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狂神が嗤う  作者: 限破
狂神転生編 第二章 神敵顕在
35/47

035.Another episode ダニエル 「破滅の夜〈後編〉」

長かったので分割しました。

内容自体は分割前と変わりません。

前話の続きで、ダニエル視点で進みます。

「ハァァァアアアッ……!」


 ――二時間後。

 もう何度目になるかも分からないハルバードでの薙ぎ払いで、ダニエルは周囲に集るゴブリンなどの小型モンスターをまとめて斬り飛ばす。

 それにより大量の返り血を顔の真正面から浴びるが、彼は気にせずモンスターたちの死骸で壁が出来上がっているのを見つけると、そこに僅かながらだが存在する小さな隙間から素早く辺り(戦場)の様子を探り出した。


「……ふぅ、ふぅ……っ、もう、全体の、半数近くが殺られた、か」


 肩で小さく息をしながらそう呟き、けれどまるで休ませはしないとでも言うように一瞬にしてわらわらと寄り集まってきたモンスターたちを、ダニエルはまたもやハルバードの一振りで斬り殺す。

 現状、何とかヴィーランの前でモンスターの大群を食い止め続けており、常にモンスターの大群の中心にいるため、連続的にモンスターたちに囲まれて攻撃されるのも当然であった。

 しかし個人の武勇に秀でたダニエルはともかく、他の防衛軍の兵士からしてみたらこの状況はただの地獄でしかない。

 戦い始めから今に至るまで、最初に指揮官であるダニエルから発破をしてもらったことが良かったのか、途中まではかなりの士気と勢いを持って戦い続けることができていたのだが……休みたくても休むことができず、常に周りを敵に囲まれ続けているせいで、結果的に彼らは肉体的にも精神的にも時間経過と共にどんどん追い詰められていく。

 そのせいで、少し前から限界を迎えた一般兵なんかはバタバタと斃れていき、気が付いた時にはダニエルの言うように半数近くしか残されていない状態だったのである。


(マズイですね……今はまだ一般の兵士たちにも対応できるから良いものの、これで小型から中型以上のモンスターや何かイレギュラーな事態でも起こってしまうと、途端に耐え切れず戦線が崩壊してしまうのは間違いありません。

 もう少し兵力があれば、また違っていたのでしょうが……仕方ない、せめてその時が来ないことを祈るしかないですね)


 だが戦力不足などは最初から分かっていたことだし、或いはだからこそ戦う前に数少ない兵士たちへと洗脳じみた発破をかけ、彼らの士気(狂気)上げ(引き出し)ておいたのだ。

 元より多勢に無勢は承知の上。

 乗っていた馬ですら既に力尽き、今頃はきっと大量のモンスターによって食い散らされているか踏み潰されていることだろう。

 つまり――争うための力もなく、駆けるための足も失った。

 なればこそ、もはや火事場のバカ力や奇跡そのものを期待して戦うしかない。

 そういった考えから、ダニエルは動いていたわけなのである。


(まぁ……半数近くが殺られたとはいえ、未だに彼らの士気が途絶えたようには見えませんし、狙いどころは良かったと言うべきでしょうか。

 ……できれば、このまま我々が全滅する前までに、懸念していた街の住人の避難も完了していてほしいものです。本当に)


 ちらりと守護すべきヴィーランの街の防壁を見やり、割と切実にそう思うダニエル。

 ともあれ、いつまでもこうして答えが分からないものに延々と頭を悩ませていても仕方ない。

 今はただ、住民の避難が完了するまでの時間稼ぎのための囮としてモンスター共の足止めをし続けるのみ。

 他の兵士たちはまだ戦っているのに自分が休んでいられるわけもない――と、ダニエルは再び周りを一瞬で埋め尽くすかのようにして囲んできたモンスター集団へと対し、その両手に持ったハルバードで大円を描くかのような横薙ぎを繰り出し、一刀の元にその全てを切り伏せた。

 しかし当然のことながら、たったのその一撃でモンスター共が怯むはずもなく、残心を解いた次の瞬間には仲間の屍を踏み越えたモンスター共が間髪を入れずにダニエルの周囲を埋め尽くしてくる。

 休む暇もないとは、正しくこの事だろう。


「ふっ……いいでしょう」


 強烈な戦意を瞳に滾らせ、ダニエルは薄く笑みを浮かべる。

 どちらにせよ、ナタリーザを生きて聖王都へと送り届けるには、まず前提条件としてこの修羅場を切り抜けなくてはならないのだ。

 だから……生き残れるかどうかについては、一先ずは置いておくことにする。

 何せ今この時に必要なのは、自らの守るべき存在を守るために戦う覚悟と、無限に等しいモンスター共を最後まで屠り続けようと思える意志だけなのだから!

