031.閑話 『揺れる神界』
――マズったな……。
目の前の光景を見て、神界序列第四位――『力』を司る神デクスオーロは知らず知らずの内に、たらりと一筋の冷や汗を掻く。
彼が見つめる先には、一人の女がいた。
……いや、この場合は“一柱の女神がいた”と言うべきか。
勿論それは比喩的な表現ではなく、実際に存在している女神を対象として言い表している。
で、その女神というのが――――
「――あんのクソ異世界人風情めがッ……! ……ブッ殺す、ブッ殺す……! 次に会った時には絶ッ対にこの手でブッ殺してやるッ……!!」
このヒステリックに叫び回る女――即ち神界序列第三位の、『享楽』と『美』と『栄光』を司る女神シェルミールなのである!
この女、元々性格が悪いことで有名な上に、少しでも機嫌を損ねるとまるで子供のような大人げない行動をすぐに起こすことで神界内では広く知られており……しかも序列が第三位と、持っている力が他の神と比べても意味不明なくらい強力であるが故に、もう本当に他の神からすると迷惑極まりない存在でしかないのだ。
そして問題は、そんなただでさえ面倒くさいこと極まりない女神が、現在、これまでに類を見ないほどのヒステリーを他の神々もいる中で起こしていることにあった。
下位の神々が戦々恐々とビビりまくるのは勿論のこと、デクスオーロを含めた上位の神々も否応なく緊張した空気に呑み込まれてしまっている。
とはいえ同じ緊迫した空気の中にはいるものの、『力』を司る神デクスオーロは他の神々と比べて少し違う理由で緊張していた。
(マズったな……やっぱりこれって、俺も原因の一つだよなぁ?)
シェルミールが目の敵にしている異世界人。
そいつを始末するどころか逆に超強化までしてしまい、その結果として最近なんかはシェルミールの加護を強く受けている聖騎士(女神のお気に入り)の一人を、これまた軽くぶち殺してしまったという。
幸いにして、シェルミール本人には異世界人の強化理由が自身の迷宮によるものだと気づかれてはいないが……うん、やっぱりこの状況は自分が原因だな。
改めて考えてみて、デクスオーロはすぐに思う。
だとすると、この事は絶対に他の神々にも知られてはならない。
なんせ他の神々にこの事を知られては、この状況の責任云々やシェルミールのヒステリーを強制的に一人で受けざるを得なくなってしまうからだ。
軽く想像し、絶望する。嫌だ、あんなヒステリー女を一人で受け持つなんて嫌すぎる。
デクスオーロは再び大量の冷や汗を掻きつつ、だからこそ絶対に他の神々へと知られないよう気をつけねば……と、そう深く心に誓った。
だが、こんな時に限ってにこやかな笑みを浮かべて近づいてくる奴が一人。
咄嗟に近づいてくる奴の顔を確認したデクスオーロが、思わずといった感じで苦々しい表情を出してしまったのも無理はないだろう。
何故なら、その相手は――――
「やぁ、デクスオーロ。シェルミールの奴ってば、これまたすごく荒れてるね~。……何か知ってるかい?」
――神界序列第二位、『生命』と『秩序』と『愛』を司る神エルスイード。
目下、シェルミールが最も対抗心を燃やしている相手であり……柔和な表情に反して腹の中は真っ黒な謀略家という、一言でまとめるとデクスオーロが最も苦手とするタイプの存在である。
さて、ではそんな奴がどうしてこのタイミングで近づいてくるのだろうか。
……答えは簡単だ。
デクスオーロが隠し通そうとしていた事実……つまりは現在の状況を引き起こした原因の一つに、自分が関わっていたことを見抜いたからに他ならないためであろう。
そもそも短く問いかけてきた言葉自体が、既に確信を纏った口調だったのだ。十中八九、奴にはバレていると言っていい。
(くそっ……これだから、こいつは好きになれねェんだ)
だけど結局、意地を張ってまで隠し通す気にまではなれず、デクスオーロは渋々とだがエルスイードに事情を話すことにした。
暇つぶしに自信が作った試練迷宮の一つを見ていたら、シェルミールが目の敵にする件の異世界人が迷い込んでいたこと。
一目見た時から、実は密かに内心では戦ってみたいと思っていたこと。
故にシェルミールの目もない迷宮内のことだし、ついでだから強くなれるところまで強くしてやろうと思ってしまったこと。
その結果として自らが創った傑作の一つである超・巨竜神へと無茶な強化を重ねまくり、そうして最終的にはシェルミールの分体程度なら楽に倒せるほどの強化を施して異世界人へと当たらせ、それすらも超越させてしまったこと。
