020.解き放たれし狂人
膨大な光の奔流。
途轍もないエネルギーを内包したそれを、白髪に充血した白眼をもつ不健康そうな見た目の異世界人は、そのまま『千の凶悪』の最後のモンスターである超・巨竜神へと躊躇なく叩き付けることで、対象を完全なる消滅へと追いやった。
最早、文句のつけようもないほどの圧倒的な勝利である。
思わず次元を超えて、肌に直接ビリビリとくるような錯覚も覚えてしまったほどだ。
「ハハハハハハハハハハハッ!!」
故に、そのあまりの爽快な勝ちっぷりに、これまでは虚空にそっと映し出すだけで戦いを覗き見ていた大男――神界序列第四位である『力』を司るデクスオーロも、ついに堪え切れなくなったかの様な大爆笑さえも始めていた。
想像以上だ。デクスオーロは思う。
(――途中から観察し始めた時にも、何やら最初に出会った頃よりも随分と強くなってるとは思っていたが……まさか本気を出せばここまでやるとはな)
沸々と、胸の中にて沸き起こってくるモノを感じる。
徐々に爆笑を収めていき、そうして彼は代わりに『面白い』――と、そんなニヤリとした愉快そうな笑みを浮かべた。
戦意に満ち溢れた、その笑みを。
(これはもう、是が非でも戦ってみたくなってきたぜ……! ……。……あ、でも――ただ、なぁ……)
けれどその時、彼の脳裏に同僚の憎悪に塗れ切った顔が過ぎっていく。
関われば関わった分だけ自分が迷惑を被る羽目になるという、そんなある意味疫病神のような同僚の顔を、彼は瞬時に思い出していた。
(……その場合、一番のネックはシェルミールの奴なんだよなぁ……何か今までに例を見ないほどの、相当な恨みと怒り具合だし。……本当に、非常に面倒なことだが)
ハァ……と、すっかり先ほどまでの愉快な気持ちも忘れて、デクスオーロは憂鬱そうに溜息を吐く。
彼女の様子を見るに、恐らくあの異世界人を自分の手で片づけない限りは気が済みそうにないだろう。
当然、他人が横から手を出すことも論外。むしろその怒りは治まることを知らず、逆に増々激しくなってしまい、ついにはこちらへと飛び火してくる可能性も……別にあり得ない話ではないのだ。
あの粘着質に迷惑を被られるのも、彼にとっては決して望ましいことではない。
故に残念ながら、今回は……今回だけは、この胸に渦巻く戦意を抑えて潔く諦めるべきだろう。
チャンスはまだ――いくらでもあるのだから。
(そうだ、その通りだ。チャンスはまだ、いくらでもある。今回は……まぁ、こうして試練迷宮を攻略されてしまった以上、シェルミールの事情も併せてこれ以上の干渉をすることは不可能となってしまったが……他にもまだまだ試練迷宮は残されているんだ。――だから、もしも異世界人がこれ以上の力をまだ望んでいるのだとしたら……)
その時こそ、俺たちがぶつかり合える時かもしれないな……デクスオーロは、そう思った。
「……さて。それじゃあ、早速だが――シェルミールの奴に伝えに行ってやるとするか……“試練迷宮『千の凶悪』で異世界人が現れた”、と。……後から拗ねられたり、八つ当たりされても困るし、何より面倒だからなぁ」
仕方ない、仕方ない。
言葉通り至極面倒くさそうに、けれど若干のヤレヤレ感を全身から醸し出しながら、デクスオーロは一度だけ肩を竦めるとゆっくりした動作で歩き出す。
だが、最後に彼は不意に背後を振り返り、そうして虚空に映る異世界人――ジャック=キリサキの姿を見て、その口を開き――――