 かくしてダニエルは、ゾロゾロと仲間の死骸を踏み越えながら性懲りもなくその姿を現したモンスター共を見据え、地面に向けて下ろしていた重厚なハルバードをゆっくりと無言で腰の位置へと構え直す。

 無言でモンスター共が自らの間合いの中まで入り込んでくるのを待ち続け……そうして数秒後、間合いの中までモンスター共を十分に踏み込ませたダニエルは瞬息でハルバードを横薙ぎに振り抜き、再び大円を描く必殺の一撃を繰り出そうとした――――その瞬間(とき)の事である。



「……ん……? ――何だッ……!?」



 不意に強烈な白光が真っ暗だった夜の戦場を貫き、ところ構わず辺り一帯をその強力な光力で照らし出す。

 明らかな異常事態だ。

 耳を澄ませば、辺り一帯から兵士たちの困惑に満ちたどよめきが聞こえてくることだろう。

 かく言うダニエルも思わず普段遣いの丁寧語を忘れてしまうほど動揺と驚愕を露わにし、必殺の一撃を繰り出す最中だと言うにもかかわらず、ついついその攻撃の手が緩んでしまったほどである。

 そして――それは間違いなく、彼ら人間にとって致命的な隙となった。


 ……もし、これでモンスターたちも彼ら兵士たちと同様、突如として夜闇を照らすように現れた白光に驚いていれば恐らくは問題など何もなかったであろう。

 だが生憎と、この世界のモンスターは生き物の理からは外れた存在だ。

 彼らに通常の生物としての本能などはなく、あるのは精々、モンスター以外の生き物に対する殺戮本能や嗜虐心……くらいである。

 よって、今のように驚愕のあまり呆然と佇んでいるだけの人間などは、モンスターたちにとってみれば急に動かなくなった的でしかなく、当然のように彼らは攻撃の手を続行するのだった。


 ――で、その結果。


「ぁ――ぐぎゃぁぁぁあッ……!?」

「――ゴフッ……!? カハァッ……!?」

「な、ぁ、うわぁぁぁあ――あがッ……!?」


 自分から動きを止めたくせに、まるで不意でも打たれたかのように殺されていく兵士たち。

 傍から見たら実に間抜けな光景としか言いようのないものだが、確実に命が散っていく惨劇があちらこちらで容赦なく繰り広げられる。

 その魔の手は当然の如く、他の兵士たちと同じように攻撃の手を緩めて呆然としてしまっていたダニエルにも及ぶ。

 小型とはいえど、モンスターの攻撃を無防備に受けて無事でいられるはずもない。

 それは人の身である以上、ダニエルも決して例外ではなく……こうして知らず知らずの内に絶体絶命のピンチを迎えた彼は、敢え無くモンスターからの攻撃をその身に受けてしまうこととなった――――が。


「――――ッッ……!!」


 しかし、そこは流石のダニエル。

 頬を撫でる風の感覚でギリギリ我に返ることができた彼は、超人的な反応で状況を認識するや否や、咄嗟に身を逸らすことで受けるダメージを最小限に留めさせると、そのまま当初の予定通り大円の横薙ぎによる必殺の一撃をカウンターとして繰り出したのだ!

 果たして、モンスターの鋭い爪により自身の頬がパックリと切り裂かれるも致命傷には程遠く……むしろ結果的にカウンターが成功した彼の攻撃の方こそ敵を一方的に切り裂いていき、かくしてダニエルは絶体絶命の大ピンチだった状況から易々と脱却したのであった。

 とはいえ……。


「くそッ……一体、何が起こって……ッ!?」


 目の前の敵を一蹴し、一時的な安全を取り戻したところで彼に余裕がないことに変わりはなかった。

 事実、ダニエル以外の兵士たちは為す術もなくモンスター共の餌食にされており、ヴィーランを防衛するための戦線は既に崩壊したと言っていいほどの惨状である。

 加えてダニエル本人も、ギリギリのところで我に返ってこそはいられているが……その意識は完全に戦場から離れており、ついでにその視線も街の方向へと固定されていて逸れる気配すらないのだ。

