038.閑話 『邪悪を失った世界』
ジャックがいなくなった後の話。
幼馴染である篠原 水萌の視点となります。
――ピン、ポーン……ピン、ポーン……
「はいはーい、少々お待ちくださーい」
呼び鈴を鳴らし、暫くすると玄関からキリくんのお母さん――芽出勇者さんが出てきてくれた。
「あらあら、水萌ちゃんじゃない!」
「こんにちは、キリくんのお母さん。お姉ちゃんはいますか?」
「花ちゃん? 花ちゃんならまだ部屋の中にいると思うわ。――って、そんなことより外に待たせるのも悪いから早く上がっちゃって上がっちゃって!」
「はい、ありがとうございます」
相変わらず、名前に似合わず優しい人だ。
でも……
「それで、キリくんについては……?」
「えぇ、まだ帰って来てないわねー。あぁ、でも大丈夫。あの子なら大丈夫よ。母親である私が言うのだから、心配はいらないわ!」
「……」
キリくんに関してだけは、何故かこの態度。
実の息子が急にいなくなったのに心配じゃないの? とか。
もしかして愛情がないのかも? とか、普通ならそう思ってしまうかもしれないけど……まぁ、それだけは絶対にない。
何故なら私は、この家族が名前以外は本当に普通の仲の良い家族だと知っているからだ。……そう、名前以外は。
けどそうなると、本当にどうしてなんだろう?
心配していないと公言しているからには、必ず何か理由があるはずなんだけどなぁ。
……ちらり、とキリくんのお母さんを見る。
「(ニコニコ)」
無言で笑みを返された。
うん……どうやら、この様子じゃあ何を聞いても答えてはくれなさそうだ。
「……。お邪魔しまーす」
「えぇ、いらっしゃい」
色々と納得できない。
できない、のだけど……このままじゃあ埒が明かないので、ここは諦めて当初の目的通りお姉ちゃんの所へ行くことにする。
「……あ、お邪魔してます」
「おう、水萌ちゃん。いらっしゃい。好きなだけゆっくりしていっていいからね。…………本当、悪いからね」
「? はい、では失礼します」
いつものように玄関で靴を脱いだ私は、リビングにいたキリくんのお父さんである雅保竜さんと軽く挨拶を交わすと、そのまま二階へと続く階段をてってってっと駆け上がった。
階段を上って右側の、すぐの所。
そこがお姉ちゃん――キリくんのお姉さんである、霧崎 花子お姉ちゃんのお部屋だ。
「ふぅ……お姉ちゃーん? 水萌だよー? いるー?」
――コンコンコンっ
階段を駆け上がったせいで乱れた息を小さく深呼吸することで整わせ、そうしてお姉ちゃんの部屋の扉をノックする。
……あぁ、因みにノックは三回するのが正解だから。二回だとトイレをノックするときの回数になるから、絶対に間違えちゃダメだよ!
「うーん……返事もない……」
ともあれ、その後も数回ほどノックを繰り返してみたものの、部屋の中からお姉ちゃんの反応はない。
試しにドアノブを回してみると、ガチャガチャと鍵がかかっているらしく開かなかった。
「もう、姉弟そろって面倒なんだから……」
仕方がないので、ここはあっさりと最終手段に踏み切ることにする。
これまで何年もキリくんの幼馴染をやってきた私は、時に荒れていた頃のキリくんを部屋の中から無理やり引きずり出すため、あらゆる手段を実行してきたのだ。
なので構造上、キリくんの部屋のものと同じであろうお姉ちゃんの部屋の扉の鍵も、私にとってはないに等しいのである!
「ここをこうしてー……っと、よしっ。開いたっ。――それじゃあ入るよー? いいよねー? お姉ちゃーん?」
ガチャリ、と。
ドアノブを回し、今度は返事も聞かずに扉を開く。
「うわっ、真っ暗。部屋の空気が悪くなるから、カーテンくらいは開けておこうよ」
むっくりと、部屋の中央にあるやけにファンシーな天蓋付きベッドから無言で起き上がって抗議の眼差しを向けてくるお姉ちゃんを後目に、私は言いながら閉め切られた窓のカーテンを問答無用で開かせる。
途端、昼の陽光が部屋の中を照らし出し、ウっとお姉ちゃんが眩しそうに布団の中へと逆戻りした。
あちゃー……失敗したかな?
でもカーテンが閉め切ったままだと、ますます塞ぎ込みやすくなっちゃうし……うん、面倒くさいから引きずり出しちゃえばいっか!
「ほら、お姉ちゃん! いつまでも落ち込んでないで、さっさと起きなよ!」
ペイっと布団を引き剥がし、猫のように丸まったお姉ちゃんに声を掛ける。
相変わらず小柄な体格と言い、仕草と言い、年上なのに童女のような可愛らしさを持ったお姉ちゃんだ。
ベソベソと瞳に涙を浮かばせながら、何やら一人で必死に堪えようとしている様なんて……何て言うか、物凄く庇護欲を誘う。
まぁ……とはいえ、お姉ちゃんのその気持ちが分からないでもない私としては、いつものように全く茶化す気にもなれなかった。
「はぁ……」
短い溜息を吐き、ベッドの上で丸まったお姉ちゃんの横に腰を掛ける。
……何だか私まで悲しくなってきちゃった。
思えばキリくんがいなくなったのって、お姉ちゃんの目の前で、なんだよね。
学校の中で逃げ回るお姉ちゃんをキリくんが追って(変な意味はないよ)、でもお姉ちゃんが曲がり角を曲がった途端にキリくんの足音も消え、気が付けば本人もどこにもいなくなっていたらしい。
正直、何度聞いてもよく分からないのだけど、それでもお姉ちゃんが悪いわけじゃないことだけは確かだと思う。
多分お姉ちゃんは恥ずかしくてキリくんから逃げていたんだろうし……そのお姉ちゃんが悪いんだったら、キリくんを焚きつけた私の方こそ間違いなく悪だ。
だけど「私が逃げなかったら」とか、「逃げた私が悪いんだ」とか、お姉ちゃんは酷く自分を責め立ててしまっている。
「……本当に、参っちゃうなぁ……」
ポスンっと背中からベッドに倒れ込む。
いっそのこと、私もお姉ちゃんみたいに泣けたら良いのかな?
会いたい……あなたにすごく、会いたいよ。
じわりと霞み行く視界を閉ざし、目尻からツゥーっと流れ落ちるものを感じながら、私は心の中で深く問いかける。
――ねぇ、キリくん。
――あなたは今、どこにいるの?
~次話予告~
039.閑話 『絶対零度』
ヴィーランのその後と、回収し忘れた伏線の話となります。
書き上がり次第、投稿しますので気を長くしてお待ちください。




