024.路地裏の悪夢は少女を喰らう
今回の話は第三者視点です。
※注:今回の話ではヒロインっぽい存在が出てきますが、ヒロインの予定はありません。むしろ……
少女――リオネリアは自身に迫ったその危機に、思わず大声で悲鳴を上げていた。
「きゃあああぁぁぁぁああ……ッ!」
目の前からは、今まさに醜悪な顔をより気持ち悪く歪ませた一人の男がゆっくりと迫り来ているところだった。
背後を振り返っても到底乗り越えられないような壁があり、また左右も狭い路地であるがために逃げ場はない。
――退路は既に断たれてしまっているのだ。
どう考えても絶望的すぎる状況である。
故に、リオネリアも形振り構わず大声で助けを求めたのだが――――
「――デュフフフフフフっ! そんな大声を出しても無駄でふ。この辺りに騎士や衛兵が来ないことはもう確認してありまふ。だから助けなんて期待しない方がいいでふよ」
迫る醜悪な男は、ニチャリとした下品な笑みと共にそれを一蹴する。
リオネリアも同時に、男の言葉を聞いて信じられないとばかりに絶望的な表情へと変わった顔を上げ……――しかしすぐに目の前の男から、割と反射的な動きでサッと顔を背けて押し黙った。
何と言うか……醜さとしては彼らの支配者たる聖騎士グレゴリオと同等レベルのものなのだが、やはり滲み出る品格の違いがあまりにも大きいせいか、目の前の豚男はどうしてもグレゴリオ以上に生理的嫌悪感を覚えてしまうのだ。
それも――あまりにも気持ち悪すぎて一般人からすれば直視することは愚か、まともに見ることすらできないほどである。
リオネリアがそのまま喉元まで込み上げてきたナニカを止めようと、つい口元を手で抑え込んでしまったのも無理はない。
(うっ……吐きそう……)
……っていうか、わざわざ表現までボカしたのにリオネリアってばそれを無駄にするし。
恐らくこれまで感じ続けていた絶望的な恐怖も、彼女は既に忘れているのだろう。
全く……シリアスな雰囲気がぶち壊しだ。
「……ん? 何を黙りこくっているんでふか? 何か言ったらどうなんでふ?」
「い、いえ……別に」
とはいえ、それでも恐怖が完全に消え去ったわけではない。
吐き気が収まった頃には、すっかり元の冷静さを取り戻してしまったリオネリア。
けれど同時に、そのせいで忘れていたはずの恐怖も再び蘇ってきてしまったのである。
……最早リオネリアには、有りもしない逃げ道を探そうと周囲に視線を彷徨わせ始めることしかできなかった。
(どうしよう、これ。本当にどうしたらいいんだろう……?)
絶望のあまりに歯をカチカチと鳴らし、必死に打開策を考えようとする。
だが、状況そのものがもう完全に詰みなのだ。
今更リオネリアがどうこうしようたって意味はない。
全てが無駄な足掻きでしかなかったのである。
故に――それを敏感にも察することのできた豚男は、増々気持ち悪さの度合いが深まったニチャッとした笑みを全力で興奮した顔に浮かべて……更なる絶望へ誘おうと真相の暴露を始めるのだった。
「デュフっ……デュフフフフフフっ! やっぱり絶望に浸る少女の姿は何度見ても最高でふ! それも昔から目をつけてきた少女の……何より数々の罠に嵌めて追いつめた末に見られるその顔は、今までに見てきた他の少女たちよりも格別なものでふね~。
――あ、気づいたでふか? そう! キミが今こうしてここにいるのも、全てがボクちんの仕組んだことによる結果なのでふよっ! さぁ……理解したのなら、もっとボクちんに絶望したその顔を見せて楽しませるのでふっ! 何て言ったってボクちんが長々と待ちわびてきた念願の瞬間でふからね~、デュフフフフフフっ!」
大量の臭い唾が口を開ける度に飛び散ってくる。
が、リオネリアはそれどころではない。
いや……正確にはそんな汚い唾でさえ軽く無視してしまうほど、今の彼女には余裕がなかったのだ。
それもこれも全ては豚男の話を聞き、事の次第を完璧に理解してしまったせいであった。