 ……どう見ても気は漫ろで、完全に戦場へと復帰しきれていない。

 けれど、それも彼が目にしている光景を見てしまえば仕方ないだろう。


 光が――弾ける。


 見る者の全てに本能的な恐怖を抱かせる、半球状の巨大な白き光。

 それが、次々と街の中から生まれては消え、生まれては消えていくのを繰り返しているのだ。

 加えてその光は、発生する度に地響きのようなものまで引き起こし、足元の地面を通じてダニエルに断続的な揺れすら感じさせていた。

 全く以って、訳の分からない光景である。

 だが……勘のいい者ならこれで街の中から現れた白光には物理的な衝撃が伴われており、だからこそどれだけの脅威であるかを理解できたことだろう。


「……バカな……あれは、まさか――――」


 そして幸か不幸か、ダニエルは勘が良かったためにすぐさま理解できてしまった者であった。

 街の中のみならず、数キロ離れた地点までをも覆う白き光。

 その数キロ離れた先まで届くほどの地響きを引き起こす、超強力な物理的衝撃。

 更に生まれては消えていくのを繰り返していることから、その光は連発することができる攻撃(・・)であるとも考えられる。

 と、なれば……こんなことができる存在など、もはや決まっているようなものだろう。

 それがダニエルの知る存在であり、尚且つ今も街の中にいると条件付けるなら、答えは自ずと出てくるものだ。

 このモンスター災害という非常時に、空気も読まずに災害級と言うべき白光を街の中で連発している存在……それ即ち――――


「――“黒の神敵”、か……ッ!」


 辿り着いた結論に、ダニエルは思わず歯噛みする。

 神敵が街の中にいることは、この戦いが始まる前から既に知っていた。

 けれど、街を守るために必要な兵士たちの士気を一定以上まで上げるには、どうしても神敵が潜伏している事実を一先ずは置いておくしかなかったのだ。

 ダニエル自身、一時的とはいえ神敵を無視することへの不安はあったが……余程の刺激を与えない限りは、神敵も敵地と言うべき街の中で暴れたりはしないだろうと思っていた。

 だが――甘かった。あまりにも甘すぎる見通しであったと言わざるを得ない。

 何故なら結果は見るに明らかで、今の状況が何よりも神敵を無視していたことは間違いであったと如実に証明しているのだから。


「……っ……」


 ふと、そこでダニエルは何かに勘づき、慌てて周囲を見渡す。

 すると、やはりと言うか何と言うか……どうやら運良く生き残る事の出来ていた数十人の兵士たちの中でも僅か数人ほどがダニエルと同様に、ようやくこの事態が神敵によって引き起こされたことに気づいたらしい。

 動揺、呆然、恐慌と面白いくらいに顔色と態度が変化していく。

 そしてついに、彼らはどうしようもない現実への絶望感と虚無感も露わに口を開き――――


「嘘だろ……どうして今、神敵が――――ぁ?」

「……嫌だ、嫌だぁッ……! 俺はまだ、死にたくな――――ぃッ!?」

「何で、何でだよ。俺たちは戦える……まだまだ殺れるのに、どうして――――っ……」


 ――結局、最後まで言い終えることなく彼らはその身を、命をモンスターに噛み千切られ、或いは引き裂かれて死んでいった。

 瞬く間に起こった、正に一瞬の出来事である。

 加えてこれにより、残念ながら彼ら防衛軍は総指揮官であるダニエルを除き、紛う事なき全滅を迎える結果と相成った。

 ……ま、敵を目の前に何もせず棒立ちしていたんだから当たり前だ。

 だがその光景を見て、ダニエルは決断する。


(――ナタリーザ様ッ……!)


 自然、彼の足は動き出し、街へと向かって進み始めた。

 もし未だに部下や兵士たちがいたら、こうはならなかっただろう。

 けれど指揮するべき兵士たちは既に全滅し、生き残っているのがダニエルただ一人である以上、この戦場に残り続ける意味もなかった

 何より、守るべき街が今、現在進行形で“黒の神敵”の脅威に曝されているのだ。

 無意味と化した戦場と守るべき者のいる街……どちらを選ぶかなんて、もはや考えるまでもなかったのである!


「邪魔、だァッ……!!」


 かくしてダニエルは立ち塞がるモンスター共を小型だろうと中型だろうと構わずに次々と薙ぎ払い、一心不乱に駆け続ける。

 街までの距離は、凡そ十数キロ。

 例え休まずに駆け抜けたとしても、行きの時と違って馬の足がないため、少なくとも到着するまでに数時間は掛かってしまうだろう。

 ……それだけ時間を掛けてしまっていては、もしかしたら辿り着いた頃には手遅れになってしまっているのかもしれない。

 けれど、それでもダニエルは行かなくてはならなかった。


「アァァアアァアァッッ……!!」


 絶えずモンスター共が襲い掛かってこようと、途中で仲間(兵士)たちの屍を踏み越えることになろうと……関係ない。

 何としてでも戻らなくてはならないのだ。

 だからこそ――彼は往く。

 自らの主武器であるハルバードを振り回し、それが使えなくなれば落ちていた兵士たちの剣を拾い、敵を斬る。

 斬って、斬って、斬りまくって……そうして幾度となく武器を取り換えては、彼は数時間に亘って休むこともなく敵を斬り続けた。

 だが――――


 ――パキィィィインッ……!


