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狂神が嗤う  作者: 限破
狂神転生編 第二章 神敵顕在
12/47

012.誰も知らない森の中で〈後編〉

前半は第三者視点。

後半に少しだけ主人公視点。

 ――――『神敵、顕在』


 その報は、ヴァリエーレ聖王国の上層部の者たちにとって動揺を招かずにはいられないものだった。

 彼らがその報を耳にした時、それは――――丁度神託によって知らされた“黒の神敵”を捕え、すぐさまヴァリエーレ聖王国の聖王を介して女神シェルミールの下へと贈った……その、翌日の事である。

 なぜ女神に贈ったはずの神敵が一日も経たずに再び現れたのか?

 本来ならば、ここで再び女神シェルミールに指示を仰ぐはずなのだが……運が悪いことに彼らの望んだ神託は下されず(ジャックに殺されそうになり、他の神の手でどこかへと逃がされたため)、結果として彼らは自分たちだけで“黒の神敵”の対処について考え、行動しなければならなくなったのだ。

 とはいえ、その判断自体はそう難しいことでもない。

 結論は、ヴァリエーレ聖王国上層部にていとも容易く下されたのであった。

 そう……“黒の神敵”に対する女神が先に下した神託の通り――例え死体でもいいから女神のところへと届けろという、その言葉通り――今度こそ彼らは、ヴァリエーレ聖王国の総力を挙げて“黒の神敵”を抹殺することにしたのである。

 故に――――


 場所は変わって西の辺境都市ヴィーラン。

 件の“黒の神敵”ジャック=キリサキの存在が確認されたとされるルッジ村に隣接した森――通称“終焉の森”を抜けた先にある、ジャックがアンリミット超神帝国にいた時に目を付けた人の町……何より、“終焉の森”により生みだされるモンスター被害が甚大なため、ヴァリエーレ聖王国でも最も強力な聖騎士を守護者として置いている要塞都市――――それが、西の辺境都市ヴィーランであった。

 ともあれ、そんな地理的にも戦力的にも優れていたヴィーランに――正しくはそこを拠点に西の地域全体を守護している聖騎士グレゴリオ=バルツロケッタに、ヴァリエーレ聖王国の上層部は“黒の神敵”の捜索、及び抹殺を同じ聖騎士であるメルクリオ=サンタパーニアを通して命じたのである。



 そして時は丁度、ジャックが森に――“終焉の森”に入ってから二週間ほどが過ぎた頃。

 西の辺境都市ヴィーランにある聖騎士グレゴリオの屋敷、その執務室にて……全身がダボダボに太った醜い豚のような中年の男――聖騎士グレゴリオは、同じく聖騎士だがイケメンのメルクリオから“黒の神敵”に関する情報を聞かされていた。

 『神敵、顕在』という報告について。

 それに対する女神シェルミールの神託がなぜか下されない件について。

 仕方がないから聖王国の上層部で再び“黒の神敵”の抹殺を決定したことについて。

 それから“黒の神敵”の存在が確認されたというルッジ村――聖王直属の隠密部隊の村が丸ごと滅ぼされていた件について――――


「なッ……それは本当か!?」


 どれも確かに重要な話であり、見た目こそは醜いが実際は意外と高潔な人物であるグレゴリオも深刻そうな顔で聞いていたのだが……途中で語られた「ルッジ村、全滅」という情報には、流石のグレゴリオでも思わず目を開きながら驚きの声を上げた。

 聖王直属の隠密部隊……元は傭兵部隊として知られているが、現在では部隊内の子供に至るまでの全員が通常の騎士や隠密以上の強さと錬度を誇っており――だからこそ、グレゴリオはそんな彼らを全滅させたという“黒の神敵”の脅威が想像以上だったことに驚いたのである。

