011.誰も知らない森の中で〈前編〉
最初は少しだけ回想です。
霧崎 邪悪。
それが、この俺の本名である。
一回でも聞けば必ず、どこぞの連続猟奇殺人犯を思い起こさせるだろう、その名前は確かに俺が生まれた頃より呼ばれ続けていたものだ。
そのせいで俺は、物心がついた頃から心無い周囲の存在によって執拗な嫌がらせを受ける破目になり……必然的に俺の性格も歪んでいき、あっという間に人間不信へと陥ってしまうのだった。
しかし、何も救いがなかったわけではない。
心無い周囲の有象無象の存在とただ天然が行き過ぎているだけで悪気が欠片もないために思わず殺意を抱いてしまうような両親を除き、俺にはたった二人だけであるが見方が存在していたのだ。
そう……姉の霧崎 花子と、幼馴染の篠原 水萌の二人である。
その二人のお陰で俺は歪んだ心を隠し通し、表面上は高度に取り繕うことで少しずつ社会へと溶け込み、平穏を手にすることができるようになった。
……言い方はどうあれ、確かに俺は一度平穏をこの手にしたのだ。
言い換えれば、心の底から信頼できる相手が二人だけであっても、むしろそれだけでおれはもう幸せの中にいたのである。
だが、転機は唐突に訪れる。
俺が十八歳で高校三年の時――高校生活最後の夏休みを迎える前日――の学校内にて、それは起こった。
日常から非日常への墜落。
より正確に言うならば、俺はその日……異世界の神によって、世界規模の拉致を実行されたのである!
そして当然、生まれてきてから周囲を敵によって埋め尽くされてきたほど運の悪かった俺だ。
案の定と言うか……俺を拉致した神――女神シェルミールは、他に類を見ないほど……いや、これまでの俺の人生では割とありふれていたような存在だが、それでも最悪の部類に入るほどの――――くそ女神だった。
更に言うとこのくそ女神、十三もいる異世界の神々の中でも上から三番目に位置する力――『享楽』『美』『栄光』といった、こいつにだけは揃っちゃダメだろうという最悪の意味でマッチしすぎて危険になった権能をもつ存在であったため、余計始末に悪い。
結果から言うと、そんなくそ女神によって異世界へと拉致された俺は、手始めに千年ほど何もない闇の中へ完全放置――つまり神の力で死なない、狂わないといった状態にされた上で閉じ込められ……やがてようやく闇から解放されたかと思えば、その希望をも踏み躙るが如く不死状態のままくそ女神の手で無限に近い責め苦――拷問にかけられ……最後にトドメとして俺の魂――存在自体の消滅を、行ったのである。
最早これは、非日常どころの話ではない。
ついでに運が悪かったとか不幸だったとか、そんなレベルにも到底収まらない。
文字通り命を削るサバイバルを、俺は強制的に味わわされたのだ。
故に俺は、消滅していく最中で当たり前のようにこう思う。
『もしもこれで生き残ることができたら俺は必ず、いや絶対にくそ女神どもへと復讐してやるッ……!』――と。
そんな憎悪に塗れ、殺意と狂気をドロドロと溢れ出させながら、無意識の中に魂の底から願った俺の想いだったのだが――しかし、何の因果か幸運にも叶うこととなる。
――――アンリミット超神帝国。
神々によって管理される次元世界――下位世界よりも更に上の、あらゆる存在を超越した“天格者”でしか通ることのできない絶対の壁の向こう側に存在する上位世界……そこを統べる国、或いは組織の頂点であるアンリミット超神帝国帝王によって、存在ごと消滅する寸前だった俺は救い出されたのだ。
そうして、なんやかんやとありながらも俺は上位世界にて天格者となり(そもそも下位世界から上位世界へと壁を超えて渡る条件として、必然的に天格者とならなければいけない)、その固有能力として【狂天】という極めれば最強になれるかもしれない天能を手に入れたのである。
即ち、くそ女神に対して最低限どころか己の満足がいくまで復讐することができる力を、俺は手にしたのだ。
……当然、この【狂天】という天格者となった俺自身の固有能力たる天能を使わない手はない。
故に俺は、即座に上位世界から再び下位世界たる異世界へと戻る。
全ては……全ては己の魂に刻まれし“復讐”を果たすために……俺は再び、くそ女神の待つ異世界へと舞い戻った。
そうして――俺は自身の持ち得る全ての力を使い、彼の異世界の地にて手段を問わない殺意と狂気と暴力による壮絶な復讐を開始したのである!