「――叶うなら……他の試練迷宮にもなるべく早く来て欲しいものだな。……全力で戦えるその時を心から愉しみにしてるぜ」
そう、自身の期待を小さく言い残した彼は今度こそ、音もなくその場から完全に消え去るのだった。
◆ ◆ ◆ ◆
~ジャック=キリサキ~
そして、最終階層を覆っていた光が晴れ渡る。
「……」
とんッ……と、無重力空間の中に散らばる適当な足場へと軽やかに降り立った俺は、そのまま無言で周囲を見渡した。
最後の敵である超・巨竜神の姿は――――どこにもない。
代わりに、その敵が存在していたはずの場所には俺の魂の武器――《十六夜兵装》が一つ、『第三兵装:偽翼』がふよふよと所在無げに浮かんでおり……その光景が敵の死亡を何よりも如実に伝えてきてくれる。
(……ふむ。どうやら、今度こそハッキリと決着をつけられたようだな)
ふぅっと安心して溜息を吐いたところで、無敵の身体強化である異能――[鬼神の力]を解除。
途端に、全身に疲労や倦怠感といったものが襲い掛かってくるが……一先ずそれら全てを無視して、俺は宙に浮かんだ『第三兵装:偽翼』へと右手を伸ばし――――“戻れ”、と一言だけ呟く。
すると次の瞬間、主の命令に反応してか、無重力の中をただ揺蕩っていたはずの『偽翼』が急にその場で硬直し、次いで刀身全体から多大な光を放出しながら、ゆっくりと俺の下へと舞い降りてきた。
……どんな演出だ。疑問しか覚えない光景だが、伸ばし続けていた右手に『偽翼』の本体そのものは少しずつ近づいてきている。
絵面的に、後から考えてみれば絶対に恥ずかしくなるような光景を自分自身が作っていると悟り、すぐさま光の方向へと上げていた手を下ろしたかったのだが……これがもどかしいことに、後少しで触れそうなのだ。ここで下ろしてしまうのも、中途半端が過ぎるというモノだろう。
だからこそ、俺は恥ずかしい演出の中で右手を伸ばし続ける。
内心で早くしろこのバカ野郎、と思いながら、光に向けて手を伸ばし続け……そうして、ついに『偽翼』の正体である破片集合体の一部と接触を果たせた。
その、瞬間――――パァァァっと、一際強く俺の手の中で光り輝き出す。
そして――――
「――――よし」
光が収まった頃には、あれほどの存在感を出していた幾つもの銀色の透明な刃――『偽翼』も、すっかりとその影も形もなくなっていた。
だが、真の持ち主である俺にだけは分っている。
『第三兵装:偽翼』はきちんと俺の魂の中に戻ってきている、と。
故に伸ばしていた右手も引き戻し、手の平を暫くの間グーパーグーパーと開閉させながら、その事をしっかりと確認することができた俺は、今度こそ満足そうに頷いたのであった。
……。
ともあれ、最優先事項の確認をそうして綺麗に終わらせた俺だが……当然の事ながら、そこで話は終わらない。
何せ確認すべきことは他にもたくさんあるのだ!
てなわけで……
「……それで、お前はちゃんと無事なんだろうな? ――――フォースよ」
軽く首を傾げて左手に持ったままの『第二兵装:我喰』(改)に視線を送りつつ、俺は今回の戦いにおける最高のアシスト役――特に最後のトドメの一撃には文字通り全力でその身を尽くしてくれた相棒であるフォースへと、声をかけた。
すると――――
――――ゾワァン……(ダ・イ・ジョ・ウ・ブ)
――と、空間を震わせることで応えつつ、十数メートル前後になった『我喰』の刀身からゆっくりと湧き出てくる無色透明な超エネルギー体。
言わずもがな、我が唯一の眷属にして仲間の姿――――フォースである!
