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狂神が嗤う  作者: 限破
狂神転生編 第二章 神敵顕在
33/47

033.殺戮の狂人

 怒りのままに、刃を突き立てる。

 刹那にも満たない間に、誰の認識も追いつけないほどの速度で、俺はリオネリアの母親から奪い取った趣味の悪い剣(聖剣デュランダル)を使い、自らの激情をぶつけるかの如く彼女の身に剣を突き刺し続けてやった。


「な、ぁっ――かはッ……!?」


 だから彼女の認識がようやく加速された俺の現実に追いついた時には、既に何もかもが終わっていたと言えよう。

 刺されたことにも気づかず、何も知らないまま死んでいく愚か者。

 けれど――悪いがそれでは、俺は全く納得することができない。

 奴には精々、この世に生まれてきたことを後悔してしまうほどの絶望と苦痛を味わってもらわねば気が済まないのだ!

 故に、俺は手に持った剣をこれまでわざと外してきた急所(心臓)へと鋭く突き刺し、そこからゆっくりと(ノコギリ)でも使うかのように刃を前後させ始める。

 ブチブチと、そのまま力尽くで血管と筋肉と肋骨を引き千切り、心臓部から頭部へと目掛けて作り上げた傷口をどんどんと抉りつつ斬り上げていく!


「――ィ、ぎッ……ガッ、アア゛ァ゛ッ……!」


 すると必然、相手も神経を麻痺しているわけでも痛みを感じない特殊体質でもないのだ。自らの肉体を少しずつ削られていくことに、反射的に劈くような悲鳴を叫び出した。

 ――絶望の声。苦痛に満ちた悲鳴。

 あぁ……これだ。

 これこそが、俺がこの女を容易く殺さなかった理由であり――何一つ期待していないこの女に唯一、求めていたモノ。

 決して楽には殺さず、何が何でも徹底的に味わわせたかったものである。

 故に……。


 ――さぁ……! さぁッ!

 ――存分に味わえ! 存分に苦しめッ!

 ――これがッ! これが俺に敵対した者の末路だッ!

 ――自らの娘を切り捨て、殺した者の末路だッ!

 ――全部……お前の選択した結果だッ!


 刃を動かす。肉を抉る。

 耳に届く悲鳴を燃料に、俺はドス黒い感情を燃やし続けていく。

 心臓を両断し、鎖骨の間も横断する。

 声帯を潰し、真っ白な首も二枚に下ろす。

 流れる鮮血は止まることを知らず……やがて、ついには絶望と苦痛で歪められ、辛うじて意識を保っている程度の生命を維持した金髪と碧眼の頭部だけが残される。

 ……。残り時間(命の残量)も後僅か、か。

 ――俺は剣を握る手に、改めて力を込めた。


「! 会長ッ……!」


 しかし、その時。

 タイミングの悪いことに、その光景を周りで見ていたリオネリアの母親の部下たちが彼女を助け出そうと動き出しやがった。

 ――宿屋の侵入者である、生き残り三人。

 実力的に全く俺の敵ではないが、わざわざ相手をするのは物凄く面倒である。

 非常に面倒な存在だが……まぁ、問題はない。

 何故なら奴らの相手は、既にフォースに任せているからだ。


「き、貴様ァッ……! たかが神敵の分際でよくも――――」


 果たして、次の瞬間には突如として発生した歪曲空間(ブラックホール)に呑まれ、ぺきょりと全身を圧壊させてその命を散らす侵入者たち。

 全方向から押し潰されたことで縮んだ死体も、一瞬の後には更に押し潰されて消えていく。

 誰であろうと反応することさえ許さず、加えて血や肉片といった惨劇の爪痕も一切残さないその手際……相変わらずフォースの掃除術は完璧としか言いようがない。

 ともあれ――――


「――存分に、苦しめ」


 こっちはこっちで、残していたリオネリアの母親の頭部をしっかり最後まで斬り上げる。

 そうして――振り抜かれる剣身。

 後を追うように噴き出す大量の血液。

 やや遅れて上半身がパックリと二つに割れていき、全身に開けられた無数の刺し傷からもブシャーッ……と血が流れ出す。

 醜い肉塊――元・リオネリアの母親だったモノも、ぐらりとバランスを失ったように揺れ、そのまま自らが流した血溜まりの中へと鈍い音を立てて沈んでいく。

 ……。終わりだ。

 誰が見ても、紛うことなき終わり(即死)であった。


「……」


 無言で天を仰ぎ、暫し閉目する。

 ふぅ……と血生臭い空気の中で、深呼吸を一つ。

 少々呆気なさすぎる感もあったが、とりあえず俺の中で激しく燃え上がっていた怒りも、これでちょっとは収まった。

 何より胸に巣食う激情も先ほどのように自身を蝕むほど蠢いてはいないし、自覚するほど感じていたドス黒いモノもほとんど感じなくなっている。

 ……。


(終わり、か……)


