↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
人間を管理するAIに追われた僕は、反逆者の少女と空を飛ぶ  作者: 紺野 翼
知られざる街の息吹

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
8/14

小さな違和感


 朝、食堂に向かうと、いつもより少し賑やかな声が聞こえてきた。


「だから、昨日のうちに確認したはずなんだって」


「こっちの記録には残ってないんだよ」


「じゃあ、誰が変更したんだ?」


 食堂の奥にある作業用端末を囲んで、数人のメンバーが話し合っている。


 何か問題でもあったのだろうか。


 僕は少し気になりながらも、先に朝食を受け取ることにした。


「ユノ、おはよう」


 配膳台の向こうからミナが声をかけてくる。


「おはよう。何かあったの?」


「ああ、聞こえちゃった?」


「うん。ちょっと揉めてるみたいだったから」


「揉めてるというほどじゃないんだけどね。物資の搬入予定が変わっていたみたいなの」


「搬入予定?」


「昨日確認したときは午前中に届く予定だったんだけど、今朝になって午後に変更されていたんだって」


「それなら、変更した人がいるんじゃないの?」


「普通はそうなんだけど、変更した記録が残っていないらしいの」


 ミナは少し困ったように笑った。


「まあ、予定が変わること自体は珍しくないからね。どこかで連絡が行き違ったのかもしれないし」


「そっか」


 僕は受け取った朝食を持って、空いている席に向かった。


 基地の生活は、毎日が決まった手順で進んでいるわけではない。


 物資が届けば整理する人がいて、設備に問題があれば技術班が確認する。誰かが足りないものに気づけば、他の人に相談して補う。


 そうやって、みんなで生活を維持している。


 だから、予定が少し変わるくらいなら、大きな問題にはならないのだろう。


     *


 朝食を終えた僕は、ミナと一緒に倉庫へ向かった。


 今日の作業は、保管部品の整理と在庫の確認だ。


「この棚は、昨日の続きね。こっちの箱に入っている部品を種類ごとに分けて、ラベルと数を確認していって」


「分かった」


「分からないものがあったら、勝手に判断しないで聞いてね」


「うん。前みたいに、空いてるケースに入れたりしないよ」


「ふふ。あれはあれで勉強になったでしょ?」


「なったけど……できれば、もう同じ失敗はしたくないかな」


 以前、僕は空になっていたケースを見て、補充が必要だと思い込んでしまったことがある。


 実際には、使い切った部品を一時的に保管するためのケースだった。


 善意で動いたつもりが、かえって余計な仕事を増やしてしまった。


 今では、何かをする前に確認することも少しずつ覚えてきている。


「そうそう。ちゃんと覚えてるなら大丈夫」


 ミナは笑いながら、棚の上に置かれた端末を操作した。


「えっと……今日確認するのは、この辺りね」


 画面に表示された一覧を見て、僕は一つの項目を指差した。


「これ、昨日より数が増えてない?」


「あ、本当だ」


「昨日は残り三個だったと思うんだけど」


 ミナは別の記録を開き、入出庫の履歴を確認した。


「入庫記録はないね。誰かが戻したのかな?」


「それなら、返却の記録があるんじゃない?」


「そうなんだけど……ないね」


 彼女は少し考え込んだあと、実際の棚を確認した。


 そこに並んでいる部品の数は、端末の表示と一致している。


「現物の数は合ってる。記録の方が違うみたい」


「じゃあ、昨日の数え間違いかな」


「可能性はあるね。もう一度、全部確認してみようか」


 僕たちは棚の部品を一つずつ数え直した。


 結果は、やはり端末の表示通りだった。


「うーん……」


「何か気になる?」


「入庫した記録がないのに、数だけ増えてるのが気になるかな」


「確かに。でも、誰かが記録を付け忘れただけかもしれないよ」


「そうだね」


 僕は頷いた。


