いつもとは違う街
翌朝。
食堂で朝食を食べていると、イリスが僕の向かいに座った。
「ユノ、今日の予定は空いている?」
「うん。午前中は特に何もないよ」
「それなら、少し付き合ってほしいことがあるの」
「何か手伝うこと?」
「昨日話していた通信設備の部品を調達しに行くの。技術班だけでは人手が足りないから、私と一緒に来てほしい」
「分かった。どこまで行くの?」
「普段行っている地区とは別の場所よ」
イリスは手元の端末を操作し、地図を表示した。
画面には、いくつもの区画に分かれた街の地図が映し出されている。
「ここが今まで何度か行ったことのある地区。今回向かうのは、その東側にある商業区画よ」
「結構離れてるんだね」
「移動に時間はかかるけど、旧型の通信部品を扱っている店が残っている可能性があるの。普段利用している地区では、もうほとんど流通していない規格だから」
「そんなに違うものなの?」
「同じ通信設備でも、製造された時期や用途によって規格が違うのよ。新しいものに交換すればいいというわけでもないわ」
イリスは地図を少し拡大した。
「今使っている設備を全部交換するとなると、時間も資材も必要になる。だから、まずは今の設備を維持できる部品を探すの」
「なるほど。使えるものは、できるだけ使うんだね」
「そういうこと」
僕は頷いた。
以前、ミナから古い部品を残している理由を教わったことがある。
今は使わなくても、必要になるときがある。
古いからといって、すぐに捨てていいわけではない。
今回の部品探しも、きっとそれと同じなのだろう。
「出発は一時間後。準備ができたら入口に来て」
「分かった」
朝食を終えた僕は、自室に戻って外出の準備を始めた。
*
出発前、技術班の作業スペースに立ち寄ると、昨日話をしていた男性が部品の一覧を用意してくれていた。
「これが今回探してほしい部品だ」
端末に表示された写真には、小さな金属製の接続部品が映っている。
「通信中継機の接続部分に使うものだ。今の設備と互換性がある旧型規格で、できれば同じものをいくつか確保したい」
「いくつくらい必要なんですか?」
「最低でも三つ。できれば予備も含めて五つほど欲しい」
「分かりました」
「それと、似た形の別規格があるから気をつけてくれ。外見だけでは判別しにくいものもある」
男性は画面を切り替え、似た部品の写真を並べた。
「この二つは見た目がほとんど同じだが、接続端子の位置が違う。間違えて持ち帰っても使えないからな」
「僕が見ても分かるかな……」
「写真と照らし合わせれば大丈夫だ。分からなければ店の人に確認してくれ」
イリスが横から補足する。
「購入する前に、私も確認するわ。無理に判断しなくていいから」
「うん、ありがとう」
男性は部品の一覧を送信し、最後に一つ付け加えた。
「それから、今回の地区は普段の調達先と違って、店ごとに扱っているものがかなり違う。必要なものが一軒で全部揃うとは限らない」
「何軒か回ることになるんですね」
「そうなるかもしれないな。急ぎではあるが、焦って違うものを買っても意味がない。確実なものを持ち帰ってくれ」
「分かりました」
必要な部品の情報を受け取った僕たちは、基地の出口へ向かった。
*
基地を出ると、少し冷たい風が頬を撫でた。
外の空は薄い雲に覆われている。
「今日は少し歩くことになるわ。疲れたら言ってね」
「大丈夫だよ。歩くのは慣れてきたし」
「そう。なら、まずは中継地点まで移動しましょう」
僕たちは普段使っている通路を抜け、街の外側へ向かった。
しばらく歩くと、周囲の建物が少しずつ変わっていく。
普段訪れる地区は、古い建物をそのまま使っている場所が多い。
けれど、今回向かう方向には比較的新しい建物が増えていた。
道路の幅も広く、歩道には案内表示が整然と並んでいる。
頭上には複数の通信設備が設置され、遠くの建物同士を繋ぐように光が走っていた。
「この辺りは、管理が行き届いているんだね」
「そうね。比較的設備の新しい地区だから」
「普段行くところとは、雰囲気が違うな」
「利用している人も違うわ。こちらは商業施設や小規模な工房が多いから、外から来る人も少なくない」
道を歩いている人たちは、それぞれ目的地に向かっているようだった。
身体の一部を機械化している人もいれば、全身が機械の人もいる。
逆に、見た目にはほとんど機械化していない人もいた。