 ザクッ……と趣味の悪い剣(聖剣デュランダル)を大地に転がる肉塊へと捨てるように突き刺し(手放し)、そっと片腕で掻き抱いていたモノへと視線を落とす。


(――リオネリア……)


 家族には生まれた時から訳も分からず嫌われ、周囲からも容赦なく疎まれ続け、最期には自らの肉親である母親の手によって生命を奪われた少女。

 ……優しい娘だった。

 どれだけ生きるのに厳しく辛い環境だろうと、その純真さを失わずに笑顔で過ごしていた少女で、本当に強くて優しい娘だったのだ。

 彼女が死ななくてはいけない理由なんて、どこにもなかった。

 本当に、どこにもなかったのに。

 それなのに……!


「……ッ……(ぎりッ)」


 気が付けば、俺は音が出るほど力強く歯を噛み締めていた。

 収まってきたはずの激情が、胸の中で再び沸々と蠢き始める。

 ――あぁ……ダメだ。

 せっかく堪えていたのに、視界がまたもや一瞬で真っ赤に染まっていってしまう。

 ――もう我慢の限界だ。


「フォース、悪いがコイツ(リオネリア)を頼む。それと……せめて彼女が安らかに眠れるよう、取り残された身体の在り処も探して出してほしい」


 言って、徐に手に持ったリオネリアの生首をフォースへと渡し、俺は腰に下げた白銀の神々しい長剣を引き抜きながら歩き出す。


 ――――ゾワァァァン……(ド・コ・イ・ク(我が君は、どちらへ?)


 背後から問いが投げかけられる。

 だがそれは、決して引き留めるような言葉ではない。

 というか今さら引き留められても無粋なだけだし、何より俺がこれから何をしようとしているのかフォースにも分かっていたのだろう。

 それは、純粋な意味での確認の言葉だった。


「俺か? そんなの決まってんだろ、俺は――――」


 故に、俺は視線をとある方向へ――宿屋の外へと向けながら答える。

 たった一言……その言葉を。


「――ちょっとした、ゴミ掃除だ」




 宿屋の出入り口から一歩、足を踏み出す。

 途端、[悪意把握]を発動せずとも理解できた。

 方々から向けられる数多の悪意。

 何より、実際に辺りを見渡してみればそこには全身で感じた悪意の通り、当初から宿屋の周辺を囲んでいた三十七人に加え、更に数十人もの増援を加えた敵の大集団が武器を片手に今か今かと待ち構えていた。


「……」


 無言で首をゴキリと鳴らす。

 申し分のない数だ。

 実に掃除甲斐がありそうでよろしい。

 ゆらりと片手に持った白銀の長剣を構え、次いで両足を肩幅に開かせる。


「――っ! 来るぞッ……!」


 それにより、宿屋からたった一人無傷のまま登場したせいで最初は呆気に取られていた敵集団も、一気に緊張感を取り戻す。

 剣やら槍やら斧やらと、種類は違えど全員がその手に武器を一斉に構え出したのだ。


「……」


 その存外素早い反応に、少しだけ驚く。

 なんせこいつらは俺だけが宿屋から出てきたことで、自分たちのリーダーであるリオネリアの母親が敗北して死んだことも察せたはずなのだ。

 宿屋から出てきた時、最前列にいた奴らの目に僅かな動揺が走ったのを見ていたからそれはまず間違いない。

 普通なら頭を潰した時点で下にいる部下たちの士気もダダ下がりして戦闘どころじゃなくなる、のだが……奴らは指揮官がいなくとも自分たちだけで戦闘状態へとすぐに復帰してきやがったのである!