 だが、そんな驚きもそこそこに聖騎士グレゴリオは冷静さを取り戻して、考える。

 敵の戦力は未知数。

 少なくとも聖王直属の隠密部隊を一夜にして、一人も逃さずに殺せるほどの力を有する……

 だとすると――――


「フゥゥゥ……やれやれ。どうやら、かなり厄介なことになりそうだ」


 恐らく……いや、これはもう絶対に只事ではすまなくなるだろう。

 聖騎士としてのグレゴリオの勘が、今聞いて整理した情報を基にそう判断する。

 ヴィーラン(ここ)には知性なきモンスターを斃すために必要な大量の兵力はあるが、それを個人や少数で為し遂げられるような者は聖騎士グレゴリオを除いて存在しない。

 つまり聖王直属の隠密部隊を丸ごと屠るような化け物が相手では、聖騎士グレゴリオ以外なんて役不足もいいところ……有り体に言えば、数を揃えても無意味なのだ。

 ヴァリエーレ聖王国で最強の存在と言われる、三人しかいない聖騎士の中の一人であるグレゴリオは、そのことをよく理解している。

 常識を超えるほど突出した力は、数にも勝る……ということを。


 ともあれ、“黒の神敵”がグレゴリオの言う化け物レベルというのも実は単なる可能性の一つであり、当然そうではない可能性もきちんと存在する。

 だからこそ、どちらにせよ元より神敵を見逃す気のなかったグレゴリオは、せめて敵が化け物レベルではないという可能性にかけて、部下の騎士たちを呼んでヴィーランが保有する兵力の半分を“黒の神敵”の捜索に当たるよう命令を下したのであった。

 ……もちろん、もしもの時のこともしっかり考えて、送り出した中の何人かは必ず報告に戻ってこられるよう十分以上に安全策を取った上での作戦、だったが。

 ヴァリエーレ聖王国の最強戦力の一つ、西の守護者である聖騎士グレゴリオたちは、こうして神敵――ジャック=キリサキの討滅に動き出すこととなった……。


 余談だがその後、グレゴリオは聖王都より派遣されてきたメルクリオが彼のところへ来るよりも先に、実はヴィーランと終焉の森を素通りしてルッジ村まで行き、更には勝手に生き残りの少女を一人連れ帰ってきたことを知って、その独断専行に大激怒して聖騎士同士で大いに揉めることとなるのだが……それはまた別の話である。




    ◆    ◆    ◆    ◆




 ――――『神敵捜索作戦部隊』


 その名の通り、“黒の神敵”の生存を知った聖騎士グレゴリオによって編成され、西の辺境都市ヴィーランより送られた騎士及び兵士たちの部隊である。

 そしてそんな彼らだが、現在“黒の神敵”の存在が確認されたというルッジ村に向けて総数約五千の部隊を横一列に展開し、終焉の森の中を突き進んでいた。

 目的は“黒の神敵”の捜索、及び発見し次第ヴィーランに報告をすること。

 つまり横一列に部隊を展開させ、そのまま行軍させているのも全て、どこにいるとも知れない“黒の神敵”を見つけ出すための陣形なのだ。

 ……なお、横一列と言っても、彼らの背後にはしっかりと後方部隊が――グレゴリオ直属の精鋭騎士数十名が詰めている。言い方は悪いが他の兵たちよりも格上であるため、不測の事態でも生き残りやすく何かあった時も報告を期待できる……それが、グレゴリオが狙って指示を出して取らせた安全策だった。

 ……。



 探索開始から四日後。

 神敵捜索作戦部隊は終焉の森の半ばまで探索を終えていた。

 しかし成果は未だにゼロ。

 “黒の神敵”の影も形も見つけられない状況に、後方にいるグレゴリオ直属の精鋭騎士数十名はともかく、只管森の木々を切り続けながら(終焉の森は通常の森よりも深いため、大人数で進むには草木を刈らないと歩くこともままならないのだ)探索をしている兵士たちには退屈でしかなく、早くも一部の兵たちがやる気を失わせてきている。

 だが――――


「何ッ? ……唐突に部隊の一部と連絡が着かなくなった? 伝令を派遣しても、なぜか戻ってこない……だと?」


 いつも通りに行われた、横一列に展開させた全部隊から後方にいるグレゴリオ直属の精鋭騎士、その隊長格の男への定時報告。

 不測の事態は常に予想もできないタイミングでやってくる……とばかりに、誰もが気を抜いた瞬間(とき)にその不吉な報告はやってきた。


「は! 現在は派遣した伝令が戻ってこないことから、隣接する部隊も警戒して静観を続けておりますが……連絡が取れなくなった人数が百も超えたこともあり、また兵士たちの間にも不安が広まってきております」

「フゥム……不安に晒されるほど隙を作った兵たちも悪いが……なるほど。これは明らかに、ナニカ(・・・)がいるな……“黒の神敵”かどうかは分からんが、その可能性も高い……」