……しかし、結果的に俺はトドメを刺す後少しの所で、最大の復讐相手たるくそ女神を討てずに取り逃がしてしまう。
今思えば、あの時俺のトドメの一撃を何らかの方法で凌ぎ、瀕死状態のくそ女神を連れて逃げて行った奴ら……あれは十中八九、この異世界にいる他の神々だ。
そのように判断した理由としては、やはりその時に感じられた力の波動というか気配のようなものが人やその他の生物と違い、腐っても神であるくそ女神のそれと酷似していたからだろう。
別に俺も、他の神たちに対して特に恨みやら憎しみやらがあるわけではない。
ないのだが……流石に魂へと刻みこまれるほど、俺にとっては何よりも大切な“復讐”の邪魔をされてしまえば――これはもう、くそ女神の協力者という最大目的に続く優先的な殺害対象の一括りにして……次に遭ったら問答無用で殺すと考えてしまっても、仕方がないことだと思う。
ともあれ最初の復讐でミスをしてしまった俺は、それでも内心の煮えくり返る思いを封じ込めて淡々と脳内で復讐リストを構築させながら、迷うことなく次の復讐相手――くそ女神の協力者たちを殺すために、神域から異世界人たちが暮らす人界へと降り立ち、そして一つの村を滅ぼす。
闇から逃れた直後の俺を、くそ女神のところまで拉致した連中の村を……滅ぼしたのだ。
そうすることで、俺は一先ずの復讐を今度こそ成功させたのである。
唯一の不満……というか、自身の落ち度と言えばやはりくそ女神を殺しきれなかったところだろう。
故に――――
(――次こそは、くそ女神を討つ)
空に浮かぶ十三の太陽……中でも紫色に輝く太陽を鋭い視線で見据えながら、自身の手で滅ぼした村を……破滅の炎で燃え上がるルッジ村を背に俺は、そう心に誓い、未だ終わりの見えない復讐道へと旅立つのであった。
……。
…………。
◆ ◆ ◆ ◆
己の手で完膚なきまでに滅ぼし尽くしたルッジ村から格好よく立ち去ったその後、俺はこの異世界で最初に目覚めた場所――ルッジ村のすぐ近くにある、ゴブリンどもと出会った森の中へと足を進めていた。
目的は、特にない。
ないのだが……だからこそ俺は、とりあえずの目的地として、森の中を突っ切った先にある都市(アンリミット超神帝国で周辺調査済みのため)へ行こうと思う。
もちろん、最終目標というか最大目的であるくそ女神の抹殺に関する点は変わらない。
ただ……――――
「――ただ……あのくそ女神が一体どこに、そしていつまで隠れ続けるつもりなのかが問題なんだよなぁ……」
フゥゥゥ、と思わず疲れが込もった溜息を吐きながら、俺は大量の草木が深く生い茂った森の木々を見上げ……その隙間から僅かに覗いて見える陽光――空に浮かぶ十三色の太陽の中、紫色の太陽を強く睨み付けた。
神界序列第三位、『享楽』と『美』と『栄光』を司る女神シェルミール。
通称くそ女神と呼ばれる奴なわけだが(ただし俺の中限定で)……自身が呟いたその言葉通り、そいつの所在が掴めない限りは俺も復讐を果たすことができないのである。
唯一の救いと言えばやはり、そんなくそ女神から専用である神域――神一柱につき一つだけしか保有できない独立した固有の世界とも言える空間――の支配権を奪い取ったことくらいだろう。
それによって、おれはその神域を隅々まで完璧に把握し……いつあのくそ女神が戻ってきたとしても気づけるようになったのだ。
だが、まぁ……その程度の事は相手もバカではないため、当然理解していると思われる。