 故に、奴らは相当に優秀なのであろう。

 そこからは、余程の練度も窺えた。

 ……。


 ――まぁ、無駄なんだけど。


 シリアスそうな顔で緊迫した雰囲気を醸し出す敵集団には悪いが、ハッキリ言って俺からしたら敵の優秀さや練度なんてものはどれだけ高かろうが全部どうでもいいのだ。

 何故なら、俺が奴らに期待している事はただ一つ。

 俺のストレス解消のため、できるだけ多くの人に死んでもらう。

 ただそれだけ。本当にそれだけなのだ。

 よって――――


「――死ね」


 ――欠片も躊躇することなく[虚偽の仮面]による能力制限を解除。

 そして、瞬間的に黒から白へと変化する髪と共に、俺は目元から紅の軌跡を描きながら動き出す。

 具体的には最前列に構える敵集団へと光速にも達するほどの一足で接近し、そのまま左手に持った長剣を全力で振るってやった。


 ――――バゴォォォオンッ……!


 結果、盛大に響き渡る爆音。

 振るわれた剣先からは当たり前のように剣圧や真空波を生み出し、それをぶつけられた敵もまた呆気なくその身を木端微塵に弾けさせながら命を落としていく。

 敵で密集され尽くしていたはずの空間に、ぽっかりと赤色に彩られた扇形の空白地帯が生じる。

 ――三分の一近くの敵が、死んだのだ。


「な、何だ……今のは!?」

「前にいた奴らが、いない……?」

「嘘だろ? 何をしたのか全く分からなかったぞ……」

「それより……おい! 神敵の姿が、いつの間にか変化してるんだが……あれは何なんだ!?」

「い、一撃……無理だ。こんなの、どう相手すりゃいいんだよっ!?」


 圧倒的な力、計り知れない脅威。

 自らの目で見ることでそれを認識することができた敵集団は、今になって初めて自分たちが相対している存在(モノ)の脅威を理解したのであろう。

 誰もが目に見えて狼狽え、怖気づき始めていた。


「狼狽えるなッ、落ちつ――カヒュッ……!」


 ――言わせねーよ。

 せっかくいい感じに敵集団が混乱と恐慌状態へと陥ったのに、それを落ち着かせようとしたものがいたため、急いで手元の長剣を投げつける。

 果たして長剣の切っ先は見事に相手の喉元を捉え、あっさりと突き刺さった。

 唐突の出来事に驚愕で目を見開いた相手の男は、喉元から噴き出る大量の血液を両手で押さえながらも何か必死に語り出そうとしているが……結局どうすることもできず、全身を痙攣させつつ崩れ落ちていく。

 ……ったく、無駄死にするくらいなら最初から余計なことはしないでほしいものだ。

 そう思った俺だが、どうやら完全に無駄な行動だったわけではなかったらしい。


(はぁ、今度は後ろか)


 少なくとも男がしようとしていた鼓舞は、一部の精鋭たちを我に返らせることには成功したようで……俺が武器を完全に手放していることに気づいた数人が、俺の背後から忍び寄って襲い掛かってこようとしていたのだ。

 やれやれ、全くもって面倒なことをしやがって。

 雑魚は雑魚らしく、大人しく刈られていればいいものを。

 仕方がないので、俺は背後に向けて思いっきり地面を踵で蹴りつける。

 瞬間――ゴパァァァアンッ……! と。

 光速で振り下ろされた踵は大地を大きく抉り、無数の巨大な亀裂を生み出すだけに止まらず、そこから副次的に発生した細々とした石を散弾の如く指定した背後という方向へと飛ばしていく。

 一つ一つは小さけれど、何の制限も手加減もされていない俺の全力が込められているのだ。

 最早すべての攻撃が即死級と言っていいだろう。

 そのため、武器を持っていないからと言って仕留められるかと勘違いし、ほとんど無策で背後から忍び寄ってきていた敵数人が何の反応もできないまま即死級の巨大な亀裂と散弾攻撃に呆気なく呑み込まれ、全身をズタズタに引き裂かれるかバラバラにされて息絶えてしまうのも、それはそれで当然の結果であった。