 思考は一瞬。

 この作戦の指揮権を握るグレゴリオ直属の精鋭騎士の隊長格である男――バルナート=フォルカは、即座に部下たちを通して全軍へと告げた。

 「“黒の神敵”と思しき不審な存在を発見。至急、全軍で以って敵を包囲せよ」――と。



 そして翌日。

 ある一点を狙って完全な包囲陣を敷いた彼らは、とある不思議な光景を目にすることとなる。


「なぁ、おい……あの遠目に見える奴らって、連絡の着かなくなった部隊の奴らじゃねーか?」


 ポツリ、と包囲陣を敷いた兵たちの中で、誰かがそう呟いた。

 その言葉に反応し、周囲にいる他の兵士たちと騎士たちは揃って「何をバカなことを言ってるんだ?」と思いながら、それでもとりあえずといった感じで彼らによって取り囲まれているものへと注視してみる。

 森の奥……目を凝らせば、確かに草木の間から何やら大量の人の影のようなものが見え――――


「……本当だ……」


 誰かの呟きが再び響き渡る。

 しかし、今度はその誰もが驚愕した表情を浮かべ、口々に驚きを声に上げていた。

 最早死んでしまったとさえ思われていた仲間たちが生きていたのだ。

 そのことに喜びを感じずにはいられない者などはなく、瞬間、一部の兵士たちなんかは部隊から飛び出して行こうとするのだが――――


「――待てッ……! ……何か様子がおかしい」


 厳かに告げられたその言葉に、ふと現在作戦行動中だということを急遽思いだしたこともあって踏み止まった。

 そしてその場にいる全員が、たった今声を上げた者――神敵捜索作戦部隊の指揮官であるバルナートへと視線を向ける。

 部下に告げられて急いできたのだろう、バルナートは荒れた息を整えながら問題の連絡が着かなくなった兵士たちを見つめ……そうして改めて周囲の兵士や騎士たちに語りかけた。


「仮に……仮に森の奥に見えるのが我々の仲間だとして、ならばなぜ生きていたというのに今まで連絡の一つも寄こさなかった? 何よりまずそれがおかしいだろう……、それに――――」


 次々と羅列されていく連絡の着かなくなった仲間たちの怪しい点。

 想像以上に長いその話を聞き、しかし確かにその通りであると兵士たちや騎士たちは、いつの間にやら忘れていた警戒感を持ち始めた。

 で。そんな周囲の様子に気づいたバルナートも、ようやく話の結論を口にする。

 即ち、それは――「故に全軍、包囲陣を崩さずに少しずつ距離を縮めろ。それと何が出ても絶対に逃すな」といった完全に戦力が未知数の敵に対する警戒心からくる、酷く保守的な作戦案であった……。


 ともあれ、そんなわけで新たな作戦が開始される。

 当初は敵に気づかれないよう、十分に気を付けた上で包囲する……といったものが、今ではもう遠慮も何も一切関係ないとばかりに――むしろ相手にプレッシャーをかけるようにして全軍で包囲を狭め、徐々に距離を詰めて行った。

 そうするとやがて、明確な敵――“黒の神敵”――の姿こそは見えないが、連絡の着かなくなった仲間たちと思しき人影ははっきりと確認できるようになり――――



「何だ……これは?」 



 ついに彼らは、先ほどまで見ていた不思議な光景どころではない――――本物の異常に、遭遇してしまった。

 目の前には、彼らと連絡の着かなくなっていた全ての仲間たちが立ち並んでいる。

 けれど、そんな仲間たちに神敵捜索作戦部隊の兵士たちや騎士たちが近づき、どれだけ声をかけ、目の前で手を振ろうと――その一切に仲間たちは反応を示さず、まるで生きた銅像が如く只々立ち尽くすのみ……。

 ――――これは“異常”だ。

 その瞬間、神敵捜索作戦部隊の誰もが――兵士や騎士、グレゴリオ直属の精鋭騎士などの関係もなく誰もが、この……目の前に広がる光景を異常であると感じ、同時に背筋に何やら薄ら寒いものも覚えた。