「そうか……無事、か。――良かった。危険がないから実行したとはいえ、あんなかなり無茶な作戦に実は結構心配してたんだが……ふぅ、元気そうで安心したよ」
空中にその身を出してからは、特に元気そうに動き回り始めたフォースを見て、俺は密かに胸を撫で下ろす。
実際、最後に放ったトドメの一撃にはフォースもその身体を構成している超エネルギーの内、かなりの量を消費していたのである。
お陰で今も少なからず消耗した状態が続いており、だからこそ思わず心配しだしてしまっても仕方がないだろう。……ただ、それを言うなら戦闘の高揚感によるものとはいえ、迷わずゴーサインを出してしまった少し前の自分が一番の元凶になるのだが。
まぁ、でも……見たところ、どうやらフォースの消費してしまったエネルギーは少しずつだが確実に回復していっているようだ。
これは本人(?)の言う通り、本当に心配する必要はなかったみたいだな。
俺は、一人静かにそう思うのだった。
「――さて、と……」
そうして息を吐き、俺は思考を切り換える。
これでお互いの無事も確認できた。
となると……次だ。
今回の戦いで得られたものについて、気になってくるわけだが……どうにも何か嫌な予感がする。
が、何れにせよ確認しなくてはならないことに変わりはない。
故に覚悟を決めて、俺は口を開いた。
「……。……“ステータス”」
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名前:霧崎 邪悪 (ジャック=キリサキ)
天能:【狂天】
> 《十六夜兵装》
『第一兵装:バタフライナイフ』
――【異天】
[虚偽の仮面]
[鬼神の力]
[ガム召喚]
[眷属生成]
『第二兵装:我喰』
――【吸収】
『第三兵装:偽翼』
――【引天】
『第四兵装』 Lost
『第五兵装』 Lost
『第六兵装』 Lost
『第七兵装』 Lost
『第八兵装』 Lost
『第九兵装』 Lost
『第十兵装』 Lost
『第十一兵装』 Lost
『第十二兵装』 Lost
『第十三兵装:ネオ=メシア』
――【暴装】
『第十四兵装』 Lost
『第十五兵装:最終究極紳士服』
――【再生】【反射】【快適】
『第十六兵装:???』
――【???】
位階:狂天師 99
称号:神敵,狂天,アンリミット超神帝国民,復讐者
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表示されたステータスを見て、あぁやっぱりかと落胆する。
感覚的に既に解っていたが……こうして直に見てしまうと本当に成長していないという現実を突き付けられたような感じで、残念で仕方がない。
「結局、変わった点と言えば《十六夜兵装》の一つである『第三兵装:偽翼』が戻り、ステータス覧に加わったことくらいで……――狂天師に、位階は99と……相も変わらず変化なし、か……」
ハァ……と、大きく溜息を吐く。
どうやら、『天師』レベルだと位階レベルも揃ってこれで頭打ちになるらしい。
これ以上の上昇は、どうしても狂天を『天使』レベルに昇華させないとダメなようだ。
だけど、それにしたって避けて通れない問題が一つだけできてしまう。
即ち――――
(そもそも『天師』レベルから『天使』レベルへのランクアップって、どうすれば成れるのか?)
――と、何より俺が何も理解していないということであった。
だが、こればかりは本当にどうしようもない。
知らないものは、知らないのだ。
なので非常に残念だが、今は位階レベルを上げることで目に見えて強くなるよりも、もっと根源的な部分――戦闘における技巧というものを伸ばしていくべきであろう。
(――うん、そうだな。最終目標である神への復讐を思うと……普通に考えて、強くなるためには基礎身体能力だけでなく、やっぱり戦闘技術面の方を優先して磨いていくことこそが最も重要だよな)
思えば今回の敵は、今までに遭ってきたどんな敵よりも断トツに強かった。
それこそ、かつて止めを刺す直前で惜しくも逃げられてしまった、俺の復讐対象である彼のくそ女神――シェルミールよりも、だ!
でも、これから先の長い復讐道を思うと、きっと今回の敵もいずれは雑魚に分類されることとなるだろう。何となく、物語のテンプレに則ったらそんな事へとなる気がする。
故に貪欲な強さを求める身として、俺はこの程度の障害で止まるわけにはいかなかった。
更なる強者へと至る道を、探さないわけにはいかなかったのである!