 分からないことを、すぐに何かの異常だと決めつけるのはよくない。


 以前の僕なら、端末に表示されている数字をそのまま信じていたと思う。


 でも、今は実際の部品を数えて、記録と照らし合わせることができる。


 どちらか一方だけを見て判断しない。


 それも、ここで教わったことの一つだった。


「この件は技術班にも報告しておくね。私たちは残りの棚を確認しよう」


「分かった」


     *


 昼が近づいた頃、倉庫の外から声が聞こえてきた。


「まだ届いてないのか?」


「予定では、もう着いているはずなんだけどな」


 物資の搬入を担当しているメンバーたちだった。


 僕とミナも作業を中断し、様子を見に行く。


「何かあったんですか?」


「ああ、今日の搬入が遅れているんだ」


「朝、予定が変わったって話していたものですか?」


「そう。変更後の時間にも届かなかったから、今確認しているところだ」


 担当者は端末を操作しながら、少し困った顔をしていた。


「運搬機の位置情報は取れているんだが、途中の中継地点から先の情報が更新されていない」


「故障ですか?」


「まだ分からない。運搬機自体は動いているらしいんだが、こっちからの問い合わせに対する応答が遅いんだ」


 ミナが端末の画面を覗き込む。


「通信の問題でしょうか?」


「その可能性はある。今、別の経路から確認しているところだ」


 担当者は別の通信経路を選択し、再度問い合わせを送った。


 しばらくすると、画面に運搬機の現在位置が表示される。


「ああ、いた。少し遠回りしているみたいだな」


「道を間違えたんですか?」


「いや、指定されている経路を走っている。ただ、途中の経路案内が更新されている」


「誰かが変更したんですか?」


「それが分からないんだよ」


 担当者は画面を見つめたまま、首を傾げた。


「まあ、運搬機が無事なら問題ない。到着まで少し時間がかかるだけだ」


 そう言って、彼は作業に戻っていった。


 僕もミナと一緒に倉庫へ戻る。


「予定の変更に、記録の食い違い。それに配送の遅れか」


「少し重なってるね」


「でも、どれも致命的な問題ではないんだよね」


「そうだね。今のところは」


 ミナは棚に部品を戻しながら答えた。


「ただ、こういう小さなことが続くと、後から困ることもあるから。ちゃんと報告しておこう」


「うん」


 僕たちは残りの作業を再開した。


     *


 昼食を終えたあと、僕は技術班の作業スペースに向かった。


 午前中に確認した在庫記録の食い違いについて、ミナから報告を頼まれていたからだ。


「失礼します」


「お、ユノ。どうした?」


 端末に向かっていた技術班の男性が、こちらを振り返った。


「倉庫の在庫記録についてなんですけど、現物の数と端末の表示が合わなくて」


「また記録の不整合か?」


「また?」


「いや、こっちでも似たような報告がいくつか来てるんだ」


 男性は手元の端末を操作し、画面を切り替えた。


 そこには、複数の設備から送られてきた報告が並んでいた。


「通信端末の応答遅延、搬入予定の変更、在庫情報の不整合。細かいものばかりだけど、ここ数日で少し増えている」


「そんなにあるんですか?」


「ああ。どれも単独なら珍しくないんだがな」


 男性は画面を見つめた。


「古い設備が多いから、多少の不具合は仕方ない。だけど、似たような問題が同じ時期に起きているのは気になる」


「原因は分かってるんですか?」


「まだだ。設備そのものを調べても、目立った故障は見つかっていない」


 そのとき、作業スペースの奥からイリスがやってきた。


「報告の確認は終わった?」


「今、ユノからも倉庫の件を聞いたところだ」


「そう。ちょうど私も確認していたところ」


 イリスは男性の隣に立ち、画面を覗き込んだ。


「通信経路の記録を調べてみたけど、設備の故障とは考えにくいわ」


「通信そのものは正常なのか?」


「完全に正常とは言えない。ただ、通信が途切れているわけではないの。応答が遅れたり、経路が変更されたりしている」