「ぜ、全軍に……告げる……ッ」


 故に、この結果もある意味当然だろう。

 神敵捜索作戦部隊の指揮官であるバルナートは青褪めた顔のまま、多分に緊張感を含ませた小声で全軍に命令を下したのだ。

 「ゆっくりと、少しずつ後退し、そうして静かに撤退せよ」――――という、勇猛さの欠片もない命令を。

 しかしこの場合に限り、バルナートのその判断は正しい。

 なぜなら未知の脅威に対して、何の対策もなしに突っ込むことこそ、最もやってはいけない行為だからだ。

 そのため、咄嗟のこととはいえバルナートの判断は英断と言えただろう…………もしも生きて帰れたら、の話だが。



「――凍って、る……?」



 周囲が静かなせいか、やけに辺りへと響き渡る誰かの声。

 バッと勢いよく、その音源の方向へと振り向けば――丁度、撤退中に不注意かミスの何かでぶつかって倒してしまったのだろう……まるで生きた銅像の如く立ち尽くしていたモノの中の一つを地面から起こそうと、倒してしまった張本人たる一人の兵士が自らの手で触れ、その妙に冷たい……それこそ氷のような(・・・・・)感触に首を傾げている光景が目に入った。


「バカッ、よせッ……!」


 突如として猛烈に嫌な予感が沸き起こったバルナートは、思わず焦燥感も露わに叫んだ――――が、時既に遅し。


『――え……?』


 果たしてそれは誰が呟いたのか……バルナートか周囲の兵士や騎士たちの中の誰かか、或いはバルナートの声に反応して振り返った――不注意かミスの何かで倒してしまった元仲間たちを地面から起こそうと未だに己の手を触れさせている――件の一人の兵士か。

 ともかく、誰かが小さく呟きを漏らした時にはもう……件の兵士は既に、あらゆる動きを止めていたのだ。

 そう――――まるで(・・・)生きた銅(・・・・)像の如く(・・・・)、永遠に……その動きという動きを、止めたのである。


「「「「「――ッッッ……!!!」」」」」


 衝撃――呆然――驚愕――恐怖――絶望。

 瞬く間に神敵捜索作戦部隊の全員に伝染していく感情。

 だが、間違えてはならない。

 なんせ、彼らの不幸はまだ――――



 ――――始まったばかりなのだから。



(――ん……?)


 ――――ヒュゥゥゥ……


 刹那。一陣の小さな風が吹き抜いていく音を、バルナートは耳に捉える。

 この終焉の森に来て、初めて聞いた風の音を――――


(――待て……風、だと?)


 終焉の森には、通常の森と違う点が二つほど存在する。

 一つは、誰もが知るところである大量の、それも下手をすれば一体だけで小さな町なら滅ぼせてしまえるようなモンスターが、ある一定期間を過ぎると何の前触れもなく出現すること(もちろん雑魚モンスターも出現する)。

 そしてもう一つなのだが、これは一般的には知られていないことで……通常は一度入ってしまえば死を覚悟しなくてはならないほど、危険と認識されている終焉の森。

 ……けれど実は、モンスターが出現すると言われている期間の前後とその間だけ、この森は草木以外に何も――凡そ動きのある生命を感じさせない……何より音や風といったいくつかの自然環境すらも存在しない、ある種の空白地帯へと変化するのだ。

 ――――以上の事から、事前調査によりモンスターが存在しないことを知っていたはずのバルナート及びその他の面々(ショックから回復し、冷静になれた数人)は、存在しないはずの風の音を聞き……そのありえない事実に、だからこそ元から青褪めていた顔色を更に悪化させたのである。

 しかし、それでも神敵捜索作戦部隊の指揮官――つまり責任者であるバルナートは、確かめなければならないことがあった。

 そのため、先ほどのように風の音がした方向へ……されど先ほどとは違ってゆっくりと、恐る恐る視線を向けてみると――――


「――あぁ……、そんな……嘘、だろ……?」


 呆然とした様子で呟いたバルナートは、そのまま全軍に急いで撤退を指示したことさえも忘れ、膝から地面へと崩れ落ちた。

 ……見れば、周囲にいるいくつかの者たちもバルナートと同じく、全身の力を失って地面にへたり込んでしまっている。

 だがそれも無理はないだろう。

 なぜなら、今の一瞬でバルナートから見て右側に展開された部隊の約数百人が全員まとめて――――その全身を生きた銅(・・・・)像の如く(・・・・)、動きを止めていたからである。

 言い換えれば、そう……全員が等しく、バルナートの命令通りに撤退する姿勢のまま――――


 ――――その場で凍っていたのだ。


 ……。


「「「「「――…………――――」」」」」


 ――――無言。

 より絶望的な光景に、彼ら神敵捜索作戦部隊の兵士及び騎士たちは衝撃のあまり呼吸すらも忘れて固まってしまう――――が。

 そんな愕然とする彼らの時間を、しかし状況(・・)が許さなかったのだ。


 ――――……ヒュゥゥゥ……


 遙か彼方から風の音が再び、彼らの耳に入ってきたのである。

 そして更に、性質の悪いことに今度の風は――――


 ――――ビュウゥゥゥ……!