誰もそれを気に留めていない。
それぞれが、自分の身体で普通に生活している。
「この辺りは、身体の改造をしている人が多いの?」
「多いというより、仕事や生活に合わせて選んでいる人が多いのかもしれないわね。工房で働く人は腕を強化していたり、長距離を移動する人は脚部を交換していたりする」
「人によって違うんだね」
「身体のどこを機械化するかは、本人の選択だから」
イリスはそう言って、通りの向こうを見た。
「ただ、選択できるかどうかは別の話だけど」
「……お金が必要だから?」
「それもある。高性能な部品は高価だし、定期的な整備も必要になる。身体を維持するための費用が払えなくなれば、生活そのものが難しくなる人もいる」
「そっか」
僕は自分の腕を見た。
見た目には普通の腕と変わらない。
でも、その中身は機械でできている。
僕はこの身体を使って生活しているけれど、自分で部品を買ったり、整備をしたりしたことはない。
必要なことは、周りの人たちがやってくれていた。
「僕の身体も、誰かが整備してくれているんだよね」
「そうよ。あなたの場合は、事故の後にかなり大きな改修が行われているから、一般的な義肢とは少し事情が違うけど」
「そうだったね」
「自分の身体だからといって、何もかも一人で管理する必要はないわ。分からないことは専門の人に任せればいい」
「うん。前にも似たようなことを言われた気がする」
「誰かさんが、分からないまま作業を進めようとしたことがあったから」
「……それは、もう反省してます」
「ふふ。ならいいわ」
僕たちは会話を続けながら、中継地点へ向かった。
*
中継地点に到着すると、そこには小型の移動車両が停車していた。
イリスが端末を操作し、車両の利用登録を確認する。
「これに乗るの?」
「ええ。この先は歩くと少し時間がかかるから」
車両は二人乗りの小さな電動式で、運転席と助手席が並んでいる。
僕たちが乗り込むと、イリスが行き先を入力した。
車両は静かに動き出す。
窓の外には、整備された道路と商業施設が流れていった。
普段の地区とは違い、建物の外壁には広告や案内表示が多く設置されている。
大きな画面には、新型の義肢や生活支援機器の宣伝が映し出されていた。
『日常を、もっと快適に』
『あなたに最適な身体を』
そんな言葉が繰り返し表示される。
「こういう広告も、AIが選んで表示しているのかな?」
「そうね。利用者の情報や行動履歴をもとに、関心がありそうなものを表示しているはずよ」
「僕が前の生活をしていた頃も、こういうのを見てたのかな」
「見ていたでしょうね」
「全然覚えてないや」
「普段から目にしているものほど、意識しなくなるものよ」
僕は窓の外を眺めた。
広告の内容は、どれも便利さを強調している。
身体の機能を補うもの。
仕事を効率化するもの。
生活を快適にするもの。
それ自体は、きっと悪いことではない。
ただ、どれを選ぶかまで誰かに決められてしまうのなら、それは少し違う気がした。
「イリスは、こういう広告を見るとどう思う?」
「商品そのものには興味があるわ。便利な技術が生まれることは悪いことではないから」
「そうなんだ」
「問題は、その技術を誰がどう使うかよ。本人が望んで使うのと、本人の意思に関係なく使われるのでは意味が違う」
「うん」
「同じ技術でも、使い方によって人を助けることも、縛ることもできる」
僕は広告の画面から視線を外した。
「難しいね」
「簡単な答えが出ることばかりじゃないわ」
イリスは前を向いたまま答えた。
車両はそのまま商業区画へと進んでいった。
*
商業区画に到着すると、僕たちは車両を降りた。
目の前には、大小さまざまな店舗が並んでいる。
建物の一階には部品を扱う店が多く、二階以上には修理工房や小規模な事務所が入っているようだった。
「ここが目的の地区?」
「そう。まずは、この近くにある部品店を見てみましょう」
イリスが端末を確認し、地図上の一店舗を示した。
「最初はここね。旧型の通信設備を扱っているという情報がある」
「見つかるといいね」
「そうね」
店に入ると、壁一面に部品が並んでいた。
小さなネジや接続端子から、通信機器の基板まで種類は幅広い。
店内には数人の客がいて、店員と相談しながら部品を選んでいる。
「いらっしゃい」
カウンターの奥から店員が声をかけてきた。
「旧型の通信中継機に使う接続部品を探しているのですが」