 所詮は多勢に無勢。

 そんな現実を表すが如く、無情にもダニエルの数百本目の剣は敵を斬り裂くかとなく砕け散った。

 急いで目の前にいるモンスターへと蹴りを繰り出し、距離を空けると同時に周囲の地面を見渡す、が――ない。

 どこを見ても、もう武器に使えそうなものなんて何処にも転がっていなかった。


「…………」


 思わず無言で、疲労困憊のあまり霞んでしまった視界を見上げてみれば、そこにはいつの間にか夜が明けたことで月から変じた十三の太陽に――目的地であるヴィーランの防壁。

 その距離は凡そにして数キロメートルもない。

 つまり――そう、後少し。本当に後少しのところなのだ。

 けれど、目の前にはまだ数百のモンスターがおり、まるで通せんぼでもするかのように立ち塞がっている。

 ダニエルにはそれを撃退する武器もなければ、体力も残っていない。

 ついでに背後をそっと振り返り、前方と同様に(ひし)めくモンスター共の遥か後方を、日光と疲労によって霞む目でよくよく見てみると――――


「――ちッ……恐れる時が、ついに来てしまったというわけか」


 グォォォオオオンッ……と、大気をビリビリと震動させながら、ソレらはついに森の奥から姿を見せ始めた。

 大鬼、巨蟲、そして謎の大型モンスターに――竜と巨人。

 その何れも、これまでの小型や中型モンスターとは一画を期した恐るべき大型(・・)モンスターの数々である。

 ……特に竜や巨人が相手となれば、もはや勝ち目なんて期待しない方がいいだろう。

 何故なら、それら災厄級モンスターは、かつて聖騎士グレゴリオが存在していた時でさえ数多の犠牲を強いた上でようやく撃退……その後さらに数年を掛けることでやっと衰弱へと追い込み、何とか討伐することができたくらいなのだ。

 しかも、もっと詳しく言えばその時に討伐できたのはたった一体だけの竜であり……対して今は、当時の数倍もの数の竜と、それと同等の戦闘力に脅威度である巨人共の複数が敵として迫りつつあると言う。


(……。……いや、絶対に無理だ)


 ギシリと歯を噛み締め、顔を苦々しく歪めたダニエルは防壁前にいるモンスター集団へと向き直る。

 どう考えても、遥か後方から迫り来ている災厄級モンスターに自分一人が当たっても無意味に殺されて終わるだけだろう。

 結果は、実行するまでもなく決まり切っていたのだ。

 であるならば……ここで死なない程度の傷と引き換えにしてでも、これまでの目的通りに街の中を目指した方がいい。

 せめて門の前まで辿り着くことができれば、後はこちらを見つけた門番が勝手に引き上げてくれるはず……!

 つまり門の前まで……そこまで行ければ、この死亡率100%の地獄を突破できる――はずなのである!


(覚悟を……決めねばな)


 幸いにして、これから相手にするべき敵は小・中型モンスターのみ。

 なればこそ――武器も体力もないが、やってやれないこともないはずだ。

 そう思い、手に持った剣(損壊率89%)を捨てると……ダニエルは握り締めた両手をそれぞれ顔と心臓の前まで上げ、徒手空拳の構えへと移行する。

 ――徒手空拳。

 小・中型とはいえ、モンスターを相手に素手で挑むなど正気の沙汰ではない。

 普通の……それこそ武術の達人であろうと、三、四体のモンスターを屠ったところで為す術もなく殺られてしまうことだろう。

 ……具体的には、数に押し切られて。

 だが――――


「ナタリーザ様……今、参ります」


 ――そこは流石のダニエル。

 何事も卒なくこなせる彼は、素手だろうと関係ないとばかりに無い体力を振り絞ってモンスターの集団の中へと躍り出ると、そのまま一方的に敵を自らの拳で殴殺していく。

 やはり、時代が求めるは有能な男――その名もダニエル。彼は凄い男だった。


 とはいえ、それでも武器ありと武器なしとでは、決定的とも言うべき大きな差が存在しているのは確かだ。

 敵からの攻撃は己の身でもって防がないといけないし、何より素手で攻撃する以上は力の作用・反作用の関係で多かれ少なかれ自分まで傷ついてしまう。

 それ故に――素手で戦い始めてから、これまた数十分後。



「これで、終わり……だッ!」



 ゴスッ……と、目の前に立ち塞がるモンスターの顔面へと拳を叩き込み、そのまま大地へと叩きつけることで対象を確実に殺す。

 もはや何度繰り返したかも分からないルーチンだが、お陰でどれだけボロボロになっても敵を倒すことができる。

 単純とは、それ即ち一つの極意なり。

 そうしてダニエルは、流れるように次の敵を探し出し――と、そこで彼は不意に気がつく。

 己の視界の中に絶えることなく存在していたモンスター共の姿がなく、代わりに大きな門が映り込んでいたのだ。

 ……どうやら、今のモンスターが自分の目の前に立ち塞がっていた最後の一体であったらしい。

 邪魔な敵が一掃されたことで、気づけば一気に広くなった視界(ほぼ見えていないほど霞み切ってしまっているが)には堂々とヴィーランを守る門が映し出されるようになったわけなのである。

 しかし、確かに前にいる敵は一掃していなくなったものの……背後の数メートルもない距離からは未だにぞろぞろとモンスター共が集まってきており、大ピンチなことに変わりはない。

 何より――――


(……全身の至る所を骨折、それに両拳は粉砕……もう使い物にもならない、か)


 モンスターへと叩き込んだ拳を戻そうとすれば、果たして()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 プラプラと半ばから折れているがために垂れ下がった両腕と、その先のミンチ状になった拳を見て、思わず顔を顰めてしまうダニエル。

 身体は異常に怠いし、時折ぴくぴくと勝手に痙攣し始めてすらいるし……更には骨折やら何やらでズタボロ状態なのに痛みも感じられず、それどころか全身の感覚がなくなっていることから、これ以上の戦闘は物理的に無理だと判断する。

 流石にこれ以上の無茶を通してしまうと、後々魔術(・・)を使っても回復できないとダニエルも悟ってしまったからだ。

 なので、彼は早々に当初の予定通り門の真下へと歩を進め、門の上にいるはずの門番の助けを期待した……のだが――――?