(罠……そっか、罠だったんだ。道理でここまで逃げる最中、わたしがどれだけ助けを呼んでもダメだったわけだ……同じこの地元生まれで地元育ちの生粋の地元民、更には顔見知りで知り合い関係とも言える間柄だったはずなのに、なぁ……)
重く圧し掛かる絶望。
リオネリアは逃亡途中の記憶を思い出す。
……確かにその時、彼女と顔見知りだったはずの地元民たちは揃って知らない振りをしていた。
彼女がいくら助けを求めても、そしてどれだけ喉が張り裂けてしまいそうになるほどの救援の声を上げても……周囲にいる人たちはいっそ不自然なほどまでに目を逸らし、その救いを求める手を拒絶したのである。
やられた当時もそれなりの絶望感を味わったものだが、しかしそれ以上に追われているという意識と焦りが強かったためか、どちらかと言えば追い詰められた後であり冷静となった今になって味わう絶望感の方が半端ない。
つまり――現在、リオネリアは自身の思考の中で延々と繰り返される絶望のオンパレードに、心の底から参ってしまっていたのだった。
(味方、かぁ……こういうピンチな時こそ、わたしだけの王子さまが現れてくれると昔だったら信じていたけど……ふふっ、流石は現実。わたしを助けてくれる王子さまなんて当然のようにいないし、信じていたはずの味方も実は最初から存在していなかったなんてね……。
あ~ぁ、現実って……なんて厳しいんだろう)
頬から一粒の涙がポロリ、と零れ落ちる。
フ……と自嘲気な笑みを浮かべたリオネリアは、そのまま零れ落ちた涙の軌跡を追うようにして視線を動かし、ついには顔ごと隠すように地面へと俯かせてしまう。
(思えば……わたしの人生って、結構不幸だったなぁ)
そして、そこで何故か唐突に始まる回想。
これから捕えた獲物をどう料理しようか……と目の前でニヤニヤ嗤う豚男の姿に、どうやら彼女は早くも自身の未来ある(?)人生を諦めたらしい。
とはいえ、リオネリアが早々にそのような考えへと至ってしまうのも、彼女のこれまでの生い立ちからしてみればある意味仕方のないことであろう。
なぜならば、彼女は……――――
……
…………
リオネリア。
貴族ではなく平民のため、姓はない。
されど、ここヴィーランという街の中においてはある種の市長的な家柄の……加えて現在の最高権力者(グレゴリオとその他の一部の貴族を除く)の娘として生まれたため、生まれながらのエリート候補と言えよう。
故に彼女が生まれた時は、誰もが彼女にヴィーランを率いる存在としての期待を多く寄せていた。
それも、その期待は街で暮らす平民たちの間だけに収まらず、一時期は街の外をも含めた数多くの貴族たちの間にまで広まっていたほどだ。
が、彼女の人生の絶頂期は幼少期に差し掛かると同時、あっさりと終焉を迎え入れてしまった。
――――致命的な欠陥が、見つかったのである。
それは……ヴァリエーレ聖王国民として、存在してはならない欠陥。
一歩間違えれば神敵とまでは行かなくても、少なくとも異端認定は軽くされてしまうほどの欠陥。
例え王族や貴族であろうとその欠陥が見つかってしまえば、最早表舞台へ立つことは永遠にありえない。
それほどの欠陥が、齢四歳を迎えるリオネリアに存在していることが解ってしまったのだ。
……となると、後の展開としては誰もが容易に予想できることだろう。
リオネリアはこうして約束されたエリート街道から一転、社会における最底辺の人種――家からは追い出されなかったとはいえ、事実上の家族の奴隷としての生活を余儀なくされたのである。
だが幸か不幸か、彼女は生まれながらにして誰よりも強い善性を持っていた。
凡そ人間らしさの欠片もない生活環境下であろうと、そして何より常に人の悪意というものに曝されていようとも、彼女は決して笑顔を失うことなく苛酷な幼少期を生き抜いてきたのである。
故に、それらの幼女時代を通してリオネリアはいつしかこう思うようになった。
――人は、信じ続ける限り必ず救われる時が来るのだ、と。
絶望に遭遇することはあっても、結果的に自力で切り抜けることができた彼女は本気でそう思っていたのである。
とはいえ当然の事ながら、全部が全部彼女の言うように自力で切り抜けてきたわけでもない。