だからこそ、俺も復讐相手がわざわざ敵地となってしまった場所にまで戻ってくるとは全く考えないし、そもそも俺にとってそんな一方的に好都合な事が起きるなんてことはありえない。
世界に善意はなく、ただただ悪意に満ちていることを……残念ながらこれまでの経験により、俺は熟知してしまっているのだ……。
ともあれ、そうした事情もあって俺は当分の間――現在地不明、期限不明――は姿を出さないであろうくそ女神をとりあえずは後回しにすることにして……その間に修行なり何なり、それこそくそ女神を信仰する狂信者共――主にこのヴァリエーレ聖王国の聖王より連なるトップ層に位置する者たちへの復讐を果たそうと思ったのである。
……故に現在、俺がこうして道も分からぬ深い森を無理矢理突っ切ろうと足を真っ直ぐに動かし続けている理由も……要は全部、そのトップ層に位置する者たちがいるヴァリエーレ聖王国の中央へと近づくためだったのだ。
つまり最初の一歩として、俺は森を抜けた先にあるという都市を目指している……というわけなのだが……
――――グゥゥゥ~……
「――ぬ……」
大きく自己主張をする腹の音により、俺は我に返る。
そして同時に、今まで無心に歩き続けていたがために、ようやく気にもしなかった自身の体調へと今更ながらに意識が向いた。
「……。……腹、減った……」
そして現実を認識した俺は、そう呟きながら切なげに息を漏らす。
気がつけば既に半日ほども森の中を彷徨っており、食べ物に至ってはもう……この異世界へ戻って来てからずっと――それこそ一日以上も、何も口にしていないのだ。
腹が減るのも当然の話である。
とはいえ……
「――ハァァァ……」
辺りを見回してから、溜息を一つ。
――深い森の中。
そこには、明らかに何らかの生き物(植物を除く)が生息していると一目で判ってしまうような痕跡が大量に、それこそあちらこちらにと存在している。
その生き物にしても、残された痕跡からは小型から大型までと幅広く、更に言えばその中の何体かが地球の常識や知識などでは到底予測もつかないようなモンスターらしき存在のようであった。……なお、そのモンスターという括りには俺が異世界へ来た当初にぶち殺したゴブリンの分も当然、含まれている。
ともあれ、モンスター以外の生き物の痕跡もたくさん残されているということから、この森は余程豊かなのだろう……。
俺も、最初はそう思っていた。
ここでなら、ちょっと狩りさえすれば食糧に事欠くこともないのだ……と。
……。
……はっきり言おう。
この時の俺は、完全に気を抜いていた。
決して忘れてはならないことを忘れてしまい、その上で浮かれてしまっていたのである。
だからこそ、現実に直面した今になって俺は、割と大きなショックを受けながらも思い出す。
それは、つまり――――
「――現実は……世界は、いつだって俺を裏切ってくる……だから期待するだけ無駄、か……。……くそッ……!」
一瞬とはいえ気を抜いてしまった俺は、抑えきれない悔しさに思わず唇を噛み締める。
それもこれも原因は全部、狩って食料にする獲物を見繕うどころか、その獲物自体を……もっと言うとこの森に生息する全ての生き物の影も形も、そしてその存在でさえ俺は見つけ出せず、或いは感じることができずにいたからであった。
(――もしかすると最初から周囲に残されている生き物たちの痕跡は嘘で、元からこの森には生き物なんてモノが存在していなかった……?
