021.“黒の神敵”ジャック=キリサキ ~屠殺! vs.黄金の豚編~
それは、ジャック=キリサキがデクスオーロの試練迷宮『千の凶悪』から、地上である“終焉の森”へと解き放たれるより少しだけ前の話。
ヴァリエーレ聖王国が誇る三人の聖騎士が一人、西部全体を含め、辺境都市ヴィーランの守護者でもあるグレゴリオ=バルツロケッタはその時、丁度己の執務室の窓からソレを目撃していた。
「……あれは……」
その場所は、凡そ半年以上も前に彼が自らの信仰を捧げている女神たるシェルミールが新たに神敵として認定した存在――通称“黒の神敵”を捜索するために神敵捜索部隊なるものを自軍の手勢からわざわざ編成し、そして問題の場所へと派遣をするも……結果は無惨にも謎の全滅を遂げてしまったという、あの“終焉の森”。
振り返ってみれば、そんな苦い思い出しか残らない所だったのだが……しかし現在、彼がこれまでに見たことのないような光景が、そこには広がっていたのである。
「――――光っている……?」
呆然と口を動かし、小さく呟くグレゴリオ。
その目には、何かとんでもないモノ―――具体的に、広大な森全体から無数の光の柱やら煙みたいなものなどが天に向かって立ち上っている光景―――でも見てしまったかのように、驚愕によって見開かれていた。
だが一瞬の後に、ハッとして表情や思考を切り換えると、彼は急いで近くに侍っていた従者たちへ自らの側近である数人の部下たちを呼びに行かせる。
(終焉の森で異常事態発生、か……。ふむ……いつもの森特有のモンスター災害というわけでもなさそうだな、これは。そもそもモンスター災害は半年ほど前から何故かピタリと止んでいるし……どちらかと言うと、この異常さはその半年以上も前に全滅した神敵捜索部隊の時と同じような感じだし……って、まさか――――?)
――今回の件、またしても“黒の神敵”絡みか!?
ヤバイ、と改めて彼は思う。
普段の終焉の森―――精々、大量のモンスターが湧き出してくる程度の深い森―――を知っているだけに、今の状況を……即ち、森全体という膨大な範囲から謎の発光現象を引き起こしている存在がどれだけヤバイ奴なのか、グレゴリオは瞬時に理解できてしまった。
加えて、もしもそれが本当に“黒の神敵”によって引き起こされているのだとしたら……それは考え得る限り最悪の展開だ、とも。
「ちッ……マズイな、はっきりと勝算が浮かばない事なんて……もしかしたら初めてじゃないか?」
あまりにも最悪すぎて、思考の途中にも関わらず舌打ちをしてしまう。
正直に言ってしまうと、所詮それはただの直感だったのだが……はっきり言って、これまでに彼が自らの直感を外したことなど一度もない。ましてや、それが重大な局面になればなるほど的中率もどんどん上がっていっている事を既に経験して知っているので尚更だ。
……辿り着いた結論に、グレゴリオは思わず自らの頭を抱えた。
「ハァァァ…………どうしたものか……」
だが結局のところ、彼がいくら頭を働かせようが現実と答えは変わらない。少なくとも敵が“黒の神敵”でないとしても、これほどの異常事態だ……他の者たちではかつての神敵捜索部隊のように、失敗するのが目に見えてしまっている。
要するに、この状況では元より最強戦力であるグレゴリオが直接その場へ出向くしか、他に選択肢は存在しないという事であった。
「……」
とはいえ、彼も人間だ。選択肢や手段が限られてようが、それでも迷いはどうしたって残る。
なぜなら何度も言うようで申し訳ないが、今回の異常事態、もしも戦いになるのだとしても決して彼が必ず勝てるという保証はどこにもない。どころか、むしろ今回は敗北する可能性の方が高い。
故に、勝てない戦いには参加したくないし、できれば戦闘以外の方法を選択したいと考えてしまう。
だが……だが、である。
そこで自分が戦わなければ、当然だが自らの守護するヴァリエーレの人々を守ることはできないと理解している以上、それを簡単に見捨てられるほど、グレゴリオは人を捨ててもいないし腐ってもいなかった。
何より、彼は女神シェルミールを信仰するシェルミール教の信者でもあるのだ。
神敵かもしれない存在を前にして、何もせず逃げる事など言語道断!