彼女以外の街の人に異端を差別する気持ちや蔑む感情はあれど、別に幼女を甚振る変態性までは(一部を除いて)持ち合わせていなかったというだけの話である。
要するに――幼女という見た目や年齢にリオネリアは救われてきた、ということなのだ。
……無論、まだまだ幼かった彼女にはそのような隠された裏の事情など分かるはずもなかったが。
ともかく、そうした事情もあってリオネリアは無知のまま成長していく。
途中、辛いことや悲しいことは勿論あったが、それさえも全ては今の幸福を維持するために必要な事なのだと信じて、彼女は一度たりとも省みることなく苛酷な人生の道を歩み続けてきたのである。
だけど、それ故に……
成長してもなお無知であり続けたが故に、リオネリアの精神が酷く脆いモノと化してしまったこともまた――決して揺るぎようのない事実であった。
そして――――
――――だからこそ、彼女がソレを知ってしまった時に受けることとなるであろう衝撃も、凡そ計り知ることのできないほどのものとなる。
果たして、それはリオネリアが年齢的に少女と呼べる段階となった頃。
一般的な少年少女が思春期に入り、或いはそこで所謂中二病というものを発症させたりするように、彼女も彼ら普通の少年少女たちと同様にある時、ふと唐突に気づいたのだ。
――あれ? わたしって……もしかしなくてもかなり不幸なんじゃないのか、と。
思えば、これまで幾ら自分から他の人たちへと笑顔で挨拶しようと普通に無視されてしまうのも……
幼少の頃より同年代のグループに混ざることは愚か近づくことさえさせてくれなかったのも……
ただの買い物なのに泥棒のように思われたり、挙句の果てには店そのものから何もしていないのに怪しいって理由だけで出禁をくらったりするのも……
ましてや母親や兄からは奴隷のように扱き使われる一方で、一度も自身の名前を呼ばれたことがない事も……凡そ、その全てがどう贔屓目に見ても幸福とは言い難い。
どころか、まず間違いなくそれは“不幸”としか言いようがなかった。
そう思うと、リオネリアはまるで心が空っぽになったかのように思わず愕然としてしまう。
なんせこれまで自身が信じ続けていたモノの根底を、思春期による些細な閃きだけで完全にぶち壊してしまったのだ。
最早そのあまりの衝撃に、それこそ絶望によって自壊してしまったとしても仕方がないだろう。
が、しかし――幸いにして、結果的にリオネリアが絶望のせいで自壊することはなかった。
それもこれも、全ては幼少期の頃より自分を手助けしてくれていた数人ほどの街の人たちの存在のお陰であろう。
何より、その彼らから相も変わらず関係を打ち切られることなく交流を続けさせて貰えていたがために……彼女も完全なる絶望へと陥ることなく、その後は多大なるショックに打ちひしがれながらも何とか立ち直れる程度まで回復することができたのである。
ともあれ、こうしてリオネリアは今回の事を通して、ようやく自身の信念とも言うべきモノを改めて掴み取ることができたわけだ。
――人は、決して信じるだけでは救われず、更には独りであってもいけない。
――救われるためには、何より絶対に他者との繋がりがなくてはいけないのだ、という事を……
彼女は己自身の身を以って、こうした何でもない日常のふとした瞬間に理解したのである。
……なので一応言っておくが、当然のことながらこれはリオネリアにとって終わりの瞬間などではない。
言うなればこれは彼女の人生におけるただの大きな挫折の一つであり……従ってまだ立ち上がって前に進み直すことのできるチャンスでしかないのだ!
故に――――リオネリアは再び歩き出す。
己の中で新たに生まれた確固たる信念を胸に、ある意味で生まれ変わったと言える彼女――新生リオネリアは今度こそ失敗しないようにと、そうして改めて苛酷な人生の道へと足を踏み出していく。
……彼女の気分は正しく、エンディングを迎え、未来に向けて希望を抱く主人公(打ち切り)といったところだろう。
要するに――――
――リオネリアの戦いはこれからだ!
