゃ、もう後は魂を戻すだけねぇ~。……私の享楽の加護も取ってあげたから、今度は痛みのあまり狂い死ぬこともできるわよ♪まぁ実は消えるまでは死ねないけど♪」

「……」

「特に何も言い残すことはなさそうねぇ~。魂自体は肉体が崩壊しているから、それに連動して勝手に消えるから安心して逝ってねぇ~」


 女神に直接触れられることなく、俺は粉末状の肉体に押されていく。

 そして、とうとう目の前に立たされる。

 終わりの時が、きた。


「それじゃ、楽しかったわよぉ、異世界の実験体(サンプル)♪」



 ――――とんッ



 押される感覚があった。

 きっとそれは気のせいだろう。

 しかし俺は前のめりに倒れこんでいく俺にはそう感じたのだ。

 魂が粉末状になった肉体に吸い寄せられていくように感じられた。


 終わる。

 俺が、終わる。

 俺が、消える。


 未だによく分からない。

 後ろで嗤っている女神を見ても、何も感じない。


 魂が肉体に吸収され始めた。

 意識が薄れていく。

 あぁ、本当に俺は終わるんだな。

 実感は――ない。


 ふと、思った。

 本当に俺は――何とも思っていないのだろうか?


 俺は――――


「――俺、は……――――」


 答えは出ずに、意識は暗転していった。




    ◆    ◆    ◆    ◆




『――――ア゛ア゛ア゛ァ゛ァ゛ァ゛アアアアアアァァァァアアアアァァァァァァアアアァァァァァァァアアアアアアァァァアアアアァァァァッッッ――――』




 ――――激痛。


 いや、激痛すら生ぬるい。


 ――――崩壊。


 そう、確かにそんな感覚だ。


 ――――消滅。


 きっとそれが今の俺の状態なのだろう。



 心のどこかでそう思っているのか、思っていないのか定かではない。

 自分の思考が安定しない、いやそもそも思考できているのだろうか。

 矛盾があったりなかったり。

 自分が存在しているのかいないのか。

 どんどん、どんどん分からなくなっていく。

 今の俺は正しに狂っているのかもしれない。

 なるほど、確かに肉体と魂の崩壊による存在消滅で狂うのは当たり前だ。

 これは痛みでさえ超越したものだからだ。

 俺の存在自体が耐えられないからだ。




 ……


 …………


 ………………


 ……………………




 ――――悔しい。



 最後に答えも出せずに終わったものが今になって出てきた。



 ――――くやしい。



 なにもかんがえることができないが、それだけがでてきた。



 ――――クヤシイ。



 あァ、ホントウにイミがワカラナイ。

 ダけど、ソレでも……ホントウにクヤシイことダケは、たしかダ。




 ……


 …………


 ………………


 ……………………




 ――――ソレは純粋な願いであった。


 ――――故にこそ、残せたのかもしれない。


 ――――完全に存在が消え去る間際。


 ――――最期の最後に、ポツリ……と。


 ――――それは、ソレを残した。




『――――神を、殺したい――――』




 全てが消滅する。

 純粋な願いを最後に残して、そうしてそれは……霧崎(きりさき) 邪悪(じゃっく)は消えていくのだった。




 ……………………


 ………………


 …………


 ……




 何もかもが消えていく中で、しかしソレを聞くモノがいた。



『          』



 虚無の中で、ソレが聞こえたモノはいなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