なので――――
(――覚悟を……決めるしかない、か……)
苦悩の中、彼は内心にて密かに戦いの道を選択し……そうして一人、静かに決意を固めるのだった。
……。
…………。
――――コン、コン
「――――入れ」
それから程なくして、執務室の扉を軽く叩く音が響き渡った。
『侍従に呼びに行かせていた側近たちがやっと来たのだろう』――と、そう思い至ったグレゴリオは勿論、即座に入室許可を出す。
すると案の定、それなりに重厚そうな扉が開けられると……そこから順に五人の男女がグレゴリオへと深く一礼をしながら、ゆっくりと部屋の中へ入ってきた。
そして――――
「閣下の召集命令と聞き、我ら『聖騎士の五剣』の五人……只今をもって、ここに参上致しました」
五人の中でも特にリーダーっぽい男がそう言うや否や、ザッと一斉に片膝を地面につき、再度深く頭を垂れるグレゴリオ直属の騎士の中で最高位に位置する部下たち――通称、『聖騎士の五剣』の面々。
かつて、終焉の森にて神敵捜索部隊を率いていたバルナートも彼らと同じく直属に位置する精鋭騎士であったのだが……やはり何というか、流石は直属の中でも最高位に位置すると言うべきか、肌に感じる風格というものが全く違う。
しかし、まぁ……それも当然であろう。なんせグレゴリオの部下の中で最強ってことは、ヴァリエーレ聖王国内においても十本指に入るレベルの実力者だという事である。
……そこに詳しい理由などはない。――が、強いて言うなれば聖王国最強たる聖騎士の部下なのだから、その程度の実力は持っていて当たり前なのだ!
……。
ともあれ、そんな五人の男女を一通り眺めていたグレゴリオはしかし、そこで一つ大きな溜息を吐くと、ようやく彼らをどうしてこの場所へと呼び出したのか……その用件を伝えるため、重々しく口を開く。
「うむ。此度の召集、既に感づいている者もいるとは思うが……、――現在、終焉の森で異変が起きている事についてだ」
瞬間、サッと目の色を変える五人の男女。
最早詳しいことは何も言わずとも、“終焉の森に異変”と聞くだけで即座に事態の深刻さに気づけたようだ。……流石は『聖騎士の五剣』を称するだけはある。グレゴリオは感心した。
とはいえ、今回の事態も確かに深刻に変わりはないのだが、多分……というか絶対に、彼らの想像しているものとは違うだろう。
なので、多少は心苦しく思いながらも、グレゴリオは率直に伝えることにした。恐らくは彼らの想像以上……どころか予想外もいいところであろう、そんな最悪の事態というものを。
「……で、だ。結論から言おう。
――儂は今回の件、或いは今度こそ彼の“黒の神敵”が関わっているとみている」
「「「「「!?」」」」」
思わず、といった様子で勢いよく顔を上げる『聖騎士の五剣』の五人。
彼らの表情は一様に驚愕で固められている。
どうやら、“黒の神敵”が関与している可能性には相当驚いているらしい。
が、まぁ……それも仕方ないだろう。
グレゴリオほどではないとはいえ、彼らもかなりの実力者だ。
先ほどまでの終焉の森を見てさえいれば、例え彼らの中の誰であろうと、敵のヤバさに一瞬で気づくのも当然というものである。
そして……現に、ここにはその光景を実際に見た者が数人ほどもいた。
「か、閣下? まさかとは思いますが……あの異常事態を引き起こした者が、本当に“黒の神敵”などと……――ま、真でありますか?」
硬直から解かれ、最初に口を開いたのはリーダーっぽい男。グレゴリオ直属の騎士団の中でも、第一騎士団を率いる騎士団長の“ディナート=フォルカ”である。
その反応から、彼も終焉の森の光景を見たのだろう……グレゴリオに対して発した疑問の声には、それはもうかなりの震えが乗っていた。
「そ、そんな……まさか……」
「あ、あり得ません……」