(――おかしい……なぜ誰も反応しない? もしかして持ち場を離れているのか……?)


 そんな有り得ない考えが脳裏を過り、同時に背後から着実に近づいてきているモンスター共の気配を感じたことで焦り始めたダニエルは、張り上げられるだけの声を張り上げて門番による救出を願う。

 けれど、どれだけ声を張り上げようと……それこそ血反吐を吐くほど助けを叫んでも門の向こう側からの反応は終ぞ返ってこなかった。

 ……その結果、焦れに焦れ切ったダニエルは自ら門を抉じ開けようと動き出す。


「……フゥゥゥー……」


 門に両手をつけて押す……には両腕と手が粉砕骨折しているため、肩を押しつける……のも鎖骨やら肋骨やら何やらとあちこちが折れてしまっているせいで出来ない。

 よって仕方なく頭頂部を門に押し付けたダニエルは、思いっきり歯を喰い縛りながら全力で門を押し始める。


「ッ、ぐゥッ……ぐぎぎぎぎィィィッ……!」


 通常、門とは内から外に向かって開け放たれるため、今回のようにたった一人の力で押そうとしても開くものではない。

 しかし……火事場の馬鹿力とでも言うべきか。

 顔中を真っ赤にさせ、鼻からは少なくない血まで流しつつも、一歩、二歩とゆっくりだが大きく足を踏み出していくダニエルは、驚くべきことに個人の力だけで門を少しずつ押し開いていく。

 やがて、少しずつ開いていった門に人ひとりが潜り込める隙間が出来上がったところで……ダニエルはその隙を逃さず、一気に門の中へと身を投げ出すことで飛び込んだ。


 ――ドスンッ、ベキベキベキィッ……!


(……ウッ、くぅッ……!?)


 そういや両手は折れていたんだっけ、と上手く受け身が取れずに為す術もなく大地へとダイブするダニエル。

 仕方なく、少しでも負担を減らそうと地面をゴロゴロと転がるが……衝撃は完全に殺せない。

 全身の感覚はなくなっているものの、それでも息苦しさだけはなくせず、諸に衝撃を受けてしまったせいで危うく窒息死しかけてしまう――のだが、そんなことよりも追ってくるモンスター共の方が気になるダニエルは転がりながらも慌てて閉まり始めていた背後の門へと視線を送る。

 すると、あれだけ接近してきていたように思えたモンスター共が揃って、どうした訳か一定の距離を置いて近づこうとしない様子が、閉まりかけていた門の隙間から見えた。


(? 何か妙だな……?)


 一瞬、その光景に違和感を覚えるダニエルだったが……すぐに門が閉まったことから、それ以上の思考は時間の無駄であると頭を振る。


(いや……そんなことより、早くナタリーザ様の元へと向かわねば……!)


 両脚と全身の筋肉を駆使し、数十秒ほどの悪戦苦闘を経て何とか立ち上がるダニエル。

 既に限界を通り越して今にも死にそうな状態であるが、色々と無理をすれば歩けないこともない。

 よろよろと前後感覚も不透明な中、そうしてダニエルは先へ先へと足を踏み出して行く。


 途中、ふと門の上に続く階段の横を通る瞬間が訪れた。

 そういえば少し前のまだ外にいた時、門番の助けを期待して待っていたが……結局、最後まで反応がなかったことをダニエルは思い出す。

 本当にどうしたのだろうと不思議に思い、つい階段の方を覗いてみる――と、何と誰かが階下で倒れているではないか!


「――ぁ……ぉ、おい、大丈――――、ッ!?」


 掠れた声を精一杯に上げ、慌てて駆け寄ろうとするものの……しかし直後に見えた光景に自然と足が止まる。

 倒れていたのは、大方の予想通り門番であったことに間違いはない。

 だが見えたのは足のつま先から腰の部分までであり、それより上の部分はどこを探しても見当たらなかった。

 つまり――ダニエルが発見したのは、紛れもなく上半身部分が綺麗に消失した門番の死体以外の何物でもなかったのである!

 果たして、彼の受けたショックはとても大きかった。


(バカな……これは一体、どうやって……!?)


 よくよくその断面を見てみると、決して焦げているわけでも凍っているわけでもない。

 なのに臓物は飛び出していないし、人体が傷を負えば必ず出てくるはずの血液すら辺りのどこにも散っていないのだ。

 おまけに、肉を切ったにしては不自然なほど断面も綺麗な平で固定されており……どう考えても何かの超常現象によるものだとしか――――……。


(ぁ――神敵、かッ……!!)