 強風ならぬ、それ以上の風力を伴った死を振り撒く風――――狂風であったのだ。


(――あ、死んだな。これ)


 目に見える範囲の全てを凍てつかせながら接近する風を前にして、バルナートは冷静に思う。

 呆然と固まっていた部下たちでさえ、死を目の前にした瞬間、必死に手足を動かして逃げようとしたのに対し、この男は目前にまで迫った死を振り撒く狂風を只々冷静に見つめ続け……敵の正体を暴こうとしていたのだ――――が……


(……無理だ、何も……分からない。これ以上は、もう……――申し訳ございません、閣下(グレゴリオ様)……“黒の神敵”を見つけることなく果てるこの身を……どうか、お許しくださ――――)


 結局、最期まで敵の姿を見極めることすら叶わず、そして己の主に対する謝罪の思考も半ばに……バルナートたち神敵捜索作戦部隊は一瞬にして――――荒れ狂う風に呑みこまれてしまうのであった……。

 ……。

 …………。



 悪いことというのは、常に唐突にやってくる。

 彼ら神敵捜索作戦部隊の場合は、そのタイミングが今だった……ということだ。

 故に不幸、不運。

 あっという間に指揮官のバルナートごと凍てついたことで全滅したのは、あくまでも不幸としか言いようがなかったのである。


 ただ、それでも唯一幸いだったことと言えば、やはり聖騎士グレゴリオが安全策として考案した指示が効いたことであろう。

 なんせ、それによって神敵捜索作戦部隊が原因不明の事故(・・)で全滅した――そのことを、グレゴリオは逸早く知ることができ、お陰で(今回の被害の規模から想定できる最悪に対する)対策を講じる時間を得ることができたのだから……。

 ――――安全策……つまり、森の外で待機していた伝令兵(終焉の森にいる部隊から定期連絡が途絶えれば全滅したと判断して動く)からそんな報告を受けたグレゴリオはしかし、まだ見ぬ敵に深くまで思考を巡らせつつも、心の中で静かに怒りと闘志を燃やし続けるのであった。




 因みに、もしもこの時――凍てつく風が吹き荒れるよりも先に神敵捜索作戦部隊が凍りついた仲間たちの姿を見て動揺せずに――彼らが怪しいと思って囲みこんだという、敵がいると思われる目標地点の中央まで脇目を振らずに行っていれば……恐らく彼らはソレ(・・)を目にすることができただろう。

 山ほどもあるただの土と豪華な食糧(食べられない)に池のように溜まった大量の謎の毒、更にはとんでもないレベルの冷たさを持ち、そしてその冷気をも操る様子(・・・・・・・・)を見せる氷の山(・・・・・・・)と……何より、その中に閉じ込められた、だけど微動だにしないまま眠り続ける一人の男――――“黒の神敵”ジャック=キリサキの姿を。




    ◆    ◆    ◆    ◆




~ジャック=キリサキ~



 ギラギラと照りつけてくる十三の太陽が眩しい。

 果たして、あれからどれだけの時間が過ぎたのだろうか……

 一日? 一週間? 一ヶ月? 或いはそれ以上か?

 ……ともかく、謎の猛毒によって仮死状態に陥った俺は、こうして(多分)長い時を経て再び目覚めるに至ったのだ。


「――く……くは、クハハッ……」


 ――――そう、俺は文字通り復活した。

 心臓が停止した程度では、死なない――そのことが証明されたのである。

 そう思うと……あまりにも都合のよすぎる己自身に、俺は笑いを堪えることができなかった。


「クハハハハハハッ……!」


 待っていろよ、くそ女神にヴァリエーレ!

 俺は復讐のためなら、文字通り何度だって生き返ってやる(今回は自分のミスで死にかけた)……!