続く二人の男女――それぞれディナートと同じく、グレゴリオ直属の第二騎士団の団長“アルヴィオ=ヴェッタ”と第三騎士団の団長にして直属の中では紅一点である“ナタリーザ=カランキルタ”の声にも怯えが含まれており、もうそれだけで事のヤバさは如実に伝わってきてしまう。
故に、恐らくは異変そのものを目撃していない残りの二人――第四騎士団の団長“ライモレノ=グアール”と第五騎士団の団長“エラルフォ”も、流石にどれだけ事がヤバイのか理解できてきたようだ。不思議そうにしていた顔もどこへやら、一瞬にして真っ青なものへと変わっていた。
だが……それでもグレゴリオは今後の事を考えると、可哀そうだとは思うが容赦するわけにもいかない。
彼は目の前で慄いている部下たちに向かい、ただ黙って首を左右に振るのみ。
「いや……確かに現時点では未だに、あくまでも可能性の話に止まってはいるが……間違いない。これは絶対に“黒の神敵”が関わっている。
――儂の勘が、そう言っておるのだ」
――勘。その言葉に、全員の動きがピタリと止まる。
彼らは知っていたのだ。
グレゴリオが時折、口にする“勘”の的中率を……
その、最早予言とも言ってよいレベルでの的中率を誇る“勘”の恐ろしさを……!
だから……
「やはり、本当……なんですね……」
ディナートは沈痛そうに顔を俯かせながら呟いた。
理解したのだ。無論、彼だけでなく他の『聖騎士の五剣』の面々も合わせて、今回の事態がどれだけ最悪であるのか……理解できてしまったのである。
……これが普通に超強力で最悪なモンスターだったとすれば、或いは彼らもここまで絶望しなかったかもしれない。
だが、敵は“黒の神敵”(かもしれない)……彼らが信仰を捧げている女神シェルミールが神敵と断じた存在なのだ!
であれば、その信者がそんな神敵に対して、容易く屈して良いわけがない。むしろ、ここは積極的に対象を討ち滅ぼしにかかるべきなのである。それも聖王国内で十本指に入る彼ら『聖騎士の五剣』からすると、尚更負けられない話だった。
でも……だからこそ――彼らはその時に行われる戦いを予想して、ただ只管に迷う。
『果たして、勝算の欠片もないのに戦ってもいいのかどうか……』――と。
「「「「「…………」」」」」
……。
「――儂は……」
けれど、彼らがそうして苦悩のあまりに黙り続けていた時だった。
ここまでの話の流れにおいて全く同じ経緯を辿っていたグレゴリオが、苦悩する彼らを見ていられなくなったのか……必然的に彼らよりも一足早く出た自らの結論を、ついに表明する。
「儂は――――今回の異変に対して、儂自らが全軍を率いて終焉の森へと向かうことを、ここに宣言する」
「「「「「なッ――――!?」」」」」
『聖騎士の五剣』、再びの驚愕。
本気か!? と、思わずその視線を自らの主へと向けるも……そこには既に決定事項だとでも言いたげに目を瞑って佇んでいる、聖騎士グレゴリオの姿しかない。
「そもそもの話、終焉の森に異常が発生した以上、西の安全を聖王陛下に任されている儂が動かないなんてあり得ん事だしな。何より……儂はこれでも、ヴァリエーレ聖王国が誇る三人の聖騎士の中の一人なのだ。そして騎士である限り、その背には常に数多くの命を背負っていることを忘れてはならない。だからこそ――そんな騎士が明らかな脅威を易々と見逃すわけにもいかんのだ……!」
「「「「「……!」」」」」
正論だ。正論すぎる言葉だった。
だが、それ故に五人の男女はハッと目を覚ます。
グレゴリオが聖騎士であるからこそ退けないのと同様に、そういえば自分たちにも決して退くことのできない理由があったじゃないか、と。
そう……何より単純に『騎士である自分たちが未知の脅威に立ち向かわないどころか、守るべきものも放ってただ怯え続けるばかりでどうするのだ!』――と、そんな騎士として最も基本的なことを彼らはその時、ようやく心に巣食った恐怖を取り払いながらも思い出せたのである!