 ……。

 とはいえ、あまりの威力に敵どころか宿屋の一角ごと吹き飛ばしてしまっていたことは、流石にやりすぎだったかもしれない。

 リオネリアの思い出の宿屋を、範囲攻撃の巻き込みで破壊してしまうとは……。

 そのことを少しだけ申し訳なく思う……が、残念ながら今はもっと優先すべき問題が残っている。

 なので悪いとは思いつつ、それでも油断することだけはできないと俺はすぐに意識を残りの敵の方へと戻す。


(さて、と……気配を探るに、ほとんどの敵が逃げ腰になりかけているな。……まぁ、絶対に逃がさないけど)


 俺に対して悪意を抱き、敵意を向けた以上……何よりこの街の者たち全員で迫害してきたリオネリアの命が既に失われてしまっている以上、こいつらに情けを掛ける理由はどこにもない。

 必ず殺す。

 絶対に殺す。

 殺さずに逃がさなど、有り得ない。

 だから――――


「――“顕現せよ、『第三兵装:偽翼』”」


 ――本気で()る。

 パキパキパキッ……と、まるで俺自身の尽きることのない膨大な怒りと殺意に呼応して、瞬時に現れる銀刃の翼。

 視覚的にも、雰囲気的にも、その光景は最早圧倒的としか言えないだろう。

 圧倒的な“死”と“絶望”を無差別に振り撒く銀刃で形成された半透明な翼……それは、あれだけ恐慌状態に陥っていた敵集団でも一発で硬直させてしまうほどのものであった。

 だが――まだだ。

 まだ終わりじゃない。

 むしろ、これで終わりだと思われてしまっては逆に困る。

 なんせ《十六夜兵装》が一つ、『第三兵装:偽翼』の真骨頂はここからなのだ!

 さぁ……目にものを見せてやろうじゃないか!


 かくして、俺は『偽翼』の真の能力を解放させる。

 『第三兵装:偽翼』の能力――それは銀刃の生成と、あらゆる力を自在に操作するというもの。

 その中、今回使用するのは“銀刃の生成”……もっと詳しく説明すると、“好きな場所に制限されることなく、自由自在に銀刃を生成することができる能力”の方だ。

 ……ここまで言えば、俺が何を狙っているのかも分かってくるだろう。

 果たして、その結果はすぐに現実となってあらわれた。


「いぎッ!?」

「な、何だッ!?」

「地面から、何かが生えてッ!?」

「あ、足がっ……俺の足がぁぁぁッ!?」


 戦場に、次々と響き渡る悲鳴。

 見れば誰もが例外なく足を庇い、額に大量の脂汗を滲ませて大地へと這い蹲ろうとしている。

 一応、手に持った剣や槍などを杖代わりにして、まだ気丈に立ち続けようとしている奴らもいるにはいるが……それだけだ。気にするまでもないだろう。

 何れにせよ、奴らの足は既に――()()()()()()()()()()()()()()

 自らの足が大地へと物理的に縫い止められている以上、立ってようが這い蹲っていようが関係あるまい。というかどうでもいい。

 ――どうせ奴らはもう、どこにも逃げられないのだから。


「ひぃっ! 来るなっ……来るなぁァァギャァァァアッ!?」


 ともあれ、こうなってしまえば後は簡単である。

 逃げようと思っても物理的に足を動かせず、ただ殺されるのを待つだけの存在など、もはや単なる生贄でしかない。

 だからこそ――普通にその哀れなる生贄へと近づいた俺は、そのまま普通に手にした長剣で対象を突き刺してやった。

 必然、相手からは絶叫とも言うべき悲鳴が上がるも、何のその。

 今さら断末魔の叫びを上げられた程度で躊躇したり、ましてや手心なんてものを加える俺でもないのだ。

 むしろ逆に鎖骨と首筋の間へと突き入れた刃を、激しく前後左右と縦横無尽にぐりぐり動かしまくってやる。

 果たして、そんな一切の血も涙もない、容赦の欠片もない行為は瞬く間に対象の命を削り去っていき……やがて暫くしてから相手が完全に沈黙したのを確認すると、俺はそこでようやく身体の奥深くまで突き刺していた長剣をずるりと引き抜いた。