それとも俺の感知能力がゴミすぎて見つけられなかった……とか?)
瞬時に抱く疑問や懸念は、それこそ大量にあった。
けれども、やはり冷静になって考えてみればみるほど……結局のところ、どちらも正しくないことが簡単に分かる。
前者は、そもそも最初に異世界に来た時――千年間も閉じ込められていた闇から解放されてこの森で目覚めた時に、何の因果か俺はゴブリンと言ったモンスターといきなり遭遇し、成り行きとはいえその場で五体もまとめて殺害しているのだ。
つまり、そのことからもこの森に生き物がいないということはありえず、少なくともゴブリンだけは絶対に存在しているということであり……その証拠として、先ほどもあっさりと通り過ぎた場所――闇から解放された直後の俺が最初に異世界で目覚めた場所にて、しっかりとゴブリンの死体が五体分も残されているのだった。
そして次に後者なのだが……これに関して俺は、人をバカにするのもいい加減にしろッ! ……と、声を大にして言いたい。
仮にも……と言うより実際に俺は、神を殺すために力を手にし、復讐という名の邪道へと身を投じた男なのだ。
当然、俺としてもそれ相応の実力を身に着けているつもりだし――――だからこそ、人に嘗められることだけは(復讐対象と危害を加えてくるような報復対象候補の次くらいに)許せない。
……。……まぁ、それはともかくとして。
現状、どれだけ深く思考し、思い悩もうが現実は変わらず、どうしようもないことだけは理解した。
そして何より、このままでは未だに終わりの見えない森の中を延々と一人で歩き続ける羽目になってしまい……それはそれはとても退屈なものであろうと、俺は容易に想像できてしまう。
なので、次だ。
退屈な時間という名の停滞を回避するためには――これしかない。
(――“ステータス”)
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名前:霧崎 邪悪 (ジャック=キリサキ)
天能:【狂天】
位階:狂天師 29(↑12up!)
称号:神敵,狂天,アンリミット超神帝国民,復讐者
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そういや……くそ女神への復讐戦(ただし逃げられた)を最後に、ルッジ村での蹂躙後も何となく忘れていたせいでずっとステータスを確認していなかったなぁ……と今更ながらに思い至ったのが、ついさっき。
これからも復讐をするために今以上の力をつけようと考えているくせに、現在の己の力も把握していないなど言語道断。
そんなわけで俺は、遅れながらの自己反省や気分転換も兼ねて脳内に――思考の中にてステータスを展開し、すぐにその内容を確認し始めたのである。
「ほぉう……」
そうして素早くステータス画面の……特に位階の部分へと目を走らせた俺は、想像以上の結果に思わず感嘆の息を漏らす。
――――位階レベル29。
それは、天格者の中ではようやく初心者の域を越えて卒業できる……その一歩手前を示すレベル。
けれど同時に、そのレベルは通常として何年も……下手をすると何十年、いや何百年もかけないと到達し得ることのできないほどのモノでもあり――――事実、あの上位世界を統べるアンリミット超神帝国で出会った、正式名称を『第四世代型神性人造人間1366号エーデルワイス‐typeグレー』と言うメイドの少女――エーデルでさえ、数値が高くなればなるほどに上昇しづらくなる仕組みの位階レベルを、五千年以上もの長い時間をかけることでようやく52にまで到達させたのだ。
……いくら位階レベルの上昇率には、個人個人でバラつきが存在しているとはいえ……流石にこの差は酷すぎるだろう。
つまり何が言いたいのかと言うと、五千年もの時間をかけて位階レベルを52にしたエーデルに対し、たったの一日という非常に短い時間で以って位階レベル29という高みへと到達してしまった己に――その位階レベルの異常とも言えるほどの上昇率に、俺自身が驚いてしまうのも無理はない……ということであった。
まぁ……だからと言って何かが悪いというわけでもなく、むしろその異常な上昇率は俺にとっては最高の代物でしかないため、とりあえずは今以上の強さが簡単に得られそうなことを純粋に喜んでおく。
これでまた一歩、今度こそ確実にくそ女神を仕留めるための復讐へと近づけた……――今はそれだけで十分、ということなのである。
……。
ともあれ、そんな感じでいろいろと反省しつつもステータス画面を眺め続け、そろそろ空腹も鬱陶しくなってきたし本格的に食料を探してみようかと思い始めた時のことだった。
「――ん? これは……?」
--------------------------------------------
⋮
天能:【狂天】
> 《十六夜兵装》
『第一兵装:バタフライナイフ』
――【異天】 New!