故に――――
「閣下! 出陣の際、先遣隊は是非このナタリーザが率いる第ニ騎士団にお任せください!」
「第一騎士団はいつも通り、閣下の護衛として本隊を務めさせていただきます」
「あ、では! 本隊の右翼は我が第三騎士団にお任せを!」
「じゃあ左翼は第五騎士団が!」
「うっ、出遅れた……な、なら……――第四騎士団は必要になる全ての物資を準備してきましょう!」
途端に積極的となり、物凄くやる気を見せ始める『聖騎士の五剣』の五人。
しかし、そんな彼らのやる気は先ほどまで難しい顔だったグレゴリオに笑みを浮かべさせた。
「フっ、そうか……危険だから無理に来る必要はない、と言おうかと思っていたのだが……そうか、付いてきてくれるか。――流石は我が騎士たちだな」
「「「「「はいッ!」」」」」
「ではそんな我が騎士たちに対し、儂も改めて命令を出そう。
――総員、各騎士団を召集し、全兵士にも出撃準備を整えさせろ。目標は終焉の森、討伐対象は“黒の神敵”(仮)! 以上、これより我らは――――」
期待の眼差しを自身の側近たちから向けられながら、グレゴリオはそこで一度だけ言葉を止めて、一呼吸を置く。
そうしてたっぷりと余裕を持たせると、再び声を張り上げて言い放った。
「――――出撃するッ……!!」
「「「「「応ッッ……!!」」」」」
……ともあれ、こうして彼らは再び終焉の森へと向かうこととなる。
手始めに宣言通り数時間ほどで数万もの兵士や騎士を動員し、都市の防衛用に二千人ほどの余力を残すと、その後はすぐにグレゴリオの号令でヴィーランを去った。
その途中、果たして誰もが向かう先に恐らくは存在しているだろう“黒の神敵”を夢想し、これからの戦いを妄想しては武者震いを繰り返す。
或いはグレゴリオや『聖騎士の五剣』に近しいために詳しい事情を知ることとなった者たちもまた、これまでにないほどの緊張感を纏い、行軍を続けていた。
だが、しかし……彼らはまだ知らない。
これから先、そう遠くない内に遭遇することとなる存在――“黒の神敵”ジャック=キリサキが、今となっては到底彼らが想像する程度のレベルに収まるようなモノではない、ということを……
何より彼らがどれだけ命を懸けて戦おうとそれは決して戦いにすらなれず、むしろ一方的な蹂躙という最悪の悪夢しか待っていない、ということを……
彼らはこの時、全く知る由もなかったのである。
そして――――
……
…………
………………
……………………
「――全軍、停まれッ……!
……あれは……――!?
――上空、注意ッ! ……来るぞ……我らの敵が――――“黒の神敵”が来るぞォッッ……!!」
……………………
………………
…………
……
――――邂逅の時は、間も無く訪れた。
◆ ◆ ◆ ◆
~ジャック=キリサキ~
遠目に見えていただけの街も、今では細部までハッキリと見えるくらいに近づいてきた。
このまま現在の飛翔速度を維持していれば、遠からずに残り数秒ほどで目的地に到着することができるだろう。
そう、思っていたのだが――――
「――――ん?」
不意に何かを悟り、自らの直感を信じてその場で急停止。
すると直後に、そんな俺の目の前をヒュンッ、と鋭く空を切る音を出しつつも縦方向に横切っていく一本の矢。
(……何だ?)