つまり現在の状況は、そんなある種のインフレーションとも言うべき超強化を果たしてしまった異世界人が試練迷宮から脱し、そのままの勢いでシェルミールの直接的影響下にあるヴァリエーレ聖王国内へと侵入……と同時に、女神のお気に入りの聖騎士三人の中の一人及びその他大勢の信者たちをまとめて虐殺してしまったことで、生まれた状況であるということ。
――と、デクスオーロはこれまでのこと全てを語っていったのであった。
「――なるほどね~」
やがて、最後まで静かに話を聞き終えたエルスイードは一つ頷くと、何やら納得したように呟く。
「ここ暫くは落ち着いてたはずなのに、急にああなりだしたのはそういうことか~」
それを聞き、デクスオーロは思い出す。
半年と少し前、彼とエルスイードを始めとした神界上位の有志達は、異世界人の攻撃によって滅されそうになっていたシェルミール―――と言っても本人ではなく、実は滅されても問題のない分体であったのだが―――をギリギリのタイミングであるものの、無事に消滅の危機から救出した事があった。
ここで疑問なのは、滅されても問題のない分体をどうして他の神々が無理してまで救出しに(それも部下やシェルミールのような分体を使わずに自らの本体そのもので)向かったのか、ということだろう。
――その理由は、至極単純。
例え分体であっても、滅されたとあってはシェルミールがヒステリーを起こしまくること間違いなしと、救出に向かった神々にはあっさりと予想できてしまったからだ。
彼の女神の面倒くささと、嫌でもかけられる迷惑の大きさを十分に理解している神々には、元より後の結果が分かっていて放置するということなどできようはずもなかったのである。
とはいえ、しかし……そうして苦労してまでシェルミールの分体を救出しても、結果が全て望む方向にいくほど世の中は甘くない。
何故ならシェルミールは、自身の分体が無事でも本人の気が済まないようで……具体的には異世界人から滅されそうになってしまったという事実そのものを許せないらしく、その結果として誰も望んでいないヒステリーを止める暇もなく一瞬で爆発させやがったのである。
――せっかく苦労してまで助けたのに。
――たかが神の数パーセントほどの力しかない分体ごときを、自分たち神が本体の危険を冒してまでして助けてやったのに。
――その感謝もしないで、あまつさえ一番してほしくなかったヒステリーを起こすとは!
――マジで、何のために自分たちはあんなことをしたのか……!
(……ハァ……)
……自分で思い出しといてなんだが、シェルミールって奴は本当に面倒くさい女だ。
そこでデクスオーロは何気なく目の前にいるエルスイードと目を合わせ、互いにほぼ同じタイミングで溜息を吐く。
どうやら考えていることは、両者ともに同じらしい。
こいつとも本来なら性格から人格までの何もかもが相容れないため、顔を見合わせるのも嫌になるほど仲が悪いはずなのだが……ことシェルミールの件に限っては、どうも自然と協力し合ってしまうようだ。
無意識的に、どちらの方が面倒なのかを理解できてしまうのだろう。
どんだけ面倒な存在なんだよ、シェルミール。
ともあれ――そんなただでさえ面倒なシェルミールの更に面倒でしかないヒステリーが一時的とはいえ止み始めたのは、彼女の敵である異世界人が姿を消して暫くしてからの事だった。
これは時期的に、丁度異世界人がデクスオーロの試練迷宮――『千の凶悪』の攻略へと乗り出していた時に重なる。
勿論、この事は先ほど暴露してしまったエルスイードを除けば、試練迷宮の管理者であるデクスオーロしか知らない事実だ。
もし他の神に知られたら、きっと感謝されることだろう。
――最初の半年間だけは。
何故ならその後、僅か半年でデクスオーロの試練迷宮は攻略されてしまうこととなる。
無論、これを攻略したのはシェルミールが目の敵にしている異世界人であり、その結果どうなるのかと言うと――ヒステリーの再発である。
これだけで、さっきまで存在していた感謝は撤回され、逆に責めまくられることとなるだろう。
……ん?
デクスオーロは神界序列が四位で上位だから、下位の神から責められても問題ないだろうって?
……なるほど、確かに関係ないだろう。――その話が、本当に下位の神々だけで済むのなら。
大勢の神から責められれば、それは当然のことながら他の上位の神たちの耳にも届くというもの。
つまるところ、もっと分かりやすく言えば……神界序列第三位の、例えヒステリー中のシェルミールの耳であっても普通に届いてしまうであろうということでもあるのだ!