⋮
--------------------------------------------
ステータス画面を消そうとした俺は、ふとした偶然から“New!”という明滅を繰り返す表示に気づき……そしてその内容について察する。
間違いない、これは――新たなる異能を獲得したという表示である……と。
「それにしても……もう、そんな季節かぁ」
《十六夜兵装》の『第一兵装:バタフライナイフ』の固有スキルである【異天】。
そのスキルは、一定期間が過ぎればランダムに異能を一つだけ手に入れられるというものであり……つい数日前に[虚偽の仮面]や[鬼神の力]といった異能を手に入れた俺からしてみたら、やけに短い“一定期間”だと思わないこともないが、それでもこの新たな力を手にする瞬間は何か感慨深さを感じてしまう。
やはり位階レベルが上がる他の手段として、明確に自身が強化されると分かる瞬間だからなのだろうか?
……まぁ、中にはもちろんデメリットしか与えないような異能もあるにはあるのだが……幸いなことに、そこは俺の天能である【狂天】によってどうとでもなる範囲内だ。
と言うわけで――――
「――では早速、異能の確認でも始めようか」
例えどんな異能であろうとも、俺にとっては一切問題がない。
そんな揺るがぬ大きな自信を胸に、俺はステータス画面の詳細部分――『第一兵装:バタフライナイフ』の固有スキルである【異天】へと意識を集中させることで、そこに浮かび上がってくる新たな異能の情報について読み取っていった。
果たして、そこには……!
……。
…………。
………………。
「――……[食べもの召喚]?」
予想外なモノを見た……とでも言うように、俺はつい戸惑いの声を上げる。
てっきり復讐のために必要な、それこそ何か便利な……或いは【狂天】を使用することでそれに準じることができる異能を手に入れられると――勝手なことだが一方的に――そう思っていただけに驚きも大きかった。
名前から想像するに、何か食糧でも召喚する異能だと思われるのだが……。
「……と、言うか本当に何なんだ? この異能は?」
丁度今の自分が空腹状態であったこともあり、都合よく手に入ったこの異能に俺は何か作為的なものを感じていた。
有り体に言えば、何か怪しい上に良い予感がしない。
とはいえ、だからといってこのまま詳しい内容も把握せずに放っておくわけにもいかず……何より俺自身が[食べもの召喚]に対して怪しむ一方で、現金にも空腹感に負けて僅かな期待までも持ってしまっていた。
故に――――
「“顕現せよ、『第一兵装:バタフライナイフ』”」
――――実際に使ってみないことには、何も分からないよな?