不思議に思い、矢の飛んできた方向である下へと視線をやる……と――――あ、人だ。
何やら万を超える大群となって、一心にこちらを見上げてきている人の集団を俺は見つける。
それによくよく見てみれば、その一人ひとりが全身に鎧を纏ったり、剣や弓などといった武器を装備したりしていて、如何にも中世ヨーロッパの軍隊然としており……――ってか、あいつだな。俺に向けて矢を放った奴は。
とりあえず、こちらに対して矢を放った奴――弓を構えたまま呆然としている騎士らしき奴には、背後に展開してある『第三兵装:偽翼』の一つを飛ばして頭部を物理的に爆散させておくことできっちりとお返ししつつ、久しぶりに遭遇した人間ってか異世界の軍隊という存在そのものにも好奇心が刺激されたため、ゆっくりと高度を下げて地面にいる軍勢の所へと近づいてみた。
……ふむ。まずは軽く挨拶でもしてみるのが無難だろう。
でも、かと言って無難すぎるのもなんだし……ここは少し、派手な印象として残るような感じで行ってみるか。
というわけで――――
「やあ、物々しい集団の中をわざわざ空から招待されて来てやったぜ――――」
大地から数メートル程の所で降下を止めた俺は、そのまま空中浮遊の状態へと移行。
と同時に、背後に展開していた巨大な銀刃の翼を一気に広げ、即興だがある種の神秘性をその場で効果的に演出する。
唖然とした様子が目の前から伝わってくる。――反応は上々だ。
なので……続けざまに溜めていた言葉を、ここで解き放つ……!
「――――だから、できればお互いに仲良く会話でもしたいものだな」
ニヤリ、と友好的な笑みを添えて、俺は改めて目の前の人間たちへと視線を送った。
すると……なぜか一様にビクリと震える兵士及び騎士たち。
その目は不思議なことに、全員一致で恐怖に染まりきっている。中には口から泡を吹いて気絶してしまった者も…………本当に、なぜ?
もしかして、俺の方に何か重大な問題が……?
「ぼそ……(お、おい。あれ……)」
「ぼそぼそ……(お、おう、仲良く会話したいなんて言ってるんだが……お前どう思うよ?)」
「ぼそぼそぼそ……(いや……そんなことよりも、まずライモレノ団長をあっさりとぶち殺しておいて、それをまるで何もなかったかのように振舞っていることがやべぇよ。というか、団長は本当に死んじまったのか……? もう、色々といきなりすぎて現実味が全然湧いてこねぇ!)」
「ぼそぼそぼそぼそ……(ま、待て。ちょっと落ち着けお前ら。つーか団長が一瞬でやられた事より、まず一番ヤバイのはアイツの存在そのものだろ……!? 何だよ、あの狂気と死を体現したようなヤバイ存在感は! 俺たちなんかアイツの悪魔みたいな目を向けられただけで呼吸困難のあまり死にそうになったってのに……――って、そう考えるとお前らよく平気だな!?)」
……。いや、だが聞き耳を立ててみると、未だに一部では随分と余裕そうな会話もしていることだし……問題はなさそうだな。
とはいえ……
(う~ん、そうかぁ……悪魔みたいな目、かぁ)
内心で呟きながら、スーッと顔の横に持ってきたソレ――鏡のように反射している銀刃の羽を、ちらりと目だけを動かして見てみる。
――――悪魔みたいな奴が、そこにいた。
(う、わぁ……これは、確かにヤバイな)
白髪に充血した白眼、それと完全に血の気のない青白い肌に不気味な赤い紋様は、以前と変わらず。
けれど、かつて再びこの異世界に舞い戻って来た時とは違い、デクスオーロの試練迷宮『千の凶悪』にて超強化してきたせいなのか……全身から自然と放たれるようになった雰囲気みたいなものが、半端なくヤバいことになっている。
具体的に言うと、先ほど兵士たちが口にしていた“狂気と死を体現したような雰囲気”……つまり途轍もなく、ヤバイ気配を常時放ち続けているわけだ。
そのせいで俺は、元々不気味だった容姿とも合わさって、それはもう見事なまでにヤバイとしか言いようがない存在へと化していた。
彼らの言う通り、これでは正しく視線を向けるだけで死体が量産される――そう、歩く天災の誕生である!