……。
…………。
………………。
ま、でもその二年後――つまり今日、この時。
そんな彼女を形成する信念や生きる希望、そして夢にまで見ていたはずの明るい未来といったものの尽くが、これまで信じ続けていた人たちが普通に裏切っちゃってくれたせいで、たった今、あっさりと潰えちゃったんだけどね。
…………
……
――――そうして舞台は走馬灯の様な回想から、ついに現実へと巻き戻る。
(ハァ……“生きる”って、本当に辛いなぁ)
脳裏にフラッシュバックした過去の記憶に、リオネリアは堪らず諦めに満ちた溜息を吐いてしまう。
目の前には相変わらず醜悪な豚男がいて、彼女を嘗め回すように見てきている……が、何だかリオネリアはそれすらも別にどうでもよくなってきた。
状況からして完全に逃げ場がなく、更には改めて自身には生涯を通して味方が存在しないのだと思い知ってしまったのだ。
こうなるともう、流石にリオネリアも絶望ばかりしてはいられない。
……というより、だからこそ一周回って彼女は絶望以上に諦めを覚えてしまい、結果として今まで流し続けていたはずの涙でさえも瞬時に枯らし、こうして空虚な笑みを顔に浮かべるだけとなってしまっているわけなのだが。
「……ハハハ……」
ともあれ、そんなわけで全てを諦めきったリオネリアは、仕方なく空虚な声で生気の欠片もないままに笑い出す。
開き切った目の瞳孔が実に不気味だ。
流石、絶望を通り越して諦観しきった者の迫力だけはある。
だが……残念ながら、そんな彼女の態度が気に入らない者がいた。
――言わずもがな目の前に立つ醜悪な豚男こと、リオネリアを何重もの罠へと嵌めることで執拗に追いつめた最低最悪の汚物である。
「ん~? これは、これは……どうやら絶望を通り越して、既に自分の人生を諦めてしまったようでふね~。
――でも、それはいけない。ボクちんは絶望する様が見たかったと言うのに……それでは全然面白くないでふ」
悦に入っていた顔を引き締め、若干の苛立ちを交えながらそう呟く豚男。
それでいて最悪な事に顔を唇同士が触れそうなギリギリの限界まで近づけてくるせいで、リオネリアは豚男の発する一種の公害染みた臭い息をモロにくらってしまう。
「…………」
けれど……普通ならばショック死までは行かずとも軽く幻覚症状に至るレベルで悶絶くらいはしてしまいそうなその汚臭を、しかしリオネリアは顔色一つ変えずに、或いは表情筋をピクリとも動かさずに空虚な笑みを浮かべたまま無言で佇んでいる。
果たしてそれは、豚男が更に気持ち悪い仕草を超至近距離から改めて繰り出しても変わらない。
……というか、どう見てもこれ以上は彼女の表情を絶望したものへと戻すこともできそうにない反応である。
故に――その反応に、豚男はついに痺れを切らせることとなった。
「そうでふか……なら、――もういいでふ」
一転して酷く冷めた目つきと口調でそう言い放つと、直後に豚男は薄汚れた手でリオネリアの髪をガッと無造作に鷲掴み、そのまま容赦なく彼女を身体ごと宙まで持ち上げる。
――――ぶちッ、ブチブチブチッ
けれど、あまりに強引過ぎたせいなのだろう。
元々のリオネリア自身の体重に加算して、勢いよく空中に持ち上げたせいで彼女自身の髪が耐え切れず、無残にも引き千切れる音が辺りに響いた。
……最早、耳にするだけで痛々しい音である。
そして、実際にそれが激痛であろうことは想像に難くない。
なぜなら――――
「――い、痛い……痛いィィィイイイッ……!?」
カッ……と目を見開き、突如として大声で叫ぶリオネリア。
先ほどまでの虚ろな表情と失意の底に沈んでいた少女の姿はどこへやら……
どうやら、そのあまりの痛みに彼女自身の意識も到底無視することができず、諦めたはずの現実へと強制的に叩き起こされてしまったらしい。
ともあれ事実として、リオネリアはこうして己の頭部に走る激痛に遠慮なく騒ぎ出したのだ。
「いやッ、離してッ! 痛いのは嫌ァッ……!」
……にしてもこの女、ちょっと躊躇なく叫びすぎではないだろうか。
せめてもう少しくらい空虚な姿勢を維持するか、痛みを堪えるかすればいいのに……なんかあっさりと態度が変わりすぎて見るに堪えない。プライドがないのかよお前、と言いたい。
だが、まぁ……よくよく考えてみればこれは、リオネリアにとっては豚男から受ける初めての暴力なのだ。
今までのような精神的に追い詰められるものとは文字通り訳が違うし……それこそ、先ほどの回想の中には(本人が思い出すことさえも忌避するほどのトラウマなせいで)出てこなかったものの、実は彼女――リオネリアは幼い頃より実の親兄弟から虐待染みた暴力をずっと受けていたのである。
恐怖は既にその時から刻まれ続けており、結果として今ではもうすっかり自身へと振るわれるあらゆる暴力に対して、決して逆らおうなどと思いもしないようになってしまっていた。……というより、その発想自体が彼女の中での一般常識として存在してはいけないものと化してしまっていたのであったのだ。
だからこそ――これまでの彼女が暴力に対して出来たのは、精々襲い来る痛みに耐え続け、或いは涙を流しつつも反抗せずにそれをただ黙って粛々と大人しく受け入れることのみ。
……そう考えてみると、彼女が暴力というか痛みにあっさりと屈してしまうのも仕方ないと言えば仕方ないのだろう。
とはいえ――――
「――うるさい。黙れ」
そんなリオネリアの事情など豚男には関係ない。
何より……彼が見たかったのはあくまで少女の絶望した顔であり、決して泣き喚く姿ではないのだ。
なので言ってみれば今の状況は、“もういい”と既に自らの愉悦の時間を……何時まで経っても絶望した顔を見せることがなかった少女を見限った彼にとっては、ただ只管にウザいだけであった。
故に――特徴的な語尾(?)を付けることなく、更には酷く冷たい口調と表情でそう短く言い放つと同時――――!