そう、全ては復讐のために。
ともあれ、そうして俺の思考はどんどん、どんどんと過熱していき――――
……。
「……いや待て。――シェルミールよりも、だと?」
ふと、口をついて出たその言葉に、思考が急速に冷えていく。
何だろう、何か……物凄い違和感を覚えた気がする。
だが具体的に、その何かが俺にはよく分からなかった。
重要なはずなのに、それも割と簡単に気づけそうな気がするのに……一切の何も分からないことが、大変もどかしい。
……あぁ、くそっ。
あまりのもどかしさに、だんだんイラついてきた。
本当に何だというのだ、この違和感は!?
分からない。分からない分からない分からない分からない!
ぐるぐると悪循環し、更には無限にループしていく思考。
そして――――
「だぁぁぁあああッ、もうッ! とにかく! ――俺は、絶対に! 復讐をッ! するッッ!!」
ついにそれが耐えきれなくなった俺は、やがて……最早、驚くフォースをも余所に全力全開の大声で叫びだすのだった。
……。
…………。
と、まぁそんなわけで色々と思考をしている中に沸々と怒りがどうしようもなく込み上がってきた俺は、だんだん細かい反省をするのが面倒になってきたこともあって、さっさと残りの確認も手早く終わらせることにした。
なんせ、最後のモンスターも殺したことだし……最早、デクスオーロの試練迷宮『千の凶悪』にこれ以上の用はないのだ。むしろ率直に言って、俺はなるべく早く地上を目指して帰りたいのだ!
とはいえ……
「ここから、どうやって帰ったものか……」
辺りを見回し、次いで困った声を上げる。
それもそのはず。周囲は見渡す限りの真空世界が広がっており、出口のでの字も見当たらないような状況なのだ。
……つまりそれがどういう事かと言うと、九九九階層からこの謎の空間へと転送されて以降、一切の変化を見せない状況に、流石の俺もほとほと困り果ててしまっていたのである。
これがせめて今まで通りに階段か何かで繋がっていれば、或いはそこを辿ることですぐに地上へと帰還することができたのかもしれないが……生憎と現実は、俺にとってはただ理不尽で厳しいもの以外の何物でもなかった。
「ハァァァ…………」
長い、長い溜息。
どうしよう……出る方法を考えるだけでも、既に果てしなく面倒くさい。
(本当に、どうしたものかなぁ……)
思わず、何もないのに天井(自分にとっての上方向)を仰ぎ見て、俺は帰還方法について黙考を始める。
……だが、どれだけ考えようと有効な手立ては一向に浮かんでこない。むしろ、その時間だけ自分がどれほど無為な時間を過ごしてしまったのかと思うと、何だかとんでもなく虚しくなってきた。
結果、何だか全てがどうでもよくなった俺は、自然とある結論に達する。
(よし――――ぶち抜こう)
そしてその結論こそが、最終手段――――暴力。
例え空間ごと隔離されていようが、その空間ごとぶち抜いてしまえばいいじゃないか!
それは……実現性が限りなく低い、極論とも言うべき――暴論。
しかし実際に思いつくだけあって、現在の俺からすればそれは、決して実現できないことでもなかった。
故に、至極軽くその思考に達した俺は、即座に相棒であるフォースに向かって目配せをする。そうして、超・巨竜神をも一撃で屠ったあの技の再現をしようと(ただし、現在回復中とはいえそれなりに消耗してしまっていることも考えて、先ほどよりも相当に威力を抑えた状態で、である)合図を送った……のだが――――
「――ん? どうした……?」
攻撃の合図を送ってから暫く……いつもの様な反応が返ってこないことに気づき、俺は疑問の声を上げる。
訝しげに思って視線を向けて見てみると、空中でジッと動かず待機をしているフォースがこちらに対し、何やら焦りながら訴えかけるように空間を震わし続けているのが目に入ってきた。
――――ゾワァン……!(ハ・イ・ゴ・ミ・テ)
(? ……後ろ? 今更、俺の後ろに何があるって言うんだ?)