 そこまで考えたところで、ようやくダニエルは悟った。

 確かに、こんな超常現象は普段ならともかく、現在の神敵が暴れ回っているような状況下では必然的に、件の神敵によるものだとしか考えられない。


(だとすると……――あった)


 何かを探すように辺りをキョロキョロと見回せば、早々に目当てのモノは見つかり、同時にダニエルは完全に神敵が犯人であると確信する。

 ――街の中心部から門の上部へと、何かによって一直線に消滅させられた建物の跡。

 恐らくは、その神敵が街の中心部の方から放った流れ弾的なものに当たって、不幸にも門番は上半身を消し飛ばされ、階下へと落っこちたのであろう。

 真実こそ分からないが、何となく間違っていない気がするダニエルだった。




 ともあれ門番の謎は解けたことだし、ダニエルは再び街の中心部へと――ナタリーザを探して歩き出す。

 道中には、あちこちに神敵が残した惨状の爪痕があった。

 どれもこれも一部だけが破壊されている……なんて生易しいものではなく、広範囲に亘って文字通り消滅させられているのである。

 一体どういう攻撃をしたら、こんなことができるのかダニエルには見当もつかない。

 けれど、あの時――神敵討伐作戦で遠目に見た銀刃の雨を降らすような攻撃ができるのなら、これくらいは出来て当然なのかもしれないとも思う。


(あぁ、ナタリーザ様。どうかご無事で……!)


 ふと、思い出すのはモンスターと戦っていた時、戦場の端々にまで届いた巨大な白光。

 間違いなく、あれは神敵からの攻撃であったのだろうが……それを思い出すたびにダニエルは内心、穏やかでいられない。

 戦場のど真ん中からこの街まで辿り着くのに要したのは、凡そ数時間ほど。

 この間に、どうやら神敵による攻撃は終わっていたようだが……問題は、それまでに何発と白光を放たれていることにある。

 被害はどれほどのもので、また生存者もどれほどのものか……何より街の中で傷の治療を受けて寝たきり状態だったナタリーザは、本当に無事でいられているのか。

 歩み続けるダニエルの心の中では、そんな感じでナタリーザに対する心配で一杯であったのだ。

 そのため――――


「――嘘、だろ……?」


 それを見た瞬間、どんな絶望にも屈しなかった男の心は折れた。

 ある一つの部屋がピンポイントで消滅させられている上に、半分以上が何らかの余波によって破壊されている建物を前に、ダニエルは呆然と呟きながら崩れ落ちる。

 消滅させられた部屋……あそこは、自分の記憶違いでなければ、間違いなくナタリーザが療養していた部屋であったはずだ。

 そしてもう一つ。

 自分の知る限り、ナタリーザが負った傷は相当深く、たった半日で動けるようになるとは到底思えない。

 建物内には彼女の看病用にと残された使用人や護衛の兵士たちこそいるものの、この緊急時に彼らがわざわざ足手まといを連れて避難できたとは、流石のダニエルもそこまでして楽観することはできなかった。

 何故なら、そもそもほとんどの使用人や護衛たちが、どうやら建物内から逃げきれなかったようなのだ。

 その証拠に、建物の出入り口付近で倒壊した建材に圧し潰されて死んでいる幾多の死体を見れば、誰だってすぐに理解することができるだろう。

 ――あぁ、彼らは必死に逃げようとして、でも後少しのところで逃げられなかったのだろうな……と。


「…………」


 信じ難い現実を再認識し、そうしてダニエルは何となく絶望し、逃避する。

 全身から力が抜け落ちたように大地へと倒れ伏した彼は、以降はピクリとも動かず、流れ出た自身の血液が日光を鈍く反射しているさまをその虚ろな目で見つめ続けていた。

 希望なんてどこにもない。

 もはや希望を失ってしまった彼にできることは何もなく……できることといえば、このまま絶望の底へと堕ち続けるだけ。

 かくしてダニエルは、このまま時間経過と共に衰弱していき、あわや人知れず死んでしまうかのように思われた。

 だが――――



「――ダニエル……?」



 深い闇の底へと沈みゆく彼の耳に、その時、懐かしき女性の――ナタリーザ=カランキルタの声が響き渡る。

 ――幻聴か? いや、だがしかし……。

 理性や頭の中では色々と考えつつも、けれどダニエルの虚ろな目には隠しようのない期待感から一瞬で光が宿り始める。


「……な、たりぃ、ざ、さま……?」


 一度は倒れ、完全に力を抜いてしまったからか、過度に駆使し続けた筋肉はガチガチに硬直しており、そのせいで上手く動けない上に喋ることもできない。

 それでも何とか伏せていた首を動かし、視線を声の方向へと送って見やれば――果たしてそこには、着いた杖を手放し、驚いた顔でこちらへと寄ろうとしているナタリーザの姿があった。