 だから――絶対に、逃げられるとは思うなよ?


「ハァーッハッハッハッハッハッハッハッハッハッ……!!」


 ……。

 その、数時間後。

 俺は数枚のガムを片手に、力なく大地に四肢を投げ出し寝転がっていた。


「……ぁー……」


 何ともなしに、空に浮かぶ十三の太陽を眺めながら声を上げる。

 つい数時間ほど前までは死の淵から復活したことに対して俺は、あまりにも興奮しすぎてしまったことから辺りを全力で跳ね回っていたのだが――その途中に、ふと山ほどもある土に食品サンプル、固体窒素?(何やら透明度も上がり、僅かに動いているような気がする)と謎の猛毒を見て、『そういえば、何を思って俺はわざわざこんなものを口にしたんだっけ?』と考え――思い出したのだ。


 『腹が減りすぎて餓死しかけてたからだ』――――と。


 直後に失う全身の力。

 己の意思に逆らって大地へと崩れ落ちる自身の肉体に、俺はようやく死の淵から目覚めて今に至るまでの行動――己の調子や状態も確認せず全力で体を酷使したこと――を本気で後悔する。

 これでは迂闊に謎の猛毒を飲んで死にかけていた時と変わらない……

 つまりは――――


(――反省をしたにも関わらず、同じミスを繰り返してしまうとは……は、恥ずかしい……!)


 ――――と、いうことだった。

 とはいえ、せっかくこのように生き返ることができたのだから、いつまでも恥ずかしさに悶えているわけにもいかない。

 なんせこうしている間にも、俺が空腹によって餓死する可能性はどんどん高まっているわけだからだ。


(と、とりあえず……今はなぜか(・・・)持っているこのガムを食うことで凌ぐとしよう)


 ふるふると震える手でガムを一枚だけ掴んだ俺は、そのまま片手だけで器用に包装を剥がすとすぐに口の中へと放り込み、くちゃくちゃと咀嚼する。

 例え嗜好品であろうと、空腹時におけるガムはとてつもなく――美味かった。


「はぁ~……――くちゃくちゃ――……よし。これで多少は楽になれた、かな?」


 だんだん全身の抜けきっていた力も戻ってきた。

 頃合を見て地面から起き上がり、軽く自分の調子を確かめる。

 餓死しそうだった状態からは……うん。

 どうやらガム一枚だけでも、一時間くらいまでなら何とか耐えられそうだ。


「――さて、と……」


 では延命措置も上手くいったし、余裕と冷静さを取り戻せた今、改めて周囲の状況を整理するとしよう。

 そう思った俺は、そっと視線を落とし、自身の片手に握られた物を見た。

 そこにあった物とは――――数枚の、ガム。


「……。……というか、なんで俺はガムなんかを持っているんだ?」


 冷静になればなるほど、浮かび上がってくるその疑問。

 仮死状態より目覚めて今まで、ずっと片手に持っていたのだ。

 故に心当たりもなく、だからこそ不思議であった――――が……


「――あ。……もしかして」


 ふと思い当たる節が一つだけ存在していることに、俺は気づく。

 そういえば一回だけ、謎の猛毒によって意識を失う寸前に、【狂天】を発動させた状態で『ガムが食べたい』と口走ったことがある。

 なのでもしかすると、それが原因で俺の所有しているゴミ異能――[食べもの召喚]もガムが生まれるようなものへと変質し……――――いや。っていうか、どう考えてみても間違いなくそれが原因なのではないか!?


「ステータス!」


 見るべき場所は《十六夜兵装》の『第一兵装:バタフライナイフ』の固有能力……つまり【異天】により獲得した数々の異能の部分。

 上から[虚偽の仮面]、[鬼神の力]と続く三番目の異能として表示されているはずのそこには、しかしついこの間手に入れたゴミ異能の[食べもの召喚]はなく、その代わりに――――


 ――――[ガム召喚]と、表示されていた。


「……。……あぁ、やっぱり」


 [ガム召喚]。好きな時に好きな数だけのガムを生み出せる(・・・・・)異能。

 そして本来あるべき[食べもの召喚]という異能が【狂天】の狂化により変質し、その結果として出来上がった異能である。

 ……。


(……まぁ、大体推理通りの結果だったな)