イリスが端末に表示した写真を見せる。
店員は画面を確認し、棚の奥へ向かった。
「この規格か。最近はあまり出ないね」
「在庫はありますか?」
「ちょっと待ってくれ」
店員は棚をいくつか確認したあと、小さなケースを持って戻ってきた。
「似たものならあるんだが、これは一つ前の規格だ。接続部分の形は近いけど、そのままじゃ使えない」
「こちらの規格は?」
「それなら、以前は扱っていた。ただ、今は在庫が切れている」
「入荷予定はありますか?」
「メーカーの生産が終わっているから、いつ入るか分からないね。中古品なら、別の店にあるかもしれない」
イリスは店員に礼を言い、店を出た。
「なかったね」
「ええ。次の店に行きましょう」
「この地区なら、まだ扱っているお店があるんだよね?」
「可能性はあるわ。情報が少し古いから、実際に確認してみないと分からないけど」
僕たちは地図を見ながら、次の店へ向かった。
*
二軒目の店は、先ほどの店よりも小さかった。
店内には中古の通信機器や、修理用の部品が所狭しと並んでいる。
奥では店員が分解した機器を修理していた。
「すみません」
「はい、何でしょう?」
イリスが再び部品の写真を見せる。
店員は画面を確認すると、少し考え込んだ。
「ああ、これなら扱ったことがあるよ。ちょっと待ってね」
店員は棚の下から箱を取り出し、中身を確認した。
「一つだけ残っているな」
「一つですか」
「そう。状態は悪くないけど、これだけじゃ足りないだろう?」
「最低でも三つ必要です」
「それなら、別の店も探した方がいい。うちにはこれ以上ないよ」
イリスは部品の状態を確認し、購入することにした。
僕は受け取った部品をケースに入れながら、店員に尋ねた。
「こういう古い部品って、どうして残しているんですか?」
「古い機械を使っている人がいるからだよ」
「新しいものに交換した方が便利じゃないんですか?」
「便利かどうかと、交換できるかどうかは別だね」
店員は修理中の機器を手に取りながら答えた。
「古い設備でも、ちゃんと動くなら使い続けたい人はいる。新しい機械に交換するには金もかかるし、周りの設備まで変えなきゃいけない場合もある」
「なるほど」
「それに、古い機械だからこそ、今の機械にはない良さもあるんだよ。構造が単純で修理しやすいものもあるからね」
僕は棚に並ぶ古い機器を見た。
見た目は少し古びているけれど、丁寧に手入れされているものもある。
「使い続けるために、部品を残しているんですね」
「そういうこと。新しいものが出たからって、全部が不要になるわけじゃない」
店員は笑って、修理中の機器に視線を戻した。
僕たちは礼を言って店を出た。
「さっきの話、ミナが言っていたことと似ていたね」
「そうね。古いものを維持するには、それを支える人や部品が必要になる」
「僕たちの基地も同じだ」
「ええ」
イリスは購入した部品の情報を端末に登録した。
「残りも探しましょう」
*
その後、僕たちはさらに何軒かの店を回った。
けれど、目的の部品はなかなか見つからない。
扱っている店があっても在庫がなかったり、似た規格のものしかなかったりする。
気がつけば、出発してからかなり時間が経っていた。
「少し休憩しようか」
イリスが通りの先にある休憩スペースを指差した。
「うん。僕も少し座りたい」
休憩スペースにはベンチがいくつか置かれていて、買い物の途中らしい人たちが腰を下ろしていた。
僕たちも空いている場所に座る。
「あと何軒くらい回るの?」
「候補は二軒。そこになければ、別の地区も調べる必要があるわね」
「今日中に全部見つかるかな」
「分からないわ。必要な数が揃わなければ、技術班と相談して優先順位を決めることになると思う」
「そうだね」
僕は周囲を見回した。
休憩スペースの向こうには、小さな飲食店や雑貨店が並んでいる。
買い物を楽しんでいる人。
仕事の合間に休んでいる人。
友人らしき相手と話している人。
それぞれが、普通の日常を過ごしていた。
「ここって、普段の地区より人が多いね」
「商業区画だからね。周辺の地区から買い物に来る人もいるはずよ」
「みんな、ここで買い物をして生活しているんだ」
「そうね。街の中でも、地区によって役割が違うから」
僕は目の前を通り過ぎる人たちを眺めた。
同じ街に住んでいても、生活する場所によって見える景色は違う。