そんな一心で俺は、アンリミット超神帝国の帝王様が作った《十六夜兵装》では唯一の作品である『第一兵装:バタフライナイフ』を虚空より取り出し――――
――――ズグンッ……
「……クッ……!」
次いで、流れるように自身の胸――心臓へと、その刃を突き立てた。
当然、相応の痛みが即座に全身を蝕み始める……が、不思議なことに血が流れ出るようなことはない。
それも『第一兵装:バタフライナイフ』が肉体を無視して、魂に直接作用するからだろう。
まぁ、だからこそ肉体に対する耐性(くそ女神の数々の拷問の結果として身についた)を持つ俺でも、この行為はかなり……いや、もう慣れる慣れない以前の問題としてキツすぎた。
けれども、それでもこればかりは仕方がないことなのだ。
「ハァ、ハァ、ハァ……クッ……“解放しろ、『第一兵装:バタフライナイフ』”……!」
先ほども説明した『第一兵装:バタフライナイフ』の固有能力である【異天】の使用条件。
しかしそれとは別に、その【異天】により獲得した数々の異能を最初に使用する時にも、ある一つの条件が存在する。
そしてそれが、それこそが現在行われている『第一兵装:バタフライナイフ』を自身の心臓に――正確には魂に――突き立てる行為のことで、そうすることによって『第一兵装:バタフライナイフ』に宿る異能を魂に直接刻み付け、初めてその異能を自在に操れるようになるのだ。
(……思えば、現在俺が持っている二つの異能――[虚偽の仮面]と[鬼神の力]もアンリミット超神帝国で、確かこうやって痛い思いをすることで身に着けたんだよなぁ……まぁ、まだそんなに時間も経っていないけど。本当、懐かしい……)
さて……と思考を切り替えながら、胸に突き立てていた刃を――『第一兵装:バタフライナイフ』を抜き取る。
それもこれも、ようやく――現実の時間にして一瞬にも満たなかったが――刃に宿る異能を自身の魂へと刻み終えたからだ。
――後はもう、実際に異能を試すだけ。
役目を終えた『第一兵装:バタフライナイフ』を虚空へと消し、俺は新たに魂へと宿った異能を発動させるべく意識を集中させる。
やり方は簡単。
ただ己の魂の奥に眠っている異能の名を呼びかける(イメージ)……それだけだ。
――――カッ……!
やがて異能は俺の意識に呼応し、目の前で――[食べもの召喚]のものと思われる――小さな魔法陣が唐突に光と共に現れた。
つまり、異能の発動に成功した……ということである。
「よし……発動した」
最早こうなってしまえば、あとはもう期待するしかないだろう。
空腹を主張し始める腹を宥めながら俺は、目の前で徐々に大きくなり更には放つ光の強さと本体の数も上下左右へと三次元的に増えては消えていく魔法陣を見て、興奮を抑えきれずにいた。
[食べもの召喚]……空腹だった俺に、降って湧いたような(実際に降って湧いて手に入れた)ご都合主義すぎる異能。
だからこそ、俺は思う。
もしかしたら、これから召喚されてくる食糧も今の俺が密かに食べたがっているジャンクフードとかになるのではないか……と。
「クク、クククククッ……」
ついに限界近くまで大きくなり、最後に目の前で一際強く光を放つ数々の魔法陣。
それを見て、俺もようやく異能による召喚が完了したことを察した。
やがて、周囲を照らしていた魔法陣の光も徐々に薄まっていき……そうして消えていく光の中からゆっくりと姿を現し始めたモノへと、俺は即座に意識を集中させる。
「――――」
だが、そうして完全に光も魔法陣も消え去り、その場に唯一残されたことで視界に映ったソレを見て……俺はしかし、言葉を失った。
――――これは……何の冗談なのだろうか?
目を見開き、全身を硬直させ、口を何度か開閉した後に一度だけ唾を飲みこむ。
別に、目の前に召喚された食べものを見て食欲が刺激された結果、自然と唾が分泌された……からではない。
むしろ今のは、謎の緊張感によって分泌された唾を飲みこんだ音だ。
それほど目の前の食べものは……ヤバイ代物だったのである。
なんせ、目の前にある代物は――――
「た、[食べもの召喚]……って、そういうことなのか?」
一週間分、とでもいうかのように大量の……それこそ山のように積まれているその代物は――――
「食べもの……つまりは食べられるもの、口に入れられるもの。そういう……ことなのか……?」
漂ってくる新鮮で濃厚な香りと見るからに絶品と分かる最高な色合いの、そんな至高の一品としか受け取れないような代物は――――
「ク、ククッ、クククッ、クハハハハハハハハハハハハハッ!! ハーハッハッハッハッハッハ! ハ、ハ……ハァ…………――ったく、もう……さぁ、本当に」
ジャリッと味見をしてみれば不快さしか感じられないし残らない……その代物は――――
「――ふッざけんじゃねェェェッ!!」
――――どれだけ言い繕おうが、それはただの土だ。
食えればいいってものではない!