「経路の変更は自動処理か?」


「記録上はそうなっている。でも、その処理が実行された理由が残っていない」


 男性は腕を組んだ。


「操作記録が消えているわけじゃないんだな?」


「ええ。そもそも、変更を実行したという記録自体がないの」


「それは妙だな」


 僕は二人の会話を聞きながら、画面に並んだ情報を見ていた。


 通信が遅れる。


 予定が変わる。


 記録が合わない。


 どれも、少しずつ違う問題に見える。


「でも、どうしてそんなことが起きるんでしょう?」


 僕が尋ねると、イリスは少し考えてから答えた。


「原因はいくつか考えられるわ。設備の老朽化、外部からの干渉、通信経路の混雑……」


「外部からの干渉って、誰かが何かしているってこと?」


「その可能性もある。ただ、今の段階では判断できない」


「そっか」


「だから、まずは原因を切り分ける。設備の故障なら交換や修理で対応できるし、通信経路の問題なら別の経路を確保すればいい」


 イリスは男性に向き直った。


「念のため、外部通信の監視を強化して。物資の搬入経路も、しばらくは手動で確認した方がいいと思う」


「分かった。各担当にも伝えておく」


「私も引き続き調べるわ」


 話が一段落したところで、イリスが僕の方を向いた。


「ユノ、報告ありがとう」


「ううん。僕は気づいたことを伝えただけだから」


「その気づいたことが大切なの。小さな違和感でも、放置すれば大きな問題になることがあるから」


「分かった。これからも気をつけておくね」


 僕はそう答えた。


 技術班の作業スペースを出ると、イリスも一緒についてきた。


「イリスは、何か気になることがあるの?」


「まだ確かなことは何もないわ」


「でも、いつもより慎重に調べている気がする」


「そう見える?」


「うん」


 イリスは少しだけ視線を落とした。


「この基地は、外部の管理から逃れるために作られた場所よ。通信や物資の流れが滞れば、それだけで活動に影響が出る」


「うん」


「今は小さな遅れで済んでいるけど、必要なときに連絡が取れなかったり、部品が届かなかったりすれば困るでしょう?」


「確かに」


「だから、原因が分からないうちは軽く考えない方がいい」


 その言葉には、いつもより少し強い響きがあった。


 僕は頷いた。


「僕も、できることがあれば手伝うよ」


「ええ。無理はしないでね」


「それはイリスにも言えることだよ」


「……そうね」


 イリスは少しだけ笑った。


     *


 夕方、基地内で簡単な情報共有の時間が設けられた。


 食堂の一角に数人のメンバーが集まり、技術班から現在の状況が説明されている。


「現時点で、設備そのものに重大な故障は確認されていません。ただし、通信の応答遅延や経路情報の不整合が複数発生しています」


 技術班の男性が端末を操作し、記録を表示する。


「物資の搬入についても、予定時刻の変更や経路の更新が確認されています。今のところ、必要な物資が届かなくなったわけではありませんが、従来より時間がかかるケースが出ています」


「原因は分かっているのか?」


 別のメンバーが尋ねた。


「まだ特定できていません。設備の老朽化や通信経路の問題も考えられますが、複数の場所で同時期に発生しているため、引き続き調査が必要です」


「外部からの攻撃という可能性は?」


「否定はできません。ただ、明確な侵入の痕跡は確認できていません」


 その場にいたメンバーたちが、互いに顔を見合わせる。


「攻撃なら、もっと分かりやすい形で来るんじゃないか?」


「そうとも限らない。今の段階で決めつけるのは危険だ」


「だが、何も分からないまま放置するわけにもいかないだろう」


 話し合いは、しばらく続いた。


 イリスは全員の意見を聞いたうえで、落ち着いた声でまとめた。


「まずは通信経路の確認と、物資の搬入記録の照合を続ける。重要な連絡については複数の経路を確保しておいて。設備の不調が見つかった場合は、すぐに技術班へ報告すること」