「ダニエル? おい、ダニエルッ! しっかりしろッ!」

「……あぁ、なたりぃ、ざさま……よくぞ、ごぶじで……ゴフッ」

「あぁぁぁ無理して喋ろうとするなッ! ちょっと静かにしてろッ!」


 思わず嬉しさのあまり、感動して涙を流すダニエル。

 だがその直後に盛大な吐血をして見せると、ナタリーザも慌ててダニエルの身体をうつ伏せから仰向けにさせ、楽になれるような姿勢を取らす。


「それと……そうだッ、薬だッ! えぇーっと、薬は確か……」


 続いてナタリーザは自身の懐をごそごそと弄り、暫くしてからようやく見つけたとばかりに二つの瓶を取り出した。


「で、これを傷口に振りかければいいのか……?」


 けれど、どうやら今一薬の使い方が分からなかったらしい。

 首を傾げながら、ナタリーザは非常に覚束ない手つきで二つの瓶から蓋を取り外すと、とりあえずといった感じでダニエルの全身に薬を振りかけていく。

 結果、完治には程遠いが、見る見るうちにダニエルの顔へと血の気が戻っていき……数分後、ナタリーザは何とか正常な呼吸音を取り戻したダニエルの様子に、心の底から安堵の溜息を吐いた。


「ふぅ……何とかなったか……」

「……ぁ、ありがとう、ございます……ナタリーザ様」

「! ダニエルッ! もう喋っても平気なのか?」

「……えぇ……お陰で、大分楽になれました……」

「そ、そうか。だが――――」


 ナタリーザはダニエルの両手に視線を落とす。

 するとそこには、肌の色や血行が多少はよくなっているものの……未だグシャグシャに砕けたまま、手の甲から骨まで突き出てしまっている二つの拳があった。

 薬を使用したことによって流れ続けていた血は止まったが、これでは遠からぬ内に再出血してしまうのは間違いないだろう。

 そうでなくとも、ここまでの重傷である。

 ここで何とか上手く応急処置を施さねば、ダニエルは永遠に自身の両手とサヨナラを告げなくてはならくなってしまうかもしれない。

 なのに……生憎と、ナタリーザにはこれ以上の回復手段や知識は持ち合わせていないのだ。


「……すまない。私には、これ以上お前の両手を治すことが――――」

「――いえ……大丈夫、です。傷は、後で魔術師に診せれば、どうとでもなります……ので、団長は……どうか、お気になさらず。

 それより、これを……」


 自らの無力に打ちひしがれ、沈痛な表情を浮かべて語るナタリーザに、しかしダニエルは本当に気にしないでほしいと話を遮りながら言う。

 そして、むしろそんなことより……とばかりにダニエルは痙攣の止まらない折れた腕で胸元へと取り付けられた壊れかけの鎧を弄り出し、指が使えない代わりに突き出た骨を引っ掛けることで取り外し始めた。

 ……さっき薬で少しだけ回復したせいか、地味に痛覚も戻っていて辛い。

 内心では涙目のダニエルであった。


「お、おいッ、何を――――」


 一方で、話途中で遮られたナタリーザは突然の行動に当然のごとく疑問の声を上げる――――が……。


「――ッ……!?」


 直後に鎧が取り外されたことで曝け出されたダニエルの素肌を……正確には鎧で隠されていた胸元に下げられたアクセサリーを見ると、ハッとして目を見開き、口を噤んでしまう。

 ――それは、金細工の小さなアクセサリーであった。

 中心には女神シェルミールの信徒を示す紋様が刻み込まれており、ヴァリエーレ聖王国民なら誰でも所持している有り触れたアクセサリーによく似ている。

 だが――違う。よく似てはいるが、違うのだ。

 ナタリーザの反応を見たらすぐ理解できると思うが……ダニエルの持っているそれは、決して普通のアクセサリーなどではない。

 むしろ、決して一緒にしてはいけない代物であろう。


「――お前……それを、どこで……」


 その証拠に目を見開いて絶句していたナタリーザは、一度だけゴクリと息を呑むと、緊張のあまり震えてしまう指先をアクセサリーへと向けながら、ダニエルにそう問いかけた。

 けれど、彼女の反応も無理はない。

 何故なら、仮に見間違いでなければそのアクセサリーは、まず間違いなく――――。



「……はい――――亡き聖騎士、グレゴリオ様に授けられし、彼の神器……女神の槍(・・・・)に、ございます……」



 ――そう。それは……女神に認められし、三人の聖騎士へとしか送られない神器。

 地上における、女神の騎士たる聖騎士としての証。

 携帯時はアクセサリー状にしておき、されどいざという時は一瞬で特定の武器形態へと変化可能な、聖王国に三人しかいない聖騎士たちの主武器。


「――――」


 正解を知っても尚、ナタリーザには絶句することしかできなかった。

 しかし……。


「じ……実、は……先ほどの、戦いの途中で――――」


 そんなだらしなくも口を大きく開けたまま絶句しているナタリーザに、けれどダニエルは気にした様子もなく、ポツリ、ポツリとアクセサリーを入手した当時について語り出す。

 曰く、モンスターの集団と戦い始めてから幾ばくか過ぎた頃。

 ふと倒したモンスター(ゴブリン)の身から、ダニエルは何やら黄金色に輝くアクセサリーのようなものが転がり落ちるのを見た。

 金という色はただでさえ人間の目を引く上に、パッと見だとアクセサリーに見えるものを、しかもモンスターが所持していたという点で興味を惹かれた彼は、そうした理由から戦闘中にも関わらずそれを拾い上げたらしい。