不思議に思いつつ、けれど俺は言われた通り、フォースの目線(雰囲気)を辿って振り返り――――
「――――ッ!」
――瞬間、視界に映った光景にハッと息を呑む。
果たして、そこには爛々と輝く謎の怪しげな魔法陣に……そしてその中心に堂々と突き立っている、何やら神々しい雰囲気を放ち続ける真っ白な美しき長剣があった。
相互の距離は、僅か数メートル程度。
『いつの間に……!?』――――と、思わず本気で驚愕してしまうのも無理はない。
ましてや、今の俺は身体能力と共に感知能力も途轍もない性能を誇っており……それ故にこの距離感にも関わらず、何も把握できなかったことが何よりの驚きだった。
そんなわけで、当然、反射的に距離を取ろうとしたわけなのだが――――
――――ポーン♪
……ふと、鳴り響いた通知音に、俺は全身の動きをピタリと止める。
そして、丁度その時の事であった――――
――いつかの時と同じように、俺の脳裏へと直接イメージが流れ込んできたのは……!
……
…………
《デクスオーロの迷宮『千の凶悪』の攻略を確認しました。
――――完全攻略、おめでとうございます。
つきましては、帰還に関しましては魔法陣により、第一階層前までそのまま安全に転送致しますので、先に攻略の証として『神剣サウザンド』を受け取り、その後で改めて魔法陣の上での待機をお願い致します。
尚、転送は、攻略の証を引き抜いてから数秒後に開始されますので、十分にご注意ください。
――それでは、次も他の試練迷宮への挑戦を、お待ちしております》
…………
……
……。ともあれ、こうして脳裏へと流れ込んでくるイメージが――“迷宮からの最後のお知らせ”が、終了した。
そして――――
「――へぇ~?」
なるほど……と、一つ頷く。
つまり、あれか? あの魔法陣と剣は要するに、迷宮攻略者に向けた褒美と、帰りに困った人のために用意された帰還手段ってところなのか……
視線を目の前にある魔法陣へと戻しながら、なおも思考し続けていた俺は瞬時にそう理解した。
そう……理解したが故に――――
「ふ~ん……?」
――俺は、静かに魔法陣へ向けて歩き出す。
先ほどの“迷宮からの最後のお知らせ”の内容を信じるのだとするならば、恐らく目の前にあるソレは、本当に唯一この迷宮から安全を保障されたという出口なのであろう。
直感だが脅威や危険、或いは罠というものは存在していないように思われる。
だったらもう、俺たちに残された選択肢は“今だけは大人しく従う”というものしかない。
なんせ他に、安全確実に帰還できる方法なんてこれっぽっちも知らないのだから。
(だが、まぁ……強いて言えば、やっぱり自分の身体を自分じゃないナニカが勝手に動かす感覚には、少しだけ不安を覚えてしまうものだよなぁ……何より、全くもって慣れるものでもないしな……うん。結論、――最悪の気分だぜ)
心の中で盛大に吐き捨てつつも、足だけは宙をそっと蹴ることで動かし続け……そうして、ついに迷宮攻略の証である神剣の目の前――魔法陣の下へと辿り着く。
さて……これで後は剣に手を伸ばし、次いで掴み取るだけで全てが完了だ。
最後に俺は、ずっと斜め後ろからくっついてきていたフォースに目線を遣るが……しかし互いに何も言わず、ただ一度だけ力強く頷き合う。
そう、口にせずとも分かっているのだ。――覚悟は当にできている、ということを!