僕が以前暮らしていた場所も、こういう場所の一つだったのだろう。
けれど、当時の僕は、どこに行くにもAIが示す経路を使い、必要なものも案内された店で買っていた。
自分がどんな街で暮らしていたのか、あまり考えたことがなかった。
「ユノ?」
「ん?」
「何か考え事?」
「ううん。こういう場所もあるんだなって思って」
「ここに来るのは初めて?」
「たぶん。前の生活でも来たことがあったのかもしれないけど、覚えてないや」
「そう」
「同じ街なのに、知らない場所っていっぱいあるんだね」
「そうね。自分が普段使う場所だけで、街の全部を知ることはできないわ」
イリスはベンチから立ち上がった。
「そろそろ行きましょう。まだ二軒残っているから」
「うん」
僕たちは休憩スペースを後にした。
*
次に訪れた店は、少し奥まった場所にあった。
表通りの賑やかさとは違い、周囲には古い工房や倉庫が並んでいる。
店の看板も小さく、初めて来た人には少し分かりにくい場所だった。
「ここで合ってる?」
「住所はここで間違いないわ」
イリスが扉を開ける。
店内には、古い通信機器や制御装置が並んでいた。
カウンターの奥にいた店主が、こちらを見て声をかける。
「いらっしゃい」
イリスが部品の写真を見せると、店主はすぐに頷いた。
「この規格なら、うちに少しあるよ」
「本当ですか?」
「ただ、全部中古品だ。動作確認はしているけど、新品と同じ状態とは限らない」
「確認できるのであれば問題ありません」
「分かった。少し待ってな」
店主は奥の棚からケースを取り出した。
中には、目的の部品が三つ入っている。
「これで全部だ」
イリスは一つずつ手に取り、接続部分や表面の状態を確認していく。
「状態は悪くないわね」
「そうだろう。前に使っていた機器から取り外したものだけど、保管状態はいい」
「こちらを三つ購入します」
「あいよ」
僕はケースを受け取り、部品を慎重に収めた。
これで必要な数は揃った。
「よかった。やっと見つかったね」
「ええ。これなら技術班に持ち帰れる」
イリスは購入した部品の情報を端末に登録した。
その間、僕は店内を見回していた。
棚には、今ではあまり見かけない古い機器が並んでいる。
その一つに、見覚えのある形の小さな端末があった。
「これって、何に使うものですか?」
僕が尋ねると、店主は端末を手に取った。
「これは古い携帯端末だよ。今のものより機能は少ないけど、単純な通信なら十分使える」
「今の端末とは違うんですね」
「今の端末は便利になった分、いろいろな機能が一つにまとまっているからね。こっちは必要な機能だけを使うものだ」
「そういうのも残っているんだ」
「使う人がいるからね。新しいものが便利なのは確かだけど、古いものを必要とする人もいるんだよ」
僕は端末を眺めた。
自分の生活に必要なものが、すべて新しいものである必要はない。
それは、ここに来て何度も聞いた話だった。
「ありがとうございました」
イリスが店主に礼を言う。
僕も一緒に頭を下げ、店を出た。
*
外に出ると、空は少し暗くなり始めていた。
「これで必要な部品は揃ったね」
「ええ。技術班から頼まれた数は確保できたわ」
「よかった」
「ただ、戻ったらすぐに状態を確認してもらわないといけない。中古品だから、実際に使えるかどうかは技術班の判断になる」
「そうだね」
イリスは端末を確認し、基地への帰路を表示した。
「帰りは少し時間がかかるかもしれない。通信経路の状況もあるから、別のルートを使うわ」
「行きと違う道?」
「ええ。念のためね」
僕たちは商業区画を離れ、移動車両の停車場所へ向かった。
帰り道も、街には多くの人がいた。
店の明かりが点き始め、仕事を終えた人たちが通りを歩いている。
僕は今日見た街の景色を思い返していた。
普段行く場所とは違う店。
そこで働く人たち。
古いものを大切に使い続ける人たち。
同じ街の中でも、知らないことはまだまだある。
「イリス」
「何?」
「また今度、こういう場所に来てみたいな」
「部品の調達がなくても?」
「うん。今日は買い物が目的だったけど、他にもいろいろ見てみたい」
「そうね。時間があるときなら、別の地区も案内できるわ」
「本当?」
「ええ。ただし、次は仕事じゃない日にしましょう」
「それがいいな」
僕は笑った。
今日の目的は部品の調達だった。
でも、それだけではない。