 で、その結果、よく見たら聖騎士グレゴリオの使っていた神器――つまり遺品ではないか、と気づいたのだという。


「なんと……それはまた、凄い偶然だな……」


 果たして、そこまで語ったところでナタリーザもようやく我に返り、何とかダニエルにそう答える。

 事実、これは物凄い偶然としか言いようがないのだ。

 彼女ら第二騎士団の面々は神敵討伐作戦の際、本隊である聖騎士グレゴリオたちとは大きく離れた森の中を行軍していたために、実はグレゴリオがどのようにして戦って死んだのかを知らない。

 グレゴリオ含めた大軍を一度の範囲攻撃で滅した光景こそ目撃していたものの、“黒の神敵”の詳しい容貌や戦闘力……また聖騎士グレゴリオがどうやって殺されたのかについての情報などは、全て今は亡き第一騎士団の騎士団長――ディナート=フォルカから伝え聞いたものでしかないのである。

 ……生存者及び女神シェルミールを信仰する聖王国民の義務として、共通の敵たる神敵について聖王都へと伝えるにも、これでは説得力も何もないだろう。

 でも、だからこそ――――


「……ダニエル。――よくやったッ!」


 喜色満面の笑みで褒めるナタリーザ。

 ――彼が戦場より持ち帰ったそのアクセサリーは、何よりも神敵の脅威を如実に証明してくれるものだ。

 例えナタリーザやダニエルたちの語る報告に何の説得力もなかろうと、これで聖王国は否応なしに今まで以上の本気を出して“黒の神敵”へと当たり始めることだろう。

 なんせ、聖王国における最大戦力の一角である聖騎士が一人、どういった方法かは知らないが実際に殺されているのである。いくら頭の中がお花畑の人間(がほとんどである聖王都在住(聖王国)貴族たち(上層陣))でも、流石に本格的な対策は取らなければマズイということくらいは理解できるはずだと、ナタリーザは確信する。

 というより、これを見越してダニエルも決死の覚悟で戦場から持ち帰ったのだろう。……流石はダニエル。やはり有能な男は格が違う。


「は、はは……お褒めに預かり、光栄です……」


 しかし、そんなダニエルも褒められて悪い気はしないのか、控えめにだが実に嬉しそうな笑みを浮かべた。

 その明るい雰囲気に、ナタリーザも更なる笑みを浮かべて頷くと……そのままダニエルの上体を起こし、自らの背に乗せて立ち上がる。


「うむ。では、こうしてはいられん。――すぐに聖王都へと向かうぞッ、ダニエルッ!」

「……ぇ? ちょ、神敵、は……? それに、避難民も……」


 急な行動に、思わず戸惑いの声を上げるダニエル。

 自分より軽度のものとはいえ、それなりの傷を負っている上司(しかも女性)に背負わせることへの罪悪感と、本当にこのまま聖王都へと向かっても構わないのかという後ろ髪を引かれる思いが混じった声だ。

 だが、そんなダニエルの戸惑いも、気分がハイになったナタリーザは一喝して吹き飛ばす。


「大丈夫だッ! 神敵は疾うにこの街から姿を消しているし、街の人たちの避難も既に済んでいるッ! 今、この街の中にいる者たちと言えば、もう私とお前くらいだろうなッ!」

「……そう、ですか……それは、よかった……」

「あぁッ、だから――――」


 ――心配するなッ! と、ナタリーザは笑う。

 それを聞き、ダニエルもホッと安心したように目を閉ざす。

 ……。


 尚、改めて言うまでもないことだが、現在の状況は絶望的だ。

 神敵に蹂躙され、史上でも類を見ないほどのモンスターの大群によってヴィーランの街が脅かされている中、未だに街の中から一歩も避難できていないダニエルとナタリーザは、呑気に笑い合えるほど余裕があるわけでもない。

 むしろ、時間が刻一刻と過ぎ去ると共に、彼らは己の命運を加速度的に消費していっていると言っても過言ではないだろう。

 けれど不思議なことに、重傷で自らが歩くことも儘ならないダニエルも、その彼を背負っているナタリーザも状況とは裏腹に心の中には余裕があった。

 それは未来への希望が生まれたためなのか、或いはそうでないのか……真実はきっと、当人たちも分かってはいまい。

 だが、それでも彼らが聖王都へと一歩ずつだが確実に進んでいるのは事実だ。

 一歩、二歩……と、遥か遠き道を――自らが歩むべき道をしっかりと見据え、かくして彼らは歩み出して往く。

次回、エピローグ。

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