「――ってなわけで、早速だが……さっさと剣を抜いて地上へ帰るとするか!」
そう言い放つや否や、俺は目の前に突き立った神剣を握り、そして一気に魔法陣から引っこ抜く。
すると途端に帰還条件を満たしたせいか、強く光輝き出す魔法陣。
やがてそれは、時間経過と共に放たれる光の量も少しずつだが着実に増えていき、ついには俺の視界を真っ白に埋め尽くすほどとなり――――…………
……。
…………。
「――――……。……戻れた、か……」
視界を埋め尽くしていた真っ白な光から解放されたことで、ようやく眩しすぎたせいで閉ざしてしまっていた目も開けることができるようになった。
そして同時に、必然的に充血した白眼を見開いた俺は、ついに目前へと広がる光景を目にする。
――果たして、そこには見渡す限りの深い森が広がっていた。
加えて、それは正しく、かつて俺があの迷宮に迷い込んでしまう瞬間……そのギリギリ直前まで目にしていた光景そのものであり――――
「――あぁ、懐かしの森よ……俺は、俺は帰って来たぞォッ……!」
その言葉通り、あまりの懐かしさに俺の興奮も止まることを知らないレベルまで高まり……結果、自分でも思わずといった感じで、つい声を大にして叫びだしてしまうのだった。
けれど……それも、無理もない。
なぜなら、それほど数か月ぶりに吸った外の空気は美味いものだったのだ。
おまけにここは大自然ど真ん中とも言える場所だし……むしろ、そんな中での深呼吸に歓喜するなと言う方が難しい相談である。
……というわけで、――チャンスとばかりに、盛大に寛ぎ始める俺。
索敵関係も実は既に真っ先に済ませてある。……周辺に敵影、及び植物以外の生命体反応なし……!
(はぁぁぁ……全くだぜ。やっぱ地下は超・長時間も籠るものじゃねぇな……)
ごろり、と大地に寝転がる。……ただし、その片手には相変わらずしっかりと『我喰』が握られており、そこだけは完全に気を緩めていないと物語っているのだが。
ともあれ、そうして寝転がりながら俺は、森林浴の気持ちよさに思わず目を細めた。
先ほどまで盛大に興奮していたのも嘘のよう……
心がどんどん静まっていくのを、俺はそんな心地良さの中でウトウトとしながらも、確かに感じ取っていたのであった。
……。
……とまぁ、ここまでが俺の、ジャック=キリサキが森へと帰還した時から続く様子の一部始終だったわけだが――しかし、もう一人の同行者の事も、決して忘れてはならない。
もう一人の同行者――ズバリ、フォースの事である!
そもそも俺の眷属兼仲間であるフォースは、迷宮内にいた時に生まれた存在だ。
なので当然、我が相棒が外の世界なぞ知る由もなく……今回の外出こそが正真正銘、初めての外出と相成ったわけで――――
――――ゾワァン……! ゾワァァァン……!!
ウトウトとしながらも、ちらりと背後に視線を送って見れば……そこには初めて見る光景に、『スゲー! スゲェー!』――と、はしゃぎ回って大興奮している相棒の姿が。
その興奮度を具体的に言い表すとすると、あまりの興奮のせいで無意識的に全身から大量の超エネルギーを放出してしまっているほどで……――――って、おいッ!?