で、そうなった結果がどうなるのかというと……考えるまでもない。
それは――シェルミールのヒステリーを一身に受けなくてはならないということであった。
なんせ、デクスオーロはただで異世界人を試練迷宮の中に封じ込めたわけではないからだ。
封じ込めた半年間、彼は出来うる限りの強化を異世界人に施し……そうして試練迷宮から解放された直後に、まるでその成果を見せつけるが如くシェルミールのお気に入りである三人の聖騎士の中の一人をブッ殺してしまったのである。
……聞き方次第によっては、まるでデクスオーロがシェルミールに喧嘩を売っているようにも受け取れてしまうことだろう。
そして当たり前だが、例えこの事実を知らずともシェルミールがこれで激怒しないはずがなかった。
要するにこうしてデクスオーロが気まぐれで始めてしまったおバカなミスのせいで、凡そ半年ぶりの潜伏期間を経て誰もが安心しきった頃(つまり現在)に、彼女のヒステリーは以前のものよりも更に酷い大爆発を起こすこととなったのである。
(結論――全部、俺が悪い)
デクスオーロは、深く反省した。
切っ掛けは些細な事だったんだ。
本当に、ただ強い奴と戦いたかっただけなんだよ。
誰にともなくデクスオーロは言い訳を始める。
いや……目の前で彼を冷めた目つきで見てくるエルスイードがいたため、或いは彼に向かって言い訳をしていたのかもしれない。
だがきっと、恐らくそんな言い訳も奴には普通に伝わってしまっていることだろう。
なんせデクスオーロは、これまでに隠そうと思っていたことを何度となく目の前のエルスイードに軽く見抜かれてきてしまっているのだ。
今回も、見抜かれないわけがない。
そして現に、エルスイードは冷めた目つきのままデクスオーロに問いかけてきた。
「――で、どうするつもり?」
――ほとんど君が蒔いた種なんだ。自分でどうにかしなよ~? と。
暗にそう言われているのをデクスオーロも理解する。
しかし当然のことだが、そんなことを言われてもデクスオーロにはどうしようもないのだ。
戦闘における直感とかなら大得意だが、日常における問題の解決法などが彼に分かるはずもなかった。
となると……どうなるか。
「ふふふ……」
いっそ気持ちが悪いくらいに、ニコニコとエルスイードは笑う。
腹黒である奴が得意とする表情だ。
それを見て、嫌な予感がデクスオーロの中に生まれる。
……さて、こいつは何を要求するつもりだ?
身体は自然と身構え始め、エルスイードを見つめる目つきも徐々に鋭いものへと変化していく。
(いくらシェルミールが面倒であろうと、それでも神としての誇りを捨てたわけではない)
『だから場合によっては、シェルミールに今回の一件がバレても問題じゃない。今の神界がただの仲良しこよしの一団ではないことなど、この俺でも分かっているのだ。お前が敵対の意志を示すのなら、こちらもそれ相応の態度を取るまで』――と。
正しく現在の陰での争いが絶えない神界の一部を現したかのような、剣呑な雰囲気が形成されていく中。
けれどその時――、ふっ……とエルスイードはデクスオーロから目を逸らした。
「ふぅ、参った参った。よく考えてみればシェルミールに関しては私にも多少の責任はあると言えるし、彼女の分体を救出した後の事を思えば、これくらいの荒れっぷりは予想して、その上で対策しておいておくべきだったよ。……ま、私のミスだね~」
ミスは何とかして取り返さないと~、と。
最後にちらりとデクスオーロの方を見ながら、エルスイードは口にする。
……どう考えても、それは遠回しにデクスオーロ自身を批判しているようにしか聞こえない。
というか実際に、エルスイードはそういうつもりで言ったのであろう。
何故なら奴はそういう男だからだ。
ぐぬぬ、と悔しさのあまり思わず歯を噛み締めるものの、しかし言い返すことができずにその遠回しな批判をただただ無言で受け入れるしかないデクスオーロ。屈辱だ。これは屈辱でしかない。
ともあれエルスイードは、そんな彼の様子を一瞥すると今度こそ「ふふっ」と爽やかに……あくまでも爽やかに一度だけ微笑んで、そうして「勝ち誇ってんじゃねぇよッ!」と軽くキレかけるデクスオーロを後目に、ついには虚空を見ながらブツブツと呪詛のようなものまで吐き出し始めたシェルミールの方へと足を進めていった。
果たして――――
「――やぁ、シェルミール。気分はどうだい?」
「……エルスイード……あんた、これで気分が良いとでも見えるわけ? だとしたら随分と節穴な目ね。抉り取ってみたらどうかしら」
「おや、これはまた痛烈な言葉だね~」