 そして――――


「残り六十八」


 どさり、と……僅か数秒で生み出された死体を背に、俺は未だ数多く残っている生贄の一人へと視線を向ける。


「ぁ……や、やめろ……やめろやめろヤメロォォォオオオッ!」


 すると、それだけで相手も次に狙われているのが自分であると気づいたのだろう。

 何やら呆然と呟き始めたかと思えば、一転して半狂乱となりながら拒絶の言葉を叫び出す。

 余程なまでに“死”が恐ろしいのか、それとも単純に何もできないまま嬲り殺されることに本能が反応しているのか……とにかく、それほどの必死さが込められた叫び声である。

 だが所詮、拒絶は拒絶。

 それも相手から放たれるのは、物理的な障害さえ伴わない上に単なる言葉でしかないのだ。

 例えそこにどんな思いが込められていようと、長剣を片手に歩み出したが最後、もう誰も俺を止めることは叶わない。

 哀れなる生贄に許されるのは、精々真っ赤な血を滴らせた刃に貫かれて死ぬその時まで恐怖に震え続けるか、愚かな狂信者らしく女神シェルミールに無駄な祈りを捧げることのみ。

 故に――――


「――ぎゃあああぁぁぁああああッ……!?」


 また一つの命が、抵抗も空しく(ていうかできずに)散っていく。

 断末魔の叫びが飛び交い、恐怖が新たなる恐怖を呼び、負の感情が辺り一帯へと連鎖する。

 殺戮に彩られた夜は――こうして始まりを告げたのであった。




 ……。


 …………。


 ……………………。




「――ああぁっ……うあぁぁぁあああっ、ガハッ…………」


 喧しくも喚きまくる最後の生贄を、その心臓に刃をブッ刺すことで強制的に黙らせる。

 自分が死ぬ瞬間を体感するのは余程衝撃的なのか、これ以上ないくらいに目を見開かせているが……それも長くは続かない。

 他の生贄たちと同様に、大きく見開かれた瞳からは徐々に生命の輝きが失われ、最期には音もなく崩れ落ちていく。

 突き刺していた刃もその自重によって自然と引き抜かれていき……やがて最後の生贄が完全に抜け落ちたところで、俺は無言で長剣を大きく振り払った。

 ピシャッ……と、まるで弧を描くかのように長剣に付着した血液が大地へと振り落され、赤黒く汚れていた剣身もすっかり元の神々しい輝きを取り戻す。

 ……うむ。《十六夜兵装》ほどではないが、中々に良い武器だ。

 本当にいい拾い物をしたものだと思う。


(あれほど斬ったり刺したりしまくったのに、刃毀れどころか剣身に汚れすら付いてないしなぁ……試練迷宮を突破して手に入れただけはあったか……)


 実際に背後を振り返ってみれば、そこにはこの短時間で築き上げた屍の山がある。

 ――全部で六十六、いや……六十七だっけ?

 まぁ、とりあえず数えきれないほどぶっ殺したことだけは覚えている。

 ついでに、その前に殺した数も含めると軽く百は超えるし、昨日の軍隊を相手にした分も入れれば単位は余裕で数千にまで上るはずだ。

 一体どれほど殺せば気が済むんだって話なんだが……全て成り行きの上での結果なのだ、仕方ない。


 とにかく、(決して今言った全ての数に対して使用したというわけではないものの、それでも)普通はこれだけの数を斬れば刃も人の脂で脆くなったりするものなのに、この長剣は見事なまでにその品質を保っているのだ。

 正直、腰に抜き身のままぶら下げ続けるのは面倒に思っていたのだが……これならもうちょっとだけ我慢してもいいだろう。


「……」


 俺は白銀に輝く自己主張激しい長剣を、そっと腰のベルトの間に差し込んだ。




 ――――ゾワァァァン……(キ・カ・ン(我が君ーっ!)


 暫くすると、フォースが空間を震わせながら帰ってきた。

 向かってくる方角を見るに、それは丁度組合があるところからだ。

 ということは、つまり――――


(なるほど……理解した)


 何も言われずとも、俺は即座に察する。


(――あそこ(組合)か……)


 視線を、近づいてくるフォースよりも更に奥へと向ける。

 ……傍から見れば、そっと目を細めただけの変化。

 されど半年以上の付き合いは伊達じゃない。

 たったそれだけの小さな動きだけで、俺の考えを完璧に悟ったのだろう。

 急いで近づいて来ようとしていたフォースが、ゆっくりとその場に止まり……そうして余計なことは全て抜きに、率直かつ言葉少なに報告する。


 ――――ゾワァァン……(ク・ミ・ア・イ(組合にありました)