(……。うん、まぁ……とりあえず、タイミング的にも丁度いいし……この気味の悪い容姿を隠すための変装ついでに、一度ここで能力自体にも制限を入れておくか)
だけど、当然のようにそんな事実を受け入れられなかった俺は、そう判断すると同時に、即座に幾つか持っている異能の中の一つ――[虚偽の仮面]を発動。
白髪と充血白眼は、かつての黒髪黒目に……
その他諸々の部分も全て、かつての健康的だった頃の状態へと偽り、変えていく。
無論、その際は自身の総合的な能力にしっかりと制限を加えることも忘れない。
そして――――
「――よし。成功したか」
軽く己の片腕に視線を落として見ると、青白かった肌もその上に走っていた赤色の紋様もなくなっていることが確認できた。
何より能力を制限した影響だろうか、心なし……先ほどよりも身体が重くなったような気もする。
だが、まぁ……それでも今は、敢えて素直に[虚偽の仮面]による自身の存在の改竄が成功した事を喜ぶべきだろう。
なんせ、今の俺はどこからどう見てもカッコいいスーツを身に纏った、ただの(銀刃の翼を生やしているけど)黒髪黒目のイケメンなのだ。
その身に纏った雰囲気は勿論の事、無差別に放たれていたヤバすぎる存在感も、今ではすっかり完璧に抑え込めているのである!
ということで……
「では早速、聞かせてもらおうじゃないか。――この俺を、わざわざ空から招待したその理由をな」
逸らしていた目線を戻し、改めて目の前の軍勢を見やる。
途端に、再びビクリと震える兵士及び騎士たち。その目には未だ盛大な怯えを残しているのが、一目見ただけで分かってしまう。
……やはり刻まれたトラウマというのは、そう簡単には拭えないらしい。
だが、まぁ……それでもさっきとは違い、しっかりこちらを見つめ返している分だけマシだ。
故にこちらがこれ以上望むものがあるとすれば、それは“自分の質問に早く答えてほしい”という、それだけの事なんだが……――――
(――ふむ。どうやら願うまでもなかった事のようだな、これは)
瞬間――、背後から音もなく飛んできた槍を反射的に『偽翼』で迎撃。
一般人か普通よりもちょっと強いくらいの人では到底見切れない速度で飛んできたソレを、しかし俺は反射的に銀刃の翼を振るって地面へと叩き落とした――が……
――――ギャリィィィインッ……!
なぜか、途中であり得ない動きを見せて方向転換し、再び俺を襲いに戻ってくる槍。
無論、先ほどと同じように『偽翼』を動かすことであっさりと弾き飛ばすが……その度に槍は、何度も不自然な動きで襲い掛かってくる。
そう……何度も、何度も、何度も……
本当に何度弾き飛ばそうが、結果は変わらない。
どういった原理か、槍は必ず襲い掛かりに戻ってくるのだ。……それも、当初の速度と変わらないどころか、だんだんその速度を上げていきながら、である。
何なんだ、一体……!?
「――あ、あれは! 『女神の神槍』!?」
けれど、その時。
困惑していた俺の耳に、誰かの会話が聞こえてきた。
「『女神の神槍』だと! まさか……それって閣下が聖騎士と成られた時に、女神シェルミール様が祝福としてお与えになったという、あの伝説の!?」
「間違いない! あれこそが、閣下が聖騎士の中でも最強の攻撃力を持つと言われる所以!」
「狙った敵は破滅に追い込むまで逃がさない!」
「そして、その威力は時間と共にどんどん強化されていくッ!」
「「「「「まさに最強の槍ッ! 『女神の神槍』ッ……!!」」」」」
……。
「でもま、これでようやく一安心ってことだ」
「あぁ、ライモレノ団長が瞬殺された時は死よりも恐ろしいナニカを覚えたものだが……閣下が来てくれたのなら、勝負はもうついたも同然だからな」
「うんうん。それこそ考えるまでもねぇ、これであの似非天使も終わりってこった」
「ホント、哀れな天使サマだぜ」
「「「「「ギャハハハハハハハハ~ッ!」」」」」
……。
へぇー。
そうか、獲物を仕留めるまで強化されて襲い続ける槍なのか。
ふ~ん、そういうものだったのかぁ……。
「…………」
ガシッ……と超高速で襲い掛かってくる槍を、俺は無言で掴み取る。
一拍を置き、周囲にどよめきが沸き起こるがそんなこと今はどうでもいい。
俺の心と思考を占めているものはただ一つ。
ここにいる、全ての敵に対する苛立ち――――それだけだった。
(いい加減――――しつけェんだよッッ……!!)