そんな、俺の心からの叫びであった。
――――その後、静かな森の中で、何やら激しく嘔吐する音が響き渡ったらしい。
……。
…………。
それから数日後。
それでもまだまだ諦めきれなかった俺――ジャック=キリサキは、続けて三回ほど[食べもの召喚]を使用し、結果としてそれぞれ食品サンプル、固体窒素、謎の猛毒といった訳が分からないものを初日の土と同じく山ほど召喚した。
……最早誰がどう見ても、この異能は救いようのないゴミである。
例え【狂天】を使用したとしても、凡そ戦闘には使えない代物であろう……本当にゴミであった。
これでもう、俺が今後[食べもの召喚]を使うようなことは決してなくなったと言っていい。
散々思い知ったのだ、それこそ後悔しても遅いくらいに……な。
ただ、一つ。
致命的なミスが一つだけ、あるとするならば――――
「――カッ……ハッ……!(ピクピクッ)」
それはきっと、恐らく――――
「――ァ……ゥ、ァァ……(ピク…ピク…)」
初日の土と同じく、召喚した食品サンプルや固体窒素、そして謎の猛毒を――――
「……ッ……、…………。……(パタン)」
一口ずつ、味見をしてしまったことくらいであろう……。
そのせいで先ほどまでは精々激しく痙攣していただけだった俺の肉体も、今や全身を駆け巡る血流が……つまり心臓の動き自体までもが止まってしまっている(十中八九謎の猛毒のせい)。
危く死まで秒読み……どころか、今まさにそんな状況だ。
だって何だか意識まで霞んできているし、これは……本当に、マズイな。
自身の迂闊な行動を本気で呪う。
拾って食べるモノほど、恐ろしいものはないのだ。
それに……くそ女神に復讐も果たせぬままこうして終わるのも、絶対にありえない。
以前と違い、天格者となった今の自分がそう簡単に死ぬとは思ってもいないが……やはり心臓が止まってしまった以上、いろいろと心配だ。
不安要素が一切拭えないまま、俺の意識は完全に途切れようとしていた。
(あ~ぁ、こんなことになるんだったら、もっと土や食品サンプル以外の……せめてジャンクフードでなくてもいいから、最期にガムくらいは食べたかったなぁ……)
……とまぁ、そうして久々に本格的な危機を感じた俺は今更どう足掻いても仕方がない段階にあったので、とりあえず最後に適当なことをいろいろと考えつつも「……ゥ、――“狂、え”……」と【狂天】を発動させ――――その結果も見届けぬまま、結局何がしたかったのか自分でもよく分からないが静かに意識を失ったのだった。
◆ ◆ ◆ ◆
やがてジャックが再び目覚めることとなるのは二ヶ月後。
当然、その空白となる二ヶ月の間にもジャックの与り知らぬ所で面倒事が起きるわけだが……幸いにして、彼がそれについて感知し、そして関わるようなことは永遠と訪れない。
ただ、目覚めた時に少しだけ驚く程度の事である。
小さな変化は常に起こり、また大きな変化も唐突に起こるものだ。
しかし、それでもジャックは、恐らくそんな状況に陥ったとしてもなぜか手元にある数枚のガムを頬張りながら、何とかすることだろう。
少なくともそれくらいの事は、ジャックならば――いやジャックだからこそ、できるはずなのだ。
なぜならば彼はただの人間、或いはただの天格者などではなく……――――