――――パァンッッ……!
「いぎッ……!?」
豚男はそのまま無言で髪を掴む手とは逆側の手を振り上げ……――間髪入れずにリオネリアの頬へと鋭く振り下ろした!
当然、これにはリオネリアも思わず短い悲鳴を上げるが……しかし瞬時に豚男の言葉を理解したことで、今までのように泣き喚くことなく押し黙ってしまう。
……その姿は正しく調教された犬の如き姿であるが、これこそがリオネリアの本質なのだ。誰も文句は言えまい。
ともあれ豚男はそれを見て、冷めた表情ながらも満足そうな雰囲気で一つ頷くと、再び醜く膨れ上がった口を彼女の顔の至近距離でネチャリと開いた。
非常に気持ち悪い。が、リオネリアにできることは、ただガクガクブルブルと恐怖に震えながらその状況を受け入れることだけ。
それ故に……
「ふぅ……やれやれ。そもそも最初はボクちんのペットにしてあげようと思っていたのに、それを先に拒んだのはキミでふよ? 全く……せっかくの好意を無碍にするなんて、ボクちんにはとても信じられなかったことでふ。
……でも、お陰でよく理解ふることができたのでふ。キミには到底ボクちんのペットを務めることができないのだ、と。キミの限界では精々が人形くらいにしかなれないのだ、と。
だから―――ボクちんはもうキミに期待しない。ペットではないキミは、これからは人形として生きてくれればそれでいいでふ。つまり―――これからのキミは、ボクちんの人形だということでふね。
その意味は…………別にこれ以上は口に出さなくても、賢いキミなら分かりまふよね?」
そんな物凄く気持ち悪い上に到底受け入れられないことを遠慮なく淡々と語ってくる豚男に、しかしリオネリアは碌な反論どころか恐ろしすぎるせいで拒絶することもできず、ただ無抵抗に怯えながら承諾する意味で頷くことしかできない。
例え相手がどれだけ最悪で無茶苦茶な事を言おうと、リオネリアには受け入れるしか選択肢がないのだ。
……なんせ彼女には既に、暴力に対して抗う術も勇気もこれっぽっちも存在していないのだから。
つまり――言い換えれば今この瞬間、彼女の心身は文字通りの意味で豚男へと隷属したということでもあった。
……。
ともかく、そんなわけで満足のいく結果――己に隷属した哀れなる少女の姿を見て、豚男は機嫌良さそうにほくそ笑む。
「デュフっ、デュフフフっ。それじゃあ、お互いに納得できたところで……早速、キミという果実の味見をさせてもらいまふね~。デュフフフフフフっ」
そうして再び気持ち悪い笑い声を漏らし始めたところで……――ついに豚男は(片手で空中に吊らされたままの)無抵抗なリオネリアの身体へと、そのポークソーセージのように醜く太った指と手を自らの欲望のままに伸ばし出す……!