「……ふんっ。……こっちはあんたに構ってる暇なんてないの。消えて」
軽い口調と共に、いつも通りのニコニコとした笑顔を浮かべながら近づくエルスイードだったが、残念ながらシェルミールには取り付く島もない。
直前まで発狂したかのように荒れていたせいと、それを抜きにしても序列二位という自身より上位であるが故に、普通に嫌われていたことが原因であろう。
正しく自分勝手で、序列の上位にのみ強いこだわりを見せるシェルミールらしい理由である。
だが、その程度のことは既にエルスイードも把握しているのだ。
正直に言って、ここまではただの挨拶。
彼女の意識をこちらへ向けさせるには、この程度じゃダメだということも彼は当然のように知っているし、逆に言えばどうすれば良いのかも知っている。
であるからこそ、エルスイードはシェルミールの意識がこちらへと向くための言葉を躊躇なく口にするのだった。
「異世界人に君の信者たちを好き勝手させたままで良いのかい?」
「……っ……どういう、意味よ……?」
「別に? ただ……神である君が、信者たちが異世界人にいい様にやられているにも関わらず何の手出しもしないのだから、これじゃあ相手にも舐められっぱなしになっちゃうんじゃないかな~って」
「……くっ……」
「だから少し聞いてみたんだよ。“本当にこのまま何もしなくていいのか?”……ってさ」
「……」
無言。
シェルミールは何も答えない。
けれど、それは決して無関心からの無言ではなかった。
むしろ始めの無関心だった時と違って、その沈黙はエルスイードの話をきちんと聞き始めたがために生まれた思考の時間であり、言い換えれば彼の巧みな話術に引き込まれていた証拠でもあったのだ。
故に、それから一時間後――――
「――そうよね! やっぱりこの私が何もせず、ただ異世界人の行動を監視するなんてありえないわよね!」
ヒステリックな叫びはどこへやら、シェルミールはすっかり元の自信過剰で傲慢すぎる性格に戻っていた。
……これもこれで面倒と言えば面倒な性格であるが、それでもヒステリーな状態よりは一億倍マシと言えよう。
なんせ、ヒステリックな時とは違って話がきちんと通じるのだから。
ともあれ結果だけ見れば、エルスイードはたったの一時間だけで半年以上も荒れ続けていたはずのシェルミールの心を元通りにして見せたのである。
しかも特別なことは一切せず、ただの話術のみでこれを成し遂げたのだ。……傍からずっとそれを眺めていたデクスオーロにしてみても、その光景にはただただ戦慄するしかない。
「神敵には想像を絶するほどの罰を! 私の敵には地獄の責め苦にも劣らないほど残虐な死を! ――さぁ、改めてぶっ殺してくれてやるわよ! あの異世界人風情めがッ!」
「ははッ、流石はシェルミール! その調子、その調子~!」
吠えるシェルミールに、絶妙なタイミングで合いの手を入れることで、彼女の気分を効果的に盛り上げていくエルスイード。
彼らの話は恐ろしいほど順調に進んでいき――そうしてついにそれも佳境を迎えることとなった。
「――さて、そんなわけで色々とやる気になってくれた君へと、私の方から一つ耳寄りな情報があるんだけど……」
あくまでも自然体、あくまでも相手に警戒心を抱かせない口調と態度のまま、エルスイードはシェルミールにそう語り掛けつつ……不意に虚空へと何かの映像を映し出したのである。
「ん? 何これ? 私の信者じゃない」
果たして、それを見た彼女は即座に反応した。
そう――エルスイードによって虚空へと投影された映像には、紛れもなく彼女の信者の姿が映り込まれていたのだ。
それもただの信者の映像ではなく、割と過激な……もっと具体的に言ってみれば、丁度シェルミールに向けて生贄の儀式を捧げていたシーンだったのである。
当然、その光景を見たシェルミールは悍ましさのあまり顔を顰め―――るなんてこともなく、むしろ嬉々としてその映像に食いつく。
好きか嫌いかで言えば、好きだったからだ。そのような残虐な光景を見ることや生み出すことが、彼女にとっては大好きな趣味の一つと軽く言えてしまう。
なのでその光景をエルスイードから唐突に見せつけられても、シェルミールは文句の一つも言わず、逆に彼が続きとして何を言わんとしているのか期待すらしてしまっていた。
「それで? 私の信者がどうかしたというの?」
楽し気に、首を傾げて問うシェルミールに、エルスイードもあのニコニコとした笑みを浮かべて短く答える。
『神敵討伐の誓いらしいよ?』――と。
「……!!」
――シェルミール、喜色満面。
最早それ以外の言葉が見当たらないほど、彼の言葉を聞いた彼女は表情と態度を一変させていた。