 果たして、それは俺の考えが正しかったということを裏付けするものであり、同時に次の目的地がハッキリと決まった瞬間であった。

 フッと短く息を吐き、両目を軽く閉じる。


「……行くぞ」


 そして、時間にして僅か一秒程度の後――俺はそう言って歩き出す。

 見据える先は、記憶上にある組合の位置。

 真っ直ぐに踏み出す足に迷いはなく……かくして俺は背後にフォースを伴い、鉄と血の匂いで充満した闇夜の中へと静かに溶け込んでいくのだった。



 ……。

 数十分後。


「――いたかっ!?」

「いや、こっちではまだ誰も目撃していない」

「くそッ、また(・・)外れか……こんな非常事態の時だってのに神敵め、どこに隠れてやがんだ!?」

「モンスターの大群が迫ってきてるってのに、余計なことをしでかしやがって……!」

「とにかく捜索の手を広げるしかない。住民の間でも目撃したら積極的に通報するよう呼びかけるんだっ!」


 ……。


「――伝令っ! 西の門よりモンスターの大群と接触っ! 現在、防衛部隊により足止めを行っているも時間の問題とのことっ! 付近の兵は急ぎ、住民の避難誘導をっ!」

「あぁっ!? 接触に足止め、それに避難誘導って……それじゃあ神敵はどうするっ!?」

「知るかっ! 誰も見てねーし、どうせここら辺にはいないんだろ!? だったら一先ず神敵の事は置いといて、俺たちは住民の避難誘導をするべきってことなんだろっ!」

「閣下が……閣下がいてくだされば、モンスターの大群も神敵もイチコロなのに……!」

「まったくだっ! 組合も俺たちに黙って勝手なことをしていなければ、今頃はこんなことにならず、もっと余裕が持てたろうによっ!」


 ドタバタ、ガヤガヤ。

 ……。


 複数の足音と共に、衛兵たちが慌ただしく街中を駆け巡っている。

 誰もが焦燥感を露わに、また余裕もない様子で怒鳴り合っていることから、どうやら相当ヤバい事態に陥っているらしい。

 そういえば道中でも数十人ほどの衛兵たちと出遭い、その度に容赦なく殺してきたが……その誰もが組合の連中とは違う意味で、どこか必死そうな様子だったと思い出す。

 ……まぁ、気配を広範囲に亘って探ってみれば、何やら現在この街へと数十万をも超えるモンスターらしき大群が実際に迫ってきているようだし、確かにこれは非常事態と言っちゃあ非常事態だ。

 そりゃあ誰であっても焦る。特にこの街を守る側の者からすれば、むしろ化物並みの精神力でない限り焦らない方が異常だろう。

 とはいえ――――


「…………」


 ――結局それらは全て奴らの都合だ。俺には関係ない。

 組合の中、赤黒く固まっている血溜まりを見下ろし、その中心に無造作に捨て置かれているリオネリアの遺体(首なし)へと黙祷を捧げながら俺は思う。

 例え現在の状況に必要な主力勢―――閣下……は誰か知らんが(嘘ではなく本当に知らない)、リオネリアの母親(趣味の悪い剣(聖剣デュランダル)装備済み)やその部下たちを始めとしたそれなりに街の防衛力と成り得る存在―――を俺がまとめて殺してしまっているとはいえ、それでも始まりは向こうからなのだ。

 こちらとしてはやられたから()り返しただけに過ぎず、言ってみれば現在の状況は奴らの自業自得にも等しい。……トップが無能で運が悪かったな。


(――さて……)


 そうして十分に黙祷を捧げ尽くした頃。

 伏せていた顔をゆっくりと上げた俺は、徐にリオネリアの遺体へと右手を向けると同時に『偽翼』の能力を発動させ、その遺体を周囲の血溜まりごと無数の銀刃で覆い被らせる。

 ――なんてことない。

 これから(・・・・)起きる事(・・・・)と、その少し後くらいに発生するであろうモンスターパニック(蹂躙劇)の事を考えれば、これも当然のことであった。

 というのも、いくら死体を埋葬することに意義を見い出せない俺であっても、流石に死した後にまでその身を脅かされるとあっては、見て見ぬ振りをして何もしないでいるというのも忍びないからな。


 ――――ゾワァァァン……(ク・ル(っ、我が君!)