「……っ!」
反射的に、ギュッと目を固く閉ざしてしまう少女――リオネリア。
彼女は確かに自身へと振るわれる暴力に屈し、更にはそのせいで心身ともに豚男へと隷属したものの……しかしそれでも、流石に真正面からゆっくりと迫り来る悪意の塊を見てしまっては、女としても思わず恐怖を覚えずにはいられなかったのだ。
何より――彼女はこれでもまだ生娘である。
そのため彼女にとってこのようなシチュエーションは、例えいくら隷属を誓ったとはいえ、早々に覚悟を決めて適応するというのも酷……というか普通に考えて無理な話と言えよう。
(――あぁ……さようなら、キレイなわたし。これまでの十五年間、純潔を守ってきてくれてありがとう。でも……ごめんなさい。抵抗できずに汚されてしまう自分をどうか許してください)
ともあれそうこうしている内に、リオネリアは自身の顔面へと、コフーっ、コフーっ、と酷く興奮した発情豚のような荒い鼻息がぶち当たるのを感じ始めた。
――もう……リオネリアは絶対に逃げられない。
故に少女は、ついに覚悟を決めたように過去と未来の自分へと懺悔を捧げる。
たった今から無残にも汚されてしまうであろう己の不甲斐なさを、彼女は半ば祈るようにして必死で己自身に赦しを請う。
だが現実は無情な上に厳しく、そんな少女の細やかな懺悔の時間すら世界は与えないとでも言うように……或いは懺悔そのものを嘲笑うかのように、少女の貞操を犯す欲望の魔手がその時――とうとう彼女の衣服に届いてしまったのだ。
同時に、情け容赦なくも衣服を掴まれたことでリオネリアは悟る。ついに来た、と。
――終わりの瞬間がやって来たのだ、と。
少女――リオネリアはこの後に訪れるであろう凌辱を思い、そっと静かに覚悟を決め直す。
……果たして、狙いに違わず豚男の魔手は少女の衣服を無理矢理にでも引き千切ろうと、掴んだ手にどんどん力を込めていった。
それにより、少女の貞操を守る最後の防壁がブチブチと盛大な悲鳴を上げ出したことも、周囲に隠されることなく大きな音として響き渡ってしまい……そして――――!
……。
…………。
「――――…………っ、?」
予想していた衝撃と展開は、しかし何時まで経っても我が身を襲うことはなく……代わりに鷲掴んでいたはずの髪を突如として離されたことで、少女はいきなり空中から地面へと落とされる。
軽く尻から着地したリオネリアは、一体何が起きているのかが全く分からない状況を酷く訝しげに思う。
どうする? 思い切って状況の把握に努めるか?
即決できずに躊躇する様子を見せるリオネリア。
が――その僅かな逡巡の後、やはり何もかもが不明な今の状況を打破するためには目の前にいる豚男が現在何をしているのか、それを思い切って見てみなければいけないのだと判断し……実際に行動へと出ることを決意する。
具体的には、彼女はそこで満を持して固く閉ざしていたはずの両の目を開くことにしたのだ!
カッ……! とまでは流石にいかないものの、それでもゆっくりとだが確実に見開かれていくリオネリアの目。
そうして少女は緊張感に満ちた表情で、恐る恐ると現在の状況を把握しようとして――――
「――ッ!? え……?」
――その驚きの光景を、目にしてしまった。
噴き出る鮮血の花弁。
無数の銀刃で空中に縫い止められた醜き魔手。
何より、一際大きな銀刃をそのでっぷりと太った腹部から生やした豚男の姿を……!
彼女は驚愕の眼差しで以って迎え入れる!
「……一体、何が起きて……?」
予想外すぎる展開に、思わず呆然と呟く少女。
一方で、今までは加害者でありこの場における絶対の支配者であったはずの豚男もまた、自身の腹部と少女に伸ばした手から生えた大量の銀刃を見て、どうしようもない混乱の極致に達していた。
(な、な、な、何でふか……これは? 一体ボクちんの身に何が起きていると言うんでふか!?)
ごふッ……と盛大に吐血しつつ、「……一体、何が……誰がこんなことを」と豚男はまるで譫言のように少女と同じようなことを呟き続ける。
と、その時――――
――――カツーン、カツーン、カツーン……
彼らを除いて他には誰もいないはずの路地裏に、一つの足音が響き渡る。
ハッとして反応するリオネリアと豚男。
彼らはもう気づいていた。
この状況で現れる第三者の存在は、即ち現在の状況を作り上げた者に他ならない、と。
そして……
――――カツーンッ……!
一際強く響かせた足音を最後に、ソレは姿を現した。
「――不愉快……そう、とても不愉快な光景だ」
――――たったの二人しか存在しない路地裏という小さな世界に、その時、ついにこの世の理不尽たる真の悪夢が降臨する。
いつもこの作品を見ていただき、ありがとうございます。
今までは結果的に何となくスルーしちゃっていたのですが……感想、とても嬉しいです。
これからも是非、この作品を楽しんでください。
(見ていてくれている人がいると分かっただけで、作者としては満足です)
よろしくお願いします。