かくして――――
『――例えこの身の四肢が切り裂かれ、心の臓が朽ち果てようとも……私は必ず彼の“黒の神敵”を討つと、ここに誓いましょう!』
「その言葉、しかと聞き届けたわ」
『こ、この声……まさかシェルミール様っ!?』
エルスイードにより異世界人を今度こそぶっ殺してやろうと決意しなおしたシェルミールと、そんな丁度いいタイミングで神敵討伐の誓いを祈りに来た信者は、まるで運命によって導かれたかのようにコンタクトを取り始める。
神は信者に加護を。
信者は神に誓いを。
両者の思いは、その時――神敵である異世界人の討伐で合致し、そうして相乗効果で盛り上がりに盛り上がることとなるのであった。
……。
…………。
「…………」
――神界序列第二位、『生命』と『秩序』と『愛』を司る神エルスイード。
神として保有する力、信者の数と……どれを取っても十二の神の中でもトップクラスであるのだが、真に恐るべきは彼の他者の心理ですら思いのままに操れてしまう話術にあるのかもしれない。
上機嫌なシェルミールとニコニコ笑顔で会話するエルスイードを見て、デクスオーロはそう思う。
(……やはりコイツは危険だな……)
ヒステリーの暴威は過ぎ去り、周囲にいる神々から明らかにホッとした雰囲気が伝わってくる中、唯一デクスオーロだけが未だ緊張感に包まれていた。
恐らくそんな彼の内心も、エルスイードからしたら手に取るように理解できてしまっていることであろう。
だが、この際それはもう仕方がないのかもしれない。
デクスオーロは、思い切ってそう諦める。
そもそも彼はエルスイードとは違って、策謀を巡らしたり頭で深く考え込んだりするタイプなんかではないのだ。
筋肉上等、脳筋万歳。
今回の一連の事件が起こる原因の一端となった、異世界人の超強化についても、ただ単純に強い奴と戦いたい、強くなりそうだったから強くした、結果的に想像以上に強くなってしまっただけであり、別に何か難しいことや深いことを考えて実行したことでもないのである。
だからこそ、デクスオーロはこの時を以って、己の方向性を改めて決定づけることにした。
即ち――己の直観と信念を何よりも信じていく、ということを!
「……ふぅ……」
――深く考えない。
そう思っただけで、何だかとても身体が軽くなった気がする。
ちらりと虚空を見上げ、そこで見た何かから目を逸らすように、デクスオーロは不意に顔ごと横へと向かせつつ短く息を吐いた。
そして――――
「……」
スタスタ、と。
無言で、早足にその場から立ち去ろうと動き出す。
エルスイードもそんな彼の動きが目に入ったのだが、幸いにして大した疑問と思われなかったようだ。
……良かった。変に疑問と思わず、本当に良かった。
そうして、やがて誰もいない場所までやってきたデクスオーロは、ようやく全身の緊張感を解すように脱力する。
「……ハァァァ…………それにしても、あいつらまだ気づいてないのかね……」
再び、ちらりと虚空に視線を送ってみた。
そこにあったのは、人間界を観察する虚空の鏡。
先ほどエルスイードも行っていたことだが、これは大抵の神にはできるもので……しかし単に観察するだけのものであるため、だからこそ多くの神々も滅多に使用しないものなのである。
ただ……問題は偶然それを開き、偶然そこへ映し出されてしまった光景についてであろう。
「……あー、マズったな。これは」
三度となるそのセリフを呟き、それを見る。
シェルミールの国であるヴァリエーレ聖王国西部に広がる終焉の森から、わらわらと蟻のように湧き出る大量のモンスターの姿。
鬼や竜、動物系、鳥系といった大小様々なモンスターが、シェルミールの国を目がけて大進行を繰り広げていたのだ。
出所は……正直、考えるまでもない。
デクスオーロの試練迷宮『千の凶悪』以外の何でもないだろう。
しかし何が原因で、こうなっているのかが分からなかった。
心当たりとしては異世界人が無理やり、強力なエネルギー波で迷宮に穴を開けて突破したことくらいしかないのだが……もしかして、それが原因で何かしらの不具合が発生したのだろうか。
……少なくとも、他の原因を考えるよりも高そうな可能性だ。
(まぁ……いいや。どうせなら、とことん異世界人のせいにしてしまおう。モンスターの進行方向からして、どう考えてもシェルミールの国に被害が出てしまうだろうけど……それも異世界人のせいでいいか。
聞けば現在、あの異世界人は丁度シェルミールの国で暴れ回っているようだし……この際だから全部擦り付けちゃっても問題ないよな!)
結局、デクスオーロはそういうことにした。