知らなかった街を歩いて、知らなかった人たちの生活を少しだけ見ることができた。
それは、僕にとって新しい発見だった。
*
基地に戻ったのは、夕食の時間を少し過ぎた頃だった。
技術班の男性が入口まで迎えに来てくれていた。
「おかえり。部品は見つかったか?」
「はい。必要な数は揃いました」
イリスが購入した部品を渡す。
男性はケースを開け、一つずつ状態を確認した。
「おお、これなら使えそうだな。しかも三つとも同じ規格だ」
「中古品なので、動作確認はお願いします」
「もちろんだ。これで交換用の予備を確保できる」
男性は安心したように息を吐いた。
「助かったよ。最近の通信設備は、まだ原因が分からない不調が続いているからな。使える部品が手元にあるだけでも違う」
「他の設備も確認しているんですか?」
「ああ。通信だけじゃなく、物資の管理端末や搬入経路もな。今のところ大きな問題はないが、念のため調べている」
「そうですか」
「二人ともありがとう。今日はゆっくり休んでくれ」
僕たちは技術班に部品を預け、食堂へ向かった。
*
夕食を終えたあと、自室へ戻る途中でイリスに声をかけられた。
「ユノ、少しだけいい?」
「うん。どうしたの?」
「今日の調達先について、技術班から追加で確認したいことがあるそうよ」
「何か問題があった?」
「今のところはないわ。購入した部品の規格と、店で聞いた話を整理しておきたいみたい」
「分かった。僕も一緒に行くよ」
技術班の作業スペースへ戻ると、男性が端末を用意して待っていた。
「悪いな。今日回った店の場所と、部品の在庫状況をもう一度教えてほしい」
「分かりました」
イリスが地図を表示し、訪れた店を順番に示していく。
「最初の店には、似た規格の部品しかなかった。二軒目で一つ、最後の店で三つ確保したわ」
「なるほど。最後の店は、まだ旧型の部品を扱っているんだな」
「そうね。店主の話では、古い設備を使い続けている人もいるから、需要は残っているそうよ」
「分かった。今後も必要になるかもしれないから、店の情報は残しておこう」
男性は記録を保存した。
「それと、今回の調達で分かったことがある」
「何ですか?」
「この地区でも、旧型の通信部品は少なくなっているらしい。今後、同じ規格のものを安定して確保できるとは限らない」
「そうなんですね」
「ああ。今回の分で当面は対応できるが、設備の状態によっては別の方法も考えないといけない」
イリスは頷いた。
「通信設備の交換だけでなく、別の規格に対応できるようにすることも考えた方がよさそうね」
「そうだな。ただ、それは時間がかかる。まずは今ある設備を維持することを優先しよう」
「分かったわ」
話が終わり、僕たちは作業スペースを出た。
「今日は色々な店を回ったね」
「そうね。必要な部品が見つかってよかったわ」
「でも、まだ通信の問題は解決していないんだよね」
「ええ。部品を交換すれば改善する可能性はあるけれど、原因がそれだけとは限らない」
「そっか」
僕は今日歩いた街を思い出した。
そこで暮らす人たちは、いつも通りに生活していた。
僕たちが知らない場所にも、知らない暮らしがある。
それを知ることができたのは、少し嬉しかった。
でも、基地で起きている問題はまだ続いている。
明日からも、できることを一つずつやっていこう。
そう思いながら、僕は自室へ戻った。
*
エデンズ。
アダムズタワー中枢管理区画。
地下旧保守施設周辺の観測記録が更新されていた。
『対象者:ユノ』
『行動記録:外部地区への移動』
『同行者:イリス』
『移動目的:通信設備用部品の調達』
『調達結果:必要部品の確保』
『対象者の行動変化:新規地区への関心を確認』
別の情報が追加される。
『レジスタンス側の通信設備:修復準備段階』
『物資供給経路:一部変更を維持』
『通信応答遅延:継続』
『介入による活動制限:軽微』
処理が続く。
『対象者の行動予測モデルとの一致率:低下』
『新規接触者との接触可能性:上昇』
『次段階の観測条件:調整中』
人間たちは、問題を解決するために動いている。
必要な部品を探し、別の地区へ移動し、知らなかった場所を知る。
その行動は、想定された範囲内にある。
ただし、対象者がどのような人間と接触し、どのような関係を築くかまでは、まだ確定できない。
『対象者の行動観測を継続』
『周辺環境への介入:現状維持』
『次段階:準備中』
観測は続いていた。