「フォース!? 森! 森が消滅しちゃうって!!」
ガバッと思わず跳ね起き、一瞬で眠気も消え去った俺は慌てて相棒に向けて注意をする。
やべぇ……すっかり忘れていたが、これでも他からすれば俺たちは存在自体が既にヤバイと言える領域に到達しているんだったな……危ない、危ない。
実際にフォースが触れたことで消滅してしまった木々の一部を見て、その事をハッキリと理解した俺は、そうして急いで相棒にも色々と気をつけるように強く自覚させるのだった。
……。
…………。
――――ゾワァン……(ス・ミ・マ・セ・ン)
……目の前の空中で浮遊し続けるフォースは、そう言うや否や思いっきり頭を下げて(雰囲気)謝罪してきた。
それに対し、俺もまた本気で困りながらも許しの言葉をかけ続ける。
いや、まぁ、その……本当、気にするなよ。
興奮してしまっていたのは俺も一緒だし……何よりフォースは初めて迷宮の外の世界に触れたのだ。その事を念頭に考えてみると、今回の件も思わず我を忘れてしまうのは仕方のないことだと思う。
……例え、そのせいで周囲の環境を無意識的に破壊していたとしても、それも所詮は些事であるからして(意味不明な暴論)、だからこそ本当に仕方がないのだ。
なお、勘違いしないでほしいのだが、この弁護は決して“一歩間違えたら自分もフォースのように興奮のあまりに災害を引き起こしてしまっていたかもしれなかったから”などというショボイ理由により、行っているわけではない。これは純粋に、仲間の事を想ってフォローしているのである。
だから……うん、問題ない問題ない。
本当に、問題なんてどこにもないのだ。
……。
てなわけで、フォースの引き起こした災害とそれに伴い発生した各種被害を強引にもなかった事にした俺は――――
「――ともあれ、お互い休憩も十分に取れたことだし……そろそろ再出発と行こうか」
――と、鬱蒼と生い茂った森の木々の隙間から僅かに見える空へと向けて、しっかりと顔を上げて視線も固定させると同時に、そう言い放った。
ともすれば、そこには若干の投げやり感が漂っていたものの、それでも俺が今後の様々な事に向けた覚悟を決めて意識を切り換えつつあることだけは察したのだろう……フォースも先ほどまでの態度から一転して、毅然とした反応を即座に返してくる。
うむ、よろしい。
相棒の調子が完全に戻った事を悟った俺は、そうして再び頭上へと顔を上げる。
すると視界に映るは、大量に覆い茂っている草木の数々。
その、あまりにも大量すぎるせいで、見上げた空のほとんどの部分を覆い隠してしまっており……正直、今から空を飛んで移動しようとしている者からすれば、それは物凄く邪魔なもの以外の何物でもない。
(……ならば、まずはあれから片づけるか)
故に、“障害は排除するのみ”を信条とする俺は、そこで徐に左手を……というか、むしろその手に持った十五メートル前後の巨剣――『我喰』(改)の切っ先を頭上の草木へと、真っ直ぐ突きつけるようにして差し向け――――そして、一言。
「――――“真・護武躙砲”――――」
瞬間――、パッ! と弾ける光の柱。
『我喰』(改)の切っ先から放たれ、半径だけで数十メートルにも及ぶそれは……果たして俺の狙い通り、その途中に存在していた障害の尽くを滅した上で、遙か上空の彼方まで貫いている。
恐るべき、真・護武躙砲……!
見る者が見ればすぐに分かると思うが、それは威力こそ本来のものより相当に劣っているものの、技自体は完全に超・巨竜神を滅ぼした攻撃のコピーそのものであった!
本当に、恐るべき技である……!
……。
……まぁ、兎にも角にも上空への道は、こうして(物理的にだが)拓くことができたわけだ。
あとはもう、旅立つだけ……
故に俺は、ただ只管に空を真っ直ぐ見据え――そっと口を開く。
「じゃあ……行くぞ。
――“顕現せよ、『第三兵装:偽翼』”……ッ!」
そして新たに手にした《十六夜兵装》の顕現を実行――即ち、無数の銀色の刃で構成された巨大な翼を背に生やした俺は、手に持っていた『我喰』もフッと虚空に消すと、すぐさま近くにいたフォースを再び懐の中へ抱え込むと同時に、自慢の脚力を活かして一気に上空まで跳躍し……――――見つけた。
森の切れ目である端と、その先に存在している巨大な要塞都市。――俺の本来の目的地である、人の街だ。
「――クハハッ」
ようやく見つけられた人の街……、歓喜のあまりに思わず笑い声までもが漏れてしまう。
とはいえ、長かった。この状況をここまで持って来るのは、本当に大変で……長かった。
だから――――
「――――クハッ、クハハッ……クハーッハッハッハッハッハッハッハーッ!」
『偽翼』の固有能力である【引天】により飛翔能力を得た俺は、やがて狂笑を上げつつも一筋の流星となり、目的の場所へと文字通り飛んでいくのであった。