 ともあれ、ガムの謎はこうして案外簡単に解けた。

 原因もずばり、俺が意識を失う寸前に使った【狂天】によるものだと分かり――しかし、そこで俺はふと思う。

 『【狂天】による狂化は対象をしっかり意識しないと意味がない。

 それなのに、あの時――意識を失う寸前だった時の俺は、狂化させる対象を決して一つに限定せず、むしろ複数に対して適当に【狂天】を発動させた気がする……

 ……なので、もしかしたらガム以外にもいろいろと狂化されていたりするものがあるのでは?』――――と。


「……」


 その後、ステータス画面を一通り見直した俺は、確かにいろいろと変化を起こしたものの存在を確認し、ついでに同じくいろいろと変わった周囲の様子に――自分が意識を失って倒れていたところを中心にして、いつの間にか兵士や騎士らしき者たちが約五千人ほども凍った状態で存在していることに――軽く驚いたりして――――けれどもやはり、最終的には当初の目的通り森を抜けた先にある人の街を目指すため、再び足を動かすことになるのであった。

 ……なお、どう見ても異常である凍った兵士や騎士たちに関しては、その場に残された土の山や大量の食品サンプル、なぜか生き物のようにゆっくりと動いている固体窒素に謎の猛毒と同様、見て見ぬ振りをする。

 第一、どちらも俺の予想を超える形で現れたモノだし……だからこそこれは、断じて不法投棄ではないのだ!

 ……少なくとも、俺はそう思う。




 ………………


 …………


 ……




 それは三十分ほど歩き続けた時の事だった。


「――ん? 何だ? ……霧?」


 鬱蒼と茂ったこと以外は変わり映えのない森の中を進んでいた俺は、そんな突如として現れた白い靄に一瞬にして視界を奪われたのである。

 驚いて立ち止まり、次いで辺りを見回してみるも視界は完全に真っ白。

 余程特殊な靄のせいか、視覚以外の感覚も曖昧な状態となっており……唯一分かるのは両足の裏を通して、俺が未だに森の大地を草木越しにしっかりと踏み締めているということだけだ。

 ……で。当然のことながら、足元の地面が変わっていないから安心、というのもあり得ない。

 故に、現状に対する当然の帰結として――――


「――……“顕現せよ、『第十三兵装:ネオ・メシア』”……(ぼそっ)」


 小声でそう呟くと同時に、俺は虚空より現れた槍を手に周囲への警戒に当たるのだった。

 ……。

 …………。


 そして――槍を構えること数分。

 白一色だった視界に、ぽつぽつと他の色が浮かび上がってきたことに気づく。


(――霧が、ようやく晴れるのか……だが――――)


 足の裏を通しているからこそ分かる。

 立ち止まってからは一歩も動かずにいた俺は、未だに最初から踏み締めていた大地と草木の上にいるのだ。

 けれど、少しずつ戻ってくるその他の感覚が、全力で俺が先ほどまでとは違う場所――いや、空間(・・)にいると訴えてくるのである。

 これはもう――絶対に、何かあるだろう。


「ま、別に何が来ようと全然構わないんだけど……それでも、どうしても俺の前に立ち塞がるようであるならば仕方がない。復讐の邪魔だ、障害は全て取り除くまで」


 つまるところ、“全部殺し尽くし、その上で押し通る”と、そういうことであった。



 やがて、完全に霧が消え去ったことでその先にあった光景が俺の目に映しだされる。

 草木だけだった森の光景に代わり、新たに現れたその光景。

 果たしてそれは……地下へと続く謎の階段付きの――洞窟、というものだった。

 ……。

 ……うん。

 これはもう絶対に怪しい。

 これで近づく奴は頭がおかしいやつ以外にはいないだろう、というレベルで怪しい――――が……

 だからと言って、その程度で俺が退く理由にもなりはしない。


 そもそも、退こうと思えば視界が白い靄に覆われた時点で、俺は既にどうとでもできたのだ。

 しかし実際は状況に身を任せるだけで、抵抗も何もせず……ひとえにそれも、これまでの道中が退屈すぎたがために、自然の摂理として刺激を求めた結果にすぎない。

 故に、始めから退く理由なんて存在しなかったのである!

 ……。


 まぁ兎にも角にも、そんなわけで俺は何の躊躇もなく槍を片手に、地下に続く謎の洞窟へと突っ込んでいったのであった。

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