「あぁ。――分かってる」


 ともあれ、そうこうしている内にどうやら次なる厄介事が早速とばかりにやって来たらしい。

 ……まぁ、とは言っても近づいてくる厄介事の気配はずっと掴んでいたし、だからこそこれ以上は無意味に傷つかないよう銀刃でリオネリアの死体を完全に覆い尽くしたわけで、別に今さら特別驚くようなことでも何でもないのだが。

 故に――食い気味に警告を発するフォースへと短くそう返し、俺は組合の出入り口がある背後をゆっくりと振り返った。

 果たして、そこには日中でも見た通り、今にも容易く崩れ落ちてしまいそうなほどボロボロに劣化した木造の扉があり――――。


「――組合……? お前の寄りたかった場所って、ここだったのか?」

「おいおい、今さらこんな所に何の用があるってんだよ? 最前線へと逝く前にどうしても寄ってみたいって言うから来たが……ここはこの街を今の状況まで悪化させた原因の一つだぜ?」

「確かに、お前がここ(組合)の会長サマに幼い頃から熱を上げていたのは知ってるが……なぁ? 最期に寄る場所がここって、お前は本当にそれでいいのかよ?」

「う、うるせーなっ! どうせ最後なんだし、いいだろ別にっ! そ、それにっ――もしかしたらまだ避難していない人がいるかもしれないだろっ!?」


「「「……」」」


「あー……はいはい、そうだね。もしかしたらいるかもしれないね、避難していない人」

「……一応、周辺住民の避難が完了したからこそ、こうして寄り道できてるんだけどな」

「しッ、言うな。あいつのあれはただの照れ隠しだ。その証拠に――見ろ、奴の顔を。耳まで真っ赤になってやがる」

「うわ、本当だ」

「見事なまでに真っ赤っかだねぇ」

「~~~っ! 全部聞こえてるんだけどっ!? そういうのは本人の耳に届かないところでやれよっ!」


 まったく……と、ブツブツと愚痴りながらも木造の扉に加わっていく圧力。

 ミシミシと軋む扉は、しかし徐々に出入り口の隙間を大きくしていく。

 そして今、組合の外部からやってきた者たちの手によって、ついに扉が開け放たれ――――


「――ん? 人……? まさか、避難できていなかったんじゃ――――」


 俺たちは邂逅する。

 互いの視線は交わり、即座に敵か味方かを吟味し合う。

 できれば、俺もリオネリアの墓標(銀刃製)の前で無駄な血を晒したくはない。

 穏便に済ませられるものなら、是非それで済ませたかった。

 だが――――


「いや……いやッ! 違うッ! あれは……あの姿はッ!」

「白髪……だが全身に纏った、見たこともない様式の黒衣に、腰から下げた白銀の剣……まさか、もしかしなくとも神敵かッ!?」

「なっ、神敵だとッ!? どうしてここに!?」

「知らんッ! けど緊急事態に変わりはないッ! 誰か、近くにいる部隊へと応援をッ!」


 どうやら、それは泡沫の夢よりも淡いものであったらしい。

 世界は常に俺の期待を裏切り、最悪の想定だけを実現してくれる。


(――あぁ、そうか)


 今回も、やはりダメだったか。

 世界はどこまでも、俺の邪魔しかしてくれなかった。

 期待は、するだけ無駄なのだろう。

 ならば……もう、いいか。

 無駄な期待は――もう、二度とするまい。

 世界だろうと、邪魔をするのなら尽く滅ぼしてくれる。

 今まで通り、相手が何だろうと力ずくで道を切り拓くのみ。

 きっとそれが、一番だ。

 だから――――



「――“顕現せよ、『第二兵装:我喰(ガクウ)』”。そして全ての敵を――――“喰い尽くせ”」



 躊躇もなく、容赦もなく。

 おまけに後先の事を考えることもなく、俺はついに禁断の技を解き放つ。

 かくして虚空より現出せし巨剣は、まるで辺り一帯の全てを照らすかのように白く、白く光り輝き出し……やがてそれは、文字通り全てを呑み込んでいくのであった。




 ……。

 後に、人々はこう語り継ぐことになる。

 ヴィーランが一夜にして滅んだのは、地上に滅びの太陽が降臨したからだ――と。

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