――――バキィィィイッ……!
無機物のくせに手の中で暴れ回る『女神の神槍』とやらを、片手で苛立ちのままに圧し折る。
……因みに折った感触は、金属というよりも木のような感じだった。……まぁ、至極どうでもいい話だけどな。
「――さて、と……」
三度、恐怖に震えて悲鳴まで上げている目の前の兵士及び騎士たちは無視するとして……俺は軍勢の左右の奥の方、それと槍が飛んできた後方へと意識を向ける。
……ふむ。軍勢の左右からは最初に瞬殺した奴と同程度の奴だが、後方にいる二人のうち片方の奴はそれらと比べ物にならないほど強い、か。ついでに、その更に後方にも一人だけ強そうなのがいるが、それは最初に瞬殺された奴と同レベルだからどうでもいいとして……
どうやら、俺に槍を投げつけてきた後方の奴が今回の軍勢の総大将ってところだな。まぁ……兵士たちの会話を聞いて薄々その事は分かっていたけど。
(ふぅ……殺るならまずはその総大将って奴から、か……俺にあの“ウザい槍”を投げてきた奴でもあるし、尚更見逃せねェな。――というか、絶対に殺してやる)
ともあれ、最優先で狙うべき敵もこうして判明したし、尚且つ結構な速度でこちらに近づいてきている事も、俺は既に自身の超感覚(制限しても尚、化け物レベル)で把握している。
なので宙に浮いたまま、これまで対峙していた軍勢に背を向けるよう、くるりとその場で方向転換し……少し前まで自分がいた――デクスオーロの試練迷宮『千の凶悪』が存在していた深い森へと向かい合う。
そして――――
(さぁ……いつでも来やがれ。姿を現した瞬間こそが、貴様ら死期だ)
大した意味こそないが首を左右にコキコキと鳴らし、森から敵の総大将が現れるのを待つ。
そんな俺の様子に背後の軍勢からは相当な恐怖が入り混じった視線を向けられるも、最早それすらもどうでもいいとばかりに俺はこれからの戦いを夢想し、その顔に凄絶な笑みを浮かべてみせた。
――さぁ、さァ、さァッ、さァッ!
――早く来い! さっさと来やがれッ!
加速度的に増していく興奮度の中、それでも只管に敵が登場するその時を待ち続け……――――
「――――……。……?」
けれど暫くして、ふとある事に気づいた俺は首を傾げる。
――――敵の総大将の動きが……止まっている?
現在も捕捉している位置によると、そこは森から出てくる直前とも言える場所。
『あと数歩も足を伸ばせば俺の視界に入るというのに、一体何をしているんだ……?』――――と。
――その疑問は、やがてすぐに氷解されることとなった。
「――――今だ、掛かれッ! そいつがシェルミール様の神託にあった神敵――“黒の神敵”だッ! 総員、そいつを囲んで殺せェェェエエエッ……!!」
森の中から、突然響き渡ったその声。
それにより俺が背後に回していた軍勢――兵士及び騎士たちも、今まで怯えた様子を見せていたのがむしろ嘘であるかのように、突如として動き出す。
(――――ちッ……罠か)
反射的にそう気づくも、既に遅すぎた。
周囲を見渡して、俺は思いっきり顔を顰める。
いつの間にか合流したのか……軍勢の左右の奥と総大将のいる後方からやって来ていた強そうな騎士三人が、更に引き連れてきたせいでかなりの人数に膨れ上がった軍を指揮し、そうして迅速に俺を包囲する陣形を形成していたのだ。
……とはいえ、囲まれてしまうこと自体には、別に問題はない。
なんせ、どれだけ数を稼ごうと雑魚は所詮どこまで行っても雑魚でしかないという事を、俺は誰よりも知っているからだ。
現に武器を持った大人数に囲まれている今でも、俺はその事に一切の脅威を感じていないくらいである。
ただ、まぁ……
(確かに脅威は覚えない、が……――どうやら俺をイラつかせることだけには、かなりの効果があったようだなッ……!)