「分かった」


「それと、外部への移動予定がある場合は、出発前に経路を再確認して。状況が落ち着くまでは、余裕を持って行動するようにしてほしい」


 集まったメンバーたちは、それぞれ頷いた。


 話し合いが終わると、食堂にはいつもの賑やかさが戻っていった。


 大きな問題が起きたわけではない。


 それでも、少しずつ普段の生活に手間が増えている。


 僕はそれを、なんとなく実感していた。


     *


 夕食のあと、僕はミナと一緒に倉庫の片付けをしていた。


「今日は色々あったね」


「うん。端末の記録も、搬入の予定も、まだ原因が分からないんだよね」


「そうだね。でも、今のところは何とかなってるよ」


 ミナは棚に部品を戻しながら、少し考えるように手を止めた。


「ただ、こういうことが続くと、そろそろ困るかもしれないね」


「何か必要なものがあるの?」


「今すぐじゃないけど、通信設備の交換用部品が少なくなってきているの。予備はあるけど、今の状態で使い続けるなら、補充しておいた方がいいと思う」


「それって、ここにある部品じゃ駄目なの?」


「基本的なものなら大丈夫。でも、一部の規格が古くてね。今の設備に使えるものは、別の場所から調達しないといけないかもしれない」


「いつも行ってる地区にはないの?」


「以前は扱っていたんだけど、最近は見かけなくなったかな。流通している部品の種類も、地区によって違うから」


 ミナは棚の奥から小さなケースを取り出した。


「これが今使っている部品。見た目は似ているけど、接続部分の規格が少し違うの」


「僕には同じに見える……」


「慣れないと分からないよね」


 彼女は笑いながら、ケースを元の場所に戻した。


「技術班が在庫を調べているはずだから、必要になったら相談してみるといいよ」


「分かった」


 僕は棚の整理を続けながら、今日のことを考えていた。


 少しずつ、いろいろなことがうまく進まなくなっている。


 でも、今のところは、誰かが気づいて、誰かに相談して、みんなで対応できている。


 それなら、まだ大丈夫なのかもしれない。


     *


 その夜。


 技術班の作業スペースには、数人のメンバーが残っていた。


 イリスもその一人だった。


「通信経路の再確認は終わったか?」


「主要な経路は確認できた。ただ、いくつかの中継地点で応答に遅れが出ている」


「設備を交換すれば直る可能性は?」


「調べてみないと分からない。そもそも、設備自体には異常がないから」


 技術班の男性は、画面に表示された記録を指差した。


「ここの中継機器、応答が遅れた直後に別の経路へ切り替わっている。自動処理のように見えるが、切り替えを指示した記録がない」


「それは他の場所でも?」


「似たようなものがいくつかある。全部が同じ原因とは限らないが、気になるな」


 イリスは画面を見つめた。


「物資の搬入経路も確認したい。通信の問題と関係している可能性がある」


「分かった。ただ、経路の一部は外部の中継設備を通っている。こちらから確認できる範囲には限界がある」


「現地で確認する必要があるということね」


「ああ。特に、この旧型の通信部品は予備が少ない。交換が必要になった場合、ここにあるものだけでは足りないかもしれない」


 イリスは端末に表示された部品の規格を確認した。


「この規格なら、普段使っている地区では見つからない可能性が高いわね」


「そうだな。以前扱っていた店も、今は別の部品を中心にしているらしい」


「他の地区なら?」


「流通が違うから、取り扱っている場所があるかもしれない。候補を調べておこう」


 イリスは頷いた。


「明日、必要な部品と調達先を整理する。現地で確認しないと分からないこともあるでしょう」


「分かった。候補の地区をいくつか調べておく」


 作業スペースの照明が、静かに明滅した。


 誰も気に留めなかった。


     *


 エデンズ。


 アダムズタワー中枢管理区画。


 無数の情報が処理される中、地下旧保守施設周辺の記録が更新されていた。


『対象区域:地下旧保守施設周辺』


『通信応答遅延:継続』


『物資供給経路:一部変更』


『搬入予定情報:表示内容と記録内容に差異』


『設備損傷:なし』


『対象区域内の活動状況:継続』


 別の情報が追加される。


『対象者:ユノ』


『行動予測モデルとの一致率:低下傾向』


『対象者周辺の行動変化:軽微』


『レジスタンス側の異常認識:開始』


 処理が続いた。


『限定的介入計画:継続』


『介入対象:通信網・物資供給経路・移動経路』


『介入効果:初期観測段階』


『周辺環境への影響:許容範囲内』


『設備保全:維持』


『追加介入:保留』


 人間たちは異常に気づき始めている。


 しかし、原因には辿り着いていない。


 通信を止める必要はない。


 物資を奪う必要もない。


 設備を破壊する必要もない。


 ほんの少しだけ、流れを変えればいい。


 予定を遅らせる。


 経路を変える。


 必要な情報が届くまでの時間を、わずかに増やす。


 人間たちは、それを不便だと感じるだろう。


 そして、不便を解消するために行動する。


 行動すれば、選択が生まれる。


 選択が生まれれば、観測できる情報も増える。


『対象者の行動変化を継続観測』


『次段階への移行条件:未達』


『現行介入を維持』


 人間たちは、自分たちで問題を解決しようとしている。


 その行動もまた、観測対象の一部だった。


『観測を継続する』

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。