沸々と沸き起こってくるイラつき。
何より……敵の総大将が口に出していた宣言の中で、“シェルミール”という途轍もなく不快な言葉が存在していたことが最も気に入らない。
それこそ、このままでは怒りのあまりに無差別な大爆発を起こしてしまいそうなほどである。
だが……そんな時、ついに森から総大将が姿を現した。
じろり、と思わず苛立ちのままに視線を向けてみれば、奴も宙に浮かんだままの俺を見やる。
そして――――
「――フっ…………」
「!!」
鼻で……鼻で、嗤いやがった……?
この、俺を……よりにもよって鼻で、だと……?
……。
…………。
プツンッ……と、俺の中で何かがキレた。
―――― コ ロ ス ッ……!!
「――『第三兵装:偽翼』、展開」
地面に降り立ち、左手を頭上に掲げ、静かな声で呟く。
その瞬間、遙か上空にて無数に生成され始める透明な銀刃。
累乗で増加して空を埋め尽くしていくその刃に、やがて地上にいる敵も違和感を覚え、ようやく気づき始めた。
だが……今更焦り始めても無駄だ。
――お望み通り、全員皆殺しにしてあげよう。
「死ね」
サッと、頭上に掲げていた左手を振り下ろす。
目の前にいた総大将も、何やら盛大に焦った顔で叫び始めるが……もう遅い。
さぁ――――惨劇の幕開けだ。
「「「「「ぎゃああああああッ……!!」」」」」
降り注ぐ刃の雨。
遙か上空は刃の反射で煌めき、地上では大量に噴き出す鮮血が舞い踊る。
「くくく……クハハッ、クハハハハハッ! クハーッハッハッハッハッハッハッハッハッハッ!!」
愉快だ。あぁ、実に愉快だ!
敵の数がそれだけ多かろうと関係ない。
これが世界の真理!
強者に圧倒される弱者の姿!
俺に敵対した存在が辿る道だァッ!!
「――――やめ、ろォォォオオオッ……!」
――と、そこで敢えて刃の雨が降り注がないように配慮してあげていた敵の総大将が、何やら腰に下げていた長剣を引き抜きながら襲い掛かってきた。
その声と顔は怒りと憎しみに満ち溢れており、何としてでも俺を殺そうとする気迫が見て取れる。
だけど――――
「――無駄だ。俺にとってはお前も、所詮はただの弱者でしかない」
――――ギィィィインッ……!
振りかぶる敵の長剣に合わせて、俺も腰に下げていた神剣『サウザンド』を振り抜き……勢いのままに刀身を斬り飛ばす。
剣からしても、元の性能がここまで違うのだ。
俺に勝てる理由など、最初から有りはしない!
故に――――
――――斬ッ……!!
返す太刀で俺は、折れた刀身を呆然と見つめる敵の総大将――その首を流れるようにして斬り捨て、未だ止む気配を見せない銀刃の雨の中へと、花開く赤薔薇のような血飛沫と共に……高く、高く斬り飛ばすのであった。
……。
…………。
「ふぅぅぅ……じゃあ、――後片付けは任せたぞ。存分に吸収しちゃってくれ、フォース」
――――ゾワァン♪(ショ・ウ・チ・シ・タ)
……惨劇は、まだまだ続く。
◆ ◆ ◆ ◆
ともかく、こうして一人の聖騎士は儚く散った。
不幸にも、最後までジャックにその名を知られることもなく……
そして、更に不幸なことに――――
「? 何だこいつ? もしかして人間じゃなくてオークだったのか?」
斬り飛ばされてから暫くの間は空中を遊泳し、その後は地面に転がったことでポロリと外れた黄金の兜。
それによって晒された彼の素顔を見て、ジャックは最後の最後に追い討ちとして人外判定をくらわせた。
外見は豚、されど心は聖人。
実に哀れなり、グレゴリオ=バルツロケッタ。
彼の一番の不幸は、何より初対面だったジャックに人間として認識されなかったことだろう。




